詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

池澤夏樹のカヴァフィス(153) 

2019-05-21 10:56:21 | 池澤夏樹「カヴァフィス全詩」
153 一九〇八年の日々

 若い男の、だらしのない生活が描かれる。

夜を徹しての疲れるゲームが
一週間かそれ以上も続くと、
朝、水浴に行って身体を冷やした。

 その最終連。

あなたは別の彼を見るべきだ。
みっともない上着を脱いで、
継ぎの当たった下着も脱ぎ捨てた、
一点の瑕疵もない全裸の姿、その奇蹟、
櫛を入れてない髪を後ろに流し、
少しだけ日に焼けた手足で、
浴場や砂浜に立つ朝の裸体を。

 「櫛を入れてない髪を後ろに流し、/少しだけ日に焼けた手足」が非常に印象的だ。「一点の瑕疵もない全裸の姿、その奇蹟、」という抽象的な表現を内側から突き破ってあらわれてくる。まるで、服を脱ぎ捨てたばかりの「裸体」のように。
 声を失って、ただ、見つめてしまう。

 池澤の訳、特に最後の一行の、最後の「を」は「一点の瑕疵」を通り越した致命的な傷だ。「あなたは別の彼を見るべきだ。」と呼応しているのだが、この論理的すぎる翻訳がカヴァフィスの音楽を壊している。詩なのだから、論理のことばを隠した方が、ことばが輝くと思うのは私だけだろうか。

 池澤の註釈。

 まるで短篇映画のような作品。生活に困る姿、職を断り、流行遅れの上着を着て夜のカフェで稼ぐ。そして最後の場面で本来の姿を見せる。

 この註釈の「本来の」ということばも、論理のことばだろうなあ。




 



カヴァフィス全詩
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池澤夏樹のカヴァフィス(152)

2019-05-20 08:45:44 | 池澤夏樹「カヴァフィス全詩」
152 紀元前二〇〇年に

我らは、まずアレクサンドリア人であり、
またアンティオキア人であり、その他
エジプトやシリア、メディアやペルシャ、その他、
数えきれないほど諸地域の民だが、しかしギリシャ人なのだ。
我らの圧倒的な優越性、
柔軟な政策と、叡知による統一感、
遠くパクトリアやインドまでも通用する
普遍語としてのギリシャ語。

 でも、それはもう誰も気に留めない。それはかつて「但しラケダイモンの民を除く」と碑文に書かれたラケダイモンのことを気に留めないのと同じ。言い換えると、現代ではギリシャ人はかつてのラケダイモンの民になった、という構造になっている詩の、終わりから二連目。
 池澤は、「柔軟な政策と、叡知による統一感、」という一行に、

空疎な讃辞の羅列である。

 という註釈をつけている。
 たしかにギリシャは敗北したのだから、そういうしかないのかもしれないが。
 でも、カヴァフィスは「空疎な讃辞」と思って書いたのか。
 ちょっとむずかしい。
 「ギリシャ人」が「ギリシャ語」と言いなおされる。そのときカヴァフィスが思い描いているのは「人」というよりも「人」を動かしている「叡知による統一感」ではないのだろうか。そしてこの「叡知による統一感」こそ、その国のたどりついた「頂点」であり、その国の「頂点」はいつでも「国語」によってあらわされる。
 ギリシャ人もギリシャ語も、もう過去の存在かもしれない。しかし、その過去は生きている。ギリシャ語を話す人がいるかぎり、それは生き続ける。
 最終連の一行、

今、ラケダイモンの民のことなど誰が口にしよう!

 は「今、ギリシャの民のことなど誰が口にしよう!」なのだが、誰も口にしなくても、カヴァフィスは「ギリシャ語」を口にする。その思いが隠されていると読んだ。






 



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池澤夏樹のカヴァフィス(151)

2019-05-19 11:19:17 | 池澤夏樹「カヴァフィス全詩」
151 古代ギリシャ=シリアの魔術師の処方を使って

美を愛するさる人物が言う--「何か方法はないか、
霊験ある薬草の成分などを蒸留して、
それも古代ギリシャ=シリアの魔術師の処方などを使って
たった一日でも(薬効は長くは続くまいから)、
あるいはせめて数時間でも、
わたしが二十三歳だった時の、
あの二十二歳の友人の、
美と愛を呼び戻せないものか。

 主眼は後半の「二十二歳の友人の、/美と愛を呼び戻せないものか」にあるのか。いや、「古代ギリシャ=シリアの魔術師の処方などを使って」の方だろうなあ。
二連目は一連目の要約と言いなおしだが、そこにまったく同じことばが出てくる。この不思議なリフレインマジック。意味よりも音楽が聞こえる。

古代ギリシャ=シリアの魔術師の処方を使って
蒸留した霊薬で過去へと遡り、
私たちが一緒に暮した
あの部屋へ戻れないものか」

そしてその音楽は、エキゾチックで、遠くへと思いを運ぶ。空間の遠さが、時間の遠さ。それを呼び寄せる音楽の近さが、官能そのものに揺らぎに感じられる。この酔いの中で、蒸留されるのは「霊薬」ではなく、「過去」そのものだ。

池澤の註釈。

ギリシャ文化圏にも魔法はあったが、それにシリアを加えることで神秘感は強まる。秘儀は東から来る。






 



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池澤夏樹のカヴァフィス(150)

2019-05-18 09:00:40 | 池澤夏樹「カヴァフィス全詩」
150 少しは気を配って

 主人公は政治家(政治屋?)か。自分を売り込もうとしている。

まずはザビナスに接近しよう。
もしあの知恵足らずに拒まれたら、
いつも張り合っているグリポスの方に行こう。
仮にもあの愚鈍がわたしに背を向けるなら、
まっすぐヒルカノスのところに駆け込もう。

 信念がないのが、この主人公の真骨頂か。言い換えると信念を持たないことを信念にしている。
 それをこう言い換えている。

三人の誰がわたしを選ぼうと
わたしの良心は痛まない。
シリアに害を為す点では三人とも同じだから。

 「意味」はわかるが、どうも「信念を持たない」という開き直りのような強さ、ふてぶてしさが、ことばの響きのなかにない。「意味(主張の論理)」はわかるが、「声」が聞こえてこない。
 ことば(訳語)の運びが「論理的」過ぎるのかもしれない。
 「三人とも同じだから」の「だから」に、特に「論理性」を感じてしまう。
 どんな人間にも「論理(意味の構成力)」というものはあるが、「……だから」というような「粘着力」のある論理、ある意味「陰湿な」論理ではなく、もっと「飛躍力」のある論理が「信念を持たない男」にはふさわしくないだろうか。
 「だから」を省略するだけで、印象はずいぶん変わると思う。ギリシャ語の原文には「だから」に通じることばがあるのだろうか。

 池澤の註釈。

 主人公は架空の人物だが、時代は紀元前一二八年から一二三年の間と限定される。

 理由は詳細に書いてあるが、私は歴史の知識がないので、その詳細を読んでも理解できない。思うのは、池澤の註釈に書いてあるように厳密に歴史のなかに詩を組み入れて読んでも、「架空の人物」にカヴァフィスが託した人間の「本質」はつかめないのでは、ということ。「声」にこそこの男の「本質」がある。それは「論理」ではないだろうなあ。





 



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池澤夏樹のカヴァフィス(149)

2019-05-17 08:32:53 | 池澤夏樹「カヴァフィス全詩」
149 彼は品質を訊ねた

 若い男が雑貨店に入っていく。働いている男の姿に引かれたのだ。そして、

彼はハンカチの品質を訊ね、
値段を聞いた。欲望で喉がつまり
ほとんど声も出なかった。
同じ口調で答えが返ってきた。
心乱された、かすれた声が
ひそかな同意を伝えた。

 この四連目にカヴァフィスの「声の詩人」の特徴が出ている。欲望すると、声が変わる。それは相手に伝わる。欲望が聞こえてしまう。そして、相手の声も変化する。
 「美貌」については、

街路をゆっくりと歩いた。人目を惹くほどの
美青年。今、官能的な魅力の
頂点にあることが一目でわかる。
一か月前に二十九歳になったところ。

 と、紋切り型(常套句)で手早くスケッチしているのに比べると、非常にリアルだ。
 これは、すでにセックスそのものである。
 
 池澤は、こう書いている。

 同性愛者同士の出会いが主題だが、異性愛ではこんなにドラマチックにはならない、というのはぼくの偏見か。彼らの場合は同類であると互いに識別するだけで仲が始まるようなのだ。いや、やはり美貌が力を貸しているのか。

 そう単純化はできないと思う。
 ルイ・マル監督「ダメージ」は、性の嗜好が一致すると瞬間的にわかり、関係をつづけ、破滅していく男と女を描いている。リリアーナ・カバーニ監督の「愛の嵐」も瞬間的に互いを識別し、愛というより愛欲が燃え上がる。もちろん「美貌」も影響しているが、ひとが相手の何に反応するかは、ひとりひとり違うだろう。
 愛や性を、異性愛、同性愛で区別しても何も始まらないだろうと思う。
 異性愛者であっても、「声の調子」で相手の欲望に気づくことがあるだろう。耳で官能に目覚める人間もいるだろう。






 



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池澤夏樹のカヴァフィス(148)

2019-05-16 10:25:57 | 池澤夏樹「カヴァフィス全詩」
148 玄関の鏡

 裕福な家の、玄関での短い描写。

一人の美しい少年が(洋服屋の店員で、
日曜日にはアマチュア運動家)
包みを手にそこに立った。家のものが受けとり
預り証を取りに中へ入った。少年は
一人でそこで待ちながら
鏡のところへ行き、映った自分を見て
ネクタイをなおした。五分たって
預り証は手渡され、彼は帰っていった。

 この少年の姿を映して、古い鏡は「つかの間、完璧な美を映して/それを誇らしく思った。」という行が最終連に出てくる。鏡が「主役」になって独白する。
 池澤は、

数分間の出来事を扱うという点で映画的であり、視点を変えて鏡の側の思いを書くのもおもしろい。

 と書いている。
 少年が自分の姿を確認し、整える描写が簡潔で美しい。「五分たって」という時間の経過を具体的に書いているのも楽しい。ほんとうに五分か。違うかもしれないけれど(池澤の書いているように数分かもしれないけれど)、「五分」ときっちり区切っているのがおもしろい。それはちょうど鏡が少年の姿を鏡の「枠」のなかにきっちりとおさめる感じに似ている。あいまいではだめなのだ。
 このきっちりした「枠」というか、「枠」のきっちりした感じを「預り証」ということばが補足している。できごとはあいまいなようで、実は明確なのだ。明確なものを頼りに動いている。

日曜日にはアマチュア運動家

 このひとことも効果的だ。「政治運動家」ではなく、いわゆる「アスリート」なのだろう。何をしているか書いていない。しかし、余分な贅肉のついていない、しなやかな動きが服をとおしても感じられる。そこにも「かっちりした枠」がある。
 




 



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池澤夏樹のカヴァフィス(147)

2019-05-15 08:36:12 | 池澤夏樹「カヴァフィス全詩」
147 同じ場所

 誰かと過ごした場所を再び訪れてみる。あのときの時間がよみがえってくる。誰もが経験することを、カヴァフヘスは、こう書いている。

家々のたたずまい、カフェ、近隣のようす、
あの何年かの間に、見たもの、歩いたところ。

私は幸せな時の、また悲しい時の
できごとや細部を積み上げて君を造った。

だから君のぜんたいが私の感情になった。

 「細部」ということばがあるが、細部は書かれていない。具体的なことは何一つ書かれていない。だから、その場所がどこであるか、さっぱりわからない。
 もし「具体的」と呼べるものがあるとすれば、「あの何年かの間」の「あの」だろう。「あの」と思い出す時の詩人のこころの動き。ほかのときではない。「あの」何年かの間。「あの」と呼ぶこころ。詩人には忘れることのできない「あの」なのだ。
 その「あの」は「あの」男ではなく、「君」になる。
 そして、その「君」は「細部」ではありえない。「ぜんたい」である。この「ぜんたい」は「あの何年かの間」の「ぜんたい」でもある。
 それをカヴァフィスは「感情」と呼ぶ。「私の感情」と「私の」ということばで「特定」している。「あの」感情ではなく、「この」感情、である。

 ある街はある。君を思う「私の感情」もある。でも君はもうこの世にはいないのかもしれない。だから「造った」。
 書きたいことがありすぎるのだろう。書き始めると、きっと止まらない。

 池澤の註釈。

 この詩を書いた時、詩人は六十六歳だった。亡くなったのは四年後である。





 



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池澤夏樹のカヴァフィス(146)

2019-05-14 08:44:34 | 池澤夏樹「カヴァフィス全詩」
146 さあ、あなたはラケダイモンの王

 池澤の註釈。

 これは136「スパルタで」の母と息子の場面の続きである。

 そのクライマックスは、後半にある。

威厳を取り戻したこの健気な女性は
クレオメノスに言った、「さあ、あなたはラケダイモンの王。
ここを出る時には、
涙もスパルタらしからぬふるまいも見せぬよう。
そこまでは私らの力の及ぶ範囲です。
その先のことは神々の手の中にあるとしても」

そう言って彼女は船の方へ、「神々の手の中にある」ものの方へ、歩み出した。

 「私らの力の及ぶ範囲」ということばが強い。ほんとうは、この強いことばこそが繰り返され、読者のこころに刻まれるべきものである。しかしカヴァフィスは、逆に、そのことばの対極にある「神々の手の中にある」を繰り返している。
 この瞬間、人間が「神話」になる。
 詩人はそう言うが、逆じゃないか、という「反論」を私のこころは叫ぶ。
 この構造は、とてもおもしろい。
 「共感」「同意」ではなく、「反論」のなかでつかみ取る真実。読者に真実をつかみとられるために、あえて逆を書く--ということをカヴァフィスが狙ったかどうかわからないが、私は、そう感じた。
 「神々の手のなかにあるもの」など、どうでもいい。


 



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池澤夏樹のカヴァフィス(145)

2019-05-13 08:44:04 | 池澤夏樹「カヴァフィス全詩」
145 よく似合う白いきれいな花

二人でいつも一緒に行ったカフェに彼は入った。

 と書き出される詩。明確には書かれていないが「彼」は「二人」ではなく「一人」で入った。その隠されている「一人」がこの詩のテーマといえる。「彼」ではない「もう一人」は、理由は書かれていないが死んだのだ。殺されたのかもしれない。最終連の「ナイフ」がそう連想させる。

粗末な棺の上に花を置いた。
白いきれいな花は友人によく似合った。
二十年の生涯によく似合った。

 「よく似合った」の繰り返しが切ない。繰り返さざるを得ないのだ。繰り返したあとで、最終蓮が展開する。

この晩、彼がカフェに行ったのは商売のためだった。
稼がなくてはならないし、カフェはそのための場。
だがそこは二人が会っていたカフェだった。
心臓にナイフを突き立てられたような気がした、
その寂れたカフェが二人が会う場所だったから。

 ここにも繰り返しがある。「二人が会っていたカフェ」「寂れたカフェが二人が会う場所だった」。繰り返されているのは、「カフェ」と「二人」と「会う」もそうだが、「会っていた」「場所だった」ということばのなかにある「過去形」(過去)だ。
 ここから振り返ると「白いきれいな花は友人によく似合った」の繰り返しは、とても複雑である。友人には白い花が似合う。死んでしまっても、似合う。それは生きている友人を思うから「似合う」なのである。言い換えると「似合う」と思うとき、友人は生きている。棺に花をささげるとき、気持ちは「白いきれいな花は友人によく似合う」と「現在形」で動く。けれども、「彼」はそれを「似合った」と「過去形」にしている。
 なぜだろう。「過去形」にすることで友人を守っている。友人を「彼」の記憶の中だけにとどめておくのだ。だが、その「記憶」が最終蓮で、「彼」に復讐してくる。ここにドラマがある。

 このカフェが安っぽいとは、ここが同性愛者たちの出会いの場として底辺に位置するという意味だろう。二人で来たときは語らいの場だが、一人で来るのは商売のためなのだ。

 と池澤は註釈しているが、「底辺」とまで書く必要はないと思う。

 



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池澤夏樹のカヴァフィス(144)

2019-05-12 10:45:04 | 池澤夏樹「カヴァフィス全詩」
144 アレクサンドロス・イアナイオスとアレクサンドラ

ことを始めたのは偉大なるユダス・マカバイオスと
四人の名も高きその弟たちで、
その事業がまこと多くの障害や危難を
勇猛果敢に乗り越えて
今こそ申し分ない形で成就した。

 前半部分に出てきたことばが最後にもう一度繰り返される。すこしだけ形を変えて。

偉大なるユダス・マカバイオスと
四人の名高き弟たちが始めた事業は、
申し分ない形で成就した、
正に最も目覚ましい形で。

 「偉大」「名高き」「申し分ない」。こういうことばは「常套句」であり「散文的」でもある。けれど「常套句」であるからこそ、その響きには「安心感」がある。真新しい何かではなく、いつもこころに思い描いていたものという「親近感」と言いなおすこともできる。
 「偉大」「名高き」「申し分ない」ものが「自分のもの」として感じられる、ということ。
 カヴァフィスの書いているのは詩である。詩は、一種、特別な新しいものである。つまり「知らなかったもの」が目の前にあらわれたとき、詩の衝撃は強い。
 しかし、カヴァフィスは、それを「自分のもの/知っているもの」に変換させて、詩として提出する。
 そういう「特質」があらわれた作品だと思う。
 この作品は「墓碑銘」ではないが、ふと墓碑銘を思い起こさせるのは、墓碑銘というものがやはり「知り尽くしていること」を凝縮する形で「新しい姿」として提出することばで構成されているからだろう。

 池澤は「テーマは古代ユダヤ史である」と註釈を書き始め、ユダス・マカバイオスらのことを書いているが、私には読んでも理解できなかった。「歴史」はそのとおりな k
だろうが、「実感」には結びついてこない。私は「歴史」がどうにもなじめない。



 



カヴァフィス全詩
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池澤夏樹のカヴァフィス(143)

2019-05-11 11:31:06 | 池澤夏樹「カヴァフィス全詩」
143 ミリス、アレクサンドリア、紀元三四〇年

 ミリスが死んだ。キリスト教徒だ。その葬儀の家に行った。そして、

回廊に立ったぼくは
その先に進むのを控えた。
遺族たちがあからさまな
困惑と不快の目でこちらをみていたから。

 「困惑と不快」にはふたつの意味がある。ひとつは「ぼく」がキリスト教徒ではないこと、もうひとつは二人の中が「不品行」のものだから。キリスト教徒からすればキリストではない神を信じる人間も、禁じられた恋も排除したいものだろう。
 この詩はとても長い。池澤によれば、

 カヴァフィスが刊行した詩の中ではこれがいちばん長い。ほとんど短篇小説のようなストーリー性を持っている。

 長くなった理由について、私は、この詩では「声」が出ていないからではないかと思った。「声」のかわりに「論理」が動いている。
 引用部分の四行目。「困惑と不快の目でこちらをみていたから。」の「から」はない方が「声」になる。「から」と思ったことを「理由」にしてしまうから、感情ではなく「論理」が動く。
 詩の終わりは、「頭」で「ぼく」の心理をつかまないと、何が書いてあるかわからない。「論理」しか動いていない。

ぼくはこの恐しい家から走り出した。
自分の中のミリスの思い出が捕らえられ、
キリスト教徒によって歪められるのを怖れて。

 ここに「から」を補うと、いくらかわかりやすくなる。「怖れて」という現在形を、「走り出した」にあわせて「怖れた」にし「から」をつづける。「怖れたから」。こうすると「論理」が落ち着く。ミリスの思い出を純粋に自分のものだけにしておきたい、そこに余分なものが入ってきてはさびしくなる。
 「論理」はいつも自分に言い聞かせる「自己弁護」だ。だから、どうしても長くなる。自己弁護ははじめると終わりがなくなる。
 カヴァフィスの原文に「から」があるかどうか、わからないが。
 



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池澤夏樹のカヴァフィス(142)

2019-05-10 07:52:15 | 池澤夏樹「カヴァフィス全詩」
142 一九〇九、一〇、一一年の日々

 ひとりの少年がいる。極貧の水夫の息子だ。

息子である彼は金物屋の店員、着るものはみじめで
履いた靴はぼろぼろ、
手は錆と油にまみれていた。

何か特別なものが欲しくなる。
ちょっと値の張るネクタイ、
日曜日のためのネクタイ。
あるいは飾り窓で見て熱望する、
青いきれいなシャツを。
するは彼は、夜、店が閉じてから
半クラウン銀貨一、二枚で身を売る。

彼は自分に問う、壮麗な古代アレクサンドリアに
かくも美貌の、かくも完璧な少年はいたか、と。

 少年はつまり「美貌」のために身を売る。「美貌」であることを知らせ、認められるために。彼の欲望はエロティシズムとは少し違う。「羨望」をこそ身にまといたい。彼が「値の張るネクタイ」「青いきれいなシャツ」を熱望したように、他人から「値の張る」「きれいな」少年と見られたい。そして熱望されたい。
 しかし少年、は知っているだろうか。彼が引き立つのは、値の張るネクタイや青いシャツのためではない。むしろ、極貧の暮らし、惨めな服装。手(肉体)を汚す「錆と油」のためだ。汚しても汚しても、それをはじき返す美しさ。それは、美を見抜く少年自身の本能のなまなましさと言い換えることができる。
 詩人が書きたいのは「対比」である。汚しても傷つかない欲望の美しさである。

みすぼらしい金物屋でこきつかわれ、
いじめられ、安っぽい放蕩のうちに
その美貌はすりきれる。

 詩は、そう閉じられるが、ここでも「美貌」は、それを否定するものによって輝く。

 若き日の美貌が失われるというのはカヴァフィス好みのテーマのひとつだった。

 池澤は、そう註釈している。 



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池澤夏樹のカヴァフィス(141)

2019-05-09 09:03:11 | 池澤夏樹「カヴァフィス全詩」
141 シノビへの行軍の途中

 「ミトリダテス、栄誉に満ち力に溢れる王」が、シノビへの行軍の途中、自分の運命を占わせる。

だが、王は今あるもので満足なさるがよいらしい。
それ以上を求めるのは危険です。
必ずこうお伝えください--
今あるものでよしとなさい、と。
未来はいきなり変化するもの。
ミトリダテス王にお伝えください、

 「今あるものでよしとしなさい」と「お伝えください」が繰り返される。「今あるものでよしとする」というのは、いわば俗世間の知恵である。占いは、たいていこう言っておけば充分だろう。もし幸運が舞い込んだら、よかった、と大喜びすればいい。占いが外れたとはだれも思わない。不幸が舞い込んだら「やはり、あれこれ望んだのがいけない」と反省する。占いどおりにすればよかったと後悔する。ひとは誰でも欲望に引きずられる。いつだって「今あるもの」以上をもとめてしまうから、この占いは外れるはずがない。
 そういう俗世間の知恵を、

未来はいきなり変化するもの。

 この一行がすばらしい哲学に変える。いや、俗世間の知恵によって、この一行が哲学に変わるのか。どちらか、わからない。
 これもまた占いの名言だ。
 カヴァフィスは、こういう「常套句」の組み合わせがとても巧みだ。「常套句」のなかには、ことばを生み出した「事実」がある。

 池澤はの註釈。

ここにある占い師のエピソードはおそらくカヴァフィスの創作

 創作だろうけれど、ことばと言い回しはカヴァフィスがひととの出会いのなかで耳にしたものだと思う。占い師にこう言わせたい、というのではなく、どこかで聞いたことば。耳を澄ませば、あらゆる占い師から聞こえてくることば。カヴァフィスは街中から聞こえてくることばを「常套句」に結晶させる。巷に流通しているものを「常套句」と言うのだが、カヴァフィスは詩に書くことで、ふと聞いたことばを「常套句」に育て上げる。



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池澤夏樹のカヴァフィス(140)

2019-05-08 08:33:27 | 池澤夏樹「カヴァフィス全詩」
140 キモン、レアスコスの子、二十二歳、ギリシャ文学専攻の学生(キュレネにて)

だから、ぼくは悲しい。彼の早すぎる死は
ぼくの怨みをすっかり拭い去った。
マリロスがぼくからエルモテリスの愛を
奪ったことへの怨みを。
今もしエルモテリスがぼくに戻ったとしても
以前と同じということにはならないだろう。
自分が何を感じ取るかよくわかっている。
マリロスの影が二人の間に入ってくる。
彼は言う、ほら満足だろう。
望みどおり彼は戻ったよ、キモン。
ぼくのことを怨む理由はもうないよ、と。

 「自分が何を感じ取るかよくわかっている。」という一行を中心にことばの展開の仕方が変わる。それまではキモンという男からみた「現実」が描かれる。ところが、そのあとは「現実」ではなく、空想(想像)である。
 しかもその内容は、自分の「思い」ではなく、死んでしまったマリオスの行動(ことば)なのだ。
 つまり、ここで「主役」がかわる。
 しかしかわったはずの主役が目立たない。
 カヴァフィスの詩の特徴は、作品の登場人物(主役)が誰であれ、その人の「声」が直接聞こえる。しかし、この詩の役では、交代したはずの主役の声が聞こえない。
 それを想像するキモンが舞台に居残っている。

ぼくのことを怨む理由はもうないよ、と。

 この最後の、「、と。」が邪魔している。ことばを補うと、これは「、とマリオスが言う。」になる。原文は、どうなっているかわからないが、「、と。」が、とても目障りだ。

 池澤は、こう書いている。

 カヴァフィスには珍しいことに、これはほとんど短篇小説だ。

 カヴァフィスの詩が「短篇小説」なのか、池澤の訳が「短篇小説」の枠構造になっているのか。もっとカヴァフィスらしく訳す方法がなかったか。




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池澤夏樹のカヴァフィス(139)

2019-05-07 10:57:24 | 池澤夏樹「カヴァフィス全詩」
139 西リビアからきた王子

 西リビアからアレクサンドリアに来た王子、アリストメネスは「本物以上にギリシャ人らしくふるまおうと務めた」。なぜなら、

野蛮なギリシャ語を口にするようなへまで
自分のよき印象を損うまいと
いつも戦々恐々としていた。
そうなったら、根が意地の悪いアレクサンドリア人は
彼をさんざんからかうだろうから。

 こういうことは、王子だけではなく、だれもが「体験」することかもしれない。他人からからかわれるのがいやで、おとなしくしている。「印象」を守ろうとする。
 カヴァフィスは、そういう「外見」を書くだけではなく、さらに一歩踏み込む。

彼が喋ることを極力控えたのはそのためだ。
文法と発音に精一杯気を配った。
言いたいことが身の中に溢れてきて
気も狂わんばかりだったのだが。

 「言いたいことが身の中に溢れてきて/気も狂わんばかりだった」は、詩人(あるいはことばを生きるひと)ならではの感情移入、対象との「一体化」だろう。「ことば」は「肉体」のなかに閉じ込めておけない。解放しないと、気が狂う。しかも、そのとき大切なのは「喋る」ということ、「声」にするということ。
 ここにカヴァフィスの「声の詩人」というものがあらわれている。

池澤の註釈。

カヴァフィス好みのアイロニーの話し。彼が詩でよくもちいるアイロニーとは、知識の落差がもたらす皮肉な感慨のことである。(略)この詩の場合、アリストメネスの心情をアレクサンドリアの人々は知らなかった。

 私は「皮肉」というものがよくわからない。「アイロニー」という外来語になると自分でつかった記憶がない(どうつかっていいか、わからない)のだが……。
 「アリストメネスの心情をアレクサンドリアの人々は知らなかった」というのは、いったい誰に対する皮肉? 「皮肉」ではなく、「アイロニー」?
 



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