しばらく休みます。
詩集「改行」へ向けての、推敲(7)
(51)足首
ことばは、足首になりたかった。
ぬるみはじめた池に佇む青さぎの、水につつまれた足首。
片足で立っている、その足を交代させるとき、
水の輪が足首のまわりにひろがる。
春の光をおしのけて、輪の起伏の奥に黒い色が照る。
まだ誰も書いたことのない足首、
泥をかきたてて泳ぐ亀も、藻に腹をくすぐらせている小魚も、
青さぎをみはっている白さぎさえも気づいていない。
ことばは、その足首になりたかった。
(52)さびしい、
さびしい、ということばのなかから
そいつが逃げ出した。
昼の公園で、桜の満開の下で、
悲しい、ということばのなかからだったか、かもしれない。
男が歌いながら踊っていた。
その歌のなかからだったか
かもしれない。
深夜、犬と歩いていると、犬が
みつけてくれた。
そいつは、
公園の入り口の車止めのところにいた。
街灯に照らされて、
四角い車止めの石の
四角い黒い影になっていた。
黒いのだけれど、
透明で、
そのなかに散らばった小石がみえた。
黒いのだけれど、
不思議に光っていて、
生えている草の尖った葉先が見えた。
さびしい、ということばのなかには
帰りたくない、と言った。
そいつは、
(53)「まだ可能かもしれない
「まだ可能かもしれない」という考えが間違っている。「そう自分自身に言い聞かせることをできるだけ先のばしにした」ということばがあった。
「だれのことばなのかわからなかったが、いま、私がしているのはそのとおりのことである」ということばが列に並んでいた。
「どうすることもできない苦しみがまといついてくるが、そう感じるとき苦痛ということばは甘い怠惰のようでもあった」ということばが、どこからともなくあらわれた。
(54)感情のように、
コップのなかに飲み残しの水がある。
そのくらい色になり悲しみは完結する。
ことばは安易な一行できょうを終わろうとしたが、
テーブルの下で犬は動こうとしない。
誰からの検閲を受けることもない感情のように。
(55)遅くなってしまったが、
遅くなってしまったが、
遅れていくのも悪くはない。
枝垂れ梅の枝をつたって雨が落ちる。
地面に散らばった花びらをたたく。
花びらは木のにおいに打たれながら最後の眠りを眠りにゆく。
ことばにしたいのに、ことばにならない。
(56)窓のそばに立って、
窓のそばに立って、
ことばは木が芽吹く前の匂いをかいでいた。
光の細い輪郭が直立し、影が斜めにのび、本棚にぶつかり折れた。
詩を書くことは、
そのことばの姿勢を真似することだ。
本棚にびっしりつめこまれた活字から離れ、
近づくことを許さない。
苦悩しているという小説家がいる。
沈んでいるのだといった音楽家がいる。
一度、なげやりなスケッチに閉じ込めた画家がいた。
だが、それは全部間違っている。
詩を書くことは、
遅れてしまったことばになること。
やってこないことばになること。
(57)片隅に椅子があるが、
片隅に椅子があるが腰かけてはいけない。
それは本のなかで疲れたことばが休みにくる椅子。
だれかがページを開き指でことばをなぞったとき指の下からこぼれる
ことばが
背もたれに肩をあずけ、
窓から早春の空をわたる音楽を聴く。
ゆっくり深呼吸して
違う本の中へ帰っていく。
だれも見たものはいないが、
語り継がれている椅子が片隅にある。
(58)まるであれみたいだ、
水たまりの縁がまた凍りはじめている
狭く暗い空は水の中心から逃げようとしても押し返される
まるであれみたいだ--と言おうとして
ことばは比喩のリストをめくるが
モレスキンのノートは空白。
空っぽ。向こう側が見える鳥かご。
どこからやってきたのか悲しみが一羽、とまっている。
まるで、あれみたいだ。
(59)あれではない
何が原因か書く気にはなれないが
あれではない。
あれはほんとうのことを隠すための口実だ。
自分をごますことにのめりこんでしまって、
過剰にことばと声をつかってしまって、
ふいに静かになる。
その静かさをあつめて、
さびしい、
が突然あらわれてくる。
(60)ふたりの間に、
ふたりの間に、
「また」「あるいは」が
行き交った。
具体的なことばは
けっして届くことなく、
落ちていった。
何もわからないまま、
「そうだね」
声は疲れていた。
(61)どうしても、
「どうしても」ということばが、夢のようにしつこくあらわれてきた。「破る」ということばを遠くから引き寄せて「夢のなかで本のページを破らなければならないのに、それができない」ということばに組み立てたあと「どうしても」手に力が入らない、という。
泣きそうだった。
いいわけをしているのだった。
見たのだった。「浴室」ということばといっしょ「剃刀」ということばがさびたまま濡れていた。それは、「朱泥の剥げた」鏡の裏側へつづく長い廊下へつながり、そのなかを歩いていく男は角をまがらないまま、私のなかで消えた。それは夢の本のページを何度破っても、あたらしく印刷されて増えてくる。
それから突然電話が鳴って、何を「破った」ためのなか、電話の音は夢のなかへは戻らないのだった。
(62)破棄された詩のための注釈(21)
「その角」はケヤキ通りにある花屋を過ぎたところにある。左に曲がると、夏は海から風が吹いてくる。花屋では季節が顔を出し過ぎる。詩人は「ドラッグストア」と書いて時間の色を消すことを好んだ。こうした「好み」のなかに、注釈は入りたがる。(彼は男色だという説がある。)
「その角」を曲がって「物語」は海の方へ駆けて行ってしまう。これではセンチメンタルすぎる。左手の公園の坂を上り、いぬふぐりの淡い桃色を見つめた視線が遊歩道に落ちて、散らばったままだったと書き直された。しかし、「淡い桃色」が気に入らなくて、その二連目は傍線で消された。したがって、印刷された本のなかには存在しない。
三連目は突然、事実がそのまま書かれる。「その角」を曲がって、駐車場の横を通り、路地をひとつ渡り、古い市場へ歩いていく。「季節を売る店」と呼ばれる何軒かが、手書きの値札をならべている。店番はラジオのなつかしい歌に低い声を重ね合わせる。
そこで物語は消える。四連目は書かれない。しかし聞いた声は耳から消えない。「物語」を破壊し、知っている短いことばは、改行を要求する。
(51)足首
ことばは、足首になりたかった。
ぬるみはじめた池に佇む青さぎの、水につつまれた足首。
片足で立っている、その足を交代させるとき、
水の輪が足首のまわりにひろがる。
春の光をおしのけて、輪の起伏の奥に黒い色が照る。
まだ誰も書いたことのない足首、
泥をかきたてて泳ぐ亀も、藻に腹をくすぐらせている小魚も、
青さぎをみはっている白さぎさえも気づいていない。
ことばは、その足首になりたかった。
(52)さびしい、
さびしい、ということばのなかから
そいつが逃げ出した。
昼の公園で、桜の満開の下で、
悲しい、ということばのなかからだったか、かもしれない。
男が歌いながら踊っていた。
その歌のなかからだったか
かもしれない。
深夜、犬と歩いていると、犬が
みつけてくれた。
そいつは、
公園の入り口の車止めのところにいた。
街灯に照らされて、
四角い車止めの石の
四角い黒い影になっていた。
黒いのだけれど、
透明で、
そのなかに散らばった小石がみえた。
黒いのだけれど、
不思議に光っていて、
生えている草の尖った葉先が見えた。
さびしい、ということばのなかには
帰りたくない、と言った。
そいつは、
(53)「まだ可能かもしれない
「まだ可能かもしれない」という考えが間違っている。「そう自分自身に言い聞かせることをできるだけ先のばしにした」ということばがあった。
「だれのことばなのかわからなかったが、いま、私がしているのはそのとおりのことである」ということばが列に並んでいた。
「どうすることもできない苦しみがまといついてくるが、そう感じるとき苦痛ということばは甘い怠惰のようでもあった」ということばが、どこからともなくあらわれた。
(54)感情のように、
コップのなかに飲み残しの水がある。
そのくらい色になり悲しみは完結する。
ことばは安易な一行できょうを終わろうとしたが、
テーブルの下で犬は動こうとしない。
誰からの検閲を受けることもない感情のように。
(55)遅くなってしまったが、
遅くなってしまったが、
遅れていくのも悪くはない。
枝垂れ梅の枝をつたって雨が落ちる。
地面に散らばった花びらをたたく。
花びらは木のにおいに打たれながら最後の眠りを眠りにゆく。
ことばにしたいのに、ことばにならない。
(56)窓のそばに立って、
窓のそばに立って、
ことばは木が芽吹く前の匂いをかいでいた。
光の細い輪郭が直立し、影が斜めにのび、本棚にぶつかり折れた。
詩を書くことは、
そのことばの姿勢を真似することだ。
本棚にびっしりつめこまれた活字から離れ、
近づくことを許さない。
苦悩しているという小説家がいる。
沈んでいるのだといった音楽家がいる。
一度、なげやりなスケッチに閉じ込めた画家がいた。
だが、それは全部間違っている。
詩を書くことは、
遅れてしまったことばになること。
やってこないことばになること。
(57)片隅に椅子があるが、
片隅に椅子があるが腰かけてはいけない。
それは本のなかで疲れたことばが休みにくる椅子。
だれかがページを開き指でことばをなぞったとき指の下からこぼれる
ことばが
背もたれに肩をあずけ、
窓から早春の空をわたる音楽を聴く。
ゆっくり深呼吸して
違う本の中へ帰っていく。
だれも見たものはいないが、
語り継がれている椅子が片隅にある。
(58)まるであれみたいだ、
水たまりの縁がまた凍りはじめている
狭く暗い空は水の中心から逃げようとしても押し返される
まるであれみたいだ--と言おうとして
ことばは比喩のリストをめくるが
モレスキンのノートは空白。
空っぽ。向こう側が見える鳥かご。
どこからやってきたのか悲しみが一羽、とまっている。
まるで、あれみたいだ。
(59)あれではない
何が原因か書く気にはなれないが
あれではない。
あれはほんとうのことを隠すための口実だ。
自分をごますことにのめりこんでしまって、
過剰にことばと声をつかってしまって、
ふいに静かになる。
その静かさをあつめて、
さびしい、
が突然あらわれてくる。
(60)ふたりの間に、
ふたりの間に、
「また」「あるいは」が
行き交った。
具体的なことばは
けっして届くことなく、
落ちていった。
何もわからないまま、
「そうだね」
声は疲れていた。
(61)どうしても、
「どうしても」ということばが、夢のようにしつこくあらわれてきた。「破る」ということばを遠くから引き寄せて「夢のなかで本のページを破らなければならないのに、それができない」ということばに組み立てたあと「どうしても」手に力が入らない、という。
泣きそうだった。
いいわけをしているのだった。
見たのだった。「浴室」ということばといっしょ「剃刀」ということばがさびたまま濡れていた。それは、「朱泥の剥げた」鏡の裏側へつづく長い廊下へつながり、そのなかを歩いていく男は角をまがらないまま、私のなかで消えた。それは夢の本のページを何度破っても、あたらしく印刷されて増えてくる。
それから突然電話が鳴って、何を「破った」ためのなか、電話の音は夢のなかへは戻らないのだった。
(62)破棄された詩のための注釈(21)
「その角」はケヤキ通りにある花屋を過ぎたところにある。左に曲がると、夏は海から風が吹いてくる。花屋では季節が顔を出し過ぎる。詩人は「ドラッグストア」と書いて時間の色を消すことを好んだ。こうした「好み」のなかに、注釈は入りたがる。(彼は男色だという説がある。)
「その角」を曲がって「物語」は海の方へ駆けて行ってしまう。これではセンチメンタルすぎる。左手の公園の坂を上り、いぬふぐりの淡い桃色を見つめた視線が遊歩道に落ちて、散らばったままだったと書き直された。しかし、「淡い桃色」が気に入らなくて、その二連目は傍線で消された。したがって、印刷された本のなかには存在しない。
三連目は突然、事実がそのまま書かれる。「その角」を曲がって、駐車場の横を通り、路地をひとつ渡り、古い市場へ歩いていく。「季節を売る店」と呼ばれる何軒かが、手書きの値札をならべている。店番はラジオのなつかしい歌に低い声を重ね合わせる。
そこで物語は消える。四連目は書かれない。しかし聞いた声は耳から消えない。「物語」を破壊し、知っている短いことばは、改行を要求する。
詩集「改行」へ向けての、推敲(6)
(41)破棄されたの詩のための注釈(31)
テーブルの片隅に集められたのは「ぬれている」ということばと「水面の青」。「水面は正午の光で青くぬれている」ということばと、「ボートからはみだした影が水面で黒く輝く」ということばが、砕けながら入り乱れた。四月の正午、風は南から吹いた。
水に触れる手は、何を考えて模倣するのか。砕けるものを集める「感覚」ということばは「私は私を見て(あなたはあなたを見ないで)」という中途半端なことばを半ば所有し、半ば放棄している。想像力は、網膜のなかで完成することを拒否する。
そこで改行。
新しいことばの上に雨が降り、「ぬれている」ということばは水面から「青」をはがしていく。灰色の粗い粒子が現像しそこねた写真のように。「ボートの横」では、水に映った杭の色という問題が残される。
(42)甘いものが、
甘いものが、流れ出ていると指摘されて
ことばは鏡のなかの顔がやつれていたことを思い出した。
きのう、階段を下りる男のいやらしさを足の動きに託して書こうとして、
何度やってやってもうまくゆかず、
ネクタイをゆるめ、シャツのボタンを外す描写にかえ、
安直な疲労という手すりに寄り掛かってしまった。
そのあとだね、何度やってもうまくゆかず、
大事な部分をながめていると、いやな感じのものが毛穴から流れた。
甘いものが流れ出る日々がさらにつづき、
ことばの手も足も目も耳もやせほそり、
感覚の「て、に、を、は」は破壊寸前で陰毛のように震える。
助詞を酷使して論理ばかり捏造し、
うんざりして甘いものを舐めてみるが未消化のまま流れ出てしまい
最後の一行が書けない。
(43)ドアのノブに手をかけとき、
ドアのノブに手をかけたとき、
ことばの血管のなかに入り組んだ街の通りができるのを感じた。
血管のなかで欲望がざわめいた。
ドアの影にドアが、そのドアの影にまた別のドアが隠れている。
さらにその奥の壁の色をしたドアのノブに手をかけのだが、
ことばはドアを開けることができなかった。
血管のなかにできた通りの複数のドアから細い光がもれているが、
それはことばを盗み見るために這い出してきた何かなのだ。
ことばは、さらに奥のドアのノブに手をかけた。
それはことばの内部の固く閉ざした部分に通じるドアであって、
それを閉ざしたままでは嘘をつくことになる。
ことばの血管のなかにできた通りに嘘をつくことになる、
と血管のなかの本能が声を上げた。
片手で耳をふさいで、(片方の耳は開かれたまま、
長い間閉じていたドアのノブに手をかけたとき、
血管を走り回る目にはドアの向こうが見えた。
部屋の中には顔が浮かんでいて、ことばが入ってくるのをみつめている。
まわりは暗く--黒い空気をかき分けるようにして
ことばが顔に近づいていくより先に
闇を射抜いて目の強い光が近づいてくる。しかし、
その目に殺されてしまう、打ち砕かれてしまう、
という具合にどうしてならなかったのだろう。
何かを聞こうとした耳を、
背後でドアが閉まる音がふさいだ。
ことばは、わけのわからないまま、
両方の手でドアの内耳の形をした鍵穴を隠すのだった。
そこからことばが漏れているような気がして。
(44)ことばは椅子を、
ことばは椅子を書きたくなった。
書いてしまうと椅子は椅子ではなくなってしまう。
ことばを重ねると意味になり、
意味は象徴になる。
鉈で叩き割った木を組み合わせた椅子は質実という意味になり、
小屋の隅に置かれて孤独を象徴する。
やわらかな座面にのこる窪みは、
支えるものをなくしてかえって疲労する。
(45)うすっぺらな、
耳のまえで、
その螺旋階段の入り口で、
ことばは
喜んで階段をまわりながら降りて行った、
軽い足跡をみつけた。
そのあとをたどることは盗作だろうか、
ことばは、
どきどきして振り返った。
(だれか、気づけよ
だが、
予想どおりだれも気づかないという裏切りがあり、
うすっぺらな、
恥ずかしさは
耳のてすりのようになまあたたかい。
(46)ことばは首を傾けて
ことばは首を傾けて鳥になってみる
梢の先端に何かが降りてくる
日の光が葉の縁を銀色にかえようとしている
一瞬、めまいのような暗さが鳥をゆさぶった
そうではなかった、
鳥になったことばの細い足先をくすぐるものがある
幹のなかをとおり枝のなかを駆け上り
木をつきやぶろうとしている
なぜこんなことに気がついたのか
ことばは考えてみるが、鳥になってしまっているので
ちゅぴちゅろり、ぐっくるぼっ、ちょるりるる
ことばは首をかしげて鳥からことばにかえろうとするが
声は晴れ渡った空に消えて
雲が透明になっている。
(47)ひとつずつ、
ひとつずつ、
ことばは川の向こうのビルでひとつずつ灯が灯るのを見て、
ひとつずつということばになってみる。
ひとつずつ、
川の上にもひとつずつ明かりが灯る。
橋の下で暗くなった水が流れてきて、
逆さまに落ちてくるビルの窓を間違えることなく、その場所で
ひとつずつ、
(48)ことばは老いてしまった、
ことばは老いてしまった、
つまらない反撃に力を使い果たしてしまった。
闘っているときは昔の力がよみがえった
気がしたが、何を言ったかおぼえていなかった。
ことばは老いてしまった、
闘うことだけで生まれてくる野蛮は消えた。
快感のない手で花に触れた、
かつて良心の制止を聞かずに毟り取った花に。
ことばは老いてしまった、
思い出せないものを思い出している間に、
わきを夜明けの風が吹き抜けてゆき、
花びらのあった場所には絶対的な休止符。
ことばは老いてしまった、
そんなものに音楽を聴いてしまうとは。
(49)うわさ
ほら、あのことばだ
異名をつかって
淫靡な詩を書いているやつもいるが
あれほどいやらしくはない
知る必要のないことを
けっして知ろうとはしない
まっすぐな姿勢のまま
行間にわりこみ
「美には限界がある」
うすい鉛筆で書き込んだきり
出てこない
まるで手稿の推敲のよう
見られていることを知っていて
余白にさえなろうとしない
(50)改行について
ことばは後ろにならぶように、
列を作るように命令されたが
さて?
いまのは、脳だったのかしら
ことばは、
いつからならんでいるのですか?
前のことばに聞いてみたが
ふりむいてもくれない
嫌われているらしい
うしろにならぶことばは
離れた場所でうろうろしている
もやもやの感情みたい
改行します、
ことばは列を離れて叫んでみた
ことばがわっと押し寄せてきた
ちくしょう、
古い行がわめいた
(41)破棄されたの詩のための注釈(31)
テーブルの片隅に集められたのは「ぬれている」ということばと「水面の青」。「水面は正午の光で青くぬれている」ということばと、「ボートからはみだした影が水面で黒く輝く」ということばが、砕けながら入り乱れた。四月の正午、風は南から吹いた。
水に触れる手は、何を考えて模倣するのか。砕けるものを集める「感覚」ということばは「私は私を見て(あなたはあなたを見ないで)」という中途半端なことばを半ば所有し、半ば放棄している。想像力は、網膜のなかで完成することを拒否する。
そこで改行。
新しいことばの上に雨が降り、「ぬれている」ということばは水面から「青」をはがしていく。灰色の粗い粒子が現像しそこねた写真のように。「ボートの横」では、水に映った杭の色という問題が残される。
(42)甘いものが、
甘いものが、流れ出ていると指摘されて
ことばは鏡のなかの顔がやつれていたことを思い出した。
きのう、階段を下りる男のいやらしさを足の動きに託して書こうとして、
何度やってやってもうまくゆかず、
ネクタイをゆるめ、シャツのボタンを外す描写にかえ、
安直な疲労という手すりに寄り掛かってしまった。
そのあとだね、何度やってもうまくゆかず、
大事な部分をながめていると、いやな感じのものが毛穴から流れた。
甘いものが流れ出る日々がさらにつづき、
ことばの手も足も目も耳もやせほそり、
感覚の「て、に、を、は」は破壊寸前で陰毛のように震える。
助詞を酷使して論理ばかり捏造し、
うんざりして甘いものを舐めてみるが未消化のまま流れ出てしまい
最後の一行が書けない。
(43)ドアのノブに手をかけとき、
ドアのノブに手をかけたとき、
ことばの血管のなかに入り組んだ街の通りができるのを感じた。
血管のなかで欲望がざわめいた。
ドアの影にドアが、そのドアの影にまた別のドアが隠れている。
さらにその奥の壁の色をしたドアのノブに手をかけのだが、
ことばはドアを開けることができなかった。
血管のなかにできた通りの複数のドアから細い光がもれているが、
それはことばを盗み見るために這い出してきた何かなのだ。
ことばは、さらに奥のドアのノブに手をかけた。
それはことばの内部の固く閉ざした部分に通じるドアであって、
それを閉ざしたままでは嘘をつくことになる。
ことばの血管のなかにできた通りに嘘をつくことになる、
と血管のなかの本能が声を上げた。
片手で耳をふさいで、(片方の耳は開かれたまま、
長い間閉じていたドアのノブに手をかけたとき、
血管を走り回る目にはドアの向こうが見えた。
部屋の中には顔が浮かんでいて、ことばが入ってくるのをみつめている。
まわりは暗く--黒い空気をかき分けるようにして
ことばが顔に近づいていくより先に
闇を射抜いて目の強い光が近づいてくる。しかし、
その目に殺されてしまう、打ち砕かれてしまう、
という具合にどうしてならなかったのだろう。
何かを聞こうとした耳を、
背後でドアが閉まる音がふさいだ。
ことばは、わけのわからないまま、
両方の手でドアの内耳の形をした鍵穴を隠すのだった。
そこからことばが漏れているような気がして。
(44)ことばは椅子を、
ことばは椅子を書きたくなった。
書いてしまうと椅子は椅子ではなくなってしまう。
ことばを重ねると意味になり、
意味は象徴になる。
鉈で叩き割った木を組み合わせた椅子は質実という意味になり、
小屋の隅に置かれて孤独を象徴する。
やわらかな座面にのこる窪みは、
支えるものをなくしてかえって疲労する。
(45)うすっぺらな、
耳のまえで、
その螺旋階段の入り口で、
ことばは
喜んで階段をまわりながら降りて行った、
軽い足跡をみつけた。
そのあとをたどることは盗作だろうか、
ことばは、
どきどきして振り返った。
(だれか、気づけよ
だが、
予想どおりだれも気づかないという裏切りがあり、
うすっぺらな、
恥ずかしさは
耳のてすりのようになまあたたかい。
(46)ことばは首を傾けて
ことばは首を傾けて鳥になってみる
梢の先端に何かが降りてくる
日の光が葉の縁を銀色にかえようとしている
一瞬、めまいのような暗さが鳥をゆさぶった
そうではなかった、
鳥になったことばの細い足先をくすぐるものがある
幹のなかをとおり枝のなかを駆け上り
木をつきやぶろうとしている
なぜこんなことに気がついたのか
ことばは考えてみるが、鳥になってしまっているので
ちゅぴちゅろり、ぐっくるぼっ、ちょるりるる
ことばは首をかしげて鳥からことばにかえろうとするが
声は晴れ渡った空に消えて
雲が透明になっている。
(47)ひとつずつ、
ひとつずつ、
ことばは川の向こうのビルでひとつずつ灯が灯るのを見て、
ひとつずつということばになってみる。
ひとつずつ、
川の上にもひとつずつ明かりが灯る。
橋の下で暗くなった水が流れてきて、
逆さまに落ちてくるビルの窓を間違えることなく、その場所で
ひとつずつ、
(48)ことばは老いてしまった、
ことばは老いてしまった、
つまらない反撃に力を使い果たしてしまった。
闘っているときは昔の力がよみがえった
気がしたが、何を言ったかおぼえていなかった。
ことばは老いてしまった、
闘うことだけで生まれてくる野蛮は消えた。
快感のない手で花に触れた、
かつて良心の制止を聞かずに毟り取った花に。
ことばは老いてしまった、
思い出せないものを思い出している間に、
わきを夜明けの風が吹き抜けてゆき、
花びらのあった場所には絶対的な休止符。
ことばは老いてしまった、
そんなものに音楽を聴いてしまうとは。
(49)うわさ
ほら、あのことばだ
異名をつかって
淫靡な詩を書いているやつもいるが
あれほどいやらしくはない
知る必要のないことを
けっして知ろうとはしない
まっすぐな姿勢のまま
行間にわりこみ
「美には限界がある」
うすい鉛筆で書き込んだきり
出てこない
まるで手稿の推敲のよう
見られていることを知っていて
余白にさえなろうとしない
(50)改行について
ことばは後ろにならぶように、
列を作るように命令されたが
さて?
いまのは、脳だったのかしら
ことばは、
いつからならんでいるのですか?
前のことばに聞いてみたが
ふりむいてもくれない
嫌われているらしい
うしろにならぶことばは
離れた場所でうろうろしている
もやもやの感情みたい
改行します、
ことばは列を離れて叫んでみた
ことばがわっと押し寄せてきた
ちくしょう、
古い行がわめいた
詩集「改行」へ向けての、推敲(5)
(31)彼は、私の言うことを聞かなかった/異聞
彼は、私の言うことを聞かなかった。
彼とは、私であるのだが。
彼は、音をたてずに歩き、階段のところにいる猫の、やわらかい毛をなでる。
彼の手は、私が、手を見つめていることを知っていた。
しかし、私の目のなかで、彼の手と猫の毛が入れ替わるのを知らなかった。
「手が手の奥の闇を探るとき、毛は手の奥の恐れを楽しんだ。」
私は、彼の言うことを聞かなかった。私とは、語られてしまった彼のことであり、
「手」と「毛」のようにシンメトリーだったと書き換えると、
「物語」ということばが廊下を走っていく。
ピアノの黒鍵のひとつをたたきつづけたときの音になって。
空は夕暮れ独特の青い色をしていた。
空のなかにある銀色がすべて消えてしまったときにできる青に。
彼は、私の言うことを聞かなかった。
彼とは、私であるのだが。
(32)ピアニッシモ
私は遅れて入っていったのだが、「ピアニッシモ」というのは、すぐに「比喩」だとわかった。抑えた欲望という意味と、知れ渡った秘密という意味に分かれて、集まってきたひとを区別した。白い皿と果物の色を跳び越えるようにことばが行き交ったが、思っていることは語られることはなかった。意味深な目配せや、唇の端に浮かぶゆがみを、誰かが不注意に「感情」と言い換えてしまったために、突然、沈黙が広がった。
「いまのお考えについて、どう思われます?」
他人と同じ意見を言わないひとが問いかけてきた。私は、何度も何度も頭の中で繰り返してきたことばを言うならいまだと思ったが、夢のなかで叫ぶときのように、声がのどはりつきかすれしまった。
「あのピアニッシモのタッチには、感情というよりは、スタイルが感じられますね。独特の衝動に負けて動いてしまうという雰囲気をだそうとしているそれを、私はむしろ意思と呼んでみたい気がします」と言いたかったのだが。
(33)椅子を持ってきてほしい、
「椅子を持ってきてほしい」と言ったのは、隣に座ってほしかったからだが理解されなかった。「隣」ということばの「近さ」の意味が反感を生んでしまったのだ。しかし、作者はそれを知らない。
思い出せるだろうか。「秋には葡萄を買った」と言った理由を。いつも通りすぎるだけの店で、古くさい紙に一房つつんでもらった。やわらかい皺が葡萄の匂いにそまった。あのときわかった。「私は、もう匂いを食べるだけで十分満足だ。」それは最後に聞いたその人の声だった。
窓から見える空には、羽の生えた雲が。
それは、ほんとうにあったことなのか。思い出したいと思っている嘘なのか。どの月日にも、そのひとはいないのに、だれも座っていない椅子を見るたびに「椅子を持ってきてほしい」ということばがやってくる。
(34)探していた
「探していた」ということばが、「引き出しのなか」にあった。封筒からはみ出た便箋のように。折り畳まれているので何が書かれているのかわからないが、日記では「探すふりをして時間稼ぎをしていたのかもしれない」と記されている。
「知らない」ということばが、男のように帰って来たとき、「写真」の一枚が「鏡」に映っていた。鏡の木枠と、写真立てのフレームはたしかに「似ている」。この「似ている」は動詞だが、比喩として読むべきであるという注釈は書かれなかった。
「追いかけてはいけない」ということばがあったが、否定形のあまい誘いにのってはいけない。
「探していた」ということばは「蝶番」ということばを開けて、錆びた金属の粉を光のなかに散らす。床に足跡が「暗い水のように」ということばになって、存在していた。あるいは「鏡のなかに」。動かないので鏡ではなく「写真だと思った」と、ことばは主張する。
(35)顔のなかに、
「顔のなかに別の顔の記憶があった」。そのことばが、開いた扉の隙間のように目を引きつけた。「何かが動いている」という文を消して、「電話がかかってきたとき、その顔が動いた」という短い情景が挿入された後、顔は「小さな部屋」という比喩になった。暗がりに錆びた非常階段があるアパートに三年間住んでいた、という「注釈」がつけられていた。
「再びあの眼が」ということばは、あとから書かれることになる「違う理由によって」おしのけられ、「壁にかかった四角い鏡」のなかにしまい込まれた。それは鏡のなかに半分入り込み、「ノートに書かれる」ことを欲したのだが、このとき「ノート」は比喩ではない。
「たいていのことは、そのように進んだ」
「たいていのことは、そのように済んだ」
「小説」「日記」に平行して書かれたこのことばは、どちら側から見たのだろうか。
(36)破棄された詩のための注釈(22)
「明滅」ということばが、ことば自身のなかで感じるのは、明るさだろうか、暗さだろうか。坂を上ったところにある街灯は、晴れた週末に明滅する。桜は、明滅のリズムで花びらを開き、散ってゆく。
「明滅」は、吸う息を止めたときの女の輪郭の揺れに似ていたい。しずかに膨らむ胸の内側に少しくらい翳りが、吐く前の息の形であらわれるように。(「明滅」ということばをつかうまえに、作家は「日記」にそう書いている。)
しかし、その作品が書かれる前に、「明滅」は、ある詩人の「桜のはなやぎと女の暗さの対比」を批判するためにつかわれてしまった。しかし、街灯のつくる花びらの影に支えられる桜のはなやぎは、夕暮れ、女の肉体から悲しみがほのかな光のようににじむのに似ているというのは、あまりにもくどくどしい。
「明滅」ということばは、なぜ「明」が先で「滅」があとかと問われ、ことばのつながり方によって意識はつくり出されるものと知った。ことばが感情を生み出していく、というのは人間的な哲学であり、それも詩といっしょに破棄された四月の雨の日。
(37)坂と注釈
坂の堅牢について、
その庭の楠は、となりの空き地に建てられた家からの苦情という「越境」によって、年月の断面図として半分に切られた。坂はそれを見ていたが、坂の表情である傾きは少しも変わらなかった。堅牢なものである。
坂の緩慢さについて、
のぼるとき、土踏まずはアスファルトの傾斜にゆっくりと近づくのだが、女には坂が土踏まずを押し広げながら、坂であることを主張しているように感じられる。その力は緩慢であるがゆえに、あなどれない。
坂の愉悦について、
疲れを吐き出しながらのぼる男に坂はささやく。のぼりつめる寸前に向こう側の街を見て男が勃起するのを知っている--と。それが私(坂)の愉悦である、と。
坂の絶望について、
「傾くことをやめることができない」ということばは読みかけの本で散らばり、うねっていたが、これでは「意味」になってしまうので、(以下判読不能)。
(38)「たとえば」のための注釈
「たとえば」について語ったのは鳥の顔をした男であった。「ことばにはそれぞれ性質というものがあって、私の『たとえば』は冒険好きで気まぐれだ。」つまり、「机の上の鉛筆の角度を語っていたかと思えば、たとえば次の瞬間には犬が見上げる角度になり、たとえばリードを強引に引っぱり川原へ下りてゆく。それから、たとえば土の中から目覚めたばかりの蛙をつかまえて私を驚かす。」
私の「たとえば」は鳥の顔をした男の定義から逃走しようとしたが、男は上空から蛙をつかまえる角度で急降下すると「きみの『たとえば』は非常に臆病で、いま私が語っている『たとえば』の寓話は、ことばの性質ではなくて、ことばのスピード、文体のことだろうと判断する。つまり、問題をすりかえ、鉛筆で架空の紙にメモをする。架空の紙を選ぶのは、記録として残ってはこまるからだ。どうしてそんなレトリックの中に隠れようとするのか。」
「たとえば、比喩動かすと感情は衰弱する。感情が論理にととのえられるからだ」という哲学はもう古い。「たとえば」ということばは、恐怖を切断し暴走させるときにつかうと効果的である。これは、鳥の顔をした男を拒絶した女が書き残した「例文」である。
(39)注釈のための注釈
「コップの灰色」ということばが、「絵」を呼び出し、「過去」へ入っていく。「過去」とは人間の内部のことである、という比喩をとおるので、絵の中のコップの内部に入った水がつくりだす屈折は青くなる。一方、テーブルの上に投影されたコップの内側の輪郭と、コップの左側の白い光は塗り残した紙の色である。
この注釈は詩のために書かれたものではない。塗り残しについて聞かれたセザンヌが「ふさわしい色がルーブルで見つかったら、それを剽窃してつかう」と答えた、という「注」をつけたくて、書かれたものである。したがって捏造である。(これは青いインクで余白に追記された文章である。)
(40)破棄されたの詩のための注釈
「反映」ということばがのなかにハナミズキの並木があり、そこで失われたものがある。あのときの「視線」が残っていて、やわらかな花びらから「反射」してくる。その感じを「反映している」という動詞で言い換えようとしたのだ、その日のことばは。
「非在」や「空虚」を退けながら、並木の坂が終焉するところを見ていると「失われた(過去形)」が「失われる(現在形)」になって、坂を下ってくる。こんな奇妙な「愛する」という方法(沈黙)を見つける必要があったとは……。
ハナミズキの花には、白とピンクがある。
「空」という文字を傍線で消すと、青い空気が青いまま降ってきて、やってきたひとの(去って行ったひとの)影になる午後。そのさびしい色のハナミズキが揺れて、私のこころの「反映」ということばにもどる。
(31)彼は、私の言うことを聞かなかった/異聞
彼は、私の言うことを聞かなかった。
彼とは、私であるのだが。
彼は、音をたてずに歩き、階段のところにいる猫の、やわらかい毛をなでる。
彼の手は、私が、手を見つめていることを知っていた。
しかし、私の目のなかで、彼の手と猫の毛が入れ替わるのを知らなかった。
「手が手の奥の闇を探るとき、毛は手の奥の恐れを楽しんだ。」
私は、彼の言うことを聞かなかった。私とは、語られてしまった彼のことであり、
「手」と「毛」のようにシンメトリーだったと書き換えると、
「物語」ということばが廊下を走っていく。
ピアノの黒鍵のひとつをたたきつづけたときの音になって。
空は夕暮れ独特の青い色をしていた。
空のなかにある銀色がすべて消えてしまったときにできる青に。
彼は、私の言うことを聞かなかった。
彼とは、私であるのだが。
(32)ピアニッシモ
私は遅れて入っていったのだが、「ピアニッシモ」というのは、すぐに「比喩」だとわかった。抑えた欲望という意味と、知れ渡った秘密という意味に分かれて、集まってきたひとを区別した。白い皿と果物の色を跳び越えるようにことばが行き交ったが、思っていることは語られることはなかった。意味深な目配せや、唇の端に浮かぶゆがみを、誰かが不注意に「感情」と言い換えてしまったために、突然、沈黙が広がった。
「いまのお考えについて、どう思われます?」
他人と同じ意見を言わないひとが問いかけてきた。私は、何度も何度も頭の中で繰り返してきたことばを言うならいまだと思ったが、夢のなかで叫ぶときのように、声がのどはりつきかすれしまった。
「あのピアニッシモのタッチには、感情というよりは、スタイルが感じられますね。独特の衝動に負けて動いてしまうという雰囲気をだそうとしているそれを、私はむしろ意思と呼んでみたい気がします」と言いたかったのだが。
(33)椅子を持ってきてほしい、
「椅子を持ってきてほしい」と言ったのは、隣に座ってほしかったからだが理解されなかった。「隣」ということばの「近さ」の意味が反感を生んでしまったのだ。しかし、作者はそれを知らない。
思い出せるだろうか。「秋には葡萄を買った」と言った理由を。いつも通りすぎるだけの店で、古くさい紙に一房つつんでもらった。やわらかい皺が葡萄の匂いにそまった。あのときわかった。「私は、もう匂いを食べるだけで十分満足だ。」それは最後に聞いたその人の声だった。
窓から見える空には、羽の生えた雲が。
それは、ほんとうにあったことなのか。思い出したいと思っている嘘なのか。どの月日にも、そのひとはいないのに、だれも座っていない椅子を見るたびに「椅子を持ってきてほしい」ということばがやってくる。
(34)探していた
「探していた」ということばが、「引き出しのなか」にあった。封筒からはみ出た便箋のように。折り畳まれているので何が書かれているのかわからないが、日記では「探すふりをして時間稼ぎをしていたのかもしれない」と記されている。
「知らない」ということばが、男のように帰って来たとき、「写真」の一枚が「鏡」に映っていた。鏡の木枠と、写真立てのフレームはたしかに「似ている」。この「似ている」は動詞だが、比喩として読むべきであるという注釈は書かれなかった。
「追いかけてはいけない」ということばがあったが、否定形のあまい誘いにのってはいけない。
「探していた」ということばは「蝶番」ということばを開けて、錆びた金属の粉を光のなかに散らす。床に足跡が「暗い水のように」ということばになって、存在していた。あるいは「鏡のなかに」。動かないので鏡ではなく「写真だと思った」と、ことばは主張する。
(35)顔のなかに、
「顔のなかに別の顔の記憶があった」。そのことばが、開いた扉の隙間のように目を引きつけた。「何かが動いている」という文を消して、「電話がかかってきたとき、その顔が動いた」という短い情景が挿入された後、顔は「小さな部屋」という比喩になった。暗がりに錆びた非常階段があるアパートに三年間住んでいた、という「注釈」がつけられていた。
「再びあの眼が」ということばは、あとから書かれることになる「違う理由によって」おしのけられ、「壁にかかった四角い鏡」のなかにしまい込まれた。それは鏡のなかに半分入り込み、「ノートに書かれる」ことを欲したのだが、このとき「ノート」は比喩ではない。
「たいていのことは、そのように進んだ」
「たいていのことは、そのように済んだ」
「小説」「日記」に平行して書かれたこのことばは、どちら側から見たのだろうか。
(36)破棄された詩のための注釈(22)
「明滅」ということばが、ことば自身のなかで感じるのは、明るさだろうか、暗さだろうか。坂を上ったところにある街灯は、晴れた週末に明滅する。桜は、明滅のリズムで花びらを開き、散ってゆく。
「明滅」は、吸う息を止めたときの女の輪郭の揺れに似ていたい。しずかに膨らむ胸の内側に少しくらい翳りが、吐く前の息の形であらわれるように。(「明滅」ということばをつかうまえに、作家は「日記」にそう書いている。)
しかし、その作品が書かれる前に、「明滅」は、ある詩人の「桜のはなやぎと女の暗さの対比」を批判するためにつかわれてしまった。しかし、街灯のつくる花びらの影に支えられる桜のはなやぎは、夕暮れ、女の肉体から悲しみがほのかな光のようににじむのに似ているというのは、あまりにもくどくどしい。
「明滅」ということばは、なぜ「明」が先で「滅」があとかと問われ、ことばのつながり方によって意識はつくり出されるものと知った。ことばが感情を生み出していく、というのは人間的な哲学であり、それも詩といっしょに破棄された四月の雨の日。
(37)坂と注釈
坂の堅牢について、
その庭の楠は、となりの空き地に建てられた家からの苦情という「越境」によって、年月の断面図として半分に切られた。坂はそれを見ていたが、坂の表情である傾きは少しも変わらなかった。堅牢なものである。
坂の緩慢さについて、
のぼるとき、土踏まずはアスファルトの傾斜にゆっくりと近づくのだが、女には坂が土踏まずを押し広げながら、坂であることを主張しているように感じられる。その力は緩慢であるがゆえに、あなどれない。
坂の愉悦について、
疲れを吐き出しながらのぼる男に坂はささやく。のぼりつめる寸前に向こう側の街を見て男が勃起するのを知っている--と。それが私(坂)の愉悦である、と。
坂の絶望について、
「傾くことをやめることができない」ということばは読みかけの本で散らばり、うねっていたが、これでは「意味」になってしまうので、(以下判読不能)。
(38)「たとえば」のための注釈
「たとえば」について語ったのは鳥の顔をした男であった。「ことばにはそれぞれ性質というものがあって、私の『たとえば』は冒険好きで気まぐれだ。」つまり、「机の上の鉛筆の角度を語っていたかと思えば、たとえば次の瞬間には犬が見上げる角度になり、たとえばリードを強引に引っぱり川原へ下りてゆく。それから、たとえば土の中から目覚めたばかりの蛙をつかまえて私を驚かす。」
私の「たとえば」は鳥の顔をした男の定義から逃走しようとしたが、男は上空から蛙をつかまえる角度で急降下すると「きみの『たとえば』は非常に臆病で、いま私が語っている『たとえば』の寓話は、ことばの性質ではなくて、ことばのスピード、文体のことだろうと判断する。つまり、問題をすりかえ、鉛筆で架空の紙にメモをする。架空の紙を選ぶのは、記録として残ってはこまるからだ。どうしてそんなレトリックの中に隠れようとするのか。」
「たとえば、比喩動かすと感情は衰弱する。感情が論理にととのえられるからだ」という哲学はもう古い。「たとえば」ということばは、恐怖を切断し暴走させるときにつかうと効果的である。これは、鳥の顔をした男を拒絶した女が書き残した「例文」である。
(39)注釈のための注釈
「コップの灰色」ということばが、「絵」を呼び出し、「過去」へ入っていく。「過去」とは人間の内部のことである、という比喩をとおるので、絵の中のコップの内部に入った水がつくりだす屈折は青くなる。一方、テーブルの上に投影されたコップの内側の輪郭と、コップの左側の白い光は塗り残した紙の色である。
この注釈は詩のために書かれたものではない。塗り残しについて聞かれたセザンヌが「ふさわしい色がルーブルで見つかったら、それを剽窃してつかう」と答えた、という「注」をつけたくて、書かれたものである。したがって捏造である。(これは青いインクで余白に追記された文章である。)
(40)破棄されたの詩のための注釈
「反映」ということばがのなかにハナミズキの並木があり、そこで失われたものがある。あのときの「視線」が残っていて、やわらかな花びらから「反射」してくる。その感じを「反映している」という動詞で言い換えようとしたのだ、その日のことばは。
「非在」や「空虚」を退けながら、並木の坂が終焉するところを見ていると「失われた(過去形)」が「失われる(現在形)」になって、坂を下ってくる。こんな奇妙な「愛する」という方法(沈黙)を見つける必要があったとは……。
ハナミズキの花には、白とピンクがある。
「空」という文字を傍線で消すと、青い空気が青いまま降ってきて、やってきたひとの(去って行ったひとの)影になる午後。そのさびしい色のハナミズキが揺れて、私のこころの「反映」ということばにもどる。
詩集「改行」へ向けての、推敲(4)
(21)隣のことば
夜遅く帰ってきた
隣のことばが無言でものを食っている
箸を動かしたあとしつこいくらいに噛む
顎と舌を動かす唾液をまぜる
食うことを強制されたようにむりやり
と描写することばと
描写されることばのあいだ
お茶をすすり終わると
歯も磨かずに奥の部屋へずって行き布団にもぐり寝る
だらしないぬくもりがみだれることば
(22)本のなかを、
本のなかを走っている鉄道を八時間かけてたどりついた朝、
ことばはホテルのベッドに横たわっている。それから
降りはじめた雨になって窓の外側を流れてみる。
葉を落とした梢が揺れ、影が細く乱れる。
それを別なことばで言い直すのはむずかしい。
本のなかのことばは、音楽会に行くべきかどうか迷っている。
まったく希望をもっていない。
胃の手術を二度した父のように。
枕元のスタンドは黄色い光。
広げたノートの上にことばが小さな影をつくっている。
書こうとして書けないことの、あるいは鉛筆の、
(23)今ごろだったな、
今ごろだったな、きみが帰って行ったのは。
私の街では、今ごろの時間、交差点の半分はビルの影になる。
こどもの手を引いたきみが斜めの青い影から光のなかへ歩きだす。
きみの手を握ったこどもの手の甲が日差しのなかで
思い出のようにやわらかく光った。
思い出になってしまった。
(24)バスに乗っていると、
バスに乗っていると、
これから行くあの部屋から音楽が聞こえてくる。
ガスをつけると
レンジに青い花が咲く。
あの部屋で、
私はバスに乗って聞いた音楽を思い出す。
本棚に本が二列に並んでいる。
コーヒーが匂う。
バスに乗っていると、
これから行くあの部屋から音楽が聞こえる。
(25)私がことばを見たのは、
私がことばを見たのは街の皮膚が奇妙な仕方で剥がされたときだった。
コロシアムに降っていた雨が去ってしまうと
真昼の光がアスファルトに広がり、
完璧すぎるシンメトリーの鏡となった。
私がことばを見たのは何かについての嘘のなかだった。
(廃墟の墟は嘘に似ている)
めまいのなかで時間が石の形にもどる。
視線は失ったものを無関心に変換しながら四方に飛び散る。
私がことばを見たのは裏切りたいという期待を思い出したときと
裏切られる愉悦が甦ったときだった。
さかさまの虚像の鏡像はまっすぐな実像であり、
反重力の視線で対極の空を見下ろす。
私がことばを見たのは、ことばが私を見なかったときだ。
(26)あるいは、そうではない
あるいは、そうではないという仮定があって、その仮定はそうではないと主張した瞬間にはまだ反論のための具体的な事実をつかんでいない。何かを探しあてるための時間稼ぎのために、そうではないというのだが、
あるいはそうではないという仮定には実体はなくて、「あるいは」という接続詞にこそ、それまでのことばとは違うものになりたいという論理の欲望、深層の動機のようなものがあるのかもしれないし、
あるいはそうではないという仮定と、あるいはそうかもしれないと肯定して始める対話は正反対のようであっても、どこかへ行こうとする動きの共通項がある。いずれも、結論にたどり着けず、虚無が広がるという共通項も。
あるいはそうではないという仮定を立てることはいつでも可能なので、ことばは、どこまで今のことばを動かしていけばいいのかわからない。このことばは結論を用意する仮定ではないのかもしれないとことばは疑うのだった。
(27)部屋に入っていくと、
部屋に入っていくと、
押したり、つついたり、たたいたり、ことばをいじめていたことばたちが散らばって、
いじめられていたことばさえ、逃げていくことばのなかに隠れ
何もなかったように整列しはじめた。
(私とは絶対に接続しないと申し合わせているようだった)
見渡すと、ことばたちはひとつひとつ沈黙を机の上にならべていた。
新学期の教室のように磨かれた窓から光が差してきて、
足元にころがった「て、に、を、は」に影をつくった。
「の」も「しかし」も「そして」も「あるいは」も、
酷使されつづけくたびれはてた「も」も、
机の上にはノートと鉛筆と消しゴムがあったが、
どんな「物語」もなかった。
こんな辻褄があわないことがあっていいのか--ことば声を出そうとするが
のどは放課後の廊下のように遠ざかっていく。
(28)詩ではなく、
ことばはほかのことばと同じように休んでいた。
川のない街ではことばは歩道橋に集まってきて休む。
ビルの窓が四角い明かりを放出しビルの壁は夜よりも暗くなるが
まだ働いていることばの顔がここからは見える。
鳩をつがいにするために二羽を暗くて狭い箱の中に閉じ込める
最初はけんかをしているが一晩たつと落ち着く
ことばも狭い部屋に閉じ込められて強制的に見知らぬことばと交接させられる。
みんなの見ている前で頭の天辺を毟られて、写真までとられて。
ことばはその色っぽい敗北とかなしい勝利を何度経験したことか。
忘れてはならない屈辱があったはずだが
忘れてはならないということ以外は忘れてしまった。
ほかのことばのなかで意味になってしまったのだろう。
ことばはほかのことばと同じように意味に感染してしまった。
意味にかわってしまわないことばなど存在しない--と言われているが。
だからこうやってあてもなくほかのことばと同じように休むのだ。
もう少しすれば星の出る前の空の色のようにため息をつける。
(29)十一月の雨/雨女異聞
十一月の雨がなだらかな下り坂の電柱の脇でうずくまっていた。
鎖骨を折ってうめいていた。
鎖骨というのは肩のことろにある骨で、
痩せたひとだと鎖骨がつくるくぼみに雨をためることができる。
私は一瞬、その雨を背の高い女だと勘違いして声をかけた。
雨女は勘違いのなかで、
振り向いた顔をさらに反対に動かして、水色のパイプを視線で指し、事実になった。
法面をコンクリートのブロックがおおっていて、
そのブロックで塞き止められた水を逃がすパイプがある。
パイプから落ちてきた水が雨の鎖骨のくぼみにたまって、
雨はバランスをくずして倒れたのだという。
水がそんなに危険なものだとは一度も聞いたことがない。
だいたい排水パイプから落ちてくる水も同じ雨である。
同じものから生まれたものが、同じものを襲うということはあるのか。
詰問するつもりはなかったが、雨女は息を詰めたたまま
痛くて痛くてたまらないということばになりたがった。
(30)迷う/異聞
「迷う」ということばは、その坂道にやってきた。作者が見つからないので、花屋の前でぶらぶらしている時間に道をたずねた。時間となりでは、好奇心が無関係な方向を向いきながら、耳をとがらせていた。それは「迷う」がおぼえている風景に似ていた。記憶のなかで、「顔色をうかがった」「女におぼれる」という路地があらわれてくる。店の奥では囁きが口の形になって小さく動いた。どれも経験した「感情」のように思えた。「迷う」は、そのことを悟られないようにゆっくりと、ていねいにお礼を言って、角を曲がった。
坂を上り詰めると、日が暮れた。近くのビルの窓は離ればなれに孤立していたが、遠くの明かりが密集してしだいに濃くなるのがわかった。窓にガラスをはめるように、内と外を分け、わかる人にだけはわかるわかるような「動詞」として書き直してほしいという思いがあふれ、「迷う」は悲しくなった。
(21)隣のことば
夜遅く帰ってきた
隣のことばが無言でものを食っている
箸を動かしたあとしつこいくらいに噛む
顎と舌を動かす唾液をまぜる
食うことを強制されたようにむりやり
と描写することばと
描写されることばのあいだ
お茶をすすり終わると
歯も磨かずに奥の部屋へずって行き布団にもぐり寝る
だらしないぬくもりがみだれることば
(22)本のなかを、
本のなかを走っている鉄道を八時間かけてたどりついた朝、
ことばはホテルのベッドに横たわっている。それから
降りはじめた雨になって窓の外側を流れてみる。
葉を落とした梢が揺れ、影が細く乱れる。
それを別なことばで言い直すのはむずかしい。
本のなかのことばは、音楽会に行くべきかどうか迷っている。
まったく希望をもっていない。
胃の手術を二度した父のように。
枕元のスタンドは黄色い光。
広げたノートの上にことばが小さな影をつくっている。
書こうとして書けないことの、あるいは鉛筆の、
(23)今ごろだったな、
今ごろだったな、きみが帰って行ったのは。
私の街では、今ごろの時間、交差点の半分はビルの影になる。
こどもの手を引いたきみが斜めの青い影から光のなかへ歩きだす。
きみの手を握ったこどもの手の甲が日差しのなかで
思い出のようにやわらかく光った。
思い出になってしまった。
(24)バスに乗っていると、
バスに乗っていると、
これから行くあの部屋から音楽が聞こえてくる。
ガスをつけると
レンジに青い花が咲く。
あの部屋で、
私はバスに乗って聞いた音楽を思い出す。
本棚に本が二列に並んでいる。
コーヒーが匂う。
バスに乗っていると、
これから行くあの部屋から音楽が聞こえる。
(25)私がことばを見たのは、
私がことばを見たのは街の皮膚が奇妙な仕方で剥がされたときだった。
コロシアムに降っていた雨が去ってしまうと
真昼の光がアスファルトに広がり、
完璧すぎるシンメトリーの鏡となった。
私がことばを見たのは何かについての嘘のなかだった。
(廃墟の墟は嘘に似ている)
めまいのなかで時間が石の形にもどる。
視線は失ったものを無関心に変換しながら四方に飛び散る。
私がことばを見たのは裏切りたいという期待を思い出したときと
裏切られる愉悦が甦ったときだった。
さかさまの虚像の鏡像はまっすぐな実像であり、
反重力の視線で対極の空を見下ろす。
私がことばを見たのは、ことばが私を見なかったときだ。
(26)あるいは、そうではない
あるいは、そうではないという仮定があって、その仮定はそうではないと主張した瞬間にはまだ反論のための具体的な事実をつかんでいない。何かを探しあてるための時間稼ぎのために、そうではないというのだが、
あるいはそうではないという仮定には実体はなくて、「あるいは」という接続詞にこそ、それまでのことばとは違うものになりたいという論理の欲望、深層の動機のようなものがあるのかもしれないし、
あるいはそうではないという仮定と、あるいはそうかもしれないと肯定して始める対話は正反対のようであっても、どこかへ行こうとする動きの共通項がある。いずれも、結論にたどり着けず、虚無が広がるという共通項も。
あるいはそうではないという仮定を立てることはいつでも可能なので、ことばは、どこまで今のことばを動かしていけばいいのかわからない。このことばは結論を用意する仮定ではないのかもしれないとことばは疑うのだった。
(27)部屋に入っていくと、
部屋に入っていくと、
押したり、つついたり、たたいたり、ことばをいじめていたことばたちが散らばって、
いじめられていたことばさえ、逃げていくことばのなかに隠れ
何もなかったように整列しはじめた。
(私とは絶対に接続しないと申し合わせているようだった)
見渡すと、ことばたちはひとつひとつ沈黙を机の上にならべていた。
新学期の教室のように磨かれた窓から光が差してきて、
足元にころがった「て、に、を、は」に影をつくった。
「の」も「しかし」も「そして」も「あるいは」も、
酷使されつづけくたびれはてた「も」も、
机の上にはノートと鉛筆と消しゴムがあったが、
どんな「物語」もなかった。
こんな辻褄があわないことがあっていいのか--ことば声を出そうとするが
のどは放課後の廊下のように遠ざかっていく。
(28)詩ではなく、
ことばはほかのことばと同じように休んでいた。
川のない街ではことばは歩道橋に集まってきて休む。
ビルの窓が四角い明かりを放出しビルの壁は夜よりも暗くなるが
まだ働いていることばの顔がここからは見える。
鳩をつがいにするために二羽を暗くて狭い箱の中に閉じ込める
最初はけんかをしているが一晩たつと落ち着く
ことばも狭い部屋に閉じ込められて強制的に見知らぬことばと交接させられる。
みんなの見ている前で頭の天辺を毟られて、写真までとられて。
ことばはその色っぽい敗北とかなしい勝利を何度経験したことか。
忘れてはならない屈辱があったはずだが
忘れてはならないということ以外は忘れてしまった。
ほかのことばのなかで意味になってしまったのだろう。
ことばはほかのことばと同じように意味に感染してしまった。
意味にかわってしまわないことばなど存在しない--と言われているが。
だからこうやってあてもなくほかのことばと同じように休むのだ。
もう少しすれば星の出る前の空の色のようにため息をつける。
(29)十一月の雨/雨女異聞
十一月の雨がなだらかな下り坂の電柱の脇でうずくまっていた。
鎖骨を折ってうめいていた。
鎖骨というのは肩のことろにある骨で、
痩せたひとだと鎖骨がつくるくぼみに雨をためることができる。
私は一瞬、その雨を背の高い女だと勘違いして声をかけた。
雨女は勘違いのなかで、
振り向いた顔をさらに反対に動かして、水色のパイプを視線で指し、事実になった。
法面をコンクリートのブロックがおおっていて、
そのブロックで塞き止められた水を逃がすパイプがある。
パイプから落ちてきた水が雨の鎖骨のくぼみにたまって、
雨はバランスをくずして倒れたのだという。
水がそんなに危険なものだとは一度も聞いたことがない。
だいたい排水パイプから落ちてくる水も同じ雨である。
同じものから生まれたものが、同じものを襲うということはあるのか。
詰問するつもりはなかったが、雨女は息を詰めたたまま
痛くて痛くてたまらないということばになりたがった。
(30)迷う/異聞
「迷う」ということばは、その坂道にやってきた。作者が見つからないので、花屋の前でぶらぶらしている時間に道をたずねた。時間となりでは、好奇心が無関係な方向を向いきながら、耳をとがらせていた。それは「迷う」がおぼえている風景に似ていた。記憶のなかで、「顔色をうかがった」「女におぼれる」という路地があらわれてくる。店の奥では囁きが口の形になって小さく動いた。どれも経験した「感情」のように思えた。「迷う」は、そのことを悟られないようにゆっくりと、ていねいにお礼を言って、角を曲がった。
坂を上り詰めると、日が暮れた。近くのビルの窓は離ればなれに孤立していたが、遠くの明かりが密集してしだいに濃くなるのがわかった。窓にガラスをはめるように、内と外を分け、わかる人にだけはわかるわかるような「動詞」として書き直してほしいという思いがあふれ、「迷う」は悲しくなった。
詩集「改行」へ向けての、推敲(3)
(11)あの部屋の、
本のなかの男に電話をかけたことがある。
呼び出し音がつづくばかりだった。
本のなかの、あの部屋は空っぽで足跡の形で床がところどころ光っている。
光っていなところは乾いたほこりだ。
たったひとつ残されている所有物、電話の音は
「テーブルや使い慣れた食器があったときよりも大きく鳴り響いた」
電話を切ると耳のなかが暗くなる。
本のなかの、あの部屋は夏になる前の光の頼もしさに満ちているのに。
(12)私は黙って聞いている、
私は黙って聞いている、あなたの沈黙を。
本のページをめくり、行をたどる指がとまる。
前のページにもどり首を少し傾ける。
ほほがかすかに色づいてふくらみ、
瞳の明るい色が反射する。
あなたの体のなかの、息を吸い息を吐く音楽。
私がそれを聞いたことをあなたは知らない。
私は黙っている。
(13)消えた
テーブルが消えた
部屋は、一辺の長さが正確になった
あざみの野を越えて
真っ直ぐなひかりが窓から入ってきて
鏡のあった場所のやわらかさにとまどった
舞い上がろうとするほこりの粒粒
ひとの形になろうとするのか
夕方になれば、
星がふたつみっつ散らばって消える
(14)背徳と倦怠
背徳と倦怠がよりそって
ひらがなに満ちた感情をくすぶらせている小説を読んでいたら
ことばが逃げ出した
足裏のしろいくぼみを強調する形で親指が内側にまげられ
無感覚になるかかとと脱力するふくらはぎのあいだ
女の足首のカーブを描写していたことばが
いったい足首のどこに懸想していたのか
どんな意味を内部に隠していたのか今となってはわからない
取り残されたことばたちは
逃亡の夢を嫉妬のように育てはじめる
それにしても逃走したことばの残した断面の、なんと乱反射することよ
磨き上げられた鏡か、神話の中に咲く花のよう。
あやしくつややかな それが怠惰だと
逃げ出したことば以外のことばは気づいていなかった
(15)忘れてしまった
隠し通すためにさらに話さなければならないと思ってドアを開けたのだが、
隠さなければならないという気持ちだけが残っていて、
ほかはすべて忘れてしまった。
女が椅子とテーブルを動かして鏡に映らないようにしているのが見えた。
そんなことはもちろん言ってはいけない。
何かに気がついてしまったということを悟られることと、
気がつくということが伝染してしまう。
ので、後ろ手で閉めたドアの隙間から私は私を逃がす。
のだが、逃げていく私は逃げる寸前に私の背中を見る癖があり、
そのときの目を私は鏡のなかに見る。
そういうことはしばしば起きたので、
鏡のなかでは何もかもがわかってしまっているかもしれない。
わかったからといって得になるものじゃない、と
のどの奥でかすれた声が動いている、
頸動脈をとおって耳の内部をくすぐっている、
私がことばを逃がしてしまって、
私がことばにつかまるのだ。
(16)思い出すだろうか、
自転車が逆方向を向いているのは、
ふたりが別れるからだろうか、
いまここへきて出会ったのだろうか。
ことばはどちらにも加担できる。
しかし、
そこがスズカケの葉が落ちている急な坂道であっても、
と書くのは抒情的すぎる。
二人の横をだれかが本をかかえて通りすぎる。
その人は誰か。
ひとりが顔をそむけると、
突然過去がやってくる。
本をかかえた人が振り向いてみつめのは、
どちらを確かめるためだったのだろう。
ことばはいつか思い出すだろうか。
あるいは、忘れてしまったと嘘をつくだろうか。
(17)破棄された注釈
「積み重ねられた本のあいだに挟まった手紙」ということばはあとからやって来たのに芝居の主人公のようにスポットライトを要求した。
「鍵を壊された引き出し」を傍線で消して、「倒れた椅子の形を残して薄くひろがるほこり」ということばに書き換えようとするこころみがあったような気がした。
「女が、別の女に似てくると感じた」ということばは書かれなかったが存在した。
「タンスの内側の鏡」は「見る角度によって空っぽの闇を映した」ということばになったが、推敲しあぐね、丸められた紙といっしょに捨てられることを欲した。
(18)彼、
彼はいつも二本の鉛筆を同時につかう。
濃くやわらかい鉛筆と薄く硬い鉛筆を重ねて動かす。
二本の線は、はみ出していく輪郭と隠れる影になる。
頬骨顔にひそんでいた欲望は、ある瞬間ははじき出され、別の瞬間はおびえる。
耳は甘い舌のように乱れ、拒絶をなめる唇のように誘う。
眼は他人のような嘘とあからさまな真実を受け入れている。
それは自画像なのか、恋人の肖像なのか。
(19)詩のことば
女が歩いてくる。服が揺れる。
しなやかに光る布が、女の体の動きを少し遅れて反復する。
女の欲望がめざめて
表にあらわれてくるようだ。
詩のことばも、そんなふうだったらいい。
読んだ人のまわりで
ことばが揺れる。
意味をほどかれたことばが
人のおぼえていることを
少し遅れて反復する。
言いたかったことが
(20)二度目の手紙
手紙を書き直すとき、あの部屋を思い出した。あの部屋の、シェードのかかったスタンド。その下にたまっている黄色い色。バニラアイスクリームの縁がやわらかくなるときの感じに似ていた。それは目がもっていた記憶か、手がもっていた記憶か。
三度目の手紙を書き直すとき、黒い男があらわれた。影のように半透明。「夢のなかで牛乳をこぼした、ということばを傍線で消して、夢のなかで沈黙をこぼした、と書き換えなさい」。もうひとりの私だろうか。伝言が消えるとき、哀しみという耳鳴りになった。
(11)あの部屋の、
本のなかの男に電話をかけたことがある。
呼び出し音がつづくばかりだった。
本のなかの、あの部屋は空っぽで足跡の形で床がところどころ光っている。
光っていなところは乾いたほこりだ。
たったひとつ残されている所有物、電話の音は
「テーブルや使い慣れた食器があったときよりも大きく鳴り響いた」
電話を切ると耳のなかが暗くなる。
本のなかの、あの部屋は夏になる前の光の頼もしさに満ちているのに。
(12)私は黙って聞いている、
私は黙って聞いている、あなたの沈黙を。
本のページをめくり、行をたどる指がとまる。
前のページにもどり首を少し傾ける。
ほほがかすかに色づいてふくらみ、
瞳の明るい色が反射する。
あなたの体のなかの、息を吸い息を吐く音楽。
私がそれを聞いたことをあなたは知らない。
私は黙っている。
(13)消えた
テーブルが消えた
部屋は、一辺の長さが正確になった
あざみの野を越えて
真っ直ぐなひかりが窓から入ってきて
鏡のあった場所のやわらかさにとまどった
舞い上がろうとするほこりの粒粒
ひとの形になろうとするのか
夕方になれば、
星がふたつみっつ散らばって消える
(14)背徳と倦怠
背徳と倦怠がよりそって
ひらがなに満ちた感情をくすぶらせている小説を読んでいたら
ことばが逃げ出した
足裏のしろいくぼみを強調する形で親指が内側にまげられ
無感覚になるかかとと脱力するふくらはぎのあいだ
女の足首のカーブを描写していたことばが
いったい足首のどこに懸想していたのか
どんな意味を内部に隠していたのか今となってはわからない
取り残されたことばたちは
逃亡の夢を嫉妬のように育てはじめる
それにしても逃走したことばの残した断面の、なんと乱反射することよ
磨き上げられた鏡か、神話の中に咲く花のよう。
あやしくつややかな それが怠惰だと
逃げ出したことば以外のことばは気づいていなかった
(15)忘れてしまった
隠し通すためにさらに話さなければならないと思ってドアを開けたのだが、
隠さなければならないという気持ちだけが残っていて、
ほかはすべて忘れてしまった。
女が椅子とテーブルを動かして鏡に映らないようにしているのが見えた。
そんなことはもちろん言ってはいけない。
何かに気がついてしまったということを悟られることと、
気がつくということが伝染してしまう。
ので、後ろ手で閉めたドアの隙間から私は私を逃がす。
のだが、逃げていく私は逃げる寸前に私の背中を見る癖があり、
そのときの目を私は鏡のなかに見る。
そういうことはしばしば起きたので、
鏡のなかでは何もかもがわかってしまっているかもしれない。
わかったからといって得になるものじゃない、と
のどの奥でかすれた声が動いている、
頸動脈をとおって耳の内部をくすぐっている、
私がことばを逃がしてしまって、
私がことばにつかまるのだ。
(16)思い出すだろうか、
自転車が逆方向を向いているのは、
ふたりが別れるからだろうか、
いまここへきて出会ったのだろうか。
ことばはどちらにも加担できる。
しかし、
そこがスズカケの葉が落ちている急な坂道であっても、
と書くのは抒情的すぎる。
二人の横をだれかが本をかかえて通りすぎる。
その人は誰か。
ひとりが顔をそむけると、
突然過去がやってくる。
本をかかえた人が振り向いてみつめのは、
どちらを確かめるためだったのだろう。
ことばはいつか思い出すだろうか。
あるいは、忘れてしまったと嘘をつくだろうか。
(17)破棄された注釈
「積み重ねられた本のあいだに挟まった手紙」ということばはあとからやって来たのに芝居の主人公のようにスポットライトを要求した。
「鍵を壊された引き出し」を傍線で消して、「倒れた椅子の形を残して薄くひろがるほこり」ということばに書き換えようとするこころみがあったような気がした。
「女が、別の女に似てくると感じた」ということばは書かれなかったが存在した。
「タンスの内側の鏡」は「見る角度によって空っぽの闇を映した」ということばになったが、推敲しあぐね、丸められた紙といっしょに捨てられることを欲した。
(18)彼、
彼はいつも二本の鉛筆を同時につかう。
濃くやわらかい鉛筆と薄く硬い鉛筆を重ねて動かす。
二本の線は、はみ出していく輪郭と隠れる影になる。
頬骨顔にひそんでいた欲望は、ある瞬間ははじき出され、別の瞬間はおびえる。
耳は甘い舌のように乱れ、拒絶をなめる唇のように誘う。
眼は他人のような嘘とあからさまな真実を受け入れている。
それは自画像なのか、恋人の肖像なのか。
(19)詩のことば
女が歩いてくる。服が揺れる。
しなやかに光る布が、女の体の動きを少し遅れて反復する。
女の欲望がめざめて
表にあらわれてくるようだ。
詩のことばも、そんなふうだったらいい。
読んだ人のまわりで
ことばが揺れる。
意味をほどかれたことばが
人のおぼえていることを
少し遅れて反復する。
言いたかったことが
(20)二度目の手紙
手紙を書き直すとき、あの部屋を思い出した。あの部屋の、シェードのかかったスタンド。その下にたまっている黄色い色。バニラアイスクリームの縁がやわらかくなるときの感じに似ていた。それは目がもっていた記憶か、手がもっていた記憶か。
三度目の手紙を書き直すとき、黒い男があらわれた。影のように半透明。「夢のなかで牛乳をこぼした、ということばを傍線で消して、夢のなかで沈黙をこぼした、と書き換えなさい」。もうひとりの私だろうか。伝言が消えるとき、哀しみという耳鳴りになった。
詩集「改行」へ向けての、推敲(2)
(6)そんなはずはない、
くちびる--ということばに出会ったとき、くちびるは指でなぞられていた。窓の外には雨の音がしていた。くちびるの端から中央へ、ガラスをつたう雨のように、指はくちびるを離れまいとしていた。机の上には読みかけの本があった。コーヒーカップがあった。雨に濡れた窓のまだらな光と影がページに落ちていた。そのページをめくるように、指の腹がくちびるを押しながら動くと、声にならない息がもれた。体温に染まった湿り気が、ことばに見られているのを意識しながら、指に絡みついた。指も、見られていると気づいたのか、少しもどろうとする。くちびるの奥からは舌先があらわれて指紋に触れる。
本のページが、はやく、と指を誘う。
そんなはずはない。
指はくちびるの上をすべる。あふれてくる唾液。
そんなはずがない。
コーヒーカップの縁を指でなぞりながら、ことばは目をそらす。窓の桟にたまった雨がカーテンを重くしている。まだ五時だ。
(7)窓の下を通りながら、
窓の下を通りながら思い出す部屋にはガラスの花瓶があった。
テーブルの上に半透明な灰色の影があった。
影は明るくなる光とや沈んでいく陰影との諧調をつくるので
私たちはそれを鉛筆でスケッチして過ごした。
(私はやわらかな鉛筆で、あなたは硬い鉛筆で、
あるときは器に水が注がれ
曲面にとおい編み籠の模様が規則正しく映っている、
と言ったのはあなただったか私だったか、
私のなかのあなただったか、あなたのなかの私の知らない誰かだったか。
(8)あの
あのときのあの場所と、あのときのあの場所。
いっしょに書いてしまおう。
あの花をあそこに咲かせ、あのテーブルはなくして。
あの部屋はテーブルを取り除くと
一辺の長さが正確になる。
あの板張りの床に伸びたあの影のかわりに
コップのふちにきらめいたあの光に
あのことを語らせる。
あれは不似合いだし、象徴や比喩にはならないが、
だからこそ事実が濃密になる。
あの手紙の引用の順序もかえてしまおう。
三日前のあの気持ちと二年前のあの気持ちはまじり、
あの私にたどりつける。
(9)ことばは夏の公園を、
ことばは夏の公園を持ち去ってしまった。
きみにあてた手紙のなかでは小さな砂場が白く焼けていた、あの公園を。
図書館の本を盗むような手早さで。
残された場所に沈黙が降った。
ことばはたばこを吸ってみた(と書いてみた。
肺のなかに広がってくる不定形の熱い感触は孤独が泣いているようだ(と書くために。
遠い本棚にある虚構という文字にはすべて傍線が引いてある、
と消しゴムで書き直すために。
ことばは隣の部屋でなっている電話の音をどう描写すべきか考えた。
きみはけたたましさと静寂が戦うのを受話器越しに見ている。
この三連目は詩集に組み込まれるとき消される(消さなければならない、
そう分かっていたけれど。
(9-2)こことばはたばこを、
ことばはたばこを吸ってみた(と書いてみた。
肺のなかに広がってくる不定形の熱い感触は孤独が泣いているようだ(と書くために。
遠い本棚にある虚構という文字にはすべて傍線が引いてある、
と消しゴムで書き直すために。
(10)屈辱を投げつけてやりたいと、
屈辱を投げつけてやりたい、
何時間かかってもいい、
屈辱におとしいれてやりたいと、
棒で打ちのめされる犬を見ているもう一匹の犬。
逃げるところを失ない金網に尻を押しつけて
すべての時間をついやしている。
男は夢中になる。
夢中になる必要がある。
この知らない感情のために。
(6)そんなはずはない、
くちびる--ということばに出会ったとき、くちびるは指でなぞられていた。窓の外には雨の音がしていた。くちびるの端から中央へ、ガラスをつたう雨のように、指はくちびるを離れまいとしていた。机の上には読みかけの本があった。コーヒーカップがあった。雨に濡れた窓のまだらな光と影がページに落ちていた。そのページをめくるように、指の腹がくちびるを押しながら動くと、声にならない息がもれた。体温に染まった湿り気が、ことばに見られているのを意識しながら、指に絡みついた。指も、見られていると気づいたのか、少しもどろうとする。くちびるの奥からは舌先があらわれて指紋に触れる。
本のページが、はやく、と指を誘う。
そんなはずはない。
指はくちびるの上をすべる。あふれてくる唾液。
そんなはずがない。
コーヒーカップの縁を指でなぞりながら、ことばは目をそらす。窓の桟にたまった雨がカーテンを重くしている。まだ五時だ。
(7)窓の下を通りながら、
窓の下を通りながら思い出す部屋にはガラスの花瓶があった。
テーブルの上に半透明な灰色の影があった。
影は明るくなる光とや沈んでいく陰影との諧調をつくるので
私たちはそれを鉛筆でスケッチして過ごした。
(私はやわらかな鉛筆で、あなたは硬い鉛筆で、
あるときは器に水が注がれ
曲面にとおい編み籠の模様が規則正しく映っている、
と言ったのはあなただったか私だったか、
私のなかのあなただったか、あなたのなかの私の知らない誰かだったか。
(8)あの
あのときのあの場所と、あのときのあの場所。
いっしょに書いてしまおう。
あの花をあそこに咲かせ、あのテーブルはなくして。
あの部屋はテーブルを取り除くと
一辺の長さが正確になる。
あの板張りの床に伸びたあの影のかわりに
コップのふちにきらめいたあの光に
あのことを語らせる。
あれは不似合いだし、象徴や比喩にはならないが、
だからこそ事実が濃密になる。
あの手紙の引用の順序もかえてしまおう。
三日前のあの気持ちと二年前のあの気持ちはまじり、
あの私にたどりつける。
(9)ことばは夏の公園を、
ことばは夏の公園を持ち去ってしまった。
きみにあてた手紙のなかでは小さな砂場が白く焼けていた、あの公園を。
図書館の本を盗むような手早さで。
残された場所に沈黙が降った。
ことばはたばこを吸ってみた(と書いてみた。
肺のなかに広がってくる不定形の熱い感触は孤独が泣いているようだ(と書くために。
遠い本棚にある虚構という文字にはすべて傍線が引いてある、
と消しゴムで書き直すために。
ことばは隣の部屋でなっている電話の音をどう描写すべきか考えた。
きみはけたたましさと静寂が戦うのを受話器越しに見ている。
この三連目は詩集に組み込まれるとき消される(消さなければならない、
そう分かっていたけれど。
(9-2)こことばはたばこを、
ことばはたばこを吸ってみた(と書いてみた。
肺のなかに広がってくる不定形の熱い感触は孤独が泣いているようだ(と書くために。
遠い本棚にある虚構という文字にはすべて傍線が引いてある、
と消しゴムで書き直すために。
(10)屈辱を投げつけてやりたいと、
屈辱を投げつけてやりたい、
何時間かかってもいい、
屈辱におとしいれてやりたいと、
棒で打ちのめされる犬を見ているもう一匹の犬。
逃げるところを失ない金網に尻を押しつけて
すべての時間をついやしている。
男は夢中になる。
夢中になる必要がある。
この知らない感情のために。
次に出す詩集のタイトルを『改行』と決めた。作品はまだそろっていない。『注釈』を出版したあと、「戦争法」と参議院選挙行方が気になり、なんとなく詩から遠ざかっていた。そのためだろうか、あまり詩を書いて来なかった。古い作品を含めて、推敲しながら詩集を編むことにした。
その「過程」を公開します。
気に入った作品がありましたら、教えてください。「ブログ」のコメント、「フェイスブック」の「いいね」ボタンでの反応を期待しています。
推敲は、「順不同」で進めていきます。
(1)あの部屋を出て行くと、
あの部屋を出て行くと決めたとき、
四角い窓から背の高い雑草が、遠い遠いところに揺れている雑草が見えた。
背後に何かが光って、横に広がっている。
川だ。
(私は、場所を間違えている
あの部屋から川など見えない。
崖の上に立つコンクリートの家と、目隠しの常緑樹。
朝の一瞬だけ入ってくる光。
川などどこにもない。
あの部屋を出て行くと決めたとき、
最後に思い出したのは冷蔵庫の中のペットボトル。
水が半分、飲みかけのまま残っている。
扉を開けたとき、まわりの壁といっしょに黄色い光に染まるまで、
きっとくらい色をためこんで静かに眠る。
そのせいだろうか、
私の知っている川の水は、どこかで飲み残しの水と出会っていて、
あの部屋を出て行くと決めたとき、
目的地のように誘いに来たのだろうか。
(2)川に沿って歩くとき、
川に沿って歩くとき、
道に迷わないのはなぜだろう。
川に沿って歩くとき、
空が広いのはなぜだろう。
川に沿って歩くとき、
向こう岸が離れて見えるのはなぜだろう。
川に沿って歩くとき、
橋の白い横腹はたまらなく孤独に見えるのに
なつかしいのはなぜだろう。
(3)ゲドヴァンゲン
ボスの駅前では、
「ゲドヴァンゲンへ行きますか?」
バスに乗る人がひとりひとり運転手に尋ねる。
76クローネを握り締めたまま。
「行くよ」ひとりひとりに運転手が答え、
バスの中には知らないことばの数が増えて行く。
ゲドヴァンゲンについてみると、時間だけがあった。
フィヨルド・クルーズのフェリーがつくまですることがない。
滝の音。旗の音。旗のロープがポールを叩く金属音。
滝は、どの滝の音かわからない。
幾筋もの滝の音は澄んだ空気の中にぶつかるが、
反射するものがなくて、光のなかへ消えて行く。
一緒にバスに乗ってきたはずの娘も青年も消えて、
私はカモメにパンの切れ端を投げてやる。
店の人に頼んで写真をとってもらう。
「ありがとう」と覚えたばかりのことばで言ったはずだが、
もう思い出せない。
覚えているのは、午後三時、風が冷たくなってきた。
名前のわからない木の若葉から降りてくる風には雪の匂いがする。
私の知っている雪とはまったく違う匂いだが、
雪の匂いだとわかるのは不思議だ。
(4)いつ決まったのか、
いつ決まったのか、説明してもらえなかったが、たいしたことではない。
自己主張することもないので、黙ってついて行った。
三軒目は新聞販売店で、トラックが夕刊を下ろしていた。
夕刊は印刷されてしまっているがまだ配られていないので、
あとしばらくはニュースらしいニュースもない。
西日が格子戸の引き戸に格子の影をつくっていた。
それが前の男の眼鏡のレンズのなかで小さく結晶している。
他人が見ているものを見してしまったというはずかしさが、
ふいにことばを驚かすのであった。
(5)再び
私は再び待っている、
ここに座っている。
雨の降る日は、
背のウィンドウを雨がたたく。
後ろから来るひとは
雨粒の向こうに、
私の影を見る。
傷のように開いた黒い影を。
私は待って、
コーヒーを飲んで
声を待って、ここに座って。
私は待っていると
大声であなたを思って、
静かに座っている。
その「過程」を公開します。
気に入った作品がありましたら、教えてください。「ブログ」のコメント、「フェイスブック」の「いいね」ボタンでの反応を期待しています。
推敲は、「順不同」で進めていきます。
(1)あの部屋を出て行くと、
あの部屋を出て行くと決めたとき、
四角い窓から背の高い雑草が、遠い遠いところに揺れている雑草が見えた。
背後に何かが光って、横に広がっている。
川だ。
(私は、場所を間違えている
あの部屋から川など見えない。
崖の上に立つコンクリートの家と、目隠しの常緑樹。
朝の一瞬だけ入ってくる光。
川などどこにもない。
あの部屋を出て行くと決めたとき、
最後に思い出したのは冷蔵庫の中のペットボトル。
水が半分、飲みかけのまま残っている。
扉を開けたとき、まわりの壁といっしょに黄色い光に染まるまで、
きっとくらい色をためこんで静かに眠る。
そのせいだろうか、
私の知っている川の水は、どこかで飲み残しの水と出会っていて、
あの部屋を出て行くと決めたとき、
目的地のように誘いに来たのだろうか。
(2)川に沿って歩くとき、
川に沿って歩くとき、
道に迷わないのはなぜだろう。
川に沿って歩くとき、
空が広いのはなぜだろう。
川に沿って歩くとき、
向こう岸が離れて見えるのはなぜだろう。
川に沿って歩くとき、
橋の白い横腹はたまらなく孤独に見えるのに
なつかしいのはなぜだろう。
(3)ゲドヴァンゲン
ボスの駅前では、
「ゲドヴァンゲンへ行きますか?」
バスに乗る人がひとりひとり運転手に尋ねる。
76クローネを握り締めたまま。
「行くよ」ひとりひとりに運転手が答え、
バスの中には知らないことばの数が増えて行く。
ゲドヴァンゲンについてみると、時間だけがあった。
フィヨルド・クルーズのフェリーがつくまですることがない。
滝の音。旗の音。旗のロープがポールを叩く金属音。
滝は、どの滝の音かわからない。
幾筋もの滝の音は澄んだ空気の中にぶつかるが、
反射するものがなくて、光のなかへ消えて行く。
一緒にバスに乗ってきたはずの娘も青年も消えて、
私はカモメにパンの切れ端を投げてやる。
店の人に頼んで写真をとってもらう。
「ありがとう」と覚えたばかりのことばで言ったはずだが、
もう思い出せない。
覚えているのは、午後三時、風が冷たくなってきた。
名前のわからない木の若葉から降りてくる風には雪の匂いがする。
私の知っている雪とはまったく違う匂いだが、
雪の匂いだとわかるのは不思議だ。
(4)いつ決まったのか、
いつ決まったのか、説明してもらえなかったが、たいしたことではない。
自己主張することもないので、黙ってついて行った。
三軒目は新聞販売店で、トラックが夕刊を下ろしていた。
夕刊は印刷されてしまっているがまだ配られていないので、
あとしばらくはニュースらしいニュースもない。
西日が格子戸の引き戸に格子の影をつくっていた。
それが前の男の眼鏡のレンズのなかで小さく結晶している。
他人が見ているものを見してしまったというはずかしさが、
ふいにことばを驚かすのであった。
(5)再び
私は再び待っている、
ここに座っている。
雨の降る日は、
背のウィンドウを雨がたたく。
後ろから来るひとは
雨粒の向こうに、
私の影を見る。
傷のように開いた黒い影を。
私は待って、
コーヒーを飲んで
声を待って、ここに座って。
私は待っていると
大声であなたを思って、
静かに座っている。