詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

破棄された詩のための注釈2021(1)2021・11・05

2021-11-05 18:49:17 | 破棄された詩のための注釈

破棄された詩のための注釈2021(1)2021・11・05

 課題。鉛筆画。白いバラ。花瓶は円筒形のコップ。水があまり入っていない。夕暮れが近づくに連れて、水の影が揺れた。
 「どうしても思ったように描けなかった」。なぜか。 
 教師が近づいてきた。主人公の描いた太い線をじっと見ていたが、突然、スケッチブックをとりあげた。主人公のバラの花びらの輪郭に、細い線を沿わせた。線は、ときに交錯し、花びらの外と内側を行き来した。透明な影が生まれ、バラの花びらが開いていく。画用紙に、鉛筆がこすれるときのような、音。
 それは、いつのことか。
 「あの部屋には、いつも白いバラの花があった」ということばで詩を閉じるために、何度、推敲すればいいのだろうか。
 

 

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破棄された詩のための注釈27

2020-10-28 16:01:58 | 破棄された詩のための注釈
破棄された詩のための注釈27
                        谷内修三2020年10月28日

 折り畳みのパイプの椅子があり、高窓から光が差し込んでいる。つかわれていなかった部屋のよどみのなかで、その午後の光がうるんでいる。
 欲望についていけなくなった主人公は、「うるみ」ということばに倦怠と希望を託したいのだが、つぎのことばが動かない。

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破棄された詩のための注釈26

2020-10-24 18:48:30 | 破棄された詩のための注釈

破棄された詩のための注釈26
                        谷内修三2020年10月23日

 風が河口の上を渡り、水のにおいを呼び覚ます。「掠め」か「掃き」か。「顔に吹きつける」か「ぶつける」。
 考えている内に、その間に、水の色は変わってしまう。
 欄干にもたれている脇を犬が通っていく。何を見ない。しかし、犬のあとをついていく男は私を見る。
 「無礼に」「さげすむように」「何かを求めるように」。
 いったい、私は何を探しているのか。

 風が水の上を掃き、水のにおいを吹きつける。        
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破棄された詩のための注釈25

2020-10-23 20:30:16 | 破棄された詩のための注釈

破棄された詩のための注釈25
                        2020年10月23日

 花瓶の花を捨てるとき、まだ枯れていない一輪の薔薇を選び、コップに活けた。水の高さを気にして、何度も捨てたり注ぎ直したりした。窓から入ってくる光がつくるテーブルの上の水の影と水の光。そして薔薇の色。
 描きかけの手をとめ、席を立った。捨てた花の中から朽ちた葉っぱだけの一本を追加した。それは「ニュアンス」を定義するためだった。あらゆる存在には共通するものと異質なものがある。その差異を語り直すことが「ニュアンス」を定義することである、という注釈をつけるためである。
 たしかに花びらが生きているように色を変えた。しかし、それは花自身の変化なのか、時間が動いたせいなのか、あるいは意識の錯誤なのか。
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破棄された詩のための注釈24

2020-10-12 15:57:32 | 破棄された詩のための注釈
破棄された詩のための注釈24
                        谷内修三2020年10月12日

 未来はすでにできあがっていて、その動かしがたさが、現在を無力にしている。できるのは過去を思い出すことだけだった。

 通り抜けた秘密は、踏みつけたガラスのように割れたまま、壁の絵や窓から見える半壊の雲を映していた。テーブルの上の小さな写真を、空っぽの引き出しの奥に隠した。

 「私はここにいないと言うために、私はここにいる」と忘れていた音楽が歌い始めた。女の、古くて、新しい、擦れた声が。

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破棄された詩のための注釈23

2020-10-03 22:31:31 | 破棄された詩のための注釈
破棄された詩のための注釈23
                        谷内修三2020年10月03日

 過去が、まだ、残っていた。夏の終わりの光が、壊れた自転車に影をつくっていた。影は板壁に傾いて伸びていた。
 でも、何も私には近づいてこないのだ。そこに、ただ、ある。
 これは現在だろう。未来だろうか。
 彼は話している、彼と。私は話している、私と。ことばは話している、ことばと。
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破棄された詩のための注釈22

2020-09-25 16:23:56 | 破棄された詩のための注釈
破棄された詩のための注釈22
                        谷内修三2020年09月25日

 絵のなかの、座っていた男が、絵の外へ出て行った。「時間になってしまった」ということばと、椅子が残った。
 椅子は、みんな家へ帰っていく、と絵の外の世界を思った。通りにはすでに街灯がついているだろう。下を通りすぎると、ふいに、影が自分を追い越していくのを目撃してしまう。あの気分だな。座るひとを失った椅子は考えた。
 「何を考えている?」
 絵のなかの、開いた窓が聞いてきた。椅子は考えたことを隠すためのことばを探したがみつからなかった。

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破棄された詩のための注釈21

2020-09-17 15:57:02 | 破棄された詩のための注釈
破棄された詩のための注釈21
                        谷内修三2020年09月17日

 窓を開けたことのない部屋の匂いがする。時間の匂いだ。動かない時間の、匂い。真昼の光さえ、ガラス窓の縁まで来て、とまどっている。
 この描写は、こう書き直される。
 悔恨がいた。悔恨は、いない。いないことによって、もとのままの姿が見える。本棚を背に、椅子に座って窓の外を見ている。顎を、肘掛けのうえにのせた手で支え、足を中途半端に投げ出している。あのときの姿のままだ。しかし、悔恨は、私の存在には気づかない。窓を閉めきっているようにこころを閉めきっている。


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破棄された詩のための注釈20

2020-09-12 22:36:38 | 破棄された詩のための注釈
破棄された詩のための注釈20
                        谷内修三2020年09月12日

 彼が、飲みかけのコーヒーを奪うように飲んだとき、ただの白いカップが夏の鮮やかな光を反射し、影が自在に動いた。テーブルの上の積み上げた本にも。そして、開いたノートに書き散らした文字が美しい詩になった。「人間には欠点がある。たとえばふけ頭とか」ということばさえも。
 闖入者の予想もしなかった動きによって、あらゆるものがくつがえされ、新しくなった。見慣れていたものが、初めて見るものとして立ち上がってきた。

 「真実とは、自分のことばで組み立てた考えのことであって、自己のなかにしか存在しない」ということばをどこに挿入すればいいのか。頭が混乱した。


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破棄された詩のための注釈19

2020-09-07 14:18:15 | 破棄された詩のための注釈
破棄された詩のための注釈19
                        谷内修三2020年09月07日

 ひとつのありふれたコップにすぎないが、価値を与えることができるかもしれないという意識が襲ってきた。価値を意味と言い換え、重みと言い換えてみた。重みは重要性ということばといっしょにやってきた。どちらの方が陰影が大きいか、あるいは暴力的な輝きを持つことができるか。暴力的な輝きとは破壊的な美のことだろうか。新しい名前、いままで存在しなかった比喩のことかもしれない。こうしたことは精神を集中して戦ってみるだけのことがらである。

 もちろん一個のコップのままでもいいのだが、コップ以上のことばが、いつか誰かによって書かれてしまうことを思うと我慢できないのだと言った。「私ではないものの豊かさに欲望し、嫉妬してしまう」とつけくわえた。

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破棄された詩のための注釈18

2020-09-06 15:53:11 | 破棄された詩のための注釈

破棄された詩のための注釈18
                        谷内修三2020年09月06日

 階段の踊り場で感情が複雑になった。引き返したい気持ちに襲われた。あの部屋で二人は何を見つめているか。しかし、口元まで出かけたことばは欲望を明確にしたがらなかった。手は、手すりの上で動かない。
 こんなとき、記憶をどこまで遡らせればいいのか。
 呼び鈴がなった。コートを脱ぐのを手伝おうという声に振り向いた。砂糖がたっぷり入った、粘っこいコーヒー。甘さを味わうのか、苦さを味わうのか。集中できない。意識の地下室でキラキラしたものがぶつかりあって、ことばではなく、声が出てしまいそうだ。


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破棄された詩のための注釈17

2020-09-02 15:30:56 | 破棄された詩のための注釈
破棄された詩のための注釈17
                        谷内修三2020年09月02日

 明け方、木は、木になる前に黒い影としてあらわれる。静かに夜を脱ぎながら、裸の上に幹の色と葉の色をまとい始める。その動きは、いったい何にしたがっているのか。
 「人間ならば、仕事と過去、生活と過去、好みと性格。」
 芝居が終わる寸前になって舞台にあらわれた役者は、逆光のなかで、そのセリフだけを発声する。
 年も、性も、住んでいる街も違う肉体と一本の木をつなぐ、何を見つけてきたのか。その声はただまっすぐに観客の上を渡っていく。
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破棄された詩のための注釈16

2020-09-01 23:08:48 | 破棄された詩のための注釈


破棄された詩のための注釈16
             谷内修三2020年09月01日

 聞き慣れた声が、どこか遠くをわたっていく。誰も何も教えてくれなかったのだと気づいたとき、周りにあるものがひとつひとつ消えていくのがわかった。それも体で触れたことがある部分は残したまま、存在の芯がとけていくように消え始めるのだ。椅子の、こんなところにあった肘掛け。机の上にこびついているコーヒーカップの痕。天井のきめこまかい明りさえも。
 「まるで死のように」という比喩がすぐにあらわれたが、書けなかった。あまりに強烈で、ストーリーには思えなかった。主人公が考えたこととは思えなかったのだ。
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破棄された詩のための注釈15

2020-08-29 00:05:20 | 破棄された詩のための注釈
破棄された詩のための注釈15
             谷内修三2020年08月28日

 鏡には前に覗いた人の顔が残っている。別の生き方ができたはずなのに、記憶にとらわれてしまった兄は精神科病院に入った。雪が降った。夜になっても止まず、静けさが音になって積もっていった。
 「そんなはずはない」ということばは二度書かれて、二度消された。しかし、消したあとも、断固として残っていた。

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破棄された詩のための注釈14

2020-08-27 15:20:16 | 破棄された詩のための注釈

破棄された詩のための注釈14
             谷内修三2020年08月27日

 何も期待することがない、ということばのなかには、まだ「期待」が残されている。
 鏡のように向き合っているビルの窓から、見つめられているのを感じたが、見つめられるままにしているときのように。
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