北川透『現代詩論集成1』(10)(思潮社、2014年09月05日発行)
Ⅱ「荒地」論 戦後詩の生成と変容
九 死者の棲む境からの帰還 北村太郎覚書
「北村太郎覚書」に触れる前に「八 俗なる市民の行方 黒田三郎覚書」について書きそびれたことを少し補足。
黒田三郎の詩について書かれていることがらで気になって仕方がないのは、黒田の「日常」を展開していったとき、それがどうして「俗」になるのか、あるいは「俗」では何が問題なのかがよくわからないということである。
別な言い方をすると。
北川は上手宰の論を批判するとき、上手の論そのものを展開して、上手こそが黒田を「腐肉」と読んでいると批判している。同じ方法を黒田の「日常」を描く方法でも展開できないのはなぜなのか、ということが問題として残る。
「理念」と「日常(具体)」を比較して「日常」を「俗」と呼んでも、それが批判になるのかどうか私にはわからない。黒田の「日常」の描き方、それを積み重ねることで到達できる世界と、「理念」を踏まえた「日常」の描き方を対比し、「理念」から出発しない「日常」の描き方は「俗」になる、という形をとらないなら、それは「俗」を証明したことにはならないのではないだろうか。
*
北村太郎について書かれた文章では、私は、次のところでつまずいてしまった。
丸括弧内は北川が北村の「思想」について言いなおしている部分(補足している部分)なのだが、北村が
というのなら、「修辞の意味」が「存在」なのであろう。「修辞」以外に「存在」というものはない、ということにならないのか。
では、「正確」というよりは、「誤解」を招かないか。
つまり、ある存在があり、それに対する修辞というものがある。「<存在>が修辞によってあらわされる」では、「修辞されることで、存在は、存在として浮かび上がる」ということにならないか。
「美しい箱」ということばを仮定してみる。「箱」が「存在」であり「美しい」が「修辞」。
北村は「修辞(美しい)」、「美しい」は修辞する行為(認識)こそが「存在している」のであって「箱」は存在しない(存在するにしろ、それは「美しい」と認識することの下位に置かれる)という「認識論」を展開していると思う。
けれども北川の言い直しでは、「存在(箱)」が「修辞」によってあらわされると「誤解」されないだろうか。北川は「箱」を認識する「人間存在」のあり方が「美しい」という修辞行為によってあらわされると言いたいのだと思うけれど……。
私は北村太郎をほとんど読んでいないので、よくわからないのだが、北川が引用している詩を読むと、なんだか落ちつかない。
「ヘミングウェイ云々」はようするにヘミングウェイの短編を読み、そこにある表現にインスピレーションを得て書いた「修辞」であり、実体験ではないということを意味するのだが。
その前半部分の「存在(あるもの)」についての把握が私と北川ではかみ合わない。北川は、「確実に手でつかむことができるような固い実在であり……」と抽象的なままことばを重ねているが、私は「存在(あるもの)」とは単純に「人間」のことだと思った。引用では省略したが、ヘミングウェイが小説のなかで「彼」と読んでいる男。それを北村は「存在(あるもの)」と書き直している。それだけのように思える。
「存在」とは北村にとっては「人間存在(認識する主体)」であり、ふつう私たちが「人間」と呼んでいるもの。それを「存在」と言いかえるのは「認識する/修辞する主体」と言いたいためではないのか。「認識/認識行為(動詞)」が「存在」と言えばわかりやすいのに、北村は「認識」のかわりに「修辞」ということばをつかっているためにわかりにくくなっているような気がする。
ことばの「定義」が、どうもかみ合わない。私は北川の書いていることの前でつまずいてしまう。私が北村をよく読んでいないためにおきる単なる「読解不足」なのだと思うけれど、少し気になる。
たとえば、「荒地」との「詩的共同性」についてふれた部分。
この部分の「論理」と一般的にいう「論理」というよりも、「荒地の理念(鮎川信夫がリードした理念)」という感じのことを指していると思う。北村は、そういう「理念」からは離れる形で、人間をとらえなおしている。「理念」ではなく、人間が「存在(もの)」を、あるいは「世界」をどう表現できるか、その表現の仕方(修辞の仕方)に「人間存在」の全てがあらわれる。修辞の仕方を「理念」で統一することも可能かもしれないが、北村はそういう「理念の統一」を望まなかったということではないのか。
うーん、「観念性」というのものは、どんなところにもあるのではないだろうか。どこにでも「観念性」を見出すことはできるだろう。「観念性」のない表現というのはありえないだろう。
ある表現に「観念性」がないとするなら、「観念」の定義が書いた人(北村)と読んだ人(北川)とのあいだで一致していないということだけのように私には思える。書いた人の「観念」と合致する「観念」を読んだ人がもっていないとき、そこに書かれている「観念」は見落とされる。ひとはだれでも自分の知っていること以外は知らないし、自分の見たいもの以外は見ない。
北村が取り除いたのは、「荒地」の「理念(鮎川信夫がリードした理念)」という気がする。北村は、確立された「理念」によって世界をとらえるのではなく、自分の「感覚」で世界にふれ、そのとき動くことばの形(認識の形、その認識をあらわすための修辞)に「人間」そのものがあらわれる、「存在」があるということを実践したのではないのか。
北川の北村論を読んでいると、そんなことを感じてしまう。北川の見ているのとは違った北村が見えてきてしようがない。
*
誰の詩についても同じことがいえると思うが、その詩のなかに書かれている「感性」を動かしてみて、それがどこへゆくのかを確かめることは非常にむずかしい。そこに書かれている「感性」が自分の好みかどうかということは言えるが、その「感性」が次にどう動くかは、その「肉体」にしかわからない。「感性」は一瞬一瞬生まれるものだから、「矛盾」というものがない。
「論理」は「感性」と違って動かしてみることができる。あるルールに従ってつくられている。出発点(土台)があって、その上にことばを積み重ねていく。「論理」は一瞬一瞬生まれ変わるものではなく、生まれ変わらないのが「論理」なのだ。「変わらない」を前提としているから、「変わる」と「矛盾」と非難されたりする。「齟齬」を来していると批判されたりする。
「論理」は「頭」で処理することができるが、「感性」は「頭」だけでは処理しきれない。ここに詩を読むとき(批評するとき)のむずかしさがあると、私は感じている。
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Ⅱ「荒地」論 戦後詩の生成と変容
九 死者の棲む境からの帰還 北村太郎覚書
「北村太郎覚書」に触れる前に「八 俗なる市民の行方 黒田三郎覚書」について書きそびれたことを少し補足。
黒田三郎の詩について書かれていることがらで気になって仕方がないのは、黒田の「日常」を展開していったとき、それがどうして「俗」になるのか、あるいは「俗」では何が問題なのかがよくわからないということである。
別な言い方をすると。
北川は上手宰の論を批判するとき、上手の論そのものを展開して、上手こそが黒田を「腐肉」と読んでいると批判している。同じ方法を黒田の「日常」を描く方法でも展開できないのはなぜなのか、ということが問題として残る。
「理念」と「日常(具体)」を比較して「日常」を「俗」と呼んでも、それが批判になるのかどうか私にはわからない。黒田の「日常」の描き方、それを積み重ねることで到達できる世界と、「理念」を踏まえた「日常」の描き方を対比し、「理念」から出発しない「日常」の描き方は「俗」になる、という形をとらないなら、それは「俗」を証明したことにはならないのではないだろうか。
*
北村太郎について書かれた文章では、私は、次のところでつまずいてしまった。
《修辞の意味》が《存在》ということばであらわされること(正確には<存在>が修辞によってあらわされると言うべきだろうが)には、北村の思想が示されていると見てよいのである。( 205ページ)
丸括弧内は北川が北村の「思想」について言いなおしている部分(補足している部分)なのだが、北村が
《修辞の意味》が《存在》ということばであらわされる
というのなら、「修辞の意味」が「存在」なのであろう。「修辞」以外に「存在」というものはない、ということにならないのか。
<存在>が修辞によってあらわされる
では、「正確」というよりは、「誤解」を招かないか。
つまり、ある存在があり、それに対する修辞というものがある。「<存在>が修辞によってあらわされる」では、「修辞されることで、存在は、存在として浮かび上がる」ということにならないか。
「美しい箱」ということばを仮定してみる。「箱」が「存在」であり「美しい」が「修辞」。
北村は「修辞(美しい)」、「美しい」は修辞する行為(認識)こそが「存在している」のであって「箱」は存在しない(存在するにしろ、それは「美しい」と認識することの下位に置かれる)という「認識論」を展開していると思う。
けれども北川の言い直しでは、「存在(箱)」が「修辞」によってあらわされると「誤解」されないだろうか。北川は「箱」を認識する「人間存在」のあり方が「美しい」という修辞行為によってあらわされると言いたいのだと思うけれど……。
私は北村太郎をほとんど読んでいないので、よくわからないのだが、北川が引用している詩を読むと、なんだか落ちつかない。
おおあの朝の充ちあふれた存在(あるもの)よ
それがいまわかった
釣りあげた魚をたたき殺して
両手でつかんだときの
固いあるものすべての色とない音
思いがけない神のお許しのようなもの
滅びることがたしかな一つのもの…… (「存在」部分)
これは一九六四年の作品であるが、「存在」は、題名にはルビがふられていないが、作中では《あるもの》と読ませている。この《あるもの》とは、確実に手でつかむことができるような固い実在であり、しかも、神の許しのような形而上学的な影をもち、滅びることがたしかなものである。おそらく読者の誰もが、引用部分三、四行目の具体的な経験のことばから、この《存在(あるもの)》のリアリティを感じとることだろう。しかし、実は、その部分は、詩人の直接体験のことばではなく、修辞レベルの表現だったのである。そのことを北村は「ヘミングウェイの短編について」で明らかにしているわけだが、(略)
(205 - 206ページ、ルビを丸括弧であらわしたため原文とは表記が違っています)
「ヘミングウェイ云々」はようするにヘミングウェイの短編を読み、そこにある表現にインスピレーションを得て書いた「修辞」であり、実体験ではないということを意味するのだが。
その前半部分の「存在(あるもの)」についての把握が私と北川ではかみ合わない。北川は、「確実に手でつかむことができるような固い実在であり……」と抽象的なままことばを重ねているが、私は「存在(あるもの)」とは単純に「人間」のことだと思った。引用では省略したが、ヘミングウェイが小説のなかで「彼」と読んでいる男。それを北村は「存在(あるもの)」と書き直している。それだけのように思える。
「存在」とは北村にとっては「人間存在(認識する主体)」であり、ふつう私たちが「人間」と呼んでいるもの。それを「存在」と言いかえるのは「認識する/修辞する主体」と言いたいためではないのか。「認識/認識行為(動詞)」が「存在」と言えばわかりやすいのに、北村は「認識」のかわりに「修辞」ということばをつかっているためにわかりにくくなっているような気がする。
ことばの「定義」が、どうもかみ合わない。私は北川の書いていることの前でつまずいてしまう。私が北村をよく読んでいないためにおきる単なる「読解不足」なのだと思うけれど、少し気になる。
たとえば、「荒地」との「詩的共同性」についてふれた部分。
北村太郎は、論理ではなく、イメージにおいて、あるいは修辞性において、もっとも個性的にうたうことができた詩人だからである。( 210ページ)
この部分の「論理」と一般的にいう「論理」というよりも、「荒地の理念(鮎川信夫がリードした理念)」という感じのことを指していると思う。北村は、そういう「理念」からは離れる形で、人間をとらえなおしている。「理念」ではなく、人間が「存在(もの)」を、あるいは「世界」をどう表現できるか、その表現の仕方(修辞の仕方)に「人間存在」の全てがあらわれる。修辞の仕方を「理念」で統一することも可能かもしれないが、北村はそういう「理念の統一」を望まなかったということではないのか。
北村太郎における「荒地」以後とは、その破滅的観念を思想的に解体することではなく、あたかもそれが自然過程のよう、おのれの言語から、観念性を抜き取っていった過程と見ることができる。( 213ページ)
これらの詩句がみずみずしく張りつめているのは、観念を脱色した感覚が、いわば初めてのように、手の及ぶ範囲の世界を触覚し、観察しているからだ。( 214ページ)
うーん、「観念性」というのものは、どんなところにもあるのではないだろうか。どこにでも「観念性」を見出すことはできるだろう。「観念性」のない表現というのはありえないだろう。
ある表現に「観念性」がないとするなら、「観念」の定義が書いた人(北村)と読んだ人(北川)とのあいだで一致していないということだけのように私には思える。書いた人の「観念」と合致する「観念」を読んだ人がもっていないとき、そこに書かれている「観念」は見落とされる。ひとはだれでも自分の知っていること以外は知らないし、自分の見たいもの以外は見ない。
北村が取り除いたのは、「荒地」の「理念(鮎川信夫がリードした理念)」という気がする。北村は、確立された「理念」によって世界をとらえるのではなく、自分の「感覚」で世界にふれ、そのとき動くことばの形(認識の形、その認識をあらわすための修辞)に「人間」そのものがあらわれる、「存在」があるということを実践したのではないのか。
北川の北村論を読んでいると、そんなことを感じてしまう。北川の見ているのとは違った北村が見えてきてしようがない。
*
誰の詩についても同じことがいえると思うが、その詩のなかに書かれている「感性」を動かしてみて、それがどこへゆくのかを確かめることは非常にむずかしい。そこに書かれている「感性」が自分の好みかどうかということは言えるが、その「感性」が次にどう動くかは、その「肉体」にしかわからない。「感性」は一瞬一瞬生まれるものだから、「矛盾」というものがない。
「論理」は「感性」と違って動かしてみることができる。あるルールに従ってつくられている。出発点(土台)があって、その上にことばを積み重ねていく。「論理」は一瞬一瞬生まれ変わるものではなく、生まれ変わらないのが「論理」なのだ。「変わらない」を前提としているから、「変わる」と「矛盾」と非難されたりする。「齟齬」を来していると批判されたりする。
「論理」は「頭」で処理することができるが、「感性」は「頭」だけでは処理しきれない。ここに詩を読むとき(批評するとき)のむずかしさがあると、私は感じている。
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