詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

中井久夫訳『現代ギリシャ詩選』読む(29)

2023-08-31 23:08:25 | 中井久夫「ギリシャ詩選」を読む

 「街路にて」。短い詩だが、魅力的な行に満ちている。すべてが緊密な関係にあり、この一行を選ぶのがむずかしいのだが。

その子は漂って行く、街路を、あてどなく、

 全体のなかでは印象が薄い行かもしれない。
 「漂っていく」と「あてどなく」はつきすぎているというか、同じことを別のことばで言い直しているだけだ、と批判的なことばを書こうとして、私の意識はふと立ち止まる。「違う」と、私のなかのだれかが告げる。もう一度、読み直す。
 すると。

その子

 が、くっきりと見えてくる。この詩の主役。「彼」でも「青年」でもなく、「その子」。「あの子」でも、「この子」でもない。「その」という中途半端な位置にいる。しかし、「その」ということばを思わずつけてしまう、引きつける力がある。
 カヴァフィスは、「その子」を直接知らないかもしれない。しかし、その姿を見ればすべてがわかる。「その」のなかにカヴァフィスの知っている体験がある。「間接的な共感」を「その子」の「その」は持っている。そして「その子」の「子」という呼び方のなかには、さらに深い共振力がある。
 「その子」ということばを中心に、すべてがシンクロしている。


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中井久夫訳『現代ギリシャ詩選』読む(28)

2023-08-26 10:02:56 | 中井久夫「ギリシャ詩選」を読む

 「マヌエル・コムニノス」皇帝は、ある日、自分の死期が近いことを覚る。そして、

帝は宗教の古い教えを思い出されて

 目立たぬ衣裳を纏い、この世を去る。
 「古い」の一語がとてもいい「思い出す」という動詞とも関係しているが、それは彼が昔聞いた教えだ。彼が聞いたときは、すでに「古い」教えだっただろう。つまり、ひとからひとへと語り継がれてきたものがそのなかに生きている。
 彼は「天国」へ行くわけではない。この世を「去る」のでもない。ひとに共有されてきた思想のなかへ、思想を語り継いできた無名のひとのなかへ還るのだ。
 「ひとのなかへ還る」ときの安らぎがここにはある。これを「幸い」という。

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中井久夫訳『現代ギリシャ詩選』読む(27)

2023-08-25 11:04:51 | 中井久夫「ギリシャ詩選」を読む

 「オロフェルネス」の美しい肖像は、四ドラクマ銀貨に刻まれている。銀貨に刻まれるくらいなのだから、「偉い」人物なのだろう。そして、彼には複雑な「歴史」があるのだが、その「歴史」を中井久夫は一言で要約する。

ところが、ある日、思いもよらぬ考えが

 もちろんそれはオロフェルネスの考えのことだが、生きているのはオロフェルネスひとりではない。あらゆるひとが、ある日、「思いもよらぬ」考えを実行するのだ。そこからドラマが始まる。歴史が始まる。
 そのいちばんの「思いもよらぬ考え」のひとつが、オロフェルネスの肖像を銀貨に刻み込むことだろう。彼は彼の美貌が銀貨に刻まれることなど思いもしなかっただろう。
 そして、この「思いもよらぬ考え」を統一するのが、そうなのだ、オロフェルネスの美貌なのだ。カヴァフィスは、まさか銀貨に刻まれた肖像を見て、彼のために詩を書くことなど「思いもよらなかった」だろう。しかし、そうしてしまう。
 この詩のなかには「思いもよらぬ」ことが次々に書かれている。それは「ある日」起きるのだ。

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中井久夫訳『現代ギリシャ詩選』読む(26)

2023-08-24 22:34:36 | 中井久夫「ギリシャ詩選」を読む

 「テオドトス」。

よっく用心しろ、自分の偉くなる時には。

 このことばは、少しずつ変形しながら、何度か繰り返される。「偉いと思ったらお終いさ。」「だからといってないとは限らぬ/今みたいなこと、恐ろしい目覚ましいことが。」
 「偉くなる」「偉い」「目覚ましい」。それは自分が自分でなくなる、つまり「恐ろしい」ことでもある。だから「用心しろ」。「よく」ではなく「よっく」。この強い口語と「偉い」という口語がとても似合う。
 「具体的な地位」ではなく「偉い」という一言が、なんともいえず「人間的」だ。人間的な、あまりにも人間的な、悲劇が待っている。

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Estoy Loco por España(番外篇397)Obra, Jesus del Peso

2023-08-24 17:47:44 | estoy loco por espana

Obra, Jesus del Peso

 La obra de Jesús no tiene peso. Hay una ligereza de imaginación que supera el peso del hierro, y es esta ligereza la que permite que la obra de Jesús flote en el aire.
 Lo mismo ocurre con los pájaros. El cuerpo del pájaro tiene peso, pero el pájaro puede volar.
 En el caso del pájaro, las alas producen flotabilidad, pero en la obra de Jesús, la imaginación de la forma produce flotabilidad. La imaginación es también la idea de captar el movimiento físico.
 Esto puede verse comparando su obra con la de Joaquín, de la que se habló en el articilo anterior.
 La obra de Joaquín combina materiales (piezas de hierro) y florece hacia el cielo. Son las manos de Joaquín las que la crean. En la obra de Jesús, sin embargo, la imaginación desciende del cielo y tira ligeramente del material (hierro). La que mueve el hierro es la imaginación y la idea de Jesús.

 Jesus の作品には重さがない。鉄の重さを上回る想像力の軽さがあり、その軽さのためにJesus の作品は宙に浮くことができる。
 これは、鳥と同じである。鳥の肉体には重さがあるが、鳥は空を飛ぶことができる。
 鳥の場合は、翼が浮力を産み出すが、Jesus の作品は、形への想像力が浮力を産み出す。想像力は、物理的運動をつかみとる理念でもある。
 前回取り上げたJoaquin の作品と比べてみるとわかる。
 Joaquin の作品は、素材(鉄の断片)を組み合わせて、空へ向かって花開いていく。そのとき動いているのはJoaquin の手だ。しかしJesus の作品は空から想像力が舞い降りてきて、素材(鉄)の軽々と引き上げるのである。動いているのは、Jesus は想像力であり、理念である。  

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林達夫「三つの指輪の話」(林達夫著作集3)

2023-08-24 12:14:30 | 考える日記

林達夫「三つの指輪の話」(林達夫著作集3)(平凡社、1979年12月01日、
初版第7刷発行)

 林達夫「三つの指輪の話」には、林達夫の「文体(思想)」の特徴があらわれている。
 林達夫は、彼自身の考えを彼自身のことばでは書かない。他者の考え、他者のことばを紹介することで、自分の考えを語る方法(文体)をつくりだした。「三つの指輪の話」には、それが美しい形で実現している。
 林達夫は、読者を迷路に誘い込む。この世界、この世界に存在するものは、迷路という規則(理性)をもっていることを明るみに出す。その迷路をつくりために林は妥協を知らない。迷路の設計図を、正確に描くのである。
 その設計図ができあがったとき、それは迷路ではない。つまり設計図がわかれば、迷路は存在しないのだが、その設計図を林は「完成図」としては提示しない。
 「結論」はない。いつでも「仮説」というか、未解決のものを残している。「結論」を解放している。
 逆に言えば、林がやろうとしていることは、閉ざされた「解決」を徹底的に拒み、つねにことばを「未知(わからない)」へ向けて解き放つことなのだ。

 もし真理というものがあるとすれば、それは「何かを探す」という行為(思考)のなかにのみあるのだ。「三つの指輪の話」は、信仰(宗教)をめぐる話だが、その「結論」として林が書いているのは、彼自身の「信仰告白=何かを探すことのなかに探しているものがある」ということだろう。


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Estoy Loco por España(番外篇396)Obra, Joaquín Llorens

2023-08-22 18:13:20 | estoy loco por espana

Obra, Joaquín Llorens

 Las manos de Joaquín conocen el material (hierro) con el que trabajan sus manos y su experiencia de cómo el material es transformado por su trabajo de la misma manera. Ve el trabajo de su padre y de su abuelo, procesando el hierro para hacer cosas alrededor de su vida. Ahí reside el conocimiento de Joaquín, el punto de partida del hombre.
 El hombre hace cosas. No hace cosa grande desde el principio, sino hace parte pequeño. Hace ciertas formas y luego las combina para hacer algo grande. El trabajo grande se hacen combinando una serie de formas.
 Hay un ritmo en la combinación, y si el ritmo es correcto, se crea una bella melodía en la compleja combinación, de la que parte una harmonia. De lo parte pequeño a lo múltiple. Cuando se combinan, allí florece la flor del conocimiento. El conocimiento Joaquín es también la sangre de la familia.

 ホアキンの手は、手が働きかける素材(鉄)と、その働きかけによって素材がどう変化するかを体験として知っている。父や祖父の仕事、鉄を加工して、生活の周りのものをつくるのを見ている。そこにホアキンの知、つまり人間の出発点がある。
 人間はものをつくる。最初から大きなものをつくるのではなく、部分をつくる。一定の形をつくり、それを組み合わせることで大きなものをつくる。鉄の加工物は、いくつもの形を組み合わせることでできている。
 組み合わせのなかにはリズムがあり、リズムが正しければ、複雑な組み合わせに美しいメロディーが生まれ、そこから和音が始まる。個から多数へ。組み合わさったとき、そこに知の花が咲く。ホアキンの知は、またファミリーの血でもある。


 Al ver esta pieza, me acordé de un waka (un antiguo poema japonés).

陸奥の しのぶもぢずり 誰ゆゑに 乱れそめにし われならなくに
MICHINOKUNO SHINOBUMOJIZURI TAREYUENI MIDAERESOMENISHI WARENARANAKUNI 

 Significa que mi corazón se perturba al pensar en ti, pero la perturbación no es simple confusión. Hay una fuerte unidad al pensar en ti. La flor de hierro de Joaquín, que se abre curvándose en forma de espiral, también está conectada a ese corazón.
 En el fondo de cada cambio, hay un pensamiento fuerte.
 Es como el corazón de Joaquín, que pasa de las herramientas de hierro al arte de hierro.

 私はこの作品を見ながら、和歌(日本の古い歌)を思い出した。

陸奥の しのぶもぢずり 誰ゆゑに 乱れそめにし われならなくに

  私のこころは、あなたを思い乱れている、という意味だが、その乱れは単純な混乱ではない。そこにはあなたを思うという強い統一がある。ホアキンの、ねじれながら開いている鉄の花は、そのこころにも通じると思った。
 どんな変化にも、その奥底には、まっすぐな思いがある。
 それは鉄の道具から、鉄の芸術へと動くホアキンのこころのようでもある。

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Estoy Loco por España(番外篇396)Obra, Xose Gomez Rivada

2023-08-20 22:23:23 | estoy loco por espana

Obra, Xose Gomez Rivada
Série Señorita "LULÚ", Pintura sobre Passpartue 50x40

 La mujer tenía dos caras. Una estaba oculta por el maquillaje y la otra por un vestido hermoso.
  La cara maquillada tenía ojos y boca. Los ojos estaban abiertos y la boca intentaba decir algo. Se podría decir que, debido al maquillaje, su existencia se había vuelto abstracta. Abstracto puede reformularse como significado.
  Los ojos de la cara, ocultos por el vestido, estaban cerrados, no tanto para mirar dentro, sino para que no se viera el interior. No estaba claro si la boca estaba cerrada o abierta. No podía abstraerse este rostro, es decir, este rostro se negaba a generalizarse. Y era un rostro que se hinchaba salvajemente y se acercaba a mí, como el deseo.
  No sé si lo vi realmente o si lo soñé. En otras palabras, no sé si es mi sueño o si la mujer ha invadido mi realidad como un sueño.
                                                                                                                                                                                              ( Notas para el poema).

 女は、顔を二つ持っていた。ひとつは化粧で隠し、ひとつは華やかな衣裳で隠していた。
  化粧で隠した顔には、目と口があった。目は見開かれ、口は何かを言おうとしていた。化粧のために、その存在は抽象的になっていた、と言い直すこともできる。抽象的とは、意味と言い直すことができる。
  衣裳で隠した顔の、目は閉ざされていたが、それは内面を見るためというよりも、内面を見せないためのように思えた。口は、閉ざされているのか開かれているのか、わからなかった。その顔は、抽象化できない、つまり一般化を拒んだ具体的な存在だった。そして、それは欲望のように、乱暴に膨れあがって近づいてくる顔だ。
  ほんとうに見たのか、夢で見たのか、私にはわからない。つまり、これは私の夢なのか、それとも女が夢になって現実に侵入してきたのか、わからない。
                                                                                                                                                                                                        ( 詩のためのメモ)

 

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中井久夫訳『現代ギリシャ詩選』読む(24)

2023-08-20 15:08:36 | 中井久夫「ギリシャ詩選」を読む

 「朝の海」。エーゲ海の美しい朝。青と金色の輝き。光。

ここに立たせておいてくれ。こういうもの皆を見るふりをさせといてくれ。

 ほんとうに見ているのは「朝の海」ではない。「ふり」をしている。ほんとうは別のものを見ている。そういう詩なのだが、それを強調するのが「皆」である。ほんとうに見ているのは「ひとつ」なのだ。
 その「ひとつ」とは何かは最終行であきらかにされるのだが、「ふり」からわかるように、それは肉眼では見ることのできないものであり、同時に肉眼に刻み込まれたものなのだ。ことばが加速して、気持ちが強く響いてくる。いらだちを含んだ、とりかえしのつかない悲しみがあふれる。そばにいる友人に言っているのではない。自分のこころに、あるいは理性に、そう呼びかけているのだ。そうするしかないのだ。
 声のわずかな変化、意味を超える変化を聞きとる中井の聴力、声にシンクロする中井の人間の力を感じる。

 

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林達夫「切支丹運動の物質的基礎」

2023-08-20 12:16:39 | 考える日記

林達夫「切支丹運動の物質的基礎」(林達夫著作集2)(平凡社、1982年03月23日、初版第9刷発行)

 林達夫「切支丹運動の物質的基礎」は、キリスト教の布教は、どうやって日本でおこなわれたのか。彼らが日本で布教できたその背景の、経済的基盤はどうなっていたのか、ということについて書いている。私は学校教育の「歴史」は好きではないが、こういう文章を読むと「歴史」というのはとてもおもしろいと思う。「過去」のできごとではなく、「いま」の問題としても見えてくる。
 いや、実際、彼らが日本に来て、どうやって布教したのか。「情熱」や「使命感」だけではできない。そこには何らかの「戦術」というか「政略」がないと、できない。
 林達夫は、彼らが、日本とポルトガルとの貿易のなかに割り込んで、商人となることで金を稼いだということを明らかにしている。彼らは、世界に支店をかまえる「ヨーロッパ最大の商業会社」だったのだ。
 びっくりして、目が覚めてしまった。
 スペインを中心とした国がアメリカ大陸に進出し、「布教」したのも、その背景には「商業主義」があった。金儲けがあった。金儲けをしたい集団と手を組んで、布教はおこなわれた。これは日本でも同じだ。

 宗教(キリスト教)が「金儲け」をしていいのか。私は信徒ではないから、そういうことは気にしないのだが、どんな世界にだって、人間が生きていくとき、「理念」から逸脱していく何かがある。そこに、人間の生き抜く力がある。
 それを肯定するか、否定するかは、これは別問題なのだが。

 ここから、私は、ぜんぜん関係ないことを思い出すのだ。
 私はかつて仲間と一緒に詩の同人誌「象形文字」を発行していた。そのときの同人のひとりに阿部泰久がいる。彼の詩は、なんというか「理念」を書いていなかった。言い直すと、「荒地派」のような詩ではなかった。むしろ、キリスト教の「商業活動」のように、どこか「生活」に密着しているものがあった。別なことばで言うと、そんなこと詩にしなくたっていいじゃないか。隠しておいた方が、詩(理念)っぽくない?というようなこと。詩集がどこかにあるはずだが、ちょっと見つけ出せないので、具体的な引用はしない。そこには「理念」ではなく、生きている人間の「視点」の確かさがあった。
 阿部は、この「視点」を掘り下げる形で、詩から俳句へとことばの運動を変えて行った。
 この「視点」は、別の「視点」から見ると、なんというか「間違い」であった。つまり、その当時の流行の詩からは少し「ずれていた」。そのためにとんでもない批判、こころない批判をするひともいた。しかし、どんな「間違い」にも、それぞれの「存在理由」がある。
 それはキリスト教布教が貿易に関与し、商業会社として動いてもいたということに少し(かなり)似ている。

 ここからまた脱線するのだが。
 私は詩の講座で詩を教えている。日本語教師として、外国人に日本語を教えている。日本語教師として大きな声では言えないが、私が目指しているのは「間違える」ことを教えたい。
 私は「学校の先生」にはいい印象を持っていないが、それは「先生」が「正解を教える」ことに忙しくて、「間違える」ということを教えないからだ。
 いつ、どこでも「間違い」は存在する。「正しい回答」と同じように、存在する。存在してしまう。
 それはなぜなのか。
 なぜ人間は間違え、その間違いを後で修正するにしても、間違えるという瞬間はなぜ存在してしまうのか。言い換えると、ひとはなぜ間違えることができるか。
 これは、私が「永遠の課題」のようにして考え続けていること。
 人間は、間違えることができる。そこに人間のヒミツガあると思う。
 どんな間違いの中にも、何かしらの真実、一理がある。それなりの理由がある。そこに「生きる力」のヒミツがある、と私は考えている。
 これは、また逆のことも言える。
 どんな「正解」のなかにも、「間違い」のきっかけはある。物理の発見が、ただ人間の幸福のためにだけ役立つかといえばそうではなく、原爆が開発され、多くの人が犠牲になったように。もし物理学者が「間違い」つづけていたら、1900年にわかっていることだけが「真実」だったら、原爆は完成しなかっただろう。また別の武器が開発されたかもしれないが。

 林達夫の書いている文章の趣旨とは関係がないが、つまり、こういう感想は、学校作文(論文)では「間違い」なのだが、いまの私には、こういうことを書くだけの「理由」がある。書かずにはいられない「理由」があるということだろう。それは、他人に説明しても、たぶん、わからない。「間違い」だから。

 

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中井久夫訳『現代ギリシャ詩選』読む(23)

2023-08-19 16:35:16 | 中井久夫「ギリシャ詩選」を読む

 「はるかな昔」。青春時代の、恋人を思い出す。

 

眼だけは思い出せる――青――だったと思う。

 

 「思う」ということばに触れて、私は、とてつもない悲しみを覚える。西脇風に、淋しさ、と言ってもいいかもしれない。

 なぜ、「青だった」ではないのか。

 「思う」とことばを重ねるとき、青という色だけではなく、「思う」その気持ちが動く。「思う」ということを、したいのだ。その青に対し、どう思ったのか。もう一度、「思い」たいのだ。その「思った時間」というか「思う」のなかにある時間が、西脇の言う「淋しさ」のように、そこに存在するのだ。存在して「くる」のだ。

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中井久夫訳『現代ギリシャ詩選』読む(22)

2023-08-18 22:31:06 | 中井久夫「ギリシャ詩選」を読む

 「店のためには」。店のためには、のあとにはどんなことばがつづくのか。店のためにはいいことなのか、悪いことなのか。
 それは、気にしないのだ。彼は貴金属店で働いている。そこで、装飾品を包んでいる。たぶん、彼自身がつくったものを。

おのれの好み、おのれの思うとおりに、

 繰り返しがてともいい。「おのれの」が繰り返され、「好み」が「思うとおり」と言い直されて繰り返される。そのあと、もう一度「おのれの考え」と繰り返される。
 好み、思い、考えとことばが動いていく。
 ことばは動かずにはいられないものなのだ。動きながら、深まっていく。
 ひとによっては、同じことを繰り返すな、一回にしろ、簡潔に書けというかもしれない。しかし、動きを動きのまま、正確に伝えるというのは大事なことだ。
 ことばの動き、その変化を追いながら、その奥にあるものをつかみ取る(再現する)というところに、中井久夫の臨床医の意識が反映されているかもしれない。

 


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中井久夫訳『現代ギリシャ詩選』読む(21)

2023-08-17 22:56:33 | 中井久夫「ギリシャ詩選」を読む

 「せめて出来るだけ」。同じことばが何度も出てくる。一度だけ書かれることばもこころに残るが、きょうの私は、

人生の品質を下げぬようにと。

 この一行の中にある「人生の品質」ということばの前で立ち止まる。
 「人生の品質を下げぬ」ために何をすべきか。私は「本を読む」を選ぶ。「ことばを読む」。せめて、できるだけ。

 

 

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中井久夫訳『現代ギリシャ詩選』読む(20)

2023-08-16 15:08:14 | 中井久夫「ギリシャ詩選」を読む

中井久夫訳『現代ギリシャ詩選』読む(20)

  「教会にて」の「にて」ということばのつかい方は、私には何かしら古風なものに聞こえる。「口語」ではなく、「文語」だね。意味は即座にわかるが、私は会話で「にて」をつかったことがない。
 この「文語」の響き、歴史を感じさせることばが、次の行にとても似合う。

私の思いは返る、我が民族の偉大に。

 「返る」という動詞につきうごかされて、過去に、歴史に返る。「民族の偉大」。そして、それには「我が」ということばがしっかりと結びついている。
 この緊密な緊張感が「にて」から始まっている。「にて」に呼応して「私の思いは」が動いている。「私」と書き始めて「私たちの」ではなく「我が」と動いていく。この変化が、とてもおもしろい。「私」と「我」のつかいわけが、とても強く響いてくる。

 

 

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Estoy Loco por España(番外篇395)Obra, Calo Carratalá

2023-08-14 22:44:54 | estoy loco por espana

Obra, Calo Carratalá
Árbol verde en la escalera, 242 cm x 186 cm . Lápiz . 2023  

 Los cuadros de Calo son muy grandes. Son demasiado grandes para colgarlos en mi casa. Pero este cuadro es diferente. La pared al final de las escaleras. El árbol verde pintado allí. No tengo que preocuparme por el tamaño, porque Calo lo ha pintado a la medida de la pared.
 Pero en cuanto lo vi, sentí vértigo.
 No es un árbol pintado para llenar una pared estrecha. El árbol está extendido, sobresaliendo de otra pared que lo cruza en ángulo recto. El árbol no está pintado en la pared, sino que el árbol es la pared, y está ahí. Y el tamaño del árbol rompe la pared y crea un gran espacio.

 Cuando subo las escaleras, no subo las escaleras, sino el árbol. El lugar al que llego no es el primer piso, sino la altura del árbol. Desde lo alto del árbol, miro hacia abajo, no hacia el suelo, ni hacia el horizonte, sino hacia el cielo.
 Los cuadros de Calo siempre amplían y liberan el "espacio". No hay "estrechez". Sólo hay un espacio en expansión. Un espacio transparente y absoluto.

 No obstante.
 No me había dado cuenta de que este cuadro esta hecho a lápiz. 
 Las líneas se cruzan y se convierten en superficies. También se convierte en tridimensional. Sin embargo, lo que se dibuja entonces no es el árbol, sino el espacio tridimensional que rodea al árbol. No hay nada en el espacio. Sin embargo, es un espacio que no se habría creado sin el lápiz.

 Cuando subí las escaleras, estaba el cielo.
 Subo al espacio (el cielo) desde donde contemplo toda la existencia, no subo el árbol que dibujó Calo.

 Caloの絵は、とても大きい。大きすぎて、とても私の家には飾れない。しかし、この絵はどうだろう。階段を上った突き当たりの壁。そこに描かれた緑の木。大きさを気にする必要はない。Caloが壁の大きさにあわせて描いてくれているからだ。
 しかし、見た瞬間に、私はめまいを覚えた。
 これは狭い壁面いっぱいに描かれた木ではない。その木は直角に交差する別の壁にはみだした広がっている。壁に木が描かれているのではなく、木が壁になって、そこに存在している。そして、その木の大きさが壁を突き破り、広い空間になっている。

 階段を上っていくとき、私は、階段を上るのではなく、木を上っていくのだ。たどりついたところは二階ではなく、木の高さである。きっと、私は木の頂きから、地上ではなく、水平線でもなく、空を見下ろすことになる。
 Caloの絵は、いつも「空間」を拡大し、解放する。そこには「狭さ」というものがない。ただ広がる空間がある。透明で絶対的な空間が。

 それにしても。
 この絵が鉛筆で描かれているとは。線が交錯し、面になる。さらに立体になる。しかし、そのとき描かれるのは、木という立体ではなく、木のまわりの空間である。空間には何もない。しかし、それは鉛筆がなければ生まれなかった空間である。

 階段を上ると、そこには空があった。
 私は、Caloの描いた木ではなく、すべての存在を見下ろす空間(空)へ上っていく。

 

 

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