斎藤茂吉『万葉秀歌』(10)(岩波書店、1980年、06月25日、第58刷発行)
み吉野の山のあらしの寒けくにはたや今夜も我がひとり寝む 作者不詳
いろいろなことを言っていない。欲張っていない。それが美しい。そのなかにあって「我がひとり寝む」の「我が」が印象的。「我が」はなくても意味は同じだが、「我が」があることで「ひとり」が強調される。
うらさぶる情さまねしひさかたの天の時雨の流らふ見れば 長田王
「み吉野の」に雰囲気が似ている。とても素朴。いまの「短歌」はいろいろなことを一首にこめすぎているかもしれない。
秋山の樹の下がくり逝く水の吾こそ益さめ御思よりは 鏡王女
結句に「御思よりは」と出てくるが、これは主語ではない。主語は「吾が思ひ」。でも「思ひ」を隠して「吾」とだけ言っている。隠されていた「思ひ」が結句で重なり合う感じが、ひそかでいいなあ。隠れていたものが、すーっとあわれてきて、寄り添う感じ。「樹の下がくり」とは、そういうことか、と納得する。
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