池田清子「投票」ほか(朝日カルチャーセンター、2023年04月17日)
受講生の作品。
投票 池田清子
成人して
投票権を持って
初めて 投票に行かなかった
県議選
無投票
昔からのしがらみがあり
一人の人が長く続けており
対抗馬の出ない地域
なのではない
一人区一人
選挙公報はこなかった
どんな人か知らない
統一地方選。どの選挙区でも「無投票」が増えている。時事問題をテーマにしているのだが、池田から「もやもやしている、どう書けばいいのだろう」という悩みの声。
この詩からは、「もやもや」は、明確には伝わってこない。
こういうときは、まず「もやもや」を、そのままことばにして書いてみるといい。各連の間、一行空きの部分に「もやもや」を書いてみる。「もやもや」で終わらせるのではなく「もやもやもやもや」「もやもやもやもやもやもやもや」と重ねて書くだけで、詩全体の雰囲気が違ってくる。あいだに「いらいら」とか「むかむか」とか「あーあ」とか。
「もやもや」ということばのなかに「県議選、一人区一人、無投票」を埋め込んでみると、また印象が違うだろう。途中に「乱調」を挟むと、また違った印象になる。
もやもやもやもやもやもやもやもやもやもやもやもやもやもや
もやもやもやもやもや県議選もやもやもやもやもやもやもやも
やもやもやも一人区やもやもやもやもやもやひとりもやもやも
やもやもやもやもやもやもやもや無投票もやもやもやもやもや
もももややややもやもやもやもやもやもやもやもやもやいらっ
もやもやもやもやもやもやもやもやもやもやもやもやもやもや
「現代詩」というのは、「わざと書くもの」というのは西脇順三郎の定義だけれど、「わざと」何かを書いていると、その「わざと」のなかに、自分の思っていることが無意識にまじってくる。
少し例は違うが、どんな嘘でも最初から最後まで嘘をつき続けられない。どこかで「ほんとう」を言ってひと息つく必要がある。その「かけない」のようなところに、詩がふっと姿をあらわしたりする。
*
城 青柳俊哉
有明にそよぐ岩
琵琶の弦を調律する男
はてしない夕曲の 波の声部を
もつ 郷愁の貝の城を築くために
かれは潮に浸るサンマルコ聖堂で
奏でていた 魚の歩みを観つつ
枯葉のような乾いた音で
いのちの源泉について
思案していた
ただよう水母の
白い星のような口から
すべてはうまれていると
青柳の詩に「もやもや」のようなことばを差し挟むとしたら、どういう「音」が可能か。たとえば二連目の「枯葉のような乾いた音」はどう言い直せるか。「さやさや」「さらさら」「そよそよ」。全体の印象では? 「ひろひろ」「そよそよ」「ゆらゆら」。
青柳は「城」を「水の城(水中の城/水没した城)」というイメージで書いている。ベネチア、「潮に浸るサンマルコ聖堂」をさらに発展・拡大させた感じである。
青柳のことばは、イメージに「いのちの源泉」「思案」というようなことばを組み合わせることである。美しさに流れていくことばを、思惟で引き止める。思惟の深みにおりていく。思惟の力で、世界を再構築する。そして、その運動の先に「白い星のような口」というようなことばを産み出していく。
この「白い星のような口」という比喩は、具体的には何を意味するのかわからないけれども、わからないからこそ、私はそこで立ち止まり、はっとする。この「はっ」としかいえないもののなかに詩があると感じる。
要約できない何か、説明できない何か。
*
ハルウマレ 木谷 明
ふわふわの
サニーレタスに
混ざって
たべちゃった
さっきの苺の
こんなの好きだったんだ
シャキシャキしてる
苺あげても
たまに葉っぱからたべてたね
葉っぱだけ
あげてもよろこんで
なんでたべてみなかったのかな トントンが
好きだったのに
アタシ、ナンデ、タベテミナカッタノカナ
トントンがスキナノニ
春のサラダ。音でいえば「しゃきしゃき」。「さらさら」「さわさわ」「さにさに」。造語も飛び出して、楽しくなったが、「トントンがわからない」という声。私は野菜を刻んでいる音を想像したのだが、ウサギの名前だった。
ウサギにサニーレタスをやっている。イチゴの葉っぱが混ざってしまった。それも食べてしまった。飼っているウサギ、ではなく、飼っていたウサギ。「たまに葉っぱからたべてたね」に過去形が出てくる。だから、悲しい詩、と木谷。
作者の説明を聞いて、初めてわかる部分もあるが、わからなくても、それなりに楽しい。聞いたあとで、また読み直すというのも、一緒に詩を読む楽しさ。
タイトルの「ハルウマレ」のかたかなが不思議な印象。
「適度な距離感がある」という受講生からの指摘があった。なかなか言えない指摘だ。
*
はる 杉惠美子
何かを纏って歩く
何かを抱きつつ歩く
行き先を戸惑いながら
すれ違う景色を確かめもせず
いざなわれて行くが如くに
辿り着いた
峠の一本桜
風を探して散る桜
うらとおもてを繰り返し
終わりとはじめを
知らせるように
折り合いもつけず
迷いもなしに
遥か遠くに舞い降りて
また確かな時を刻む
手放して
手放して
拡がる風景
どんな音で言いあらわせるか。「はらはら」「さわさわ」「すっきり」。むりやり音に変える必要はないのだが、そういう「むりやり」をやってみると、自分のもっていことばの「領域(限界)」を自覚することができるので、強引に、やってみた。
そして、そういうことをやってみると、「強引(むりやり)」ではない印象(感想)が自然に動き出す。「もっと言いたい感想がある」ということだ。
毎回話題になるが、ことばの展開、表現のリズムがとてもいい。「うらとおもてを繰り返し/終わりとはじめを」というような対句的表現がとても効果的だ。満開の桜、満開をすぎて散っていく桜のいさぎよさ、その桜の姿が目に浮かぶという感想がつづいた。「峠の一本桜は現実なのか架空なのかわからないが、一本に気持ちが表れている」という声。
リズムの面から見ていくと、この一行は、とても効果的。
二連目につづけても「現実」としての意味は変わらないが、印象が変わる。歩いてきた過去を振り切って、ぱっとあらわれる。三連目の独立して一行は非常に印象が強い。左右の空白が、まるで、桜の背景の青空のように感じられる。
現実か、架空か。
それは「現実の風景」であると同時に「意識の現実」でもある。
この「意識の現実」を通過することで、三連目の「現実」がそのまま「意識の運動」になり、四連目で「意識の拘束(束縛)」からの「解放」へと展開する。意識がもう一度、広い現実ととけあう。
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