詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

千人のオフィーリア(181-200)

2014-03-09 12:06:22 | 連詩「千人のオフィーリア」

千人のオフィーリア(181-)

181 金子忠政
空だ、が、
奥までコトバが入らない
床上35.6㎝の椅子に座る
猫背の土竜が
両腕で音符を宙に放り投げてはつかみ取り
からだをピアノにしていく
彼のように一角を削り取って三角にしようと、
携帯からぶつぶつとぎれとぎれに朗読してみた
〈 面影が忽然と出て来て、高島田の下へすぽりとはまった。
衣装も髪も馬も桜も一瞬間に心の道具立から奇麗に立ち退いたが、
オフィーリアの合掌して水の上を流れて行く姿だけは、
朦朧と胸の底に残って、
棕梠箒で煙を払うようにさっぱりしなかった。
空に尾を曳く彗星の何となく妙な気になる。
「ふゆづけばわかめが上に張る霜の、けぬべくもわは、おもほゆるかも」
淵川へ身を投げた乙女の墓を心のうちに是非見て行こうと決心した。〉

182 山下晴代
ハムレット おフィ。俺と此ッ切(これっきり)別れるんだ。
オフィーリア えゝ。
ハムレット 思い切つて別れてくれ。
オフィーリア ハムさん。切れるの別れるのッて、そんな事は、藝者の時に云ふものよ。……私にゃ死ねと云つて下さい。おフィにはテムズ川へ飛び込め、とおつしやいましな。

  空蝉の島田姿の川をゆく倫敦塔の女より悲し

                                         183 瀬谷 蛉
岸に起つ

母娘も哀し

櫻川

ネオンに匂う

けそう抱きつ



                                 184 市堀玉宗
朝寝より目覚めてみれば後悔の先立ちてゆくわがハムレット

                                  185 谷内修三
川が鏡なのか
街が鏡なのか
夕暮れのなか
ことばが迷う

さようならか
またあしたか
別れるまぎわ
ことばは黙る

何もいらない
すこし離れる
きみと私の間
音のない音楽

                                     186 山下晴代
世の名残いなはじまりと死ににゆく仇しが原のベアトリーチェよ

                                      187 橋本正秀
鏡文字を書くベアトリーチェ

「春の夜には猫の声が実によく似合う」
「なんだこんななんだこんな」
「にゃんだこんにゃにゃんだこんにゃ」

沈みきった街を
三日月にぶら下がり
蹴上がりした男が
ナイトスコープに充血した眼を押し当てて
ベアトリーチェを探し回る。
遠くのクラウンピエロの仕草のような
無言のジェスターにジョーカー。

今や、
幻の椅子にゆったりと座り
幻のスクリーンで曽根崎心中を
幻のサラウンドスピーカーの奏でる
太夫(たゆう)と太棹の幻の義太夫に
耳を傾ける。

街では、以前の私に懸想する
血走った目の私が
ひと日をひと夜に
宵っ張りの影を
丈六の大仏さながら
引き摺って歩く

幻の足跡から跫音からは
オフィーリアの再生賛歌が
風に乗って静かに幻のごとく
広がっていく気配が……。

「未来成仏うたがひなき恋の手本となりにけり」(曽根崎心中)

                                       188 市堀玉宗
人の世に人は疲れて鳥雲に

                                    189 小田千代子
うずくまる虫にも届くせせらぎの春の調べのなんと懐かし

                                      190 小田千代子
箸あらう女にあたる幻月の蒼き光は胸しぼるだけ

                                       191 山下晴代
 おもしろやことしのはるもオフィーリア

                                       192 橋本正秀
愛の光が足りないので、
梅が香漂う窓辺で、
うずくまるように、
うたた寝をしているオフィーリア。
愛に飢えた彼女を
春が奏でる調べが包み込んでいく。
下手くそなウグイスのさえずりも、
突如わき起こる
猫の真剣な嘘泣きの鳴き声も、
木の葉が軋みあう悲鳴も、
土を梳ることがないあのせせらぎも、
平準化された平穏な調べとなって、
折からの風に乗って流れてゆく。
春の日の一刻。

オフィーリアを慈愛に満ちた幻の光で照射する、
騙り部たち。
馬手には月と二つの幻月が
うす青い光を、
弓手には日と二つの幻日が
赤黒い光を、
鈍い空に宙吊りにしている。
妖しき面白い、
春の朝の一刻。

                                     193  市堀玉宗
私は私の孤独が恨めしい
世界と一つであった筈なのに
何かを捨てろと神様が云った

だから時々
嘘を吐くことを覚えた

正直であることに少し疲れ
月の港に錨を下ろすのもいい
人生は余りにも遠い謎に満ちた港のようだから
愛はいつも魂の雫のように私を濡らした

真実の生き方があると思う
でも、そうじゃない
生きることが真実だった

夜が明けて
あたりまえのように朝がやってくる
遠くから

わがオフィーリア
私は今日も生きていこうと思う

永遠の旅人のように

                                        194 金子忠政
行為の後、くるおしく、
裸のままベランダに立つ
君の火照る頬

憑かれようとしても
できなかった真昼の蒼空、
降りそそいでいたのは何か?

見つめようとしたら
素知らぬ顔して天の川を見ている
取り戻せない空を取り戻そうとするような
まなざしで

淡く瞬いている川があり
影のように夜はさびしく
とてもあたたかい

ああ、眠れないよろこび!

一つ星が消えても
遠くにひとみはひらかれるから
ひとりではない
一心不乱に見ている
もう銀河のはずれにいてひとりではない
それなのに、
君の冷たい手をにぎってしまう

背中をあらわにしたまま
泣き震え、
いつ終わるとも知れない
どこまで広がるとも知れない
ことに怯え、
開封しないまま手紙を燃やすように
君を燃やした
その炎のゆらぎを見つめ
その炎を映すひとみを見つめ合い
衛星にすら囲い込まれ
二人の虚から真を編み上げるため
抱き寄せて燃やした
君と僕の両腕を紬車にする
信じられないくらい明るく
果てのない道行きのために
途上から、そのまたさらなる途上の、
固有の死に向かおうとして
絶え間なく行為した

オフィーリアが顕れる
「誓いを立てたでしょう」と、

かすかに咳が響いて
胸が痛い
死者がうつろう
岸辺にいっせいに声を立ち上がらせ
明るいまま解放できるのか?
向かい立ち、渇けば、渇く問い
それをそのまま湿度にする、
血に閉じてはならない

                                        195 小田千代子
雪の午后うつらうつらと夢みるさきに愛しき君のかひなの温さ

                                         196 山下晴代
愛しききみのかいなの温かさを
思い出そうと、ぼくは羅生門にて
死人の髪を抜いている。これが
高く売れるんです。アマゾンで

ミルクのように甘やかなきみの肌
思い出せない。かつては後背位で
交わったあの密林の花々にむせる日々
見つけたのに、永遠をすぐそこに

太陽とともにあるのは、誰の墓?
エドガー・ポー? ヴェルレーヌ? マラルメ?
きみの名前を忘れ、きみの匂いを忘れ、

でも、キスのしかただけは忘れない
かつては夏の一日にたとえられた
わが美しき肉体は蛆の餌

                                         197 橋本正秀
誓いは誓い。
蟄居している春は、
墾(はる)そのものとしてそこにいる。
蹲る伊賀ものの温もりを保ち
たぎらせた血に、
むきだしの春が皮膚をぬめらせて、
風に蠢く肉じりがひりひりとした音をひきつらせている。

かつての蒼い光りは、
青い春に姿を代えて、
かつての誓いを反芻するだろうか?
もやっとした春の息吹きの前では、
信号機の青い光が点滅をしはじめる。
「いま…。いま…。」
耳許で、空間が、息をひそませる。

                                         198 市堀玉宗
原罪を思ひ出せずにあたたかし

                                         199 山下晴代
見渡せば幕もぶたいもなかりけり甲午弥生千のまぼろし

                                         200 市堀玉宗
謎多き女匂へり雛祭り



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千人のオフィーリア(161-180)

2014-02-08 23:34:14 | 連詩「千人のオフィーリア」
千人のオフィーリア(160- )

                                        161 金子忠政
オフイーリア、
船倉の鼠の足音だけが勇気づけるような
きわなく賢い世界は
ハミングしながらでも捨てることができる
という貴方の弱々しい観念は
中空に骨を刻むように
潮時を教えてくれる
「もう何もいらない」と静かに呟ける
オフイーリア、
時にセンチメンタルに泣く君の
小鳥のようにどぎまぎもする瞳を
探し、探しあぐね
やがて、その懐にどっぷり浸る

                                         162 橋本正秀
呟く瞳の奥底に据えられた冬の海をたぐり寄せる幻々としたフォルテピアノの調べに和する情緒の不在にドギマギとする手足の萎びた皮膚を凍える水が皺襞をたどってたどって這っていく感触のみが虚しい生の旋律を奏ではじめる

                                       163 谷内修三
波よ、知っているか
オフィーリアを殺したのは川でもなければ花でもない。
それは私だ、幽霊と会話する神経衰弱のハムレットだ、だが
波よ、知っているか、
オフィーリアを生かしているのは川でもなければ花でもない。
それは私だ、無慈悲なことば、ことば、ことばのハムレットだ。
波よ、知らぬのなら返せオフィーリアを、
波よ逆巻け、波よ女たちの涙の川を遡れ、
千人のオフィーリアとなって復讐せよ、

                                         164 橋本正秀
渦巻く、波に、
跳梁する、花々が、
波の、意思に、
おもねる。
彼女ら? 彼ら?は、
報復跋扈の、旅を、手始めに、
始める。
涙の、しぶきを、湛えた、
変幻自在の、優柔不断の、
戦士の、生誕と、滅亡を、
両天秤、さながらに、
水底の、起伏に、
寄り添う、ように、
羈旅歌に、思いを、
託す。

こみ上げる、嗚咽、
ぬめり光る、水面、
に、唾棄、しいしい、
険しく、波立つ、流れ、
に、固唾、のみのみ、
なお、なお、なお、
遡上する。
帯状に、廊下状に、
覆い被さる、水爆を、
睨む、眼光、らんらん、
猛禽類、そのままの、
光りを、双眸の、奥底から、
発射する。

                                         165 市堀玉宗
狐火や酒臭くして閨に入る涎の如く言葉濁して

                                       166 谷内修三
そのドアはなぜ開いているのか、
見つかったとき逃げるためか、
音を立てずに招き入れるためか、

そのドアはなぜ開いているか、
鏡でしか見たことのない形を見せるためにか、
ことばにならない声を聞かせるためにか、

そのドアはなぜ開いてるのか、
入ってくるのはいらただしい噂ばかり、
出て行くのは甘ったるい嘘ばかり、

                                        167 市堀玉宗
てのひらに鳥の記憶のありにけりドアの向かうに羽落つるかに

                                        168 山下晴代
鳥の祖先は、生物学の進化の歴史においては比較的遅く出現したと、カルヴィーノは、「鳥の起源」という短編の前書きに書いている。それはまだどこか爬虫類の特徴をいくつかそなえていたという。名前は、アルカエオプリックスと言った。

アルカエオプリックスは不死で、ゲーテが役人としてプロイセンへ赴任したときには、鉱山に現れて、その詩を祝福した。
また、ベケットがまだ二十代だった頃には、彼の頭蓋骨内に現れて詩を書くようにそそのかした。

アルカエオプリックスは、いま、どこでどうしているかといえば、なんと日本に飛来し、安倍首相が行かなかった、千鳥ケ淵戦没者墓苑の墓石の陰で、ケリー国務長官とヘーゲル国防長官の通訳をしていた……そうだ。なにぶん、ロシアのプーチン大統領が寝言で言ったことなので、その真偽は定かでない。その寝言は、ウィキィリークスによってリークされたが、ルートについては厳重に秘匿されているということだ。

おそらく、都知事候補の田母神ことタモやんが、ツィートしたのかもしれない。しかし、その鳥たちのつぶやきで溢れかえった「鳥かご」には、アルカエオプリックスはおらず、
ただ、凍りつくような闇夜の中から「コアクプフ、コアクプフ、コアアア……」と鳴く声だけが、幻聴のように聞こえてくるだけだ。

                                         169 橋本正秀
まもなく夕方を迎えようとしている空に、
原始の鳥らが群れている。
真っ黒な腹と胸をさらして、
ゆったりと空を占拠している。
どの鳥を長い尾をこれ見よがしに、
西から東に整然と進軍を続けている。
背から頭にかけてほんのりとピンクに染めて、
いるのは気の高ぶり。

間もなく闇黒ショーの開演を告げる
鬨の声が放たれるその時。
鋭い嘴が雷光のように狂い、
雷鳴のような鳴き声が地に響く。
暗褐色の羽毛が粛々と地を覆う。
目に見えない羽毛によって、
地軸が23.44度に傾いた。
北回帰線は己が居場所を移し澄ましている。

鳥ガラ骨になった夜が明ける。
夜明けとともに叫びとなったあなた。
夢のないあなたの夢は、
西の山懐に掃き集められた。
開け放たれたドアから、
明鏡止水の「嘘つきめ」たちが、
明るい陽の光を浴びて、
出入りを繰り返している。

                                          170 西川仁
ジュピターもその傍らの凍て月も瞑る鳥の闇に番ひて

                                         171 市堀玉宗
愛を語れば星が鳴りだす寒さあり語れぬ愛の空々しくも

                                         172 金子忠政
天文台で、冬の夜空へ行く。直径2㎝くらいの環がかすかにゆらめいている、古い白黒映画のように。パレスチナの星、Saturn、クロノス、すべてを食い尽くす自己破壊的な流れ、すべてがうまくいかない遅鈍、陰気、あるいは生真面目、用心深さ、あるいは臆病、節約家、いわゆる、メランコリー気質。1938年、ナチスに追われ、国境で自殺した、しなる思想家の肖像写真。「私は土星のーこのもっともゆっくり回る星、迂回と遅延とをこととする惑星のもとに生まれた」右手を頬にあててうつむいている。眼鏡の奥の、近視のひとに特有の、静謐でやわらかい、夢見るような視線が、写真の左下にたゆたっている。

                                         173 橋本正秀
カチッと響かせた音を残して、彼女は星をでる。
迷いを感じさせないしまった横顔を覗かせて、
忌々しくもおぞましいまでの、
この星のくらしのやましさに、
心のもつれをゆりほどく気力も萎えた、
家族写真がそれぞれの思惑を、
淫らな笑みにひそめて飾られている。
近視と乱視と遠視、
これだけが着実な歩みを進めた障害を、
100円ショップの眼鏡で、
老眼のみを無理矢理矯正させた眼が、
地球を見据えて佇んである。
もはや、
愛の言葉に応えてくれる星などどこにもいない。
たとえプラネタリウムに通ったとしても、
火の鳥のファゴットが、
喉を引き絞った悲鳴をあげるのみ。

                                         174 市堀玉宗
死ぬる世のうつくし雪の白いこと

175 山下晴代
どんな惑星にも必ず終わりがある
どんな宇宙にも必ず終わりがある
どんな物語にも必ず終わりがある

死んでる人も
生きてる人も
死につつある人も
生まれつつある人も
いつかは消える

どんな理論にも必ず終わりがある
どんな時間にも必ず終わりがある
どんな空間にも必ず終わりがある

幸せなひとも
不幸なひとも
人間でないものも
生命のないものも
いつかは果てる

その日のために鍛えておこう
きみの暗黒物質のすべてを
ニュートン、アインシュタイン、ホーキング

176 橋本正秀
澱り汚れた胎内の記憶を
たどりたどって
生かして生きて
いま在る我ら
我らから抜け出す日を夢見る
我に新たなる月のあり

この世にも
あの世にも
あたら命のある限り
あたら形のある限り
あたら物語のある限り
閉じるステージの
幕明け切らぬ
無念・残念・正念の連鎖あり

月白く美しく
寒夜に浮かぶ
腸(はらわた)えぐるそのときの
夜にまみえる
友の眼のあればこそ
小窓の一輪挿しに
冷たき月光の去来あり

月光と辻を撚り合わせて
月夜の影踏み遊びのさなか
人間の業と夢と希望が
闇黒の中にその実体を溶け込ませて
とぐろを巻いて渦巻いてくだを巻く
どよめきわめいてどよめいて
今はただ
鰤起こしの咆哮をあげるのみ

                                       177 市堀玉宗
恋人と光りを競ひ落ちてゆくオフィーリアといふ名のゆりかもめ

                                         178 山下晴代
ハムレットは力なげにオフィーリアの手を執(と)れり。オフィーリアは涙に汚れたる男の顔をいと懇(ねんごろ)に拭(ぬぐ)いたり。

「ああ、おフィさんこうして二人が一処にいるのも今夜限りだ。お前が僕を介抱してくれるのも今夜限り、僕がお前に物を言うのも今夜限りだよ。一月十七日、おフィさん、善く覚えてお置き。来年の今月今夜は、ハムは何処でこの月を見るのだか! 再来年の…………十年後(のち)の今月今夜…………一生を通して僕は今月今夜を忘れん、忘れるものか、死でも僕は忘れんよ! いいか、おフィさん、一月十七日だ。来年の今月今夜になったらば、僕の涙で必ず月は曇らして見せるから、月が…………月が…………月が…………曇ったらば、ハムレットは何処かでお前を恨んで、今夜のように泣いていると思ってくれ」

 そうしてデンマークの王子は、蒲郡風太郎と名前を変え、「銭ゲバ」となったということである。美しかった風貌も整形手術でわざと醜くし、行動に合った外見にしたということである。その子孫は、再び美貌を取り戻し、俳優となった。名を、マッツ・ミケルセンという────。

                                         179谷内修三
愛の嘘を見抜いたのなら、
なぜ嘘の理由を見抜けなかったのだろう。
だまされるのとどちらが愚かだろう。

投函しなかった手紙を繰り返し読む。
受け取った手紙を書いたひとの前で読む。
どちらが淫らだろう。

180 橋本正秀
ユーラシア中北部から、
愛の手紙を携えて、
飛来する鳥の群れ。
嘴には愛の言葉が詰め込まれ、
ついばみとともに、
地に愛が溢れる。
はずであった。

夏には黒く、冬には白くなる、
頭の中は、
愛の言葉の増殖器。
さえずり散らす、
くちばしは、
愛の唄の放射器。

愛は嘘の虚飾をまとって
愛となり、
嘘は愛の力で
飾られた。

騙し騙され
伴侶の鑑となって、
オフィさまの王国を
愛と嘘を綯(な)い交(ま)ぜにした
幻影で都を呑み込み、
忘却させる。

わが思ふ人はありやなしや



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千人のオフィーリア(141- )

2013-12-30 08:47:17 | 連詩「千人のオフィーリア」
千人のオフィーリア(141-151)

                                        141 橋本正秀
鏡に映ったおぼろな顔を
怪訝な顔で見ていると
鏡の中の顔は
くっきりとその貌を顕わにする
きりりとした眼で
また
鏡を覗くと
呆けた顔が
婉然と見つめている
オフィーリアは
日がな
鏡の中の自分と
自分を凝視した
そして
眼を瞑ることを
許されない自分を
また
眺めた

                                         142 西川 仁
月冴ゆるつぶらに生れし裏木戸に血潮のやふな椿の花瓣

                                        143 市堀玉宗
寒椿おもかげ冥くたもとほる

                                         144 山下晴代
寒椿駅裏逢冬至
抱膝墓前女伴身
星流城中父霊去
還応伝言夢見人

                                         145 二宮 敦
寒椿瞑きままにて詩製さる

                                         146 金子忠政
どんな水であれ
一雨くればガスのようなものも油も記憶も洗い流される
森の町の真昼
過去はあっさり朽ち果て
あっさりとまた製造されていく
情交のドタンバタンのように
熱線によって頭蓋内でビルが倒壊し
ベンチに屈んだその前方
道ばたにくすむ寒椿の
赤い筋肉の股間が硬く閉じて答えない
何度情交を重ねても
憤死には到りきれず
引きずる時もなく座ったまま
闇雲な風とガスのようなものにあてられて
冬枯れる日が時化ていた
これは何年前のことだろうか?

                                        147 市堀玉宗
銀河系に置いてきぼりや着ぶくれて

                                         148 二宮 敦
冬の星あるやなしやひろふもの

                                         149 橋本正秀
視神経と聴神経の
はざまを満たす
女の記憶
その確かさと
その不確かさを
足して割るべき数を前にして
ためらっている

の神経を
逆なでにする
幼女の拗ねた眼の奥に
冬枯れた日常が
笑ってる
置き去りにされた
銀河の中の
きらわれ者
いつの頃からか
ポツンと
そこに
立っていた

                                        150 市堀玉宗
てのひらのうすくれなゐや雪もよひ

                                         151 金子忠政
 寒々と放り投げられた待合室で
 鱗をはがされるように逆撫でられ持続する
 夢の跳梁
 ああ!熱帯の雪
 手に手が添えられないまま
 オフィーリア、先触れだけがやってくる
 骨は生身に回帰するが
 制度は肋のように生身であるから
 ゆっくりとした瞬きごとに 
 とつとつと憤怒を湛え
 手応えのない断念へ
 つぶてを華やかにせよ!

                                          152 二宮 敦
言葉のために心を磨こう
大人になるにつれ
見栄や欲に囚われ
言葉の根っこが痩せてくる
根っこの痩せた言葉ほど
痛々しいものはない
金のため愛を捨てた音楽家
に等しい

人知れず心を育てよう
褒められ認められるための
思いやりは存在しない
時に嫌われ疎まれてしまう
サジェスション
分かってもらえない切なさ
分かり分かち合えない愛
ああオフィーリアよ

                                         153 橋本正秀
アフリカの白子
異形の神の子
神の子ゆえの
異形の出で立ち
ちらつく雪の中
体を震わせて

黒褐色の民の群れを
ピンクの眼を血に染めて
その動きの息遣いさえ
見失わない気を
充満させて
凝視している
プラチナブロンドに
発光する髪の毛は
逆巻き
乳白色の皮膚には
怒りと断念の
血脈が息を
弾ませ
まぶしい光の
乱舞の中の
黒い肌の
おぼろな影の
白い眼と歯から
白く輝く身体を
誇示する意欲は
もはや
失せていた

アルビノ
アルビーノ
アルビノに
アルビノの
ホワイトコブーラが
半身を起こし
その鎌首の
襟を膨らませて
御子の背後から
黒い影となって
身を寄せていく

雪は激しさを増し
白子となって
暑い大地の熱を奪っていく

                                         154 山下晴代
アフリカの白子、それは、タガステ生まれの聖アウグスティヌス。
若い頃はサルサのリズムに酔い、情熱の恋もしました。
その女と子どもももうけました。
しかし私はすべてを捨てて神の国へ参りました。
サールサ、サルサ。今でも私は踊ります。
雪のなかで。熱い心は変わらず。
さまざまな画家が私の肖像を描いています。
サールサ、サルサ。ここもローマ帝国。

                                         155 谷内修三
踊れ、私のハイヒール
踊れ、きみの素足
踊れ、私の子宮
踊れ、きみの腰骨

踊れ、私の夜
踊れ、きみの昼
踊れ、サルサ
踊れ、私の野生

156 橋本正秀
君よ 歌え
私の日記の
昨日と今日と
そして明日を
毛を逆立て
渾身の力をもって
タクトを振れ

君よ 謳え
私の伊吹を
何もかも
蹴散らし
吹き飛ばす
伊吹颪の
怨念の噴出を待て

君よ謡え
私の可愛いスターダストが
根こそぎ
降り注ぐ
火矢の
燃え盛るまま
坩堝の饗宴を寿げ(ことほげ)

私は うたう
「なぜ」
「どうして」
「何を」
「だれと」
全ての問いに
拒絶しながら
低く さらに より低く
地の魂の
気の向くままに
君の
絶命の
今際(いまわ)に

157 市堀玉宗
混沌に眼鼻ことばの寒かりき

158 橋本正秀
目鼻ふたぎて
一途末期のカオスを打たむ

159 市堀玉宗
冬が来るというから
夢から目覚めたやうに
しづかな海を見てゐた
生きねばならないもののやうに
混沌の風に吹かれて
人生のすべてが
いつの間にあんなに遠い海原
あれは取り返しがつかない
生きてしまった私の沖
なにもかもがまぼろし
なにもかもがほんと
海は
生きることの虚しさのやうに美しい

160 山下晴代
重力や非想非非想冬の海



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千人のオフィーリア(121-140)

2013-12-15 00:55:38 | 連詩「千人のオフィーリア」
                                       121 谷内修三
私は男装のオフィーリア、
恋人は女装のハムレット、

私のことばは嘘つきオフィーリア、
恋人のハムレットはほんとうしか語れない、

月は輝いている半分で人をだまし、
月は暗い半分で言えないことばを撒き散らす、

私の男装はオフィーリアのため、
ハムレットの女装は恋人のため、

                                         122 市堀玉宗
白鳥を女体と思ふ鼓動かな

                                         123 金子忠政
空に十字を切る白鳥
それが、それこそがオフィーリアで
あれ、かし!
と、
生臭い手で
斧をつかみ
おもむろにゆっくりと立ち上がった

                                        124 山下晴代
結局街へ行っても炭は売れず、木こりはこわごわ家に戻った
というのも、何日もものを食べていない実子二人と養子一人
計三人の子どもが待っていて、その顔を見るのが恐ろしかった
何も食べるものがないまま夜寝ていると、なにか音がする
みると、子どもたちが斧を研いでいるのだった──
父ちゃん、いっそのことおいらたちを殺してくれ
そうして子ども三人は丸太を枕に横になるのだった
──それは、
ある囚人が、柳田国男に語った、おのれの「犯罪」だった
柳田は、「人生五十年」という本の「はじめの言葉」
にそうしたエピソードを記したのだった
おそらく、生を寿ぐために

                                         125 橋本正秀
白鳥の明夜の星にあれかしと
胸ときめかせたどる残り香

                                       126 小田千代子
宵に待ち宵に送ったかの人の吾への笑顔星になれかし

                                        127 市堀玉宗
帰り花この世に甲斐のあるやうに 生きてしことの償ひに似て

                                         128 橋本正秀
狂ひ狂ひてかの世忘れそ

                                       129 二宮 敦
フィヨルドの水底に眠りしオフィーリア
彼女の間近の目覚めは
ほんの1億年ほど前
その前も1億年前
その時は男として目覚めた
ミレーの描きし姿と異なり
ベガではなくアルタイルとして
アダムもイブも
伊邪那岐も伊邪那美も
ハムレットもシェイクスピアも
すべてはみなオフィーリア
回帰も狂気も忘我もみな
両性の子宮より孕まれしもの

                                        130 市堀玉宗
光り身籠るうらさびしさに毛糸編む女はいつも闇を喰らへる

                                         131 山下晴代
オフィーリア-、リアー、アアー、アアー
オフィーリアー、リリー、リルー、ルルー
オフィーリアー、アルー、ルアー、アリー
オフェリアー、フェリー、リフェー、エリー
オフェリアー、オオー、フェフェー、アオー
シャバダ、シャバダ、シャバダ、娑婆だ。
サバダ、サバダ、サバダ、鯖だ。

                                        132 谷内修三
寝返りを打ったあとにできる新しい皺は、
怒りのあとの冷たい汗、
悲しみの新しい手のひら、
疲労の寂しい地図、

                                        133 田島安江
夢をみた朝の目覚めは、
立ち止まっては振り返る路地奥の、
ふと立ち寄ったカフェにたたずむ
遠い記憶のカタチ。
傷跡から滴る血の匂いのような、
苦い珈琲の味。

                                         134 橋本正秀
午睡
する
女・こどもの群れ
お好みの
夢賊に
魂を売り払って
重い身体だけが
汗まみれの代金を握りしめて、
シートに横たわらせている。
珈琲色に泡立った
口角の艶かしいうごめきに
血糊の刃が
また
迫る

ティー・ルーム

昼下がり

                                       135 二宮 敦
真夜中の底に降り立つ
天使の
殺戮がはじまる
新鮮なる血液を求めて
無差別に
はじめられる
歯はこぼれない
刃もこぼれない
完全なる狂気と凶器で
コンプリート
真夜中はワインレッドに染まりゆく

                                       136 山下晴代
もーーーっと勝手に殺したり
もーーーっと殺戮を楽しんだり
忘れそうな罪悪感を
そっと抱いているより
堕ちてしまえば

今以上それ以上苦しめられるのに
あなたはその燃えたぎる憤怒のままで
あの煮えたぎる溢れかえるワインレッドの
血の池で待つ渡し守カロン

もーーーっと何度も生き返ったり
ずーーーっと熱風に吹かれたり
意味深な言葉に
導かれて地獄を行くより
ワインをあけたら

今以上それ以上苦しめられるのに
あなたはただ気を失うよりてだてはなくて
あの消えそうに光っているワインレッドのドレス
千人のベアトリーチェに惑わされてるのさ

今以上それ以上苦しめられるまで
地獄の濁った川を行くのさ
ほらあの門に書かれたワインレッドの文字
「われを過ぎんとするものは一切の望を捨てよ」

(註:括弧内引用、平川祐弘訳『神曲』(河出書房新社刊)より)

                                      137 橋本正秀
女装したかのような
侍女の顔と
男装したかのような
侍従の貌を
オフィーリアは呆けて眺めている
右手には赤葡萄酒の瓶を握りしめ
左手には血を湛えたグラスを持って

男と女の
女男と男女の
娑婆娑婆ダー、娑婆娑婆ダー
脳裏に響く娑婆娑婆ダーを
西の山から血の池越えて
引き摺り彷徨う

夕星を見上げる
オフィーリアのシルエットは
赤黒い
一瞬の輝きの中で
狂気も
殺戮も
ため息すらも
呑み込んでしまった

                                   138 Jin Nishikawa
経血の溢れし海に錆めひた鹽甕映ゆる凍て月もあれ

                                      139 谷内修三
そして私のパスワードはだれの誕生日だったか、
そしてきみの名前はだれのパスワードだったか、

秘密を握り締めた拳は壷の口を抜け出ることはできない、
手のひらを開けば宝石は再び壷の底へとこぼれ散らばる、

そして忘れてしまった愛は憎しみの別名ではなかったか、
そして憎しみの別名は愛の透明な鏡文字ではなかったか、

140 瀬谷 蛉
美を醜に醜を美にして戯にけり



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千人のオフィーリア(101-120)

2013-12-04 22:45:08 | 連詩「千人のオフィーリア」
                                        101 山下晴代
「はい、こちら、ガブリエル。今から"受胎告知"のお仕事にでます。行き先は当然、あの方……。千人のマリアから千人のキリストが生まれたら、いったいどーなる? その後の世界は」
「♪しあわせが大きすぎて、悲しみが信じられず……」と、ザ・ピーナッツは歌っている。曲は、当然『恋の……』オフィーリアならぬ、"オフェリア"です。

                                         102 橋本正秀
胎児が赤剥けた体を
震わせて誕生する
黄葉の森

水膨れの
肉厚の
絶版の
このページに
類人猿の幼形を保ったままの
胎児は
成熟したかのように
これまでの人生を
書いて書いて書き連ねて
眠る 眠る 眠る

そして朝

よだれまみれのページから
文字は消え失せ
黄色いページだけが
明るく
光っている

                                       103 市堀玉宗
子を宿す絶望に似てこの寒さ


 
                                        104 二宮 敦
堕胎は大体いかん
太宰は大抵あかん
大帝は最高たらん
垂乳根の母なる腹に子は宿り
ヤドカリはどこにいる
イルミネーションの末裔に
歳末に売り出しあらん
ALSOKには吉田びらん
ビリージョエルのエンディング

                                       105 金子忠政
コケティシュに鼓舞され
苔むす国家へ孤高として
昏倒しながら
小賢しく攻撃をしかける
荒唐無稽の小鬼たちは
小癪なこそ泥のように
ことごとく困惑させるから
サクサク素敵だ
素敵は無敵
無敵は素敵な造反有理
ああ・・・
やるせなさを孕んで
セシウムが空を行く
旋回して
千回地に墜ちて・・・
ジクザグに蝕む
何を蝕む?

                                         106 二宮 敦
コント55号こそセシウムの膿のおやだす
と描きしは
蚊の垢まみれ不二雄
かゆし痒しかりゆし
沖縄の空は
コバルトのごとく
セシウムの君より
五つ歳(とせ)上なりや

                                         107 橋本正秀
素敵な無敵なコント
ゴーゴーとのたうつ的屋の
手の内サンザン
シーシーと
ニャンコとワンワン
ワンダーブルー
ブルーな ブルーな
ブルーな
胎児の脳の
リフレイン
絶望
そう
絶望のみが
希望なの 所望なの
朝に
胎児たつ

リプレース リプレー

                                        108 山下晴代
絶望だけが人生だ、ダザイです。え? ダサイじゃありません。ダザイです。ほら、玉川上水で「成功=性交」した。
どうでしょう? オフィーリアと私の共通点は、周知のとおりでありますが、ワタクシ、さまざまな女と「入水経験アリ」ですから、いいでしょう。千人のオフィーリア、引き受けましょう。でも、言わせてもらえば、私といっしょに「飛び込んだ」女たちは、すべてオフィーリアだったのです。

                                      109 市堀玉宗
人間不信おしくらまんじゆう抜けしより だすげまいねとだすけまいねと

                                        110 二宮 敦
オフィーリアの増殖こそ
彼女の意図する孕みだった
エイリアンに
全ての時代が悩まされ
苦悩するリフレイン
いつ果てることもない輪廻
救いの神仏の登場さえ
謀られた愛の刻印に過ぎぬ
ゆえに全てはまた回帰する
虚脱も離脱も逃避も回避も
許さなれぬ宿世へと

                                        111 橋本正秀
余所者の余計もん
オフィーリアの周りは
そんなものあんなものの
興行一座
神仏さえもお節介もんの
仲間外れ
離脱行に逃避行
手出し口出し
ちょっかい無用
これもあれも
先の世この世の
闇の空間

八百万
のオフィーリアドールの
集団行動マスゲーム
そんなこんなで
オフィーリアは
ついに
オフィーリアの

を持ちました

                                        112 市堀玉宗
冬薔薇叶はぬ愛を抱き寄する

                                       113  金子忠政
冬空のひかりにすがる薔薇の骨それを折る折る、 白き血流る

                                        114 山下晴代
わたしの名前はオフェリアでッス
もちろん芝居に決まってまッス
バラのほね、バラバラのほね
集めてもガイコツにはなりません
これでオワリです
これで尾張です
名古屋の煉獄でハムレットを待ってマス

                                     115 小田千代子
終わる恋 安堵のなかの後ろ髪
引かれ引かれて忘河流るる

                                         116 橋本正秀
冬ごもる二年三年今四年
折れる心根銀河につつむ

                                        117 二宮 敦

オフィーリアは
考えた
引くこと、折ること、終わらないこと
への罪を
勿論贖うためではなく
考えるために
である
思考の回路の維持
何より大切な生命

                                        118 小田千代子
けもの道あゆめぬ女の道案内
小江戸 なみだの苦しコーヒー

                                        119  橋本正秀
ウソとホントの棲んでいる
けもの道には、
ホントとウソと
ウソとホントの
だまくら合戦ありました。
ちょびっとのウソと
ちょこっとのホントを
かけ合わせ、
真(まこと)の花と時分の花が
もたれ合っての罵り合い、
だんまり屋あのだまし絵描きの
描きっぱなしいの
苦み走った脳のなかにゃ、
男と女の本真(ほんま)の子供だましが
口元ゆるめて座ってる。
直球も、
カーブもシュートも、
ミラクル55号も、
あるでよお。
真真(まことまこと)し
ウソ八百の真光りこの世界。

戯れ言、言い言い、

笑え。
   嘲え。
     オフィーリア。
歌え。
   謳え。
     オフィーリア。

                                        120  市堀玉宗
まだ愛の足らぬとばかり冴えわたる
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千人のオフィーリア(81-110)

2013-11-29 05:00:00 | 連詩「千人のオフィーリア」
                                       81 金子忠政
これもヒ・ミ・ツ、
あれもヒ・ミ・ツ、と
かぐわしい逢瀬を逆撫でるように
狢たちがほくそ笑むから
私は、秘すれば花、とつぶやき
越冬の猿のように
食べることにいっしんに埋没し、
まなうらに声にならない叫喚を宿そうとします

                                        82 谷内修三
誰のことばのなかでおきたことなのか、
ひとりのオフィーリアは孔雀の羽根、
もうひとりのオフィーリアはライラックの花、
また別のオフィーリアは枯れ葉、
さらに別のオフィーリアは最初の手紙の一枚を、
読みかけの本の栞にするのだが、
ふたたびことばを追いかけようとすると、
綴じ紐がほどけ、傷んだ本のページが
縁を茶色くさびさせて落ちてきた。

                                        83  市堀玉宗
殺めたる顔して枯野戻りけり

                                        84 小田千代子
振りかへる枯野ハラリと落ち椿 風 散りもせず色褪せもせず

                                         85 金子忠政
墜落を見つめた
オフイーリアは
灼熱の手をさしのべ
夕闇の深紅の椿をひきちぎった

                                         86橋本正秀

我と我が身と契った椿の花をひきちぎった
オフィーリアの深紅な手から垂れ落ちる
暗紅色の血
死んでしまいたい!
と咽ぶ涙声
からは
あの孔雀の羽根や
あのライラックの花や
あの枯れ葉や
あの最初の手紙の一枚が
これまでに綴ってきた
人生のおびただしい詩片
とともに
色鮮やかなパウダーとなって
飛び散り
やがて
消えていった

あゝ死んでしまいたい…

                                        87 市堀玉宗
瘡蓋を剥がしてをれば白鳥来

                                        88 小田千代子
待ちわびた開かずの間でのその奥のうごめく気配に耳そばだてぬ

                                         89 田島安江
開かずの間に閉じ込められて
あなたの魂は眠ったまま
オフィーリア、出ておいで
光が流れる
水が揺れる
するすると蛇さえ這い出てくるほどに

                                      90    坂多瑩子
薄い雲をかきわけて
這い出てきた目
死にたいのメールに
返信できない絵文字が
虹のように空をよこぎる

                                         91  橋本正秀
神一夜

オフィーリアのうごめき
衣衣(きぬぎぬ)の気配

スティグマの呪文が地を覆うなか
オフィーリアの血で描かれた絵文字
が黒闇を照らし
空をよぎる呼びかけに
嗚咽の絵文字が
きれぎれの
朱に染まった絵文字が
蛇のようにうねり出ようともがいている

                                          92 山下晴代

その蛇は、クリューセーの、崩れかけ今は訪れる人もないアテネの神殿を守る水蛇。
この戦争に勝つためには、おまえとその弓がいるのだと、オデュッセウスは、ピロクテテスに言い、さてと、と、トロイア王は、ひとりごちた──わが息子パリスが連れ帰った、千人のヘレナをどう養ったものか。

                                        93  市堀玉宗
色褪せぬままに沈める散紅葉愛の虜の影ぞ空しき

                                        94 橋本正秀
ヘレナを窺う目の端から舌を覗かせて
インテリ風の男が声をかけようとしている
もう何回目だろうか
身構えてはやめ
やめては身構え
を繰り返している
そうすることが存在そのもののようにさえ
なりつつあった
声をかけようとするのだが
声をかけるわけではない
声をかけられるわけではない
男の脳内をメフィストのバリトンが響き
川の精霊たちの囀りや歌声が
バリトンをピンクノイズとなって包み込む
男の舌は自分の目をぺろりと舐めんばかり
男は息をつめて幻のヘレナたちをみつめるばかり
こうして夜は更けて
空一面にジュピターの輝きがいっそう増していった

                                        95 小田千代子
相触れず清き虚しき影ひとつ愛の奴隷の旅は止まらず

                                        96  金子忠政
叙情に流されかかる
オフイーリアは
これから数限りないであろう
法の寄食者たちの
密会を暴くため
沈黙をひしめかせ
あおくひかる水面に
溺れかかって、
右へ左へ
しなる しなる

                                         97 谷内修三
朱色の夕暮れが水におぼれ、
緑の水の中でまじりあう。
黒い水の皺。
裏返るときの金色。
歌を載せた船が
扇形の模様をひいて
のぼっていくのを
河口の橋から見ていた影。

                                        98 市堀玉宗
冬のゆふべは書き損じたカルテのごとし

                                         99 田島安江
朱色の夕暮れが
窓ガラスを突き抜けて
空をみていたオフィーリアの
心のなかまで覗いてしまった
風に揺れる黄葉のような
冬のゆふべ
心はどこに行けばいい

                                         100 金子忠政
海の底へ潜行していくように
冬の曇天へとさまよわせ
宙をつかみ
虚空を舞う手は
カサカサの絶版のページに
大天使を描く
徒労を重ねる
ただそれだけのために
明るい 明るい とても、
とても明るい

                                        101 山下晴代
「はい、こちら、ガブリエル。今から"受胎告知"のお仕事にでます。行き先は当然、あの方……。千人のマリアから千人のキリストが生まれたら、いったいどーなる? その後の世界は」
「♪しあわせが大きすぎて、悲しみが信じられず……」と、ザ・ピーナッツは歌っている。曲は、当然『恋の……』オフィーリアならぬ、"オフェリア"です。

                                         102 橋本正秀
胎児が赤剥けた体を
震わせて誕生する
黄葉の森

水膨れの
肉厚の
絶版の
このページに
類人猿の幼形を保ったままの
胎児は
成熟したかのように
これまでの人生を
書いて書いて書き連ねて
眠る 眠る 眠る

そして朝

よだれまみれのページから
文字は消え失せ
黄色いページだけが
明るく
光っている

                                       103 市堀玉宗
子を宿す絶望に似てこの寒さ

                                         104 二宮 敦
堕胎は大体いかん
太宰は大抵あかん
大帝は最高たらん
垂乳根の母なる腹に子は宿り
ヤドカリはどこにいる
イルミネーションの末裔に
歳末に売り出しあらん
ALSOKには吉田びらん
ビリージョエルのエンディング

                                       105 金子忠政
コケティシュに鼓舞され
苔むす国家へ孤高として
昏倒しながら
小賢しく攻撃をしかける
荒唐無稽の小鬼たちは
小癪なこそ泥のように
ことごとく困惑させるから
サクサク素敵だ
素敵は無敵
無敵は素敵な造反有理
ああ・・・
やるせなさを孕んで
セシウムが空を行く
旋回して
千回地に墜ちて・・・
ジクザグに蝕む
何を蝕む?

                                         106 二宮 敦
コント55号こそセシウムの膿のおやだす
と描きしは
蚊の垢まみれ不二雄
かゆし痒しかりゆし
沖縄の空は
コバルトのごとく
セシウムの君より
五つ歳(とせ)上なりや

                                         107 橋本正秀
素敵な無敵なコント
ゴーゴーとのたうつ的屋の
手の内サンザン
シーシーと
ニャンコとワンワン
ワンダーブルー
ブルーな ブルーな
ブルーな
胎児の脳の
リフレイン
絶望
そう
絶望のみが
希望なの 所望なの
朝に
胎児たつ

リプレース リプレー

                                        108 山下晴代
絶望だけが人生だ、ダザイです。え? ダサイじゃありません。ダザイです。ほら、玉川上水で「成功=性交」した。
どうでしょう? オフィーリアと私の共通点は、周知のとおりでありますが、ワタクシ、さまざまな女と「入水経験アリ」ですから、いいでしょう。千人のオフィーリア、引き受けましょう。でも、言わせてもらえば、私といっしょに「飛び込んだ」女たちは、すべてオフィーリアだったのです。

                                      109 市堀玉宗
人間不信おしくらまんじゆう抜けしより だすげまいねとだすけまいねと

                                        110 二宮 敦
オフィーリアの増殖こそ
彼女の意図する孕みだった
エイリアンに
全ての時代が悩まされ
苦悩するリフレイン
いつ果てることもない輪廻
救いの神仏の登場さえ
謀られた愛の刻印に過ぎぬ
ゆえに全てはまた回帰する
虚脱も離脱も逃避も回避も
許さなれぬ宿世へと
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千人のオフィーリア(61-80 )

2013-11-20 07:44:38 | 連詩「千人のオフィーリア」
                                     61 橋本 正秀
そのとき
娑婆が蠢いて
汚い声が
汗の匂いが
淫らな声が
噂話が
オフィーリアの呟く涙とともに
転生をはじめる
その苦しみの声
その苦汁の匂い
その苦難の嬌声
その苦別の噂らが
娑婆に充満する

                                     62 金子忠政
群れ群れに
凍土のような手のひらを
そっと差し出す
オフィーリアの指先は
いかづちの雫、
脣の暗黒を断裂し
声をひかりにする

                                      63 市堀玉宗
冬の雷いくたび母を犯せしか

                                       64 山下晴代
白鳥を捕へてみればゼウス神

                                       65 小田千代子
レダの眼に翼に降れる霧ふかし

                                       66 谷内修三
駐車場におきざりにされたアルファロメオの
赤い塗料が水銀灯の光にぬれる。
真昼に飛翔したハイウェイの興奮を眠らせて。
でも
私がほしいのはメカニックな涙ではないのよ、
ましてや後部座席ですねている子犬の縫いぐるみでもないわ。

                                      67 金子忠政
アルファロメオも、その赤い塗料も
子犬の縫いぐるみも
線量に占拠され
途方もない時間が
忌避へと溶解していく
犬たちの 
牛たちの
馬たちの
野花たちの
身もだえに哀しく歯軋りする
オフィーリアが言う
「あなた方は決して大地をじかになぞらない」
雹に打たれたわけでもないのに 
水蜜桃が畑のすみで腐爛する
刺すような酸い香りを発しながら 
地におちた鳥のむくろのように
捨てられる哀しみが崩れ熟れる
「うずくまるかぐわしさに寄れ」

                                       68 市堀玉宗
狼の嗅ぎゆく処女の血の滴山河やぶれし月の寒さよ

                                        69 小田千代子
蒼き森ふいに魔物が眼をさまし眠れぬ女は胸抱くばかり

                                    70 山下晴代@ロンドン
魔物はロンドン塔に収め、
スイートテムズ、スイート、スイートテムズ、
オフィーリアはどこかへ消えてしまった

                                         71 谷内修三
ことばは流れてぶつかり音を立てる
オフィーリアよ それはテムズの流れよりも複雑にこだまする たとえば
「この愛が唯一の答えと誓ったときでさえ裏切りははじまっている」と言ったとしても
「この愛が唯一の答えと誓ったときでさえ裏切りははじまっている」と同情した
「この愛が唯一の答えと誓ったときでさえ裏切りははじまっている」と拒絶した
「この愛が唯一の答えと誓ったときでさえ裏切りははじまっている」と侮蔑した
「この愛が唯一の答えと誓ったときでさえ裏切りははじまっている」と笑った
「この愛が唯一の答えと誓ったときでさえ裏切りははじまっている」とウィンクした
「この愛が唯一の答えと誓ったときでさえ裏切りははじまっている」とほざいた
「この愛が唯一の答えと誓ったときでさえ裏切りははじまっている」と批評した
「この愛が唯一の答えと誓ったときでさえ裏切りははじまっている」と戯れた
「この愛が唯一の答えと誓ったときでさえ裏切りははじまっている」と信じた
「この愛が唯一の答えと誓ったときでさえ裏切りははじまっている」と抗議した
「この愛が唯一の答えと誓ったときでさえ裏切りははじまっている」と講義した
「この愛が唯一の答えと誓ったときでさえ裏切りははじまっている」と涙した
ねんねじゃあるまいし、オフィーリアよ
あんた、あの子のなんなのさ、じゃなかった、
オフィーリアよ、あんた、いったい何を教わってきたの

                                       72 市堀玉宗
なきがらに寄り添ふ愛のかたちして白鳥は死のしづけさにあり

                                         73 金子忠政

鉞をなきがらの胸に置き
震える舌を
刃先に匍わせ
息を吐きかける
そのひとそよぎが
言葉によって隠されると
凍りつくブナの皮膚のように
オフィーリア、
君は剥き出しになる
オフィーリア、
星を編み込む
清潔な私の庇護者
やがて 
君の身のまわりには
霰が降る

                                         74  市堀玉宗
愛は今剥き出しになり永遠の空はゆたかにかなしかりけり

                                        75. 小田千代子
永遠の愛をさがして深き森霧ふかくしてああ狂ひける

                                         76 山下晴代
「霧ふかし闇ふかしマッチ一本掌に擦るのみ。寺山です。オフィーリア役の役者を探しています。条件は、体重が100キロ以上の処女。誰かいたら、教えてください。『オフィーリアの犯罪』という芝居をお茶の水のアテネフランセで上演します」

                                        77 金子忠政
 「私はデブ子ではなく
 新人のデブコです。
 仮面剥がしゲームの果てに
 たどり着きました。
 どうぞお見知りおきを」

                                          78橋本正秀
仮面剥がし貸し剥がし
おのれ恥ずかしこの縁(よすが)
身の置き所はここよ
とばかりの罪と科
引っ提げぶうらり
舞台の
袖の
リングの
まぶしさの
あやかし仮面の
テフコはここよ


                                        79 市堀玉宗
枯野ゆくいのちがそこにあるやうに主役不在の愛憎劇の

                                         80.小田千代子
ここにもいるわ リング脇
仮面剥がし貸し剥がし
今も剥がせぬこの縁
私もテフコ 贅肉を
重ねる今の罪と科
増えるばかりの哀しさを
持て余しつつ温めて
雲ひとつない青空を
見上げて渡る大川の
流れに溶かす罪深さ

夢にみたひと やっといま
逢える歓び胸抱き
あたしあの人逢いにいくのよ
 
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千人のオフィーリア(41-60)

2013-11-01 10:47:32 | 連詩「千人のオフィーリア」

                                 41 橋本 正秀
オフィーリアー
オフィーリアーー

風のゆらぎにゆすぶられ
波動そのもの
宙のただなかに

                                  42 山下晴代
千個の星が流れるエルシノア
「生きるべきか、死すべきか」
「あなたにはマンネンロウ、あなたにはヘンルーダ。私を忘れないように」
城の回廊で、見失ったのは、父の霊? それとも……。

                                   43 市堀玉宗
がうがうと空が流るゝ花藻かな

                                   44 谷内修三
どの川も空を映して流れていくというのはほんとうか。
川は違っても星と月は同じ姿で映るというのはほんとうか。
北から南へ、南から西へ、あるいは東へ、
あらゆる方角に空は動くのに川は海へしか動かないというのはさびしい。
さびしいという名の水よ、逆流せよ、
笑いざわめく都市の地下水道を逆流せよ、
マンホールの蓋を崩壊したツインタワーの空に掲げよ、
合流せよ、合流せよ、合流せよ、
タイタニックを切断した氷山のなかに眠る水よ、
福島第一のプールで汚染する水の苦悩よ、

                                   45 金子忠政
苦悩の水は言葉、
言葉に引きづられて
しんたいじゅうを巡り巡ったから
酒場を出ると
道ばたに傷だらけの
青リンゴ、
オフィーリア!

                                    46 田島安江
青リンゴはつかの間のかなしみ
傷ついたひとは
言葉を信じない
音楽も聞こえない
川の流れに沿って
どこまでも流されていく
冬へとむかう
さすらいのオフィーリア

                                     47 山下晴代
「よいこらさ、ラムがひと瓶と」
アウシュヴィッツには千個の髑髏。

                                     48 橋本 正秀
噴出、噴出
流れ流される骸骨の群れ
その流され軋み発せられる音声
に耳を傾けるものはいない

                                     49 市堀玉宗
林檎熟れ処女懐胎の恨みあり

                                     50 谷内修三
「ちいさないのちが胎内でかたちをなすにつれて
思いもしなかった大自然の風景が
わたしの中に生じてわたしを驚かせた」
と書いたのは新川和江だ。
「青麦の畑が広がり 雲雀が舞いあがった
海へ行こう 海へ行こう
川は歌いながら いそいそ野原を流れていった」
光源氏は、手のひらをけってくる小さな足を
宇宙を歩いたときのように思い出したが
女には内緒で、つづきのことばを読む。
「ほとりでのどかに草を食む ホルスタインの群れ
太陽 月 星 天体の秩序ある運行
地球を丸ごと孕んだような充実感が
日々 わたしのおなかをせりあげていった」
     (括弧内は新川和江「今、わたしの揺り椅子を…」)

                                      51 橋本 正秀
摂理?そうだ摂理なのだ
謀略?そうなの謀略なの
節操?そう節操なんか
暴力?そう暴力なら
自然?そう自然なんだし
暴走?そう暴走なりと

オフィーリアの思念とオフィーリアの生とオフィーリアの新たな小宇宙は
そう今日も今この今も
大宇宙を喰らっている

                                    52    坂多瑩子
母を身籠ったと気がついたとき
母はあたしの腹のなかで笑いころげていた
やっと気がついたのかい
オフィーリア
おまえが息子や娘を生んでいるとき私はお前を食べていたのさ
子どもたちはゲンキかい

                                       53 市堀玉宗
捨てられて花野に目覚めたるごとし


                                        54  山下晴代
花野に目覚めたオフィーリアは『世界』編集部へ直行して言った。
「『福島第一』という言葉はやめてください」
 二〇一三年一〇月号を刷り終わったばかりの編集者は答えた。
「なんです? それ? そういう言葉はもう使ってません」
「え? そうなんですの?」
「そうです」
「では、なんて?」
苦笑いしながら編集者は『世界一〇月号』の一冊を差し出した。そこには
「イチエフ」と大きく書かれていた──。

千個の「イチエフ」が降ってきて花野を埋めた。

                                        55 谷内修三
花野から枯野へ
かけてゆくのは沙翁か
去来が恋しい芭蕉か
夢は病んで
誰が枕辺に

                                         56 市堀玉宗
添ひ寝して木枯しとなるおんなかな

                                         57 田島安江
木枯らしを追って
南から北へ
氷まで溶かすほどの愛があるのか
地の果てまでも追ってきて
わたしのオフィーリア

                                        58 金子忠政
血潮、
という名の
紅葉
木枯らし
吹きすさび
冬木立つ、
その真上
宵の明星と
惹き合う
三日月に
頬切られて

                                        59 市堀玉宗
花束のごとく白鳥来たりけり

                                         60 谷内修三
そのとき
裏側の港では千羽の鴎が汚い声でさわいでいる
そのとき
裏側の沖から帰って来る漁船には男たちの汗の匂いが大漁だ
そのとき
裏側の市場で飛び交う女房たちの声はみだらに
そのとき
裏側の寝床であばれる魚の噂をする
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「千人のオフィーリア」(21-40 )

2013-10-26 10:43:22 | 連詩「千人のオフィーリア」
                            矢ヶ崎 正
はらはらと落ち葉が舞ったようでいて
よく見ればそれは紙吹雪だった
「おめでとうございます。
あなたは地球百兆回転目の訪問者です!」
わたしは訪問者なんかじゃないと
オフィーリアは思ったが
くす玉を割って迎えられ戸惑うばかり

                            谷内修三
折鶴をほどいて平たい紙にしているのは誰?
残った折れ線を手のひらに重ね合わせているのは誰?

                            市堀 玉宗
水を売る女淋しき月の路地

                           小田 千代子
晩秋はつるべ落としにこぼれ萩 決して太らぬ月を観ている

                          キタダヒロヒコ
千人のオフィーリアは月の裏に住む王を想ふ
膝まで覆ふ草ぐさの吐く真昼のエゴイズム
彼女たちの腰骨で螺旋のやうに死ねば本望
ほそいほそい光合成が遠い手紙のなかで繰り返す
ただ千人のピカソだけが信頼を得て肖像(にがほ)を描き
はるかな場所で暴かれる日を待つてゐる

                           坂多 瑩子
恋夢見まっさらな十月抱きしめて

                           小田 千代子
箸あらう女にあたる幻夢の月の
蒼き光は胸絞るだけ

                          キタダヒロヒコ
真水で描いた月のにほひは消えやすく
うたごゑなびく女子感化院

                            山下 晴代
「尼寺って、どちらの尼寺ですの?」

                             谷内修三
瀬戸内寂聴のところだけはいやだわ。
誰にでも過去はあるけれど、
過去は物語じゃないんだもの。
ことばにとじこめられるのは、
死ぬより悲しいわ。
ことば、ことば、ことば、
word word wors
ことばはみんな嘘つきよ。

                             茸地 寒  
菜切り包丁買ひ来し夜の流星 

ロマの娘たちにまじって
その子は 浮かんでいる。それは
南禅寺の水道橋の上だったり

モネの睡蓮の池だっりした。

                               市堀玉宗
いはれたるまゝに一文字買ひしのみ

                                金子忠政
尽くそうとして過剰になる
言葉の応酬が
じとじとのうつろを編み上げる


                                田島安江
路地を抜けてすぎる
あなたの後ろ姿を
明るい陽が追っていく
明るい言葉が
あなたの影を染める

                                市堀玉宗
木漏れ日に浮かび出でたる秋の蝶

                                谷内修三
それはきのうのオフィーリア、あしたのオフィーリア
そして五年前の、百年前のオフィーリア、
十億年前は誰もいない草原で光と風に酔い、
千年先には異国の街でジュリエットになると信じていた。
それは一万日あとの憧れいづる泉式部、
三日目の雲居にかくれる紫式部のあまたある女御、

                           橋本 正秀
とめどなく落ち続ける星屑に埋もれる千人のオフィーリア。彼女らの光る眼に星屑がきらめき覆う。

                           金子忠政
かっ、と眼を見ひらいたまま
くるくる落ちていく
落ちていく
「哀しき狂乱のひと」、それも類?
すべてのオフィーリアたち
音もなく襲いかかる大気に
心砕かれ深い淵に投身していく
硬雪のようなしんたいたち
冷たくまばゆい白に輝いて
迷宮を描き降下していく
忘却の河、そう、歴史の真っ只中を

                             市堀玉宗
まぐはひの女落ちゆく銀河かな

                             矢ヶ崎 正
千人のオフィーリアには千の星
それらはみな遠い宇宙の隅々にあって
誰かしらを見守っているようだ
だがそれは ひとから見た風景であり
本当のオフィーリアを知ったことにはならない
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連詩「千人のオフィーリア」(1-20)

2013-10-25 09:56:55 | 連詩「千人のオフィーリア」
千人のオフィーリア(連詩の試み)
https://www.facebook.com/groups/170080153191549/

                           谷内修三
千人のオフィーリアが流れてくる川がある。
ひとりは水道の蛇口から身を投げて、
高層マンションの長い排水管を潜り抜けてきた人形。

                           金子 忠政
彼女は残りの999人をみつめようと
まばたきしないひとみを声にしている
ひとりの臓腑に声が突き刺さって
最上階の窓から応答のピアノ

                           山下 晴代
ぽろん、ぽろん。
2000年前のアルゴリズム。

                           坂多 瑩子
それは月曜日の朝 
あたしは生ゴミのなかで拾われた 
片腕のない人形をだきしめたまま

                           岡野 絵里子
呑み込まれていった
「時」が始まる夢の淵へ
川は見る者の目を流れ
信号の多い街を浸し続けた

                           谷内修三
水に映る街と過去はシンメトリー
ビルを映す水の奥には過去が流れていく、そして
水面のビルの色は流れないけれど私の
オフィーリアは流れてさまよう

                           金子 忠政
まどろみゆれる水草のような
ビルの直線にからまれ
仰向けに青空をみつめ
あるはずのない血を脈打たせて
水面をただよっていく

                           田島安江
水面にゆれる影が
ビルの隙間をするりとぬけて
もう一つの影を追う
ああ、ここは明るすぎる。

                           坂多 瑩子
水に映る街と水底の街がクロスするとき 
時間はとまる 
さあお行き 
熱いスープが冷めぬまに

                           矢ヶ崎 正
時間はいつもさみしがって
空間にしがみつく
サラダもワインも遅れてきたけれど
それを 怒りも笑いもするなと
光源の奥から言うものがある

                           谷内修三
千人のオフィーリアが流れてくる、
冬の中世のヨーロッパからドライフラワーを抱えて、
アマゾンから極彩色の蝶に口づけされたまま、
大気汚染の中国からは金瓶梅の纏足をマッサージしながら、
ああやかましい。

                           金子 忠政
君らはひしめいて流れてくる
いっせいに流れていく
大陸から大陸へ
いまだ難民に似ていて
恐怖に渇いた口をあけたまま
置き去りにされた地の首筋から足首まで
濡れた星座をしるしづけ
何度も行って帰ってくる
石を食って頭かかえた空にも

                           坂多 瑩子
おまえが飲みこんだオフィーリア
腹のなかで増殖していくオフィーリアの
そのひとりひとりをおまえは知っているというのか
古ぼけた靴をはかされて
インクの染みのついたスカートをひるがえして
たったひとりのオフィーリアさえ
おまえはその手に抱きしめたことがあるのか

                           田島 安江
おお、かわいそうなオフィーリア
お前を抱きしめてくれるものなどいない
お前はどこまでもひとりぼっち
ああ、愛しのオフィーリア
さあ、どこまでも
地の果てまでも流れていくがいい

                           坂多 瑩子
あたしはヴァンパイアーが好き
何万年も生きるその哀しさが好き
小さなわなをしかけて
人間たちを眺めながら
地の果ての
暗くて深い森で
その身の上話を聞くのが好き

                           山下 晴代
"You! hypocrite lecteur!___mon semblable,___mon frere!

                           市堀 玉宗
血塗られしこの世に月を仰ぐかな

                           谷内 修三
血のなかで騒ぐことばよ、
ことばのなかで騒ぐ血よ、
おまえの名は女、
女の名はおまえ、

                           田島 安江
月満ちて刃沈める水かがみ

                           永田 満徳
訳ありて深山に籠る紅葉かな
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