青柳俊哉「雨と窓」、木谷明「せみせみんばい」、徳永孝「シャンプー」、杉恵美子「十薬」、永田アオ「世界」、池田清子「世間話」(朝日カルチャーセンター、2022年08月01日)
受講生の作品。
雨と窓 青柳俊哉
思いが言葉にならないとき
すべてのわたしが霧の中を渡ってくる
雨が言葉を集め 雨の中に雪の窓をつくる
ひとつの雨粒が 窓を離れ
他の雨粒たちの それぞれの降下をみつめる
少しの共感と少しの慈しみ この世界の呼吸を引き受けて
すべての雨粒の中のわたしを 窓の高さをみつめる
戦場へ青年をしいるように
窓が雨粒を運ぶ
窓がさらに高く上っていく
雨が消え 蛍火が点る
その光の中を 永劫の雪がつきぬけていく
前回の講座で読んだ受講生の詩のことばが利用されている。そっくりそのままではなく、変更も加えられている。
詩は、自分の気持ちを書くもの、という意識が強いかもしれないが、ことばを書くことで気持ちをつくっていくという方法もある。気持ちは、世界ということでもある。だから、ことばで世界をつくる、それが詩。
書きながら、ことばから、どれだけ自由になれるか、ということが、こういう作品では重要になる。
「私は、こんな意味で、このことばをつかったのではない」という批判(反論? 抗議?)がくるようになるとおもしろい。そういう批判が来た時の方が、ことばの自由度が高いといえるからだ。
*
せみせみんばい 木谷明
せみせみせみせみせみせみせみせみせみ
せみせみせみせみせみせみせみせみせみ
せみせみせみせみせみせみくまあぶら
みんみんみんみんみんみんみんみんぜみぜみ
ちいさい
おととしあったねちいさかったね
だざいふで
きょねんはわすれたことしはあった
いえにきたんだおんなのこはなかなくてなくのは
おとこのことんで
いってよかったばいばい
ばいばい
書き出しの「せみ」の連続が、あたらしい蝉の鳴き声のように響く。「くまあぶら」と蝉を省略したあと「みんみんぜみぜみ」と「ぜみ」を重複させる。聞こえない音、聞こえすぎる音が交錯するところが非常におもしろい。「意味」ではなく「音」そのものが詩になっている。
後半の「行わたり」の展開が、音楽で言う「転調」の効果を上げている。その転調のリズムをいかしたまま「よかったばい」「ばい」と「ばい」が「せみ」のように重なりながら広がっていく。
博多弁を生かした展開であり、最後の繰り返しの中に、書き出しの「せみ」の音の重複がよみがある。ことしは蝉に出会えてよかった、という喜びがあふれている。
*
シャンプー 徳永孝
近ごろ居酒屋に行くと聞かれる
おフロ入った?
今までで一番長いんじゃない
頭洗わないと臭うよ
みんなにきらわれてないか心配
おフロ入らなくていいから
シャワーあびて頭洗いなさい
体は流すだけでいいから
うーん 頭洗おうかな?
じゃあ よう子さんと約束ね
翌日 頭を洗った
次に行った時 そう話すと
ほめてくれた
えらいねえ よくやった
ミッションクリアーだね
ちょっと得意な気分
また頭洗おうかな
居酒屋での人間関係を感じさせる詩。「人と話している感じがつたわってくる」「軽快」という声が受講生から聞かれた。
一連目の「今までで一番長いんじゃない」の「長い」は何が長いのか。受講生は、どう受け止めたか。聞いてみた。ひとりが「髪が長い」と読んだが、他は「洗っていない期間が長い」と言う。
「頭を洗う」という表現と関係するが、私は女性は「頭を洗う」よりも「髪を洗う」と表現することが多いのではないかと思っていた。その影響で「髪が長い」と答える人が多いかと思ったが、そうではなかった。私は少し驚いた。
私の感覚では「髪が長い」以外は、ちょっと思いつかなかった。
頭を何日も洗っていないということを他人が知っている、そういうことを含めて親密な人間関係というのかもしれないが、そうか……、と思った。
*
十薬 杉恵美子
どくだみの花が咲きそろった日
娘は二人目の娘を産んだ
産まれたばかりの赤ん坊の顔が
スマホに送られてきた
丸い丸い赤ん坊の顔は
哲学的な眼を開き
抱かれた人の顔をじっと見ていた
この眼の中に
どれだけ素敵な時を
プレゼントできるだろう
白い十字の花の写真を
私は娘に送った
「プレゼントできるだろう」という行に対して、「少し硬い。プレゼントできるだろうか、かと思った」のようにすれば、やわらかくできるのでは、という声があった。
そうかもしれないが「哲学的な眼」「素敵な時間」というような凝縮した音の響き、さらにどくだみの花の強さを考えると、いまのままの行の方が強さが響きあう。これは書き出しの「どくだみの花が咲きそろった日」という行の最後に、助詞の「に」が省略されているのと同じ。なくても意味は同じ。ただし、あるとないとでは、音の響きが違う。
木谷のような詩の場合、音の響き、その効果には気がつきやすいが、杉の詩の場合にも、音が重要な働きをしている。どの行も、すっきりとした響きで構成されている。
*
世界 永田アオ
キッチンの横の棚の上で
真っ白なコーンスネークが
鳥かごの中
まぶたのないルビー色の目を覚ます
夕方
私は手の中にまとめたパセリを森にして
神のように
水に沈めていた
小さな蛇のために
灯りはまだつけない
パセリと一緒に沈めた私の思いは
パセリからプクプクと泡になって浮かんできて
音もなく消えていく
コーンスネークと私とパセリの世界は
なにかの終焉のように静かだった
私はこの詩を完全に誤読していた。「コーンスネーク」を蛇とは思わなかった。「スネーク」よりも「コーン」の方にひきずられて、野菜の一種だろうかと思って読んだ。
ところが、本物の蛇。
驚いたことに(?)受講生全員が「蛇」と読んでいた。そして、「コーンスネークと私とパセリの世界」に対して「三つのとりあわせがすてき、静かな感じがする」という感想が聞かれた。「終焉に向かって動いていく、ことばが動いていくのがいい」という声も。
私は「私は手の中にまとめたパセリを森にして/神のように/水に沈めていた」という三行から「神話」を連想し、「コーン」の一種が、水にしずめられ、そこから蛇に変身していくのだと読んだのだった。蛇の誕生と言ってもいい。蛇に変身する、蛇が誕生することで、それまでの「世界」が終わり、新しい世界がはじまる、と。
*
世間話 池田清子
よく笑うようになったね
と言われた
いつ死んでもいいと言っていたらしい
覚えていない
いつ死んでもいいけれど
明日はちょっとね
の積み重ね
家族の話、身体、病気の話、お墓の話
昔流行っていたテレビ(ハリマオ・ハリマオ)、
遠山の金さん、ソフトバンク、オシム、
そんな ただの 世間話
いつのまにか
穏やかになり 平静になれた
今、カラカラと笑っている
「世間話ができる相手がいることの幸せ、楽しさ」「感謝の気持ちを感じる」という受講生の声。「ハリマオ」を知らない人もいて、少し「世間話」のような合評になった。「平静になれた」「笑っている」と最後が解放的になるのがいい、という声も。
一連目の「覚えていない」がとても効果的だと思う。
このことばが、それ以後のことばの動きを決定づけ、最後に、それこそ解放される。世間話というのは、「覚えていなくていい」。でも、笑いながら思い出してしまうもの。
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