詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

野村喜和夫「他者の泉」、海埜今日子「《耳塔》 陶、二〇〇〇年」

2008-04-30 10:49:27 | 詩(雑誌・同人誌)
 野村喜和夫「他者の泉」、海埜今日子「《耳塔》 陶、二〇〇〇年」(「hotel 第2章」19、2008年04月15日発行)
 野村喜和夫はだんだいアナーキーになってきた。晩年のピカソ(私は大好きだ)みたいに、歯止めがきかなくなるとおもしろいと思う。
 「他者の泉」の書き出し。

 生まれやまぬ他者の泉、私はそこに近づき、手をのばす。すると泉からほんとうに他者があらわれて、汲もうとする私の手をするりと抜けてゆく。

 「キイワード」は「ほんうとに」(ほんとう)である。「ほんとうに」ということばを前置きにつかうから、野村は楽々と嘘(虚構)を書くことができる。アナーキーになることができる。おとぎ話の「昔々、あるところに……」の「昔々」と同じで、「ほんとう」というのはこれから語ることは、「いま」「ここ」とは無関係であるとつげる方便である。

 「いま」「ここ」に「ほんとう」などはない。「いま」「ここ」にあるものは「仮」のものである。「ほんとう」(真実)は、直接触れることができない。常に隠れ続けているのが「ほんとう」なのである。「私は(あなたは)こんなふうだけれど、ほんとうは……」というときの「ほんとう」ほどこころをくすぐるものはないが、私たちはその「ほんとう」のようなものをことばにできずにあがいている。「ほんとう」は「こんなふうにみえるけれど……」という陰にこそ存在する。
 野村は、奇妙な「物語」を展開する。しかし、それは奇妙で、非現実的ではあるが、「ほんとうは……」という「罠」を含んでいるのである。
 「桃太郎」が桃から生まれたというのはと「ほんとう」ではない。鬼退治をしたというのは「ほんとう」ではない。「ほんとう」は、それは純真な力、命のことを語るための方便である云々(というのが正しいかどうかわからないが)。「ほんとう」は、語られたことばの奥にある。「真意」(哲学)はも「物語」とは別のことばでこそ語られるものである。
 「物語」にはいろいろなことが起きるが、「ほんとうは」、この物語の事件は、これこれの象徴である。「ほんとうは」これこれの揶揄である。「ほんとうは」これこれの哲学的置換である云々。まあ、なんでもいいのだが、そんな世界へ読者を誘い込むために、「ほんとう」ということばで「嘘」を強調する。
 「ほんとう」といわれて、それをそのまま「ほんとう」と信じるほど、人間は真っ正直ではない。「ほんとう」と言われれば、「嘘」をつきはじめている、と疑る。そういう精神構造を野村は利用して「ほんとう」ということばを一回かぎり使い(この作品の引用部分に出てくるだけである)、「嘘」を並べ立て、「嘘」の背後を読者に探らせる。

 --というのも、ほんとうは、嘘かもしれない。

 どんな「嘘」でも「事実」を含まないと推進力がなくなるから、たしかに「物語」の「嘘」のなかには「真実」(ほんとう)はあるといえばあるのだろうけれど、そういうものは無意味である。野村は「ほんとう」と語ることで、「嘘」を楽々と語る方法、「物語」の楽しみ、読者をたぶらかす楽しみを手に入れ、それをアナーキーに楽しんでいるだけなのだ。
 野村がばらまいていることば、そのなかの「妻」だとか「女」だとか「下着」だとか、はたまたは「水姦」という造語だとかに反応して、そこから何かを語りはじめれば、それは野村を語ることになるのではなく、そのことばに反応した読者自身の「ほんとう」を語ることになる。
 野村は、そんなふうにして、読者に「自分を語ってよ」と誘いかけているのでもある。
 言い換えれば、そんなふうにして読者に「詩人になれ」と語りかけているのでもある。
 詩は、もうどこにもない。すべてはことばになってしまっている。詩が存在するとしたら、まだ語ることをはじめていない読者の側にしかない。その、永遠にあらわれない読者に向けて、野村は絶望的にアナーキーになる。

 --これが、ほんとうのことかもしれない。

 永遠にあらわれない読者に対してアナーキーなことばを発射し続ける。そのアナーキーが、なぜか、詩の希望として輝く--そういう矛盾のなかで、野村のことばは動いている。
 ことばは、野村が書いているような運動をすることができる。それはたしかだ。たしかに動くことができる。動いた結果が、野村の作品としてそこにあるのだから、それ以上の「証明」はない。
 だが、このアナーキーなエネルギーが、詩を読まない読者にどう届くのか、そのことは私にはわからない。もとより詩を読まないひとは、野村の作品があることなど知らない。「hotel 」の存在も知らない。それでも書かずにはいられない。そのエネルギー、ことばへの愛着--その強さが頼もしい。
 読者なんか、詩なんか、「ほんとうは」どうでもいい。野村は、ただことばが大好きなのだ。その大好きだけが、あふれかえれば、それでいい。ピカソが、絵が大好きだったように。ただ「大好き」だけがあふれかえれば、それでいい。ほかのことは関係がない。「大好き」なのもの以外は何も関係がない--という「思想」ほど、アナーキーなものはない。



 海埜今日子「《耳塔》 陶、二〇〇〇年」も、またことばが大好きである。(ことばが大好きでない指示はいないけれど。)そして、その大好きという気持ちが余ってしまって(?)、ことばをゆさぶりつづける。「ねえ、あなたはこういうことばだけれど、ほんとうはこういうことばだったんじゃない?」という具合である。ことばのそれぞれに対して、「流通している意味」とは違った意味がある、ほんとうは「これこれのことがらとつながっている」という「流通」以外の脇道を指し示し、その「脇道」ことが「ほんとう」なのではないか、と揺さぶる。(別なことばで言えば、常に「流通言語」を揺さぶる--ということであるが……。)

ざっとうを耳にたらしながら、つまりかんたいとぞうおをふちゃくさせ、うねりますね、うずめますか、あのひとはどきどきするほどあたしたちをはがし、てんとうさせ、かんじょうをもしったそぶりで、まずは手を、だいちのこんせきにむけてのようにおいたのだった。

 「うねりますね、うずめますか」。「うねる」と「うずめる」。ふたつのことばが、まるで同義のように並べられる。その瞬間、うねっているものの底に何かがうまっている、という感じがしてくる。たとえば畑の畝。うねり。その畝のなかには種がうまっている。命がうごめいている。感情のうねり。その奥には、感情をうねらせてしまう何か歪んだ欲望(別の思い)がうまっている。そういう意識が、ことばが並べられることで、浮き上がってくる。
 ことばを、「流通」の「意味」から解き放ち、ゆさぶりそのものが全体に伝わるように、海埜は「ひらがな」を多用する。漢字として「意味」が固まる前の、「おと」のつらなりへと返し、「おと」のなかで失われた「手」を探す。
 これを「流通言語」が「流通」の枠を外され、アナーキーになってい、と呼ぶこともできると思う。


街の衣のいちまい下の蛇は虹だ
野村 喜和夫
河出書房新社

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ハスチョロー監督「胡同の理髪師」

2008-04-29 22:38:06 | 映画
監督 ハスチョロー 出演 チン・クイ、チャン・ヤオシン

 胡同に住む90歳を超した理髪師の日常を淡々と描いている。三輪自転車に乗って、出前の理髪へ行く。友達と麻雀をする。それだけの映画であるが、細部が非常に美しい。日常の積み重ねが美しい。「長江哀歌」には日常の美しさ、古びることの美しさが、古びることのできる「時間」の存在に視点をあてることでくっきりと、そしてていねいにていねいに描かれていたが、この作品にも通じる。
 髪を切り、髭を剃る。その日常。必ず繰り返さなければならないことではあるけれど、ほんとうは繰り返さなくてもいい。繰り返さなくても生きて行ける。髪を切らなくても、髭を剃らなくても人間は死ぬことはない。ただし、繰り返さないとみっともない姿になる。髪は乱れ、髭は生え放題になる。髪を切り、髭を剃るという日常が繰り返されることで、自然に顔に美しさが定着する。理髪師は、その繰り返しと、繰り返しがつみあげる美しさを象徴する。
 理髪師自身もていねいに日常を繰り返す。朝起きると、時計の時間を合わせる。洗った入れ歯をつける。髪をととのえる。理髪の予約があれば理髪に出かける。そして世間話をする。麻雀をする。世間話をする。帰って来て、眠る。眠る前には時計のネジを巻く。それが繰り返される。
 90歳を超しているから、理髪する相手(なじみの客、友人)も高齢者である。麻雀仲間も高齢者である。話題はどうしたって「死」が中心である。客のひとりは死に、その遺体を主人公が発見するということも描かれている。「死」も繰り返される日常なのである。日常として主人公は受け入れている。それが日常であるからこそ、日常の美しさをそのまま維持したいと願っている。
 この「思想」は美しい。淡々としていて、美しい。
 そして、淡々としているものは、ただ淡々としているだけでも美しいが、その淡々が破れるとき、さらに美しくなる。淡々を破って、命が輝きだすのである。淡々のなかに、命が存在しているということが、ふいにあきらかになり、輝きだすのである。人間のユーモアが、いきていることおかしみがあふれるのである。
 映画の後半、主人公が仲間との交流ではなく、ひとりだけ描かれるシーンがとても美しい。おかしみ、ユーモアにあふれている。
 死を意識し、死の準備をする。(生きるということは死の稽古である、といったのはソクラテスであるけれど、ほんとうにそんな感じがする。主人公はソクラテス、プラトンとは違った形で、そのことを語っている。)葬儀屋に何を準備すればいいかをたずねる。これに対して葬儀屋が「ただいま特別お試し期間である」というお断り付きで延々と説明するのだが、この「特別お試し期間」に思わず笑ってしまうが、その指示にしたがって「葬儀」の準備をする主人公の姿にはほんとうにひきつけられ、笑わされ、命の不思議さを感じる。
 主人公は葬儀屋の指示に従って「 500字」の「経歴」を語りはじめる。生年月日からはじまり、なぜ理髪師になったか。語りながら、「 500字になったか」と自問したりする。「 500字で何が語れるか」と自問する。おのずと、その自問は、自分自身の細部へとはいってゆく。彼自身が体験したこと、そこから何を学んだかということを語りはじめる。軍隊時代、上官の理髪を頼まれ、誤って眉を剃り落としたこと。その上官が、そういう不手際を許して主人公を受け入れてくれたこと。そのことから、人間というのは他人を受け入れていくことが生きることなのだ、成長することなのだと学んだというようなことが語られる。淡々と。しかし、そこに淡々を突き破っていく「ひとりの人間」が見えてくる。それがとても美しい。「ひとりの人間」の「実感」が美しい。淡々が「実感」にまでたどりつく、その瞬間に命が輝き、美しい。
 そして、そんなふうに突然「ひとりの人間」そのものが淡々を突き破ってあふれはじめると、それは自然と、自分自身を超えていく。ほかのことまで意識がひろがってゆく。「ひとり」ではなく、愛が、愛がつくりだす命が、それにつらなってあふれてくる。妻の話をしはじめる。子供の話をしはじめる。息子は……、息子は自分と違ってだらしない(?)、自分には似たところがない、なぜ息子はあんなふうなのだろうか……。嘆きであり、心配である。心配は、愛情の裏返しの表現である。そして、そんな嘆きを口にして、自分のことを、自分の略歴を 500字で語らねばならないのに、なぜ息子の話なんか……と思い、語ることをやめてしまう。
 これが人間の生きている「意味」なのだ。「思想」なのだ。
 ひとの命は自分からはじまる。そしてその自分のまわりにはいくつもの命との出会いがあり、ついつい自分ではない命のことにまで「思い」が行ってしまう。動いて行ってしまう。その「思い」が積み重なって人間そのものをつくって行く。

 胡同--その古い街。何軒かの家が中庭(?)を囲んで寄り添う。そこに必然的に出会いがあり、出会いがつくりだす「人情」がある。それは複雑にというか、細部へ細部へと入り組んで行く。胡同そのものが人生なのである。入り組んだ路地--それを見つめるだけでは路地でしかない。しっかりと内部を隠した街の家並みでしかない。しかし、その同じような家、門、そのなかには命がある。そして、それがほんとうは路地の入り組みを、その壁を、他人を隔てながら同時に接し、受け入れている「命の形」なのである。胡同の構造そのものが、実は人生なのである。

 この映画には、もうひとつ、とても興味深いエピソードがある。主人公の時計は毎日5分遅れる。主人公は時計屋へ修理に持っていく。それに対して店長は言う。「5分遅れるなら、毎日5分進めればいい。修理して、その修理がもとで動かなくなってしまったら困る。」これは、店長の責任回避のことばのようにも聞こえる。実際、動かなくなって、苦情を言われても困る、ということなのかもしれない。しかし、胡同そのものを象徴することば、老人そのものを象徴することばのようにも聞こえる。
 5分遅れる--そのことがわかっているなら、それにあわせて対処すればいい。なにかが起きる。そのなにかに対してなにかできることがあるなら、そのできることをすればいい。そうやって生きて行ける。人間にはそういう命の力がある。
 ラストシーン。自分の命が長くはないということを自覚した主人公は、日課にしている眠る前の時計のねじ巻きをやめる。朝、時計は止まってしまう。まるで主人公が死んでしまったかのように。そういう静けさが一瞬描かれる。ところが主人公は生きている。息子がやってきて「曾孫が生まれた」と告げる。この命のリレーが語られ、カメラはひっそりと胡同の路地そのものに切り替わり、映画が終わる。時計を毎日5分進める--そういうふうにして主人公は自分自身を生活をととのえてきた、他人と調和させてきた。しかし、死を自覚したときから、他人にあわせることをやめて、自分自身の命のリズムそのものに身を任せ、命のリズムを受け入れる、その命のリズムそのものを胡同の街は抱きしめて存在している、ということだろう。そう思った。


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管啓次郎「Agendars」

2008-04-29 10:50:49 | 詩(雑誌・同人誌)
 管啓次郎「Agendars」(「たまや」04、2008年05月12日発行)
 私は不勉強なので管啓次郎の詩をこれまで読んだことがない。(読んでいるかもしれないが、記憶にない。)読んだことのない詩人の詩というのはいつも新鮮である。「Agendars」は6のパーツから成り立っている。最初に読んだ「Ⅰ」がとても新鮮だ。

この部屋を工房とするときが来た

 この書き出しに管のすべてがある、と1行目を読んだ瞬間から感じた。1行目を読む、とはいっても、1行目を読むときはすでに視界のどこかには2行目、3行目、それから1行目の前の空白も入ってきており、そういう視界のなかで「とき」ということばがひときわ強く響いてくる。「とき」はそのまわりにあるものの中心にある。あ、管は「とき」というものそのものを書こうとしていることが、どきりとするほど強く響いてくる。「か行」「た行」がゆらぐ1行の音のなかで「時」ではなく「とき」のまま強く強く響いてくる。
 「時」ではなく「とき」なのは、「とき」を管は描くのだが、その「とき」がまだ「時」にまで結晶化していない--なにか、まだ手さぐりな状態、生の部分をたくさん抱え込んでいるからであろう。そういう予感(?)のようなものが、書き出しの1行のなかにつまっている。
 こういう1行があれば、あとはただことばが自然に動いていく。管は自然にではないというかもしれないが、ひとりの読者から見れば、作者の苦労などは、それが膨大であればあるほど苦労には見えない。偉大な画家の絵も、彫刻家の彫刻も、作曲家の音楽も、それが完成されていればいるほど、それが「自然」に、まるで何の苦労もなく完成されていると感じるのに似ている。

この部屋を工房とするときが来た
制作するのは水のない果実
輪郭は星座のごとく破線によって与えられ
ながらかな斜面となって海に落ちるだろう

 管は彫刻家なのかもしれない。「水のない果実」とは彫刻のことかもしれない。そのなかに「星座」(宇宙)の運動がある。そして、それは「海」という私たちのなつかしい現実とパラレルな世界である。「水のない果実」の「水」は「海」へとかえり、「水」そのものを「水」のないはずの「果実」(彫刻)のなかにたたえる。完成した彫刻は、素材にもよるがそれが金属でできたものであれば「水」をふくまない。しかし、私たちはそれが完璧な作品であるとき、その内部に「水」を感じる。そこに存在しないはずのものが、そこに存在する。--それが芸術である。そして、その存在しないはずのものを存在させるのが「とき」なのだ。「とき」のなかを駆けめぐる運動(宇宙の運動そのもの)が、運動としての「水」を浮かび上がらせる。「運動」の「場」が「とき」なのである。
 ことばはどこまでも飛躍する。障害物のない、宇宙という巨大な空間をかけめぐり、その運動の軌跡そのものを「とき」という「場」にかえていく。「とき」と「場」が重なり合い、そこに「精神」が誕生する。この「精神」は「感情」と置き換えてもいい。何と置き換えてもいい。

この部屋を工房とするときが来た
制作するのは水のない果実
輪郭は星座のごとく破線によって与えられ
ながらかな斜面となって海に落ちるだろう
その自由な調律、重なり合う爪跡
遠ざかる塔の陰に跳ぶ三羽の軽い鳥
この世でいくつの帝国が衰亡を繰り返そうと
ひとつだけ望みの共和国があればきみにはそれでいい
それは雪をサトウカエデの本質として見抜く土地だ

 ことばからことばへ。巨大な飛躍がある。その巨大を一気に埋める運動のスピード。スピードのなかの緩急。不思議なことに、スピードは速いだけでは早くない。つまずき、あるいはゆるい部分があって速くなる。
 たとえば「遠ざかる塔の陰に跳ぶ三羽の軽い鳥」の「塔」は私には雑音に響くけれど、その雑音が「遠ざかる」「跳ぶ」「鳥」という音のなかで、不思議な低音として響く。ほかのことばのゆらぎを引き締める。「軽い鳥」の「軽い」というゆるさは、そのゆらぎを一気に引き受けている。まるで、これ以外にことばの動きようがない、という感じがする。
 「ひとつだけ望みの共和国があればきみにはそれでいい」のなかの「い」という母音の響きは、その前の行の「この世でいくつの帝国が衰亡を繰り返そうと」の「いくつの」の「い」から始まっている。
 そういう「音」とともに(あるいは音にささえられた運動によって)イメージは華やかに散らばる。散らばることで宇宙になる。星が散らばることで宇宙になるように。そして、その「散らばり」こそが「とき」なのだ。「とき」はどこへでも「散らばってゆく」。拡散してゆく。拡散しながら、その拡散をささえるブラックホールとして存在する。拡散のなかに求心があるのだ。
 私の書いていること、拡散と求心が同時にあるということは、厳密に言えば「矛盾」なのかもしれない。拡散か求心かどちらかひとつが存在する、というのが論理的なのかもしれないが、そういう論理を超えて存在するものがある。それが「詩」である、と定義すれば、ここにはまさしく詩そのものがあることになる。
 これは、おもしろい。管の詩は、おもしろい。

 「Ⅰ」には、私が引用していない行がまだ半分ほど残っている。「Ⅰ」から「Ⅵ」まで全部引用すれば膨大な行になる。残りは「たまや」を読んでください。そして、興奮してください。「とき」そのものに出会ってみてください。

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中江俊夫「変な感じ」

2008-04-28 11:23:52 | 詩(雑誌・同人誌)
 中江俊夫「変な感じ」(「たまや」04、2008年05月12日発行)
 中江俊夫はのことばは、どこか谷川俊太郎のことばと似ている。ことばと対象との距離が不思議である。近すぎることもなければ遠すぎることもない。この近すぎることもなければ遠すぎることもないというのは、どこかで記憶を刺激する。あ、そういうばそういうこともあった。そういうことを考えたことがあった、と私(読者)に感じさせる。--ただし、それはあくまで「そういうことがあった」という、一種の不思議な距離を残したままの印象である。
 それは和音に似ている。同じ音ではなく、ちょっと違う。(たとえば音楽でいう3度の和音、という感じ。)平行して動き、平行して動くことで、なにか、自分だけのことばではとらえられないものが浮かび上がってくる。
 3度の距離(?)で動き続ける世界、そのことば、その「意味」--そこに書かれていることは「知らないこと」ではなく、「知っている」ことである。「知っている」だけではなく、誰もが一度はそういうことを自分自身でことばにしたことがある。ただし、それは自分の実感(音)とはぴったりとは重ならない。和音のようにちょうどいい距離で動き、そうすることで、私自身の実感(音)をそっとある動きのなかへ誘ってくれるという感じなのだ。
 この感じからみると、私には中江と谷川は、なにかとても似ている。

 「和音」と私が仮に呼んだもの、それは次のようなことである。
 「変な感じ」という「連作」(だろうと思う)の冒頭の「幼時」。

嘘だとわかっていたけれど
土橋の下でひろった子 と言われ
なにかしくりと 心が痛んだ
冗談だとわかっていたけれど
物売りの男から安く買った子 と言われ
なにやらほろっと 両手の力が抜けた

 自分は両親のほんとうの子供ではない--というのは幼児期に誰もが見る夢、あこがれのようなものである。中江の詩は、しかし、そういう幼児期の思い出を描いていて、どこか、私の記憶とは違う。
 私は、たとえば「嘘だとわかっていた」とは言えない。もちろん嘘に決まっているのだが、それを「わかって」はいなかった。「わかる」ではなく、もっと強い感じ、たとえば「信じていた」。それが絶対にほんとうではないと信じていて、嘘と向き合っていた。「わかる」というような冷静な感じではない。中江や谷川のことばは、私を冷静にさせる。感情が激情に揺れるのを、そっとととのえてくれる。--そして、思うのだ。あ、そうか、あれは「信じていた」と私は思い込んでいたが、「わかっていた」ということばでとらえるとすっきり落ち着く世界なのだと「知る」。
 「わかる」「知る」「信じる」、あるいはこれに「思う」をつけくわえてもいい。(ほかにも付け加えることができることばがあるだろうと思う。)そうしたことばは、人間のこころの動き、精神の動きのある部分をあらわしている。それは通い合っている。通い合っているけれど、微妙に違う。たぶん私は「信じる」「思う」というような感情的な(?)世界を中心に生きているのだろう。そういう「感情的」な世界を、中江や谷川は「わかる」「知る」という「知的」な世界で再現する。「知的」に落ち着かせる。--このとき、感情と知性の「和音」が生まれる。「和音」のなかに、感情が吸収され、とても落ち着く。感情が感情のままであったときより、ずっとなじみやすいものになる。

 ただ、感情が感情のままであったときより、なじみやすいものになる、というだけなら、それは「セラピー」のようなもであって、詩ではない、ということになるかもしれない。中江、谷川のことばは、そういう部分を超越する。「なだめられた」「落ち着かされた」(?)という感じを超える。

 たとえば、「両手の力が抜けた」ということばによって。

 それは私が「信じていた」あるいは「思っていた」こととは違う。そしてまた「わかっていた」ことでも「知っていた」ことでもない。それは感情や精神に働きかけてくるのではなく、直接「肉体」へ働きかけてくる。それは、いままで存在しなかった「ことば」である。そのことばによって、たとえば私が「信じていた」もの、あるいは中江のことばによって「わかった」もの(「知った」もの)が、一致する。「肉体」のなかで一致する。「ことば」がなくても存在するもののなかで一致する。(感情や精神はことばにしないと存在していることを他人に示せないけれど、肉体はそこにあるだけで存在を示せる。)それは別のことばで言えば、感情や精神に「肉体」を与えられたという感じである。

 「肉体」ととけあって、感情・精神が具体的に生まれてくる。
 この誕生の瞬間。--そういうものが、中江、谷川のことばとともにある。
 それも、むりやり誕生させられるのではなく、なにか自然に誕生してしまう。まるで誕生するのがあたりまえのことであるかのように、すーっと誕生し、誕生さえも忘れさせる。初めからそこに存在していたかのように感じさせる。

 中江、谷川の詩が好きな理由--私が好きな理由は、たぶん、そこにある。単に感情・精神のあり方へ向けて導かれるというよりも、「肉体」へ向けて導かれる、という印象があるから、中江、谷川のことばが好きなのである。読んでいて安心するのである。
 そして、この安心は、たとえば「幼時」のような古い思い出を落ち着かせるものだけではあい。中江が(あるいは谷川が)ことばにすれば、不安・変な感じ(これは連作詩のタイトルでもあるけれど)さえも、「肉体」として、ただ、そこに存在そのものとして存在する。存在させる。
 連作中、次の「変な感じ」は大傑作である。こういう詩は感想を必要としない。ただそのことばを書き写しておく。

誰か 他人の足があると思って
その足首のあたりに
もう一方の自分の足指の先でさわっていた
(これはどうやらぼくのものらしい)

誰か 他人の首があると思って
片手をそのはげた額あたりにあてると
掌に汚い脂じみたものが付着した
(これはどうやらぼくのものらしい)

誰か 他人の知りに電車のなかでのようにぶつかったと思って
隣へ避けたら
避ける自分の臀部が無く 他人の尻が暗い横にあった
(これはどうやらぼくのものらしい)

誰か 他人の心臓がいやに大きく音をたて
鼓動をやめる
許可もなく無礼なと そいつに向かって怒鳴る
(これはどうやらぼくのものらしい)






語彙集 (1972年)
中江 俊夫
思潮社

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加藤郁乎「乙酉稾」、岡井隆「二〇〇七年水無月の或る夜」

2008-04-27 02:10:57 | その他(音楽、小説etc)

 加藤郁乎「乙酉稾」、岡井隆「二〇〇七年水無月の或る夜」(「たまや」04、2008年05月12日発行)
 加藤郁乎「乙酉稾」、岡井隆「二〇〇七年水無月の或る夜」の俳句、短歌をつづけて読んだ。とても不思議な感じがした。(きのう、岡本勝人の詩について「不思議」と書いたばかりなので、自分のことばの数の少なさにちょっと嫌気を覚えた。)
 二人の作品は、とても自在である。五・七・五、とか五・七・五・七・七というものにこだわっていない--というと変な言い方になるのだが、五・七・五、あるいは五・七・五・七・七になりさえすれば、それが俳句、それが短歌という感じがする。ことばはが五・七・五、あるいは五・七・五・七・七なのに、私の肉体のなかにはそれが五・七・五、あるいは五・七・五・七・七のリズムとして響かない。逆に、五・七・五、五・七・五・七・七でありながら、そのリズムを破壊している。そして、それが破れているところに、あ、新しいことばを聞いた、という感じがする。私自身のことばが攪拌されたという感じがする。それが、とてもうれしい。
<blockqutoe>
仇なしに尽してそなた切山椒
</blockqutoe>
 「そなた」。なんでもないことばなのかもしれない。しかし、手応え、手触りを感じる。ことばではなく「もの」に触った感じがする。それが意識に「障る」。これはなんだろう。繰り返される「さ行」の音。しかし、実際は「し」は「さんしょう」の「し」と同じで「S」音ではない。「そなた」の「そ」だけが「S」音であることと関係しているのかどうか、私にはよくわからないが、いったん、「そなた」で私はつまずくのである。そして、そのつまずきを私は「存在感」と感じる。その存在感があって、切山椒がいっそうくっきり見えてくる。「そなた」がなければ(ほかのことばだったから)切山椒は私にはリアルには感じられないかもしれない。実在感のあるものには感じられないかもしれない。
読み返す書なく朝より蒸鰈

 「書」は「しょ」と読ませるのだと思う。ここで、私のリズムは崩れる。そして、その崩れたリズムのなかにある「し」の音と「蒸鰈」の「し」が不思議に呼応して、私の意識・感覚のなかでは鰈がくっきりと浮かび上がる。
 リズムは、とても読みにくい。読みにくいからこそ、読みたいという気持ちになる。
<blockqutoe>
終のこと破礼がましく昼かはづかな
</blockqutoe>
 「破礼がましく」は「はれがましく」と読ませるのだろうか。「はれがましく」の「は」が「ひる」「かはづ」と呼応する。「かはづ」は「かわず」と読むのだが、前の音にひきずられ「は」と読みそうになる。そのときの不思議な破調。(これは、たぶん加藤が感じない破調。教養のない私だけが感じる破調だろうけれど。)
 私の書いている感想は、たぶん感想にもなっていない奇妙なものだ。私が感じるのは、破調と、破調によって浮かび上がることばの強さである。破調することで、ことばが「もの」にかわる。その強い感じが、あ、これが詩というものかという思いを引き起こす。

 岡井の短歌は、これも不思議である。
 あたりまえのことだが、俳句より長い。そして、その長いリズム、うねりのなかに、伝統(?)とは違うリズム、破調を感じる。そして、その破調が、あ、これが現代というものかという気持ちを引き起こす。
<blockqutoe>
君を措きて旧友はない筈なのに君の勤めゐしビルを見上げつ
</blockqutoe>
 「筈」。このことばの音の、何とも言えない響きに私はうっとりする。え、こんなとき、こんなことば? という驚きとともに。「筈」は「口語」というわけではないかもしれないけれど、私のなかでは短歌のリズムに乗らない。どちらかというと「俳諧」的な音である。そして、その音があるがゆえに、なにか、この短歌は新鮮なのである。ほかのことばが強靱に感じられるのである。「措きて」ということば、その古い(?)感じのことばが、とてもとても強く感じる。それ以外にことばはないという感じで響いてくる。「措きて」ということばが「もの」のように、手ごわいものになって立ち上がってくる。そして、その向こうに「君」もくっきりと見えてくる。
 違和感が意識をひっかきまわし、ことばを洗い直すのだ。
<blockqutoe>
敵だつた男が急に崩れたり屍(しかばね)を析(ひら)くメスの重たさ
</blockqutoe>
 「急に」がやはり私には「破調」に響く。そして、とても新鮮に響く。
 あ、岡井にとって、短歌のリズムなんて、もうどうでもいいのだ。そういうものを超越しているのだ。ほら、かぞえてみて、五・七・五・七・七と短歌の形式に入っているでしょ? リズムはご自由に、と言っている感じがする。
 短歌は、そういうところまで来ているのかなあ。進んでいるのかなあ。詩よりもはるかに前へ行っているなあ、と思う。いや、これは岡井だけの「前衛」なのかもしれないが。それにしても、すごいものだと思う。いったい岡井は短歌をどこまで運んでゆくのだろうか。





前衛短歌運動の渦中で―一歌人の回想(メモワール)
岡井 隆
ながらみ書房

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岡本勝人「わたしは詩をかいていた」

2008-04-26 10:58:40 | 詩(雑誌・同人誌)
 岡本勝人「わたしは詩をかいていた」(「ガニメデ」42、2008年04月01日発行)
 岡本の、世界と「わたし」の距離の取り方がとても不思議だ。

神田川の流れのうえに
桜の花びらがうかんでいる
しろい渦となって流れている
渦は宇宙の神秘のコンプレックスだった
桜のうえに高架が見える
コバルトの空をあかい電車がはしってゆく

 「わたしは詩をかいていた」の冒頭の1連。「渦は宇宙の神秘のコンプレックスだった」という行が不思議である。とても不思議である。現実の風景、目の前の風景から、目に見えない世界へ飛躍するからではない。意識へ飛躍するからではない。そういうことなら誰でもがする。私が不思議と感じるのは「だった」という時制である。なぜ? なぜ、過去形?
 「うかんでいる」「流れている」「見える」「はしってゆく」はみんな現在形である。世界と岡本は直接触れ合っている。「渦は宇宙の神秘のコンプレックスだった」だけが世界と直接触れ合っていない。そこに「肉体」がかかわっていない。「意識」だけがかかわり、そしてその「意識」は現在の意識とは分離したもの、過去なのである。

 しかし、この分離、あるいは乖離は、簡単に「現在」「過去」という言い方ではとらえることのできないものである。--だからこそ、不思議である。
 この作品のなかには現在形、過去形が混在するが、学校文法とは著しく違う部分は、次の展開である。(本文は2文字下げ。)

わたしは夜の窓辺で詩をかいていた
テレビの映像は
グリーンとしろの異国のユニホーム姿を映している

 「わたしは夜の窓辺で詩をかいていた」と過去形で書くなら、その書いていた瞬間は過去だから「テレビの映像は/グリーンとしろの異国のユニホーム姿を映していた」と書くのが学校文法である。時制の一致である。ところが岡本は「映している」と過去を現在形で書く。こときの、意識の差。落差。
 詩を書いている(書く)という自分自身の行為は意識の上では遠くにある。現在という近くにあるのではなく、遠くにある。一方、直接岡本がかかわらないテレビの映像は現在の近くにある。「映している」という「わたし」にいま、直接かかわるかたちで存在する。テレビは映像を映している。そして「わたし」は「見ている」。「見ていた」のだが、「見ている」感じがなまなましく、「見ていた」を突き破って、いま、この瞬間に噴出してきている。

 私たちはたしかにさまざまな時間を生きている。現在が現在だけの時間でできているわけではない。そうであるなら過去が過去だけの時間でできているわけでもない。過去のなかへも現在の時間は流入していき、そこに現在をつくりあげてしまう。テレビがユニホーム姿を「映している」というように。
 岡本はそういう意識の行き来、現在と過去の行き来を、乱れを感じさせない具合にかきまぜる。
 時間は「時」の「間」と書くが、岡本のことばは、その「時間」の「間」を、とても不思議な形でみせる。とらえる。時間が立体的になる。その立体のなかに人間が存在する、という感じだ。
 1連目を読むと、岡本は、空間を描いているように見える。川の流れ、花びらの渦、高架、空--街をさまよいながら、空間をさまよいながら、目で空間の広さ、「間」をとらえていることがよくわかる。
 しかし、そこには「時間」も侵入してきている。
 時間が侵入してきて、空間を活性化させている。いま、ここにあるあらゆる存在--それが単に空間的に広がり、空間を構成しているだけではないのだ。その存在のそれぞれの奥には同時に「時間」があって、その時間も意識に作用し、視界(空間)を活性化させる。
 1連目は、現実に(今に)こだわるなら、

神田川の流れのうえに
桜の花びらがうかんでいる
しろい渦となって流れている
桜のうえに高架が見える
コバルトの空をあかい電車がはしってゆく


 と、「渦は宇宙の神秘のコンプレックスだった」を省略しても、現実の世界はかわらない。その1行がなくても神田川の上を桜の花びら流れる。花びらは渦になる。桜の上にある高架は高架として存在し、高架の上を電車が走るという現実に何もかわらない。
 ところが、その写実に岡本はなんとしても「渦は宇宙の神秘のコンプレックスだった」という1行を入れたいのだ。書きたいのだ。書かないと、時間があらわれない。時間が立体化しない。
 岡本は時間を立体化しながら、「いま」という時間に存在したいのである。
 ことばは、その欲望と、そのうごめきをしきりに伝えたがっている。

 ここにあるのは「都市」のことばである。岡本の詩は都会的だが、その都会的である理由は、ここにある。時間の立体化。そして、そのなかでの孤独。時間が岡本を孤立させるのである。その孤立した時間のなかで、岡本はことばを書く、詩を書く。書いている。そういうことが伝わってくる作品だ。




都市の詩学
岡本 勝人
思潮社

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くらもちさぶろう「イチョウ」

2008-04-25 01:57:39 | 詩(雑誌・同人誌)
 くらもちさぶろう「イチョウ」(「ガニメデ」42、2008年04月01日発行)
とてもこわい詩である。読んでいて私は背筋が寒くなった。春なのに、ぶるっと震えてしまった。
 「イチョウ」。その3連。

こうてい の かたすみ で
にし から の ひ の ひかり を うけて
イチョウ の は が きいろ に もえて いる
いち まい いち まい が かがやいて いる

 これ いじょう かがやく と
 わたし たち の かお も
 からだ も きえて 
 つめたい かぜ に なって しまうのよ

こうしゃ のうら にわ に
おんな の こ が
ふたり ならんで
うつぶせ に ねて いる
だまって いて も きもち わ わかる と いう ように
おなじ きいろ の セーター を きて
きいろ の スカート を はいて

 切り離された音、ことばが、まるで世界とつながりをなくしてしまったなにかのようである。そのなにかは、「おんな の こ」のようでもある。そして、その「おんな の こ」の精神の動きのようでもある。
 2連目のことばは、だれのことばか。イチョウのことばか。あるいは「おんな の こ」のことばか。それは重なり合い、「おんな の こ」がイチョウになってしまっているように感じられる。それがこわい。
 世界とつながりをなくしているのに、イチョウとは重なり合っている。しっかりつながっている。その分離と結合。
 それはまた、「おんな の こ」の「ふたり」という関係に似ている。2連目のことばは「ふたり」のうちのどちらが言ったのだろうか。どちらが聞いたのだろうか。区別されていない。区別がない。「ふたり」なのに、どこかでつながっている。それはちょうどイチョウの葉が1枚が2枚に分かれたのか、2枚が1枚になろうとしているのかわからないように、(あ、まるで、ゲーテの詩である)、分離しながら結合している。
 そして、その分離と結合は、私は「ゲーテの詩のように」と書いてしまったが、ゲーテの詩の美しい愛しみを通り越して、とてもこわい。
 2連目の「わたし たち の かお も/からだ も きえて」が、真実に思えるのである。



イギリスの詩・日本の詩
倉持 三郎,福田 陸太郎
土曜美術社出版販売

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海埜今日子「みずのね、」

2008-04-24 09:08:37 | 詩(雑誌・同人誌)
 海埜今日子「みずのね、」(「すぴんくす」15、2008年03月20日発行)
 ことばとことばが呼び合う。その呼び合うことばに誘われるようにして、ことばが意識しなかった領域へと進んでゆく。そこには、きのう触れたたなかあきみつの詩とはまた別の「呼吸」がある。
 「みずのね、」の書き出し。

こえにならない沼がきこえる。面と面、とおくできっとかみあわないから、かみのながい息づかいをする。からませ、ねがえりをうつようにして、ちいさい橋をしたためよう、そうおもったやさき、いや、あとさきで、ていたいするひびきだった。しずんだねがいをぶしつけにたぐり、ちかくてきっとうらをくもらす。

 「こえにならない沼がきこえる。」
 声にならない声が聞こえる--というのはふつうの言い方である。それが「こえにならない沼がきこえる。」になった瞬間に、常套句にひそんでいた「こえ」と「きこえる」の「こえ」同士が響きあって、不思議な感じがする。その「きこえる」沼というのは、近くにはない。近くにあれば見える。遠いから、ただ「きこえる」のである。「きこえる」のだが、それはどこかで、聴覚ではなく、視覚を刺激する。沼が「きこえる」ということは常識的にありえないから、その「きこえない」ものを補足するようにして「視覚」がかってになにかを引き寄せる。それが「面」。水をたたえた「面」。沼。
 そんなふうにして、私の意識は動く。
 「面と面、とおくできっとかみあわないから」は、私の意識のなかで、「こえにならない沼がきこえる。」を呼吸して、そういう情景をくりひろげる。
 その意識のなかでは、聴覚と視覚が融合する。そこでは、ことばは「意味」ではなく、「おと」そのものとして存在し、「意味」の枠を超越していく。越境していく。その越境にあわせるようにして、聴覚・視覚も越境し合う。その越境し合う状態を私は「融合」と呼んでいるのだが……。
 「かみあわないから」の「かみ」は越境して「かみのながい」の「かみ」になり、「かみあわないから」の「から」は「からませ」へと融合する。「ながい」「ねがえり」にもな行、鼻濁音の「が」、そして母音「い」の越境と融合がある。その融合は、ずーっと尾を引いて、「ながい」「ねがえり」「ねがい」へと動いてゆく。
 「やさき」「あとさき」という「おと」の完全な重なりもあるが、「うつ」「おもった」「ぶしつけ」、「したため」「ていたい」、「したため」「しずんだ」、「おもった」「くもらす」という響き合いにも、私の意識はゆらぐ。なぜ、ゆらぐのか、どんなふうにゆらぐのか、私はまだ具体的に書けないけれど、そのゆらぎのなかへ誘われてしまう。

 「かみのながい息づかい」ということばがある。どういうことを具体的に言おうとしているのか、私にはよくわからないが、わからないままそのことばのなかにある「息」に私は反応する。海埜は「息」、「呼吸」でことばを動かしている、と感じる。あらゆることばの奥には「息」(呼吸)がある。そして、ひとは「意味」ではなく、「息」(呼吸)を無意識的に肉体化する。そして、その肉体でことばを動かしてゆく。(唐突な言い方にあるが、たとえば私は、海埜のほかに、高貝弘也にもそれを感じる。たなかあきみつにも感じる。いや、おもしろいと思う詩人のすべてに、何かしら「息」「呼吸」というものを感じる。日本語の歴史が呼吸していることばの無意識の動き、響き合いを感じる。)

 海埜の作品の2段落目。

こぼれるきわでうめますか。ぷつぷつとしたものをからまわりし、ぐるぐるかんじて、うかんだものをすくいたい。

 1 段落目の最後の「うらをくもらす」の「うら」から「うめますか」への動き。「うめますか」を「うめる」という動詞の基本形(?)に戻すと(意識のなかでは、自然に、うめる、うめます、は呼応し合っている)、「うら」「う(め)る」のなかには「う」と「ら行」が響きが浮かび上がる。その「ら」から「からまわり」の「ら」が引き出されるし、その「ら」、あるいは「ら行」のゆらぎから「ぐるぐる」の「る」(ら行のひとつ)も浮かんでくる。さらに「かんじて」と「うかんだもの」のなかにある「かん」という音……。
 海埜の詩には、そういう「おと」そのものの響き合いが重複して存在する。

 この「おと」のからみあい、響き合いは、まだ「音楽」にまでは高まっていない。完成されていない、(かもしれない。--高貝の作品と比べると、そういう印象が、確かに残る。)
 「音楽」にまで高まっていないのは、まだ、この作業が模索中のものだからである。つづけていけば必ず「音楽」にかわる。短く完成させるのではなく、禁欲的に完成させるのではなく、「みずのね、」のように、あるいはもっともっと長い作品のなかで豊かな「交響曲」にかわることを期待したい。きっといつかは、そういう「音楽」が誕生するだろうと思う。

 ここまで書いてきて、タイトルの「みずのね、」とは、「みずの音(ね)、」なのかな、とふと思った。「きこえる」「ひびき」、引用はしなかったが、「おんいき」ということばも出てくる。
 海埜は最初から「音楽」をめざしているのだ。うかつといえばうかつだが、私は「意味」が書かれているとは、まったく気づかず、ただ響きだけを聞いていたようである。楽器だけで演奏される音楽そのもののように、動き回ることばを音符(音色)のように聞いていたが、そこには「意味」もあったのだ。
 だが、その「意味」については、私は触れないことにする。きっと誰かが「意味」から、この作品について批評するだろう。私の関心は「意味」ではなく、あくまで「音楽」の呼吸なので、その呼吸、息づかいそのものを興味をそそられたとだけくりかえしておく。




隣睦
海埜 今日子
思潮社

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たなかあきみつ「(空地を遮光瓶に捕獲せよとささやく……)」

2008-04-23 01:17:40 | 詩(雑誌・同人誌)
 たなかあきみつ「(空地を遮光瓶に捕獲せよとささやく……)」(「組子」15、2008年04月10日)
 ちょっと不思議な体験をした。「(空地を遮光瓶に捕獲せよとささやく……)」の最初の5行を引用しようとすると、ワープロがこの詩を記憶している。だが、私はこの詩について感想を書いたかどうか覚えていない。(なにか書こうとして、作品を引用し、中断したのかもしれない。)

空地を遮光瓶に捕獲せよとささやく晩夏の空
驟雨は空の舌の栓抜あるいは夜来の食器の底へ
かつての水と油の同心円を油断なく追いつめてゆく火あるいは
空地と隙間の差異はなにか湧水池はどうして無言で間投詞を
ギザギザに放置するのかあるいはうちっ放しのコンクリートであれ

 私は書いた文章をネットに掲載しているが、検索しても出てこない。不思議な不思議な体験である。
 そして、その体験と、この詩のことばの動きが奇妙に一致する。

 たなかのこの詩は何が書いてあるのかわからない。何が書いてあるのかわからないのに、そのすべてが記憶にある。記憶がかってに動いていって世界を作り上げる。その印象に似ている。
 とくに印象的なのが「あるいは」ということばである。

驟雨は空の舌の栓抜あるいは夜来の食器の底へ
かつての水と油の同心円を油断なく追いつめてゆく火あるいは

 この2行ではっきり私がことばの意味(?)を理解できるのは「あるいは」だけである。「あるいは」は反対のものを結びつけながら不思議なことに可能性としてどちらでもありうることを提示する。「死、あるいは生」。「男、あるいは女」。それはどっちでもいいはずはない。しかし、どちらも可能だと教える。考えれば、とても変なことばである。その変な性質を利用して、ことばがどんどん進んでゆく。
 そして、そのどんどん進んでゆく運動というのは、どこかで「記憶」のようなものを頼りにしている。どこへ進んでもいいにもかかわらず、それはどこかで決定されている。「死、あるいは生」とは言っても、「死、あるいは地獄への転落」とは言わない。「あるいは」が結びつけるものには、何らかの法則(?)のようなものがあるのだ。
 たなかの詩が、どんな「あるいは」の法則を生きているのかわからない。
 だが、奇妙に安心してそのことばを追いかけることができる。私のワープロは不思議なことに、たなかのことばを記憶している。その不思議な既視感--一種の錯乱と、一種の安心と、一種の不安を同時に抱え込むなにか。それがたなかのことばのなかにある。

 この既視感を私は、どう説明していいのかわからない。
 ひとつ感じるのは、「あるいは」の呼吸である。私は「死、あるいは生」と読点「、」を挟んで「あるいは」をつかうが、たなかは読点「、」なしで「あるいは」をつかう。そのとき、読点「、」をつかった文体よりもはるかに強くことばが動く。肉体をぐいっと力任せにねじられたように感じる。だが、ねじられても体はそのまま存在し、一貫性がある。断絶がない。その呼吸のおもしろさ。

かつての水と油の同心円を油断なく追いつめてゆく火あるいは

の「あるいは」は文末(行末)にあって、このときは呼吸が少し違う。明らかに次の行まで一呼吸ある。しかし、その一呼吸が、

空地と隙間の差異はなにか湧水池はどうして無言で間投詞を

 とまた、不思議な文体を引きずり出す。「空地と隙間の差異はなにか/湧水池はどうして無言で間投詞を」ではなく、「なにか」のあとには「呼吸」がない。
 たなかの詩を動かしているは、いわば呼吸の乱れなのである。
 ただし、この乱れは無理をしたために肉体が拒絶反応を起こしている乱れではない。逆に肉体を励ます乱れである。高鳴る鼓動である。きちんと呼吸すれば楽なのかもしれないが、そういうことをしたくない。ただただことばを走らせたい。走るにまかせるための、ギアを切り換え、トップスピートにのるための乱れである。
 ことばは加速する。ただ加速する。どこまで加速できるか知るために加速する。
 しかし、そのことばの奥にはたっぷりした「記憶」があり、その「記憶」の確かさがスピードを守っている。
 とてもおもしろい。


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古賀忠昭が死んだ

2008-04-22 11:03:04 | 詩集
 古賀忠昭が死んだ。やっと死んだ、という思いが私にはある。古賀は1年ほど前はがきをくれた。「不治の病にある。死ぬ前に、詩の感想をきかせてほしい」というものであった。その詩というのは「ちのはは」である。

もうすぐ しぬので こうこくのうらにかきます
しぬと じごくにゆくので かえってこれんので しぬまえに こうこくのうらに
かきます

 書き出しの3行は、今では、古賀の遺言のように感じられる。「はは」を借りて、古賀自身を語っているのである。
 感想はすでにこの「日記」に書いたことがあるので繰り返さない。

 古賀と私は面識がない。30年ほど前に一度手紙をもらったことがある。古賀が「九州文学」に小説を書いていたころである。小説のタイトルも内容も忘れてしまった。感想書いたかどうかも忘れたが、たぶん書いたのだろう。それで手紙をもらったのだと思う。そして2度目のはがきが先の「不治の病」である。「るしおるに書いた。本を買って送るのがふつうなのだろうけれど、本屋へゆくことも叶わない。申し訳ないが、買って、読んでほしい」というものであった。なんだか詩への執念のようなものを感じた。
 その後、いつまでたっても古賀は死ななかった。そのうち詩集『血のたらちね』が出版された。そして丸山豊記念現代詩賞を受賞した。あ、しぶとい。死なない男だ、と私は正直あきれ返ってしまった。
 ところが3月に受賞して、あっけなく死んでしまった。新聞の死亡記事は10行足らずであった。ほんとうにあっけない。だが、その10行のなかにも、丸山豊賞のことは書いてあった。よかった。安心しているだろう。
 しかし、私は、とても無念である。ここまで強い執念で生きてきたのだから、もっと生きてほしかった。もっと書いてほしかった。
 古賀にしてみれば、評価を得てほっとしたのかもしれない。
 死は、人間を、そんなふうにして気がゆるんだ瞬間に奪いさってゆくのかもしれない。一度も会ったことはないが、涙が流れた。



 もうひとり、今年他界した詩人に山本哲也がいる。古賀と同じく福岡に住んでいる。古賀が土着のことば、口語で語るのに対し、山本は標準語で語る。その標準語は九州のひとの標準語とは完全に違う。論理が違う。構造が違う。私は最初、そのことに驚いた。九州の詩人の作品はかならずつっかかるところがある。しかし山本のことばには私をつまずかせるものがない。九州弁が含まれていない。つい最近になって山本が関東の出身と知って、あ、なるほどと思った。
 これに対して、古賀はあくまで口語で書く。口語へ帰っていく。肉体へ帰っていく。ここまで肉体へ帰っていくことばを書く詩人はいない。肉体に帰って行き、そこから強靱な文体を作り上げた。
 古賀は最後に丸山豊賞をもらったが、それだけては少なすぎるだろう。もっともっと評価されていい詩人である。


血のたらちね
古賀 忠昭
書肆山田

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日原正彦「傘」

2008-04-21 02:06:59 | 詩(雑誌・同人誌)
 日原正彦「傘」(「SPACE」79、2008年05月01日発行)
 日原正彦の詩は気持ちが悪い。こう書くと日原正彦は怒る。だが、なぜ怒られるのか私にはわからない。日原正彦の詩の本質は、私が気持ち悪いと感じるところにある。気持ち悪くない部分は詩になっていない。
 気持ち悪さは、「傘」の場合、1、2連目にある。

バスから降りて
女は とても小さな傘をひらいた
すましたお椀を かぶせたような
濡れないためにではなく
おしゃれに 濡れるためにあるような 傘

ねえ
少しだけ降ってくれない?
と 媚びる声のようにももいろにひらいた 傘

 「とても」が気持ち悪い。「すました」が気持ち悪い。「お椀」の「お」が気持ち悪い。「すましたお椀を かぶせたような」の1字空きが特に気持ち悪い。こんなに気持ちの悪い1字空きを書ける詩人がほかにいるとは、私には想像できない。「おしゃれに 濡れるためにあるような 傘」の繰り返される1字空き。繰り返されることで強調される、その呼吸。2連目に「媚びる」(媚び)ということばが出てくるが、日原の気持ち悪さは、まさしく「媚び」の気持ち悪さだ。それも「呼吸」で媚びる気持ち悪さである。
 日原の詩を読むまでは、私は「媚び」というものがなんであるかよくわからなかった。日原の詩を読んで、「媚び」とは「呼吸」であることを知った。
 ひとは何かを強調するとき、一瞬「呼吸」を変える。
 それまでの「呼吸」とは違った「呼吸」をする。1字空きのように、何気ないけれど、微妙な「ずれ」、「ずれ」のなかにある「接近」の感触--そこに、「ねえ」というような感じをこめる。
 この1字空き、あるいは「ねえ」というすりよりは、「意味」の上からはあってもなくても同じである。ただ「意味」を超越した「感情」にはとても重要なものである。「感情」は、そしてこのとき、ほとんど「肉体」と同じである。私は日原の「呼吸」、たとえば「1字空き」に日原の体温の接近、「肉体」の接近を感じ、わっ、気持ち悪い、よしてくれ、という反応が起きるのである。
 「媚び」であるから、それを快感に感じるひともいると思う。たぶん日原のまわりには「媚び」を快感に感じるというか、「媚び」をことばの潤滑油のようにしているひとがたくさんいるのだろう。そういうひとからみれば、私のように、日原のことばの「呼吸」が気持ちが悪いという批評は、怒りの対象になるだろう。こんなに気持ちがいいのに、気持ちが悪いと否定するのは許せない。そう思うのだろう。それは仕方がない。私はもちろん日原たちから見れば私の感想が不当なものであるという声が返ってくることは知っている。知っていて、書いている。それでも実際に、日原から「気持ち悪い、気持ち悪いと書くな」と言われたときはびっくりした。えっ、日原は、たとえば日原のことばは快感であるというような反応があると思って書いているのかい? そう思って、私はびっくりしたのである。私のような感想しか書かない人間から「気持ち悪い」ということばが返ってくるのは承知のことではないのか。日原の「呼吸」を気持ち悪いと思うひとがひとりもいないと思って日原はことばを書いてるのか、と私は驚くのである。

 この詩は、しかし、気持ち悪いのは1、2連目までである。あとは気持ち悪くない。つまり、詩になっていない。
 最後の2連。

そんなふうに
ちょっとだけかたむけて
ちょっとだけぬれて

ちょっとだけ生きて
なんて ふりだけして
歩くな

 「なんて ふりだけして」にも1字空きがあるが、これはほとんど「媚び」を失っている。見え透いている。「媚び」というのは見え透いてこそ「媚び」だとは思うけれど、いまさら何をやっているんだという気がする。気持ち悪くないのである。1、2連目で「濡れて」と漢字で書いていて、漢字で書いても「媚び」があったのに、ここでは「ぬれて」と「ひらがな」で書いても「媚び」がない。「肉体」がない。「呼吸」がない。「意味」しかない。
 とても、つまらない。

 「媚び」は気持ち悪い。しかし、その「媚び」を1篇の詩をとおして維持するなら、それは気持ち悪さを突き抜ける。一個の明確な肉体そのものになる。そこまで達したら、気持ち悪い、でも、好き、という感じに変わるかもしれない。ときどき、日原はそういう作品を書く。今回の作品は、そこまで達していない。





詩集 遠いあいさつ
日原 正彦
土曜美術社出版販売

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田中庸介「わかることわからないこと」

2008-04-20 09:06:42 | その他(音楽、小説etc)
 田中庸介「わかることわからないこと」(「葛西琢也先生 御定年記念文集」葛西琢也先生御定年記念実行委員会2008、2008年03月19日発行)
 昭和50年に聖徳学園小学校に入学、「みずほ組」の同級生有志が先生の定年退職にあわせて発行した文集(?)である。私は幼稚園というものを知らず、入学前日に自分の名前のひらがなだけを教えてもらって学校へ行ったので、池田友子の書いている文にとても親近感を覚えた。私は「窓際のトットちゃん」状態で、関心のあることにしか集中できなくて、関心があることが発生すると授業をひっかきまわしてしまうこどもだったなあ、とふと思い出した。2人でつかう机になじめず、3年生くらいまで、テストのときには教室の隅っこで、椅子を机代わりにし、床に座り込んで答えを書いていた。他人の邪魔をするのは得意だったが、他人に邪魔されるのはとても苦手だったのである。と、いうようなことがまざまざと思い出されてくる。

 田中庸介は「わかることわからないこと」というタイトルで先生の思い出を書いている。「わっかるかなあ、わかんねぇだろうなあ」という当時の流行語を口にしながら授業を進める先生の様子、そしてそこから学びとったものをていねいに紹介している。そして、それが田中の詩をささえている。田中のことばの基本となっている。

 「みんな」というものを「わかる」ということは、世界との折り合いをつけ、その「みんな」がどのように「わかって」くれるかを想像することでもある。そんな想像力があってこそ、説得力のある表現が可能なのだ。

 表現の場合には、まず表現すべき内容の本質をしっかりと「わかる」必要があり、そして、その「わかった」内容を、「みんな」が「わかる」ように受け渡すことになる。そうやって、自分が新しいことを知った興奮を、はじめて大向こうのものとすることができるのだと思う。

 「わかる」と「みんな」。たぶん、「みんな」の方に思想の重心がある。「みんな」にたどりつくために(とどくために)、何をどうするか。それをつなぐものとして「しっかり」という思想を田中は手に入れている。

 テンポが遅くても、しっかり考えぬいて、しっかり説得する。そんな「しっかり」ということほど、この超高速時代から遠いことはない。しかし、自分の新しい考えを次々と形にしていくためには、「あー知ってらあ」などと軽くあしらってしまうのではなく、「しっかりわかる」深さがないとやっていられない。

 田中は田中の詩を引き合いに出していないが、田中の詩は「みんな」「わかる」「しっかり」が基本である。「みんな」が「わかる」ことばを「しっかり」組み立てて、自分が「わかった」ことを「しっかり」読者に「わからせる」。そのためにことばを選んでいる。その努力をおしまない。
 ここに書かれている文章もそうだが、ことばの動きがいつもとてもていねいである。ていねいさは「しっかり」からきている。「しっかり」をこころがけるというのは、とても面倒なことである。面倒なことであるけれど、手を抜かずに、それこそしっかりと手をかけている。その、手をかける手の、そのぬくもり。そういうものが、田中のことばにはいつもいつも、存在している。

 葛西先生は田中に「わっかるかなあ、わかんねぇだろうなあ」ということば(授業)をとおして「わかる」と「みんな」という種を蒔いた。田中は、その種から「しっかり」という実を結んだ。そして、その実は、日本語の大地にふたたび蒔かれ、詩という花を咲かせた。
 この継承と発展の形はいいなあ。
 教えること、学ぶこと、というのは、こんな形で引き継いで行かれるものなのだ。




田中の詩を読むなら。

山が見える日に、
田中 庸介
思潮社

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道ケージ『Quand, de 棺』

2008-04-19 02:23:09 | 詩集

 道ケージ『Quand, de 棺』(Meine 企画、2008年04月01日発行)

 あらゆることばは「わざと」書かれる。そして、その「わざと」には「意味」がないときがある。ただ「わざと」書くのである。そして「わざと」を通って、何かに触れる。何か--というのは「意味」ではないから、そこに「意図」もない。ただ偶然に触れる。詩は、もともと偶然のものである。自分で発見するのではなく、向こうからぶつかってくる。だから、その「ぶつかり」が少しでも起きるように「わざと」を繰り返す。そんなふうにして書かれる詩もある。
 こういう詩は、きのうの感想を書いた石井久美子の作品とは対極にある。
 たとえば道ケージの『Quand, de 棺』。その巻頭の「シャけどひかり(lumiere de sermnt )」。「鮭の光」を「日本語」と「フランス語」の結合することで破壊している。そこから何が出てくるか。--そんなことは、道にもわからない。ただ、そうしたいから結びつける。結びつけることが、破壊でもあるという喜びのために。
 「シャけどひかり」は「シャケ de ひかり」。それを「シャけどひかり」と書いた瞬間、そこに「けど」という奇妙な「理由」のあらわすことばが浮かび上がってくる。「けど」(けれど)って、何?
 この作品では、「愛」である。
 鮭の産卵を描くとき、そこに鮭という魚だけではなく、人間の行為が、つまり感情がからんでくる。そういうものが「けど」のなかにある。「けど」のなかからこぼれ落ちてくる。これは、そういうことを書こうとしてそうなったのではなく、「シャけどひかり(lumiere de sermnt )」と書いたために、そうなってしまったのである。

 偶然は詩ではない、という意見もあるかもしれない。しかし、私は、詩は偶然だと思う。偶然に何度会えるか、どれだけ強烈な偶然に会えるか、偶然に会って、それを詩と感じることができるか--それが詩人と詩人ではない人間をわけるのだと思う。
 道は、その偶然を、ただことばをぶつけながら待っている。偶然がくるのを待ちながら、待つという過程を、ことばにしてみせる。「わざと」その、いわば退屈な時間をくぐりぬけてみせる。

さけて 裂け 鮭 咲け 咲け
ふりかえらず あるはず
うっすらと剥げ 傷跡は盛り上がり

 「裂け」から「咲け」へ。そこに、一瞬の祈りのようなもの、願いのようなものがまじる。
 その願いに、次のことばが遅れて重なる。

「わたしのせいではない!」
「…ソウダ………………」
「あんたのせいだ!」
  響き溶ける
   その言葉 忘れられず

 さらに、次のことばが遅れてやってくる。

避けず 裂けず 咲けず りんごさん
林檎さん リンゴ酸 なめただけ さわっただけ なにもしていない
ようさん 葉酸 あとわずかに舐めていれば おお

 そして、ふいに次の言葉となって結晶する。

感情と 感情を言い示す言葉をひっそり分ける
それが愛情である

 美しいことばである。だが、私はこの2行はない方が好きである。「意味」が邪魔をする。ことばのうごめきを閉じ込めてしまう。「けど」が、こんなふうにことばになってしまうと、セックスはセンチメンタルになってしまう。思い出になってしまう。思い出のひかりになってしまう。--鮭にはたぶん思い出はない。本能はあっても思い出はない。本能を思い出に変えてしまっては、鮭がかわいそうである。そして、人間の本能も、そのとき「思い出」に閉じ込められてしまうそうで、私はかわいそうだという気がする。
 道には具体的な思い出があるのかもしれない。
 けれど、その具体的な思い出は「わたしのせいではない!」「あんたのせいだ!」だけで十分な気がする。
 その瞬間が「避け」「裂け」「咲け」と重なり、「鮭」の産卵が重なれば、そこからどんなことばが出てくるかは、読者にまかせればいいのではないだろうか。

 こんなことを書いてしまうのも、実は「伝言--キヌおばあちゃんと」という美しい作品があるからだ。思わず涙が流れる佳品である。全行引用しておく。

小さな声でよか
黙っててもよかよ
言葉が見つけにくる
聞いたふうなけとは怪しか
大きな声は警戒しんしゃい
もうあるとよ

ああ えずか
目を閉じ 祈りんしゃい
透明になるとよ
夜ば見ると
照り返されると
小さなズレもいるとよ

記憶は奇妙な命令形で詫びのよう
抱きしめて クリームパンの匂い

涙流しんしゃい 時間はいらんとよ
気づかんだけたい もうあると
許さなぁ あとでわかると
「そうだね あれは潮騒?」
血たい
「利己的遺伝子と被投性は?」
なんね そんなもん なーんもならんとよ
モノとかいらんとよ
ほんに えずかー

ハムいるね?
小さなあごをなでて
まず 言葉たい
挨拶 学びんさい

 道は、道自身の「挨拶」を探している過程である。「学ぶ」のではなく、自らの「挨拶」をつくりだそうとして、詩を書いている。それは「キヌおばあちゃん」の伝言に背くことになるかもしれない。しかし、背いたあとでの「挨拶」の方が、より深い愛情にあふれる挨拶かもしれない。私はそう信じたい。

コメント (2)
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石井久美子『幸せのありか れお君といっしょに』

2008-04-18 11:27:29 | 詩集
 石井久美子『幸せのありか れお君といっしょに』(編集工房ノア、2008年04月01日発行)
 「現代詩」とは別の世界の詩である。ことばに対して批評がない。そのかわりに、ことばが現実を批評してくる。こどもの視点が、こういう作品には有効である。こどものことばは無意識に現実を批評する。それはつまり、現実(日常)の生活のなかで私たちのことばが凝り固まっていることへの批判である。私たちはそのことばを通して、自分の視点(ことばの動き)がどれほど窮屈なものであるかを知らされる。知らず知らずのうちに窮屈な世界へ入り込んでいたかを知らされる。
 「ゴムの跡」の全行。

「ズボンのゴムの跡がついたよ」
ニコニコと嬉しそうな れお君
「大きくなったのかな」

あっ そうか
そう言うことなんだ

「でもお風呂に入ると
跡が消えちゃうんだよなぁ」

大きくなった証を
いとおしくさわっています

 石井は「あっ そうか/そういうことなんだ」と、すなおに自分のことばと、こどものことばの違いを見つめている。母親はズボンのゴムがきつくなればゴムを緩めなければと考える。これが大人の世界に「流通している意味」である。こどもは逆に考える。ゴムを緩めるということには気が回らない。きつくなったのは自分のからだが大きくなったからだとだけ考える。
 このずれ。
 詩は、確かにさまざまな「ずれ」のなかにある。

 単純な話、たとえば恋人の笑顔を薔薇の花にたとえる。恋人の笑顔と薔薇は同一のものではない。比喩は「ずれ」があるからこそ、「比喩」である。そこには意識の飛躍があり、意識が飛躍するとき、詩が生まれる。
 詩とは、意識された意識の飛躍である。「わざと」引き起こされた意識の飛躍である。
 石井の詩が「現代詩」ではない、というのは、その飛躍が「わざと」引き起こされたものではないからだ。こどもによって、偶然引き起こされたものだからである。
 こういう作品に、もし危険があるとしたら、そこからことばへの信頼が拡大しすぎることである。ことばに対して疑問を持たなくなってしまうことである。ことばは真実をつたえる、ことばは純粋なこころをつたえる--そういう面だけが強調されてしまうことである。

 「確かな目」の全行。

ラーメン屋さんで
「ここの店はいい店だね」
「なんで?」
「車イスの人が来てるよ」

君の目の確かな部分を
また見つける
母として
嬉しくなる

 確かに、そういうことばを聞けば、母として嬉しくなるだろう。この嬉しさは実感であり、また、石井の自信でもあると思う。それはそれでいいのだが、これを詩として提出するのは、「よいこ」の押しつけのようなものである。
 こういう作品に触れて感じる疑問は、あ、こどもにとても大きな負担をかけているのではないか、ということである。どんなうふに言えば、親は(母親は、おとなは)喜んでくれるか、こういうことをこどもは無意識に判断する。そして、それにあわせるようなかたちで、「わざと」そういうことを言うようになる。
 この「わざと」は、おとなが詩を書くときの「わざと」ではない。同じことばをつかうから、誤解されそうだが、私はあえて同じことばをつかって書いている。おとなの、文学の「わざと」と、こどもの親の歓心をよぶための「わざと」は違う。文学の「わざと」は精神の技巧である、精神が錯乱するよろこびのための方法である。こどもの「わざと」は他人の精神(自分の精神も含む)が暴走して、とんでもないものをみてしまうことを楽しむためのものではない。ただ自己の利益だけをもとめるものである。
 これでは、ちょっと困る。

 あえて言えば(たぶん、石井に対してはだれもそんなことを言わないと思うので、ここに書いておくが)、こどもの無意識(あるいは、批評をくぐり抜けていない意識、自己批判をくぐり抜けていない意識)を尊重しすぎてはいけないと、私は思う。
 こどもの純真なこころは美しい。しかし、それは世界には美しいものだけが存在するのではない、美しくないものとも向き合って生きていかなければならないときがある、ということを自覚した上で、あえて美しいものを選択するということではないと、ほんとうに美しいとは言えないのではないか。
 こどもの「わざと」には、おとなの「わざと」の批判が欠けている。批判がないとき、それは、実は信頼できないものである。こどもを信じきっている石井に対してこういうことを書くのは申し訳ないが、私は「確かな目」に書かれていることを、石井ほどには「確か」とは信じないのである。

 「ゴムの跡」と「確かな目」を比較すると、何が違うか。
 石井自身が書いていることだが、「ゴムの跡」では、意識は「あっ そうか」とことばをもらしている。それは、石井はこどもの視点に気がつかなかった、こどもによってあることがらを教えられたという驚きの表明である。こういう驚きをもたらすものは信じてもいい。そこにはこども自信の「発見」がある。
 ところが「確かな目」には発見がない。こどもはおとなが期待していることをことばでなぞっているだけである。石井はこどものことばを聞いて「あっ そうか」と思わない。そのかわりに「あっ このこはこんなに立派になったんだ」と満足し、嬉しくなっている。その嬉しさ、満足は、こどもが石井の「理想」に合致しているという嬉しさ、満足であり、そこにたとえ驚きがあったとしても、それは最初からもとめていた驚きである。
 こどもが「発見」したものを、あとから石井が「発見」しているのではなく、石井が「発見」したものを、こどもがなぞっている。
 --その違いを理解していないと、きっとこの詩集は、こどもにとって負担になる。「いいこ」でいることが、やがて負担になる。
 こどもにとって、あのときおまえはこんなにいいこだったのに、と言われることほどつらいことはない。一方、おまえはあのとき、あんなばかなことをした、と言われる方が気楽である。「恥ずかしいから(みっともないから)友達には言わないでよ」というようなことをいって親子喧嘩をする方が精神衛生上、とってもいいものである。「恥ずかしいから(みっともないから)」という抵抗の底には、人間としての成長がある。自己批評がある。

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近藤弘文『夜鷹公園』

2008-04-17 11:01:32 | 詩集
夜鷹公園
近藤 弘文
ミッドナイト・プレス、2007年10月13日発行

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 ことばの呼吸が不思議である。「鶇」の1連目。

雪をほしがる
のは鶇のとうめいないかり
ですほんとうは
みたことがありません
(みたことあります)
そばで小石のようなものが
ひとりでにはじけて
いましたダムの底に沈んでいくオルガンを
燃やしている鶇の姿をとらえて
、打ち落とした

 行の渡りがいくつも登場する。行の渡り自体は多くの詩人がやっている。近藤の「渡り」の特徴はどこにあるか。3行目。「ですほんとうは」。この「ほんとうは」は2行目ににかかるのか、それとも4行目にかかるのか。何度読んでもわからない。そして、わからないことが、たぶん、重要なのだ。「わからない」ことはいろいろある。そして、その「わからない」には奇妙ないい方になるが、何もわからないのではなく、ことばとしてならはっきりわかるが、それが真実かどうかわからないということがある。真実かどうかわかったとしても、それが自分にとってどういう「意味」を持つのかわからないということがある。あらゆることが「理解」はできるけれど、それを納得できない(わからない)ということがある。「境目」をはっきり断定できない、その「境目」を自分自身の「肉体」として引き受けられないことがある。「理解」できるのだけれど、それを自分の「思想」として実践するとなると、躊躇してしまう。「理解」できるのだけれど、「感情」がついてゆかない。あるいは逆に「感情」は「理解」できるけれど、それをそのまま受け入れるわけにはいかない。そんなことは、できない……。何か、ことばとして表現できないもの、不思議な「境目」が私たちにはあって、それが私たちのすべてを縛りつけている。その「境目」は絶対に切り離すことができない。

みたことがありません
(みたことあります)

 ここでは3行目と違って、「渡り」はない。「渡り」はないし、行わけにはなっているのだが、逆に、ほんとうは分離できない。見たことがなくても、見たことがある、というときもあれば、見たことがあっても見たことがない、と言うときがある。どちらがほんとうかといえば、事実と感情では「ほんとう」が違うときがあるから、どちらも「ほんとう」であり、どちらも「うそ」でもある。「ほんとう」も「うそ」もなく、その分離できないからみあったものを内部にかかえながら私たちはことばを動かしている。つまりは、ことばにならないものをむりやりことばにして、自分自身でそのわからないものを納得しようとしている。わけのわからないものに「けり」をつけようとしている。いつか、どこかで「けり」をつけないことには、動いてゆけないからである。
 そういう、不思議なというか、(あるいは、ありきたりの、平凡な、と言った方がより正確なのかもしれないが)、うごめき、動きが近藤のことばにある。
 そうしたことを特徴的に表現しているのが、1連目の最後の行の、冒頭の読点「、」である。読点「、」の「渡り」。こういうことは、学校の文法では禁じられている。句読点は、文末に置く。そう決まっている。しかし、近藤はそれを冒頭に置く。それは単に冒頭に置いているのではなく、読点「、」を渡らせているということである。
 ここからが、実は、とてもやっかいである。
 「渡り」と私は便宜上書いたけれど、それはほんとうに「渡り」なのか。前の行の読点「、」を引き継いでいるのか。前の行の呼吸を引き継いでいるのか。あるいは、前の行の呼吸を読点「、」を冒頭に持ってくることによって切断しているのか。つまり「連続」か「切断」か、区別がつかない。何かがわかるとすれば、この一瞬、近藤が「呼吸」を必要としているということだけである。
 ひとには「呼吸」が必要である。--これはわかりきったことだけれど、そんなことをひとは普通は意識はしない。意識せずに「呼吸」している。近藤もたぶん無意識に「呼吸」している。無意識に「呼吸」しているのだけれど、その「無意識」が「無意識」のまま、突然自己主張する。浮かび上がってくる。ある状況のなかで、ふと人間が溜め息をつく。そうすると、その溜め息をひとに聞かれてしまい、はっとする。(あるいは、ふと溜め息を聞いて、はっとする。)そのとき、何かがわかる。あ、この状況が、ぴったりきていない。なじめない。そういうところにさしかかっている。「意味」ではなく、「肉体」として、私たちはそういうものを感じ取る。あるいは、ふともらすのではなく、そういう状況に苦しんでいるとういことを、「意味」ではなく、ことばではなく、ただ「肉体」として知ってもらいたいために、ひとはわざと溜め息をついたりもする。
 近藤の、冒頭の読点「、」は、そういう強い呼吸(溜め息)に似ている。
 近藤の場合、詩であるから、無意識というよりは「わざと」である。「わざと」のなかにこそ、詩が、「流通していることば」(教科書のことば)にはならないけれど、肉体に密着した思いがつまっている。
 ふつう、ひとが意識しない切断と連続、連続と切断--その境目が近藤を縛りつけている。そういうものがある、ということを明確にしたくて、「わざと」吐き出す溜め息のように、近藤は読点「、」を冒頭に置くのである。

 「わざと」吐き出す溜め息--その「わざと」の奥にあるものを明確にしなければ「意味」がない、かもしれない。しかし、そうではないかもしれない。私たちは現実において、そういう「わざと」発せられた溜め息に対してどう向きあっているだろうか。追及はしないのではないだろうか。「わざと」をきっかけに、ふっと我に返って話題を変えてみたりしないだろうか。あ、ここに、私とは違うひとがいて、そのひとが、この「空気」をいやがっている。この「空気」に困惑している、と気づいて、「空気」をなんとかしようとしないだろうか。「わざと」の溜め息は、「空気」に対する「悲鳴」である。哀しみである。「空気が読めない」ということばが流行りのようにして幅をきかせているが、「わざと」の溜め息は、別の「空気」がほしいという哀しいささやきなのでもある。
 そういう状況を思い浮かべるとよくわかるのだが、「わざと」の溜め息の瞬間、ひとは「連続」と「切断」を生きている。その場の延々と続く「連続」、そしてその「空気」を吸い続ける(連続)に対する苦しみ--そこから「切断」されたがっている自分。その連続と切断はぴったりくっついている。連続があるから切断がある。切断への思いがあるから連続が意識される。
 意識のなかにある連続と切断をみながら、そういうものが近藤をつくっている、近藤のことばの基本になっている--そのことを近藤は、行の冒頭の読点「、」で伝えようとしている。明らかにしようとしている。そこから始まる、哀しみ(愛しみ、かもしれない)は、近藤の詩を読みはじめたばかりの私にはまだよくわからない。よくわからないけれど、そういうものは、ほんとうはよくわかるはずがないものかもしれない。ただぼんやりと、あ、近藤はこういう「呼吸」の仕方をするんだ、こういう「空気」のもとめ方をするのだ、とうすうす感じればいいのかもしれない。そんなふうに「肉体」を、いまという時間のなかでいっしょに共存させればいいのかもしれない。

 私は、近藤の冒頭の読点「、」のさばきが嫌いではない。むしろ、好きである。その一瞬の「呼吸」になんとなく救われるものを感じる。共感してしまう。
 私の感想は感想にもなっていないかもしれない。
 だが、こんなふうにして呼吸(読点「、」の渡り)をくっきりと浮かび上がらせながら、そこに「わざと」という感じがしないのは、それが近藤の「呼吸」の本質だからだろうと思う。本質と信じていいと思う。
 詩集中、「、割れた黒曜石のなかをのぞく子の姿は」はタイトルもそうだが、作品そのものも読点「、」から始まっている。この作品にはほかにも独特の読点「、」のつかい方、呼吸があっでそれは特に美しい。--美しいと感じた、とだけ、書いておきたい。
 部分引用の形ではなく、ぜひ、1篇を通して読んでもらいたい。1冊まるごとを読んでもらいたい。

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