本章のテーマであるAIの完全な人間化は、現代技術の延長により将来の実現は可能です。しかしそれには膨大な技術開発と基礎データ の蓄積が必要です。
インターネットが今日の大規模データシステムに達するまでには初期の試行から数十年かかりました。今後それほどの期間、次世代の科学者と政府が、人工知能の完全人間化を目指して、経済目的が不明瞭なまま大規模の努力を続ける価値観を維持できるか?火星有人探検とどちらが早いかでしょう。
実現が見えない間は途方もなくむずかしい技術に見えるものも、実現してしまえば魔法でも神秘でもない。人間とまったく同じものとみなせるAIは、いつの日か(ひ孫の世代か)、当たり前のものとなります。そのときその膨大なアーカイブデータは宇宙船に乗って外の太陽系に向かうでしょう。■
(90 人工知能は人間になれるか end)
自然科学ランキング
では、本題に戻って、人間そっくりのAIが実現したとしてだれが買うのか、どう使われるのか、を考えてみましょう。
コストがタダ同然に安くできれば、もちろん、SNSのように普及するでしょう。おもしろいというだけで皆がアプリを所有するようになります。
そうでない場合、高価なAIを企業や富裕層が購入あるいは課金サブスクライブに登録するとしても売上合計は膨大な開発費をペイできるのか?しかも製品は人間そっくりな外見と行動をするディスプレイ上の動画です。
高額で買って満足できるか?
人間そのものとのテレビ会話で用を足せるではないですか?人間の相手に求めるものと同じニーズならば。
つまり(拙稿の見解によれば)AIはいつか人間になれる可能性を持っているが、人間化を目標とする大規模の研究開発は近い将来にはなされません。
代わりに広範なニーズに対応する種々のAI技術が今後発展し、商業的な成功によって普及するでしょう。そのうちのいくつかをアカデミズムなどの非商業的研究目的を持つ研究者が利用して、人間そっくりのAIの実現を試行研究として目指すことになります。長期にわたる小規模の研究試行を経て、それが成功するまでは、AIは人間的にはなりません。
自然科学ランキング
では、いつになればAIは本当の人間になれるのか?
不可能を可能にするには神秘的な超自然の魔法が必要なのでしょうか?人形のピノキオが本当の少年に生まれ変わるためには、善行を積んで妖精の神秘に救われるしかありませんでした。
古来、生命や精神の神秘に対する人間の感性は、霊魂など超自然の現象として理論化するしかありませんでした。現代生物学は、しかし、生命や脳機能の理解に超自然の存在を必要としません。地球生物は山や川と同様に地質現象の一例として出現しています。人間の知性も感性も同様に、科学としての地質現象の末端的な一部といえます。特に神秘と感じる必要はありません(拙稿34章「この世に神秘はない」)。
そうであれば、地球地質や生態系の進化と同様に、現代人の活動であるAIの発展が、今後、ごく近い将来(六〇年くらいか)大量かつ多岐に渡れば、偶然が作る超短期の進化はあり得るでしょう。
たとえば次のような技術進化の経路が考えられます。
AI全体の市場が拡大すれば種々の周辺技術が発展するでしょう。そのうちにはYouTubeやテレビ会議などの動画データの構造化がAIに蓄積できます。これはすでに始まっています。
その技術のコストパフォーマンスがある閾値を超えれば、その新しいAIは市場を席捲できます。
その発展過程で、状況に応じた人体の発声モード、人体のジェスチャー、表情、姿勢のダイナミックな変化から体温、発汗などまで人間特有の身体表現データを学習して、それを生成するAIも作られるでしょう。
その製造コストは、市場規模が拡大すれば、低減していきます。自動車もスマホも普及率がある閾値をこえれば、爆発的に普及しました。
エンジン駆動の馬車が将来どのような自動車に発展していくのか、そしてどう使われるのか、黎明期の発明家たちは正しく予想できませんでした。珍奇な発明品はなかなか売れず、発明家は資金に窮していました。それがいつになれば生活必需品になれるのか?
AIの将来もどのような形になるのか、どう使われるのか?現代の私たちには想像できません。
自然科学ランキング
視覚に訴えればよいのでしょうか?
画像や動画の生成にもAIは実力を発揮しています。これらを組み合わせて洗練させれば、人間そっくりの人工知能が作れそうです。
ディスプレイにはリアルな人の顔が映って動き、会話に応じてくれる。喜んだり怒ったりの表情もリアルです。この場合、相手を人間と思って会話を続けられるでしょうか?もちろん、相手が人工知能であることは知らないとしてですが。
、
この問題も実は、作りこみの精巧さ、に依存します。生成AIを使って作った画像や動画で十分精巧に作った製品は人間と間違えてもらえるでしょう。私たち脳の視覚情報処理も生成AIと同じ構造であるからです。
音声と視覚ばかりでなく、雑音や振動、におい、触覚、平衡感覚など体感、会話での動的な反応タイミング、などを実時間のバーチャルリアリティでそっくりに体験できれば、相手の存在感を人間そのものと感じることができそうです。しかしそこまで精巧な作りこみには、現状の技術は到達していません。
生身の人間と対面で対話しているのとそっくりな、どんな場面にも対応できるバーチャルな性能を実現するまでにAIを訓練するためには、それに適切な学習データを集めるためのたいへんな人力、つまり膨大な開発コストがかかるからです。
そのコストに対応する利益はどこから出てくるのか?つまりコスト対パフォーマンスの高さが要求されます。
現実の社会は、AIを真に人間化する夢を目指して、宇宙開発のように、そこまで巨大な国家的努力を集中するでしょうか?それよりも、多方面の違う方向に発展させて確実にニーズのあるビジネスと産業化に向かう可能性が大きそうです。
自然科学ランキング
それで人工知能が人間になれた、と言えるか?
無理でしょうね。
もともと、実務に使われる文章は、論理的で形式的ではあるが、建前だけで作者の本音が現れない、主観性のない叙述です。機械的な処理で終われるように作られています。そうであるから他人同士伝わる。もともと行政や契約やビジネスなどの実務に使われてきた表現から発展したものです。
もっと人間的な感じのする文章、ドラマや詩や歌曲に使われる文章ならばどうか?小説は、脚本はどうか?ラブレターはどうか?
現代の生成AIはこちらも得意です。注文に合わせて、それらしい言語現を作ってくれます。しかも生成応答が速い。であるからチャットは楽々。相手に合わせる実時間の会話も得意です。声も出せます。
人間の話す言語というものは、実は脳の言語中枢でコンピュータと同じように機械的に生成されるもの(一九五五年 ノーム・チョムスキー「言語理論の論理構造The Logical Structure of Linguistic Theory」)であるので、AIはそっくりにマネできてしまうのです。
逆にいえば、そっくりというよりも、コンピュータはそもそも人間の言語と同じ原理(チューリングマシーン)で作られているので生成AIが人間の言語を使えることは当然といえます。
現在、生成AIの到達した実用性はすばらしい。しかしこの達成と、AIが人間になれるかの可能性とは違います。AIには全くリアリティが足りない。このままでは、AIと付き合ってもとても人間そのものとは思えません。なぜリアリティが足りないのか?
自然科学ランキング
いまの勢いで人工知能が発達していくと、数年後には爆発的な発展期がくる、という予測を語る人が多いようです。もしそうだとして、人工知能は、あるいは人工知能を搭載したロボットは、はたして人間にそっくりの物に進化するのでしょうか?
自動車が発明されて、改良が続き大発展した結果、馬のようなものに進化したか?むしろ自動車は馬とは似ていないものになってしまいました。今後も自動車は改良されていくでしょうが、馬に似るものにはならないでしょう。
生物としての馬を人工製造しようと思う人は誰もいませんし、需要も出ないし研究予算も出ないからです。
自然言語生成AIのビジネス応用が最近の流行ですが、実績を評価するには時期尚早です。流ちょうな文章を生成できるので翻訳や要約には実用されそうです。しかし実績の信頼性を積み重ね、実務家を代替えできるといえるまでには長い試用期間が必要です。
その間、数年間にわたり人間が一字一句査読しながら文章を完成することになります。もしAI生成文が精度高く、読みやすいならば、査読者の仕事は冗長になり、退屈になるでしょう。価値が低下して報酬も減り、やめていく人が多くなります。ついには人手不足を理由に査読業務はなし、になります。
人工知能による文章生成工程が完成し、査読不要で社会に信頼されれば、いずれビジネスでも、私信でも、SNSでも、どの文章実務も無人化するでしょう。
自然科学ランキング
鉄腕アトムは百万馬力ですから、重機より仕事効率がよいし、最新兵器よりも破壊力が強いようです。そうであればかなり役に立つでしょう。しかしそのような目的では、人間そっくりのロボットを開発する必要はなく優秀な人間に強力エンジンを持たせる、または最新型兵器に搭乗させればよし、となります。あるいは通信装置が完全ならば遠隔操縦で十分でしょう。
結局、人間そっくりのロボットが量産できるようになったとしても、そのマーケットはどこにあるのか?奴隷の代わりにこき使えるから便利、あるいはラブドールよりは高価で売れるだろう、などあやしい用途くらいしかなさそうです。
そうであれば、この開発は最初から賛同者が集まらない。もちろん国家プロジェクトの候補にはなれない。その程度の盛り上がりでは、民間の大型開発にもなりそうにありません。
アポロ計画やヒューマンゲノム計画の国家投資が研究者集団と企業群の集中的努力を引き出した要因は、それが国家威信をもたらす人類の偉業であると同時に防衛と経済拡大に必要と認められていたからです。国家ニーズ、次世代の需要拡大そしてマスコミ受けの分かりやすさ、どれも必須です。
それらがそろった時は、競争相手に先を越されてはならない時です。賛同者が急増する。そうであれば、覇権国の国家威信をかけた競争目標に浮上します。
カギは結局、実現への巨大な期待がでてくるかどうか、でしょう。その先に来る新世界、新産業が目に見えてくるか、です。
正月番組になっても夏頃は消えていく短命な流行語ではだめです。投資が投資を呼ぶ本当のブームになれるか、バブルでおわるか?
自然科学ランキング
それと組織力です。疑似人間ロボット開発プロジェクトは科学省の大目標だったらしく、長官だった天馬博士は全組織をあげてアトム製作業務にまい進しました。当時の科学省の技術水準と組織力は世界抜群であったと思われます。
予算もたぶん巨額でした。世界を出し抜くことを目指した国家プロジェクトだった、でしょう。人類史に残るほどの偉業を我が国が達成したい、という国民的目標があったに違いありません。アポロ計画やヒューマンゲノム計画のレベルだったはずです。
二十一世紀の産業革命が人工知能だ、という人もいるようです。そして人工知能は近い将来、人間の心を持つ、そのとき世界は大転回する、という人もいます。もしそうであれば、そのブレークスルーは国家プロジェクトになり得る。
覇権国はどうしても次世代の核心となる技術の特許やノウハウを獲得しておかなければなりません。アメリカあるいは中国が国を挙げて取り組むはずです。
実現できれば、それはある時点で、たしかにシンギュラリティに達する。しかし資本主義の現代、この巨大投資がなされる場合、テクノロジープッシュではなくてデマンドプルでなくては無理でしょう。つまりそのような全世界的な需要が、現代のこの社会で出てくるのか、という問題です。
人間そっくりの人工知能あるいはロボットができるとして、その商品としての需要について根本的な矛盾がありそうです。人間そっくりの物で人間を置き換える必要はどこにあるのか?
自然科学ランキング
人工知能がどのような姿で表示されれば意識を持つ人間とみなせるか?テキストとして文字出力されるだけでは、こいつは人間じゃない、と言い捨ててしまえばよいでしょう(一九八〇年 ジョン・サール「Minds, Brains, and Programs」 [チャイニーズルーム問題])。女性の魅力的な合成音声で語りかけてきたらどうか?最近の技術では、かなり人間的な感じになります。
ディスプレイにリアルな女性の顔が現れて、流ちょうな語調で、表情豊かに話しかけてきたらどうか?たいてい人間と思いたくなりますね。
「気をつけろ。それは幻影だぞ。だまされるな」というセリフがマンガでは出てきます。
血色がよくて、明るくやさしそうな女性の顔が表情豊かに笑いかけて会話に答えてくれれば、こちらも警戒心がなくなります。さわやかそうな男性でもよし。子供ならばなおよいですね。
実際、AI作成者は表情を研究して、3D画像や立体造形で、そのような形態を出そうと努めています。
今のAI研究は、どの程度熱心に、人間そっくりのAIアバターの表情や動作を作ろうとしているのでしょうか?
この技術が近い将来、マスコミで騒がれているように飛躍的に進歩するためには、最高の才能を持つ科学者、技術者が最大の努力を集中しなければ不可能でしょう。どんな状況になればそれが実現するのか?
鉄腕アトム(一九五二年 - 手塚 治虫)は天才ロボット学者天馬博士の執念の研究努力によって実現しました。天馬博士の狂気の情熱はノーベル賞を目指すふつうの研究者の動機とはけた違いでした。
このような巨大飛躍の源泉となる動機はノーベル賞やギネスブックのように世界的名声を目指す程度のものではないでしょう。
自然科学ランキング
こうなると、実用化ビジネスが急に立ち上がってきます。DXの最新版ということで、いまや世界中の会社が試作や応用に参加し始めています。有力新技術として政府も支援を急いでいます。
では、いよいよ人工知能は人間に近い存在になるのか?機械の能力が進化すれば、人間に似てくるのでしょうか?いやしかし、昔の電話に比べればスマホは恐ろしく発達していますが、人間に似てはいませんね。AIが発達しても人間に似るとは言えません。
新技術は需要に引き出されて進化します。AIが人間に似てくるためには、そのような需要が出てくる必要があるでしょう。
今のAIには欠けていると言われる人間的な感情、あるいは意識、と言われるものにもし大きな需要が出てくるとすれば、それは開発の対象になる。たとえばAIを孤独な老人の大事なペットにしたい、というような大きな需要があれば、あとは技術とコストの問題になります。
その需要に見合うコストを実現する技術が実現可能でしょうか?技術がここまで進歩してくるところをみると、長期的には経済の問題、と思えますね。
さて、意識を持つコンピュータは、いつか、実現できるのか、という問題。意識とは何か?人間は意識を持っていることは明らか、と前提する(拙稿9章「意識はなぜあるのか」)ならば、それは可能です。
目を合わせると見返してくるネコのような物体は意識を持っているように見えます。見られると逃げるロボットがあれば、それも意識を持つ、と思えます。
つまり目的を持つかのように動く物体は意識を持っている、と言うことにするならば。そのロボットには意識がある、と言えます。そのロボットをアバター画像として表示するAIは、意識を持つ、と言ってよし。つまり、そのAIは人間に似ている、ということになります。
自然科学ランキング