そもそも幽霊は物質ではないのではないか?物質でないものは知覚できないという科学者の意見に従えば、そこに見えるように感じられる幽霊は物質である。あるいは物質である、と言い切らないまでも、あたかも物質であるかのように知覚される存在である、ということになります。つまり幽霊は、幽霊が見えるような感じがする限りにおいて、物質のようなものです。
そうでなければ錯覚ということです。
幽霊は、私たちが人間を見る場合、人間が物質のように見えるというような意味あいにおいて、物質である。あるいは逆に言えば、幽霊は、人間がただの物質とは違って、物質以外の何かを含んでいるように感じられるという意味あいにおいて、ただの物質ではない何か人間的な存在である。あるいは、幽霊は、人間という存在から物質的なものを除いて後に残るものに似ているものである。
それは魂でしょう、という意見があるでしょう。しかし(拙稿の見解では)言葉を正確に使うと、魂というものがあるということは不可能になります(拙稿8章「心はなぜあるのか」)。残るものは、人間を目の前にした場合の私たち自身の身体の反射から生じる認知感覚でしょう。人間の身体の内側には心があるように感じられる、その認知感覚です。
薄暗闇に枯れ尾花を見た場合、錯覚してそこに人間のような影を感じ取ればそれが幽霊になる。そのとき、枯れ尾花の内部には、たしかに幽霊が存在する、と言うこともできる。存在とは何か、という存在論的問題でもあります(拙稿25章「存在は理論なのか?」)。
幽霊はなぜ怖いのか、そしてふつうの人間はなぜ怖くないのか?その理由はひとつです。私たちが、人間というものを、どこかしら、幽霊のようなものと思っているからでしょう。つまり幽霊に毛が生えたようなものが人間。いや、幽霊に足が生えたようなものが人間である、と私たちは思っているからです。
足が生えていれば、その幽霊のようなものは人間であるから恐くない。しかし足が生えていなければ、その人間のようなものは幽霊であるから怖い。■
(44 幽霊はなぜ怖いのか? end)