哲学の科学

science of philosophy

ノーチェンジャーゲーム(6)

2022-02-05 | yy81ノーチェンジャーゲーム


日本将棋連盟はゲームのルールを変えない。しかし人工知能は名人の権威を脅かし始めました。テクノロジーの進化が結局はノーチェンジャーゲームの安定を侵食するようです。
二十一世紀を代表するテクノロジーはコンピュータとインターネットです。スマートフォンの普及は先進国の日常生活を一変したといえるほどのゲームチェンジャーです(拙稿80章「デジタル その魅力と退屈」)。昔から続いていた多くのノーチェンジャーゲームがスマホに駆逐されました。ラブレターも折り込みチラシも辞書も雑誌も消えていきます。
インターネット、コンピュータ、スマホはいまや日常生活のインフラであり、あらゆる産業活動の基盤であり、加速度的に膨大な資本が流入しています。
現代、テクノロジーが最大のゲームチェンジャーであり日常生活の侵略者であるといえます。だれもがそれを知っているのになぜ、テクノロジーの進化は阻止されないのか?
この会社がそれを使わなければ、あの会社がする。この国がその販売を許さなければあの国がそれを許可する。一日でも早い方がすべてを獲るかもしれない。結局強いテクノロジーを使わないものが排除されることになります。
地球上のすべての国がSDGsを守れば、理論的には、テクノロジーの弊害は防げます。進化は抑えられる。少なくともかなり緩慢にできる。しかしそれでは国家間の格差は永続しさらに拡大を続けます。格差が下の国々は不満を募らせるでしょう。
中間層はノーチェジャーゲームを維持しようとする。下の層はゲームチェンジャーを歓迎する。いつの世でもそうです。
多くの人々にとってノーチェジャーゲームは心地よい。しかしそれが面白くない層が下に残る。その境界層は揺動するので多数派はときに逆転します。民主主義が働いていても、ゲームチェンジャーにはいつかチャンスが来ます。

昔の人は、もののあはれ、といい、諸行無常といいました。ゲームチェンジャーは嫌いだが、筍のように出てくるその台頭は防ぎきれない、奢れるもの久しからず。永久に不変で行けると願うのは無理でしょう。中世の人はそれを知っていました。
永遠の幻想に酔いたい。しかし幻想は続きません。いずれすべては変わっていく。この世に永遠にあるように見えるいくつものノーチェンジャーゲームは、どれもあるとき、風と共に去っていきます。
永遠の平和を願ってはいけない。戦争を避けたければ戦争から逃げてはいけない。この世はノーチェンジャーゲームではありません。■


    
(81 ノーチェンジャーゲーム end)









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ノーチェンジャーゲーム(5)

2022-02-01 | yy81ノーチェンジャーゲーム


日本の国家経済体制は資本主義あるいは修正資本主義、あるいは国家資本主義でもあり、さらに修正の修正から現代に続く修正修正修正資本主義ともいえますが、昔からあったものの換骨奪胎ともいわれる。この資本主義システムはなぜ長期安定なのか?いったん成立したゲームはなぜ世代を超越して長く続くのか?
歴史上、(第二次世界大戦)戦時の国家総動員システム、それが修正された占領軍指導システム(SCAPanese model【一九九九年 ジョン・W・ダワー「Embracing Defeat: Japan in the Wake of World War II 『敗北を抱きしめて』」】)。それを修正して大成功した通産省指導システム、それがまた修正(あるいは経年劣化ともいわれるが)されてきた現代の日本資本主義システムであるといえますが、結局、外部環境つまり国際経済情勢への適合不適合によって成功不成功が決まっているようです。

しかし戦争や革命がなければシステムの根本は変わらない。全面崩壊は起こらない。最初の三世代くらい統治がうまくいくとなかなか崩壊しない。洗練されたシステムが完成して人々の信頼が得られるからでしょう。
軍事機構と官僚機構が完成する、生産システムの系列化と人民の間の階層化が安定する、世襲制が定着する。ブランド、看板が浸透する。コネのネットワークが発展し現代的に洗練されます。試行錯誤を脱却して永続的なサイクルが生き残り、修正はあっても新規の大変革を排除する保守安定機能を持つようになります。逆にいえば、雨後の筍のように出てくる異端を駆除して、新規を叩き規制する強力な復元機構が完成します。
平和が続き、ノーチェジャーゲームは完成します。
なによりも多数派の人々がそれでよしとする。永遠に続く安全安心を享受する。あるいはそれしか仕方がないとあきらめる。そうなればその統治システムは完成します。
前世紀に隆盛を誇った現代日本システムも、いまや先進国から脱落する陳腐化システムに退化したといわれながらも、結局はこれが良しとされている。大改革はされない。人々はその安定を捨てる気がない、ということでしょう。
徳川幕藩体制は歴史上も世界有数の安定性を獲得した国家システムでした。天下泰平のこのノーチェンジャーゲームは黒船の来航で崩壊しましたが、その平和なユートピアの伝説は現代にまで続く安全・安心の村社会の風景、つまり日本的ノスタルジー、となっているのかもしれません。

平和への願い。怖いことは起こってほしくない。変なことは起らないようにしたい。人々の願いはゲームのノーチェンジをよしとします。











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ノーチェンジャーゲーム(4)

2022-01-15 | yy81ノーチェンジャーゲーム


世界にはブランドを確立し百年も続く長命な企業が多くありますが、その四割は日本企業です。サントリー(株式会社壽屋)など老舗食品会社が多い。ブランドが確立していて世代を超えて愛好する安定顧客を抱えています。ゲームチェンジャーがいない。これらの会社はノーチェンジャーゲーム(拙稿の造語)であるといえるでしょう。
日本の会社は大卒一括採用から始まる年功序列終身雇用という安定指向のモデル構造を維持していて、社内からゲームチェンジャーが表れない、といわれています。その会社群が活動する経済界もまた新規参入を阻む業界慣行、行政指導、護送船団システム、系列下請け構造が顕著といわれています。この国のこのような下部構造は世界でも珍しいノーチェンジャーゲームを作っているといえます。

戦争や革命がない場合、上部構造の法制慣行、政治権力システムもほとんどチェンジしない。たとえば日本では(第二次世界大戦)戦後の上部構造は実質不変。憲法と立法行政司法三権の各システム、公務員制度、大学学校制度、運転免許制度、天皇制。ほとんど変わらない。これらのノーチェンジャーゲームは永久に続くように見えます。

思想、言論の自由に裏付けられているはずの大学やマスコミのランキングが変わらない。東京大学はいつも最高学府。朝日新聞は常に最上位。これも当然なのか?自由な競争があるはずなのにいつも順位が変わらないのはなぜでしょうか?

世界大戦争の後、平和が続くと国際序列も変わらない。国連安保理事国は常任メンバー不変。政治機構よりも国際経済機構のほうがまだ少し修正がある。ノーベル賞委員会はずっと北欧二国。
ファッションブランドのほうがまだ交代がある。ミラノからパリ、ニューヨーク。しかし実力は東京だと言っても日本でも少数意見。
これらのノーチェンジャーゲームはなぜ長期安定なのか?











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ノーチェンジャーゲーム(3)

2022-01-08 | yy81ノーチェンジャーゲーム


現代史におけるゲームチェンジャーの勃興と凋落を、典型として見せているのは(不思議な先進国といわれる)この国の社会と経済の変遷です。
明治維新以来、爆発的に富国強兵を達成し、アジアを席巻するかと見えた瞬間に大敗北を喫し、そこからまた急速に生産力を回復してついに世界一の工業力を誇るまでに至った日本。東アジア中華系諸国は日本の大成功を追って同様にゲームチェンジに成功しました。中国、台湾、韓国、シンガポールは現代の成功国家です。
一方、日本は世界最高の富裕国家となって二十世紀末を越しましたが、人口がピークを打ち少子高齢化が顕在化してきます。最優秀に見えたその日本産業システムは世紀末から徐々に生産性を低下させ、製品の代わりに資本と技術を輸出する金融大国に変容しています。生産性の低下により製造経済から金融経済へ移行するにつれ国内の経済格差は拡大し、福祉国家にならざるを得なくなっていきます。

では逆にチェンジしないゲームはどうなのでしょうか?ゲームがチェンジしなければ、そのゲーム内部のプレイヤー達は何のストレスもなくそのルールを信頼し、そのゲームに興じて毎日を過ごすことができます。ノーチェンジのゲームは当然その良さが好まれているはずです。

たとえば日本国憲法。変わらない。変えたくない。ということはこれが不変であることが、どこか日本人にとって理屈を超越した安心感のよりどころであり幸福の象徴となっているのではないでしょうか?
一九四五年から 二〇一四年までの間、もちろん日本では新憲法制定以来、改正は一度もなし。その間、米国憲法は六回、カナダ憲法は一九回、フランス憲法は二七回、ドイツ憲法は五九回、イタリア憲法は一五回の改正を行っています。
パラドキシカルですが、この不変憲法の改正を主張している自由民主党は、中国など共産党政権を除くと、世界でも珍しい長期政権党です。










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ノーチェンジャーゲーム(2)

2022-01-01 | yy81ノーチェンジャーゲーム


実力と自由競争を看板にしているプロ野球には、さすがに典型的なゲームチェンジャーがいます。二〇二一年の米国メジャーリーグ最優秀選手賞を取った大谷翔平はだれもが認めるゲームチェンジャーでしょう。こういうプレイヤーが出るとそのスポーツは俄然おもしろくなります。
公共のシステムにおけるゲームチェンジャーも、生活の質を一気に改善するものが前世紀には多く出現しています。 
完全に消えた昔の汲み取りトイレはくさくて不潔。上下水道工事は消化器系疫病を駆逐しました。浄化槽の技術も完璧になり、トイレは水洗のほかはなくなり、ついにはほとんどすべてがシャワートイレとなりました。
感染症に対しては抗生物質とワクチンが量産され、若年死亡率は低下し平均寿命はどこまでも伸びてきます。今後、遺伝子工学の応用によりがんも成人病も治療可能になるでしょう。現代医療システムの裏打ち構造としての国民皆保険制度の完成が真のゲームチェンジャーです。
軍拡競争というゲームにも当然ゲームチェンジャーが登場します。必殺リベンジャーとして、見えない海底に潜む核ミサイル搭載原子力潜水艦の開発は、事実として核戦争を抑止したといえるでしょう。









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ノーチェンジャーゲーム(1)

2021-12-27 | yy81ノーチェンジャーゲーム


(81  ノーチェンジャーゲーム  begin)




81  ノーチェンジャーゲーム

ゲームチェンジャーとは、業界の常識を塗り替えるような革新的なシステムを開発して市場を席巻し大成功するビジネスのことです。
通信販売の覇者アマゾンは、パソコンやスマホの上でどんなものでも簡単に買えるオンラインショッピングを実現して世界中の小売業を圧倒しお客さんを奪いました。アップル社のiPhoneはスマホの広大な世界を開き、通信、写真、動画、エンターテインメントその他既存媒体の市場を破壊し新世界を創造しました。
現代の巨大なゲームチェンジャーは、人々の日常生活の基盤を刷新し、まったく新しい世界に放り込みます。

文字の発明以来、読み書きは人類文明の基礎になっていますが、数百年前までその媒体は紙を使う手書きと書写でした。印刷機と活字の発明で書物の世界が生まれましたが、つい百年前まで出版会社だけが大量コピーを製造するシステムとなっていました。
今思えば一九世紀末にタイプライターが出現したころが現代世界というゲームチェンジのはじまりだったのでしょう。欧米ではタイピストが女性の花型職業となりました。日本では筆者が小学生のころ、日本語タイプは普及せず学校の先生たちが配るガリ版コピーが先端技術でした。
数十年前にコピー機が普及し、すぐワープロの時代になり、ゲームは急速にチェンジしていきました。パソコンが万能の時代になり、すぐスマホが文字世界を制覇します。
音楽の媒体も蓄音機、円盤レコード、カセットテープ、ウオークマン、CD、DVD、ストリーミング、スマホと次々にゲームチェンジが起こり、覇者が入れ替わっていきました。
カメラは一九世紀に大成功した発明品ですが二十世紀には小型安価簡便に改良され個人用に大普及しました。ところが世紀をまたいでデジタル化されると瞬間的に大普及しましたが、すぐにスマホにその機能を乗っ取られゲームから消えていきます。

ステーキはおいしいが値段が高い。ナイフがないと切れない。一口でかみ切ろうとしても堅い。ハンバーガーは安くておいしい。すぐ噛める。カリフォルニアから全米に展開したマクドナルドは人々を幸せにしました。
マクドナルドはまた、カウンターセルフサービス、ドライブスルーによる安価、簡便な外食の可能性を開きました。
シアトルから進出してきたセルフサービスのカフェ、スターバックスやタリーズは安価簡便ばかりでなく、美味とおしゃれな内装で若者の人気を集めました。
セルフサービスのスーパーマーケット、コンビニエンスストア、セルフサービスガソリンスタンド、回転ずし。この半世紀に世界中に普及したセルフサービス店舗は客が店員を介さずに自力で商品を獲得できるという経験の心地よさをも売り物にしています。
これら現代に成功したセルフサービスシステムは、消費者に施設や機器を自由に操作させることで人件費を節約して低価格を実現すると同時に快適な操作体験を提供するというゲームチェンジャーです。焼肉屋やお好み焼き屋などの顧客参加システムを他業種に応用拡大したものといえます。








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