選択の基準は、もちろん、生存繁殖の効率性です。数十億年にわたるコンペティションの繰り返しで選ばれた作品のすばらしさは驚異的かつ神秘的でしょう。
ダーウィンの著作(一八五九年 チャールズ・ダーウィン「生存競争における適者保存あるいは自然淘汰の作用による種の起源について」 On the Origin of Species by Means of Natural Selection, or the Preservation of Favoured Races in the Struggle for Life,1859)は家畜の品種改良からガラパゴスの歴史を俯瞰してマクロの観点で進化システムを描写しています。現代の分子生物学の発展は同じダーウィン理論を超ミクロの高分子構造の体内変化過程に適用して幹細胞や神経系、免疫系の分化、あるいは病原体やガン細胞の変異や薬剤耐性のメカニズムを解明しています。
ダーウィン以来百数十年の科学の発展で分かってきたことは、結局、生命に神秘はないということです。地球の自然過程で有機高分子は生命現象を現出させうるし、それは超長期にわたり変化し続けていかにも多様な生命風景を実現できる。それは、いかに複雑多様であっても、自然現象であって、超自然な神秘が働いていると言う必要はありません。
たしかに現在まで、この現象は地球でしか観察されていません。地球環境の特異性と言えます。しかしこのことをもって、地球だけが神秘の天体だ、ということも自己中心性(egocentrism)の誤謬でしょう。
現在までの天体観測では地球とそっくりの天体環境は見つかっていません。しかし近年の高精度天体観測と宇宙探査技術の発展をみると水や有機分子がありそうな多数の環境を発見できる技術が獲得されつつあることは間違いないでしょう。
まもなく生命のような現象が宇宙に満ち溢れている、という予想が証明される、という話の方が本当らしい。そうであれば、生命は神秘というよりもこの宇宙に存在する必然的な本質である、ということができます。
逆に美しくないもの、醜いものの代表は、骸骨、腐敗した死体、幽霊、これらは目的を失った生物の残骸ですね。ゾンビなど目的なく動き回るから実に醜悪、気持ち悪い。
美しくないものは世の中にいろいろありますが、なぜか、生物で目的を逸脱したもの、行き過ぎたものが特に醜く見えますね。腐敗菌、カビとか雑草、害虫、病原菌、ガン細胞など美しく見える時がありますか?
生物の目的であるはずの成長繁殖の成果が過剰に見えるもの、生命力が横溢している現象はどうか?しばしば美しくない。醜い。風呂場のカビとか、庭の雑草、台所のゴキブリなど主婦は懸命に除去する。命は美しい、というなら慈しんだらいかがでしょうか?
これらの生命現象、つまり自己のDNA情報を複製し伝達していくシステムは、過剰に効率的になると、美しくなくなります。その場合しばしば、人間にとって害である、あるいは害であるかのように見えています。
つまり私たちは、自分に都合がよいかどうかで、命は美しい、と言ったり、すぐ駆除したい、と言ったりしているらしい。
ガン細胞など、最近の研究によれば、自己体内の細胞がまさに体内でダーウィン理論の通り変異進化し繁殖していく。細胞分裂のたびにDNAの損傷が蓄積し自動修理できない変異DNAが繁殖し転移能力を獲得してしまうと、身体全体は老化するのにガン細胞だけはますます若返る。人間は長生きするのでDNA損傷は特に蓄積しやすい。七四歳になる筆者などはなぜガンで死なないのか、偶然の幸運でしょう。(二〇一四年 Bruce Alberts, Alexander Johnson, Julian Lewis, David Morgan, Martin Raff, Keith Roberts, Peter Walter 「Molecular Biology of the Cell 6th ed.」)
こういう細胞は美しいとはいえませんね。