階級性は厳格なほどよいのか?会社の所得に寄与するのか?そこには限界がある。厳格すぎれば社員の自立性、自発性を損なう。現代は民主思想がよしとされ、顕示的な階級性は忌避されます。しかし一方、階級性を顕示できなくなると、仕事の効率とセキュリティ、そしてオフィスの信頼性はオフィス内部に保持しにくくなります。その場合、それを外から担保するシステムが必要になってきます。
階級制は制度化された目に見えるものから、目に見えないものに移っていく傾向があります。オフィス内部の階級制が薄らいでいくと同時にオフィス間の階級制がそれに代わっていきます。
現代経済が回転するインフラストラクチャとして、オフィスの上にオフィスがあるというオフィス間の階層が重要です。これは通常、組織規程などの文書で明文化されていない暗黙の階級制ですが、契約書、政府の省令、通達など柔らかい文書に表されている社会的経済的な強者弱者関係によるいわゆるソフトな支配が作る階級制です。
所管官庁がトップに位置していて業界や銀行、地方官庁、地方組織を(ピラミッド状に)階級化しています。業界内部ではいわゆる系列が下請け孫請けの階級構造を作っていて各組織のオフィスはその階級を連ねるネットワークの結節点としての情報伝達を仕事としている、と見ることもできます。
このネットワークはオフィスの外側を覆っているので一見、目に見えませんが、オフィスワークの源泉であるということができます。ネットワークの結節点としての情報処理が各オフィスの資金調達、受注、予算獲得など栄養供給源であることはオフィス内部に周知されていてメンバーは全力でその仕事に注力しています。
入ってくる情報の意味と価値を即時に判断し、対応する。これらのネットワークを高速で流れる情報に駆動されてキビキビと働いているオフィスは高性能の機械のように一種の機能美にあふれていて美しい。
この観点からはオフィス間のネットワークがなす情報伝達ないし情報処理の正確さがオフィスの美しさを醸成しているといえますが、ここでもまた、必要以上に、情報のための情報を作り出すことでオフィスの美しさを維持したいという傾向が出てきます。
結局、美しいオフィスは、市場原理以上に、その美しさを維持し向上させたいという自己保存あるいは自己増殖の潜在的傾向を(集団的無意識として)持つことになるようです。
その組織にとって美しすぎるオフィスは、その組織の効率、生産性、あるいは競争力の強化にとって、プラスなのか、マイナスにならないか、という問題があります。あるいは社会、国家にとって、美しすぎるオフィスを持つ官庁や大企業は、それがマイナスに働く恐れがありはしないでしょうか?
グローバリゼーションにより国家間の経済競争は熾烈を極めています。敗者は立ち直れない。どうすれば先進国の位置を維持できるのか?
都心に集まる最先端の美しいオフィスの中にサバイバルの鍵があるのでしょうか?それとも伝統ある立派なオフィスに属していないアントレプレナーが市場の裂け目を突いて急成長するところに救いがあるのでしょうか?
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東京一極集中という。実際、都心部の密集した高層ビル群に大官庁大企業は入らなければなりません。集中はますます加速しています。批判も多いのになぜ極度な集中はやまないのか?経済原則でしょうか?
官庁や企業の組織はその各末端の間でも緊密な連絡連携が作られています。ニューロンネットワークが張り巡らされた脳神経系のようです。テレビ電話や定例会議の他にアドホックな非公式打ち合わせ、オフィスの角での立ち話が重要です。
そうしないと競争に遅れる。ネットワークからはじき出される、という恐怖は実務現場の人なら切実に感じています。疎外あるいは脱落の恐怖、というべきものでしょう。本当に経済合理的なのかどうか?合理的な理論よりも集団で感じる恐怖感情が行動を決めていきます。
結局、会社は都心ビル街に密集したがる。それが会社のステータスにもなります。社員のインセンティブにもなる、と考えられています。
美しいオフィスの住人であれば、そこにいるだけで幸せな気持ちになれる。口でそう言ってはいけませんがそう思っているでしょう。エリートの座を失いたくないと思うのは当然です。そういう場合、ふつう保守的になる。保身ですね。皆がそういう気分であるから会社は防衛的になる。
逆に、防衛に秀でたものだけが生き残る。機密情報が漏洩するようではだめです。防御は堅固であるほどよい、と思いこんでしまう。組織防衛論に異議は出ません。暗黙の集団的恐怖心がオフィスの規律を維持し、美しさに寄与している、という面もあります。
オフィスではしばしば、階級制が顕示されます。セキュリティなどを理由に入室制限、オートロック、職員(役員)専用食堂、専用エレベータ、ネクタイ着用、私服可など、役員との差別、ブルーカラーとの差別、外部一般人との差別、がセキュリティや接客などの必要以上に強調されます。インサイダーとアウトサイダーを峻別するこれらの内外差別も一種の緊張感を呼び、それもオフィスの美しさに寄与している、と言えるかもしれません。
階級性は一度成立してしまうと、なかなか崩れません。階級格差を維持するための所得格差、待遇格差、情報秘匿、モラル、言葉遣い、席次、儀礼動作などがかなり厳格に要求されます。オフィスでもそれらが暗黙裡に重要視されています。
階級が制度化される理由は、それが仕事の効率とセキュリティを高め、会社の信頼性を高め、高所得に寄与するからでしょう。しかしこれもうまくいけばいくほど、手段と目的が錯綜としてきます。仕事のために階級があるのか?階級があるから仕事をするのか?オフィスの美しさはこの厳格な階級制の働きが支えているという面もあります。
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このような、いわゆるオフィス生活とその準備としての学校生活、は、今から四千年くらい前のメソポタミアの王宮付属学校ですでに始まっていました。その当時の生徒の生活を描写したシュメール語楔形文字文書が発掘されています。
「ぼくは教室に入って座り、そしてぼくの先生はぼくの粘土板を読みました。先生は『間違っている』と言いました。そして先生はぼくを鞭でたたきました。ぼくの先生は『君の文字は下手だ』と言いました。そして先生はぼくを鞭でたたきました」(紀元前二千年頃 作者不明『学校時代』)
この少年は、当時のエリートである王宮の書記として就職したいので学校に通っていたのでしょう。首尾よく書記になれれば、毎日座って(粘土板の)文書を読み(粘土板に)文書を書き、安定した俸給をもらえます。座って文字を読み書きしているだけで、安定した収入が得られるという素晴らしい職業です。当時のエリート、ホワイトカラーです。その仕事場がオフィスです。
オフィスでなされる仕事は、まず文書処理です。昔はペーパーワークと言った。今はパソコンワークですね。
顧客や銀行や官庁や税務署など外部機関への報告書、申請書。それらよりずっと膨大な社内の上級者、上級オフィスへの報告書。企画書、予算書、契約書の作成。生産現場や消費現場で作業する一般のワーカーを管理誘導するための社内伝票。パソコンを叩いてそれらの書類を作る。サーバーにアップロード。あるいは紙コピー配布作業、です。
実は文書処理よりも大事なことは、ヒューマンコンタクト。つまり、いろいろな人と顔を合わせてスムーズな会話をすること。依頼、交渉、確認。大小の打ち合わせ、根回し。会議での発言、プレゼンテーション、レクチャーです。
オフィスでの仕事は、筋肉を激しく使うことなく、頭脳を使って読み書き計算をする労働です。頭脳労働あるいは精神労働とも呼ばれます。
服も汚さないので美しさを優先した白シャツにネクタイが使われます。現代のオフィスではカジュアルが好まれる傾向にあってスポーツ着や部屋着などがオフィスで着用されるケースもありますが、そこにも実は隠れたスタイルのしばりがある。かなり固い暗黙の規律が守られているようです。プライベートのときのようなラクラクな格好をしてはならない。少しは緊張感を演出しなければならない、ということのようです。
オフィスは防災、セキュリティや清潔管理、静謐保全、その他の理由で建物としての物理的閉鎖性が高くなっています。エントランスにはリセプショニストとガードマンが常駐してIDカードをチェックする。あるいは最近はICカードで自動ゲートを通過しなければ入場できません。
その隔離された静謐な空間に同質のホワイトカラーだけがいる。会社員の聖域、という感じになりやすいでしょう。
聖域といえば神社仏閣のようなものです。鎌倉円覚寺の舎利殿など臨済宗の禅道場なので一般人は入れません。禅修行僧の聖域です。宗教的エリートのサンクチュアリです。国宝です。実に美しい。清潔、静謐、閉鎖的、伝統的、儀礼的。オフィスもこの精神を継いでいます。最も大事な行為をしている場所なので真面目に美しく、荘重に維持する。場の雰囲気への尊敬尊重というものがありますね。
神社仏閣の建物が壮大壮麗なようにオフィスのビルも重厚な高層ビルなどがよいことになります。京都のように壮大な神社仏閣が軒を接するように密集すると相乗効果で最高の美を発揮します。現代では東京都心ビル街です。
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オフィスワーカーにとってオフィスは美しすぎるということはない。つまり美しいオフィスであれば、それだけそこに所属したいという意欲が高まるだけです。
一方、オフィスの生産物である財やサービスのエンドユーザーにとっては、美しすぎるオフィスは高価格や低品質につながり、結局は市場で淘汰されて消えて行くでしょう。
そうであれば、オフィスが美しすぎることを部外者の私たちが心配する必要はない。多分、市場が必要とするぶんだけオフィスは美しいのでしょう。アダム・スミスが理想としたような自由経済市場であれば。
さて、オフィスワーカーを目指す若者は、まず入学試験に合格して大学に入り、学歴を確保して卒業する。すぐにも就職試験に合格して会社に就職する、というハードルを乗り越えなければなりません。
突破しなければならない試験は、面接の他におもに筆記試験で、机に向かって椅子に座り鉛筆を使って答案を書くという作業です。
首尾よく就職できると、美しいオフィスでの生活が始まります。毎朝美しいビルのエントランスを通過し、清潔な机に向かって座り、書類やパソコンを見て文字を打ち込む。何か学校での勉強に似ている。このような生活はまさに学校で何年もの間、毎日してきた勉学生活とおなじ形です。
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