哲学の科学

science of philosophy

勉強が嫌いな人々(2)

2019-12-28 | yy72勉強が嫌いな人々


ようするに長時間にわたって複雑な言語処理を要求されると疲れる。眠くなる。耳で聞く会話やナレーションならばついていけても、文字テキストはだめ。書かれた文章を追うのは楽ではありません。 

それなのに、学校での勉強はなぜテキストを理解させることばかり要求するのでしょうか?国語はもちろん、数学も、英語も、理科も社会も、やたらに教科書を読ませ、文字や文章や数式を読ませます。字の数が多い。ときどきマンガやイラストが挿入されていますが、多くは紙面の白地に黒い線の文字記号、つまり暗い字面で占められています。
数学や理科は文字も多いが、ページ面がもっとわずらわしい。なぜなら、声を出して読めないような数式や図がずらずら並んでいるからです。そのひとつひとつを懸命に理解しないと、次のページに進ませてくれません。
書く人(大先生たち)は熱心に書いているのでしょうが、読ませられる方はうんざりです。一ページを理解するのにかなり時間がかかります。マンガなら一瞬で読み飛ばせるのに。

人はふつう、字を読んで勉強させられるのは嫌い。これは真実でしょう。
ではなぜ、どこの国でも青少年は文字を読んで勉強させられるのでしょうか?
それは社会人として生活できるようにするため、と言われます。書かれた言葉を理解し知識を共有することによって仲間と協力し、生活に必要な財物・サービスを生産し栄養を獲得するため、と言われています。近代以降、どの国でも、書かれた知識と情報の共有によって生産力を保持し社会を維持しています。
それはまさに、そのとおりでしょう。しかし、学校制度を作り出して青少年に文字を読ませ、勉強させるシステムを永続させた過去の支配者たち、国家エリート、そして教育者たちの意図は、それだけではありません。
いやがる若者を強いてつらい勉強をさせる。座らせて静かに文字を読ませる。それが大事。そのことで人間は正しく育つ、と信じていたのでしょう。







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勉強が嫌いな人々(1)

2019-12-20 | yy72勉強が嫌いな人々

(72 勉強が嫌いな人々 begin)





72 勉強が嫌いな人々

だれでも勉強は嫌い。
だいたい正しい。小学校から大学、人によっては大学院、その他資格のための受験。たいていの人は、おとなになるまでに、どこかで大嫌いな勉強をさせられているでしょう。
結局は、学校の卒業証書、運転免許、あるいは医師免許のような社会で役に立つと思われている資格、つまり自分に役に立つ資格を得るために勉強しなければなりません。
勉強のスタイルは、ふつう長時間、机に向かって字を読んだり書いたりする。これがすでに嫌いな人は多い。眠くなってしまいます。
テキストへの理解が深く興味が強い場合、交感神経が興奮し、内容の世界に没頭できますが、テキストの文脈を追えない場合、副交感神経の活動が強くなって眠くなる。頭がぼうっとしてきます。
本を読むことが嫌いな人でもマンガは好き、という場合が多い。直感的に理解しやすいマンガのほうが文章よりも言語処理の負担は少ないということでしょう。しかも感情へよく響いて快感をひき起こす。テレビやビデオならば安易に快感を得られて言語処理の負担は少ない。かわりに画像処理が多くなりますが、こちらはあまり嫌われないようです。
しかしどんなメディアでも、ストーリーや筋道が複雑すぎて理解しがたいと眠くなります。

結局、分かりやすい内容で興味が続く内容を、文字で書かれたテキストが少なくて、動画や実演で提示されれば、勉強もつらくなりません。ただし、長時間はダメです。むずかしすぎもダメ。繰り返しや、やさしすぎも飽きる。
退屈から逃げたいとき、コマーシャルやツィッターのようなごく短くてちょっとした驚きがあるようなもの、ちょっと美人な顔、などつい見てしまう。こういうものが勉強ならば嫌いな人は多くないでしょう。実際は違う。勉強は長くて退屈、長たらしいテキストはおもしろくもない。美しくもない。
勉強で人を長時間、椅子に縛り付けるのはむずかしい。ゲームはそれができますが、勉強はふつうダメです。






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風の存在論(5)

2019-12-14 | yy71風の存在論


風は、科学の言葉でいえば、空気のかたまりの移動、というだけです。しかし、科学などない時代(数千年前)にも、風はあった。風という言葉がない時代(数万年前)にも、空気の移動はありました。いや、地球環境がやっと落ち着いた頃(数十億年前)から空気は移動していたに違いありません。
いや、空気などなくても、例えば宇宙空間でも太陽から放出される超高速のプラズマは絶え間なく地球に降り注いでオーロラなどの現象を作り出しています。これは太陽風と呼ばれるように科学の意味でも風の一種ですね。

風はどう存在しているのか?
ようするに、目に見えない、一瞬にしていなくなる。正体がはっきり見極められない、それを見据えてしっかりと対処することができない、そうであるのに、私の身体の近くに、はっきりと存在する。それは気が付かないうちに、はっきりと私たちに影響を与える。その影響によって私たちは、結局は、押し流されていく。そういうものが、風です。■





(71 風の存在論 end)





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風の存在論(4)

2019-12-08 | yy71風の存在論


風になびく富士の煙の空に消えて ゆくへもしらぬわが思ひかな 
西行(1118~1190)七十歳、晩年頃の歌。
風は煙を運んで空に消えてしまう。風はたしかに今存在するのだが、まもなく消えてしまう。現在私が思っているものは、またはかない。

風は風のように来て風のように去っていく。Gone With the Wind
いまはこれほどはっきりとあるものも、結局は風と共に消えていきます。
この風はなぜ存在しているのか?

顔に風が当たると冷たい。
かおがつめたいね、と思う。いや、ふつう、風が冷たいね、と言いますね。
「そうだね。風が冷たいね」と、あなたは答える。そういうとき、その風は存在している。
あなたが宇宙服を着ている場合、「風が冷たいね」と私が言っても、あなたは「いや、この服を着ていると風を感じないんだよ」と答えるでしょう。そうなると、この風は、私だけが感じている。私以外が皆、宇宙服を着ているとすれば、この風が存在しているかどうか、怪しくなってきます。
もしかしたら私は、手についたメントール液を顔につけてしまったのかもしれません。メントールは皮膚の細胞に達するとTRPM8に結合して温度低下と全く同様の生理作用を起こすからです。

風、という字を見ると、風を感じます。俵屋宗達の屏風絵、風神雷神。風が目で見える。
うちわで扇いだり、扇風機を回したりすれば風は作れます。圧縮空気を使えば高速の風が作れる。航空機開発用の風洞で作る風は、たとえば、マッハ10(JAXA 1.27m極超音速風洞)のすごい風を作り出せます。








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