熟年の文化徒然雑記帳

徒然なるままに、クラシックや歌舞伎・文楽鑑賞、海外生活と旅、読書、生活随想、経済、経営、政治等々万の随想を書こうと思う。

サステイナビリティとイノベーション

2010年08月16日 | 地球温暖化・環境問題
   東大の「小柴ホール」で、サステイナビリティ・サイエンス・コンソーシャム(SSC)の設立記念シンポジュームが開かれたので聴講した。
   地球環境と人類社会の持続可能性への展望を示すことは、それが危機的状況を迎えている21世紀において、学術界に課せられた最も大きな課題である。
   この課題に果敢に挑戦しようと言うのが、サステイナビリティ学で、今、世界中で、このサステイナビリティ学の創生に取り組む運動が急速に進展しているのだが、小宮山宏先生をリーダーとしていた東大サステイナビリティ学連(IR3S)が中心となって、いよいよ、コンソーシャムが立ち上げられたと言うことである。

   さて、Sustainabilityと言うことだが、持続可能性と一般的には訳されているのだが、どう言うことであろうか。
   一番有名なのは、マルサスの人口論(1798年)で提起された食料は算術級数的に増加するのだが人口は幾何級数的に増加すると言う命題で人類の危機を警告したケースだと思われるのだが、前世紀の後半に入って、ローマクラブが、「成長の限界」を発表して、資源には限りがあり、汚染物質の発生が地球の限界を超えて進み得ると、データをもとに指摘して、人類の将来にとって、非常に重要な問題を提起したのが、本格的であろうか。
   尤も、このすぐ後に、私は、留学のために渡米して、つぶさに最先端を行く超大国アメリカの現状を見聞きしたのだが、ラルフ・ネーダーの消費者運動で、大企業への利益誘導型のアメリカ帝国主義的な経済体制への批判は、ある程度脚光を浴びており、環境問題なども俎上に載せられてはいたが、まだまだ、世界中は発展途上にあり、経済成長と社会の発展を如何に追及実現して行くのかと言うのがすべての国家の最重要課題であって、この成長の限界論は、殆ど無視されていたのが現実であった。

   味埜俊東大教授の指摘では、サステイナビリティに関わる課題として、問題とされているのは、地球温暖化、資源の枯渇、食料の確保と安全、金融危機、貧困だと言うことだが、このサステイナビリティを規定するのは、人間/社会の側面からは、時間・空間を超えた公平性の確保であり、経済の側面からは、拡大を前提とした経済システム、グローバリズムと地域経済と言ったその多重性、貨幣価値以外の価値観、短期的な視野に基づく投資だと言う。
   したがって、これらの問題を総合して持続可能性を追求する学問体系が必須であると言う。IR3Sの定義するサステイナビリティ学とは、地球環境問題や人間の安全保障の問題に代表される地球・社会・人間システム、およびそれらの相互関係の破綻をもたらしつつあるメカニズムを解明し、持続可能性と言う観点からシステムの再構築、およびそれらの相互関係を修復する方法とビジョンを目指す新しい学問体系だと言うのである。

   ところで、味埜教授は、サステイナビリティとはと言う説明の中で、環境と開発に関する世界委員会(ブルントラント委員会)の定義する「持続可能な開発/発展 Sustainable Development」を示して、「次世代のニーズを損なわずに現世代のニーズを追及する開発」だとしていることに触れたのだが、私の関心事は、サステイナビリティと経済成長やその発展との関わり、相関関係がどうなるかと言うことであるので、非常に興味を感じた。
   成長の限界と言う言葉からも分かるように、逆に言えば、経済成長するから、そして、人口が増加し続けるから、持続可能性を維持出来なくなる、地球の限界に達してしまう、のだと言う理論が先行して、サステイナビリティと経済成長は、トレードオフの関係とみられることが一般的だからである。

   一方、グリーン・イノベーションと言う言葉にも内包されているように、サステイナビリティを追及維持する運動をチャンスと捉えて、地球環境の維持と経済成長を両立させようとする動きが加速化しており、特に、ヨーロッパを主体にしたエコ・プロダクツの開発など、積極的に環境ビジネスに関連して、イノベーションへの意識が高まって来ている。
   茨城大の三村信男教授は、気候変動への賢い対応と題して、気候変動への対応を、科学技術の飛躍により新たな社会と価値を作り出す好機として、社会の成長を促す駆動力にすべきだと主張していたが、これもこの考え方であろう。

   また、ビジョン2050を掲げて、地球温暖化問題を解決出来ると語る小宮山宏先生は、エネルギー効率3倍、再生可能エネルギー2倍、物質循環システムの構築すれば良いと言う。
   日米欧で、自動車保有台数が増えなくなったように、今現にある家、車、テレビ、新幹線、原子力発電所等と言った人工物は、必ず飽和して生産がダウンし、その上、自動車など、ハイブリッド、電気自動車・燃料電池車と進展して行くことによってエネルギー効率は10倍になるなど、イノベーションによる技術の進歩は未知数であり、中国もインドも、同じ道を辿って成長して行くので、心配する必要はないと説くのである。

   同じように楽観的な見解を、ロバート・J・シャピロが、「2020 10年後の世界新秩序を予測する」の中で、マルサス論やローマクラブ、あるいは、ロックフェラー委員会の懐疑的な見解を一蹴して次のように述べている。
   「いずれも、イノベーションの力が新たな資源を生み出し、既存の資源の有効活用を可能にしてくれることを見落としていた。そして増加する若年層の国民により良い教育を施せば、多くの富が生み出されると言う点を過小評価していた。さらに、社会や経済体制によっては、状況の変化に見事に順応して行けると言うことも理解していなかった。」

   さて、それでも、私の見解は、そんなにイノベーション頼み一辺倒のの考え方で、地球環境の危機を乗り切って行けるのかと言う心配は消えない。
   人口の自然淘汰現象が起こらない限り、どんどん人口は増えて行くであろうし、第一、自動車が飽和したとしても、人間の欲望は無尽蔵であり、次から次へと、自動車などに代わる、あるいは、それ以上のものを求めて悪戦苦闘する筈で、人間の活動は止まるところを知らないとしか考えられないのである。

   人類の偉大な英知や知的遺産をを守り抜くためにも、サステイナビリティ学の進展を祈りたいと思っている。
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生活の場から地球温暖化問題の解決を

2009年12月20日 | 地球温暖化・環境問題
   コペンハーゲンでのCOP15においても、期待されたような地球温暖化に対する抜本的な方針決定に達することは出来ずに、政治合意を了承するに止まった。
   先進国は来年1月末を期限に、20年までの温暖化ガス排出削減の中期目標を提示し、新興・途上国は経済発展の段階に応じて削減行動計画を作成することになったのだが、私は、世界全体を巻き込んだポスト京都の枠組みつくりなどは、永遠の夢だと感じている。
   グローバル・ベースでの有効な地球温暖化対策の合意などは、世界連邦が実現した時には可能であろうが、この問題については、煮え蛙状態となって、帰らざる川に差し掛かって、初めてその深刻さに人類が気づくのではないかと思っている。

   ところで、地球温暖化に対する日本の取り組みだが、企業サイドからの温暖化ガス削減対策ばかりが、クローズアップされているような感じがしている。
   一般的に言われているように、日本のものづくりの現場における省エネおよび地球温暖化ガス削減技術とその能力は、グローバル水準からすれば、はるかに高水準にあって、これ以上更に削減効率をアップするためには、例えば、セメントなどは限界に達しており、膨大な努力とコストを要し、このことが、鳩山30%削減案の高コスト問題の危惧に繋がっているように思う。

   この口絵写真の円グラフは、小宮山宏前東大総長の講演からの借用だが、日本のエネルギー消費量の分野別構成図だが、化学・鉄鋼などのものづくりが30.6%、家庭・オフイス・旅客・貨物などの日々の暮らしが39.1%、発電などのエネルギー変換が30.3%で、ほぼ3等分されていて、地球温暖化対策の問題点は、むしろ、ものづくりよりも、日々の暮らしの方にあるような気がするのである。
   以前にこのブログでも触れたが、小宮山ハウスは、ヒートポンプや太陽発電・断熱などの省エネ住宅に建て替えて、車をプリウスに乗り換え、エコ家電に切り替えるなどして、エネルギー消費量を80%削減した実績を持ち、個人の日々の暮らしを変えることによって、非常に効果的な地球温暖化対策が推進できることを証明している。
   家庭部門のエネルギー消費量の割合では、冷暖房用が28%、給湯用が30%で過半を占め、オフィスでは冷暖房用が50%以上を占めていると言う。
   この分野での省エネを進め、自動車関連の省エネを推進すれば、日々の暮らしでのエネルギー消費量は非常に削減できて、地球温暖化ガス削減に絶大な効果を成す筈である。

   小宮山先生は、30%削減案に対して、その削減可能割合を、チーム小宮山案として提示しているが、住宅/オフィスで6%、輸送で6%の合計で日々の暮らしの分野で12%としており、他に、発電・送電で5%、森林で4%、CDMで5%などとしていて、ものづくりは、たったの3%がぎりぎりだと言うのである。
   ここことからも、日々の暮らし分野での、温室効果ガス削減効果が如何に有効かと言うことが分かる。
   
   結論から行くと、オール日本で、小宮山エコハウス構想を、大々的に発展推進することを国是とすることである。
   問題は、今、実施されており、かつ計画段階にある省エネ商品に対する補助金やエコポイント制度を、もっと充実させて、国民が積極的に、その分野への投資や消費への支出を拡大できるようにインセンティブを与えることである。
   エコハウスを目指すにも、現在まだ、太陽電池など再生エネルギー関連技術の未成熟のために、コストが高いので、逡巡している国民が多いので、もっともっと積極的に国民の背中を押して、清水の舞台から飛び降りる決心が出来るような補助など、サポートをすることである。
   下手な公共投資より、民間企業のイノベーションの誘発に資するばかりではなく、このカモネギ公共支出の方が、はるかに需要創出効果が高いはずである。
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地球温暖化の危機を社会イノベーションで・・・日立uValueコンベンション

2009年07月23日 | 地球温暖化・環境問題
   日立が満を持して毎年開いているuVALUEコンベンションを、今年も聴講して勉強させてもらったが、今回は、協創で挑むビジネス・イノベーションを基盤にしたソーシャル・イノベーションに力点を置き、スマートグリッドなど、地球環境の保全を目指した壮大なテーマを前面に押し出した意欲的なセミナーや展示が展開されていた。
   二日目のセミナーは、小宮山宏前東大総長の「エネルギー課題先進国にっぽん」、東大山本良一教授の「今まさに直面している地球温暖化の危機と日本の取るべき施策」、それに、寺島実郎氏の「グリーン革命の視座」など、サステイナブルな地球環境を維持するために如何にあるべきかに焦点を絞った演題に集中していて興味深かった。
   
   寺島氏の講演は、先にこのブログでコメントした論点と全く同じであったし、他の二人の先生の論旨も、これまでと殆ど変わっていなかったのだが、しかし、低炭素社会問題も、愈々、大変な段階まで来てしまったなあと言う感じがひしひしと伝わってきた。
   私の手元に、東工大丸山茂徳教授の「地球温暖化論に騙されるな!」と言う、二酸化炭素犯人説に対する世界中の狂騒状態に、冷や水をぶっ掛ける警告の書もあるが、私自身は、ゴアがどう言うとか、世界中の科学者が地球温暖化危機を論証しているとか言う以前に、マルサス論の根底にある、この地球が支えられるエコシステムには限界があり、必ず、パンクしてしまうと言う理論を信じているので、遅かれ早かれ、人類の寄って立つ地球環境は、何らかの形で崩壊すると思っている。
   私が子供の頃には、地球上の人口は30億人と言っていたのが、今では60億人をオーバーしており、100億人になるのは目前だと言うのだが、限りあるこの小さな青い地球が支えられる筈がない。

   ところで、早速各論に入るが、小宮山先生の提唱している「自立国債」は、早急に実施すべきだと思っている。
   国が、太陽光発電15年債などと言った省エネ・エコシステムを目的とした国債を発行して、得た財源で、これらの機器(例えば、個人住宅の屋根の太陽光発電機)を購入して、国民に無償で貸与して、発電で得た電気代を収入して償還に当てて、償還が完了すれば、無償供与すると言う案である。
   実際に実施するに当たっては、解決すべき問題は多々あろうが、回収償還は間違いないであろうし、地球温暖化対策への貢献のみならず、日本の誇る省エネ産業への梃入れ、市場の活性化による需要の創造は勿論出来るし、国民もハッピーであろう。

   シュンペーターとケインズを同時にやれば良いのだと理科系の小宮山先生は、こともなげに言うのだが、正に、そうでありながら、経済や経営を学んだ筈の文科系の為政者などには、何故かこれが理解出来ない。
   需要不足で経済不況の泥沼に呻吟しているのであるから需要創造は必須であり、その需要喚起が、経済の活性化と成長のために貢献するイノベーションの誘発となり、更に、その目的が、人類の将来の幸せのためにプラスであれば、これ以上に理想的な経済政策はない筈である。

   アメリカ政府のビッグスリー救済が当たり前となり、持続可能な地球環境の維持のため、エコシステムの保全のためと言った美名の下に、省エネ・ハイブリッド車購入に対して、政府が膨大な税金を投入して、世界で最も優良な企業だと言われているトヨタやホンダの経営をバックアップ(?)している。
   あのミルトン・フリードマンが、草場の陰で市場資本主義の堕落だと歯軋りをしている筈だが、資本主義も変わったものである。
   政府が、馬鹿な赤字国債や建設国債などと言った亡霊ではなく「自立国債」を発行して、どんどん、戦略的なものづくりを目指して、特定製品をターゲットにしてサポートすることも、最早、タブーではなくなった筈である。

   山本教授の話は、オバマ大統領の登場や、今回のラクイア・サミットでの気温上昇2度C以内の抑制合意など、世界は低炭素革命の方向に大きく動き出したとしながらも、このまま地球温暖化を放置すれば灼熱地獄の到来もま近く、地獄を回避するためには、天文学的努力をはらわなければならないと言うことであった。
   私が一番気になっているのは、気温上昇が2度Cを突破して、最早、青い地球を救えなくなるPoint of No Returnに何時到達するのかと言うことだが、もう、20年後に迫っていると言う。
   2度Cを突破すれば、北海解氷、グリーンランド氷床、北方寒帯林、西南極大陸氷床などのティッピングポイントがドミノ倒しに進む危険があると言うのだが、そうなれば、最早、地球は、今までの地球ではなくなってしまう。

   もう一つ山本教授が指摘した点で、注目すべきは、日本は省エネ技術が一番進んでいると言われているが、実際の、日本人一人当たりのCO2排出量は、イギリス、ドイツ、フランスなどと同程度であり決して低炭素社会ではないと言うことである。
   小宮山先生が指摘していたが、日本では産業の省エネ低炭素化努力が注目を集めているが、日々のくらしの中でのCO2削減努力が足らないと言うところに問題があるのであろうか。

   山本教授は、エコプロダクツの普及と内外でのエコプロダクツ国際展の開催に尽力している。
   この面では、EUが最先端を走っていて総てが集中しているようで、イノベーションが次々に生まれていると言うのだが、やはり、人間も、水車の輪の中のハツカネズミのように走り続けて、経済成長と低炭素社会実現の二兎を追わざるを得ないのであるから、ものづくりのエコプロダクツへのシフトは、必然なのであろう。

   私自身は、早く走るためにあるのだとシュンペーターが言ったブレーキを踏んで、むしろ、経済成長を止めるべきだと思っているのだが、これについては、次の機会に論じたいと思っている。
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「京都議定書以降の国際枠組みにおけるセクター別アプローチ」

2009年03月01日 | 地球温暖化・環境問題
   地球温暖化対策にたいして、日本の財界や政府が推し進めているセクター別アプローチの普及のために、地球産業文化研究所が、経団連の後援で行っている標記の国際シンポジウムに、去年と同様に聴講する機会を得た。
   ヨーロッパ主導で行われてきたキャップ・アンド・トレード方式や炭素税などの課税方式などが、現実的な諸問題の発生によって見直しが迫られている今日、今回のシンポジウムで、洞爺湖サミット以降の進展も加わってか、各方面に、セクター別アプローチの認知度が高まり始めて、大分、表舞台で議論されるようになって来ていると言う感じがした。

   スピーカーの過半は、IPCC第3作業部会共同議長のオトマー・エーデンフォファー・ベルリン工科大教授はじめ欧米からの専門家で、日本からは、電力、鉄鋼、セメント関係の代表者が参加した。
   かなり専門的な議論が展開され、利害や意図する所が多岐に亘っているので、統一見解からは程遠いが、、中国などにおいて非常に意欲的な展開を試みているものの、まだまだ、日本側のアプローチは、少数派の域を出ていない。

   オバマ政権の新しい地球温暖化対応姿勢を踏まえて、デビッド・モントゴメリー博士などアメリカ人は、意欲的な将来展望を語っていたし、ヨーロッパ側のスピーカーたちは、先行しているシステムでのコスト高など問題点を指摘しながら、キャップ・アンド・トレードやカーボン・プライス対応だけでは不十分なので、セクター別アプローチ的な取り組みの必要性などについても言及していた。
   
   話を聞いていて、欧米および日本の先進3地域、そして、中国を加えれば、地球上に排出する炭素量の80%を占めており、まず、これらの先進3地域が、地球温暖化対策に関する合意を得て、中国を巻き込めば、当面の対応には成功できるのではないかと言う感じがした。
   それに、産業セクター面でも、温暖化ガスの排出については、電力、鉄鋼、セメント、交通など特定の分野に偏在しており、日本が主張しているように、日本の誇る最先端の省エネ技術などを、グローバルベースで普及展開することなどによって重点的に対処するほうが効果的かも知れない。

   現実に、地球温暖化対策の遅れによって、ハードルが、だんだん高くなってきており、必要上排出ガス削減水準を引き下げれば引き下げるほど、今後の十分な環境イノベーションを促進するためのR&Dや投資額が鰻上りに上昇し続けていると言う。
   有効な技術開発やイノベーション、或いは、その実現展開などのためには、投融資や税制度の優遇、基準の設定など、これまで以上に政府の役割が益々重要になって来ている。
   このような状態で、緊急を要しているにも拘わらず、先進国主導の地球温暖化阻止プログラムに、途上国を説得して巻き込むのは、途轍もなき時間を要し、至難の業であるので、中身だけではなくパッケージを飾り立てて見栄え良くして、インセンティブをふんだんに盛り込まなければならないと言うスピーカーまでいた。
   
   IPCCのエーデンフォファー教授は、最後に、IPCCは、専門家と、産業界、政治、市民社会などの意思決定者との間を取り持つオネスト・ブローカーだと結論付けていたのに興味を感じた。
   また、IPCCは、ポリシーを法制化せずとも実際的に有効化する役割を果たすのだと言うのだが、実際に、主権国家が法制化して実施に移すまでには、極めて距離があり過ぎるのが問題であろう。

   私は、これらの専門家たちの話を聞いていて、結局、みんなが意図しているのは、要するに、環境やエネルギーなどに関するR&Dやイノベーションによる新機軸への限りなき期待であることに気付いた。
   科学や技術の進化が、宇宙船地球号のエコシステムを破壊して来たにも拘わらず、正義の味方の別口の科学や技術があり、エコ・イノベーションさえ推進して、新しい地球温暖化対策技術を開発すれば、ブレイクスルーが起こると言う安易な神頼み姿勢に気付いて愕然としたのである。

   私の手元に、世界最高の環境学者レスター・ブラウンの「エコ・エコノミー」がある。2001年刊なので一寸古いが決して色あせていないし、環境問題の原典でもある。
   地球と経済の関係について、環境が経済の一部なのか、経済が環境の一部なのかと問いかけながら、
   現在人類が直面している危機的な「経済が地球の自然システムと衝突して破壊し続けている現状」を打破して、環境的に持続可能な経済(エコ・エコノミー」を実現するためには、経済政策形成の枠組みに生態学の法則を取り入れることと、経済学者と生態学者が協力して新しい経済を設計することが必要である、と結論付けて、地球温暖化をも包含した地球のエコシステムの回復を説いている。

   世界経済の驚異的な成長を生み出してきたその経済政策が、経済を支える自然システムを破壊し続けている。
   自然システムが、人類共通の基本財産だとすると、そのシステムから生まれ出る産物は、基本財産からの利子所得だが、人類は、その生態系の維持可能収量の限界を超えて収奪し、基本財産を食いつぶし始めているのである。

   正月のNHKの特別番組で、レスター・ブラウンは、藤原紀香の質問に丁寧に答えながら、地球と人類を救うために持論のエコシステム回復の環境学を説き続けていた。
   最近の地球温暖化対策は、カーボン排出量の削減ばかりに目が行ってしまって殺伐となってしまっているが、もう一度、生き物である人類のよって立つ地球のエコシステムと言う原点に戻って、考え直してみる必要があるのではないかと思っている。
   
   
   
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低酸素社会の実現に向けて~サステイナビリティ学連研究機構

2009年02月11日 | 地球温暖化・環境問題
   東大の安田講堂で、恒例となっているサステイナビリティ学連研究機構(IR3S)主催の地球温暖化問題シンポジウムが開かれたので聴講した。
   世界中が温室効果ガス削減に向けて大きく動き出しており、最早、次世代のための問題として議論する段階ではなく、現実の最も重要な緊急問題として行動を起こすことが求められるとして、「議論から行動へ」とタイトルがうたれた。
   
   ビデオメッセージを送ってきたIPCCのラジェンドラ・パチャウリ会長も、今回は、日本の地球温暖化問題に対する対応の遅れを指摘するのではなく、自動車産業における日本の先進技術の活用は勿論のこと、省エネ等日本の進んだ科学や工学技術を糾合して世界の先頭に立ち、特に、巨大なアジア市場を巻き込んで率先して地球温暖化対策に当たるよう強く期待していた。

   松橋隆治東大教授は、セクター別アプローチについて、日本政府に近い立場から説明を行っていた。
   興味深かったのは、各セクター毎の排出量を積み上げて国家目標とする積み上げ型アプローチと、各セクター毎の排出量を国家を超えてセクター毎に積み上げる協力的アプローチについて説明し、先進国は国家目標を定める従来型の方式を取り、新興国などについては、協力的セクター・アプローチを取れば、非常に効果が上がるということである。
   協力的セクター別アプローチのキイ・サブセクターの内、石炭火力、鉄鋼、セメント等、自動車の4セクターで、ほぼ温室効果ガス排出量全体の60%近くを占めているので、特に効率の悪い新興国や途上国において、これらのキイ・サブセクターに対して集中的に対策を打てば非常に効果が上がると言うことである。

   一方井誠司京大教授は、セクター・アプローチについては懐疑的で、日本企業の地球温暖化対策について実際に調査を行って、その結果を報告していた。
   結論として、日本企業は必死になって省エネ等努力をしてきたので、地球温暖化については乾いた雑巾を絞るようなもので、これ以上効率化するのは非常に難しいと世界に公言しているが、これは必ずしも事実ではないと言う。

   日本は、欧州などとは違って、二酸化炭素の排出に明示的な価格付けがなされていないので、殆どの企業にとって、限界削減費用を把握する必要がなく、企業にとって引き合う省エネのみを行っている。このことは、費用回収が期待できる省エネの余地さえ残っていることを意味しており、日本企業の温室効果ガス削減余地はまだ相当程度残されている。
   企業の温室効果ガスの削減動機だが、企業は、コスト削減だとか社会的責任の履行だとか言っているが、実際には、業界の自主目標の達成、将来施行が予想される環境規制への事前対応、省エネ法等行政対応の方が強い動機となっている。
   欧州と違って、日本は、新たな政策導入の目途さえ持っていない現状では、日本国内でのこれ以上の温室効果ガス削減は多くを見込めない状態にあると言うのである。

   一方井教授は、イギリスのスターン報告から説明を始めたのだが、パチャウリ議長の話を聞いていても、今回、イギリスの地球温暖化対策について報告した駐日英国大使館大林ミカさんの説明を聞いていても、やはり、この考え方が有力な温暖化対策のバックグラウンド概念になっているようで、このあたりでも、日本の世界の舞台での孤児ぶりを濃厚に感じた。
   「温暖化地獄」の山本良一教授などは、日本の地球温暖化対策は欧州に大きく遅れをとっていると絶えず注意を喚起している。市場メカニズムをフルに活用して、温室効果ガスの削減とエコ・イノベーションとを同期させて経済成長をドライブするーーーこれこそが、最も大切な経済政策である筈なのだが、いくら世界一の省エネ技術を持っていても、政府の無策ゆえに、太陽電池を筆頭に、悉く、後発の欧州企業の後塵を拝することになる。
   政府の強力な締め付けや厳しい環境法制がなければ、前向きに行動できない日本の企業も企業だが、世界のGNP比率がかっては15%を占めていたのが、今や10%を切り8~9%に堕ちてしまえば、誰も気にしなくなり、ジャパン・パッシングも当然。

   三井化学の小林喜光社長が、世界的な大不況の結果赤字に転落だと言いながら、一挙に生産縮小で、温室効果ガスの排出が激減したと聴衆を笑わせていた。
   暖冬の年だけCO2の排出がダウンしたグラフを思い出しながら、結局は、大不況などが起こって、人間の生産活動や移動などの経済活動を止めるか、太古の時代に戻れば、地球温暖化問題が好転すると言う厳粛な事実に思い至って唖然とした。
   電信柱の長いのも、ポストの赤いのも、総て経済成長が悪いのです、悲しいかな、これが現実である。
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四川地震被災者パンダは北京で資金集めに

2008年06月20日 | 地球温暖化・環境問題
   四川大地震の最も有名な避難者はパンダで、8匹のパンダが、地震で閉鎖されたウーロン自然保護センターから北京動物園に送られて、連日、満員のお客の人気を集めていると、ロサンゼルス・タイムズが報じている。
   四川地区には全体の80%に当たる1400匹のパンダが生息しているようで、保護センターの32のパンダ舎のうち14が倒壊し、1匹パンダが死んだが、他は恐怖に慄いて皆逃げてしまって、木の上に上ったパンダは呼んでも降りてこないのだと言う。
   パンダの餌である竹林が地震で崩壊し、アクセスロードが使えなくなってしまったので、一年以上保護センターは使用できないらしい。

   この2歳の8匹のパンダは、大変な人気で、ガラス越しに観光客は”可愛い”を連発。
北京オリンピック用広告塔として呼ぶことは決めていたのだが、地震対策費用の資金集めの為に、繰り上げて早く呼び寄せられたとかで、まさしく客寄せパンダ。
動物園のあっちこっちに集金箱が置かれて、更に、アメリカの911を意識した四川大地震の512を打ち込んだパンダグッズまで売り出している。
   とにかく、いずれにしろ、大変な人気で、朝早く来ても見られれないのだと言うのである。

   ところが、世話の為にウーロン・センターから北京に来た4人の飼育係たちは、地震を経験したパンダの精神状態や、新しい生活環境に慣れるまでは病気が心配で、隔離しなければならないのにとやきもきしていると言うのである。
   繊細なパンダであるから、トラウマが心配されているのだ。

   今回の岩手・宮城の地震においてもそうだが、被害にあった人々は、大変な苦渋を舐めて苦しんで居られるのだが、直接被害のない外野は至って無関心と言うか冷たく非情で、まして、相手が物言わぬ動物でパンダとなると、一切お構いなしに、楽しみに集まってくると言う、情けない話になってしまう。

   私は、上野でも何度かパンダを見ており、ずっと以前だが、ワシントンやロンドンの動物園でもパンダを見ているので、比較的御馴染みだと言えそうだが、この地球上に2000頭もいないとすると極めて重要な貴重動物。神様が何億年もかけてお創りになった貴重な超傑作なのである。

   また、環境問題、地球温暖化問題の深刻さを思い出して、苦しくなってきた。
   ところで、逃げて野性に戻ったパンダもそうだが、四川の多くのパンダたちも、竹薮や竹林がなくなった四川の山の中で、何を食べて、どんな生活をしているのであろうか。
   今回の大地震も、決して地球温暖化が無関係だと言い切れない筈で、一刻も早く、手を打たなければ、大切な動植物の多くを、どんどん絶滅の淵まで追い込んでしまうことになる。
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何故バークレイにはプリウスが多いのか?・・・エコノミスト・コム

2008年06月17日 | 地球温暖化・環境問題
   猛烈なグリーン旋風。地球環境に責任を持った新製品と銘打った商品が新発売されない日はないくらいで、今日も、水を使用しないカー・ウォッシュ、省エネパソコン・モニター、バクテリア殺菌食器棚等々、本来、グリーン・コンシューマリズムと言う言葉自体が二律背反だが、そんなことは忘れよう。
   このような商品が、効能書きのような効果と便益があるのかどうかはとも角、一体誰が、エコ商品を買うのであろうか。金持ちか、理想主義者か、ケチ人間か、或いは、罪の意識を持った人間か。
   そんな書き出しで始まる記事を、ロンドンのエコノミスト誌の電子版で見た。(この口絵写真も、記事中のプリウス)

   UCLAの経済学者マシュー・カーン氏とライン・ヴォーン氏が、カリフォルニアのグリーン・コンシューマリズムのパターン研究を実施し、バークレイ地区が、最もプリウス、オーガニック食品、太陽電池多くて、ハンマー車などはないと言うことに気付いたと言う。
   二人は、グリーン建築、ハイブリッド車などエコ商品の所在を地図上にプロットして、年齢、所得、人種、それに、その地区の政治傾向など克明に調査し、グリーン・コンシューマリズムの地理的分布図を作成し、349地区を、グリーン度順にランク付けを行った。
   しかし、同じ裕福な白人の居住区である、マリブでは、プリウスが多かったが、ビバリーヒルズでは、少なかったのだが、それだけで、マリブの方がグリーン度が高いとは推論できなかったと言うように、何故、特定の地区にプリウスが多いのか、グリーン度が高くなったのかを、はっきりと学問的に特定出来なかったようである。
   
   それでは、何が、その地区のグリーン度を高めているのかについて、カーン博士は、最初の切っ掛けは、非常に些細な、例えば、海岸に近いとか、或いは、公共交通機関の利便性だとかが最初のシーズとなってグリーン・コミュニティへの引き金を引いていると推論している。
   このシーズが、豆腐レストランやバイク店などのグリーン・ビジネスを惹きつけ、次々とグリーン環境を拡大して行く。
   このグリーン環境が、環境維持派の議員を選出し、環境維持の法制度や社会体制を作り上げて、更に、その地区を、益々、環境維持者に対して魅力的にして行き、グリーン化が進んで行くのだと言うのである。
   
   グリーン派は、まだ、アメリカでは少数派だが、ある特定の地域に集中する傾向があるので、プリウス効果を軽視してはならない。
   一人の住人がプリウスを買えば、触発されて隣人もプリウスを買う可能性が高いと言うのである。
   類は友を呼ぶと言う関係が、グリーン派には顕著なのかも知れない。

   しかし、エコカーや省エネ電球、省エネ住宅などが、将来の環境問題を重視する人々に対してアピールしている割には、一般の人々が、実際に、省エネ電球に切り替えたり、TVのスタンドバイ電源を切るとかと言った行動を取っているケースは少ないと言うのである。
   
   この調査は、エコビジネスを推進して行く上に、非常に示唆に富んでいて、エコビジネス関連の商品やサービスを提供している企業にとっては、特に、マーケットセグメンテーションに対する戦略構築には非常に役に立とう。
   例えば、グリーン・コンシューマリズムが強烈な地域において、集中的に事業を展開して橋頭堡を築くことによってブランドを確立し、その後にグローバル市場へと打って出ると言う手法なども一考の価値はあろう。

   カリフォルニア州の地球環境保護のための運動や経済社会の取り組みは、アメリカでも突出していると言われているが、ある特定の地域に特化したエネルギーの凝縮したグリーン思想の他地域への影響力や伝播は強烈な筈で、アメリカ世論をリードする起爆力となり得る可能性が非常に高いと考えられる。
   アメリカの場合には、ブッシュ政権が環境問題に対しては、極めてネガティブな方針を取っていたので、むしろ、地方や個人、或いは、企業などの目覚めたパーティの行動の方が進んでいるのが現状である。

   さて、日本政府も洞爺湖サミットに向かって低炭素社会への行動を始動し始めたが、保守反動とも言うべき経済界に足を引っ張られての福田総理の桧舞台なので、殆ど目ぼしい成果が上げられずに、お題目だけで終わるような気がして仕方がない。
   結局、先のUCLAの報告のように、個人的な草の根運動的な盛り上がりが重要であって、これに、不倶戴天の決意の強力な政府のリーダーシップが上手く呼応することが大切なのであろう。
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「ECO2の時代へ」・・・地球温暖化もエコノミーの問題

2008年06月15日 | 地球温暖化・環境問題
   庭の萩が咲き始めて、蝶が花から花へ蜜を求めて舞っている。
   もう少し咲くのが遅かったように思うのだが、最近では、地球温暖化の所為か、段々花の時期が早くなって来たような気がする。
   動植物の四季による生活リズムが変わってきたので、エコシステムが崩れ始めて、餌となる生き物達の発生や成長がちぐはぐになってしまって、餌が取れなくなって消えて行く動物達が多くなったと言う。
   また、先日、NHKクローズアップ現代で、人間の自然に逆らった農業によって、ミツバチが地球上から消えて行く蜂群崩壊症候群が発生し、蜂蜜の収穫減のみならず、果物などの受粉が出来なくなって大変な問題を引き起こしていると放映していた。

   UR都市機構の主催で都市再生フォーラム「EC2の時代へ」が開催され、基調講演「脱・温暖化の都市づくり」を行った東大山本良一教授の、地球温暖化に対する警告のトーンが益々激しさを加えて来た。
   特に、北極海の海氷が昨年度は異常に氷解してビックリしたが、今年は今現在で昨年の水準を突破してもっと酷くなる模様で、5年以内に消滅してしまうと言うのである。
   北極海が氷解すれば、太陽熱の反射が逆に吸収体となって温暖化を促進して、グリーンランドの氷床を融かして、更に、ツンドラを氷解してメタンガスを放出し、寒帯の森林を消滅させ・・・とにかく、現在ある地球温暖化地獄の一丁目からどんどん地獄へ突き進むだけだと言うのである。
   こうなれば、ロッキー山脈の東側では、必ずカタリーナ級の天変地異のような異常気象が発生し、アメリカに甚大な被害を与える。
   CLIMATE CHANGEを気候変動と訳しているが、これは間違いで、良くなったり悪くなったりする変動ではなく気候変化であり、後戻りは効かない、既に、チッピング・ポイントを超えてしまったと警告を発する。
   
   この日は、77万戸の住宅のオーナーであるUR機構主催のフォーラムだが、6%削減目標など時代遅れでCO2排出ゼロを目指せと、山本教授は、UR機構に噛み付く。
   太陽電池を屋上に設置して全戸オール電化マンションを建設して脚光を浴びている芝浦グループの新地哲也代表取締役が、自社開発のプロジェクトを説明していたが、余った電気を九州電力に売ることになるので、月の電気代が50円で、毎日の自分のアパートの部屋の発電量がいくらだったか主婦間での話題だと言っていた。

   エコイノベーション/エコビジネスを推奨する山本教授にとっては、住宅のグリーン化が緊急関心事で、住宅と家電を最新技術でエコデザインして建設すれば、60%CO2排出量を削減出来ると松下が報告しているとして、
   UR機構こそ、率先してサステイナブルなライフスタイルを目指してエコイノベーションに励むべきで、回りに木を植えた擬似的林間を作ってCO2削減だと言ってお茶を濁した住宅作りなどまやかしに過ぎないと言わんばかりの剣幕である。
   
   ところで、EC2は、ECONOMY と ECOLOGYを掛け合わせた単語だが、山本教授が主張するように、エコ対応の技術や製品は素晴らしいが、コストが高かったり実用化の目途が立たないなどエコノミーの段階に問題があり、この難問をブレイクスルーする為に、エコイノベーションの促進と加速が必須である。
   しかし、現段階では、例えば、グリーン住宅対応の最先端のエコ住宅に住もうと思っても、先日書いたように、小宮山東大総長のように、金に余裕のある人しか、省エネ等文化生活を享受出来ないのが現状である。
  
   すなわち、ここでも、今日本の深刻な問題でもある格差問題が顔を出す。
   金持ちでないと子供を東大に行かせられないと言った問題と同じ様に、金持ちでないとエコ住宅に住めないと言うことで、金持ちのエネルギー消費コストはどんどん下がって行くが、貧乏人は益々高騰するエネルギー価格の高騰に泣くと言う構図である。

   競争原理に徹した弱肉強食の市場原理に任せて、総て、自己責任と言うことで押し通すか、或いは、弱いもの貧しい者の味方となり公平な社会を目指して公権力が介入する福利厚生を重視した厚生経済学の立場に立つか、昔から政治経済学においても、政治の場でも、議論され続けている重要な論点だが、経済社会の発展と言う視点から考えると非常に難しい。
   経済成長が良いのかどうかと言うことは別な問題として、ヨーロッパでは、エコイノベーションを推進してエコビジネスの拡大によって雇用を創出して、経済成長を図ろうと言う方針に立っており、山本教授は、その考え方に立っている。

   とにかく、先述のエコ住宅は、地球温暖化対策に関しては良いことだから、その普及の為にどのような政策を打つかと言うことである。
   政府は、雀の涙のような補助金や促進費を出すのではなく、極端に言えば、社会全体が、その方向に行くように、強力なバックアップ体制を整備してインセンティブを生み出すことである。
   例えば、太陽電池を屋根に取り付けても、普通の住宅建設コストと変わらなくすると言う方策が立てられないかと言うような卑近なケースからでも、前へ進む筈である。

   しかし、私は、毎年同じことを唱え続けている山本教授の話を聞いていると、やっぱり、人類は地球温暖化地獄に、どんどん加速度をつけて突っ走っているような気がして仕方がない。
   ありとキリギリスの世界である。
   
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ナショナル・ジオグラフィック・・・中国特集

2008年06月01日 | 地球温暖化・環境問題
   先月5月号のナショナル・ジオグラフィックは、殆ど全ページ中国特集である。
   「中国 変化に富む大地と気候」と題する中国地図が添付されていて、今後、中国のニュースに接する時に、非常に役に立つので助かる。裏ページには、紫禁城、特に、太和殿の詳細な説明画があり、これも興味深い。

   崩れだした神話と言うサブタイトルがついていて、”2015年から減少に転じる労働人口 広がる格差、都市部の所得は農村の3倍以上に 黄河汚染で急増する「ガンの村」とは?”と表紙に大書されている。
   独特な編集方針と記事で特徴のあるグラフィック月刊誌だが、世界に冠たる学術研究誌でもありながら、他の学術書や専門書と違った視点からのアプローチが非常にユニークで面白い。
   それに、初公開の空撮写真とあって、チベットの壮大なラマ教の寺院、桂林風の山河、雪の万里の長城、上海の夜景等、流石に写真では最右翼のナショナル・ジオグラフィックならの写真に迫力がある。

   冒頭の記事は、小平の晩年に中国で英語を教えていたジャーナリストのピーター・へスラーが、時を経て、現在の教え子の状態をレポートするものだが、最後に、美人の教え子ヴァネッサのことについて触れ、短く刈上げた髪にニキビ面、ラフな服装の婚約者である社長にBMWで迎えに来て貰う様子を書いているのが、如何にも今風で面白い。
   次の記事は、ズァントンホーの「ベラ15歳 止まれない子、ついていけない親」で、上流階級の両親の中で育ち、上海のトップクラスの中学に合格したベラと言う女の子の活躍ぶりを主題に、中国の若者の過去との断絶とも言うべき目覚しい変化を活写している。

   作家エイミー・タンの「隠れ里に住む少数民族」では、トン族の生活を非常に興味深くレポートしており、テッド・C・フィッシュマンは、「百花繚乱 北京の新建築」でオリンピックを目指して建設中の超モダンな建築を語りながら中国の現在社会の矛盾をも披瀝している。
   一人っ子にのしかかる超高齢化、石油を買い漁る中国、前代見聞の聖火リレー、課題だらけの動物保護等々興味深い記事や写真でページが埋め尽くされていて興味が尽きない。 

   しかし、私にとって最も興味を引いたのは、「黄河崩壊 水危機が生む”環境難民”」と言う記事であった。
   「黄河はチベット高原に源をもち、中国北部の大地と人々を潤し続けてきた。だがいま、目覚ましい経済成長の陰で、母なる大河が深刻な危機に陥っている。」とのサブタイトルに記された冒頭ページは、何十年も前の日本のような黒い煤煙を吐き出す化学工場から汚水が、赤茶けて草木一本もない大地の小川に湯気をたてて排出され、黄河上流に流れて行く悲惨な光景を写し出している。
   黄河の下流域には、水質汚染で、ガンの発生率が異常に高く”ガンの村”が沢山あると言う。
   黄河流域を大きくΠ型に蛇行して流れる河流の過半は汚染されていて、特に、韓城あたりからの下流域と、西安を流れる渭河など多くの支流や合流地点の河は大半過度に汚染されていて、農業、工業用水にも不適だと言う。
   鄭洲の上流辺りを経て北京へ、長江から導水路を建設する「南水北調」計画が進行中であるが、このあたりの黄河は既に汚染されているし、黄河は、断流で、水が下流に流れない状態が続いており、これをどうするのであろうか。

   中国は、国民の職と生活を維持する為には、10%近い経済成長を維持して、水車のハツカネズミのように走り続けなければ、治安悪化など深刻な問題を惹起する。
   そのために、任された地方政府が必死になって経済成長優先政策に邁進するので、公害や国民生活の保全など外部不経済について顧慮する余裕などないのが現状である。
   洛陽に近い黄河の流域に、1960年に完成した三門峡ダムがあり、「黄河が穏やかなら、中国は平穏だ」と言う標語が掲げられており、そのダムをバックに痩せ細った羊が群れている写真が掲載されていて、今では、土砂の堆積で洪水が増えて爆破するしかないと言う。
   目覚ましい経済成長を遂げている中国だが、農工業の開発と都市化が急ピッチに進むことによって、水需要が急増し、中国文明を育んできた黄河が干上がりつつあり、水質の汚染が益々深刻化して行く。

   とうとう、破竹の勢いの経済成長と言う禁断の木の実を食べてしまった中国が、如何にして、失楽園での生を全うするのか、人類の運命をも巻き込む壮絶な戦いが、これから始まると言うことである。  
   
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東大小宮山宏総長の地球温暖化対策

2008年05月31日 | 地球温暖化・環境問題
   東大の小宮山総長の、持続可能な地球環境の維持に関する熱意は並大抵のものではなく、私自身、東大の安田講堂やその他の会場で何度も聞いている。
   ヒートアイランド現象、エネルギー資源少、廃棄物増加、環境汚染、少子高齢化etc.人口稠密で、GDP世界第2位の日本は、正に「課題先進国」であり、この極めて深刻な人類があまねく将来にわたって直面するであろう課題に果敢に挑戦して解決の道を見出して、日本は世界をリードすべきであると提言している。

   今回、「環境とエネルギーフォーラム」で、総長自らの経験において「小宮山エコハウス」を作り出すことよって、現在の技術によって、私生活からCO2を8割削減したと報告した。
   2002~4年に、断熱、エアコン、ヒートポンプ給湯、太陽電池etc.によるエコハウスに改築、2002~4年に、ハイブリッドカーへ買い替え、2008年に、冷蔵庫買い替えによって、1990~2001年に比べて、80%のCO2消費量を減らしたと言うのである。

   冷蔵庫の買い替えについては、小宮山夫人とバトルがあったと言う。
   「使える冷蔵庫を捨てるなんて勿体ない。」
   「古い冷蔵庫をまだ使っているなんて勿体ない。」
   しかし、結局、「勿体ないのはエネルギーだ。」と言う小宮山理論が勝ち説得に成功したのだと言う。

   小宮山総長の仰ることは尤もだとは思っても、庶民は、経済的な判断が優先して、そう簡単に、ばさばさ今使っている機器やシステムを切り替えるわけには行かないのが現状で、やはり、実用化へのイノベーションの速度が問題である。
   このフォーラムの前半の「ヒートポンプが切り開く地球温暖化防止」と言う第1部で、実質6分の1の電力で同等の能力を出す素晴らしいヒートポンプシステムを活用したエコ機器についての説明があった。
   絶対温度マイナス273度以上の温度があれば、ヒートポンプ技術で熱を放出できるようで、実際に、三菱電機のコーナーでは、マイナス30度の大気から吸熱して40度の外気を放出しているエアコンが稼動していた。
   しかし、いくら素晴らしくてランニング・コストが少なくても、100万円以上もする機器をおいそれと簡単に導入する訳には行かないのが現実であろう。
   それに、まだ初期段階なので、イノベーションの進展によって、急速に良いものが安く出回る可能性を考えれば、尚更、二の足を踏む。

   私は、このような人類の長期的ニーズにあったエコ技術の普及の為には、十分にインセンティブになるような政府の促進補助策が必要だと思う。
   このエコキュートの導入の場合には、4.2万円の補助が出るようだが、いかにも中途半端である。
   太陽電池については、既に補助が打ち切られているようだが、生産ベースに乗ればコストが削減され市場に乗るはずなので、その臨界点に達するまでは、エコ先進国の欧州流の技術普及システムを見習って、政府も積極的に普及策を取るべきであろう。
   
   ところで、小宮山総長は、現実の危機は2050年以降に来る。全ての人工物は2050年には置き換えられる。と言う。
   実際、現存の木造家屋は、寿命から言ってもその頃には大半建て替えられている勘定で、小宮山エコハウスのような思想で最新のエコシステムを導入した環境や機器を購入して行けば、計算上は、大幅なCO2削減は可能だと考えられる。
   従って、買い換える時には高効率製品を! そうでないともったいない!と仰る。

   分かったようで分からない話だが、今、政府も製造業など産業のCO2削減策に熱心で、人々の目もその方向にばかり向いているようだが、CO2排出の相当部分は、一般民生、我々、民間消費者によって排出していると考えられるので、小宮山提言は極めて重要な示唆であると考えるべきであろう。

   第2部のパネルディスカッションは、この小宮山総長の話だけ聞いて、次のスライウォツキー氏の講演に行ってしまったので、どのような話の展開になったのかは分からない。
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賢人会議:成長と環境を考える

2008年05月20日 | 地球温暖化・環境問題
   成長と環境を考えると言うテーマで恒例の「賢人会議」が、品川のグランドプリンスホテルで開催され、沢山の聴衆で埋め尽くされ盛会であった。
   今回は、吉川弘之前東大総長の「サステイナビリティ 成長と環境」と言うテーマの基調講演に始まり、
   実業界からは、富士ゼロックス山本忠人社長と日産自動車志賀俊之社長によって、自社の環境戦略など産業および企業ベースの取り組みについて報告があり、
   最後に、各方面の環境専門家によるパネルディスカッション「低炭素時代の企業経営と成長戦略を考える」が展開された。

   ここ数年、持続可能と言う意味合いでサステイナビリティと言う言葉が頻繁に枕詞として使われ、持続可能な経済成長を意図し、如何に、制限要因となる環境破壊や地球温暖化、資源の枯渇等の外部不経済を克服しながら、希望の持てる人類社会の未来を実現すべきかが論じられてきた。
   結論は、タダ一つ。このまま現状の経済社会システムを維持し続ければ、人類の滅亡は必定なので、如何にして、持続可能な経済社会を構築して行くのかが人類にとって緊急の課題だと言うことである。

   しかし、結論から言えば、人類の危機意識は極めて弱く、煮え蛙の状態で、笛吹けど汝等踊らずと言った段階から一歩も進まず、この第4の排出国である日本でさえ、国論さえ統一出来ずに、福田首相は、セクター別アプローチで地球温暖化問題をリードするのだと意気込んでいる。
   いくら産業界の事情があろうとも、2050年にCO2半減を目標にしておきながら、何のキャップも嵌めずに自主規制だけで数値目標抜きで、人類の生存が存亡の危機に瀕している現状を乗り切れると思っている神経が時代錯誤も甚だしいのである。
   イヤでもオウでも世界は、キャップ&トレードで10兆円以上の国際市場を形成して動いており、総枠規制は既に世界的なコンセンサスであり、グローバル経済を手中に収めて覇権を握りたいアメリカの新大統領も、一挙に、ヨーロッパ方式に乗るのは間違いない。(日本だけが、蚊帳の外である。)
   
   日産自動車の志賀社長は、自動車業界としてはっきりと次のように明言する。
   2000年基準で、2050年目標を達する為には、自動車のCO2排出量を70%削減しなければならない。
   しかし、現実的には、内燃機関やハイブリッド車では逆立ちをしても実現不可能で、電気自動車か燃料電池車を実用化して、その電気や水素も再生可能なエネルギーから生み出されたものでなければならない。
   日産は、2010年には日米で電気自動車を生産し、2012年に量産体制に入り、ゼロ・エミッション車で世界のリーダーになるのだと宣言している。

   セクター別アプローチの推進者で、CO2を40%も排出している地球環境破壊の旗頭である電気業界の森本宜久電気事業連合会副会長が、提言していたのは、原子力発電とヒートポンプによるCO2削減であったが、質量共において、抜本的な解決策は、原子力発電の推進以外にはない筈なのである。
   早い話、太陽や風や水などと言った天然現象で供給が不安定なエネルギー源に多くを期待出来るはずがないし、それ以上の斬新かつ未知のイノベーションについては全く予測不可能だからである。

   私が主張したいのは、ブレイクスルーの為には、地球温暖化を阻止してサステイナブルな経済成長を維持するためには、一歩二歩も先を見た破壊的イノベーションを実現しない限り無理なので、ここで、はっきり、未来のあるべき開発技術を想定してイノベーションの方向を見定めるべきだと言うことである。
   私には、さし当たって、はっきり見えているのは、エネルギーの原子力シフトと、自動車の電気化と燃料電池化、それに、あらゆる部門での遺伝子組み換え技術の開発と推進くらいしかないが、現状の生産技術や生活技術を徐々に改良するような持続的イノベーションへを進めて行くようでは、2050年目標のクリアなど絶対に出来ないと思っている。
   極論すれば、電力、鉄鋼、運輸、セメントだけで全体の70%近くのCO2を排出しているのだから、セクター別方式でこれらの分野だけに絞って斬新なイノベーションを推進するために人類の総力を結集するという方法もあろう。
   いずれにしろ、これからのイノベーションは、すべからく、ニーズ・オリエンテッド、目的指向の破壊的イノベーションでなければならないと思っている。

   吉川氏の話で興味深かったのは、ブーム時代の日本において、製造業の生産性の上昇が非常に高くコンスタントに上昇傾向を示していたので、このトレンドを、ITを活用することによって同じ様な生産性の上昇を実現できないかと言う提言である。
   70年代のTQC世界一、産業等ロボットやFMSやCAD/CAMなどの発明、量産自動化が、80~90年代に花開いて普及し日本の工業力を大きく上昇させたが、この時の労働生産性向上技術をエネルギー生産性向上技術へ転換することによって、環境問題のブレイクスルーを図るべきだと言うのである。
   
   ところが、時代が根本的に変わってしまった。
   今や、経済行為を推進すれば、絶えず、外部不経済を起こす心配、サステイナビリティ・リスクを引き起こす心配が発生する。
   企業による経済行為は、絶えず、企業の社会的責任CSRと隣り合わせであり、コスト最小化と同時に、リスク最小化が求められ、天井知らずの生産性向上のためのイノベーションなど考えられなくなってしまっている。
   とうとう、臨界点を超えてしまって、ゼロ・エミッションでも、地球環境はさらに悪化する状態になってしまっているのである。
   サステイナブルなどと言う、本来矛盾を孕んだ概念を推進すること自体が幻想なのかも知れない。

   ところで、地球温暖化の元凶として嫌われているCO2だが、一挙に集めて固定化して地中に埋め込むイノベーションを生み出せないものであろうか。
   これこそ人類にとって最高の知的発明オリンピックである。

(追記)写真は、eco japan から借用。
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大気汚染の為に昆虫が花を探せなくなっている

2008年05月06日 | 地球温暖化・環境問題
   花の受粉の為には、蜂などの昆虫が花の匂いを嗅ぎ分けて花を訪れることが必要だが、大気汚染の為に、それが妨げられていると言うヴァージニア大学の研究の結果を、ワシントン・ポストが報じている。
   この研究は、広範な穀物に影響を与えている今日の受粉危機を解明する手がかりを示唆している。科学者達が、米国をはじめ他国においても、ミツバチや熊蜂が何故多く死んでいるのかを究明しているのだが、発電所や自動車の排気ガスが、昆虫死滅の引き金を引いているらしいと言う結論が見えてくると言うのである。

   科学者達は、既に、花から発散される匂い成分である炭化水素分子が、オゾンや汚染空気などに接触すると破壊されると言うことを発見している。
   また、以前には、花の匂いが4000フィートくらい伝播していたが、今日、特に、ロサンゼルスやヒューストンなどの公害の酷い地域では、650~1000フィートくらいしか遠くへとどかなくなっている。
   その上に、空気汚染の為に最大90%もの香りが殺がれてしまっていて、眼の悪い蜂などは花に辿り着けない。
   その結果、昆虫達は食に有りつけなくて死んでしまい、植物は受粉出来なくなって、結実しなくなってしまっていると言うのである。

   果物などの結実危機や昆虫の死などについて、実際に起こっていて問題となっていること自体知らなかったので、この記事を読んでショックであった。
   人間の環境破壊によるエコシステムの崩壊が、こんな形で、小動物たちの生命を脅かし、とどのつまりは、自分達の生活も、食糧危機と言う形で首を絞めることになっているのである。
   風が吹けば、桶屋が儲かる、と言う喩えが何処までも尾を引いて追いかけてくるのが、自然界の摂理、エコシステムの本質なのだが、
   北極海の氷がどんどん溶けて行って、海氷に辿り着けなくなり餌のアザラシを捕れなくなって、死滅に向かっているホッキョクグマを思い出して切なくなってきた。

   エコシステムは、偉大な創造主の世界であった筈だが、とうとう、思い上がった人間が、禁断の木の実に手を触れて壊し始めたが、摩訶不思議な神の創造であるエコシステムの謎を人間は知らないし、どのように作用しているのかさえも分からない。
   人間たちは、僅かな知識で得た厳粛な科学的な事実さえ信じることなく、寒苦鳥のように明日に備えることなく暢気に生きているのだが、何も言わずにせっせと蜜を求めて飛び回る昆虫や鳥の健気さに頭が下がる。
   今日は、何となく小鳥の鳴き声が澄んで聞えるような感じで聞いていたが、気の所為でもなさそうである。
   
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FT:世界を揺るがす食糧危機

2008年04月09日 | 地球温暖化・環境問題
   日経ビジネスの世界鳥瞰で、FTの記事を掲載し、関税引き上げ、輸出禁止、価格凍結・・・世界各国は、食糧安保を確保するために、必死になって動き始め、世界を揺るがす食糧危機が深刻な問題となって来たことを報じている。
   安い石油をがぶ飲みにして経済成長を推し進めてきたアメリカが、構造不況に突入して大きく経済のパラダイムシフトを強いられているのと同じ様に、金さえ出せば、世界中の食料が安く文句なしに手に入ると考えて、飽食の限りを尽くしてきた日本経済が、間もなく深刻な食糧危機に直面すると言う前兆が現れて来たということを示している。

   日本の食糧自給率は39%で、世界でも最低水準でもあり、例えば、中国からの食料の輸入が止まれば、日本の台所は完全に干上がってしまうと言うことを意味している。
   BSE問題で米国産牛肉の輸入がストップしたり、毒物事件で中国の冷凍食品の輸入が頓挫したり、散発的には、食糧問題は起こって来ているが、今回の石油や小麦等の農産物の価格高騰などの影響で多くの食品が一斉に値上げされるようなケースは、最近では稀であった。

   しかし、農産物輸出国が、食料安保の為に、高い輸出関税や輸出禁止、価格凍結といった制約を実施したり、バイオ燃料に対する政府援助が食料生産を制限したり、或いは、開発途上国の急速な食料需要の拡大などによって、需給関係を逼迫させ、世界中の農産物価格の上昇を誘発して食品価格を急速に上昇させている。
   このような動きに対して、収穫量を増やし、食料価格を引き下げられる遺伝子組み換えに対する政府の方針を覆させて、促進させようと言う強力な運動が広まってきている。

   経済社会は、農業、工業、知識情報、と言う時系列で、付加価値の増加を担う産業が移行しながら発展して来たが、マルサスの人口論やローマクラブの「成長の限界」等の警告を突破して、今日まで進んで来たが、天然資源や食糧生産の限界と言う亡霊が再び力を増して人類の未来に立ちはだかって来た。
   特に農産物を主体とする食料生産については、水資源の深刻な枯渇問題や地球環境の汚染のみならず、エタノール等エネルギー資源とのバッティングなど、人口の驚異的な激増傾向に逆行して、多くの増産抑制要因が発生して来ており、益々、食糧危機の様相を強めて来ている。
   遺伝子組み換えは勿論のこと、宇宙船地球号のエコシステムを維持しながら、革新的な食料イノベーションを進めない限り、正に、成長の限界のみならず、人類の限界に直面せざるを得なくなるのである。
   
   これまでの人類の歴史は、CULTURE(文化)と言う言葉が、CULTIVATE(耕作する)から派生したように、農産物の増産のための開墾・開発が、人類の生活水準の向上と文化・文明の発展と同意語であったのだが、今や、臨界点を突破してしまって、全く利害が対立するようになってしまった。
   農産物の増産のために開発を進めれば進めるほど、人類が拠って立つところの足元・地球環境を破壊することになり、これまでのような算術級数的なこれ以上の物理的な増産・成長は不可能になってしまったのである。

   山紫水明、豊かな四季と美しい自然環境に恵まれた日本ほど美しい国は少ないが、如何せん、天然資源に恵まれないにも拘らず、中途半端に豊かになって無駄な消費生活にうつつを抜かしている多くの国民が住んでいる。
   地球が悲鳴を上げ警告を発しているにも拘らず、お金さえ出せば、何時でも好きなだけ食料を買えると思って安心し切って花見酒の経済に酔いしれている。
   ガソリンが値上がりしたと言っては暫定税率に一喜一憂し、毒入りギョウザがけしからんと言っては国産品を見直し、目先だけしか見ていないが、世界的な食糧危機の悪魔の足音は、もう、そこまで近づいて来ている。

   今の全く無為無策の政治を見ていると、ある日、突然、輸入がストップして、或いは、価格が暴騰して、昔のトイレット・ペイパー騒ぎを増幅したような日本の食糧危機が勃発して、日本中が戦中並みの混乱に巻き込まれることは必定である。
   農水行政の見直しも含めて、日本の食料安保の確保が、最も日本の緊急課題であることを深刻に認識すべきトキであり、これほど、バイオテクノロジーを筆頭に食料イノベーションが求められているトキはないと思っている。

(追記) 椿は、港の曙。

   

   
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竹中工務店、法隆寺境内に建設残材を不法投棄

2008年03月29日 | 地球温暖化・環境問題
   ヤフーのニュースに、「世界遺産・法隆寺所有地に不法投棄、竹中工務店を指導」と言う産経新聞の記事が出ていた。
   グーグルで検索すると、毎日新聞の記事も出ていたので概説すると、
   「法隆寺の境内の土塀立替工事と子院・宗源寺の増築工事を受注した竹中工務店が、昨年8月から、工事中に出た残材等を、境内北側の雑木林内に不法投棄した。
   コンクリート片などが、長さ20メートル、幅10メートル、高さ7メートルにわたって山積みされていて、これと並んで建築廃材なども長さ30メートル、幅20メートル、高さ7メートルにわたって投棄されている。
   いずれも表面は、植物の剪定くずで覆われている。」
   この記事には、汚い廃材や残材が散在した吐き気を催すような写真が4枚添付されていた。

   これに対して、竹中工務店は、産経と毎日のニュアンスに差はあるが、
   「寺の工事の場合、瓦など再利用できるものは現場に残すことがあるが、基本的には廃棄するもので、これだけ長期間置いておいたことは処理の判断に誤りがあったと言わざるを得ない。奈良県の指導に従い、速やかに処理計画書を提出した後、撤去作業に入りたい。」と話したと言う。
   法隆寺の古谷正覚執事長も、このような事態になって遺憾だと言っているから知らなかったのであろうが、恐らく現場の一存で処理したのであろうが、あまりにも不見識極まりない暴挙といい、植物剪定くずで覆い隠しておいて処理の判断に誤りがあったと言う寝とぼけた本社の回答といい、程度の低さに呆れざるを得ない。
   竹中工務店といえば、江戸初期1610年に、神社仏閣の造営を業として尾張名古屋で産声を上げた創業400年の日本屈指のエクセレント・コンストラクション・カンパニーである。

   竹中工務店のホーム・ページを開いたら、トップの新着情報で、
   2008年3月28日 コンプライアンス及びつくり込みの強化に向けた体制の構築
   と言う記事が出ている。
   当然、法隆寺事件が引き金を引いたのであろうが、
   ~監理室機能の拡充をはじめとする、機構改革(4月1日付)を実施~と言うことで、本社監理室に「コンプライアンス部」を新設して、従来の業務監査機能に加えて、全社コンプライアンス対応の主管部門として、全社一元的な情報集約、全社的なコンプライアンス意識の向上のための各施策を推進し、更に、「業務監査部」は、関連法規、社内ルールの遵守の監査を行うとしている。
   コンプライアンスとトップには書いているが、従来の監査業務への付けたしであり、この機構改革の主眼は、むしろ、品質つくり込みの方の品質管理にあるような感じがする。

   不思議で解せないのは、竹中工務店の組織図を見ても、法化社会であり、あれほど、談合や政官との癒着や手抜き偽装工事事件など遵法・遵法と法務問題で世間を騒がせ、たたけば埃の出る業界でありながら、法務問題を担当する部署が見当たらず、今に至って、コンプライアンス担当部門を設けようとする遵法精神軽視の時代錯誤振りである。
   談合事件では、表立って竹中工務店の名前が表面には出なかったが、体質は似たり寄ったりであることは衆知の事実であるし、まして、世界遺産としても日本屈指の文化遺産である法隆寺の敷地(遺産指定の場所ではないらしいが)に建設廃材や残材を不法投棄して植物剪定くずで覆い隠しておきながら、仮置きで処理の判断に間違いがあったと言うようなお粗末な建設会社は、まず、あり得ない筈で、
   氷山の一角と言う次元の問題ではなく、全社的に、コンプライアンスと言う意識が完全に欠如しているのではなかろうか。

   コンプライアンスは、今回の内部統制制度と表裏一体の関係にあり、今ごろ、コンプライアンス部を新設して、コンプライアンスの全社一元的な情報集約や意識向上のための各(?)施策を推進しなければならないとすれば、根本的にコーポレート・ガバナンスが問われるべきであろう。
   尤も、社外取締役が一人も居ず、社外監査役にしても関係する公認会計士や顧問弁護士などで固めている会社法違反気味の会社もあるようだが、株主総会前でもあり、本当にコンプライアンスを厳守する意思があるのかどうか、不祥事の多いゼネコンのコーポレート・ガバナンスの真贋を追求するのも面白いかも知れない。
   
   竹中工務店は、非上場の会社で、社員など会社関係者で株式を所有していると聞くが、非上場故に、世間や外部の監視の目が届かず、コーポレート・ガバナンスなりコンプライアンスなり、公開性や説明責任に透明性を欠き、社会の公器としての監理監督に曝されないことによる弊害がないと言えるであろうか。
   最近、ハゲタカファンドなどからのM&Aを回避する為に、全株買い取って非上場にする会社が出てきているが、果たして、社会正義と言う極めて厳しいカウンターベイリング・パワーを欠く非上場の企業にとって、そのことが幸せなことなのかどうか。
   資本主義の会社制度は、株式市場の公開性を原則として成立しており、不特定多数の投資家や株主に広く開かれていることが前提で、まして、大企業として公共性を持つ企業については、アメリカ型の株主至上主義ではなく日本的ないし欧州的な総てのステイクホールダーを大切だと考えるシステムにおいては、特に、そうあるべきであって、特に非上場の超大企業については上場企業並みに十分コントロールできるようにすべきで、会社法もこのあたりを十分に考慮すべきであると思う。
   
   
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南極大陸ウイルキンス氷床の崩壊

2008年03月26日 | 地球温暖化・環境問題
   南極大陸でも最大級の一つである北アイルランドもの大きさのあるウイルキンス氷床だが、地球温暖化の影響を受けないであろうと考えられていたが、どんどん上がる気温の上昇によってひびが入って、考えられないような速度で崩壊が進んでいることが分かった。
   こう報道するのは、インディペンデント紙の「Cracking up:the ice shelf as Northern Ireland」と言う記事である。

   ケンブリッジの英国南極調査団とコロラドの米国国立雪氷データ・センターが、2月に観察したクラックが、あまりにも早く崩壊し続けているのに恐怖を感じており、氷床が糸に繋がれたような状態で、近い将来どうなるか予測がつくと、1990年、氷床が壊れるには30年は掛かる予言したヴォーガン博士がビックリしていると言うのである。
   表層は陸地にくっ付いているが、既に、海上に浮いているので、氷解しても直接海面が上昇する心配はないが、氷解が急速に進むと、陸地上の氷盤や氷河が海に流れ込むので、このために海表面が上昇する。
   
   衛星写真で、マン島級の大きさの氷山が氷床から崩れ落ちたのが観察され、実際に、ツイン・オッター調査機で現地を見た科学者は、家のような塊の氷が岩のように崩れ落ちて爆発のような凄まじさだと報告している。
   スコンボス博士は、「ウイルキンス氷床は、少なくとも何百年も存在し続けてきた筈だが、既に周りの海氷が総て消えてしまって、現在では、激しい波に直接曝されており、地球温暖化の影響が加わって、激しい解氷期に入ってしまった。」とコメントしており、科学者達は異口同音に、このような激しい状況をこれまでに観察したことがないと言っている。

   このウイルキンス氷床は、丁度、南米大陸の最南端マゼラン海峡の南側に突き出した南極大陸の半島の根元にあるのだが、どんどん後退して来ており、既に、氷床の6つは崩壊して消滅してしまっている。
   このウイルキンス氷床は、大陸の突端よりは南にあり、多少温度が低いので、南極大陸の氷床の氷解が更に南下するのかどうなるかの重要な試金石である。
   今のところ、南極点に近い巨大なロス氷床とロンヌ氷床には、まだ、氷解の兆候はないが、安閑としておれないと言うことであろう。
   何れにしろ、北極海の氷床は、近い将来完全に消滅してしまって、北極熊が消えてしまうのは時間の問題だと言うことになってしまっているが、悲しいかな、ペンギンの住む南極も、このままでは、同じ運命を辿ることになりそうである。

   この記事は、電子版で検索出来たのだから、重要な記事だったのであろうが、やはり、日本よりはるかに地球温暖化に神経質になっているイギリスの新聞だから取り上げたのかも知れない。
   いまだに、日本でも地球温暖化などあり得ない、むしろ、冷却に向かっているのだと嘯くエセ学者がいるが、いくら希望的観測や暴論を吐いても、科学的な厳粛な事実は覆すわけには行かず、どんどん、人類の喉元を締め上げて来ていることは必定である。
   環境や地球温暖化問題を悪用して儲けているけしからん輩がいて許せない、と言う論調があるが、これが資本主義であり、何時の世にも悪い奴は存在するものであり、一人一人が賢くなる以外に救いようがない。

   ところで、今日、芝居見物に行って行けなかった「地球温暖化防止シンポジウム」の記事が日経に出ていた。
   ブレア首相と日本のパネリストの間にはかなり温度差があるが、興味深いのは、塩谷喜雄論説委員の「シンポジウムを聞いて」と言うコメントである。
   ブレア首相の発言を、「科学の示唆に応えて、危機回避するのは政治の決断だ」とトップダウンの重要性を語ったと捉え、
  日本の態度を、「対応が遅れた上に、国別の総量削減目標の設定に、積み上げ方式なる不可思議な方法を日本は提案している。(業種ごとに目標基準を積み上げる日本的セクターアプローチが、インドなど途上国から激しく反発を受けているとして)洞爺湖サミットを待たずとも、積み上げ方式のお蔵入りは決定的と言える。」と揶揄している。
   日本政府の対応が、如何に、世界の潮流から大きく取り残され、経済界に煽られた方針に固守し過ぎて、確固たるポリシーが欠如しているばかりではなく、指導力と決断力、もっと言えば、使命感とリーダーシップに欠けているかを糾弾しているのである。

   石原知事が、「温暖化問題は哲学といえる。人類の活動の舞台そのものがなくなるかもしれず、一人ひとりが自分の人生の問題として考えなければならない。」と発言していたが、正に至言で、人類の棲みかである宇宙船地球号が生きるか死ぬかの瀬戸際であり、これは理屈抜きの哲学であり宗教なのである。
   今でも、南極の氷床が轟音をたてて崩れ落ちているのかと思うと居た堪れない気持ちになる。
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