熟年の文化徒然雑記帳

徒然なるままに、クラシックや歌舞伎・文楽鑑賞、海外生活と旅、読書、生活随想、経済、経営、政治等々万の随想を書こうと思う。

21世紀の米国競争力戦略・・・ケント・H・ヒューズ氏講演

2007年03月03日 | 政治・経済・社会
   イノベートアメリカを始動したパルミサーノ・レポート作成に加わったK.H.ヒューズ氏が、「米国競争力戦略の革新」について、日立の「INOVATION FOR THE FUTURE」フォーラムで講演を行った。
   アメリカが、この世界規模での激烈な競争社会において高い生活水準を維持して行けるのかどうかに関心を持つ人には必読の書だとして非常に高く評価されている「Building the Next American Century」の著者であるヒューズ氏が、この本を踏まえながら、過去2回のアメリカ経済の挑戦を紐解きながら、21世紀のアメリカ経済のあるべき姿について熱っぽく語った。
   非常に分かりやすい理論展開で、アメリカの良識を髣髴とさせる講演であった。

   ヒューズ氏の見解では、戦後米国人が強烈な危機意識を感じたのは、ソ連のスプートニク打ち上げ、1970年代の深刻なスタグフレーション、それに、1980年代の日独との経済競争の敗北であった。
   スプートニクでソ連に先を越された屈辱は致命的で、アメリカの教育、特に、科学技術教育に対する根本的な欠陥が浮き彫りになって、教育そのものが国家安全保障の根幹となったのである。
   そして、80年代には、日本の経済的な挑戦を受けて、製造方法や企業形態のみならず、アイデアを製品やサービスに転換するイノベーションシステムの大幅な変革を余儀なくされたのである。MITグループが、日本企業を徹底的に調べ上げて「Made in America」を出した。トヨタの「リーン生産方式」がアメリカの製造業に衝撃を与えて革命を起こさせたのである。
   当時の深刻な問題を解決する為に、米国は徹底的に調査研究を重ねて艱難辛苦し解決策を模索したが、その時の教訓と戦略が、混迷を極める今日の激烈なグローバル経済戦争時代においても有効であると言うのである。

   ヒューズ氏は、競争戦略は、公共及び民間投資、強力なイノベーションと教育システム、グローバルな関与への取り組み、そして国家の価値観や目標に基づいた行動を奨励する経済環境を重視するところにあるとする。
   長期的な生産性向上を実現する為には、官民投資の促進策を講ずることが必須で官民パートナーシップが有効であること、
   イノベーションシステムの構築の為には、新技術の出現、新たな競争相手の台頭、新しい国家優先課題に適応することが大切であること、
   成長の促進と機会の拡大の為の教育・訓練を重視すること、特に、生涯教育に対する国家の取り組みを拡大する為の戦略を打ち出すこと、
   国際関係は貿易や金融の域を超えて幅広いグローバルの関与の時代に突入しており、これまでの地政学的(geopolitics)のみならず地理経済学(geoeconomics)分野の能力の涵養が必須であり、グローバル経済における相互依存関係を管理しグローバル化を上手く成し遂げる必要のあること、
   そして、長期的な持続的経済成長、技術イノベーションの促進、教育の改善、幅広い機会均等等によって豊かな経済社会を構築し、建国の理想であったアメリカンドリームを更に時代にマッチしたドリームに発展させて実現しなければならない、と説いているのである。

   80年代の日本とドイツの爆発的な経済成長の秘密が、公共部門と民間部門の緊密な結びつきにあることを学んだアメリカは、長期的に生産性を高める為に公共政策と民間イニシャティブの両方の必要性を知り、官民パートナーシップを促進した。
   官民リーダー間で「新たな成長のための盟約」が生まれ、基礎科学・技術への政府投資が民間の研究やイノベーションを補完し、イノベーションへのバリューチェーンが生まれたのである。
   IT革命を加速させたインターネットの軍から民への転換は、正に、アメリカ経済を蘇らせたのである。
   
   ヒューズ氏の話を聞いていて感じた重要な点の一つは、アメリカの教育の問題である。
   特に高校生以下の若年層の学力が世界の水準より遥かに低いことを憂えており、何度も、有効な生涯教育システムの確立の必要性を強調していた。
   大学院レベルの教育では世界最高水準を維持しているが、現実には、教授や研究者の過半数は外国国籍を持つ学者であり、言うならば、アメリカでも科学技術や学術の世界でのウインブルドン現象が起こっているということである。
   理工科系の大学レベルでのエンジニアの育成においては、量的にはインドに遥かに遅れを取っており、製造業の分野でもアウトソーシングやオフショアリングの促進によりコア技術の開発が発展途上国に移って空洞化しつつあるとも言われており、アメリカの教育問題は深刻な模様である。

   しかし、イギリスの経済状態が非常に好調なのは、ロンドンのシティを核とした金融業での好況が貢献しているのだが、銀行を筆頭に殆どのプレイヤーは外国籍であり、完全なウインブルドン現象である。
   日本では外資による日本企業の買収や乗っ取り、M&A等に神経質だが、欧米人は殆ど気にしていないし、むしろ、企業が外国に移り空洞化して雇用が減少することの方を心配する。良くなれば、ウインブルドン現象であれ何であれ歓迎である。
   そう考えれば、ヒューズ氏の心配も、大学・大学院レベルでは、外国の科学者なり学者・研究者などを吸引する魅力的な環境が整っておりさえすれば良いということであろう。
   しかし、若年児童層の教育や働き手である労働者や従業員達の教育訓練は、アメリカ国内で実施し、そのレベルを高めなければならない。
   アメリカは自由経済市場の国なので、もろにグローバル経済の影響を受けるので、日本と違って、国際労働水準の平準化が急速で、教育技術水準の低い労働者は排除され生産性の低い製造業は駆逐され、格差の拡大と深刻さは大変だと言う。

   ITに代替されるような仕事はドンドン消滅して行き、創造的な頭脳や知識、ノウハウ、知財等知的な価値を生むもののみが意味を持ってくる知識情報化産業社会だが、益々、有能な人的資源が価値を持ってくる。
   ヒューズ氏の言うように、経済成長を図るためにもイノベーションを促進する為にも、教育・訓練が最重要な課題なのかも知れない。
   ならば、それに付いて行けない人間は排除されてしまうのであろうか。
   
   
コメント
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