元旦は、やはり、ウィーン・フィルのニューイヤーコンサートである。
いつ頃から、テレビで聴いているか、定かではないのだが、1985年にアムステルダムに居た時にユーロビジョンで聴いたことは確かである。
ヨーロッパでは、3大オーケストラの年末年始のスペシャル・コンサートが有名で、まず、コンセルトヘボウのクリスマスコンサート、続いて、ベルリン・フィルのジルベスターコンサート、そして、最後は、ウィーン・フィルのニューイヤーコンサートであり、毎年楽しみにしていた。


ヨーロッパに長く居て、ウィーンには、何回も行きながら、このコンサートは勿論、楽友協会のホールで、クラシックコンサートを聴いたことはない。
一度だけ、大晦日恒例のウィーン国立歌劇場での喜歌劇「こうもり」を観たのが幸いと言うべきであろうか、ウィーンに行く機会があれば、やはり、オペラ優先で、どうしても、国立歌劇場に通うことになった。
何処のホールで何のオーケストラか忘れたが、ウィーンで新年に、シュトラウスのニューイヤーコンサーでウィンワルツを堪能して楽しい新春気分を味わったのを覚えている。
私が、最初にウィンナワルツに親しんだのは、ウィリー・ボスコフスキィのヴァイオリン指揮のウィーン・フィルのレコードであった。
ウィーン・フィルのコンサートへは何度か通っているが、ウィンナワルツを聴いた記憶が鮮明にあるのは、ロンドンで、ウィーン・フィルのコンサートが三夜連続して行われた時で、勿論、3夜とも出かけたのだが、その時のアンコールが、毎夜とも、ヨハン・シュトラウスのワルツで、確か、美しき青きドナウやウィーンの森の物語とかと言ったポピュラーな曲であった。
指揮者は、リカルド・ムーティとジェームズ・レバインともう一人忘れてしまったが、レバインなど、最初だけタクトを振って楽屋へ消えてしまい、コンサートマスターのリードで曲が終って拍手喝采、プロムスのコンサートなども圧巻であったが、日本で聴くウィーン・フィルの改まった雰囲気とは違った味わいがあった。
さて、今回の2022ニューイヤーコンサートは、ダニエル・バレンボイム指揮で、2009年、2014年とで、3回目
バレンボイムは、ピアニストとしてアーティストのキャリアを始めたので、ピアノコンサートには何度か行った記憶はあるが、指揮を聴いたことがない。
マルケヴィチに指揮法を学び、1991年から、ゲオルク・ショルティからシカゴ交響楽団音楽監督を次いで指揮者としての名声を確立し、興味深いのは、ユダヤ人でありながら、1981年から1999年まで殆ど毎年バイロイト音楽祭に招かれて、『ニーベルングの指環』全曲、『マイスタージンガー』、及び2度の『トリスタンとイゾルデ』の各々の新演出をしたと言う、ハイティンクと同様に、ワーグナー楽劇の大家であることである。
今回の指揮を観ていても、80歳とは思えない元気印で余裕綽々であり、ムーティと共に、最古参の最高峰の指揮者であろう。


ウィンナワルツやポルカなど随分あって、ニューイヤーコンサートでは、私に馴染みのない曲が多いのだが、今回は、「こうもり」序曲や「千夜一夜物語」や「天体の音楽」、それに、恒例のアンコールの「美しき青きドナウ」と最後の曲に「ラデツキー行進曲」と言った大曲を演奏されたので楽しかった。
「美しき青きドナウ」は、毎年、演奏されて、ウィーンムードを彷彿とさせるのだが、三平が、決して美しくなかった、美しくないといったら、貴方の目が悪いのだと粋なウィーン子の答えが返ってきたと語っていた。
私は、一度、美しき青きドナウを味わおうと思って、ウィーンの船着き場から水中翼船にのって、隣のハンガリーのブダペストまで船旅をしたことがある。
出張の途次であったので、国境を越える連絡船に乗ったために、あるのかないのか分からないが、ライン下りのような観光スタイルではなく密閉状態のような船だったのだが、狭く切り立った岩間を航行するような感じで、美しき青きドナウなど何処にもなかった。一度だけ、小高い山の上に綺麗な古城を遠望できたが、ライン川沿岸とは全く違う。
逆に上流へ、ウィーンからアムステルダムに帰る帰途、ウィーン編の寅さん映画に出てくるドナウ河畔をリンツまで車で川岸を走ったときには、田舎道であったので、牧歌的な鄙びた雰囲気がしてドライブを楽しんだ記憶が残っている。
いつ頃から、テレビで聴いているか、定かではないのだが、1985年にアムステルダムに居た時にユーロビジョンで聴いたことは確かである。
ヨーロッパでは、3大オーケストラの年末年始のスペシャル・コンサートが有名で、まず、コンセルトヘボウのクリスマスコンサート、続いて、ベルリン・フィルのジルベスターコンサート、そして、最後は、ウィーン・フィルのニューイヤーコンサートであり、毎年楽しみにしていた。


ヨーロッパに長く居て、ウィーンには、何回も行きながら、このコンサートは勿論、楽友協会のホールで、クラシックコンサートを聴いたことはない。
一度だけ、大晦日恒例のウィーン国立歌劇場での喜歌劇「こうもり」を観たのが幸いと言うべきであろうか、ウィーンに行く機会があれば、やはり、オペラ優先で、どうしても、国立歌劇場に通うことになった。
何処のホールで何のオーケストラか忘れたが、ウィーンで新年に、シュトラウスのニューイヤーコンサーでウィンワルツを堪能して楽しい新春気分を味わったのを覚えている。
私が、最初にウィンナワルツに親しんだのは、ウィリー・ボスコフスキィのヴァイオリン指揮のウィーン・フィルのレコードであった。
ウィーン・フィルのコンサートへは何度か通っているが、ウィンナワルツを聴いた記憶が鮮明にあるのは、ロンドンで、ウィーン・フィルのコンサートが三夜連続して行われた時で、勿論、3夜とも出かけたのだが、その時のアンコールが、毎夜とも、ヨハン・シュトラウスのワルツで、確か、美しき青きドナウやウィーンの森の物語とかと言ったポピュラーな曲であった。
指揮者は、リカルド・ムーティとジェームズ・レバインともう一人忘れてしまったが、レバインなど、最初だけタクトを振って楽屋へ消えてしまい、コンサートマスターのリードで曲が終って拍手喝采、プロムスのコンサートなども圧巻であったが、日本で聴くウィーン・フィルの改まった雰囲気とは違った味わいがあった。
さて、今回の2022ニューイヤーコンサートは、ダニエル・バレンボイム指揮で、2009年、2014年とで、3回目
バレンボイムは、ピアニストとしてアーティストのキャリアを始めたので、ピアノコンサートには何度か行った記憶はあるが、指揮を聴いたことがない。
マルケヴィチに指揮法を学び、1991年から、ゲオルク・ショルティからシカゴ交響楽団音楽監督を次いで指揮者としての名声を確立し、興味深いのは、ユダヤ人でありながら、1981年から1999年まで殆ど毎年バイロイト音楽祭に招かれて、『ニーベルングの指環』全曲、『マイスタージンガー』、及び2度の『トリスタンとイゾルデ』の各々の新演出をしたと言う、ハイティンクと同様に、ワーグナー楽劇の大家であることである。
今回の指揮を観ていても、80歳とは思えない元気印で余裕綽々であり、ムーティと共に、最古参の最高峰の指揮者であろう。


ウィンナワルツやポルカなど随分あって、ニューイヤーコンサートでは、私に馴染みのない曲が多いのだが、今回は、「こうもり」序曲や「千夜一夜物語」や「天体の音楽」、それに、恒例のアンコールの「美しき青きドナウ」と最後の曲に「ラデツキー行進曲」と言った大曲を演奏されたので楽しかった。
「美しき青きドナウ」は、毎年、演奏されて、ウィーンムードを彷彿とさせるのだが、三平が、決して美しくなかった、美しくないといったら、貴方の目が悪いのだと粋なウィーン子の答えが返ってきたと語っていた。
私は、一度、美しき青きドナウを味わおうと思って、ウィーンの船着き場から水中翼船にのって、隣のハンガリーのブダペストまで船旅をしたことがある。
出張の途次であったので、国境を越える連絡船に乗ったために、あるのかないのか分からないが、ライン下りのような観光スタイルではなく密閉状態のような船だったのだが、狭く切り立った岩間を航行するような感じで、美しき青きドナウなど何処にもなかった。一度だけ、小高い山の上に綺麗な古城を遠望できたが、ライン川沿岸とは全く違う。
逆に上流へ、ウィーンからアムステルダムに帰る帰途、ウィーン編の寅さん映画に出てくるドナウ河畔をリンツまで車で川岸を走ったときには、田舎道であったので、牧歌的な鄙びた雰囲気がしてドライブを楽しんだ記憶が残っている。