熟年の文化徒然雑記帳

徒然なるままに、クラシックや歌舞伎・文楽鑑賞、海外生活と旅、読書、生活随想、経済、経営、政治等々万の随想を書こうと思う。

アショーカ・モディ:インドのブームは危険な神話 India’s Boom Is a Dangerous Myth

2023年04月03日 | 書評(ブックレビュー)・読書
   プリンストン大のアショーカ・モディのシンジケート・プロジェクトの論文「インドのブームは危険な神話 India’s Boom Is a Dangerous Myth」が興味深い。
   バラ色のインド経済の将来像は、幻想だと言うのである。
   
   インドのエリート層は、自国の活況を呈する経済見通しに幻惑されており、その楽観主義が海外にも反映されている。 IMFは、インドの GDP が今年 6.1%、来年 6.8% 増加し、世界で最も急速に成長する経済の 1 つになると予測しており、他の国際評論家は、インドの 10 年またはインドの 100 年の到来を宣言し、さらに大げさな予測を提供している。
   しかし現実は、インドは危険な道を進んでおり、すべてのチアリーディングは不誠実な数字ゲームに基づいたものであり幻想にすぎない。
   COVID 危機の 3 年間の年率成長率は 3.5% と微々たるもので、直前の年とほぼ同じであった。将来のより高い成長率に関するすべての予測は、最新のパンデミックのリバウンドから推定されたもので、それにも拘わらず、経済は 2022 年後半に減速し、その弱さは今年も続いている。 インドを活況を呈している経済と表現することは、悪い経済学をまとった希望的観測である。と言うのである。

   さらに悪いことに、この誇大広告は、独立以来 75 年間にわたって増大してきた問題、つまり貧血状態の雇用創出の蹉跌を覆い隠している。 今後 10 年間で、インドは正味で 2 億以上の雇用を必要とし、労働年齢で仕事を探している人々を雇用する必要がある。 しかし、過去 10 年間で、毎年 700 万から 900 万人の求職者しか市場に吸収出来ず、経済が正味の新しい仕事を追加できなかったことを考えると、この課題は事実上克服できそうにはない。
   この人口学的圧力は、頻繁に沸騰し、抗議行動や一時的な暴力に拍車をかけた。 2019 年には、インドの鉄道で 35,000 件の求人に対して、357倍の1,250 万人がに応募した。 2022 年 1 月、鉄道当局は求人の準備ができていないと発表したので、応募者は暴れ回り、電車の車両を燃やし、駅を破壊した。

   あまりにも多くのインド人にとって、経済は破綻しており、問題は、この国の小規模で競争力のない製造部門にある。 1980 年代半ばの自由化改革以降、GDP に占める製造業の割合は、中国では 27%、ベトナムでは 25% に上昇しているにも拘らず、インドでは約 14% までに低下している。 インドは、製造された輸出品の世界シェアが 2% 未満であり、2022 年後半に経済が減速したため、製造業部門はさらに縮小した。
   台湾、韓国、中国、そして今ではベトナムが膨大な数の人々を雇用するようになったのは、労働集約的な工業製品の輸出を通じてである.が、14 億人の人口を抱えるインドは、1 億人のベトナムとほぼ同じ価値の製品しか輸出していない。

   もっと深刻なのは農村部で、都市部の仕事が不足しているため、パンデミック中に何千万人もの労働者が戻ってきて、農業でわずかな生計を立てている。 窮地に立っている農業部門は、現在、国の労働力の 45% を雇用しており、農家は慢性的な高い不完全雇用に悩まされており、多くの農民が、世代の細分化によって縮小された区画で限られた仕事を分け合っており、農民の自殺の流行は続いている。 農村部の雇用保証プログラムからの支援を切望している人々に対して、政府は無意識に賃金の支払いを遅らせ、繰り返される抗議を引き起こしている。

   要するに、インドの産業構造が問題で、雇用を大量に生む労働集約的な輸出主体の製造業の育成をないがしろにした結果、中国のように経済成長と雇用増大が出来ずに、国民の貧困化の解消さえも果たし得なかったと言うことである。経済成長を牽引してきたインド工科大学卒の高度なITエンジニアによる急速なICT革命も、インド経済の底上げにも雇用吸収にも、大した貢献をしていないのも問題である。
   中国を抜いて世界第1の人口大国になり、少子高齢化で斜陽化を予想されている中国と違って、若年人口の豊かなインドの将来は人口学的には有望であっても、雇用を拡大して経済成長を画策できなければ、インドの明るい未来像も幻想に終ると言うことである。

   インドが偉大さの頂点に立っていると信じる人々は通常、最近の 2 つの発展に注目している。
   第一に、Apple の請負業者がハイエンドの iPhone をインドで組み立てるための初期投資を行っており、製造業者が中国から離れることはインドに利益をもたらすという憶測である。
   しかし、多くが他の東南アジアに向かう一方、中国から撤退する米国の生産者の殆どは、メキシコと中央アメリカに事業を「ニアショアリング」しており、 全体として、このチャーンからの投資の一部はインドに流れ込む可能性があったとしても、2022 年に対内外国投資が前年比で減少したという事実には変わりはない。
   2 つ目の希望の源は、インド政府の生産関連インセンティブ スキームである。これは、2021 年初頭に導入され、戦略的価値があると見なされるセクターでの生産と雇用に金銭的報酬を提供しているが、残念なことに、元インド準備銀行総裁のラグラム・G・ラジャンが警告しているように、これらのスキームは、製造業者に対する以前の対策と同様に、企業の利益を単に肥大化させるだけになる可能性が高いのである。

   スタートアップのユニコーンによるインドの英雄的な動向も薄れつつある。 このセクターの最近のブームは、安価な資金調達と、パンデミック中の少数の顧客によるオンライン購入の急増に依存していたが、ほとんどのスタートアップは、近い将来に収益性を達成する見込みが薄くなってきており、 小規模な顧客ベースによる購入は鈍化し、資金は枯渇しつつある。

   COVID の深みから立ち直ったことによって生み出された幻想を考えると、インドの経済の見通しは暗い。 仕事の需要が増え続けるにつれて、経済はまともで立派な雇用を提供するためにこれまで以上に苦労する。政策立案者は、希望的観測や見せかけだけの産業インセンティブにふけるのではなく、人的資本への投資と、より多くの女性の労働力への参加を通じて、経済発展を促進することを目指すべきである。
   これは、産業革命以降、経済的に成功したすべての国が行ってきたことなのだが、 インドの壊れた国家(India’s broken state)は、長期的な課題に直面することを繰り返し回避してきた。そして今、当局は根本的な開発の赤字を克服する代わりに、安直な特効薬を探している。 差し迫ったインドの世紀についての誇大宣伝は、赤字を永続させるだけであり、インドにも世界の他の国にも、何の助けにもならない。

   モディの指摘は厳しいが、インド経済の課題を直視した提言であり、注目に値する。
   益々人口が増大して、世界一の人口大国になったインドが、中国のように経済大国への道を歩めず、中所得国の罠に陥る前に頓挫すれば、宇宙船地球号はどうなるのか。
   グローバルサウスの盟主を目指しているインドの動向が、世界の命運を大きく左右する。
   民主主義国家圏と専制主義国家圏との深刻な東西対決に、更に深刻な南北問題が加わる。
   
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