地味鉄庵

鉄道趣味の果てしなく深い森の中にひっそりと (?) 佇む庵のようなブログです。

大井川鉄道・もと富士身延の廃車体

2014-08-06 00:00:00 | 保存・園内・特殊車両


 身延線は今日でこそ313系や373系など国鉄=JR標準規格の車体の電車が行き交うところですが、もともとは戦前に富士身延鉄道という私鉄としてスタートしたところですので、工事費節約のため車両限界が小さく、ゆえに旧国時代までは低屋根化改造された車両が投入されていたものでした (小学生時代に新性能化されたためナマで見ていない……T_T)。その富士身延鉄道は、何とか開業にこぎつけたものの余りにも資金不足のため運賃が高く、沿線住民による国有化=鉄道省による買い上げ運動すら起こったそうで、結果的には戦時貨物輸送に備えて国有化されたのはご同慶の限り(?)ですが、いっぽうオリジナルの電車は買収国電となったのち、早々に異分子を処分したい国鉄と程度の良い小型~中型車を欲する地方民鉄の思惑が一致したことにより、各地へと散らばっていったというのは周知の通りです。



 そんな富士身延鉄道の車両のうち、近場の大井川鉄道には飯田線を経て3両が譲渡され(佐竹保雄・佐竹晁『私鉄買収国電』、及び保育社『私鉄の車両14・大井川鉄道による)、2扉ボックスシートというスペックを活かし、観光輸送の主力として活躍したようです(ほか弘南や琴電などにも払い下げ)。しかし、さすがに昭和40~50年代に西武・小田急・名鉄・北陸鉄道などから程度の良い車両が流入すると、戦前製の富士身延車はお払い箱となってしまったようで……(モハ2両は1978年、クハ1両は1984年廃車)。
 ところが、そんな貴重な車両がすぐに消え去るわけではないのが、大井川鉄道の凄いところかと思います。確か今でも、岳南の1105や近鉄の421+571が千頭に現存しているようですが (最近しばらく行っていない……)、これもひとえに往年の森林資源・ダム資材等の貨物輸送で繁栄した名残で、遊休状態の側線をそれなりに抱えているからこそでしょう。そして、確か約10年ほど前に大代川側線を初めて訪ねた際には、富士身延鉄道の車体も放置されていました……。完全に夏草がからまった車体は、もはや完全に保存の可能性すらも消え果てた凄絶な状態となっていましたが、それゆえにまさに「夏草や、つわものどもが……」の句の通りの、無常と滅びの美を漂わせていたものでした……。