生物学者、福岡伸一さんの本「生物と無生物のあいだ」講談社現代新書が、ベストセラーになっている。この類の本がベストセラー入りすることは驚異的である。もちろん著者の筆力に依拠するところは大きいが、何か新しい動き変化を感じる。
今生物学は、分子レベルでマクロの世界に入っている。DNAをいじれば、どんな生物でも再生できるような感すらある。先だっても万能細胞の開発もあった。これは医療目的としての評価も高いが、将来的な倫理的問題を残したままである。
この倫理的と言うのが、人をはじめとする生命の存在そのものの、基盤となる考え方が詰められないままでいることである。生命の存在を、もう少し大きくマクロ的視点で俯瞰しなければ、理解できないとするのが福岡氏の提言である。
福岡氏は、BSEの病理に革命的な解釈をあたたプルシナーの「プリオン説」に、研究段階から疑問を投げていることで知られている。彼は、生命とは「自己複製する」ものであるとする従来の考え方について、ダイナミック性(動的な視点)が欠けていると指摘する。
生命が個体として生存し生殖するには、まず個体が生存することである。個体の生存行為とは、採食行為である。採食とは、結局は生き物を取り入れることなのである。
動物にしろ、植物にしろ生きている物を摂取して体内の取り込むことで、生命を維持している。生きると言うことは生命個体の細胞が、常時入れ替わることでもある。福岡さんはこれを「動的平衡」と表現する。
我々の体は、常時他の生物から取り入れた分子で入れ替わっているのである。「動的な平衡状態」が生きている状態でもある。
我々の祖先は、食べる前に「いただきます」と言い、食べ物の前で手を合わせ感謝することを教えたのである。「戴く」とは「命をもらいます」ということで、食べ物を作った農家や調理し人への謝意ではない。同時に行う彼らへの謝意は手を合わせる行為で表現する。
生物学者から、伝統的な日本の食文化と同じ内容の主張の本がベストセラーになることは、改めてこの国がいま食に対する大切で基本的な何かを、置き去りにしていることが浮かびあがってきている。
福岡さんの本が売れるのは、食に対する不安がその根底にある。それはどんどん下がる食料自給率の低下と食に対する連鎖的な偽装事件の発覚などが根底にあるのではないか。