日々の暮らしから

「街中の案山子」「庭にいます。」から更にタイトル変更します。

聞いたばかりの話

2008-04-22 12:51:57 | 私の雑感あれこれ
を、書きのこして置こうとおもう。
読んでくださる方がいれば幸い。
これが現実です。

ラオスの学校の話。
学校の制服がしばしば変わるという話。
先生が独断で、制服や通学靴を変更してしまう。
今年からは、この靴を履いてこない人は学校に来てはダメ、と。
靴を買えない人は、学校へ行けません。
靴や制服が短期間で変更になる、これがしばしばで、豊かでない親は困ります。

何でそんなことを、と思うでしょう。
先生が、販売業者からリベートをもらう仕組みになっているのです。
なんてひどい!と、思うでしょう。
先生も生活していかなくてはならないのです。
ところが、日本のように先生の給料が約束通りに支払われる、というシステムがないのです。
話を聞かせてくれたラオス人の父親は軍に勤務していました。
ベトナム戦争のときに北ベトナム軍に従軍し、その後はラオス軍で働き、軍の教官をしていたとのことです。
その軍の教官の給料も2年間支給なし、というのが実情。
国を守る組織の人間にすら支給なしなのですから、学校の教師の給料支払いどころではありません。
で、先生が考える苦肉の策が、リベートで生活費を得ようとするという発想。

うーん、やり切れません。
第一、教師になっていたのでは食べてはいけないのです。
で、教育も散々。
入学試験も公正とは言えないし、卒業証書はお金で買えるし、・・・。
聞けば聞くほど、気がめいります。
それでも、これが現実。

各国のODAやUN(国連)が援助しているでしょう。
そのお金は?
と、当然聞きます。
そんなお金は、人々のところには届かない。

ラオスで働く先進国の人の立派な車や滞在施設として使われて、それがODAや援助資金の支出したと報告されるのでしょう。
もちろん政府担当者の懐にも入っているのでしょう。

小山内美紀子さん(?以前の金八先生のシナリオライター)らが、カンボジアで沢山の学校を作ってきたという新聞記事に、一つの学校建設に500万円とあったと話すと、
ラオスではそんなにかからない。カンボジアの500万円の学校はどういう大きさかはわからないけれど、ラオスだったら、25万円でできると思うよ。
彼のイメージする学校は、日本の鉄筋コンクリートとは格段に違うでしょう。
でも、25万で学校の建物はできる。
でも、そこからが問題。
だって、先生の給料が・・・。

とりとめもなく書いていますが、とりあえず、書き連ねます。
「そう、そういえば、私はインドの学校の先生の給料を負担するグループに寄付金を送っている」
と、思い出したことを言った。
「うーん。でも、本当に送ったお金が、先生の給料になっているか、それは疑わしい」と彼。
「でもね、去年、DVDを送ってもらって、学校の風景を見たけれど・・・」。
「そんな・・・、お金になるとしたら、偽のDVDを作る人はどれだけでもいるよ」。

ああ、どこまで信じて、何を疑えばいいのか。

日本の今の憲法のもとで育ったこと、教育を受けられたことの幸を思います。

話はまだまだあるのですが、ここまで。

それでも、人は生きていきます。

追記:今の段階でも、私のインドの学校の先生の給料支援は信じていますけどね。
コメント (5)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする