-写真一枚母の日過ぎて届きたり小さき枠に三つの笑顔-
下手な一首には解説が要る(笑い)。
遠方に住む子が東京に来たから、東京界隈に住む姉妹と3人で会った、と伝える携帯メールが届く。
会食の場の写真付きで。
親子同居しているとか、近隣に住んでいる人には、どうってことない、当たり前のことだけれど、子供はすっかり遠くに住むものと、そういう生活スタイルに慣れようとしている私にとっては、貴重な一枚。
親とは、母親とは、いや、私に関しては、といったほうがいいだろうか。
子がいくつになっても、幼子が自分の周りにいた頃、巣立つまでの月日のアレコレを思い出す特技を持っている。
それぞれ巣立って、個別の生活が始まっているのだけれど、こうして顔をあわせたよ、と連絡が入ると、かつての空気が流れたのかしら、なんて想像したりする。
それだけの話。
でも、それはかけがえのない月日であったし、あの時の根っこを引きずって、彼らはどう生きていくのか、それを遠くで見守り応援したい。
親なんですもの。
ああ、母の日は宅急便が三つ届きました。
下手な一首には解説が要る(笑い)。
遠方に住む子が東京に来たから、東京界隈に住む姉妹と3人で会った、と伝える携帯メールが届く。
会食の場の写真付きで。
親子同居しているとか、近隣に住んでいる人には、どうってことない、当たり前のことだけれど、子供はすっかり遠くに住むものと、そういう生活スタイルに慣れようとしている私にとっては、貴重な一枚。
親とは、母親とは、いや、私に関しては、といったほうがいいだろうか。
子がいくつになっても、幼子が自分の周りにいた頃、巣立つまでの月日のアレコレを思い出す特技を持っている。
それぞれ巣立って、個別の生活が始まっているのだけれど、こうして顔をあわせたよ、と連絡が入ると、かつての空気が流れたのかしら、なんて想像したりする。
それだけの話。
でも、それはかけがえのない月日であったし、あの時の根っこを引きずって、彼らはどう生きていくのか、それを遠くで見守り応援したい。
親なんですもの。
ああ、母の日は宅急便が三つ届きました。