日々の暮らしから

「街中の案山子」「庭にいます。」から更にタイトル変更します。

ラインでのメール。

2019-09-15 07:29:33 | 私の雑感あれこれ
Youtebeをよく視聴している。

堀江たかふみ氏のユーチューブも、たまに見たりする。
で、彼は、電話はしない、と言っていた。
電話で連絡を取るのは面倒、と。


彼は、ラインでくるメールには、即返信するタイプらしい。

私も只今60代のラストラン中(苦笑)。この世代ではラインメール仲間は、なかなか増えないのだけれど、メールで連絡を取るタイプです。

電話連絡することが滅多になくなった。

本当は、だらだらと些細なことでも電話をする機会ってのも大切なのだろうとは思いながら、相手の生活時間を中断するように割り込んでいくのは気が引ける気がする。

幸い、長年PCのキーを叩いているから、入力が遅いほうではないというのも、メールを使う派の一因かもしれない。

で、メールで文章にする癖がついているものだから、対面で話していると、難点として、この人また繰り返している、とか、要するに、なにが言いたいの?、とか、話の流れがあっちへ行ったり、こっちへ行ったりしているじゃない、と心の中で思ってしまうことが、あったりする。

世間話って、そういうもの、なのだろうに。
私がギスギスしているのだな、と。

おおいに、そう思っていたので、電話機能は使わず、ラインのメールで事が済む、というホリエモンさんの流儀に、ちょっと共感を持った次第です。

ランチの機会を持つ、ってのも、人生にうるおいになりますから、大切なんですけどね。

昨日の集まりの中で、退会する人を囲んで、こじんまりとランチしよう、と提案はしました。
そちらも、嫌いではないし、両刀使いなんですね、私。笑





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今日は、「○○体操まつり」というイベントでした。

2019-09-14 19:46:38 | 私の雑感あれこれ
朝8時30分に町のアリーナに集合。
で、私たちは綿菓子、ホップコーンのブースと、ゲーム2種類の担当になりました。

私は「無理に頑張らない」路線で参加。苦笑
保育園の玉入れで頑張りすぎて、圧迫骨折した前科があるので。トホホ

来場者は入場時にカードを受け取ります。ゲームや簡単なスポーツコーナーを体験するごとにカードにシールを貼ってもらいます。
6つのゲーム(または競技)全部にシールを貼った子に綿菓子かホップコーンを渡すしてください、とのことでした。

6つ全部をクリアとなると、なかなかおやつにたどり着けません。
進行状況を見て、全部じゃなくていい、と変更にしました。

でも、用意した綿菓子、ホップコーンがずいぶん余りそうです。

だったら、午後からは、午前中に1種類貰った子供たちに、もう一回あげてもいいのでは?
と、考えました。

でも、全員が一挙にやってくると、これまた満員になって混乱するかもしれません。

だったら、シールを6つ貼ったカードであれば、更にひとつあげます、ということにしようと提案。

すると「ここは○○町だし、そんな、細かいこといいんじゃない。シールのチェックしないでも、あげちゃえば~」と、隣の彼女。

それを聴いて、私は「それだと、早く来た子が得して、午前中に聞いたルールに従った子は割を食う形になるから、よくないと思う」と、間髪を入れずに返答していました。

言った後で、また、○○さん(私)理屈っぽい考え方する人だな~、と思われたかな、と思いました。

でも、決まりを守るおとなしい子が割喰うルールにはしたくない、できるだけ公平に、という気持ちが率先して出てきてしまうのです。


おやつコーナーの受付担当でしたので、ほぼ私提案のルールでやりとおせました。

本来子どもは聞き分けがいいと考えています。ささやかな場面ですが、大人のあいまいさ(イージーさ)をストップできてよかったです。


スタッフ側でなければ、眺めているだけですけどね。










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ようやく秋めいてきました。

2019-09-13 07:50:56 | 私の雑感あれこれ
たらたらと、遅読中なのは、城山三郎の「冬の派閥」
幕末期の尾張徳川家の顛末がテーマ。

争いを避けたいと思えど、世情は意図する方向にはならず。
不本意に人を誅殺せよと、朝命が下る。
朝廷の命令は絶対だから、とにかく従わないと、謀反人にされてしまう。
良かれと思ったことが、逆手に取られても、反論無用。

「官僚たちの夏」の作者でもある城山三郎の筆運びに、引き込まれる。
と言いながら、遅読ですが、、、汗。

昨日は、88歳を迎える方への町からのお祝いの品を届けに行ってきた。
涼しくなった夕方のひと時の立ち話で、88歳の夫氏の介護状況の聴き手になる。
現役時代は充実した日々を送られたであろうけれど、身体レベルが低下して、手がかかる、と。

介護で、自分の時間も拘束されがちなので、つい愚痴が出る。
いずれ我が身と思いながらも、世話をする側は沈殿してくるのだろう。

それでも、施設に世話にならずに二人三脚。
そのご苦労さん代が、やがての遺族年金になるのだろうか、と思ったり。私、結構、皮肉屋です。



つい、頭の中に150年前の理不尽な時代が去来するものだから、こんな小さな愚痴を吐き出しながら生活できている時代の幸せを思う。
今、その小説の舞台となっている名古屋城の木造での再建話が話題になっている。
私の頭の中は、小説に取り込まれているものだから、観光用に再建を、なんて提案している時代のなんと平和なことか。

ひとは数十年という時代を生きるわけだけれど、その時代を選べない。
高須藩出身で尾張藩主になった、慶勝、弟(名前追加します)、桑名藩主、会津藩主の松平容保は兄弟。水戸の斉昭の息子であり、一橋の養子になり、やがて最後の将軍になる慶喜は、慶勝のいとこ。彼らが時代の波の中で、争いをよしとしたわけでないのに、幕府終焉のあらしの中でほんろうされる、尾張藩に関心があるのだとしたら(そんな人少ないでしょうけれど)、読んでみることお勧め。というか、出会ってよかった歴史小説の1冊です。


私たちの現代。
社会福祉がここまで整っても、さらに出てくる愚痴。これって、生きていく上での調味料なのかもしれませんね。
ほんの150年前、(慶応4年、明治元年、1868年)あの私たちの近くの、あのお城で、上級役職の何人もの人が、裏返した畳の上で、首をはねられているのです。本当かどうかも不確かな天皇のご意志だという命令書の指示で、、、。

かこつけて、雑用優先してしまっています。早く読了しなくてはなりませんね。苦笑








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世の中のしくみ(というか?言葉)の理解度様々。

2019-09-12 14:02:15 | 私の雑感あれこれ
毎月ある月例会(町の福祉関係の会議)が昨日あった。
その会議の中から。

小学校の運動会は招待状が来るから行くけれど、文化祭は招待状が来ない。地域の小学校の行事だから行きたいな、と思っても、「なんできたの?」と思われるのもイヤダから、招待状を出してもらえるように掛け合ってほしい、と。
私たちの最寄りの小学校は案内が来るけれど、私は例年欠席。
学校の先生方は文化祭の行事日までに、子どもたちの出し物を完成させるのに精いっぱいだろうに、さらに、事務作業を増やして手間を懸けさせるの?、、、と思った。
役員の氏名を書いたカードをぶら下げて見学に行ったらいいじゃないですか、と。
来賓席を設けてもらって、そこに陣取りたいのかしら。

もうひとつ。
年度初めの行事日程に、民間のある病院についてだけ、盆踊り、運動会が列記されているのは不自然なので、公立保育園、小中学校行事に限り列記にすることに変更しました。
ところが、その病院から、今年も盆踊り、運動会の招待状が来ました。

ある委員が、おかしくないですか。招待状を出さないように言ってください、と。

これ(この意見)も、変!

招待状は主催者が出したい、招待したいと思ったから出したのであって、行きたくなければ欠席の返事をすればいいまでのことです。
(送迎バスの運行やお弁当の準備などのため、確認はしたいでしょうから)

なんで、封書が来るの? 住所を誰が教えたの?
・・・だって、去年まで、私たちの年間行事表にののせていたし、去年までの招待状の送付先名簿を病院が保管しているから、今年から私たちが扱いを変えたことを先方は知らないのです。
出席者が減り続ければ、今後コストのことを考えて、招待状送付をやめるかどうかを考えるのは、その病院側の判断なのです。
(ちなみに、その病院は長期入院者が多い精神病院で、地域との交流を持ちたいという配慮からのものだと理解しています)

「来賓」慣れしてしまっているのか、招待ということの意味をはき違えているのか、なんだかなぁ~、と思いました。


そして、もう一つ。
私、8月13日の記事に(「私、ことばフェチなところがある」というタイトルだったかな)書いていますが、
「敬老の集い」の招待状を出そうと思いますが、出席なさいますか、という確認で、おかしい、と言っています。

私、役員になって6年目です。担当者から電話が先に会って、えっ、出欠を確認してから招待状? と違和感を持ったものです。
例年ならば、国会議員、県会議員、町長、町会議員、老人クラブ会長、そして私たち役員が来賓なのですが、今年は、私たち下っ端役員二人だけで、町長さんが各地区巡回して挨拶だけに来られた、という実情でした。
国会議員さんは、祝電。お義理でしょうね~。

あー、あんな電話が例年出席の各人に入ったのなら、「行かなくてもいいか」という心情になるのも、むべなるかな、と思った次第です。苦笑
担当者に悪気があったわけじゃないのです。招待客の係りになって、電話で出席と応えた方だけに招待状を送れば、数字が最初から明確になる、という考え方だったのでしょう。
ちょっと、「招待する」ということはどういうことか、認識不足だったのかも。

いずれにしても、議員さんの出席がなくて困ることはないので、無問題ではありましたけどね。

ささいなことですが、ものごとの理解の仕方が結構違っている人が多々いるということなのですね~。
















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それぞれの思い込み。

2019-09-11 07:01:56 | 私の雑感あれこれ
誰もが、よかれとおもう選択をしながら生活している。
そう思っている。

こんなシーン。

先日の1泊旅行で思ったことのひとつ。
和室で3つの布団を並べてねるのだけれど、真ん中で寝ている彼女の枕元に薬の空殻が目に留まった。
「寝る前に何の薬を飲んでいるの?」

「睡眠導入剤」

・・・。
きっと、毎日の習慣なのでしょう。
でも、夕食の最中に、たくさんのご馳走に箸をすすめながら、「私、眠くって、ご飯、食べられない。このまま眠りたい」といったのも、彼女。

あんなに睡魔に襲われていたのに、布団に入ると睡眠導入剤がないと眠れないという生活を送っているなんて、
私には、?  ?   です。

きっと、お医者さんには、「眠たくて仕方がない」シーンは伝えなくて、布団にはいると目が覚めて、、、と訴えて、処方してもらっているのでしょうね。

・・・不思議 ! !

もう一つ。
自宅から集合場所のある駅までの途中で、彼女はチャージしたばかりのマナカ(スイカの類)を落としたという。
そんなてんやわんやがあったので、時間がギリギリになった、と。

落としてから時間が経っていないから(30ぷんていど)、駅に届いているかもしれない。念のために聞いたほうがいいよ、と私。
駅の電話番号はサクサク検索できるから、超便利な世の中です。

で、彼女、電話。

ありました。届いていました。

良かった~。旅行に出発する前に解決できて気分もいい。

そのとき、彼女は「落ちていたマナカを届けてくれる人がいるとは思わなかった」と。

私、そのセリフに、ビックリ。

「だって、自分がその立場だったら、届けるでしょ」というと、

彼女の意見は、私とは違うのです。

そこで、またビックリ。

我が家の前の道路に財布を落としたことがある(夜中にタクシーから降りて、自宅に入る際に)息子の財布も、翌日警察に確認したら、届いていたわ、とか、いくつもの私の体験談を口にしたけれど、彼女に伝わったかどうか。

そりゃー、拾ったチャージされたカードは誰でも利用できるだろうけれど、そんなことをする自分でありたいだろうか。

勿論、生活がひっ迫している場合は、天啓と思うこともあり、ですけれど。

海外旅行経験豊富な彼女。海外での紛失体験をとうとうと披瀝するのでした。


ひとそれぞれ。

私だって、どこか、別の面で、アレ?あの人の判断どうかな? 
と思われているかもしれません。

帰りの地下鉄で、杖を手に乗車してこられた男性、腰かけようとしてあきらめ、ドア付近に移動。とっさに少し空間を広げて、「どうぞ」と声掛けしたことで、沈んでいた気分が解消されました。・・・私もヘトヘトで席を交替するどころでなかった。汗







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時に 音楽。

2019-09-10 08:16:35 | 私の雑感あれこれ
昨日、ホットヨガに向かおうと軽四に乗った。

この車はFMラジオをつけているので、乗用車と流れる曲が違う。

で、かかった曲に、ググッ。

知っている曲です。ずいぶん昔に聴いた曲。きっとYoutubeでも聞けるから、タイトルを聴き忘れないように、と曲名紹介に注意した。

『大空と大地の中で』でした。

松山千春です。

彼の曲で、もうひとつ大好きな曲があります。

『夜明け』

この曲が流れてきた部屋を覚えています。

昨日、寝る前に、2曲ともYoutubeで堪能してから、ベットに入りました。

もう、若者ではなくなっていますが、でも、琴線は反応します。



すみません。
機能が変わって、リンクの貼り方がこれまでのようにできなくなりました。トホホ


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今年も「敬老の集い」

2019-09-10 07:53:12 | 私の雑感あれこれ
年1回の企画で、これで出席は6回目。
だんだんなじんできたかな(?)

立寄って声をかけてくださる方もあったり。
離れた席にいる顔見知りに、手を振って挨拶したり。

ふしぎな取り合わせだと思います。

なぜか。

企画、主催は自治会。
そこは変わらないけれど、自治会の役員メンバーが毎年全部入れ替わっている。
だから、「敬老の集い」を見たこともなく、そんな企画があるらしいぐらいを回覧板で目にする程度の人たちに、担当が回ってくるのです。
そんな未経験の人たちが、滞りなく集いを運営していく、って、スゴイ、と思っています。
引継ぎがバッチリなんでしょう。

健康ストレッチがあって、ハワイアンショー(子供たちとママらの)があって、食事会。食後に地域の踊りの会の人たちの踊り披露と盆踊りをみんなで輪になってやります。

その後のじゃんけんゲームで賞品を獲得した人は思わぬラッキー、だったり。

私が声をかけて話をする人なんて、本当に少ないですが、年に1度しかない集まりでも、またお会いできましたね、と言ってくださる方がいると、うれしいものです。

そういえば、訃報も聞きました。
ご近所であっても、知らないままに、ということも多い昨今です。

ご家族にとっては、一人の存在が終わるということは、大きいことだと思うのですが、近所には数か月後にして伝わる、というのが現実なんですね。ずっと、老人クラブの俳句の欄に名前があったひとでした。




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古希旅に行ってきた。追加あり

2019-09-07 07:18:29 | 旅行・休養
10年前に伊勢志摩に旅したのはちょうど還暦になる年だった。
あれから10年。
また、同じ3人で伊勢志摩方面へ。

あのときは、おばあちゃんになっていたのは一人だったのに、今は3人ともおばあちゃん。

近鉄特急電車を鳥羽で降りて、乗船時間50分の遊覧船での島巡り。
到着から、マリーナを出帆する間が時間コンパクトと分かっていたので、一人が3人分の切符を買う役と船乗り場で待機する役を決める。苦笑 早足であるくものの10分ギリギリ。切符売り場に立ち寄った彼女が間に合わない。
次にしてください、と言われるのを、「すみません。すぐ来ますので20秒待ってください」と懇願。
彼女、大いに走り、3人はセーフ。

15分でイルカ島。

ここでもスケジュールはコンパクトで、すぐにリフトに乗って山頂付近でアシカショーの開催時間。見物した後リフトで下ってから、イルカショーの見物というスケジュール。
・・・のところ、リフトが動いていない!

えっ!

雷が近づいているので、危険だから停止している、とのこと。


おお~、山登りか~、と、腐る(私)。
100m以上は山道を登ることになった。想定外。体力差がリアルに出る3人。苦笑

アシカショー会場には一番乗りで到着。10分ほどの余裕があるけれど、3人ともシートに座って休息。山頂散策する気分はなし。

アシカショー(1匹だけ)の途中、稲光。昼間の稲光を目にするのは私には珍しい。観終わって、また山道を下る。

アイスクリームを食べながら休憩。イルカショーの時間まで30分もある。30分ごとに到着する遊覧船は来た。
で、イルカショー見物をパスして、遊覧船に乗船。

鳥羽で昼食。ホテルの送迎バスの時間(午後3便ある)をひとつ繰り上げて、早目にホテル着。
予約時には、広めの部屋が満室だったので、少々残念な気持ちもあったのに、なんと、キャンセルが出たらしく、最上階の広い部屋にしてくださった。料金のプラスは不要、とのこと。ラッキー

広い窓の外には志摩の海が一面に広がる。早く到着してよかった。

海の幸満載の夕食は美味しいのだけれど食べきれない。
鍋はスープだけ、てんぷらも一つつまんだだけ。なんだ⇒自分 年のせい?
食べようと頑張ったけれど、牛タンシチューもダメでした。私以外は美味しい! と。
お肉については、なんでもOKではなく、わたし狭量なんです。
勿論、茶わん蒸しの鶏肉もダメ。

お刺身の舟盛


伊勢海老1匹のお刺身


アワビとサザエとなんとか貝。アワビはそれなりに立派な大きさで、身も厚かったです。


煮魚(金目?)


伊勢名物のてこね寿司など。


天ぷらと和牛のタンシチュー(普通の牛のシチューだったら、食べるのに、、、)


このほかに、一人用の鍋と茶わん蒸しも。



夜中は土砂降り。

ひとまず、ここまで。

鉄は熱いうちに打て、とあるけれど、

感想も時間がたつと、勢いが低下気味。苦笑
それでも、一応、翌日分を綴っておきます。

ホテルの送迎バス(30分かかる)で鳥羽まで戻り、電車経由で伊勢神宮の内宮に向かう予定だったけれど、鳥羽からも路線バスで行けること、1日周遊券(
1000円)を使えば、帰路の近鉄電車駅へも利用できることから、ルート変更した。
雨模様が、現実に雨降りに。それも土砂降りの伊勢神宮でした。
にもかかわらず、参拝客(観光客)が絶えることがないのは、さすが伊勢神宮です。
私は頻度の高いリピーターなのですが、つれふたりのうち一人は、10年ぶり(還暦旅のとき以来)とのこと。
さて、米寿で凝れるかどうか。実現で来たら、健康に感謝しないといけませんね。

10年前と同じお店で昼食。
おかげ横丁などを回る頃には雨は上がっていました。

伊勢名物にはあかふくがありますが、こしあんはそんなに食べたくないタイプ。あかふく氷というのがあって(宇治金時みたいで、お団子がひとつ入っている)これは満足。種類はこれしかなく、ものすごい勢いで売れていました。

バス、特急電車と乗り継いで帰路へ。
ターミナル駅のデパート地下で夕食を買っていかない?と誘われたけれど、私は、その段階で、途中寄り道したくないほどに、疲れていました。・・・動きがスローモーションっぽい彼女のほうが余力が残っているのです。あ~ぁ。


























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孫の運動会、A~Z。

2019-09-06 06:43:46 | 家族
この春、小1の孫の運動会があった。
どうだったかな、と気になりながら、私は、最寄りの小学校の運動会を見学していた。
勿論、小学1年生の競技、演目にも、見ることのない遠方の孫の運動会を想像しながら。


大変だった、らしい。
直前まで運動会がイヤと拒否して、パニックにもなったりしたので、大変だった、と。
こんなハラハラは私未経験。娘の気持ちはさぞかし、とつい思ってしまいます。
でも、始まってしまうとそれなりに参加していたと。
演技の動画が送られてきて、ちょっと投げやりっぽいけれど参加しているじゃない、と少し胸をなでおろしたものです。
でも、徒競走などの話題は出ず。苦笑
得意じゃないのだもの、しょうがない、と。
パパ、ママも保育園時代からの実績を知っていますから、参加することに意義あり、です。

で、10月にあるという弟クンの保育園の運動会。
もう練習が始まっているらしく、リレーのアンカーになった、とのメール。
びっくり、で、じんわり、うれしい。

たかが4歳児の保育園の運動会なのに、うれしいものですね。
私も勿論ですが、うちの3人の子供たちは、アンカーなんてなったことありません。
(きっと、娘婿さんの遺伝子を受け継いでいるのでしょう)

全国でた~くさんの運動会が開催されており、どの運動会にもリレー競技があると思いますが、これまで、私は、どこの誰だか知らない俊足クンに声援を送る専門、でした。足の速いこのフットワークは見ていて感動します。
それが、弟クンも、なのです。まだ4歳ですが、一丁前にアンカーだけは2周走るのだそうです。

きっと、昔アンカーだったことある、という方々も多いと思います。
そんな、俊足家族にとっては、特段のことではないのでしょうが、ひとまず私は、このささやかな栄誉を楽しみます。笑
婆バカですが、ご容赦ください。
お兄ちゃんと、50歩100歩だったらいいのだけれど、運動会なければいい派のお兄ちゃんに対して、きっとアンカー抜擢を嬉しがっている4歳児クン。この二人にどう接したらいいものか。

接点の少ない私よりは、知恵者のパパママのほうが、熟練対応しているとは思いますけれど。

私は、ささやかなことでも、喜べるところでは喜んでおこうと思う派。
自分の話題じゃないのに、と思いながらつい書きたくなりました。


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日曜版の記事が気になって、、、

2019-09-03 09:22:38 | 家族
今日は火曜日。購読している新聞の日曜版の記事がずっと気になっていた。

「My Story」
漫画家里中満智子さんの記事です。

小枠だけ読んで、本文は今通読しました。

その小枠の文章の1文。
マンガ家の道に立ちはだかった母は93歳で健在。
「最近、誕生日に妹とつえをプレゼントしたんです」と。


あの時の自分も、言葉で記せば「立ちはだかった母」になるのだろうか、と。
まだ、この記事のことは家人には話題にしていない。

本文も読んで、我が家のひと世代前にも、こんな母子があったんだと(結局、我が家の場合漫画を選択しなかったけれど)、妙に親近感を味わった。
つきつめた話題になると「あのときのきみは、、、、」と今でも家人に言われることがあります。

勉強方面で進路を選択したら有利なタイプ(高IQだと後からわかった)なのに、なんで漫画家になりたい、と。
紙と書くものがあれば、自分の好きな世界が描けるのが漫画だよ、お母さん。


魯迅は、お医者さんになって目の前の患者の治療をするより、思想家になってより多くの人に影響を与えたいって考えたらしいけど、ジャンプ(漫画雑誌)に連載で来たら、400万人に読んでもらえるんだよ。漫画ってすごい影響を与えることができるんだから、とも。
そんな評を言っていたのは中学時代。

実は家庭内でも話題にはしませんでしたが、漫画部のある高校を選択してほしくないな~と思っていたものです。



優等生だった里中さんはマンガを描くことを優先して、近場の公立高校に進学。16歳。
マンガ家は粗末な裸電球の下で1人仕事をするものと思い込み、さらに憧れを募らせた。世間からは冷笑されまともな暮らしもできない。そんな中で描き続ける情熱は何て素晴らしいのだろう。「売れても貧しく、一生孤独かもしれない。でも私もそんな人たちの後輩にになりたい」。
里中さんは高校3年で中退。


その思いを貫き通して(16歳で新人賞受賞。漫画界にデビュー)今に至る方なのですが、きっと、大なり小なりはあるにしろ「立ちはだかる母」ってのは、世間にはひそやかにいらっしゃるのだろうな、と類推したり、、、。

そんなこと、ないかな?

大学生になって、またマンガ熱が復活。
19歳の今だから描きたいことがある、と。
昼夜逆転の生活を、受け入れるのは大変でした。
結果、留年やら休学のアラカルト。




どの家庭もそれぞれかもしれないけれど、「あのとき、、、」と指摘される部分を抱えているものとして、考えさせられる記事でした。









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