山本育夫『こきゅうのように』(思潮社、2023年08月20日発行)
山本育夫『こきゅうのように』は『ことばの薄日』と同時に刊行された。以前「博物誌」に何篇かの詩の感想を書いた。しかし、『HANAJI』(2022年2月)以降は、感想を書いていない。「博物誌」で、たしか「私の好きな詩」というエッセイの特集をやったはずだが(私は山本かずこの詩集を取り上げ感想を書いたはずだが)、その特集号のときから、「博物誌」が私のところには届かなくなったからである。たくさんの有名詩人が寄稿しており、他の詩人に寄贈したら、部数がなくなったということかもしれない。山本が多忙になったのか、あるいは病気が重くなったのかもしれない。というわけで、ひさびさに山本の詩を読んだ。読んだといっても、すべてではない。量が多すぎて、なかなか読み進めることができない。
「こきゅうのように」は「分かち書き」が効果的である。
こきゅう がひきだす ひゅうひゅう という おと が
天空を わたり あれこれ ひきつれて
ほうほう とみみやめやはなやくちに さわりながら
それぞれの 器官 に 記憶を うえつけ
そこここに ちいさな ものがたり が はじまる
ひらがなと漢字の衝突もいいが、「分かち書き」のなかに、散文とは違うギクシャクとしたリズムがあり、そのギクシャクがことばの推進力になっている。
ああ そうだったのだ あのとき あそこの あの
蛇口を ひねったのには わけがあったのだ わけが
「あの」というのは、話者と聞き手が共通の認識をもっているときにつかわれることばである。「あのレストランおいしかったね」「ああ、町外れのあのレストランだね、夕陽がきれいだったね」という具合。ここでは、山本は聞き手(他者)ではなく、自分と対話している。自分との対話なのに、ことばが「分かち書き」(とぎれとぎれ)になる。そして、それがつながったときに「ものがたり」になるのではなく、「分かち書き」になる瞬間、つまり、ことばがつまずき、つまずいたことを自覚して、そのうえで一歩進もうとするときに「ものがたり が はじまる」。
とてもいい感じだ。
「ものがたり」には「結末」がつきものである。しかし、「結末」というものは意味にすぎない。意味を重視するひともいるが、私は「結末(意味)」には関心がない。ことばが動く瞬間の、力学に関心がある。
「あのとき」の「あの」が何を指すか、そういうことは、私には興味がない。「あの」ということばをつかって言おうとする意識の、あるいは感情の、なんというか、「あの」としかいいようのないものにすがるようにして動く、その「必然」にこころがふるえる。
このことを、山本は、まあ「結論」として書いている。「必然」がそこに登場する。
ことばは あなたの くちをかりて
この世に 出現 したんだね
なにもかもが 必然の
こきゅうの よう に
これはこれでいいのだが、私はこの4行がない方が、詩は強烈になると思う。最後の4行は読者が感じればいいことであって、作者(詩人)が言ってしまっては、「はい、これが結論(正解)です」と学校の試験で採点されているようで、ちょっとがっかりする。
たぶん、私とは逆に、この4行、特にその「必然」ということばに感動するひとが多いと思うけれど、私は、あえて反対の意見を書いておく。
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