詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

青柳俊哉「ブドウを想う」ほか

2023-09-27 22:01:25 | 現代詩講座

青柳俊哉「ブドウを想う」ほか(朝日カルチャー講座、2023年09月18日)

 受講生の作品。

ブドウを想う  青柳俊哉

広大な石の野で
整然と水晶を啄む鳥たち 

羽の内部で 
地の百合の花の匂いと
風景の背後から降るなにものかの囁きがやむ
一面に響きわたる雨音

渇いた深夜に
ひとつぶの甘美なブドウを
想う

すべて鳥たちは
澄んでいく肉体の果てに
ひそやかな囁きを握りしめよ

 どの行が好きか。「風景の背後から降るなにものかの囁きがやむ」「ひとつぶの甘美なブドウを。ひとつぶが印象的」「3連目全体。一行なら、ひそやかな囁きを握りしめよ。美しい風景が思い浮かぶ。鳥、羽、囁きが印象に残る」
 私はいくつかの「対比」と「呼応」がいいと思った。特に2連目が複雑でおもしろい。
 羽(飛ぶ、空)と地、内部と匂い(匂いは外に漏れると同時に内にこもる、ここではその、こもる静けさが深い響きになっている)。匂いと囁き。その囁きがやむとき、その静寂を破るようにして響く雨音。その雨(濡れたもの、湿ったもの)と乾いた(夜)との対比。対比と呼応の中から「ブドウ」が浮かび上がる。
 1連目に水晶が出てくる。水晶は何色だろう。「透明」という反応が多かった。澄んでいく、ということばが透明を引き出すかもしれない。私は、「紫水晶」を思い浮かべ、それが「ブドウ」だと思った。水晶が鳥の肉体の中でブドウにかわるのか、ブドウが紫水晶にかわるのか。どちらでもいいと思う。いずれにしろ、鳥が食べたものが鳥の肉体の中で(あるいは青柳なら意識、精神の中でというだろうか)別な存在にかわるとき、鳥はその変化に驚き、だれも歌わなかった歌を、囁きのように、漏らすかもしれない。
 青柳は、それを聞いたのかもしれない。

祈り 杉恵美子

いつのまにか秋風が
うしろから来ていた

ページをめくる先に手を伸ばし
ようやく来た季節に
丸ごと落ち着こうとするけれど

何故か手が届かない
蜻蛉が輪を描き
木の葉は揺れる

少しずつポケットに忍ぶ老いが
私を萎縮させる
体の鈍い痛みを押さえつつ
不安を背中にのせて
静かな安堵感を探す


すぐ出会えることもなく
手を伸ばして掴むものでもない
探して探して見つけるものでもない


秋は秋の中に
そこにある陽だまりのなかに
繰り返し読んだ 色褪せた
本の中に

ありのままの
むき出しの心のなかに

 「ことばに緊張感がある。ことばが静かに出てくる感じ」「ページをめくるように気持ちを詩に記している。祈りはこころのなかにあるのだろうか」「秋風から老いを連想した。老いを強く感じた。後半の『に』の繰り返し、対比がおもしろい」
 作者の杉は言う。「自分丸出しで恥ずかしい。タイトルは『祈り』でいいか、迷った」
 「最終連に祈りを感じた」「ことばが出会っていくとき、詩を感じた。祈りということばは本文にないけれど、詩が祈りかも」「4連目の書き方が新しい。丸出しというよりも、素直に書かれている感じ。安堵感が祈りかも」
 私は4連目の「探す」ということばのあと、詩のリズムが変化しているところが、とてもおもしろいと思った。
 「探す」けれども「なく」「ない」「ない」と否定のことばがつづく。そのあと、受講生が指摘した「に」の繰り返しがある。その「に」のあとには、ことばが省略されている。なんだろうか。「ある」である。
 「ない」、でも、ほんとうは「ある」。その「ある」は、しかし、ことばにしては変わってしまう「ある」なのだ。違うものになってしまう。だから「ある」とはいわない。いわないことによって、さらに「ある」が強くなる。
 転調と余白が非常に印象に残る。

正調  池田清子

交通整理をしていた
周りの人達をうまく誘導して
マイクを持って

夢、今?

姉のところには
何度も訪れるという
会話もし、ホッコリするとのこと
私のところには
待てど、待てど、現れず
私が本当に苦しんだり悩んだりした時
が 出番なのかなと

何事もない日常の 今?
交通整理?

長調のひとと
短調の好きなわたし

長調の夢が
長調で現れた!

 「長調、単調の対比がおもしろい」「交通整理がわからない。正調の意味は、調をととのえるということ?」「亡くなった夫が夢に出てきて、交通整理をしていた、ということでは? そう思って読んだ」「夢と思っていなかった」
 この詩はたしかに交通整理をどう把握するかで、感想が違ってくるだろう。
 ヒントは3連目の「姉のところには/何度も訪れるという」の「訪れる」だろう。もちろんだれが訪れるかは書いてないのだが。しかし、「待てど」あらわれないのに、待っていない「今」あらわれたというとが手がかりになると思う。
 「正調」の「正」は長調が正しい、単調が間違っているという意味ではなく、まさに、という意味だろう。長調の正確のひとが、「まさに」長調のままあらわれた。「まさに」が省略されて、その省略されたことばがタイトルになって隠れている。

   *  木谷明

中学時代の夢?
それは夢ではない
所持品だ
   *
キャスターがわたしのことばを話している
なぜ?
アフレコになっている
   *
薔薇色の染まる覚醒
   *
気に染まぬ昨夜のアフレコが残っていたのか
   *
キャスターは
コオロギ
だった
   *
二晩、鳴いていた
消灯の
ドップラー周波数
   *
返した虫は非コオロギ
目の端に右上の宙にいつも浮かんでいる
わたしのつめたさ

 タイトルが記号。タイトルがない。いわゆる「無題」ということになるかもしれない。 「アフレコがわからないけれど、ことばのつかい方、キャスター、コオロギ、ドップラーがおもしろい」「私は、所持品だ、薔薇色の染まる覚醒、返した虫は非コオロギがわからなかった」「わからなさがいい」「最終行の、わたしのつめたさ、が印象的。客観的にみつめている」
 私は、その最終連に、谷川俊太郎を思い出した。ほかにも谷川俊太郎を連想させるところがあるが、何かぜんぜん違うものが、ふっとあらわれて、「それがある」という感じ、「それ」としか呼べない「別のもの」を提示する仕方が似ている。
 なぜ「それ」なのか。「それ」は、全体とどういう関係にあるのか。こういうことは、論理的に説明してもしようがない。「あ、それ、わかる」という印象が瞬間的に生まれれば、その「それかわる」という感じが、たぶん、詩に触れたという感じなのだと思う。
 「ドップラー周波数(ドップラー現象)」を論理の中心に据え、「わたしのことば/アフレコ」「染まる/染まぬ」「コオロギ/非コオロギ」と対比させていけば、そこに相対的な変化が描かれている、その相対的な変化を認識する冷静な(つめたい)私という具合に全体を展望できるが、そうしてしまうと窮屈になる。
 ぼんと放り出された「わたしのつめたさ」に「あっ」と思えばいい、「あっ、そうなのか、それ(そういうものが)があるのか」と。


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