詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

室園美音「ミーハオ」

2023-09-23 20:55:36 | 現代詩講座

室園美音「ミーハオ」(現代詩講座、2023年09月16日)

 受講生の作品。「ミーハオ」は、教師の家庭訪問の体験を書いている。彼女が訪ねていく小学生の紹介にはじまり、直前の訪問先で待っている児童につれていかれるようにして家庭訪問する。「時系列」通りに、そのときのことが描かれている。

「ニーハオ」という中国語の挨拶の言葉を新鮮に使っていたころ
原爆ドームからほど近い小学校で三年生の担任をしていた
クラスの中ではやや小さめで 魅力的な笑顔で笑うかわいい男の子がいた
その子の苗字が三原であることから
休み時間などみんなに
「ミーハオ」と呼ばれていて 人気者だった
家庭訪問のとき 三原くんの家は 校区外だったのでその日の最後に予定を組んだ
彼は仲の良い 最後から二番目の女の子の家で待っていてくれて一緒に家に向かった

お母さんは 家の外で待っていてくださった
リビングに通され学校での様子などを話していると
広いリビングにあった滑り台で妹や弟と遊びだした
妹たちに気を付けながらも
ダイナミックで少し荒々しいほどの遊びをしていた
「学校でみんなに親しまれているのは のびのびと育つように見守られているからですね」と伝えると
お母さんは 突然
おじいさんとおばあさんの話をはじめられた
「嫁いできたころ うっかりお皿を割ると
高価なものであっても 安いものであっても
父も母も ものが増えた ものが増えた
って喜ぶんです ほんとうに喜ぶんです」と
あたかも 言葉以上の確かなものがあったかのように 少し遠くを見つめながら話された

帰りの電車の中で
ミーハオの笑顔の後ろで そっと見守るおじいさんとおばあさんの眼差し
お父さんとお母さんがそれを喜び一緒に在る姿が浮かんだ
灯りがやけに懐かしい色にみえた
原爆投下後 広島の焼け野が原の中でお父さんは生を受け育ってこられた
子どもも 大人も 年寄りも復興を支え みんなで生きてこられたのだろう
そういう時代があったことを日常の体験の中で ふかく刻みこんでもらった
子どもの笑顔は 未来の光です
ミーハオの笑顔 傷みを持ちつつ支え喜ぶ身近な大人の姿
それは にもかかわらず歩んでいくのだ・・・と
今でも励まし支えるしるべになっている

 家庭訪問先での様子、児童が妹や弟と遊ぶ様子のあと、児童の母との会話があり、そのあと帰りの電車で、訪問した先の「感想」まで書いている。まあ、なんというていねいさだろう。あまりにもていねいに、その日のことを書いているので、長いなあとも思う。

 しかし。
 
 私は、この詩で、一か所、あることばに、とても感動した。最終連の「そういう時代があったことを日常の体験の中で ふかく刻みこんでもらった」の「もらった」ということばに。
 その直前に「原爆投下後 広島の焼け野が原の中でお父さんは生を受け育ってこられた/子どもも 大人も 年寄りも復興を支え みんなで生きてこられたのだろう」という二行がある。そこには「こられた」が繰り返されている。敬語である。「こられた」「こられた」と書いたのなら、学校文法では「もらった」ではなく「いただいた」になるだろうと思う。
 私は外国人相手にときどき日本語教師をしているのだが、もしその生徒が「もらった」と書いたら、ここは「いただいた」にしないと文体の統一感がなくなる、と指摘すると思う。
 しかし、詩は、日本語検定の作文ではない。
 室園はなぜ「いただいた」ではなく「もらった」と書いたのか。「いただいた」では、「敬語」が「距離感」をつくりだしてしまう。児童の母、さらには児童の父母との「関係」に距離感ができてしま。距離感は、なんというか、ちょっと冷たいものである。
 親近感を覚え、その一家と一体になった瞬間、「敬語」が消えるのである。一体だから「敬語」をつかう必要がない。この一体になるというこころの動きが「もらった」のひとことに凝縮されている。
 ここに人間の「あたりまえ」がとても自然な形で表現されている。
 そして、その「あたりまえ」の感じと、その連の「灯りがやけに懐かしい色にみえた」の「懐かしい」が、とてもよく響きあう。「あたりまえ」のものは「新しい」ものではない。たいてい、知っているものである。知っているけれど、知らず知らずに忘れていた。それを思い出す。ああ、懐かしいなあ、と。

 この詩は「現代詩」ではないかもしれない。「現代詩ではない」というひとがいるかもしれない。
 しかし、それはそれでいいのだと私は思う。人間性に「現代」も「過去」も「未来」もない。ただ、「あたりまえ」であれば、それでいいのだ。「あたりまえ」のことが、そこにことばとして動いていれば、それに感動する。
 ここには、室薗の「人柄」があらわれている。「人柄」が自然にあらわれてくることば、「あたりまえ」が自然に動いていることばが、とてもいい。

 

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中井久夫訳『現代ギリシャ詩選』読む(43)

2023-09-23 10:30:08 | 中井久夫「ギリシャ詩選」を読む

 主人公は「名哲学者の学校出」。サッカスのもとで哲学を学んだ。しかし、厭きた。政治に首を突っこんでみた。つまらなかった。キリスト教の教会にも顔を出した。曖昧宿の常連にもなった。顔のよさが幸運をもたらした。でも、将来は?

いつでも誂え向きのがあるさ。

 「誂え向き」以外に、ことばがあるだろうか。この詩の主人公、甘えん坊にぴったりのことばではないか。
 甘えん坊とは、いつも「誂え向き」の世界に受け入れられて、のうのうと生きて行ける人間のことだが、なぜだろう、そういう人間と、その手の世界は「一体」になっているようにも感じる。
 それこそ「誂えた」ように。
 そして、そのことばはまた、この詩のために「誂え」られたもののようにも感じてしまう。「一体」になっている。

 


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