1975年ソウル。
父親に児童養護施設に入れられた少女。
父親が迎えに来ると信じ、施設になじもうとせず、養子を貰おうと面会に来る大人たちの質問にも答えようとしない少女。
韓国系フランス人の監督もこの少女と同じような境遇で育ったのだという。
映画を観る前に監督のインタビュー記事を映画の公式サイトで読む。
インタビューはこんな言葉で終わっていた。
「実父にこの映画を観てほしいとは思いますが、捜してまで会うつもりはありません。今まで父が私を訪ねてこなかったのは、父には別の人生があるということですから。」
このコメントが映画の全部だと思う。
探してまで会うつもりがないのは、彼女もまた別の人生を見つけたからだ。
愛する親に愛されていないという事実をどうやって受け入れるのか。
受け入れてなお、どうやって新しく愛を探そうとするのか。
子どもにそんな強さがあるのか。
観る前から心の中が涙で一杯になる。
観ながら、子どもの寂しさと子どもがどうやって寂しさを抱えながら前に進もうとするのか、子どもの強さを思いながら涙を流す。
主人公のキム・セロンちゃんはウォンビン主演の映画「アジョッシ」の少女。
アジョッシでも「おじさんを嫌いになれない。おじさんを嫌いになったらこの世の中で好きな人がいなくなる」(確かこんな台詞だったと思う)という切ない台詞を言ったりするのだ。
可愛らしいのに凛として人の寂しさが分る少女なのだ。
父親に児童養護施設に入れられた少女。
父親が迎えに来ると信じ、施設になじもうとせず、養子を貰おうと面会に来る大人たちの質問にも答えようとしない少女。
韓国系フランス人の監督もこの少女と同じような境遇で育ったのだという。
映画を観る前に監督のインタビュー記事を映画の公式サイトで読む。
インタビューはこんな言葉で終わっていた。
「実父にこの映画を観てほしいとは思いますが、捜してまで会うつもりはありません。今まで父が私を訪ねてこなかったのは、父には別の人生があるということですから。」
このコメントが映画の全部だと思う。
探してまで会うつもりがないのは、彼女もまた別の人生を見つけたからだ。
愛する親に愛されていないという事実をどうやって受け入れるのか。
受け入れてなお、どうやって新しく愛を探そうとするのか。
子どもにそんな強さがあるのか。
観る前から心の中が涙で一杯になる。
観ながら、子どもの寂しさと子どもがどうやって寂しさを抱えながら前に進もうとするのか、子どもの強さを思いながら涙を流す。
主人公のキム・セロンちゃんはウォンビン主演の映画「アジョッシ」の少女。
アジョッシでも「おじさんを嫌いになれない。おじさんを嫌いになったらこの世の中で好きな人がいなくなる」(確かこんな台詞だったと思う)という切ない台詞を言ったりするのだ。
可愛らしいのに凛として人の寂しさが分る少女なのだ。