連載第166話をもって終了した【推しの子】の最終巻では、新規に加筆された部分が載るってことで、一応期待していたわけだけど。。。
はーぁ、ひどいね、これは。
一応、アクアの死後のキャラの顛末、ってことで、
かなはハリウッドデビューもして大女優としての道を歩み始めた、って感じ。
一方、あかねは、プロファイリング脳をこじらせてオカルトにまで手を出すスピリチュアル女優?になってしまったみたいで。。。
うーん、これ、アクアの死の真相を知っているかどうかで、ここまで人生が分岐するか!ってことを描きたかったのかね?
で、そのナビゲート役がMEMちょ、ってのもねー。。。
まぁ、途中から、MEMちょが、いわゆる「作者の代弁」を作中で果たすメタキャラなのはわかっていたけど、しかし、最後まで彼女にMC任せるかなぁ。。。
期待はしてなかったから大きなダメージはないけど、なんていうか、とことん、作者は読者を舐めてたんだなぁ、というのがわかった。
なんていうか、この裏切られ感は、『五等分の花嫁』のときに近いなぁ、と。
春場ねぎって人も大概だったけど、まさか、あれに似た経験をまた味わうとはw
まぁ、『ごとよめ』のほうが、まだ作者が好きなことを描いたら読者の嗜好とズレてしまったということだったら、ムカつくことはムカつくけど、まだ理解はできるとして。
『推しの子』の場合は、そもそも物語の結構からして、読者を釣るのは当然、という流れできていただけに、あのなんのひねりもないラストはないわー、ってことになるのはやむなし。
結局、アイなんてまじでただの出オチだしw
当初から、せいぜいがアクアのおまけ、アイのコピーにすぎなくて、物語の背骨にほとんど関わってこなかったルビーが、アイドルとして大成することをゴールに置かれれても、白けるだけだし。
いや、一応、それも、吾郎にさりなが誓ったことが成就した、ってことだから、物語の最初にゴールとして置かれていたでしょ?というのもわからなくはないけど。
でも、物語の本丸は、アイの殺害を誘導した実父カミキへの復讐だったわけだから、それをもっと華々しく達成してくれないことにはどうにもならない。
その意味では、『15年の嘘』なんて映画の脚本で、一応の真相を「ヌルく」語ってしまったところから、物語的には「詰んで」いたんだな、と今なら思う。
あんな映画にせずに、ストレートにアクアがカミキを始末すればよかった。
なんだったら、あかねがいうように、アクアとあかねの二人で完全犯罪を狙えばよかった。
でも、きっと、そんな込み入ったプロットを作者たちは考えることができなかっただけなんでしょ?
その言い訳を、あかねの後悔として明かすのだからズルい。
結局、やりたいことは込み入ったシリアスな復讐劇だったわけだけど、それを演るのが面倒だから、真相の開示を映画製作という「メタフレーム」で誤魔化しただけだったってことでw
なんだかなぁー。
ほんと、騙されたよ。
連載終了からそれなりに時間が経って頭もクールダウンできたところで最終巻の加筆パートを見たので、なんか、そういう原作の穴がよく目についてきた。
まぁ、カミキが直接の実行犯ではなかった、というのは、いかにも現代的な陰謀論のフレーム、つまり悪事の裏にはそれを操った「黒幕がいる」というネトウヨ的発想そのものだからね。
そういう意味では、確かに、ミームの女王である「MEMちょ」が語り部として生き残るのが妥当なところなのだけど。
まぁ、そもそも「【推しの子】」ってタイトルが、いわゆる「スレ」を模していたこともわかったわけだから。
気分は「電車男」だったわけだよね、作者的には。
はーあ。
くだらないにもほどがあるよ、まったく。
はーぁ、ひどいね、これは。
一応、アクアの死後のキャラの顛末、ってことで、
かなはハリウッドデビューもして大女優としての道を歩み始めた、って感じ。
一方、あかねは、プロファイリング脳をこじらせてオカルトにまで手を出すスピリチュアル女優?になってしまったみたいで。。。
うーん、これ、アクアの死の真相を知っているかどうかで、ここまで人生が分岐するか!ってことを描きたかったのかね?
で、そのナビゲート役がMEMちょ、ってのもねー。。。
まぁ、途中から、MEMちょが、いわゆる「作者の代弁」を作中で果たすメタキャラなのはわかっていたけど、しかし、最後まで彼女にMC任せるかなぁ。。。
期待はしてなかったから大きなダメージはないけど、なんていうか、とことん、作者は読者を舐めてたんだなぁ、というのがわかった。
なんていうか、この裏切られ感は、『五等分の花嫁』のときに近いなぁ、と。
春場ねぎって人も大概だったけど、まさか、あれに似た経験をまた味わうとはw
まぁ、『ごとよめ』のほうが、まだ作者が好きなことを描いたら読者の嗜好とズレてしまったということだったら、ムカつくことはムカつくけど、まだ理解はできるとして。
『推しの子』の場合は、そもそも物語の結構からして、読者を釣るのは当然、という流れできていただけに、あのなんのひねりもないラストはないわー、ってことになるのはやむなし。
結局、アイなんてまじでただの出オチだしw
当初から、せいぜいがアクアのおまけ、アイのコピーにすぎなくて、物語の背骨にほとんど関わってこなかったルビーが、アイドルとして大成することをゴールに置かれれても、白けるだけだし。
いや、一応、それも、吾郎にさりなが誓ったことが成就した、ってことだから、物語の最初にゴールとして置かれていたでしょ?というのもわからなくはないけど。
でも、物語の本丸は、アイの殺害を誘導した実父カミキへの復讐だったわけだから、それをもっと華々しく達成してくれないことにはどうにもならない。
その意味では、『15年の嘘』なんて映画の脚本で、一応の真相を「ヌルく」語ってしまったところから、物語的には「詰んで」いたんだな、と今なら思う。
あんな映画にせずに、ストレートにアクアがカミキを始末すればよかった。
なんだったら、あかねがいうように、アクアとあかねの二人で完全犯罪を狙えばよかった。
でも、きっと、そんな込み入ったプロットを作者たちは考えることができなかっただけなんでしょ?
その言い訳を、あかねの後悔として明かすのだからズルい。
結局、やりたいことは込み入ったシリアスな復讐劇だったわけだけど、それを演るのが面倒だから、真相の開示を映画製作という「メタフレーム」で誤魔化しただけだったってことでw
なんだかなぁー。
ほんと、騙されたよ。
連載終了からそれなりに時間が経って頭もクールダウンできたところで最終巻の加筆パートを見たので、なんか、そういう原作の穴がよく目についてきた。
まぁ、カミキが直接の実行犯ではなかった、というのは、いかにも現代的な陰謀論のフレーム、つまり悪事の裏にはそれを操った「黒幕がいる」というネトウヨ的発想そのものだからね。
そういう意味では、確かに、ミームの女王である「MEMちょ」が語り部として生き残るのが妥当なところなのだけど。
まぁ、そもそも「【推しの子】」ってタイトルが、いわゆる「スレ」を模していたこともわかったわけだから。
気分は「電車男」だったわけだよね、作者的には。
はーあ。
くだらないにもほどがあるよ、まったく。