BLACK SWAN

白鳥のブログ - 日々の世界を徒然と

魔法先生ネギま! 333時間目 『明日菜を救え!最強布陣、猛反撃!!』 追記・補足

2011-07-28 15:58:58 | UQH/ネギま!
ちょっと振りかえって思ったのだけど、
どう考えても、物語の流れ上、明日菜が今後もワイルドカードになるようには思うのだけれど、
とはいえ、明日菜がこの先何をするのか、って実はよくわからないよね。

今のところ、ヒントらしいヒントはラカンが復活する時に、明日菜が力を貸してくれた、
というようなことを言っていたぐらいで。

もっといえば、彼女の魔法無効化能力が、フェイト達の計画の中でどんな役割を果たしているのかも。
なんとなく明日菜がいないとリライトができない・・・みたいな感じの描写しかなくて。

というか、そもそも百年?もの間、魔法世界に既に存在し続けてきた、という意味も、
実は結構スルーされている。

簡単にいうと、そもそも人間なの? という疑問。

どうやら、古本がその実体らしいアルのような存在もでてきたし、
魔族や各種眷属も溢れている魔法世界を経験してしまっていると、
百年に亘る存在や、その表層人格=明日菜、というのも
何となく納得できてしまっているのだけど、
実は、明日菜についてはほとんど何もわかってない。

何が言いたいのか、というと、
333話の流れで行くと、エヴァの過去話がどうやら暫く続きそうなのは当然として、
同様に、明日菜の過去話も必要になるなぁ、と。

で、そうなると、もしかすると、エヴァの過去話に明日菜の過去話も絡んでくるのかなぁ、と。

エヴァは数百年生きてきた存在だから、百年の明日菜はその中のエピソードとして
語り得る余地があるようにも思えて。

つまり、あ、あの時の実験体?の成果がアスナだったのかぁ・・・、とかね。
そんなことを感じる展開がもしかしたらあるのかなぁ、と。

そうなると、

ナギ、アリカ、アスナ、エヴァ

というのが、造物主の周りでみな説明されてしまうのかと。

で、その事態について、実はネギは既にアタリをつけているのではないか? とか。


ということで、物語の向かう先としては、

この間までは、魔法世界の救済をどうするのか?

だったのだけど、エヴァの乱入と明日菜の復活によって、

それはさておき、主要人物たちの今までの経緯のようなところに焦点が当たりそうな気がしてきた。

というか、そういう方向に一気に舵を切ると、この先、お話として面白くなるように感じるのだが。

さてさて、どうなることやら。

そうして、こんな空想を繰り返しつつ二週間を待つことになるのだろう。
休載って罪深いなぁw

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魔法先生ネギま! 333時間目 『明日菜を救え!最強布陣、猛反撃!!』

2011-07-27 19:52:03 | UQH/ネギま!
ふむ、お約束通りの展開。

明日菜復活を願うクラスメイトの「想い」伝授
×
エヴァによるデュナミス三下やられ役組の一掃

で、予想通り、造物主だけがエヴァの魔法をくぐり抜け、物語の前面に。

既に予告されていたけど、エヴァと造物主の関係の公開間近!で終わり。

そして、またまた休載。。。

以上。

ここからの主役は、

ネギ、明日菜、エヴァ、造物主

で、とにかく明日菜が復帰しないことにはこれ以上話は進まない感じ。

あとは、造物主とエヴァの関係をどう告げられるのか。

今回の感じだと、エヴァも造物主の被造物。
被造物というのが、ヴァンパイア=魔族化のことをいうのと、
それとも、マジで造物主の「子供」というのを意味するのか、は
次回を見ないとわからないけど。

今回のニュアンスだと後者っぽい様子も出てきて。
その場合、エヴァの過去話で(フェイトの過去話の時のように)暫く物語を引っ張ることができそう。

といっても、ここまでで登場していない人で考えるならば、

造物主はナギかアリカの二択だよね、きっと。

で、今まではナギかなぁ、と思っていたものの、
今回、ちょっと見えた造物主の輪郭からすると、アリカ説も浮上。

その場合、なんとなく前から気になっていた、アリカとエヴァのキャラ造形の類似性(外見×性格等)も説明できそうで。

ただ、それだと、エヴァとネギも姉弟?とか、親族関係に入りそうで、え? とは思う。
明日菜とネギにも血縁があるはずだから。

親族同士の時空を超えた家族ケンカというのは神話の基本形だから、この展開にも納得は行くけれど。このあたり、どうなるのだろうね。

とにかく、今回は、造物主は誰だ? という問いかけがなされた、というので全て。

・・・で、またもや休載かぁ。。。

あー、あとは、小ネタでは、龍宮隊長が仕事人としてきちんとがめつい発言をしていたのは良かったな。

それと、委員長を出したなら、彼女をもっと前に出しても良かったのに。
どうせ、明日菜が復活したらまっさきに飛びつくのだろうがw

ともあれ、ここのところの展開は、予想ができすぎてホントに消化試合的展開。

ここらでまた、造物主ネタの公開で、

えー、そう来ましたかー!!!

とびっくりさせてくれることに期待して、二週間待つことにしよう。
はぁー。。。

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輪るピングドラム 第3話 『そして華麗に私を食べて…』

2011-07-23 06:56:53 | Weblog
期待していたのだけど、3話で失速かなぁ。
というか、どこかしら気持ち悪くて不快な感じが増してきた。

この作品は全然知らなかったのだけど、赤松健のTwitterで凄いという感じでつぶやかれていたらしいというのを知って、見てみたのだけどね。

第1話は確かに、おお!、という感じだった。
その時点では今期イチオシとか、『まどマギ』を越える?とかの評価も、ああ、あるかも、と思っていたのだけど、でも、第2話を見て、あれ?、と思い、今回の第3話を見て、うーん、これはどうだろう???、という気になってきた。

簡単に言うと、『まどマギ』を越えるどころか、それ以前というか、端的に90年代アニメへの回帰でしかないんじゃないの?という気がしてきたから。

つまり、自意識の塊の登場人物たちが、幸せ探しのための自分探しをする、という構図。
エヴァっぽいといえばエヴァっぽい。
私小説臭さというか。うっとおしい、というか。
エンタメ的な伸びやかな楽しさがない、というか。

今更、ストーカーネタとか、仮に導入部のネタであっても使われてもねー、という感じ。
なんかオッサンが想像する女子のイメージがあって、そのイメージからのズレを敢えて露悪的に描く、というか。
その、本来なら不快極まりない話を、星野リリィ原案の(男女問わず)小悪魔的なキャラと、ちょっとポップな感じの背景絵でオブラートに包んでいるというのかな。
あるいは、ペンギンギャグで、コマとしてごまかしているというか。
そう思うと、ハゲオヤジが背景として地下鉄内とか出てくるのも、
オヤジギャグ的に見えてくる。

そういう意味で、作り手のナルシスティックな自意識がそこかしこに溢れているようで、むしろ気持ち悪い、というか。

そう思うと、この作品が2クールってのはかなり微妙な気がする。

1クールで、作品そのものの「主題」が比較的分かりやすい形で駆け抜けるほうが、そうした作り手の細部に対する拘りをあまり気にしないで、物語構成に引っ張られて見ていくことができるように思えるのだけど、2クールだと多分そうならない。
つなぎ的エピソードが、それだけ、あざとく、見えてくるように思う。

そう、どこかあざといんだよね、全体的に。

で、そのあざとさも視聴者もわかって見てくれてるよね、だって俺ら仲間だろ、というようなイヤーな感じが伝わってくる。あざとさをわかって楽しむのが我々の嗜みだよね、といわんばかりの。そういう自意識が画面に溢れているように思えて、気持ち悪いんだよね。

とはいえ、しばらくは見続けるつもりだけれど。

ただ、見た目の感じでこういう作品が『まどマギ』と同列に語られそうな状況はちょっとどうかと思う。

それこそ、最終回を終えたところで見ないとわからないのかもしれないが。
その最終回が半年先と思うと、ちょっと苦しい。

第1話にあったような、イワトビペンギン帽のノリだけで飛ばせれば面白かったのだけど。

画面に漂う閉塞感が、時折、ほんとに痛々しい。

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魔法先生ネギま! 332時間目 『クラスメイト大集結!!!』 追記・補足

2011-07-20 23:15:24 | UQH/ネギま!
そうそう、葉加瀬が超のことに言及していたのは何気に気になる。
あと、茶々丸は旧式ボディでの復帰なのね。それはそれで痛々しさを微妙に表現していていいかと。

千雨がここに来てアーティファクトで活躍するとは思っていなかった。
あまりに当たり前すぎて、最初はスルーしてしまったのだけどw

でも、こういうところまで気がつくと、
ネギま、物語として終わり、というよりもまとめに入ってる気がするんだよね。

この流れで行くと、やはり、

造物主=ナギ

で、それに対して、

エヴァ、ネギ、フェイト、明日菜

で対峙する、ってことになるのだろうな。

で、それで終わり・・・かな。


というのも、葉加瀬が超のことに触れていることで、
魔法世界の救済と、超の話が、直接繋がって、
その話も一気にまとまりそうだから。

極端な場合、ネギ君の魔法世界救済策にお墨付きをつけるため、超が再来する、ってこともありえる。
何たって、今は世界樹がピッカピッカに光って、魔力充填が甚だしいわけだから。

そして、エヴァとザジがいることで、魔族とヴァンパイア、あるいは、魔族と魔法の関係も説明される。
ついでに、パクティオーカードシステムの秘密も。

・・・ってな具合に、ネギま世界の積み残し課題が一気に解決されそうな気がする。
で、大団円。

確かに連載8年だと潮時だし。
終了するにはいい頃合い。

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魔法先生ネギま! 332時間目 『クラスメイト大集結!!!』

2011-07-20 14:33:24 | UQH/ネギま!
もう完全に予想通りの展開。
エヴァ+ラカンらがデュナミスらを粉砕する傍らで、
明日菜の奪取が試みられる。

で、その明日菜の「記憶回復」の鍵を握るのが委員長・・・。

うーん、お約束だなぁ。

それにしても、委員長が鍵を握るというのは、どうもエヴァやアルは気づいていたようだから、となると、明日菜を救うにはクラスメイトの「呼びかけ」が必要になる展開は予め予想されていたことになる。

となると、アルはここまでの展開はシナリオ通り、ってことだったようにも思えるのだけど、どうなのだろう。

ついでに、委員長らを連れてきたザジも。

ポヨを出すことでザジも魔族であることを明らかにしておいたのも、この段階になって、麻帆良に残ったクラスメイトを無理やりつれてくるための布石だった、ということなのだろうな。
この構成には素直に唸らされた。なるほど。

ただ、その一方で、龍宮や刹那があっさり復帰したのには嘆息。残念。
二人の争いもちゃんと描いて欲しかったな。
というのも、ともに同族(月詠、ポヨ)との戦闘だったから、その途中で神鳴流や魔族について、それぞれいくつか秘密を明かしてくれると思っていのだけど。

ま、そのあたりは、映画でやるのかもしれないけれどねw

ただ、このクラスメイト全員集合、という展開はどうなのだろう。
なんか、もう面倒だから、これを機に一気にネギ君が魔法使いであることはクラスの知るところにしてしまって、お話を進めよう、って感じにみえるなあ。

それでいいのかな。やっぱり、ネギま終了フラグなのだろうな。

それにしても、分かっていたこととはいえ、デュナミス組があまりに不憫(苦笑

てか、ラカン、「よければいい!」ってのはどうよw
ま、達人級だと初発の一撃が決定打になる、みたいな話とも呼応して、
それはそれで実は結構、納得したのだけどね。

あとは、やっぱり、エヴァは最強なんだなぁ。ホントに。
こうなると、逆に、造物主にエヴァがボコボコにされるところにも見てみたい気がする。
そして、さらにネギ君、怒りの第二の覚醒! (笑
ホント、ドラゴンボールだなぁ。

来週は休載ではないようだから、素直に待つことにしようw

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花咲くいろは 第15話 『マメ、のち、晴れ』

2011-07-11 15:27:26 | Weblog
完全な結名回だったわけだけど、こういう展開の時のほうが、
緒花のトリックスター的位置づけが生かされていいね。

というか、番頭が緒花の方がいいな、と言ったあたりで、
結名がムキになる展開は想像してなかっただけに新鮮。

あ、結名と緒花をそういう関係にしますか、という感じ。

今までの物語展開は、基本的には旅館と東京の二つで、
そこには

女将―母―緒花

の強固な関係があって、そこにトオルとコウちゃんが絡んでくる感じで、
基本的には最初期の設定をなぞる感じだった。

つまり、逃れようのない人間関係が先にあって、その関係の距離感をどうするかが、今まで描かれてきたわけで、その意味では予期できた展開だった。

それが、前々回の、母が旅館を訪れて、女将―母―緒花の関係にとりあえずの均衡点をつくるところで終結した。

そういう意味では、前回からの修学旅行回は全く予想できなかったし、そこでの中心人物がまさか結名になるとはね。しかも、緒花との間で、結名からすれば、簡単なライバル?のような関係を作って旅行を終えるとは。

こういうのは面白いね。

で、やはり緒花は物語をかき回すトリックスター役の方が似合っている。
彼女自身が悩んだり自問自答したりする回になると俄然物語が空転する。

2クール目は、いい意味で、今回のような感じで緒花が状況をかき回して
物語を予期せぬ方向に回し、登場人物の間に予期せぬ関係を気づいてくれると面白いかな。
そういう展開を希望。



・・・って書いたところで、そういえば『あの花』の最終回について何にも書いてなかったことに気づいた。ま、見て直後に書きようがなかったから書いていないわけだけどw
時間を見て書いてみるかも。
今回の『いろは』の内容とどこかで関わりそうな感じがするから思い出したように思えるけれど。

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魔法先生ネギま! 331時間目 『麻帆良学園vs.完全なる世界!!』

2011-07-06 10:32:46 | UQH/ネギま!
あはは、ラカン、ホントに復活したよ! 
それにしても、あまりにあっさりした復活で拍子抜け。
いや、あんた、「気合い」ですか。
なんか、根性あれば何でも叶うみたいでマジチートだなw

とまれ、「気合い」復活は、ラカンが消失するところでも一回触れているから、一応ありということで。
あと、復活自体には明日菜の力が関わっている、というのは今後、効いてくるのだろうな。
要するに、彼女の特性は、単なる「魔法無効化」ではなく「再構成」の意味もあるとか。

無効にして再生する。

むしろ、それが明日菜の本来の力なのだけど、デュナミスたちはその前半分の力しか知らなかった、ってことなのかもしれない。

ま、明日菜のことはそろそろ本格的に語られるのではないかな。

あと、気になったのは:

デュナミスがエヴァの幽閉まで知っていたこと。
もっとも、これは単にエヴァが有名だというだけのことかもしれない。

もうひとつは、アルが古本とか呼ばれていたこと。
前にアリカの腰に本として存在していたことを考えると、むしろ、アルの本体は「本」なのかもしれない。

もっといえば、図書館島全体がアルの本体で、本やあの人間の姿は単なるインターフェースなのかもしれない。

そうなると、麻帆良学園の成り立ちや世界樹という存在も、アルの存在と不即不離の関係なのかもしれない・・・とかね。

いずれにしても、わざわざ「アル=最長老、最古参」ということを作中で知らせたのだから、遠からずアルの口から、魔法世界の創造や、麻帆良学園の設置、等についてタネ明かしがされそうな気がする。

それにしても、ラカンを含めオールキャストですかw

ここでゲーテルまで参上するとは思わなかったけどw
あとは、学園長がなんか亀仙人的に使い手だなぁw、とか。
詠春まで繰り出されるのかぁw、とか。

とまれ、

エヴァ、ラカン、アル、詠春、学園長、タカミチ、ゲーデル

の布陣であれば、基本的にはデュナミスチームはボッコボッコだよね。

いやー、前回の段階で既に想像はついたとはいえ、
ここまで分かりやすくデュナミスチームが三下ヤラレ役として扱われるのも不憫だなw

むしろ、デュナミスたちがボコボコにされる過程で、
事情通の二人である、デュナミスとアルによって、
造物主やエヴァについての秘密が明らかにされていくのだろう。

しかし、急展開といえば急展開だけど、
やっぱり、物語の先を急いでいる気がとてもするのだよね。

旧世代のキャラの勢揃いで、在庫一掃セールをすることで、
ネギだけでなく、フェイトにも、新世代の役割の動機付けを与えるのが多分主題。

プロセスとしては、ネギがラカンに弟子入りしてラカンと決戦をして、
そのラカンが消失してしまうところまでの物語を、
圧縮して再度繰り返すことになるのだろうけど。

でも、それは急ぎ過ぎに見えるのだよね。

物語の展開にタメがない、というか。

次回もお休みだっけ?

それもあって、一回一回の展開が早回しのように感じるのかも。

続きは楽しみだが、タメが欲しいよ、タメが。

ネギまっていつからただのバトル漫画になってしまったんだろう。

もう一回、物語の時間を取り戻してほしいなぁ。

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西尾維新 『囮物語』 感想2: 囮の意味

2011-07-04 01:10:51 | 西尾維新
ネットを見ると、予想通り、『囮』が面白いという声が多いようで、正直引く。
というか、ネットはアニメと花澤ボイスで入った人が中心だからなんだろうな。
うーん、しかし、ホントにこれでいいのか?

撫子ターンとか、ラスボスとか、ヤンデレとか、・・・
そんなにテンプレ的に解釈したいのかなぁ。

『化物語』シリーズって一応、ラノベカテゴリーではなかったと思うのだけど、
あるいは、西尾維新の本拠地である講談社ノベルスもラノベではなかったはずだけど、
この『囮』の展開は、テンプレの嵐で、まんまラノベでしょ。
ラノベっぽいけどラノベじゃない、というのが西尾維新のスタイルだと思っていたんだけどな。残念だ。

完全に読者の読書フレームに沿った形で、『化』のストーリーを組みなおしてしまったのが『囮』って感じだな。

ま、確かに『化』の中で千石だけが怪異と直接向き合っていなかったのは事実だから、「怪異」そのものとの対峙を行うキャラとして残っていたのは千石だけだった。

他のキャラがひと通り、怪異との苦悩を経験し克服していったのに対して、千石だけは、いわばお客様のように、ただ助けてもらっただけだった。

他の面々は:

ガハラさん → 蟹を自ら呼びこみ、蟹を祓う
神原 → 猿の手を自分に取り込ませ、猿の手をなんとか振り切る。
八九寺 → 自分自身が怪異
羽川 → 無意識にうちに自分自身が怪異に。その怪異に意識として向きあう。
阿羅々木くん → 吸血鬼になる。吸血鬼を従える。

その分、阿良々木君らが抱える、怪異の「深刻な」物語に千石が関わることができなかった。なぜなら、怪異を知るものではあるが、あくまでも「被害者」でしかなかったから。

物語の構造上、被害者という受動的な立場である千石は、物語の核心に迫ることができないところにあった。だから、逆説的に、作中で、他のヒロインと同等の立場で阿良々木くんに相対しようと思ったら、一度、怪異を自らに取り込まないではいられなかった。

そういう意味では、アニメの『化』の最後で、阿良々木+ガハラ+神原+羽川、が集まったシーンで終わったのは、千石のポジション(=物語の構造にハブられていた)を象徴的に表していたわけだ。

八九寺は浮遊霊でガハラさんや神原には見えないから、その場にはいられない。でも、千石は本来ならいてもおかしくない。いや、千石は中学生だから、という理由であの場に居合わせなかったことには表向き理屈は立つのだけど、本質的な問題は、千石が怪異と対峙した経験がなく、怪異について語って笑えるだけの位置に、つまり、ガハラさんたちと同じ位置にはいられなかった、というのが本当の理由だったわけだ。

多分、『偽』で、火憐や月火が怪異と接点を持つようなことがなければ、千石も一般人代表として物語に、むしろ、一般人であるがゆえの関わり方もありえたはずなのだけど。

でも、ファイヤーシスターズは二人とも怪異と関わってしまった。
月火に至っては怪異そのものだし。

そうなると、千石だけが完全に物語の構造からハブられてしまっていて。

あ、だから、ハブ=蛇、にとりつかれる、という洒落だったのかもしれないが。

そういう意味では、千石が『化』の物語世界に関わり、他のヒロインと同等の立ち位置で、つまり、公平な立場で阿良々木くんに向かうには、怪異を取り込む必要がどうしてもあった。

そして、シリーズ構成上、無敵キャラにするしかなかった、ということなのかもしれない。

裏返すと、『恋』での大団円は、千石が他のキャラと同等の立ち位置に立てたのだ、と実感できるところで、あっさり蛇の呪縛から解かれてしまうのかもしれない。

そういう意味では、千石vsガハラさん、という構図が正しいのだろうし、
その二人で阿良々木くんの恋を奪い合う、という意味で『恋』なのかもしれない。

・・・と、このように『囮』の展開から『恋』へは比較的ストレートに物語をつなげることができるといえばできるはずだけど、その場合、『恋』においては、阿良々木くんと忍は結構ハブられた展開になりそうだな。どう考えても、千石は、もし生き長らえるのなら、正式に失恋を経験しないといけないわけだし。

むしろ、阿良々木+忍のコンビの強さを確認するような話が、次の『鬼』になるのだろうな。

で、いずれにしても、忍野扇がトリックスターの役割を担うのだろう。
というか、『囮』の話自体を、文字通りパラレルワールドの囮だった、という風に締めくくる。

そうなると、逆に、サードシーズンの開始は必然でもある。
というのも、セカンドを、一種の『化』の並行世界的別解釈としないと、
千石が完全復活できないから。
少なくとも『傾』で一度、阿良々木くんがいない世界もあり得ることを示したわけだから、
セカンドは平行世界でした、という話で終えられる。

あるいは、もう少し突っ込めば、扇が出てきたのは『傾』からだから、
あの話から、既にセカンドの物語は扇の統制下にあって、そこからの物語はいずれも別ルートでした、という解釈が可能だということ。
その意味では、『猫白』で羽川視点を採用したのは、その話は扇の統制下にはなかった、ということを示すためのものかもしれない。

つまり、『傾』以降は、扇が作ったもうひとつの世界、ということだ。

したがって、本来の『化』の世界に戻るには、必然的にサードシーズンを書く必要がある、ということなのだろう。

そう考えると、多分、次の『鬼』で、扇が作り出す「怪異的平行世界」についても言及されて、『恋』における千石の問題の解決策も示されてしまうのかもしれない。

だって、『恋』まで待たないと『囮』の決着がつかないような物語構成を、西尾維新が素直に行なってくるとは思えないからだ。

むしろ、戦うと見せて、戦いに到る前に問題が解決されてしまうのが、本来の『化』の特徴だろうから。

そう思えば、『囮』の最後の予告編だって、単に千石が千石のイメージで語っただけのこと。
それが何かを確約する必然はどこにもない。
もっといえば、『囮』が実質的に千石の独り語りに終始したことを考えれば、この物語が、千石の夢オチとなっても何らおかしくない。

というか、それくらいの、物語構造そのものをトリックとして活用するようなひねりを加えてきてくれないと、さすがに西尾維新らしくないぞ、ということ。

そうでないと、この『囮』の見た目のつまらなさは解消されないから。

ということで、相当ポジティブシンキングをしたところで、『鬼』を待つことにしよう。

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西尾維新 『囮物語』 感想

2011-07-03 09:14:07 | 西尾維新
うーん、これはどうかなぁ~。

『化物語』の第二シリーズ?については、『傾』『花』ときて、
この『囮』に至って、
どんどん物語としての素直な面白さが減ってきている。

特に、今回はひどい。

単に、千石好きでない限り読めない文章が200頁ほど続き、
最後の最後でオチもなく、次々回作に続く、という構成はねー。
これも、アニメ化が悪い方向に作用している気がする。
要するに、花澤萌えの要素だけで釣った作品。

それにしても、この第二シリーズは、全体を通じて、
西尾維新の悪い癖が出てきてしまった気がする。
つまり、『戯言』シリーズに対する『人間』シリーズのような、
「蛇足感」ばかりが目立つ。

西尾維新は、手なりに書いた第一作に対して、
それがうけてしまった場合の第二作については、
大抵の場合、ファンサービスが過剰になる。

つまり、ファンと同じ地平にたって、
最も出来のいい二次創作作品を作ってしまう。

最も出来のいい二次創作、というのは、
第一作で読者が示した人気の在り処や嗜好性を理解したうえで、
正直に、その人気の所在をトレースしてデフォルメしてしまう。

『戯言』で面白かったけどメイン人物になりきれなかった人物群=零崎に焦点を当て、
ついでに、メインキャラの若い頃の話を書いてしまったのが『人間』シリーズだけど、
これは、本質的に『戯言』シリーズの幕間の埋草のようなものばかりで、
どれも非常に退屈なものだった。

あるいは『きみぼく』シリーズも、
作品を重ねるごとに病院坂黒猫というキャラ「ばかり」に焦点があたり、
物語としては失速し、およそ読み物の体をなさないものばかりが書かれた。

実のところ、西尾維新は、この頃、つまり、前に書いたシリーズの続編・スピンオフにかかりきりの時は、もうどうしようもないくらいスランプに陥っていたのではないかと感じていた。どれもこれもつまらなかったから。

その中では、確かに『化物語』は、第一作としての面白さ、というか強度があった。

これは微妙なところだけど、『化物語』をアニメ化したのは、一方で多大な人気を獲得したところはよかったのだろうけど、他方で、どうしようもなくアニメ要素がその続編に混入するようになった。

で、今回の『囮』はその傾向が全開になった。

大きくは二つ。

●忍野扇による「ループ」的構造の示唆
●千石撫子の突如とした「ラスボス」化

どちらも昨今のアニメや漫画の有り様を「直に」受け止めている。

『化物語』をまずテキストで読んだ人であればわかると思うけど、この物語では、そういうアニメ/ラノベ的な定番の物語構造については、徹底してアイロニカルに批判的に関わっていた。
多分、『化』の面白さの一つは、阿良々木くんと八九寺によるメタ会話の部分だと思うけど、そこでは、ループやラスボスみたいな話はネタとして消化されていた。

で、第二シリーズは、そういうネタでいわば嘲笑の対象にしていた構造がベタに展開されようとしている。

第二シリーズになって八九寺の出番が極端に減ったのは、多分、彼女のアイロニカルな口調や発言が、この第二シリーズのベタな感じにそぐわないためだと思う。

『囮』はそれくらいベタな構成だ。

基本的には、千石の一人称、というか、独り語りで終始したのが『囮』で、正直、この独白はキツイ。千石が作中で言っているように、イタイものばかりがベタに続けられていて、どうなのだろう、実際の中学生とか高校生ぐらいにしか、この心情に直接シンクロすることなんてできないんじゃないかな。大学生や社会人で、この千石の語りに共感できてしまったら、それこそイタすぎるだろう。

多分、これは西尾が作家としてそろそろいい年になってきて、若者の感覚を感覚的に理解できなくなってきていることとも関わっていると思うのだけど。

裏返すと、ホント、千石好きか、千石の独白に素直に同調できないと、読み進めるのはとても難しい。

簡単に言うと、『化物語』の第二シリーズについては、第一シリーズの時と違って、面白いから誰かに勧める、という気にさせてくれない。それくらい、自己完結した世界になっている。

というか、ラスボス、ってなんだよ?
あと、これはGOSICKの最終回でも触れたけど、「バッドエンド」とか「グッドエンド」とかなんだよ?
どうして、何もかもゲーム的な表現で淡白にテンプレ的に語るようになるかな?
さすがに、それはファンに媚を売って、読者を忘れてないか?

千石のラスボス化なんて、ちっとも面白くないよ。

しかも、『囮』のあとがきにあったけど、次回の『鬼』で『猫白』で放りっぱなしにしていた学習塾炎上事件をやり、次次作の『恋』で今回持ち越しの「卒業式」事件を扱う。

もっとも、時間軸上では両者の後日談となる『花』で両方とも言及されていたから、当たり前だけど、阿良々木君もガハラさんも死なないことは示唆されている。

しかも、扇の存在は、これらの話がループ、ないし、別時間軸上の物語でありえる可能性を相当ほのめかしている。つまり、一種の平行世界としての物語の可能性はありえる。だいたい、『傾』で実際に、そのような世界の可能性を作中で実際に示したわけだし。

加えて、西尾維新自体、サードシーズンの執筆の可能性をほのめかすに至ってるし。
なんか、『化』もドル箱商法のサイクルに乗ったってことなのだろうな。

ということで、第二シリーズは、作中キャラを別時空で動かした、
一種の「祭り」的展開で終わらせることはあり得るし、
そう考えれば、千石のラスボス化にも納得が行く。

でも、それだけ。

ファンサービスが過ぎるようになる西尾維新って、
キャラ人気投票に沿って、キャラのサイドストーリーを書ききってしまう。

でも、それは、あくまでも幕間の話に過ぎなくて、本質的に物語を進めることはない。

『鬼』も『恋』も多分読むと思う。西尾維新も好きだし、『化』はアニメ化以前からすきだから。

でも、西尾維新には、作家としての可能性もきちんと追求して欲しいところ。

その意味では、新たなシリーズに繋がる第一作を手なりに書いて欲しいし、
そのような環境を周りは整えてあげて欲しい。

アニメのイメージに毒されていない、作家としての西尾維新をもう一度読みたい。

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GOSICK -ゴシック- 第24話 『死神の肩越しに永遠をみる』

2011-07-02 13:26:40 | Weblog
言語道断なくらい最悪の最終回。
なんだ、これ? って感じ。
まさか、ここまでお仕着せの終わり方をするとはね。
がっかりなんてレベルではない。

23話についてのエントリーで同じことを書いたけど、
この物語を戦争ロマンもので集結させるという制作側の感覚は全く理解できない。
桜庭一樹はホントにこれが書きたかったのかね?

一応、以前から桜庭を読んできた経験からすると、
彼女がこういう安直な終わり方を求めていたとはさすがに思えない。

こんなお決まりのテンプレの、
それこそ「バッドエンドではない」ような終幕でいいのであれば、
『砂糖菓子の~』も『私の男』も・・・、書いてないだろう。

この物語の基本は、ビクトリカ+久城によるホームズとワトソンの再演。
そのようなミステリ的結構で一つ一つの物語を進めていく。
その過程で、灰色狼やらオカルト省やら、コルデリアやらの、
背景にある設定が、一種の謎として提示されていく。

つまり、エピソードレベルの話とシリーズ構成レベルの話が
少しずつ交わるような構成をとる。

そういう構成は別段に珍しいものではない。
むしろ、シリーズもののミステリとしては王道展開。

だから、終盤において、そういう大きな物語が浮上すること自体は全く気にならない。

問題は、それがいきなりの第二次大戦的戦争で良かったのか? ということ。

時代設定が1925年だから、その可能性はあるけれども、それはあくまでも匂いだと思っていたのだけどね。

今回の最終回、基本的には強引な説明シーンをつなげただけで、最後に復員する久城とビクトリカの再会で終わる。というか、物語的に意味があるのはそのシーンだけでしょ。

それを、あたかもマルチシナリオのゲームのバッドエンドやらグッドエンドやらで形容すること自体、おかしいと思う。必要なのはエンドだけなのか?と。

非常に意地悪く見れば、この、ほとんど描写らしい描写がなくただ説明だけで終わらせた構成は、要するに、その間に何があったか知りたかったら、原作の最終巻買って読んでね、と言ってるようにしか思えない。

いや、最初は、さすがにこの最終話は桜庭も望んでないだろうと思いたい。

戦争なんて設定を持ち出さずとも、ブロワ公爵や灰色狼、コルデリア等の背後にある物語を描くことはできたと思うけど。

何がおかしいかって、最後の二話については、ビクトリかも久城もただ戦争という時代の流れに翻弄されて、最後に出会うかどうか、だけのことしかしていないから。

はたして、それが中盤灰色狼話で浮上した、コルデリアによる「生きろ」という
言葉にかなったものだったのか、ということ。

二話使って決着がついたのは、ブロワ+コルデリア+ブライアン双子による前時代の私怨。
ここに、ビクトリカも久城も全く関わっていない。
もっといえば、アブリルやセシルなどの、学校のメンバーも。

当然、この後に2話ぐらい、彼らによる物語を置いて、終了させるのが筋でしょ。

そして、仮に戦火の中で引き裂かれたという話であったとしても、
欧州のどこかで、久城がビクトリカを「探し当てる」展開でないと、
それまでの構成が全く活かされていないことになる。

ただ、戦争という舞台が導入されれば、
普通に考えれば、留学生でしかない久城は帰国しないわけにはいかないし、
帰国すれば兵役に就くことは免れないのはほぼ確定路線。

だとすれば、久城がビクトリカを探し当てる、物語としてきちんと終幕させるには、
戦争を直接、この物語世界に導入するのは間違いだったことになる。

というか、原作執筆開始時点で、戦争オチになるのなら、
1925年という時代設定や、久城が留学生である、というような設定は
多分、採用しなかったんじゃないかな。

いずれにしても、この最終回は、ひどい。

原作の小説もこのような終わり方をするのならば最悪だ。

原作は、アニメとは異なるエンディングだったという、
むしろ、いい意味で角川商法的な、メディアミックス的終わり方となることに、
最後の望みを繋ぎたい。

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