熟年の文化徒然雑記帳

徒然なるままに、クラシックや歌舞伎・文楽鑑賞、海外生活と旅、読書、生活随想、経済、経営、政治等々万の随想を書こうと思う。

十二月大歌舞伎・・・三津五郎の「引窓」

2009年12月21日 | 観劇・文楽・歌舞伎
   師走の木挽町の賑わいには、一寸した慌しさと独特の情緒が漂っているが、顔見世の京都南座の賑わいは、いかばかりであろうか。
   一張羅の晴れ着を着飾った着倒れの京都美人が見られるのも楽しみの一つであろうが、この招き看板の上がった賑わいの南座越しに、カラフルな店の並ぶ四条大通りのはるか向こうに、一力のベンガラ色の壁面と八坂神社の赤い門を臨む風景は、やはり、京都そのもので、いつ見ても懐かしさを感じるのだが、この風景も、もう、随分見ていない。

   さて、歌舞伎座の夜の部だが、私の好みに合った舞台は、竹田出雲他作の「双蝶々曲輪日記」の「引窓」で、何時観ても、義理人情に泣く人々の悲しくも美しい心の襞の裏表を感じて、何とも言えない感慨を覚える。
   通し狂言のこの「引窓」は、相撲と色町を絡めながらの色恋沙汰での殺人が、義理の兄弟の切っても切れない柵の悲しさをあぶり出し、その狂言回しを、実母であり義理の母である二人の母親が演じて、肉親の情愛をしみじみ感じさせてくれる佳作であると思っているのだが、4人の役者が揃うと異彩を放つ。

   贔屓筋のために殺人を犯した大関・濡髪長五郎(橋之助)が、里子に出されて分かれて棲んでいる実母お幸(右之助)に暇乞いに来るのだが、その日、このお幸が後妻に入った南方家の義理の息子・南与兵衛のちの南方十次兵衛(三津五郎)が、父親の跡を継いで代官となり意気揚々として帰ってくる。
   しかし、十次兵衛の初仕事が、この濡髪捕縛であることを知ったお幸と妻のお早(扇雀)が動転して、必死になって思いとどまらせようとするので、遂に、十次兵衛は、濡髪が家に来ていて、義理の兄弟であることを悟る。
   ここからが、この舞台の核心で、親子兄弟夫婦の間の肺腑を抉るような義理人情の疼きや葛藤が渦巻き観客の感動を呼ぶ。
   結局、捕縛を覚悟した濡髪が、別れを惜しみながら花道から逃亡へ走り去るところで幕となるのだが、二転三転するお幸・濡髪親子の心の軌跡が、哀れさを増す。

   初手柄を立てて面目を施したい濡髪捕縛に、何やかやと抵抗する義母・妻の態度に不審を抱きながら、濡髪の人相書きを、爪に火を灯す思いで溜め込んだ小銭を差し出して、売ってくれと拝む義母を見て、真実を悟る十次兵衛の心情が、実に哀れで、胸を締め付ける。
   親子として何不自由なく暮らしていた筈の十次兵衛の心の中に、実子でない義理の息子としての悲しさが、隙間風のように流れ込む一瞬である。
   「なぜあなたはものをお隠しなさいます。私はあなたの子ではありませんか。」と言って腰の大小を抜いて前に差し出し、「丸腰なれば今までの南与兵衛。お望みならればあげましょう。」と人相書きを渡す。濡髪を逃がす決心をしたのである。

   お幸にしてみれば、分け隔てしているつもりはないのだが、幼い時に手放して何の世話も出来なかった薄幸の吾が子への罪の意識が鬱積していて、理屈抜きで愛しく可愛い。
   子供可愛さに心の闇に迷い込むのだが、濡髪に、「子故に逃がしたとなれば亡夫に義理が立たない筈」と諭されて、引窓の紐を引っ張って濡髪を縛り上げて、「濡髪の長五郎を生け捕ったり。十次兵衛はいやらぬか。生け捕って手柄に召され。」と叫ぶ。
   最後には、十次兵衛の温情に甘えて、一日でも二日でも、とにかく生き延びてくれと濡髪を放つのだが、この芝居では、私は、このお幸が、十次兵衛と並んで主役だと思っている。
   このお幸を演じる重厚な役者の演技に、いつも感心しているのだが、今回の右之助も、実に感動的な立ち居振る舞いで非常に上手いと思って観ていた。

   勿論、この「引窓」の立役者は、十次兵衛を演じた三津五郎である。
   決定版とも言うべき吉右衛門の重厚で骨太の十次兵衛像とは、一寸異質だが、品格と言い、優しさ温かさを滲ませた人情味豊かな味わいと言い、三津五郎でなければ出せないような人間美豊かな十次兵衛像が、息づいていて非常に感激した。

   濡髪の橋之助は、癖のない非常にストレートで穏やかな演技に徹しており、私は、「大坂・堀江の角力場」とは違って、このような前に突出しない演技の方が良かったと思っている。
   扇雀のお早だが、ちょこまかした軽妙なタッチが実に良い。元遊女の色町の風情と色気、それに、まだ板についていない堅気の若女房としての初々しさなど、達者に演じていて面白かった。

   さて、野田版「鼠小僧」だが、勘三郎などの器用な俳優たちが、舞台狭しと、ギャグ、パロディ、アイロニーなどコミック・タッチのシーン連発の舞台を、精力的にこなしていて、それなりに面白いのだが、私には、良く分からない世界の芝居で、殆ど馴染めなかった。  
コメント
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