熟年の文化徒然雑記帳

徒然なるままに、クラシックや歌舞伎・文楽鑑賞、海外生活と旅、読書、生活随想、経済、経営、政治等々万の随想を書こうと思う。

デヴィッド・ウォルシュ 著「ポール・ローマーと経済成長の謎」

2021年06月20日 | 書評(ブックレビュー)・読書
   
   この本のタイトルは、Knowledge and the Wealth of Nations: A Story of Economic Discovery
   「知識と国民の富 経済的発見の物語」と言うことであろうか、アダム・スミスから、ノーベル経済学賞受賞者ポール・ローマーの画期的な経済成長論「内生的発展理論」までの軌跡を綴った経済発展の経済学史と言えようか。

   ポール・ローマーは、技術革新を経済成長論に取り込んだことで2018年にノーベル経済学賞を受賞した。このローマーの経済成長論への推移を縦糸に、アダム・スミス『国富論』以来の「謎」として残された収穫逓増の「ピン工場」と収穫逓減の「見えざる手」の矛楯から説き起こして、その後の経済学における、この「収穫逓増」と「収穫逓減」の対立をめぐる経済成長論の変遷を横糸として、壮大かつ克明な経済学史を綴っている。

   経済成長理論は、1960年代にはマクロ経済学で隆盛を極めた分野だが、1970年代以降は景気循環論が主流となっていた。ところが、ローマー教授が1986年に有名な論文“Increasing Returns and Long-run Growth”をJournal of Political Economyに発表して以降、経済成長論は再び脚光を浴びることになる。
   ロバート・ソロー教授の経済成長理論への貢献に対して、ノーベル経済学賞が贈られているが、このソロー教授の成長モデルでは、経済成長をもたらす3つの要因(資本、労働、技術進歩)のうち、技術進歩は経済主体の意思決定のリストには含まれておらず、新たな技術のアイデアによって生産技術が上昇するとして、「ソロー残差」と称していた。技術進歩率、または全要素生産性(TFP)上昇率は研究開発投資によって上昇するといったことが確認されてはいたが、研究開発投資による知識の蓄積によって長期的な成長率が変わってくるというマクロ経済学的な結論は、得られていなかったのである。
   ローマー教授の最大の功績は、この外生的とされていた技術革新が経済主体の意思決定の中で決まるという形の、技術革新を内生化した経済成長モデルを、構築したことにある。この技術革新の要因としては、さまざまなものがあげられ、研究開発の蓄積による技術知識、研究者に蓄積された知識でもよく、技術革新が経済成長にとって非常に重要であることは、ソロー教授のモデルでもローマー教授のモデルでも同様なのだが、ソロー教授は、技術革新による成長が経済の体系内でコントロールできないのに対し、ローマー教授のモデルでは、経済の体系内の意思決定によって技術革新を通して経済成長率をコントロールできるとする。このことから、ローマー教授が提示した成長モデルは「内生的成長理論 Endogenous growth theory」と呼ばれる。

   ローマー・モデルがソロー・モデルと異なるもうひとつの点は、経済成長が減速しない、すなわち成長率が下がっていかない収穫逓増という点である。ソロー・モデルでは、資本の限界生産力逓減がはたらくため、1人当たりGDPは長期的には一定の水準に落ち着く。しかしながら、ローマー・モデルでは、研究開発や人材投資によって得られた知識は、ほかの生産要素に置き換えることができないため、知識を蓄積していっても生産への貢献度が低下することがないため、経済は一定の1人当たりGDP成長率を維持し続ける
   発展途上国間では経済成長率の格差は非常に大きい。ローマー教授の成長モデルの場合は、技術進歩に影響を及ぼすさまざまな要素の(研究開発、人的資本など)配分が異なることで、長期的な生産性上昇率の違いや1人当の所得上昇の差が生じ、この各国の長期的な経済成長率の違いを、教育による人的資本の蓄積、研究開発投資による知識の蓄積等で実証的に検証されている。競争過程を通したヨーゼフ・シュンペーターの「創造的破壊プロセス」を取り入れた内生的成長モデルや、経済社会制度の選択が経済成長に及ぼす影響を考察した成長モデルなど発展途上にある。
   内生的経済成長モデルは、現在の経済に対して、成長戦略の基礎となる理論として捉えて、どのような要素に資源を投入していけば、より生産性を向上させ、高い経済成長率を持続させて長期停滞を脱するかその指針ともなり、技術に関する知識やアイデアなどの無形資産が、新たな技術革新を起こし、生産性を向上させ、長期的な経済成長につなげる役割を果たしている。このような技術革新のプロセスは、まさに米国におけるICT革命とデジタル革命が、GAFAを生みだしたと言えよう。

   さて、このデヴィッド・ウォルシュ 著「ポール・ローマーと経済成長の謎」だが、650ページを越える大著ながら、私見としては、何故、ローマー理論を説くのに、これだけの紙幅を割いて詳細に論じなければならないのか、
   それに、翻訳にも問題があろうか、回りくどくて良く分からないので、以上の纏め文章は、殆ど他の文献を参照して書いており、巷間の好評レビューとは違って、良い印象はない。

   それに、もう一つ、無知を承知で言わせて貰えば、ローマーの業績は評価するが、経済学的理論としては、確立していないかも知れないが、このような経済発展理論は、すでに、1世紀近くも以前に、ヨーゼフ・シュンペーターが、「創造的破壊」をメインにしたイノベーション論で経済発展の理論を展開して、殆ど言い尽くしており、実業の世界では、既知であり常識である。このローマー論も、経済学が付いて来れなかっただけで、概念的には、このシュンペーターの経済発展理論から殆ど一歩もでていないと思っている。
   セドラチェクが、数学偏重の経済学を痛烈に批判していたが、純粋経済学の埒外なのか、ガルブレイスの経済学が軽視され、経営学では、最も偉大であった筈のピーター・ドラッカーが、経営学界から無視され、学会や大学などから正当に評価されなかったのと同じで、学問とは何なのか、象牙の塔に疑問を感じている。
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