熟年の文化徒然雑記帳

徒然なるままに、クラシックや歌舞伎・文楽鑑賞、海外生活と旅、読書、生活随想、経済、経営、政治等々万の随想を書こうと思う。

ウォルター・キーチェル三世著「経営戦略の巨人たち」

2011年08月02日 | 書評(ブックレビュー)・読書
   HBRやフォーチュンの編集に携わったジャーナリスト・キーチェルが、「戦略STRATEGY」を主題にして、経営学および経営コンサルタントの歴史的展開を、マッケンジーやボストン、ベインなどの巨大コンサルタント企業の巨人ブルース・ヘンダーソンやフレッド・グラックやビル・ベイン等の戦略的コンサルタントに、戦略学の権威とも言うべきマイケル・ポーターなどを中心にして、個人的な隠れた裏面史などを交えながら、時系列的に物語風タッチで論述していて、非常に面白いのが、この本「経営戦略の巨人たち THE LORDS OF STRATEGY」。

   戦略論の復習のつもりで読み始めたのだが、私などは、トム・ピーターズなどの「エクセレント・カンパニー」を皮切りに、プラハラードやハメル、大前研一、それに、マイケル・ポーターあたりから入って、戦略論に触れただけなので、それ程系統立てて知識がある訳ではなかった。
   しかし、一通り読んでみて、殆ど、何らかの形でどの戦略論にも馴染みがあることが分かって、ほっとしたのだが、経営コンサルト会社やその専門コンサルタントが果たした役割なり業績については、殆ど知識がなかったので、企業との関係など実践の場での展開などの裏話が興味深かった。

   まず、意外だったのは、経営戦略と言う概念は、F・W・テーラーの時間と仕事量の関係調査のずっと後、非常に最近のことであって、それをより広く企業の機能やプロセス全体に対して応用した「大テイラー主義」が、やっと、企業の世界に広まって、大企業が21世紀の資本主義を実践しているあらゆる場所や、あらゆる大陸に広まったと言うのである。
   経営戦略の最初は、コスト競争力の強化、すなわち、コストダウンと言うことで、BCGの「経験曲線」が脚光を浴びたようだが、もう一方のもっと重要な差別化戦略が、コンサルタントの重要課題になったのは、まだ、後のことであった。
   本格的には、ポーターの「競争の戦略」での、コスト・リーダーシップ、差別化、集中の3つのポジショニング論を待たねばならないのだが、初期には、コストか差別化かと言ったトレード・オフ関係さえ念頭になかったというのが興味深い。
   私など、コスト競争や従来型の差別化戦略で、ライバル企業との競争に打ち勝つという手法ではなく、競争のない未知の市場空間を開拓するブルー・オーシャン戦略が、企業にとってより重要な経営戦略だと当然のように思っているので、当時のコンサルタント手法の稚拙さと言うか、コンサルタント会社の手探りの悪戦苦闘ぶりが見えて非常に面白いと思った。

   また、非常に意外だったのは、マイケル・ポーターの受けた初期の先輩学者からの徹底的な抵抗や嫌がらせなど、ビジネス・スクールが、戦略の新しい概念を導き出す努力を鼻であしらっていたと言う話である。
   追放されたポーターは、マッカーサー学長の助けもあって、マネッジメント開発プログラムに移って、超人気の看板コース「産業と競争分析」を立ち上げ、更に、「競争の戦略」と「競争優位の戦略」の二冊を著書を著し、広く名を知られる著名人となったのだが、ドラッカーへの対応なども含めて、経営・経済学の世界は、極めて淫靡で閉鎖的なところなのであろう。  
   私が読んで手元にあるのは、ずっと後に出版されたHBR論文を集大成した「競争戦略論Ⅰ&Ⅱ」であるが、今では、ポーターは、ドラッカー亡き後、最も影響のある経営思想家だと言う。
   企業が未来を描き出すのに誰よりも大きな影響を与えて来たポーターが、まだ何故ノーベル賞経済学賞を受賞しないのか不思議だとキーチェルは言っているが、私自身も、ドラッカーやガルブレイスを受賞者にしないノーベル賞は間違っていると思っている。
   さて、ダイヤモンドHBRの6月号は、ポーターの「戦略と競争優位」なので、遅ればせながら、改めて勉強しようと思っている。

   ところで、このキーチェルの本だが、非常に戦略論について幅広く沢山のテーマについて論述しているので、興味が尽きないのだが、最後の「むすび」で、株主価値の最大化に対する批判に言及し、将来のあるべき戦略の方向性などのついて論じているので、この点について、少し考えてみたい。   
   株主価値極大化の権化(?)と言っても不思議ではないGEのジャック・ウェルチが、FTに「株主価値は表面的には世界で最も愚かな考えだ。株主価値は結果であって戦略ではない。企業の主な基盤は社員と顧客と製品である。」を語ったのを紹介している。
    
   キーチェルは、この問題については、殆どの戦略専門家は、恐らく企業の目的と言う問題はそのまま放っておきたいと思うだろうと言って、深入りを避けて、それよりももっと深刻な問題、「企業が生み出す富をも公平に分配するにはどうすれば良いのかと言う問題に直面している」と指摘している。
   激烈な競争に勝つための収益の向上は、容赦ないコストダウンを伴い、コスト削減の最大費目は、今尚、人件費であり、「戦略」は、容赦なく被雇用者の社会契約を切り刻み、グローバル化の更なる圧力に晒されて、所得分配を歪め格差を異常に拡大してきた。
   企業の繁栄の増大が社会全体の繁栄と富裕な消費者人口の拡大につながった1950年代や60年代とは異なり、いまや、中産階級を苦境に追い詰め、期待する消費水準を維持するためには、殆どの人の唯一の方法は、家計の負担が史上最高レベルに達するほどの借金をしなければならなくなってしまった。

   資本主義の市場メカニズムを変えるつもりはあるのか。企業が収益を犠牲にしてでも極端な富と貧困の格差を緩和する覚悟はあるのか。企業への貢献を正確に反映する会計システムを構築して、社員をぼろぼろにせずにやって行けるのか・・・
   今や、コンピューター・アルゴリズムが、ストップウォッチを補完して、大テイラー主義は、その分析エンジンを労働者の仕事の益々多くの面に適用するようになってきている。
   グローバル金融危機の余波の中でも、資本主義の峻烈化は衰えることなく、世界中の人々は益々多く、自由市場に自分を委ねて生活をより豊かにするために懸命に努力して、同時に競争の歯車を加速させる。
  
    しかし、それに拍車をかけるのが、企業の「戦略」。
   戦略とは、企業にとっては必須の要件。しかし、結局は、人々を益々窮地に追い込む、ソ連のスタハノフ運動やチャップリンのモダンタイムズの歯車と同じではないのか。
   それが、私の疑問である。
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