小金沢ライブラリー

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ミステリ感想-『乱鴉の島』有栖川有栖

2006年06月24日 | ミステリ感想
~あらすじ~
船頭の勘違いで孤島に送られた火村英夫と有栖川有栖。
そこには孤高の幻想作家を囲み、裏のありそうな正体不明の人々が。
なごやかに流れていた滞在生活は、IT長者の乱入と撲殺事件で、歪んだ真相へと迷走していく。
はたして彼らの目的は? 正体は?


~感想~
火村シリーズ初の孤島物は、孤島物の定義を大きく外れた、言うならばダークファンタジー。
孤島ミステリに付き物のあれやこれやは一切なく、奇妙で穏やかな孤島生活を淡々と描く前半は退屈とも取れる。
いざ事件が起こってみても、ケレン味は薄く、解かれるべき魅力的な謎は見当たらない。
主題は「孤島に集まった人々の謎めいた目的」であり、殺人事件は味つけ程度。謎は謎、事件は事件で別個に存在し、謎と事件が密接に絡まなかったのが大きな不満である。
また肝心な謎も、解かれるのは終盤で、そこまでは背景に留まり、物語に大きな影を落としつづけているものの、あくまでも特異な設定として存在するだけになってしまった感が強い。
これだけの奇抜な設定なのだから、欲を言えば、そこから始まる物語が、そこから紡がれる謎が見たかった。
孤島ミステリながら、流れる雰囲気はいわゆる村ミステリ、あるいは邑ミステリ。しかし閉鎖された空間で行われる異様な風習――は匂いと気配だけに終わった。
謎も事件も、物語を終始いろどる、空を舞う鴉たちと同程度の存在感に過ぎなかったのかも知れない。


06.6.24
評価:★★ 4
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ミステリ感想-『奥信濃殺人事件』中町信

2006年06月17日 | ミステリ感想
~あらすじ~
推理作家の氏家夫妻は奥信濃の秘湯・七味温泉のペンションに招待された。
ペンションの持主は2年前に事故死した門馬源次郎。しかし門馬の妻は、夫の死にある女性が関わっているというハガキを受け取っていた。氏家らが宿泊したその夜、犯人を突き止めると息巻いていた門馬の息子が何者かによって毒殺されてしまう。


~感想~
中町信の作品には共通点が多い。ネタバレになってしまうがファンには自明なことだろうから、いくつか挙げてみよう。

1:プロローグで物語の一場面が描かれるが、それは叙述トリックである
2:旅行先で被害者が出る
3:容疑者と目された人物に、不利な証拠が挙がったとたん殺される
4:誰かが主人公に秘密を打ち明けようとしたとたん殺される
5:最低でも3人は死ぬ
6:被害者はダイイングメッセージを残す
7:旅行先にもう一度行く
8:事件はいったん解決するがそれは真犯人ではない

1は中町信=叙述トリックというのはもはや常識(?)。いかにも怪しいプロローグがないと寂しくなる。
2は二時間ドラマさながらの展開。しかしドラマ化されるにはちょっとマイナーな舞台が多かったりする。
3~4も定石か。「あることをお話しますからお越し下さい」とか「明日になったらお話します」というセリフが飛び出したら、死にフラグが立ったと思いましょう。
5は短い分量にも関わらず次々と死人が出るので、物語にスピード感を与えてくれます。ただでさえ少ない登場人物をさらに減らしていき、それでも意外な犯人を用意しているのだから、氏の腕前はすばらしい。
6はダイイングメッセージ物の宿命として、釈然としない真相であることがほとんどですが、作者の強いこだわりが感じられます。
7はなぜかほとんどの作品で、現場となった旅行先に舞い戻ります。そこで新たな手がかりを見つけ、解決へとつなげるのが必勝パターンです。
8は前述のとおり、たったあれだけの分量で表の解決と裏の真相を描き、犯罪の破綻と意外な犯人、鋭い推理を常に披露してくれます。

さて、今回はどこまでパターンに当てはまっているのか、詳しくは語りませんがいつもどおり二時間ドラマさながらの展開・タイトルながら、本格ミステリの醍醐味を味わわせてくれることは請け合いです。
本格好きなら間違っても手に取らないタイトルだが、実は本格魂にあふれた氏の作品群。
プロレスでたとえるなら、知る人ぞ知るインディー団体の未知なる強豪。手軽に読めてすっきり騙してくれる、笠井潔のあとに読むには絶好の作品でした。


06.6.17
評価:★★☆ 5
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ミステリ感想-『薔薇の女』笠井潔

2006年06月16日 | ミステリ感想
~あらすじ~
カケルシリーズ第三弾。
火曜日の深更、ひとり暮らしの娘を絞殺し屍体の一部を持ち去る。現場には赤い薔薇と「アンドロギュヌス」の血の署名――。
連続切断魔がパリ市街を席捲するが、捜査当局は被害者たちの接点をつかみかねる。
矢吹駆の現象学的推理は、群衆の中に溶けこんだ悪魔の正体をあばけるか。


~感想~
読む人を選ぶ本である。
全編にわたって渦巻く衒学と思想と観念の嵐に耐えられるか否か。全てはそれにかかっている。
そういったものを全てとっぱらえば、被害者たちをつなぐミッシングリンク、死体に施された意匠、持ち去られた体の一部などなど、いかにもな本格ミステリになるのだが、いかんせん読み通すことに多大な体力を消耗してしまう。
僕のような一般人は知識と思索の渦に深入りせず、なんとなく解った気分で読み飛ばしていくしかない。渦にはまっておぼれずに結末まで泳ぎ着けば、意外な犯人、切断トリック、アリバイ崩し、さりげない伏線とそろいにそろった一級品の本格ミステリを味わえることは保証する。
さて、いよいよ次に挑むのは矢吹駆シリーズ第四弾、ミステリ界でも指折りの難攻不落の要塞『哲学者の密室』。入手した読者の3割しか読み通していないと噂される(そんな噂はありませんが、竹本健治は自著で「何割が読み通したか興味がある」と語っている)上・下巻3000枚近い大物です。
文庫版でも十分に鈍器として使えそうなこの本。読んだらどっと疲れそうだなあ……。


06.6.16
評価:★★★ 6
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ミステリ感想-『翼とざして アリスの国の不思議』山田正紀

2006年06月14日 | ミステリ感想
~あらすじ~
日本と中国が領有権を争う無人島に上陸した大学生右翼グループ。
しかし灼熱の陽光に狂わされたように不可解な事件が頻発。
わたしは、わたしが親友を崖から突き落とすところを目撃してしまう。


~感想~
幻想さながらの光景が、あっけない現実に取って代わられる大乱歩『赤い部屋』の系譜に連なるミステリ――と言っては言いすぎだろうか。はい言いすぎです。
学生闘争の時代を背景に、右翼的行動に明け暮れる学生たちを描いたとくれば、かの自分史上最悪ミステリ『蝶たちの迷宮』篠田秀幸 を思いだし嫌な予感にかられてしまう。
山田正紀の長編は初めて読むだけに他と比較はできないが、右翼な学生たちらしい、装飾過多にねちねちとした文体・描写は実にいやらしい。
こんなしちめんどくさい感情を抱いてるヤローどもは嫌だなあと思っていると、それに見合った嫌ぁな感じの事件が次々と起きる。
事件以外でも、道理にかなわない不可解な行動をとる人々が、ますます嫌さに拍車を掛け、わたしの見ている前で、親友を突き落としたわたしという狂って歪んだ不可能状況から始まる物語は、幻想の世界へと読者をいざなう。
しかし最後に明かされる真相ときたら、一歩間違えば(というか個人的には十分に間違っていると思うが)バカきわまりないトリック・真相だから応えられない。
そのトリックに気づいたときの情景も(個人的には)バカそのものであろう。
帯には「本格推理(アイデンティティ)が崩壊していく」と書かれているが、全ての不可能に現実的な決着がつくあたり、幻想ミステリはちょっと……と敬遠する必要はない。
しかしあの(ある意味脱力の)トリックや真相はかなり読む人を選ぶだろうから、そこは注意していただきたい。
秋に刊行予定の、本書と対をなすらしい姉妹編もちょっとだけ楽しみである。


06.06.13
評価:★★ 4
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ミステリ感想-『帝都衛星軌道』島田荘司

2006年06月10日 | ミステリ感想
~あらすじ~
中学生の息子が誘拐され、身代金を要求された。犯人は受け渡し場所に山手線を指定。犯人は警察の組織捜査をあざわらうように翻弄してみせる。やがて終息したかに見えた事件は、意外な展開を見せ――。
本編は前・後編に分けられ、間には中編『ジャングルの虫たち』を収録。


~感想~
誘拐事件が思いもかけない方向へとシフトしていく、異色の作品。
思いもかけないと言ってみたが、島田作品ではおなじみのアレである。
アレと誘拐ミステリを組み合わせた、社会派ミステリの佳作に仕上がった。
前半は謎めいた誘拐犯と警察の頭脳戦を描き、意外な決着からアレの方向へとずれていく後半まで、怒濤の筆さばき。
間には本編と全く関わらない中編を収め、物語と本の重量に厚みを持たせている。
丁寧に描かれた一人の凡人に注がれるまなざしは暖かく、ささやかな幸せを高らかに謳いあげる結末はさすが。
このところ古きよき本格を連続でものしてきただけに、久々の社会派・島田荘司全開の物語にはおなかいっぱい。
中編集ながら社会派・島田荘司の集大成のような貫禄すらただよう一冊。
ファンはぜひともお買い求めあれ。
……ところで蛇足だが、本作の時代設定は10年前なのだが、こんなに携帯・メールは普及してたっけ?


06.6.10
評価:★★★★ 8
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ミステリ感想-『少女は踊る暗い腹の中踊る』岡崎隼人

2006年06月08日 | ミステリ感想
~あらすじ~
第34回メフィスト賞。
彼女からのプレゼント、それは両足のちぎれた赤ん坊。
連続乳児誘拐事件に揺れる岡山市内で、無為な日々を消化する北原結平19歳。過去の罪に囚われ、後悔にまみれていた。
だが、深夜のコンビニで出会った少女・蒼以によって、孤独な日常が一変する。
正体不明の殺人鬼ウサガワの出現。フラッシュバックする過去。日常が壊れ人が壊れ命が壊れる。
結平も蒼以もあなたも、もう後戻りはできない。


~感想~
舞城もどき。
一段組。方言。地方都市。過剰な暴力。無意味な殺人。トンデモ連続殺人。
維新もどき。
19歳。暗い過去の記憶。壊れた少女。テンションの高い殺人鬼。
メフィスト賞が何匹目かのドジョウを狙った作品であることは疑いない。
ミステリ的仕掛けは味つけ程度で、いわゆる青春ノワールといった類。メフィスト賞でなければ生涯読むことはなかっただろう。
文体はひねくれず、乾いたスピード感のある筆致。文学性をさっぱり志さなかったのは大きな救い。気どった文章に鼻白むこともなく、イライラせずに読み通せた。
こういった小説にありがちな、現実味の乏しい浮いた会話ではなく(十二分に浮いてるけども)無味乾燥な淡々とした会話だったのも、見るべき点か。明らかに僕の毛嫌いしているジャンルながら、一息に読み通せるだけのなにかがあることは確か。
まさかシリーズ化はないだろうが、次回作もいちおう読んでみてもいいと思えた。
……これが読めるなら、食わず嫌いの佐藤友哉も読めるかなぁ。


06.6.8
評価:★★☆ 5
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ミステリ感想-『川に死体のある風景』東京創元社

2006年06月07日 | ミステリ感想
~あらすじ~
「死体が川を流れている場面を出すこと」を条件としたアンソロジー。


~感想~
歌野晶午「玉川上死」
逆転が冴える。冒頭のこの作品からして、厳密に言うと「死体が川を流れて」はいない。
とはいえ後続への良い道しるべとなった佳作。

黒田研二「水底の連鎖」
本書中、最も気合の入った一編。川の同じ場所から引き上げられた33の死体という、怪談さながらの不可解な状況を見事にまとめて見せた。

大倉崇裕「捜索者」
作者も言うとおり、どう考えても「山に死体のある風景」。
だが舞台をうまく活かし、異色のミッシングリンク物として仕上げてくれた。

佳多山大地「この世でいちばん珍しい水死人」
評論家・解説者として著名な氏の処女小説。
南米の麻薬組織を舞台に「刑務所にいなかったはずの男が所内で殺された」という謎を、島田荘司ばりの(と言っては褒めすぎか)豪快なトリックで着地させた。
いかにもデビュー作らしい詰め込み過ぎな設定・物語や、豪快にして荒々しいトリックや結末は、強い意欲を感じる。
確実に連作となるだろうこのシリーズ、すこし注目してみたい。

綾辻行人「悪霊憑き」
まるで京極夏彦のような設定・展開を見せながらも、怪異や超常現象をそのまま放置してしまい、なんとも居心地の悪い不安定な世界観である。
文字にできない妖怪、作者をモデルにしている語り手と世界のピントのずれっぷりなど、実に気持ち悪い。
ミステリらしい伏線や解決はあるのだが、それはホラーを書いてもミステリ味を取り入れてしまう、ミステリ作家の業のようなものか。
手放しで褒める気はないが、印象深い奇妙な作品だった。

有栖川有栖「桜川のオフィーリア」
アンソロジーの掉尾を飾れない駄作。
デビュー作の頃から全く進歩しない、冒頭の描写の青臭さはもう処置無しとしても、せっかくの題材を論理や推理ではなく、心理で解かれては期待はずれ。
手垢にまみれきった新興宗教という設定。深みも意外性もない退屈な真相。存在しないトリック。
このざまでは近日刊行予定の江神シリーズ最新作にも暗雲が立ちこめている。


~総括~
縛りのきついお題を、あるいは死体じゃなかったり、あるいは沈んでたり、あるいは岸に打ち上げられてたり、あるいは川じゃなくて山だったりとひねりを加え、頭を悩ませてそれぞれの独自の色を出してくれた。
そのまんまのタイトルといい、特に傑作の思い浮かばない題材といい期待していなかっただけに、掘り出し物に出会った感覚。アンチ有栖川でなければ最後の一作も楽しめるだろうし、自信を持ってオススメできる好アンソロジーです。


06.6.7
評価:★★★☆ 7
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ミステリ感想-『本格ミステリ06』本格ミステリ作家クラブ

2006年06月05日 | ミステリ感想
~あらすじ~
05年度に発表された短編の中から、よりすぐりの14作品を収録。


~感想~
簡単に感想をば。

「霧ケ峰涼の逆襲」――東川篤哉
05年は「館島」「交換殺人には向かない夜」と長編で話題作を連発した氏。短編でも切れ味は抜群。乗っている作家の勢いを感じさせてくれる。
ネタバレがあるのでできれば「本格ミステリ05」に収録された「霧ケ峰涼の屈辱」を先にお読みください。

「コインロッカーから始まる物語」――黒田研二
黒田研二らしからぬ――と言っては失礼か。論理ではなく心理で迫る一編。

「杉玉のゆらゆら」――霞流一
あいかわらずの不謹慎な、歪んだ笑いを誘うトリック。前書きもお見逃しなく。

「太陽殿のイシス(ゴーレムの檻現代版)」――柄刀一
こちらもあいかわらずの、頭の中だけで描けないトリック。「死角」をつくトリックなのだが、そこに「死角」があると9割9分の読者は気づけまい(褒め言葉ではない)。せっかくの不可能状況が「ふーん」と流すしかない結末に落ち着く、いつもの作品。

「この世でいちばん珍しい水死人」――佳多山大地
「川に死体のある風景」にて紹介

「流れ星のつくり方」――道尾秀介
一瞬で解るトリックをいつまでも引っぱり続けたような。

「黄鶏帖の名跡」――森福都
盛りあげどころをさらっと流したりと、どうにも淡々とした物語。ミステリというよりもファンタジィの一節。話自体は面白いのだが。

「J(ジェイムズ)・サーバーを読んでいた男」――浅暮三文
いまひとつ盛り上がりに欠けた印象。そうだろうなあという結末。

「砕けちる褐色」――田中啓文
エログロのイメージしかない氏だが(失礼)こんな物語も描ける。端正にまとまった佳作。

「陰樹の森で」――石持浅海
閉鎖状況や「扉は閉ざされたまま」を思わせるラストといい、いかにも氏らしい作品。――と言ってみたが、実質3冊しか読んでいないのだが。

「刀盗人」――岩井三四二
時代小説からの参戦。いちおう伏せ字→意味もなく一晩寝てから、ようやく真相に思い至る探偵がちょっと笑える。

「最後のメッセージ」――蒼井上鷹
短すぎてあっさりと終わってしまう。

「シェイク・ハーフ」――米澤穂信
こういう「新本格魔法少女りすか」の主人公のようなひねたガキは嫌いである。トリックもダイイングメッセージ物(?)の典型的なパターンの域を出なかった。

<評論>
「『攻殻機動隊』とエラリイ・クイーン」――小森健太朗
未読。


~総括~
単純に作品数が増えたことがうれしい。
MVPはここでは紹介しなかったが、異色の形で最も本格を描いた佳多山大地に進呈したい。他にも東川篤哉、田中啓文も力を見せた。


06.6.5
評価:★★★ 6
コメント

ミステリ感想-『模倣密室』折原一

2006年06月03日 | ミステリ感想
~収録作品~
北斗星の密室
つなわたりの密室
本陣殺人計画―横溝正史を読んだ男
交換密室
トロイの密室
邪な館、13の密室
模倣密室


~感想~
名作密室ミステリに捧げるパロディミステリ。黒星警部シリーズ。
パロディながら、かの折原一デビュー作にして傑作『七つの棺』の切れ味が戻った。
100年前から枯渇したと言われつづける密室トリックに、また新たな風を吹き込んでくれる。バカミスさながらな仕掛けから、パロディならではの原作を逆手に取ったトリックや現実にはありえないトリック、得意の叙述の罠など盛りだくさん。
見たことない密室トリックや、誰も描かない、あるいは描かなかった密室トリックの数々はとにかく楽しい。
久々に折原一の良さを再認識できた好短編集でした。


06.6.1
評価:★★★☆ 7
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