小金沢ライブラリー

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ミステリ感想-『オリンピックの身代金』奥田英朗

2008年12月26日 | ミステリ感想
~あらすじ~
昭和39年夏。10月に開催されるオリンピックに向け、大都市に変貌を遂げつつある東京。
この戦後最大のイベントの成功を望まない国民は誰一人としていない。そんな気運が高まるなか、警察を狙った爆破事件が発生。同時に「東京オリンピックを妨害する」という脅迫状が届けられた。
しかし、この事件は国民に知らされることがなかった。刑事たちが極秘裏に事件を追うなか、一人の東大生が捜査線上に浮かんだ……。


~感想~
来年の年間ベスト級傑作と聞いて手に取ったが、まったく口に合わなかった。

初めて読む作家のせいか、文章に最後まで慣れなかったのはともかくとして、体制に歯向かう個人という設定はあの「ゴールデンスランバー」を思い起こさせるが、それと比較してあまりにも欠点が目についてしまう。
まず主人公(?)の東大生に魅力がない。かかわる女性に老若問わずかたっぱしから惚れられるリア充ぶりに始まり、いかなる窮地からも(主に周囲の助けで)抜け出す不死身ぶり、なにかといえば理屈をこね回す優等生ぶり、とどめにヤク中と全身全霊で感情移入を拒否。彼がいかに不幸な境遇に立たされようとも(っていうかその不幸も兄が死んだこと以外はほぼ自業自得じゃね?)応援する気にはなれやしない。
追う刑事側も七曲署のようにベタなあだ名で呼び合ったり、公安と終始いがみ合っていたりとあまりにステレオタイプ。
肝心の物語はといえば、時系列的に後となる捜査側のパートで犯人の行動を記していく趣向はいいのだが、同時進行で描かれる、そのとき実際に犯人はどう動いていたかという部分に、すこしも意外性やひねりがないのは致命的。とっくに明かされている行動をもう一度焼きなおしているだけにすぎないのだ。
またいちいち「ゴールデンスランバー」と比較してはいけないだろうが、それにしても伏線というものがごっそり欠け落ちていて、トリック皆無でサスペンスも薄い物語を支える骨組みが弱い。
結末にいたっては、書き始める前にオチを考えておいてほしいと思うような酷い有様で、これだけの長編を締めくくれるものではない。
見るべきところは小説としての面白さぐらいだが、それもいやに下品だったり、お前はキレンジャーかと言いたくなるほど、料理といえばカレーしか出てこなかったり、「冷や汗が出る」と同義で「尻が冷える」「恥骨が冷える」と何度も描写するがまったくその感覚が理解できなかったりと不満だらけ。
「東京オリンピックの頃の日本がよみがえる」というあおり文句も、描かれるのは「東京オリンピックの頃の日本(の醜い部分ばかり)がよみがえる」のだからたまらない。
まあ、合う人には合うんじゃないでしょうか。


08.12.26
評価:★ 2
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DVD感想―『300(スリーハンドレッド)』

2008年12月15日 | 映画感想

~あらすじ~
100万のペルシア大軍をわずか300人のスパルタ軍が迎え撃つという史実“テルモピュライの戦い”を基にフランク・ミラーが著わしたグラフィック・ノベルを映画化した作品。


~感想~
設定だけでどういう映画かわかる部類。ご想像通りです。
300人のスパルタンが魔界の住人としか思えないペルシア兵や、魔物としか思えない魔物たちを斬って斬って斬りまくる、ただそれだけの作品。だがそれがいい。
元がアメコミだけに、ペルシア王がどう見ても魔王だったり、両手が鎌のクレイトスな魔人がいたり、畸形のスパルタンを「お前はファランクス隊形を乱すからつれていけない」と一蹴しておきながら、言った本人のスパルタ王が単身で突撃してファランクス隊形乱しまくりなことにつっこむのは筋違い。
「三国無双」のチャージ攻撃さながらに、スロー演出の溜めから解放される激しい乱舞を楽しむのが正しい鑑賞法。
っていうかこれ「ゴッド・オブ・ウォー」なんじゃね?
それにしても、こういう映画や「三国無双」なんかに「史実と違う」と噛みつく連中は頭おかしいんじゃないだろうか。


評価:★★★☆ 7
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ミステリ感想-『ジョーカー・ゲーム』柳広司

2008年12月14日 | ミステリ感想
~あらすじ~
「魔王」の異名を持つ元スパイ結城中佐により、陸軍内に設立されたスパイ養成学校“D機関”。
「スパイとは“見えない存在”であること」「殺人及び自死は最悪の選択肢」。
これが、結城が訓練生に叩き込んだ戒律だった。軍隊の信条を真っ向から否定する“D機関”の存在は猛反発を招いた。だが、頭脳明晰、実行力でも群を抜く「魔王」は、次々と諜報戦の成果を挙げ、陸軍内の敵をも出し抜いてゆく。

~収録作品~
ジョーカー・ゲーム
幽霊
ロビンソン
魔都
XX


~感想~
例年1つや2つは混じる「ふーん。これでこのミス2位なんだ~」という作品。
本名も経歴も不明という無個性なスパイたちばかり登場するが、したがってキャラ造型も無個性で、結城中佐以外はまったく区別が付かない。
その分、結城という人物のすごさを浮き彫りにさせようという意図だろうが、結城の能力が完璧すぎて浮き世離れしていて、やりすぎ感もただよう。
ではミステリとしてどうかといえば、「スパイならではのトリック」や「スパイならではの世界観」に重きを置きすぎ、「単純なトリックにスパイの感性を当てはめてみました」というだけの安易さがぬぐいされない。伏線も張られたそばからわかるような代物ばかり。ミステリとしての驚きや鋭さがもうすこしあれば……。
っていうか、ワクワクもドキドキも微塵もないスパイ小説ってなんなんだろう。
いかにも評論家や本読みと呼ばれる人種が好きそうな作品ではあるのだが、エンタメ性があまりに低い。
しかし各種ランキングでのきなみ上位なので僕の口に合わないだけだろう。興味のある方はひるまずどうぞ。


08.12.11
評価:★☆ 3
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ミステリ感想-『退出ゲーム』初野晴

2008年12月13日 | ミステリ感想
~あらすじ~
有望な音楽家だった草壁先生の指導のもと、日々練習に励む吹奏楽部のチカとハルタだったが、変わり者の先輩や同級生のせいで、校内の難事件に次々と遭遇するはめに……。

~収録作品~
結晶泥棒
クロスキューブ
退出ゲーム
エレファンツ・ブレス


~感想~
「藤間弥生子。マヤと呼んでやってくれ。家はラーメン屋だ」そして名越はわたしたちに顔を近づけて声を潜める。「……こいつは本物だ」

青春ミステリの傑作。トリックこそいまどき「物理化学の応用授業」が大半だが、作者の筆が慣れるにつれユーモアセンスが爆発。読んでいて噴いた小説はひさびさ。それだけで次回作を待ちたくなってしまう。
トリックに興味がなくても、物理化学をうまいことからめた謎解きと、それにいたるロジックとストーリー、徐々に吹奏楽部のメンバーを増やしていくゲームのような展開と、それにつれて増えていく個性的なキャラたちが楽しくてしかたない。


08.12.3
評価:★★★☆ 7
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DVD感想―『ディパーテッド』

2008年12月09日 | 映画感想

~あらすじ~
香港映画「インファナル・アフェア」のリメイク作品。
警察学校を優秀な成績で卒業したビリーとコリン。やがてビリーは、マフィアへの潜入捜査を命じられる。一方のコリンは、マフィア撲滅の特別捜査班に抜擢されるが、その正体はマフィアのボスに育てられたスパイだった。


~感想~
僕はハリウッド映画が大好物なのだが、どうしてハリウッドが手をかけるとこんなにも過剰かつ下品になってしまうのだろうか。
下ネタの応酬とわかりやすすぎる悪。誰もが口を開けば3分刻みで「F●CK」がらみの罵声が飛び出し、ビリーの上官にいたってはお前はハートマン軍曹かと言いたくなるような、豊富なボキャブラリーで口汚く罵りまくる。
記憶にある「インファナルアフェア」はもっと硬質な雰囲気だったような……。
また初見ならともかくリメイク作品が3時間は長丁場すぎて、途中で投げ出してしまった。
大衆的に、簡潔に、俗悪にのハリウッド手法が珍しく口に合わなかった。


(評価:★★ 4)
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DVD感想―『ジャンパー』

2008年12月08日 | 映画感想

~あらすじ~
ごく普通の高校生デヴィッドはある日、自分にテレポート能力があると知る。
そして独りニューヨークへ発ち、その力を悪用し銀行の金庫から大金をせしめ、自由を満喫するのだった。
しかし一方で、デヴィッドと同じ能力を持つ“ジャンパー”たちの抹殺を使命とする組織“パラディン”の影が迫り……。


~感想~
この映画のなにが弱点って、誰も知的じゃないのが最大の弱みである。
能力を活かした罠や奇想天外な作戦などなく、敵は敵でオーバーテクノロジーな兵器をなんの説明もなくじゃかすか使ってくる。
キャラも弱い。能力を人助けに用いる気はさらさらなく、銀行強盗をなりわいに自らの快楽だけを求めるチャラい主人公に共感できないのはもちろん、それに天誅を加える悪役も「ジャンパーにかかわった人間は皆殺し」というよくわからない教義を抱えているわかりやすい極悪ぶりなので、犯罪者 vs 犯罪者の図式になってしまっているのだ。
しかもヒロインは「さっさと助けなさいよ」を連呼するきわめて自己中心的な性格(単に常人なのかもしれないが)、相棒は主人公に輪をかけてチャラい、母親は立ち位置が不明、と脇を固める面々もしょうもない。
とても原作があるとは思えない「面白い設定考えたからとりあえず映画撮ろうぜ」的な結構のくせに、続編作る気満々なストーリー展開も頭が痛い。
もっとちゃんとした脚本さえあれば……。


評価:★★ 4
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2008各種ミステリベストランキング結果

2008年12月06日 | ミステリ界隈
早ミス

01位「ゴールデンスランバー」伊坂幸太郎
02位「山魔の如き嗤うもの」三津田信三
03位「告白」湊かなえ
04位「カラスの親指」道尾秀介
05位「おそろし」宮部みゆき
06位「ラットマン」道尾秀介
07位「相棒」五十嵐貴久
08位「ジョーカー・ゲーム」柳広司
09位「もう誘拐なんてしない」東川篤哉
10位「ディスコ探偵水曜日」舞城王太郎

「おそろし」「相棒」「もう誘拐なんてしない」と他のランキングでは顔を出さない作品を推し、「新世界より」と「完全恋愛」をブッタ斬って独自色は出せたか。
でもまだまだ参考にはならないランキングだよなあ。


本格ミステリベスト10

01位「山魔の如き嗤うもの」三津田信三
02位「ラットマン」道尾秀介
03位「完全恋愛」牧薩次
04位「聖女の救済」東野圭吾
05位「青銅の悲劇」笠井潔
06位「裁判員法廷」芦辺拓
07位「妃は船を沈める」有栖川有栖
08位「ペガサスと一角獣薬局」柄刀一
09位「エコール・ド・パリ殺人事件」深水黎一郎
10位「官能的」鳥飼否宇
10位「狐火の家」貴志祐介
12位「ジョーカー・ゲーム」柳広司
13位「君の望む死に方」石持浅海
14位「遠海事件」詠坂雄二
15位「芝浜謎噺」愛川晶
16位「カラスの親指」道尾秀介
17位「犯罪ホロスコープⅠ」法月綸太郎
18位「黒百合」多島斗志之
19位「しらみつぶしの時計」法月綸太郎
20位「堕天使拷問刑」飛鳥部勝則

個人的には「ラットマン」と「カラスの親指」の順位は逆であってほしかったが、毒舌ミス板ですら「空気読めすぎ」と認めた納得のランキングに。
本ミスの中の人は去年からいい仕事してるわあ~。


このミス

01位「ゴールデンスランバー」伊坂幸太郎
02位「ジョーカー・ゲーム」柳広司
03位「完全恋愛」牧薩次
04位「告白」湊かなえ
05位「新世界より」貴志祐介
06位「カラスの親指」道尾秀介
07位「黒百合」多島斗志之
08位「山魔の如き嗤うもの」三津田信三
09位「ディスコ探偵水曜日」舞城王太郎
10位「ラットマン」道尾秀介
11位「テンペスト」池上永一
12位「傍聞き」長岡弘樹
13位「決壊」平野啓一郎
14位「きのうの世界」恩田陸
14位「芝浜謎噺」愛川晶
14位「ありふれた死因」芦川澄子
17位「TOKYOBLACKOUT」福田和代
18位「聖女の救済」東野圭吾
19位「聖域」大倉崇裕
20位「退出ゲーム」初野晴
20位「倒立する塔の殺人」皆川博子

伏兵「ジョーカー・ゲーム」の一発に驚いた。プッシュしていた作者だが、実在人物ものでもないしと見送ったのが失敗。すぐ買ってこなくては。
おおむね予想通りの結果でまずは満足。


文春

01位「告白」湊かなえ
02位「ゴールデンスランバー」伊坂幸太郎
03位「ジョーカー・ゲーム」柳広司
04位「ラットマン」道尾秀介
05位「聖女の救済」東野圭吾
06位「完全恋愛」牧薩次
07位「山魔の如き嗤うもの」三津田信三
08位「黒百合」多島斗志之
09位「新世界より」貴志祐介
10位「カラスの親指」道尾秀介

文春の結果もう出てたのか。ランクイン作品は似たり寄ったりだが、「告白」の1位と「聖女の救済」の高評価はならではの味か。
目新しさはまるでないけども堅実なランキングではある。
コメント

ミステリ感想-『告白』湊かなえ

2008年12月05日 | ミステリ感想
~あらすじ~
「愛美は事故で死んだのではありません。このクラスの生徒に殺されたのです」
学校を去る担任が娘の死の真相を告白したとき、すべては始まった。


~感想~
書店員やらテレビやらに大プッシュされベストセラーになったが、まったく初心者向けではない異形の作品。
驚異的なリーダビリティで語られる冒頭の「聖職者」は小説推理新人賞の名に恥じない、年間ベスト級の短編だが、そこから物語が始まるのだから恐れ入る。
どうして一般層に売れているのか理解できないような、とにかくイヤ系の趣向を凝らした構造で、登場人物はそろいもそろって「イタイ」か「ウザイ」か「コワイ」かの人格破綻者ぞろい。
そしてラスト、それまででも十分イヤだった物語をまとめて吹き飛ばすような、もう笑うしかない最凶にイヤな落ち。
これがデビュー作とは思えない、イヤ系ミステリの大傑作。覚悟を決めてお読みいただきたい。


08.12.4
評価:★★★★☆ 9
コメント

ミステリ感想-『ゴールデンスランバー』伊坂幸太郎

2008年12月02日 | ミステリ感想
~あらすじ~
仙台で行われた金田首相の凱旋パレード。
青柳雅春は、旧友の森田森吾に数年ぶりに呼び出された。
昔話をしたいわけでもないようで、森田の様子はどこかおかしい。訝る青柳に、森田は訴える。
「おまえは、陥れられている。今も、その最中だ」「金田はパレード中に暗殺される」「逃げろ!オズワルドにされるぞ」
と、遠くで爆音がし、折しも現れた警官は、青柳に向かって拳銃を構えた……。


~感想~
読み始めた本を投げ出すことはそうそうない僕だが、過去に一冊だけ例外がある。それがこの伊坂幸太郎の『陽気なギャングが地球を回す』である。
だが今作のあまりの評判の良さにひかれ、思わず手にとってみたのだが――ご承知のとおり、いまさら僕がどうこう言う必要もないほどの大傑作であった。

このミスの1位に輝いたが、ミステリと冠するようなトリックもロジックもなく、それどころか確固たる真相や解決すらない。
しかしトリックもロジックも解決もなくても、伏線の回収だけで傑作はものせるのだと教えてくれる稀有の作品である。
その伏線を張る技術は恐ろしいほどで、回収されたとたんに、どの場面で張られていたか瞬時に思い出させるのはもちろん、伏線ではないものすら次々と伏線として回収していく様はまさに神業としか言いようがない。
特に物語の後半にかけて、張りに張った伏線がまとめて連鎖爆発していき、読者に息もつかせない。
さらに後日談と前半に仕掛けていたある趣向(もちろんそこでも伏線は炸裂する)で、物語を見事に締めくくって見せるのだから恐れ入る。

ネットで最もアンチと信者の多い作家の一人、異様に濃い政治色、独特の(ぶっちゃけ下手な)読点の付け方、(今作はまるで感じなかったが)寒気しか感じない自分では軽妙だと思っている会話、などなど欠点の多い作家だが、こと『ゴールデンスランバー』に限っては史上屈指の大傑作であると太鼓判を押せる。
間違いなく映画化されるだろうが、いまから怖くもあり楽しみでもある。


08.12.3
評価:★★★★★ 10
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