小金沢ライブラリー

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ミステリ感想-『プリズン・トリック』遠藤武文

2011年05月31日 | ミステリ感想
~あらすじ~
交通刑務所で起こった密室殺人。逃走した受刑者を追う県警が知る意外な事実とは。
第55回江戸川乱歩賞受賞作。


~感想~
乱歩賞にしてダメミス界の新鋭と話題の一作。
まず受賞の言葉に内輪受けを混ぜるという暗雲が立ち込めるのだが、昨今の乱歩賞でおなじみの「特殊な業界を舞台にトリックを薄くまぶす」という常套手段にのっとり、交通刑務所の内実を丹念に描く序章は案外まとも。
だが事件が起こってからのドタバタ騒ぎが尋常ではない。視点人物が嫌になるほど多く、視点があっちへ行きこっちへ向かい、探偵役になりそうな人物が現れては秒殺され、全く落ち着きがない。
登場人物数も絞られず不必要に多く、誰が誰やら把握できないわ、密室トリックは置き去りにされ社会派な問題が顔を出すわ、特に意味もなく叙述トリックが仕掛けられてはあっさりネタを割るわととにかく読みづらい。
実は筋を細かく追うことはなく、流れに身を任せてなんとなく読み飛ばせばいいので、これから読まれる方はくじけることなく、適当に読んでほしい。

また視点や描写だけではなく、事件の捜査や細かいプロットもすさまじく荒く、一例をあげると濡れ衣を着せられたある人物が、手がかりを追うためにとった方法が「警察署の前で張り込み、出てきた刑事をとりあえず追う」という壮絶なもので(お前が濡れ衣着せられた事件の担当かもわからないのに!)、そうして行き当たった場所が偶然にも犯人のアジトで、しかも刑事よりも先に忍びこみ(アジトかどうかもわからないのに!)作中で最大の手がかりを入手してしまうのだ。

そんな作者の豪傑ぶりは留まる所を知らず、これ見よがしに明かされる密室トリックの真実はあまりにあんまりなもの。そして読者がうんざりしているところにくり出される、正真正銘、最後の一行での「動機なんてシラネーヨ」と全てを投げっ放すちゃぶ台返し。
僕は案外と楽しめてしまったのだが、このトドメの一撃で本作はまぎれもないダメミスの烙印を押されたに違いない。

現実性も細部も放棄し稚気に富んだ豪快なトリックと捉えるか、ダメミスの系譜に連なるクズトリックと捉えるかは読む人に任せるが、いずれにしろこんなものを出せるなら、まだまだ乱歩賞はくたばっていないのかもしれない、と思うほどには破格の作品である。


11.5.30
評価:★☆ 3
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ミステリ感想-『私たちが星座を盗んだ理由』北山猛邦

2011年05月28日 | ミステリ感想
~あらすじ~
恋のおまじないに囚われた女子高生『恋煩い』、絶海の孤島にある子供たちの楽園『妖精の学校』、孤独な詐欺師と女性をつなぐケータイ『嘘つき紳士』、怪物に石にされた少女を愛し続ける少年の『終の童話』、七夕の夜空から星座を一つ消した彼と彼女『私たちが星座を盗んだ理由』。


~感想~
粒ぞろいの短編集。僕がその審美眼を深く信頼する「猫は勘定にいれません」のたけさんが絶賛していたため読んでみたが、流石はたけさん、読んで大正解。
デビュー作にして中二病ダメミス「クロック城殺人事件」の頃とは雲泥の差の筆力・構成力を身につけ、物語の面白さだけでも引っ張ってくれる。各編の簡単な感想を。

「恋煩い」
真相は見え見えだが、見え見えであってなおどぎつく黒い着地がすばらしい。都市伝説ネタに都市伝説ネタでオチをつけたのも一貫性がある。

「妖精の学校」
真相が「ググれ」というかつてないものだが、ググると明らかになる真相がこれまたどぎつい。読者参加型(?)の解決法は珍しくもすばらしい。よくぞこんなことを考えた。

「嘘つき紳士」
コンゲームばりの物語が望外の決着を迎える。これは完全に意表をつかれた。誤導が冴える良編。

「終の童話」
ファンタジィに謎をまぶし、投げっぱなしながら余韻を残す結末も良い。

「私たちが星座を盗んだ理由」
トリックは予想通り雑学だが、物語自体に仕掛けられた趣向がこれも冴える。ほろ苦い結末も見事。


全編通じて黒い決着を迎えるため、読む人によっては精神的ダメージを被るだろうが、なぜか後味は共通して良い。
トリックそのものはそれほどの強度を持っていないのだが、物語の完成度がいずれも高い。この作者のノンシリーズ短編集は、今後見逃すことはできないなあ。


11.5.27
評価:★★★☆ 7
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ミステリ感想-『禿鷹の夜』逢坂剛

2011年05月27日 | ミステリ感想
~あらすじ~
信じるものは拳と金。史上最悪の刑事・禿富鷹秋――通称ハゲタカはヤクザにたかり弱きはくじく。しかし恋人を奪った南米マフィアだけは許せない。
00年このミス3位。


~感想~
主人公・禿富鷹秋は「前代未聞の魅力あるキャラクター」とされるが、これを「前代未聞」や「魅力ある」と受け取れるほど、僕は小説だけを趣味とはしていない。刊行当時ならまだしも今日ではマンガやゲーム、映画にはざらにいるキャラクターである。
純然たるキャラクター小説だけに、キャラの魅力が薄いと感じてしまえば、どうしてものめり込むことはできない。
禿富の内面が一切描写されず、第三者の視点でしか造型されないことも、禿富の行動・思考の一貫性の無さをいやましている。
強きも弱きもくじく悪漢、と言えば聞こえはいいが、この一作を読むだけではただの弱い者いじめが好きなヤクザの犬にしか見えないのだが・・・…。
シリーズ化しているだけにこの一作だけで難癖つけるのは早計だが、続編を手に取る気はいまのところ全く起きていない。


11.5.25
評価:★★☆ 5
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マンガ感想-『Q.E.D. 証明終了 24』加藤元浩

2011年05月22日 | マンガ感想
「クリスマスイブイブ」★★ 4
~あらすじ~
クリスマスの前の前の日、想と可奈のバイト先で、多重トラブルが発生。紛失した財布に一組多い客、突如現れた足跡と浮気問題……。皆が幸福になる方法とは?

~感想~
トリックとも言えないような小ネタを組み合わせて一編仕上げた。しかし雑多な事件の集まりでクリスマスの喧騒を表現したともとれるといったところ。


「罪と罰」★★★★ 8
~あらすじ~
「世の中は不公平」そう感じた金欠の院生が盗みを実行に移すが、盗みに入った場所で殺人事件に遭遇。
そのうえ水原警部に殺人犯として疑われ執拗に追い詰められてしまい……。

~感想~
言われてみれば当たり前の真相を覆い隠す、ミスディレクションが冴えに冴え渡る。こんなあからさまな真相を気づかせないのだから本当にすごい。
逆に一切引っかからなかった方にとっては、実に退屈な一編だったろう。
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ミステリ感想-『メルカトルかく語りき』麻耶雄嵩

2011年05月21日 | ミステリ感想
~収録作品~
死人を起こす
九州旅行
収束
答えのない絵本
密室荘


~感想~
これぞ本格ミステリの極北! もし本格ミステリが終焉を迎えるとして、最期の日に読まれるべき作品はこれだろう。
すべての短編がある一つのテーマで貫かれているのだが、それぞれが全く違う切り口から描かれており、飽かせることはない。
そのテーマというのがとんでもなく、茶化さず大真面目に描けしかも物語として成立させられるのは麻耶雄嵩、そして銘探偵メルカトル鮎しかいないだろう。
特に「答えのない絵本」がすさまじく、麻耶の代表作の一つ「木製の王子」を思い起こさせるきわめて精緻な論理の果てにたどり着く、不可謬にして無謬の回答には悶絶。
「収束」も名うてのミステリ作家たちが題材に使ってきたアレを、とうとう完全にミステリの枠に取り込んだかと唸り、そして呆れる代物である。
しかしおそらく大半の読者にとってはいわゆる「壁本」となるだろう今作、ミステリ初心者はもとより中堅も絶対に手出し無用。マニアの中のマニアでさえ受け入れられない人がほとんどで、受け入れられても苦笑するかほくそ笑むかと言ったところ。
頭でっかちのバカミスととらえるか、地平の果ての本格ととらえるかは、あなた次第です。


11.5.20
評価:★★★★ 8
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ミステリ感想-『狂乱廿四孝』北森鴻

2011年05月11日 | ミステリ感想
~あらすじ~
明治三年。脱疽のため両足を切断した名女形、澤村田之助の復帰舞台に江戸は沸いた。
ところが、その公演中に主治医が惨殺され、さらには、狂画師・河鍋狂斎が描いた一枚の幽霊画が新たな殺人を引き起こす。
戯作者河竹新七の弟子・峯は捜査に乗りだすが、事件の裏には歌舞伎界の根底をゆるがす呪われた秘密が隠されていた。
第六回鮎川哲也賞。


~感想~
鮎川賞を受賞したデビュー作。
幽霊画の謎を軸に猟奇殺人をちりばめ定番トリックで落とした、一見して本格ミステリらしい構成だが、澤村田之助という実在の歌舞伎役者の悲劇を描くことが主眼であり、ミステリとして期待しすぎるのはよろしくない。
本名と屋号と愛称が入り混じる人名や専門用語を、由次郎――田之助のこと――、などと注釈を入れ、人物には極端なキャラ付けをすることで書き分けているのはいいが、その注釈がセリフの中にまで「寺島――菊五郎の本名――の、これはいったいどういう了見だ」のように入り込むのは明らかに失敗。( )付けで注を入れるなら気にならないのだが、セリフ内の――付けは注に限らず実際のセリフでも取られる手段のため、非常にまぎらわしく、また明治初期という舞台を描く上で、雰囲気をいちじるしく損ねてしまっている。これは改稿してもよかったろうに。
だが作者は意外なほど江戸情緒をかもし出すことに興味がなく(それともかもし出せず?)その筆は田之助とその周囲の人物像を浮き彫りにすることと、事件を追うことだけに集中しているので、雰囲気やら何やらを気にするのは余計なことだろうか。

ともあれデビュー作らしい力作なのは間違いないが、事件も物語自体も雑然としすぎた印象であり、併録された原型となった短編のほうがまとまりは良い。しかし芦辺拓もそうだが、氏の時代がかった大仰な文章は、時代を古く設定したほうがやはりしっくり来る。個人的には全く合わない作家なのだが、読むなら今後はこういう著書を選ぶべきだろう。


11.5.9
評価:★☆ 3
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ミステリ感想-『顔に降りかかる雨』桐野夏生

2011年05月10日 | ミステリ感想
~あらすじ~
親友のノンフィクションライター宇佐川耀子が、一億円を持って消えた。
あらぬ疑いを受けた私・村野ミロは、燿子の恋人・成瀬と協力して彼女を追う。二転三転する事件の真相は?
93年度江戸川乱歩賞受賞作。


~感想~
乱歩賞を受賞したデビュー作。
失踪した女の謎が主眼だが、物語はハードボイルドにもミステリにもサスペンスにも偏らないどっちつかずで、乾いた語り口とあいまって非常に平板。デビュー作らしい手広さでネオナチ、SM、死体愛好と刺激的なテーマを多数扱いながらも、単なるつまみ食いに終わった。
ヒロインの思考はおそらく大半の男性読者には理解が及ばず、相手役となる成瀬の人物造形もまた「男が描けていない」有様であり、ストーリー展開もあっちへ行きこっちへ行きとばたばたしており、とにかく何もかもが未熟。
そういえば作者の代表作である「OUT」も登場人物たちの思考の過程が全く想像できず何もかもが「なんとなくやった」としか思えないものの、高い筆力で強引に読ませてしまうものだが、デビュー作ではまだそこまでの筆力は持っていないのが欠点だろう。
物語も事件の決着だけはつくものの、それ以外の全てが置き去りで物足りない。作者のよほどのファンか、乱歩賞マニアでもなければ手出しは無用か。


11.5.9
評価:★★ 4
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