~あらすじ~
インターハイを間近に控えたサッカー部のフォワードが殺された。
犯人は左足でフリーキックをしていた人物。用務員・各務原氏の逆説は謎だらけの事件を解き明かせるのか。
~感想~
いや、感想とか評価以前になにもかもがおかしいのだ。
思いっきり真相にネタバレしながら、おかしい点を順に上げてみよう。
以下の文章は反転しておきますので未読の方は避けてください。
1:動機がない
「免許がない」といえば舘ひろし「動機がない」といえば森博嗣だが、森センセですら、殺人の動機くらいはちゃんと用意している。森センセが描かないのはあくまでも、犯行の動機以外の動機だ。(と思う)
ところが本作には殺人の動機がない。いくら考えてみても「フリーキックの練習中にたまたま先輩にボールが当たり気絶したので、あらかじめ用意していたビニールシートで返り血を防ぎなんとなく殺害した」という結論しか出てこないのだ。
その一方で、容疑者を特定するために想像する犯行の動機はくり返し出てくる。いわく「フリーキックの役割を奪われたくない」ためだ。しかしこれを真犯人に当てはめてみると、まず真犯人はそもそも現状でフリーキックを任されていないし、殺された相手もフリーキックをしたことがないのだ。しかもあと2年待てば卒業してしまう。「一刻も早くフリーキックを任されたい」という無茶な動機を設定しても、それなら殺すのは、現在フリーキックを任されている茅野でないとおかしい。なぜそこで不破を殺す?
2:推理がおかしい
犯人を特定する推理もおかしい。まず第一の事件の犯人、アキを特定する条件はどう考えても納得いかない。
まずは鉢巻きの問題。第一の被害者、不破のそばには赤いバンドが落ちていた。
そのバンドはなにに使われていたか解らない→実は鉢巻きにされていて犯行の際に取れた→バンドが鉢巻きだと知っていた人物が犯人だ。
その展開がおかしい。不破の死体を発見したとき、語り手とワトスンがそろって「鉢巻きに使っていたのだろう」と即座に判断しているのだ。
つまりバンドは「一目見たとき誰もが鉢巻きだと思う」わけであり、バンド=鉢巻きは一同の共通認識になっているはずである。「鉢巻きだと言ったヤツが犯人」という論理は絶対に成り立たない。
つづいて利き足の問題。犯人は左足でフリーキックをしていた。ここから「犯人の利き足は左」という推理が出てくるが、最後になって「左で蹴っていたのはたまたま。不破に当たったのもたまたま」=「犯人の利き足はどっちでもいい」と覆されてしまう。
しかし。犯人が左足でフリーキックをしていた場面を目撃した松浦は「25メートル離れた位置からゴール隅にビシバシ決めていた」と証言している。
利き足はどっちでもよくないのだ。それどころか犯人の利き足は明らかに左である。対して真犯人の利き足は右。これはどういうことだろうか。
第二の事件の犯人、梓を特定する論理は本作で唯一の見どころである。「知っているものを知らないフリをしていた」というロジックは楽しいのだが、大きな問題がひとつ。テルが殺害された夜に、各務原氏は更衣室の中をのぞいてしまっているのだ。中をのぞくにはドアを開けなければならない。そのドアの裏側にはなにがあったか。トリックの肝である鏡だ。それも「背の高い男の人影」とも見間違えるほどの、大きな姿見である。いくら夜中でも、いくら何年も鏡を見ていなくても、室内を見回した人間がこの鏡に気づかない道理があるだろうか。
3:論理がおかしい
そもそも論理自体がおかしい。被害者の死因は「頸動脈の切断」である。決して「ボールの直撃による脳挫傷」ではないのだ。つまり「不破にボールを当てた犯人=殺害犯」とは限らないわけだ。
目撃していた松浦も「じゃれあっていると思った」と語っている。ボールの直撃と殺害を結びつけ全く疑わない、というのは完全におかしい。
それ以前の問題として「25メートルの距離から放ったシュートで人間を気絶させられるか」という疑問もある。当たった相手は仮にもサッカー少年。それも「長身と筋肉質な上半身」を持つフォワードである。頭も鍛えられているだろう。それをたとえばまるっきり油断していたとしても、25メートルのロングシュートで気絶させられるだろうか。犯人がロベルト・カルロスなら納得だが、一介の高校一年生である。無茶きわまりない。
だいたいビニールシートがあれば返り血を浴びないというのも強引過ぎはしないか。茅野は気絶しているからシートですっぽりくるむこともできるかもしれないが、テルはどうしてシートで包まれ首を切られるまでおとなしくしていたのか。
しかもテルを殺したのはかよわい女子高生である。しかもしかも事前の準備ができない突発的な犯行である。それなのに返り血を全く浴びないくらい準備万端に殺せる状況というのが、ちょっと僕には思いつかないのだが。
ついでに言えば犯行現場も解らない。「体育館周辺」とだけ述べられ、特定はされないのだが、宿直と用務員の見回りを逃れ、殺害→シートの処分→死体遺棄までできるものだろうか。
さらにさらに「マネージャーだからビニールシートはいつでも盗める」という理屈もいただけない。理屈自体も強引だが、第一の犯行後アキがどこかに隠す→梓が見つける という僕には不可能としか思えないビニールシートの変遷が「マネージャーだからできた」という一言で片づけられ、しかもどこで見つけたのか一切語られないのはどういうわけか。
梓が校内にいた理由も不明だ。死体遺棄現場は外。殺害現場も外だろうし、ビニールシートを隠していたのもおそらくはサッカー部室であろう。わざわざ校内で各務原氏に目撃される理由がない。
さらに細かい点をあげれば「どうしてテルは夜中に学校へ行ったのか」も不明である。これはもう「梓に疑われ殺されるため」としか思えないのだが。
と、徹頭徹尾おかしいことだらけの今作。前作『各務原氏の逆説』も未完成品としか思えない出来だったのだが、今作はそれすらも上回る、わざとおかしくしたとしか思えない仕上がりである。ならば「そういう作品」なのかというと、梓を犯人と断定する論理とか、各務原氏の最後の一言とか、作者は本気で書いてるらしいことがうかがえるから頭が痛い。
おかしいことだらけで逆にあれこれ考えて楽しく読めてしまったのだが、これに点を与えたら、ちゃんとした作家のみなさんに失礼でしょう。
たとえば伝統の飴細工のような。たとえば職人の作るピザ生地のような。たとえば最新の携帯端末のような。
論理。真相。心理。展開。人物。それらすべてを技術の限りを尽くして薄く引き延ばしたような、そんな歴史に残る大駄作でした。
06.11.29
評価:論外
インターハイを間近に控えたサッカー部のフォワードが殺された。
犯人は左足でフリーキックをしていた人物。用務員・各務原氏の逆説は謎だらけの事件を解き明かせるのか。
~感想~
いや、感想とか評価以前になにもかもがおかしいのだ。
思いっきり真相にネタバレしながら、おかしい点を順に上げてみよう。
以下の文章は反転しておきますので未読の方は避けてください。
1:動機がない
「免許がない」といえば舘ひろし「動機がない」といえば森博嗣だが、森センセですら、殺人の動機くらいはちゃんと用意している。森センセが描かないのはあくまでも、犯行の動機以外の動機だ。(と思う)
ところが本作には殺人の動機がない。いくら考えてみても「フリーキックの練習中にたまたま先輩にボールが当たり気絶したので、あらかじめ用意していたビニールシートで返り血を防ぎなんとなく殺害した」という結論しか出てこないのだ。
その一方で、容疑者を特定するために想像する犯行の動機はくり返し出てくる。いわく「フリーキックの役割を奪われたくない」ためだ。しかしこれを真犯人に当てはめてみると、まず真犯人はそもそも現状でフリーキックを任されていないし、殺された相手もフリーキックをしたことがないのだ。しかもあと2年待てば卒業してしまう。「一刻も早くフリーキックを任されたい」という無茶な動機を設定しても、それなら殺すのは、現在フリーキックを任されている茅野でないとおかしい。なぜそこで不破を殺す?
2:推理がおかしい
犯人を特定する推理もおかしい。まず第一の事件の犯人、アキを特定する条件はどう考えても納得いかない。
まずは鉢巻きの問題。第一の被害者、不破のそばには赤いバンドが落ちていた。
そのバンドはなにに使われていたか解らない→実は鉢巻きにされていて犯行の際に取れた→バンドが鉢巻きだと知っていた人物が犯人だ。
その展開がおかしい。不破の死体を発見したとき、語り手とワトスンがそろって「鉢巻きに使っていたのだろう」と即座に判断しているのだ。
つまりバンドは「一目見たとき誰もが鉢巻きだと思う」わけであり、バンド=鉢巻きは一同の共通認識になっているはずである。「鉢巻きだと言ったヤツが犯人」という論理は絶対に成り立たない。
つづいて利き足の問題。犯人は左足でフリーキックをしていた。ここから「犯人の利き足は左」という推理が出てくるが、最後になって「左で蹴っていたのはたまたま。不破に当たったのもたまたま」=「犯人の利き足はどっちでもいい」と覆されてしまう。
しかし。犯人が左足でフリーキックをしていた場面を目撃した松浦は「25メートル離れた位置からゴール隅にビシバシ決めていた」と証言している。
利き足はどっちでもよくないのだ。それどころか犯人の利き足は明らかに左である。対して真犯人の利き足は右。これはどういうことだろうか。
第二の事件の犯人、梓を特定する論理は本作で唯一の見どころである。「知っているものを知らないフリをしていた」というロジックは楽しいのだが、大きな問題がひとつ。テルが殺害された夜に、各務原氏は更衣室の中をのぞいてしまっているのだ。中をのぞくにはドアを開けなければならない。そのドアの裏側にはなにがあったか。トリックの肝である鏡だ。それも「背の高い男の人影」とも見間違えるほどの、大きな姿見である。いくら夜中でも、いくら何年も鏡を見ていなくても、室内を見回した人間がこの鏡に気づかない道理があるだろうか。
3:論理がおかしい
そもそも論理自体がおかしい。被害者の死因は「頸動脈の切断」である。決して「ボールの直撃による脳挫傷」ではないのだ。つまり「不破にボールを当てた犯人=殺害犯」とは限らないわけだ。
目撃していた松浦も「じゃれあっていると思った」と語っている。ボールの直撃と殺害を結びつけ全く疑わない、というのは完全におかしい。
それ以前の問題として「25メートルの距離から放ったシュートで人間を気絶させられるか」という疑問もある。当たった相手は仮にもサッカー少年。それも「長身と筋肉質な上半身」を持つフォワードである。頭も鍛えられているだろう。それをたとえばまるっきり油断していたとしても、25メートルのロングシュートで気絶させられるだろうか。犯人がロベルト・カルロスなら納得だが、一介の高校一年生である。無茶きわまりない。
だいたいビニールシートがあれば返り血を浴びないというのも強引過ぎはしないか。茅野は気絶しているからシートですっぽりくるむこともできるかもしれないが、テルはどうしてシートで包まれ首を切られるまでおとなしくしていたのか。
しかもテルを殺したのはかよわい女子高生である。しかもしかも事前の準備ができない突発的な犯行である。それなのに返り血を全く浴びないくらい準備万端に殺せる状況というのが、ちょっと僕には思いつかないのだが。
ついでに言えば犯行現場も解らない。「体育館周辺」とだけ述べられ、特定はされないのだが、宿直と用務員の見回りを逃れ、殺害→シートの処分→死体遺棄までできるものだろうか。
さらにさらに「マネージャーだからビニールシートはいつでも盗める」という理屈もいただけない。理屈自体も強引だが、第一の犯行後アキがどこかに隠す→梓が見つける という僕には不可能としか思えないビニールシートの変遷が「マネージャーだからできた」という一言で片づけられ、しかもどこで見つけたのか一切語られないのはどういうわけか。
梓が校内にいた理由も不明だ。死体遺棄現場は外。殺害現場も外だろうし、ビニールシートを隠していたのもおそらくはサッカー部室であろう。わざわざ校内で各務原氏に目撃される理由がない。
さらに細かい点をあげれば「どうしてテルは夜中に学校へ行ったのか」も不明である。これはもう「梓に疑われ殺されるため」としか思えないのだが。
と、徹頭徹尾おかしいことだらけの今作。前作『各務原氏の逆説』も未完成品としか思えない出来だったのだが、今作はそれすらも上回る、わざとおかしくしたとしか思えない仕上がりである。ならば「そういう作品」なのかというと、梓を犯人と断定する論理とか、各務原氏の最後の一言とか、作者は本気で書いてるらしいことがうかがえるから頭が痛い。
おかしいことだらけで逆にあれこれ考えて楽しく読めてしまったのだが、これに点を与えたら、ちゃんとした作家のみなさんに失礼でしょう。
たとえば伝統の飴細工のような。たとえば職人の作るピザ生地のような。たとえば最新の携帯端末のような。
論理。真相。心理。展開。人物。それらすべてを技術の限りを尽くして薄く引き延ばしたような、そんな歴史に残る大駄作でした。
06.11.29
評価:論外