小金沢ライブラリー

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ミステリ感想-『見えない人影』氷川透

2006年11月29日 | ミステリ感想
~あらすじ~
インターハイを間近に控えたサッカー部のフォワードが殺された。
犯人は左足でフリーキックをしていた人物。用務員・各務原氏の逆説は謎だらけの事件を解き明かせるのか。


~感想~
いや、感想とか評価以前になにもかもがおかしいのだ。
思いっきり真相にネタバレしながら、おかしい点を順に上げてみよう。
以下の文章は反転しておきますので未読の方は避けてください。

1:動機がない
「免許がない」といえば舘ひろし「動機がない」といえば森博嗣だが、森センセですら、殺人の動機くらいはちゃんと用意している。森センセが描かないのはあくまでも、犯行の動機以外の動機だ。(と思う)
ところが本作には殺人の動機がない。いくら考えてみても「フリーキックの練習中にたまたま先輩にボールが当たり気絶したので、あらかじめ用意していたビニールシートで返り血を防ぎなんとなく殺害した」という結論しか出てこないのだ。
その一方で、容疑者を特定するために想像する犯行の動機はくり返し出てくる。いわく「フリーキックの役割を奪われたくない」ためだ。しかしこれを真犯人に当てはめてみると、まず真犯人はそもそも現状でフリーキックを任されていないし、殺された相手もフリーキックをしたことがないのだ。しかもあと2年待てば卒業してしまう。「一刻も早くフリーキックを任されたい」という無茶な動機を設定しても、それなら殺すのは、現在フリーキックを任されている茅野でないとおかしい。なぜそこで不破を殺す?

2:推理がおかしい
犯人を特定する推理もおかしい。まず第一の事件の犯人、アキを特定する条件はどう考えても納得いかない。
まずは鉢巻きの問題。第一の被害者、不破のそばには赤いバンドが落ちていた。
そのバンドはなにに使われていたか解らない→実は鉢巻きにされていて犯行の際に取れた→バンドが鉢巻きだと知っていた人物が犯人だ。
その展開がおかしい。不破の死体を発見したとき、語り手とワトスンがそろって「鉢巻きに使っていたのだろう」と即座に判断しているのだ。
つまりバンドは「一目見たとき誰もが鉢巻きだと思う」わけであり、バンド=鉢巻きは一同の共通認識になっているはずである。「鉢巻きだと言ったヤツが犯人」という論理は絶対に成り立たない。
つづいて利き足の問題。犯人は左足でフリーキックをしていた。ここから「犯人の利き足は左」という推理が出てくるが、最後になって「左で蹴っていたのはたまたま。不破に当たったのもたまたま」=「犯人の利き足はどっちでもいい」と覆されてしまう。
しかし。犯人が左足でフリーキックをしていた場面を目撃した松浦は「25メートル離れた位置からゴール隅にビシバシ決めていた」と証言している。
利き足はどっちでもよくないのだ。それどころか犯人の利き足は明らかに左である。対して真犯人の利き足は右。これはどういうことだろうか。
第二の事件の犯人、梓を特定する論理は本作で唯一の見どころである。「知っているものを知らないフリをしていた」というロジックは楽しいのだが、大きな問題がひとつ。テルが殺害された夜に、各務原氏は更衣室の中をのぞいてしまっているのだ。中をのぞくにはドアを開けなければならない。そのドアの裏側にはなにがあったか。トリックの肝である鏡だ。それも「背の高い男の人影」とも見間違えるほどの、大きな姿見である。いくら夜中でも、いくら何年も鏡を見ていなくても、室内を見回した人間がこの鏡に気づかない道理があるだろうか。

3:論理がおかしい
そもそも論理自体がおかしい。被害者の死因は「頸動脈の切断」である。決して「ボールの直撃による脳挫傷」ではないのだ。つまり「不破にボールを当てた犯人=殺害犯」とは限らないわけだ。
目撃していた松浦も「じゃれあっていると思った」と語っている。ボールの直撃と殺害を結びつけ全く疑わない、というのは完全におかしい。
それ以前の問題として「25メートルの距離から放ったシュートで人間を気絶させられるか」という疑問もある。当たった相手は仮にもサッカー少年。それも「長身と筋肉質な上半身」を持つフォワードである。頭も鍛えられているだろう。それをたとえばまるっきり油断していたとしても、25メートルのロングシュートで気絶させられるだろうか。犯人がロベルト・カルロスなら納得だが、一介の高校一年生である。無茶きわまりない。
だいたいビニールシートがあれば返り血を浴びないというのも強引過ぎはしないか。茅野は気絶しているからシートですっぽりくるむこともできるかもしれないが、テルはどうしてシートで包まれ首を切られるまでおとなしくしていたのか。
しかもテルを殺したのはかよわい女子高生である。しかもしかも事前の準備ができない突発的な犯行である。それなのに返り血を全く浴びないくらい準備万端に殺せる状況というのが、ちょっと僕には思いつかないのだが。
ついでに言えば犯行現場も解らない。「体育館周辺」とだけ述べられ、特定はされないのだが、宿直と用務員の見回りを逃れ、殺害→シートの処分→死体遺棄までできるものだろうか。
さらにさらに「マネージャーだからビニールシートはいつでも盗める」という理屈もいただけない。理屈自体も強引だが、第一の犯行後アキがどこかに隠す→梓が見つける という僕には不可能としか思えないビニールシートの変遷が「マネージャーだからできた」という一言で片づけられ、しかもどこで見つけたのか一切語られないのはどういうわけか。
梓が校内にいた理由も不明だ。死体遺棄現場は外。殺害現場も外だろうし、ビニールシートを隠していたのもおそらくはサッカー部室であろう。わざわざ校内で各務原氏に目撃される理由がない。
さらに細かい点をあげれば「どうしてテルは夜中に学校へ行ったのか」も不明である。これはもう「梓に疑われ殺されるため」としか思えないのだが。

と、徹頭徹尾おかしいことだらけの今作。前作『各務原氏の逆説』も未完成品としか思えない出来だったのだが、今作はそれすらも上回る、わざとおかしくしたとしか思えない仕上がりである。ならば「そういう作品」なのかというと、梓を犯人と断定する論理とか、各務原氏の最後の一言とか、作者は本気で書いてるらしいことがうかがえるから頭が痛い。


おかしいことだらけで逆にあれこれ考えて楽しく読めてしまったのだが、これに点を与えたら、ちゃんとした作家のみなさんに失礼でしょう。
たとえば伝統の飴細工のような。たとえば職人の作るピザ生地のような。たとえば最新の携帯端末のような。
論理。真相。心理。展開。人物。それらすべてを技術の限りを尽くして薄く引き延ばしたような、そんな歴史に残る大駄作でした。


06.11.29
評価:論外
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ミステリ感想-『最後の一球』島田荘司

2006年11月28日 | ミステリ感想
~あらすじ~
母の自殺未遂の原因は、散髪代を物々交換で済ませる友人? それとも?
御手洗潔も諦めかけた事件を、生涯二流の男が投じた最後の一球が打ち砕く!


~感想~
もうトリックとかどうでもいい。

帯に「御手洗潔も諦めかけた事件」とあることから、いったいどんな超絶不可能犯罪が!? と期待してはいけない。悪徳金融の被害者を救うという、推理ではどうしようもない、日本の構造自体が変わらなくてはいけない事件を扱っているのだ。
よって、御手洗にできることは非常に少ないし、出番も少ない。御手洗登場部分をばっさり削除しても成り立つ話ではある。
しかしそれがつまらないかというと、実に楽しく読めた。冒頭に言ったとおり、トリックも展開もバレバレだ。事件現場でアレが見つかった途端、タイトルと合わせて読者の100%は真相に思い至るだろう。むしろ作者はそれを織り込み済みで本作を書き上げたふしすら見受けられる。
ことに終盤は予想通りに期待通りの場面で、話の筋が完全に読めているだけにもどかしく「それをあれにこうすればいいんだよ!」と叫びたくなるあたり、作者の術中にはまった感も強い。
島田ワールド全開の語り口や二流魂を高らかに歌い上げる幕切れは、御手洗を中年刑事に置き換え映画化すれば、全米が泣くと思うがどうか。
ささやかな幸せ、ささやかな怒り、そしてささやかな誇りを乗せ。飛べ、最後の一球。


06.11.29
評価:★★★★ 8
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ミステリ感想-『三百年の謎匣』芦辺拓

2006年11月27日 | ミステリ感想
~あらすじ~
巨額の遺産と謎めいた書物を残し、依頼人は袋小路に消えた。
謎を解く鍵は、時空を超え書きつづけられてきた一冊の本の中に?
世界を股に掛けくり広げられる数々の奇譚があわさるとき、三百年の謎匣が開いた!


~感想~
芦辺ハリウッドと銘打ち、東方、海賊、中華、密林、西部劇、大空とジャンルとり混ぜごた混ぜの一大エンターテインメント小説。
……なだけに、一つ一つのトリックはやや小さく、連作短編集のように合わさったときの破壊力も控えめ。騙しの手管など見事な冴えは見せるが、人物消失トリックの真相は脱力もの。ミステリとしての輝きはちょっと足りない。
その分、物語としての面白さは一級品。もともと大時代的な語り口だけに、古き良き時代を描くと、実に描写がしっくり来る。ふだんの現代劇では大げさとも取れる文体が、本領を発揮してくれるのだ。
これだけ多種多彩の物語を書き分け、さらにまとめてみせる手腕、さすがはかの『堕天使殺人事件』のトリを務めただけはある。つくづくなんでも描ける作家だと、感銘を受けました。


06.11.27
評価:★★★ 6
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ミステリ感想-『零崎軋識の人間ノック』西尾維新

2006年11月18日 | ミステリ感想
~あらすじ~
「零崎一賊」――それは“殺し名”の第3位に列せられる殺人鬼の一族。
釘バット“愚神礼賛”ことシームレスバイアスの使い手、零崎軋識の前に次から次へと現れるあの頃の殺し名たち。そしてその死闘の行く末にあるものは。
「かるーく零崎をはじめるちや」


~感想~
やはりこう言わざるをえない。
西尾維新は終わったと。

まずは富樫化。(幽遊白書化といったほうが正確か)
人がまるで死なない。死ぬのは序盤に出てくる名無しの20名のみ。まったくキャラを殺せなくなってしまっている。そのくせ物語は本編の数年前の設定のため、登場人物のほとんどは本編で死んでいるのだから処置無しである。
死ねば(殺せば)いいというものではないが、前作『零崎双識の人間試験』で無名有名とりまぜてあれだけ殺しまくっていたのに、なぜ本作ではろくに人死にが出ないのか不思議でたまらない。『ネコソギラジカル』上・中巻と下巻の対比を見ているようだ。
そして、前作『人間試験』を読み返して感じたのだが、本作は小説としてあまりに出来が劣っている。しっかりと構想を練って書かれたように思えないのだ。前作はウェブ連載という形式で長編としてものされ、今作は短編形式という違いはあるが、それにしてもこの完成度の差は歴然。小説としてミステリとしてファンタジィとして、前作にただのひとつも及ばないだろう。
展開に起伏や裏切り、全体を貫くテーマ、話を彩る名ゼリフ。それらが『人間ノック』には圧倒的に絶望的に少ない。前作や『本格魔法少女りすか』シリーズのような、異能と異能の駆け引きも薄く、イラストと、カバー見返しの名前を織り交ぜた詩くらいしか見どころがないといっても過言ではあるまい。
キャラ造型やセリフ回し、笑いを取るセンス、構築した世界観は健在のため、商品として成立してはいるものの、全盛期と比べれば(もう全盛期と呼ぶしかない)あまりに寂しい。『ネコソギラジカル』の悪い面をそのまま引きずってきてしまった。
蛇足および個人的感情になるが、戯言シリーズ最大の弱点は、ヒロイン玖渚友に一編の魅力も感じないところにあると再認識した。正直このキャラが好きな人っているのだろうかとまで思ってしまう。こいつにチームやいーちゃんがなぜ惚れ込むのか微塵も解らない。こういうのがタイプなのか維新……。
ともあれ。
維新は終わった。感想はそれだけである。


06.11.18
評価:★☆ 3
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ミステリ感想-『ソフトタッチ・オペレーション』西澤保彦

2006年11月15日 | ミステリ感想
~収録作品~
無為侵入
闇からの声
捕食
変奏曲<白い密室>
ソフトタッチ・オペレーション


~感想~
チョーモンインシリーズ。あいかわらずストーリーが進まないどころか、能解警部や聡子、Wアボも出番なしと来てはシリーズとしての興味も薄い。
ミステリとして見ても、真相にげんなりする『無為侵入』、なにもかも無茶がありすぎる『闇からの声』、魅力的な謎が、付けりゃいいってもんじゃない解決を迎える大駄作『捕食』、なにが白い密室だか『変奏曲<白い密室>』、解決に無理がありすぎる『ソフトタッチ・オペレーション』と、さらに腕を落としてきた。
そもそもシリーズキャラが活躍する場面自体がほぼ皆無で、もはやなにをしたいのかすら解らない。
ミステリとしてもダメ、シリーズとしてもダメ。
個人的にはもう見放した。


06.11.16
評価:★ 2
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ミステリ感想-『貨客船殺人事件』 鮎川哲也

2006年11月11日 | ミステリ感想
~収録作品~
夜の散歩者
二つの標的
白馬館九号室
貨客船殺人事件
伯父を殺す
殺意の餌
花と星
ふり向かぬ冴子
砂の時計


~感想~
出版芸術社から相次いで刊行されている「挑戦篇」シリーズに収録された作品が多数入った絶版本。
作品は問題篇と解答篇に分けられ、解答は巻末にまとめてある。が、もともと分割を想定して書かれていない作品がほとんどのため、純粋に推理だけでは解けないものも混ざっている。
ストーリーやプロットには凝らず、トリック一本勝負の作品ばかりだが、肩の力を抜いて楽しめる佳作ぞろい。
なによりも高額で再刊行された「挑戦篇」シリーズの作品を読めるのは、貧乏性にとって実にありがたかった。


06.11.11
評価:★★★ 6
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ミステリ感想-『三年坂 火の夢』早瀬乱

2006年11月07日 | ミステリ感想
~あらすじ~
「三年坂で転んでね」大学を辞め帰郷した兄はそう言い残しこの世を去った。
上京した弟は三年坂を追い、東京中を奔走する。
三年坂とは? そして大火のたびに目撃される謎めいた車夫の正体とは?
第52回江戸川乱歩賞受賞作。


~感想~
良くも悪くも、古き良き時代の探偵小説をほうふつとさせる物語である。設定といい舞台といい、平成にものされた作品とは思えない雰囲気をたたえている。
構成もトリックより雰囲気で組み上げたようで、昨今流行の「表の事件で裏の事件を覆い隠す」二重構造だが、それがほとんど機能していないのが残念。つまり、本筋として描かれる物語の中にこっそりと現れる、裏で進行している物語の一部分が、どうにも物足りないのだ。たとえば手がかり・伏線と呼ぶにはあまりに小さすぎたり、裏の物語を指し示すほど重くはなかったりと。
また、「三年坂」と「火の夢」の謎が交錯するのが終盤も終盤で、2つの物語が共鳴するわけでも、1つの物語の表裏を描くわけでもなかったのも寂しい。
謎解きといい終局の展開といい、全体的に練り不足と感じてしまう雑多さでなんとも惜しい作品。しかしこれだけの雰囲気をかもし出せる力量はあるのだから、次作への期待はできる。


06.11.7
評価:★★ 4
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ミステリ感想-『東京ダモイ』鏑木蓮

2006年11月02日 | ミステリ感想
~あらすじ~
シベリア捕虜収容所で起きた中尉斬殺事件。
60年後、帰還(ダモイ)を果たした男は沈黙を破り行動に移る。極限の凍土に秘められた真実とは? 男を動かした理由とは?
第52回江戸川乱歩賞受賞作。


~感想~
デビュー作らしく穴だらけではある。トリックは事件発生と同時に見当が付くし、短歌から謎を解く展開は面白いが、すっきりとした説得力には欠ける。主役の一人を除いて人物造型は浅く、展開も緩急に乏しい。
だがそれが稚拙なわけではなく、不慣れなだけに映る。経験を積み洗練されれば、いずれ傑作をものしてくれそうな気配は十分に感じられる。将来性だけでも受賞は納得。――と偉そうなことを言ってみたが作者は45歳。このあたり乱歩賞は異色である。

くさしたものの描写力は既に及第点。特にシベリアでの逸話は現代パートと比べなぜか格段に筆力が高く、非常に読ませてくれる。暴言かもしれないが、数年後に全面改稿したら大化けするかも――あのトリックじゃ無理だよなあ。
本格ミステリからの乖離が著しいと言われる乱歩賞ながら、今作は十分にミステリを心得ている。
なにはともあれ将来性豊かな新人の登場である。


06.11.2
評価:★★★ 6
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