小金沢ライブラリー

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ミステリ感想-『名探偵に薔薇を』城平京

2008年06月29日 | ミステリ感想
~あらすじ~
「メルヘン小人地獄」という不気味な童話が、各新聞社に郵送された。
遺体になんの痕跡も残らないという幻の毒薬「小人地獄」をめぐり、童話どおりに起きていく猟奇殺人。
心に十字架を背負う名探偵・瀬川みゆきは事件の謎を解き明かせるのか。


~感想~
ひとりの作家が生涯に一冊出せるかどうかというレベルの、いわゆる破格のデビュー作。
ミステリ以前に小説そのものに慣れていないような、独特の文体とときおり飛び出す難解な単語、そして無味乾燥な会話と荒削りながら、瀬川みゆきという一人の名探偵の悲哀と運命を描ききった、まがうかたなき傑作。文章がどうのは関係ない。
これだけの才能がもし「トリックに前例がある」などというつまらない理由で新人賞を逃したことで、斯界に見切りをつけてしまったのならば、なんと愚かなことだったろうか。
報われない名探偵と作者に、一輪の薔薇を。


08.6.29
評価:★★★★ 8
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ミステリ感想-『弥勒の掌』我孫子武丸

2008年06月22日 | ミステリ感想
~あらすじ~
妻が失踪して途方に暮れる高校教師。
愛する妻を殺され、さらに汚職の疑いをかけられたベテラン刑事。
事件の渦中に巻き込まれた二人は、やがてある宗教団体の関与を疑い、ともに捜査を開始するのだが……。


~感想~
もういまさら隠す必要すらないくらい「アレ系」のトリックだと知れ渡ってしまったが、それでも真相が明かされたとたん、目が点になった破壊力はすばらしい。
だが探偵役の推理方法が、他に方法がないとはいえあんまりにもあんまりだったり、あいかわらず着地がぐだぐだで適当だったりと、難点がいろいろと目に付く。
しかしアレ系トリックの理想型とも言うべき、ぎりぎりの綱渡りと、真相が持つ一発の重さは、一読の価値がある。
アレ系ファンならばぜひどうぞ。


08.6.22
評価:★★★ 6
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ミステリ感想-『名探偵は九回裏に謎を解く』戸松淳矩

2008年06月20日 | ミステリ感想
~あらすじ~
背たけは高いがこれ以上ないくらい不器用な転校生の鳴門は、なんと前の高校で甲子園に出場した超高校級エースだった!?
弱小野球部に救世主がと色めきたったとたん、野球部コーチの命が何度も狙われ、あげくに誘拐事件が発生し……。


~感想~
下町ミステリ第二弾。30年近く前の作品だがまったく古びていない。
スラップスティック調の描写はますます冴え渡り、ただ物語を追っていくだけでも楽しいが、話が進むごとに事件は錯綜していき、まったくつかみどころを見せない。
そしてがぜん盛り上がる野球大会のクライマックスと同時に、全ての謎が解けるという構成が実にうまい。すこしネタバレしてしまうが、昨今の流行である、表の事件を語ることで裏で同時に進行している真の事件を覆い隠すという趣向の、お手本のようなトリックにうなる。
構成の妙、トリックの妙、会話の妙、熟練の技巧を感じさせる秀作です。地球に復刊してくれてよかった。


08.6.19
評価:★★★☆ 7
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ミステリ感想-『電脳山荘殺人事件』天樹征丸

2008年06月19日 | ミステリ感想
~あらすじ~
雪で閉ざされた山荘に集まったのは、チャットで知り合った7人と、そこに迷い込んだ金田一耕助の孫・金田一一、それに七瀬美雪。
「トロイの木馬」を名乗り、皆殺しゲームを操ろうとしているのは誰か。果たして、金田一少年は全員が“消去”される前にゲームのスイッチを切ることができるのか。


~感想~
これは思わぬ拾いもの。原作マンガの雰囲気を活かしつつ、いかにも「金田一少年の事件簿」らしい事件に、活字ならではのトリックを加え、最後まで一息に読ませてくれる。
構成がとにかくうまく、冒頭から解決まで一分の隙もなく、金田一君を題材にしなくとも十分商品として成立している。いやそれどころか、これだけ見事にまとまった本格ミステリが年間に何本出ているだろうか?
読者への挑戦状もついたフェアプレイぶり、名探偵の名推理とあからさまな手がかり、犯人の巧みな隠しかた、鋭いアリバイトリックに決定的証拠と本格に必要なものが全てそろっている。
騙されたと思って一読すべし。薦めてくれたかまいたちさんありがとう!


08.6.19
評価:★★★☆ 7
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ミステリ感想-『ロートレック荘事件』筒井康隆

2008年06月13日 | ミステリ感想
~あらすじ~
夏の終わり、郊外の洋館に将来有望の青年と美貌の娘たちが集まった。
ロートレックの作品に彩られた優雅なバカンスは、二発の銃声で終わりを告げられ……。


~感想~
文豪が本格ミステリに挑んだ作品。
そう聞くと畑違いの分野に大御所がしゃしゃり出てしまった悲劇がいろいろと思い浮かぶ。書評を見ても「空前絶後」「これはミステリではない」とふだんミステリに縁のなさそうな方が勘違い発言をしているが、心配ご無用。ミステリ馬鹿にはおなじみのいわゆるアレ系の良作です。
したがって裏表紙にあるような「推理小説史上初のトリック」でも「前人未到」でも、ましてや「メタ・ミステリー」でもないが、全編にわたって危うい綱渡りを見せてくれることを保証する。
なおさすがに文豪・筒井康隆といえどもまるっきり障害者の心理が描けていないことには苦言を呈しておこう。


08.6.13
評価:★★★ 6
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絶版(?)ミステリ感想-『夏油温泉殺人事件』中町信

2008年06月11日 | ミステリ感想
~あらすじ~
夏油温泉に向かうバスが転落し、多くの犠牲者を出した。
不幸な事故と思われたが、生き残った被害者の一人が、事故現場で男が誰かに殺されたと主張し……。


~感想~
引き算の美学。私の戦闘力は112,000円です。

冒頭、まずは中町ミステリ名物のいかにも叙述トリックが仕掛けられていそうな独白に目が行く。
「犯人はこの私です」と遺書を残し自殺した妻に困惑する男の独白で、探偵役の氏家と病院で初めて会ったときの回想をするのだが、つづく一章では早速その病院での氏家との出会いが描かれ、2組の夫婦が登場する。
すると我々のようなひねくれたミステリバカは当然、「その夫婦の妻たちが犯人ではない」と予想してしまいがちなのだが、真相がどうなのかはぜひその目で確かめてほしい。用法は間違っているが「引き算の美学」という言葉を思いだす見事な結末だったことは付記しておこう。
叙述だけではなく中町ミステリ名物の「旅行先での殺人」「最有力候補の容疑者は即殺される」「ダイイングメッセージ」も健在で、そのあたりもご注目。
ただ、平易なわりに冗長な(というか2時間ドラマ的な)内容的にくり返しの多い会話や文体は若干くどい。
ともあれアマゾンのマーケット・プレイスで112,000円で売られている本作、値段はともかく中町ミステリの良さが味わえる佳作でした。


08.6.10
評価:★★★ 6
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絶版(?)ミステリ感想-『弓形の月』泡坂妻夫

2008年06月10日 | ミステリ感想
~あらすじ~
劇団員の五月は誤配された速達が縁で、同じマンションに住む同姓の弓子を知る。
弓子の容姿もさりながら、五月の目をひいたのはその速達が封も切らずに捨てられたことだった。
次の日、五月は路上で若い娘とキスしている弓子を目撃する。
男、女、両性具有、妖しい混沌の世界が展開する幻想ミステリー。


~感想~
幻想ミステリだとは聞いていたが、完全無欠にファンタジーに転げ落ちていくとは予想の外。
せっかくのミステリ的な構成を形作っていた謎が、ファンタジーの枠内で解かれてしまい、がっかり。
終盤、急激に文体が崩壊する様を見ても、ミステリととらえるより幻想小説として取り組むべき。単純に好みのうちではなかった。
ただ、暗号だけは今まで見てきた暗号の中でも最も解りやすく、面白いものではあった。


08.6.10
評価:★★ 4
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絶版(?)ミステリ感想-『花嫁は二度眠る』泡坂妻夫

2008年06月09日 | ミステリ感想
~あらすじ~
従妹の貴詩に兄のように慕われている幹夫は、それぞれの結婚式を同じ日に挙げることを誘われた。
貴詩はその前日に実家の「まいまい屋敷」から荷物を運ぶように頼む。その「まいまい屋敷」では数ヶ月前に貴詩の祖母カナが、二度殺害されたような奇妙な姿で発見されていた。


~感想~
これぞ泡坂ミステリと快哉を叫びたくなる傑作。
泡坂妻夫の真骨頂というべき見事な、そして豊富にまかれたさりげない伏線の山。平易な文体でさらりと書かれた物語のそちこちに伏線があるわあるわ。
二度殺された犠牲者という魅力的な謎と、合理的な解決。巧みに隠された真相もきれいに決まって非の打ちどころがない。これが絶版(?)なんて惜しすぎる。
唯一ケチをつけたくなるのは光文社文庫版の解説。ネタバレではないが、真相をにおわせすぎているので、読むなら読了後にすべし。


08.6.9
評価:★★★★ 8
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絶版(?)ミステリ感想-『生者と死者』泡坂妻夫

2008年06月06日 | ミステリ感想
~概要~
そのまま読むと幻想的な短編小説。とじられたページを切り開くと、短編が長編ミステリの一部として回収され消えてなくなってしまうという奇術小説。


~感想~
考えれば考えるほど、恐ろしくよく練られた作品。
いかにも氏らしい幻想的な短編が、実は長編ミステリの一部であるというだけではなく、本編の伏線でありミスディレクションであり暗喩でありヒントであり真相そのものですらあるのだ。
短編として読んだ時に見えていた構図が次々と逆転し、しかもそれが本編と緻密に絡み合っているのだからたまらない。書くだけでも面倒なのに、この構成でできる、ありとあらゆる手管を尽くしてくるのはさすが奇術師といったところ。
この超絶技巧はぜひ味わってほしい。絶版なのは実に惜しまれる。


08.6.5
評価:★★★ 6
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ミステリ感想-『ポケットは犯罪のために』浅暮三文

2008年06月05日 | ミステリ感想
~収録作品~
ポケットは犯罪のために
J・サーバーを読んでいた男
フライヤーを追え
薔薇一輪
函に入ったサルトル
五つのR


~感想~
小粒ですこしも辛くない。
ほぼワンアイデアで書かれたような作品ばかりで、実に物足りない。
ぶっちゃけた話、蒼井上鷹あたりなら掌編の分量で書きそうな、小粒なアイデアばかり。
短編の合間にはさまれた掌編によって、すべての作品をつなげるという構成にも目新しいところはないが、最終的に現れる構図はにやりとさせてくれる。
ただ逆にいえば評価できるのはそこだけのような気が……。


08.6.1
評価:★☆ 3
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