小金沢ライブラリー

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ミステリ感想-『Nのために』湊かなえ

2010年04月26日 | ミステリ感想
~あらすじ~
「N」と出会う時、悲劇は起こる。
大学一年生の秋、杉下希美は運命的な出会いをする。台風による床上浸水がきっかけで、同じアパートの安藤望・西崎真人と親しくなったのだ。
努力家の安藤と、小説家志望の西崎。それぞれにトラウマと屈折があり、夢を抱く三人は、やがてある計画に手を染めた。すべては「N」のために――。


~感想~
作品を出すごとにミステリから離れていく気がするが、それはおそらく気のせいではない。
冒頭の展開が非常に魅力的で、まったく不明な点がなく語られる事件に、いったいどんな裏があったのかと一息に引き込まれる。
が、その後はほどほどに意外な事実を要所要所で明かしていくだけで、裏の真相は物語の全てをひっくり返すためではなく、物語を最後まで牽引するために用意されているという印象。
とはいえあいかわらず驚異的なリーダビリティで、単に4回同じ話をくり返しているだけのお話を飽きずに読ませてしまうのはすごいところ。
こういった様々な視点から同じ話を語り直す形式では、読者はしばしばくどく感じたり、委細承知の話を何度も見させられるといらつくものだが、この作者は飛ばすべきところと流すべき描写をよく心得ていて、よく考えると人格破綻者たちがうだうだ自分のことを語るだけという構成は、京極夏彦『数えずの井戸』と同じなのだが、全くだれるところがないのもさすがである。
しかし平均点は超えているが合格点には届かないといった感じで、ミステリにも文学にも針がふれず、どっちつかずの作品になってしまったのもたしか。驚異のデビュー作『告白』以来のヒットがそろそろ欲しい。


10.4.23
評価:★★☆ 5
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ミステリ感想-『犯人に告ぐ』雫井脩介

2010年04月25日 | ミステリ感想
~あらすじ~
連続児童殺害事件の捜査は行き詰まりを見せ、ついに神奈川県警は現役捜査官をテレビニュースに出演させるという荒技に踏み切る。
白羽の矢が立ったのは、6年前に失脚した巻島史彦警視。前代未聞の劇場型捜査が幕を開ける。


~感想~
欠点をあげつらえば切りがない。
せっかく劇場型捜査という魅力的な材料を用意しておきながら、肝心の劇場型犯罪をしていたはずの犯人が捜査中に全くの無行動で、新たな事件は起こさずにお手紙を送ってくるだけという片手落ち具合。
冒頭の事件がただのプロローグであり、本筋の事件には一切絡まない物足りなさ。
物語に彩りを添えたつもりなのかも知れないが、いまどきの中学生よりもプラトニックな恋愛模様と、仕掛けるぞ仕掛けるぞ→いま仕掛けたぞ→いまかかったぞ、と舞台裏を見せすぎてなんらの意外性も生まない罠。
ヤングマン、バッドマン、マイヒメ、かつお、という絶望的なネーミングセンス――。
読みやすい、というかところどころ首をかしげたくなる言葉のチョイスからもうかがい知れる筆力の限界からの、ややこしくない文章のおかげで(読みやすいことをこんな表現したのは初めてだ)楽に最後まで読み通せたが、なにもかもが一歩足りない作品であった。設定は良かったのに。


上巻10.4.16
下巻10.4.23
評価:★★ 4
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ミステリ感想-『ジェネラル・ルージュの凱旋』海堂尊

2010年04月24日 | ミステリ感想
~あらすじ~
歌姫が東城大学医学部付属病院に緊急入院した頃、不定愁訴外来担当の田口公平の元には匿名の告発文書が届いていた。
“将軍(ジェネラル)”の異名をとる、救命救急センター部長の速水晃一が特定業者と癒着しているという。高階病院長から依頼を受けた田口は調査に乗り出すが……。


~感想~
いちおうミステリの範疇に属していたシリーズが大きくエンタメの方向に舵を切った。
それは失敗ではなく、明らかに良い方向に向かっている。
そういえばデビュー作の『チーム・バチスタの栄光』からしてトリック自体はどうでもよいものだったのだし、この桜宮サーガからトリックなんて不純物(?)を撤廃したところでマイナス要素になるわけがないのだ。
さらにこの作品のすごいところは、元々『ナイチンゲールの沈黙』と一体になった長編だったのを、長すぎるので二つに分割したにも関わらず、それぞれが単体として十分な魅力を備えているというところ。
しかも『ナイチンゲールの沈黙』と本作は同じ時間軸を共有しており、物語は同時進行で起きているので、読み比べればもっと楽しめるのだ。
しかもしかも、こちらでは探偵役(?)の白鳥はほとんど本筋に絡まず、脇役に徹しているのだから、このシリーズが白鳥という稀有のキャラクター抜きでさえ余裕で成立するという事実まで示しているのは本当に驚くべき点である。
ぱっとしない作家ばかり輩出していたこのミス大賞は、つくづくジャックポットを引き当てたものだと思い知らされた。


上巻10.4.7
下巻10.4.11
評価:★★★☆ 7
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ミステリ感想-『陽気な容疑者たち』天藤真

2010年04月23日 | ミステリ感想
~あらすじ~
山奥に武家屋敷さながらの旧家を構える社長が、まさに蟻の這い出る隙もないような鉄壁の密室の中で急死した。
その被害者を取り巻く陽気な容疑者たち。事件の渦中に巻き込まれた計理士は、果たして無事、真相にたどり着くことができるだろうか。


~感想~
才人のデビュー作はさすがの出来。
トリックこそ物理づくしだが、伏線のばらまき方に隠し方、天藤ミステリの特徴たる軽妙さは抜群。
終わってみれば(ややネタバレ→)英雄譚 という構成も面白い。
天藤真に期待するものがデビュー当時からそろっているのだから驚かされる。


10.4.2
評価:★★★ 6
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非ミステリ感想-『数えずの井戸』京極夏彦

2010年04月19日 | ミステリ感想
~あらすじ~
数えるから、足りなくなる。それは、はかなくも美しい、もうひとつの「皿屋敷」。


~感想~
まさにレンガ本といった分厚い一冊を読ませる力は、さすが京極夏彦なのだが、いかんせん今回はオチに失敗した感が強い。
オチにいたるまでの過程も、そろいもそろって後ろ向きな人格破綻者たちがうだうだと繰り言めいた独白をするだけで、しかも新聞連載とあってか、あらすじ代わりに同じ内容を何度となくくり返すことも多く、読んでいて終始だれてしまう。
逆に言えばこのぐだぐだトークを最後まで読ませてしまう豪腕ぶりはすごいのだが、肝心の結末が「誰が殺したのかわからない」「最期になんと言ったのかわからない」「どうすればよかったのかわからない」とないない尽くしで藪の中ならぬ井戸の中に沈んでいく始末で、しかも古典改作シリーズ皆勤賞なのだが依然として場違いな気がしてしかたない又市たちによって語られるせいで、楽屋オチめいた雰囲気までただよってしまうのも痛いところ。
これでは古典怪談を京極夏彦が語り直した意味がほとんど見当たらない、とまで言ってかまうまい。
京極の名も――堕ちたものだ……。


10.4.15
評価:★☆ 3
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マンガ感想-『Q.E.D. 証明終了 16』加藤元浩

2010年04月18日 | マンガ感想
「サクラ サクラ」★★☆ 5
~あらすじ~
燈馬と可奈の関係を問いただす女子の先輩。花見の場所取りで隣の人達が大事な物を紛失し困っている中、可奈が語る燈馬との微妙な関係への答えとは?

~感想~
トリックはあってないようなもので、短編ひとつを支えることもできないレベルなのだが、その分ストーリーに気合が入っており、名言連発でファンには見逃せない作品になっている。


「死者の涙」★★☆ 5
~あらすじ~
休日を利用して燈馬と水原親子がやってきた山奥の村で夫の暴力に悩む女性が失踪した。この失踪事件の末に可奈は信じられない光景を目の当たりにする。

~感想~
こちらもトリックは読者に解きようがないもので、冒頭に予告された「信じられない光景」が物語の中核をなしている。
その「信じられない光景」に対する僕の解釈は、「THE TRICK NOTE」の作者コメントによると間違っていたのが意外なところ。あー言われてみればそういう反応するわな。
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マンガ感想-『Q.E.D. 証明終了 15』加藤元浩

2010年04月17日 | マンガ感想
なにかわかったところでそれは"真実"じゃない
全部がわかったとき初めて……"真実"が現れる



「ガラスの部屋」★☆ 3
~あらすじ~
可奈の友人の祖父が、真空管のコレクションに囲まれた密室で殺された。事件の真相、そして会う人ごとに違う印象を受けたという祖父の真意とは。

~感想~
第三の入り口がなんの脈絡もなしに飛び出してきて吹いた。ここにせめてなにがしかの理由があれば印象も変わったろうに。


「デデキントの切断」★★★ 6
~あらすじ~
元助手の嫌がらせに苦しむ老教授。かつて彼に燈馬は「デデキントの切断です」という言葉を残していた。

~感想~
冒頭から即座に真相に思い至る人も多いだろう。実際問題、ロキが気づかないわけがないのだが。
それはともかくとして、デデキントの切断というキーワードをうまく絡め、お話としてはよくできている。
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マンガ感想-『Q.E.D 証明終了 14』加藤元浩

2010年04月16日 | マンガ感想
「夏休み事件」★★☆ 5
~あらすじ~
剣道場に猛スピードで飛び込んできたバスケットボール。校内で多発する小さな事件。容疑者と思われる4人はそれぞれ対立していた。

~感想~
真相を聞けばミステリマニアなら即座にあの作品を思い浮かべることだろう。
トリックはともかくとして、一連の騒動の中で最も怒っていたのは誰か……というラストが面白い。


「イレギュラーバウンド」★★ 4
~あらすじ~
市議会議員が重傷を負い意識不明の状態となった。彼は刺された後に飛行機を操縦したのか? さらに持っていたはずの大金も消えていて……。

~感想~
タイトルを「オッカムの剃刀」にしなかったのはそこまでの事件ではないからか、単に「オッカムの剃刀」と言いたかったからだけか。
それはともかく小粒なトリックと小粒な真相で、それより納得できないのがこんなに丸く収まるのかという疑問。
あの人物の性格から考えると、絶対に許さないと思うのだが。
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マンガ感想-『Q.E.D. 証明終了 13』加藤元浩

2010年04月15日 | マンガ感想
「災厄の男」★★★★☆ 9
~あらすじ~
燈馬と旧知の大企業の会長アランが来日し、燈馬を自社に迎えるために勝負を仕掛けてくる。
かくして燈馬と可奈はレンブラントの絵を巡り、アランと騙し合いをすることに。

~感想~
これはすごい。起承転結全てが(以下ネタバレ)「籍」というキーワードで貫かれているのだ。
まず発端となるのは燈馬が18歳になったときに選ぶ国籍で、騙し合いの道具となるレンブラントは、弟子の描いた作品が世に出回り、その真贋が問われており、絵の戸籍問題と言える。
燈馬が仕掛けた罠は船籍を利用したもので、オチとなる可奈の悩みは、燈馬の国籍にまつわる習慣で解決する。

徹底してよく考えられた作品である。


「クラインの塔」★ 2
~あらすじ~
「黄泉の塔」と呼ばれる栄螺堂を調査する燈馬と可奈。この塔は一人の男が「あの世へ行くため」に建てたもので、彼は塔の中で1年間姿を消していた。
そんな中、塔内で殺人事件が発生し……。

~感想~
マンガでしか描けない、活字で描いたら殴られるようなトリックで、しかも驚く要素が一切ないため、非常に小粒な印象しか受けない。
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マンガ感想-『Q.E.D. 証明終了 12』加藤元浩

2010年04月14日 | マンガ感想
「銀河の片隅にて」★☆ 3
~あらすじ~
オカルト否定派の大学教授が、宇宙人の絵に「興味深い」と発言し騒然となる。その後、絵が何者かに盗まれる事件が発生し、偶然居合わせた可奈にも疑いが向けられてしまう。

~感想~
作者の言うとおり、辻褄あわせに汲々となって「こうすればできる」というだけの真相になってしまった。
それでもシチュエーションの面白さと、犯人に対しての可奈の一言などはいいのだが。


「虹の鏡」★★★★ 8
~あらすじ~
「魔女の手の中に」続編。過去の燈馬が関わった事件の関係者が燈馬の行く先々で次々と命を狙われる。犯人の目的は? それとも燈馬が……?

~感想~
前作と密接に絡み合った、表裏一体の作品。
燈馬の足跡を追うという展開も面白く、最後にはやりすぎな気もする豪快な真相も待ち受ける。
丁寧な伏線と、あわせて一冊半に及ぶ分量で丹念に描かれた物語が読ませる良作。
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