ミャンマーでクーデターが起きて、今日でちょうど一年になる。その3カ月前の総選挙で、アウンサン・スーチー氏が率いるNDLが圧勝し、それを背景にミャンマーが民主化に一歩踏み出したその時である。
ミャンマー国軍は民主化のスーチー氏など指導者を拘束し全権を掌握している。この一年で1500人以上を殺害し、1万人近くを拘束している。
国軍は太平洋戦争後、一時を除いて長期間政権の中枢に存在し、多くの利権を権力の思いのまま吸い上げてきた。国軍は政権の座にいた時の甘い汁を忘れることができず、一旦民主化への道を容認してみたが、武力を持つ軍隊として容認出来なかったのであろう。
ミャンマー国民は温厚で、基本的には非暴力の仏教国である。それをいいことに国軍は極めて暴力的に、この国を制圧にかかってる。
国民の多くは認めることなく、一年目の今日沈黙のデモを抵抗をしている。一部は武器を持ち戦い始めているが、膠着状態は続くばかりである。継続的に多くの人が暴力の犠牲になっている。
日本はミャンマーと底流で繋がる、長い歴史を持っている親日国家である。国は出口を見えなくして、混迷の中にある。こんな時こそ日本の出番である。
安倍晋三は長期政権の最中、世界中を飛び回って金を振りまいてきた。30兆円を超えるといわれる金のバラマキ外交は、当該国に喜ばれるが国としての政策の協定も交流も生むことなかった。ミャンマーのクーデターの国軍政権への対応がそのいい例である。
欧米各国のように経済制裁だけでは、中国になびくだけである。現実にそのようになりつつある。国民との文化的交流を底辺に持つ日本なら、アウンサー将軍を支援し独立の支えた日本なら、ミャンマーでの立ち位置を探せるはずである。知性と信念があればであるが。
ところが実弟を大臣に据えた防衛大学校は、クーデター後も留学生を、何のてらいも条件もなく受け入れている。無策の安倍外交の象徴である。
人権団体や国連が非暴力の国民を支援している。政情不安で経済成功も滞りASEANからも孤立する国軍のミャンマーであるが、選挙を控え国軍内の動や近隣国家の動きなどを期待するしかないのだろうか。無策の日本を見ていると歯がゆくてならない。