欧州連合(EU)の行政を担う欧州委員会は、脱炭素社会の実現に向けて、原子力発電を地球温暖化対策に役立つエネルギー源だと位置づけると正式に決めた。CO2を排出しないということであろうが、それだけの評価で原発を容認するのは奇妙な話である。
先ずはなんといっても事故である。福島とチェルノブイリの事故は、不可逆的事故で絶望的である。国は経済活動を優先する。被害地、被害者を金で抑え込もうとする。被爆地をいくら洗浄してみても意味がない。放射性物質を移動させているに過ぎないからである。
目の届かないところに移せば、除染した、クリーンになっということになるであろうが、地上から消えたわけではない。放射性物質への考えが偏狭なのである。
人の生産活動の範囲、人の側からの時間域でしか放射性廃棄物を評価しないのである。人の時間域でしか見ないから、被爆した人だけの被害や影響を見るだけである。次世代や次々世代への評価は皆無である。数百年かけなければ影響を見ることができないが、今しか考えない。
事故がなくても変わりない。必ず排出される、無毒化まで10万年は要するとされる放射性廃棄物の、処理場所が地球上には存在しえないからである。
EUではドイツなどが反対していたりして、欧州委の決定の行き先は極めて不透明である。
EUは2050年の温室効果ガス排出実質ゼロをめざしている。原発をクリーン発電という決定は、単ある焦りであろう。
金をくれるんなら犯罪者であっても良いというようなものである。環境保護に石油や石炭で儲けた金をつぎ込むようなものである。