時空を超えて Beyond Time and Space

人生の断片から Fragmentary Notes in My Life 
   桑原靖夫のブログ

創られる市場:インド現代アートの人気

2006年10月04日 | グローバル化の断面

    インドの人口が近い将来中国を抜き、世界第一の人口大国となることが予測されている。それを見越したわけではないだろうが、このところ現代インド美術のブームが起きているといわれる。今の段階では、主たる顧客は裕福なインド人、とりわけインド国外に住んでいるインド人だが、客層は急速に拡大しているらしい。

  現代インド絵画を扱う世界中の画廊、オークション・サイトが活気を呈しているといわれる。とりわけ、大きな賞を獲得したメータやスーザ(Tyeb Mehta and F.N. Souza)などの作品は、2000年以降、価格も実に20倍近くになった。

  このブログで、中国アート市場の拡大について記したことがあったが、比較的注目されていなかったインド美術へもグローバル化の流れがまわってきたらしい。

  インターネットの力を借りて、現代インド絵画の取引額は2004年には2億ドル近くに達した。世界のアート市場の規模は300億ドルといわれるから、まだその比率は小さい。しかし、伸び率と将来性は莫大である。そのため、インド絵画は早くも大きな投資対象になっている。昨年9月オークションの対象となったメータの作品は、158万ドルで落札されたが、4年前は10万ドルにすぎなかった。現代インド美術はいくつか見てみたが、インド美術の鑑賞基準を持っていない私にはお手上げの領域である。

  1990年代末では、現代インドアートにはほとんど関心が払われなかった。しかし、今ではインドのディーラーばかりでなく、サザビー、クリスティなどの名うてのオークショナーが参加している。最近のクリムト、キルヒナーなどの競売取引もこうしたオークショナーが仕組んで作り上げた産物である。
  
  1980年代のバブル期に、金にまかせて美術品を買い込み、自分が死んだらコレクションも一緒に燃やしてくれといった御仁もいたらしい。パリの画廊で図らずも、そうした狂気にかられた人々の行動の一端を目にしたこともある。素晴らしい作品を自分のものにしていつも見ていたい。人が持っていないものを所有して誇示したい。そうした所有欲はある程度は理解できる。しかし、度が過ぎると、結果は私蔵される作品が増え、素晴らしい作品を人々の目から遠ざけてしまう。絵画の盗難事件が絶えないのは、背後にこうした異常な所有欲が働いていることもひとつの原因である。どうすれば、防ぐことができるだろうか。

  一人の画家の作品が世の中で一定の認知を獲得するまでには、さまざまなパトロンの存在も欠かせない。他方で、アートマーケットの仕組みは、次第に複雑怪奇なものになってきた。画家は「創る存在」でもあるが「創られる存在」でもある。


Reference
"A pretty picture", The economist September 16th 2006

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ロボットは仕立て屋に代わりうるか

2006年10月03日 | グローバル化の断面
  紡績、織布、縫製という工程を経る繊維産業は、産業革命以来の長い歴史を持っている。しかし、依然として人手を要する部分が多い。とりわけ、ビスボーク、オーダー・メイドといわれる特注高級品ほど人間の目や手、そして経験をベースとする微妙な作業に頼る部分が多い。テーラーメード Tailor-made とは、もともと主に紳士服や婦人用コート類を注文で作る専門の仕立屋、洋裁師によって作られた注文服のことを意味していた。

労働コストで勝負が決まる  
  既製品といわれる分野についても、縫製・加工の点で、ミシンかけ、ボタン付け、アイロンかけなど手作業を要する部分があるが、世界には機械加工よりも労働のコストが安い地域が多数ある。中国、インド、ヴェトナム、スリランカ、トルコなどの開発途上国がこうした仕事を引き受けている。

  インドだけでも80万ドル近い輸出規模で、1千万人近い雇用の機会を生み出している。雇用数という点では、繊維産業は農業に次ぐ大産業である。もし、衣服縫製産業がなくなったらその衝撃ははかりしれない。

窮地に立つ先進国  
  他方、後がないところまで追い込まれた先進国側も衣服縫製に大きな期待をかけている。もし人手をかけることなくロボットで衣服に仕立てることができれば、先進国に衣服産業を復活させることできる。このブログでも触れたように、日本そしてイタリアやアメリカの繊維・衣服産業が追いつけないのは、この人手のかかる工程であった。1980年代、「第3イタリア」論が注目を集めた頃、中世以来の繊維の町プラトーを訪ねた。当時は、経営者も自身を持って将来を話してくれたが、時代の変化は激しい。いまやプラトーも追い込まれている。省力化を極限まで追求し自動化できれば、先進国の衣服産業も再生が期待できる。
  
  中国上海郊外の縫製工場を見学したことがある。日本から送られた型紙に沿って裁断、加工などを最新の機械設備でこなし、商品コードから値札までつけて箱に入れ、日本のデパートに送るという作業である。生産ラインには若い女子工員がはりついていた。設備がきわめて新しく、しかも労働者数が少ないのに驚かされた。
  
  その前に、愛知県三河で古い工業用ミシンを使って、高齢者と中国人研修生に頼っての旧態以前たる縫製工場を見た後だったので、勝負は一目瞭然だった。一瞬日本と中国の位置関係を逆にしそうな錯覚に陥った。

逆転はなるか 
  ヨーロッパの繊維企業と国際機関が最後の挑戦を行っている。「馬跳びプロジェクト」Leapfrog projectの名の下で、縫製加工の完全自動化を目指している。プロジェクトには3つの重点目標がある。衣服縫製の完全自動化、新繊維の開発そしてデザインである。
  
  来年にはパイロット生産が可能かともいわれている「馬跳びプロジェクト」の最も重要な工程は、生地を損なうことなく取り扱う作業にある。この大役は、イタリア・ジェノア大学の「デザイン・測定・自動化・ロボット化研究所」にゆだねられた。生地の扱いが解決されると、次の課題はいかに縫うことかである。Molfino はドイツの縫製メーカーPhilipp Moll、イタリアの技術研究企業STAMと協力して、体型の変化するマネキンに対応して製作する。コンピューター・グラフィックス、アニメーション、ナノテクノロジーの成果を使い切って対抗しようとの構想である。
  
  こうした計画が中国、ヴェトナムなど労働コストの安い地域への対抗手段となりうるか、今の段階ではまだ先がみえない。EUの11カ国は、このために16mユーロ(30Mドル)を拠出した。Hugo BossやLa Redounteなども出資している。タイムアップ寸前までに追い込まれたEU繊維産業が土壇場にかける大勝負といわれる。ゴールはなるだろうか。


Reference
”Closing the circle”. The Economist July 15th 2006
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画題の残る唯一の絵

2006年10月02日 | ジョルジュ・ド・ラ・トゥールの書棚

ラ・トゥールの書棚

Paulette Chone. Georges de La Tour un peintre lorrain au XVIIe siecle. Tournai: Casterman, 1996.   

  ラ・トゥールに関する研究文献の中で、本書はいわば中級専門書の部類に入るだろうか。多少なりともこの希有な画家の世界に足を踏み入れ、その魅力に惹かれた者には、手元において折に触れて眺めてみたい書籍である。作品を展覧会などで見た後、画家の出自や社会的背景などについてもう一段深く知りたい人にも、大変適切な一冊である。
  前半で画家の出自、生涯、後半で作品解題がなされている。とりわけ、興味深いのは前半部である。過半のページを費やして、展開されているラ・トゥールの生涯やロレーヌの社会や宗教について、多数の興味ある図版を含めて説明がなされている。17世紀前半という遠く離れた時空が少し近づき、この画家が過ごしたロレーヌの輪郭がくっきりと浮かんでくる。本書では、作品よりも、この地域に固有な文化的・社会的風土の解明にかなり力点が置かれている。
  その中には、他の研究文献には含まれていない貴重な記述や資料がかなり掲載されている。それは著者のChoneがこの時代のロレーヌに関する傑出した研究者であり、紋章やイメージに関する膨大な研究を残していることに基づいている。とりわけ興味を惹くのは、16世紀後半から17世紀にかけてのヴィックやリュネヴィルに関する考証がしっかり行われている点である。この点もいずれ少し立ち入ってみたい。   
  表紙には、「聖アレクシスの遺骸の発見」が使われており、大型版の大変美しい装丁である。このテーマの作品については、発見された当時は直ちにラ・トゥールの真作とされた。特記すべきことは、この画家の作品の中で唯一画題とその意味が明らかになっていることである。「1648年、ラ・フェルテのために描かれた聖アレクシス」である。他の作品については、すべて後世の研究者などによる推定である。   
  その後検討が進み、今日では現存する同一テーマの2点の作品は、ラ・トゥールの真作に基づく模作(非真作)ではないかとされるようになった(真作はあのラ・フェルテに献上されたものらしい)。しかし、十分決着がついているわけではない。しかし、少なくとも、ラ・トゥールの真作に基づく模作であることまでは確認されている。他のラ・トゥールの作品と同様に、静謐な美しさで見る人は思わず画面に引き込まれて行く。

本書の構成は次の通りである:


Sommaire
Introduction
I. A vic
II. Les années de formation
III. De Vic à Lunéville
IV. Le temps des fléaux
V. Un peintre officiel
VI. Les dernières années

L'oeuvre peint des Georges de La Tour
I. Types populaires
II. Proverbes et paraboles
III. Image des saints
IV. Sujets évangéliques
V. Le Livre de Job

Chronologie
Bibliographie

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国際競争力の源泉

2006年10月01日 | グローバル化の断面
  

    多くの人が注目するようになった World Economic Forum 國際競争力 competitiveness 評価(2006年)が公表された。10位までの順位をみると、1)スイス、2)フィンランド、3)スエーデン、4)シンガポール、5)アメリカ、6)日本、7)ドイツ、8)イギリス、9)香港、10)台湾となっている。

  スイスという小国に次いで、高福祉・高負担のスカンディナヴィア諸国が上位を占めていること、アメリカが前年の第1位から5位にランクを落としていることが目立つ。代わって日本が浮上し、ドイツと肩を並べるまでになった。日本の復活はご同慶のいたりだが、内容は問題山積である。

  注目すべき点のひとつは、スイス、シンガポール、香港、台湾などの地理学上の小国が継続して、大きな存在感を発揮していることである。いずれも、それぞれが得意とする産業分野での技術革新を成長力の源として重視している。

  天然資源などに恵まれた国ではないが、長期的視野の下で、常にグローバルな市場を意識していることが、強い競争力を維持・活性化させている最大の原因だろう。その背景には高い教育水準と技術力重視の立国方針がはっきり見て取れる。イノベーションを掲げる日本の安倍内閣だが、その政策方向は読み取りがたい。「美しい国日本」の骨格はなにによって作られるのか。10年後の2016年、そして2050年に日本はどんな国になっているだろうか。


Reference
"International Competitiveness." The Economist September 30th 2006.
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