詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

破棄された詩のための注釈13

2020-08-25 08:59:52 | 破棄された詩のための注釈
破棄された詩のための注釈13
                         谷内修三2020年08月25日

 いかがわしい俗語を発した瞬間、顔つきが変わった。美しくなった。自覚しているのか、振り返りぎわに視線を流してきた。真昼の光よりも強いものがあった。
 そうなのか。そうかもしれない。

 美は、唐突に現れる抽象ではない。具体に潜む瞬間的な絶対である。ことばにすることは不可能である。

 そうなのか。そうではないかもしれない。

 耳の奥に、遠い山の中を流れる川の音がした。裸で泳いだ、あの夏。巨大な石の上に座って、私は何を振り返ったのだったか。
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破棄された詩のための注釈12

2020-08-13 14:55:38 | 破棄された詩のための注釈
破棄された詩のための注釈12
             谷内修三2020年08月13日

 「胃の痛みについては」、別の詩でこう書つづけている。「何も語らなかった。川の流れを見ていた。去っていくものを頼りに、痛みを流しているようだった。」
 別の詩では、ことばを複数の人間に分け与えている。
 「頭の中で、全部考えた。感情を動かさないようにするために、川を見に行った。」
 「感情を読みたくない。不謹慎だ。散文だけで充分だ。」
 「痛みは、不道徳だ。」
 しかし、文体の変更はむずかしい。反論を重ねてしまうという癖があらわれ、登場人物をひとりに集約させてしまう。
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破棄された詩のための注釈11

2020-08-11 21:58:35 | 破棄された詩のための注釈
破棄された詩のための注釈11
             谷内修三2020年08月11日

 「不敬罪美術展」から排除された陳列物。
 一、薔薇の模型。銅製。背中の丸い虫が止まっている。理由。膣に似ている。
 一、下唇を半分剥き出しにした赤ん坊の泣き顔。理由。だれの子どもかわからない。
 一、勃起した陰茎。理由。睾丸がついていない。
 一、肛門の菊。理由。性別不明。

 許された展示物。
 一、右記の、ことば。ただし、手書きであることが条件。ゆえに、存在しない。
 一、「死は遺体を焼き、骨を拾い、壺に入らないものは砕いて捨てるまでつづいた。」という行を含む百行の詩。作者不詳。
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破棄された詩のための注釈10

2020-08-10 11:33:06 | 破棄された詩のための注釈
破棄された詩のための注釈10
             谷内修三2020年08月10日

 ある現実と、その現実とは無関係な論理が出会うと、ことばが不規則な幻想を生み出す。このことばの運動が「批評」と呼ばれる。「現代詩」の世界では。
 例1 腋の下の窪みと鎖骨の窪みはどこでつながっているか。全身を黒い布で覆うムスリムの欲望でつながっている。
 例2
 例3

 書かれたあとで、傍線で消されたのは、「例1」ではなく、その前の「注釈」である。「例2」「例3」は空白のまま、やはり傍線で消された。
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破棄された詩のための注釈09

2020-08-09 19:26:14 | 破棄された詩のための注釈
破棄された詩のための注釈09
             谷内修三2020年08月09日

 雨が降っていたので、いつもより街灯が早く灯った。しかし雨のために、ぼんやりとした光になり、気づくひとは少なかった。車のヘッドライトの方に気がとられているのかもしれない。街灯とヘッドライト、さらにブレーキランプの赤い色が横断歩道の上でにじんだように広がるのは、雨がよほど細かいからだろう。
 その街の名前から注意をそらすために、詩人は強引に「注釈」を書いた。固有名詞を捨て去るためでもあった。六月のおわりのことである。熱い紅茶にミルクを入れて飲んだ。
 ラジオが、九十三分つづくクラシックを流している。どうしてだろう。テーブルの白い皿の上に葉っぱのついたままのラディッシュとチーズがあった。
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破棄された詩のための注釈08

2020-08-06 21:03:01 | 破棄された詩のための注釈
破棄された詩のための注釈08
                         谷内修三2020年08月06日

 スターバックの交差点。人込みから押されるようにあらわれた男の前をバスが右折するとき、「私はまだ私を取り除いていない」ということばがあらわれた。しかし、バスが曲がり切ってしまうと、「私はまだ私を取り除いていない」ということばは、男のように消えてしまっていた。
 「きょうへつづいている昨日へか、きょうからつづいている明日へか」ということばのかわりに、野菜チェーン店に並ぶアスパラガスの色を書いた。降りこんだ雨に濡れている新聞紙のくらい灰色に似合う、その色を。



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破棄された詩のための注釈07

2020-08-05 14:46:00 | 破棄された詩のための注釈
破棄された詩のための注釈07
             谷内修三2020年08月05日

 「何も叫んでいないのに、もう叫び声が聞こえる」と書きたかったが、ナイフは感情を持っているかのように、突然、動かなくなった。窓ガラスが姿を映すのを嫌って、カーテンはいつもしまっている。
 わかるものか。まばたき。うずく。三つのことばには*がつけられているが、注釈は残されていない。
 「話さないこととと意思を持たぬことはまったく別物」は、「許さないことと意思を持たぬことはまったく別物」と読むこともできた。

 「聞こえないはずなのに、まだ聞こえる」だったかもしれない。
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破棄された詩のための注釈06

2020-08-03 23:34:03 | 破棄された詩のための注釈
破棄された詩のための注釈06
             谷内修三2020年08月03日

 「夕刊」には、五年間住んでいたアパートの写真が出ていた。そのため、何度も読み返したが、夕日があたるとモルタル壁の色が変わること、裏側に鉄の非常階段があることは書いてなかった。
 窓から、遠い川がかすかに見えることも。
 干潮には川の底が見え、満潮には橋の上から覗くと顔が映るのが見えた。
 『右岸の水』という詩集を街の印刷屋で百部印刷した。一日五通ずつ封筒に入れて、郵便局まで投函しに行った。その中の一篇は、アパートの扉には、郵便を投げ入れる穴があって、夕刊はその穴にいつも差し込まれていたことをテーマにしている。

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破棄された詩のための注釈05

2020-08-02 19:19:09 | 破棄された詩のための注釈
破棄された詩のための注釈05
             谷内修三2020年08月02日

 窓について書かれた九つの詩に出てくる「雨が降りつづいている、私の窓ガラスの上に」は、自分がいやになっていた、という意味である。ベッドのなかで、ありふれたことをしたあと、外を見ると雨が降っていた。
 その雨に、雨の日にバスを重ねた。
 乗っている人は、みな前を向いている。その整然と並んだ横顔。まるで、ことばをつかわずに、過去を思い出しているようだった。
 「私」は、これからバスに乗って、長い橋を渡って帰る「ことば」になる。
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破棄された詩のための注釈04

2020-07-31 23:16:34 | 破棄された詩のための注釈
破棄された詩のための注釈04
             谷内修三2020年7月31日


 「とりかえしのつかないことをしてしまった」と要約されたのは、奥の鏡に映っていたのが梔子だったか、花ではなく花びらの白く厚い記憶、あるいはことばだったか、もう思い出すことはできない。
 雨の降る音にあわせて、ゆっくり考えてみるが、はっきりしない。
 しかし「梔子」については、明らかである。それは比喩であり、そしてだれもが想像するように、見覚えのある肩から顎へかけての、肌のなめらかさを意味していた。記憶の鏡が映し出すものは、いつでも「見覚えのある」ものであり、「とりかえしのつかいな」ことである。

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破棄された詩のための注釈03

2020-07-30 17:51:16 | 破棄された詩のための注釈
破棄された詩のための注釈03

 「雨が、恋人がなかにいるのを見つけたときのように、窓を叩いた」ということばと、「額にはりついた濡れた髪」という剽窃されたことばを知っていることを示すために、男は額にはりついた髪を指でなで上げた。
 それから二人は近くのホテルへ駆け込んだ。
 ひとりが先に声を上げる、ひとりがそれをおしとどめ、追い越す。「作品と批評との、理想の関係のように。」
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破棄された詩のための注釈02

2020-07-29 00:30:42 | 破棄された詩のための注釈
破棄された詩のための注釈02
                             2020年7月29日


 荒廃した人格の一部は、若いときの恋人によってつくられたものだが、彼女には意識できていなかった。それは階段をのぼるとき、手すりをもつのではなく、壁に手を這わせる癖となって出ていた。
 この文章は削除され、別の散文詩の一場面につかわれた。かわりに、こう書かれた。
 階段をのぼりながら、女はこころのなかで、後ろからついてくる男をあざ笑った。そうしないと絶頂に達しないからだ。そして、まだ何もしていないのに、足もとがふらついた。
 しかし、その描写には、「悪魔的描写」をするという作家の文体がまじっていることに気づいたのか、さらに書き直された。
 踊り場の高い窓から射してくる白い光は、スカートに触れて青い色を散らした。
 陳腐だ。男は唾を吐き、陳腐さを隠すために、こうつづけた。

 踊り場の高い窓から射してくる白い光は、スカートに触れて青い色を散らした、という夢を見てはいけない。このことばは、自画像として、いつまでも彼女を苛んだ。
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破棄された詩のための注釈01

2020-07-27 22:54:36 | 破棄された詩のための注釈

破棄された詩のための注釈01

 「花は盛りを過ぎていた」と書いて消した。「花は、これから開こうとしていた」の方が、主人公の悲しみを孤立させる、より印象的になると思った。しかし「花は」と書いたあと、ふたたび「盛りを過ぎていた」とつづけてしまった。
 深紅の花弁のふちにあらわれた細い金色が、花を浸食する錆のように思えた。
 どうしても、「錆」ということばを書きたかったからである。
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