詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

小津安二郎監督「小早川家の秋」「宗方姉妹」

2024-06-22 00:20:32 | 映画

小津安二郎監督「小早川家の秋」「宗方姉妹」

 昔の役者は、みんなうまいなあ。リアリティーそのものに関して言えば、いまの役者の方がうまいのかもしれないが、味が違う。
 「小早川家の秋」のなかで、原節子が、「人間は品行は変えられても、品性は変えられない」というようなことを言うが、なんというか、昔の役者は「品性」を演じる。いまの役者は、「品性のなさ」をさらけ出すことを演技と思っているのかもしれない、とふいに思ったりした。
 その「品性」に関して言えば、たとえば「小早川家の秋」のなかで、原節子と司葉子が会話するとき、いっしょに腰を下ろしたり、立ち上がったりする。その呼吸が、ぴったりそろっている。同じスピード、同じリズムである。「動き」が肉体に染みついている。それが「品性」というものかもしれない。
 これは中村鴈治郎が浪花千栄子の家で、廊下に雑巾がけをするシーンにもあらわれている。中村鴈治郎が実生活で雑巾がけをするかどうかはしらないが、まあ、しないだろう。しかし、その雑巾がけの動きをきちんと「肉体」で表現できる。したことがない動きまで「肉体」にしみこんでいる。なにか、「しつけ」のようなものを感じる。「しつけ」がしっかりしているから、すべてが「さま」になる。和服を着て、街をさっさと歩くシーンが、とてもかっこいい。足が動いているのが、ズボンをはいて歩く男の足よりも、なんというか「自在」に見える。裸で歩いても、あんなふうに足が動いていると見えるかどうかわからない。色っぽいのである。別に、色を売って歩いているわけではないのだが。歌舞伎役者は足が大切だが、いやあ、あんなふうにして足の動きがそのまま肉体そのものを感じさせるなんて、すごいものだなあ。
 脱線したが。
 もちろん「品」にもいろいろあって。「上品」だけが「品」ではない。それこそ「変えられない品性」が問題になるときもあるのだが、これを杉村春子が、とても味わい深く演じる。「減らず口」というか「憎々しい」ことをずけずけ言うのだが、ふいに、そのことばの奥から「なつかしさ」がこみあげてきて、泣きだしてしまう。その突然の変化のなかに、ああ、このひとのなかにも、自分を守って生きていくことの困難さがある、それがこんなふうに暴走するのだとと感じさせてくれる。
 「自分のなかにある何かを守る」が、たぶん「品性」に通じるのだと思う。原節子も司葉子も「自分を守る」のである。そして、そのとき「品性」があらわれる。
 小津の映画に特徴的な「日本家屋」の美しさ、その遠近感のある描写にも、それにつうじる「品性の美しさ」がある。日本の住宅がもっている大切なものを手放さない、という感じが、「品性」となって具体化している。
 ということとは別にして。
 「小早川家の秋」で、えっ、このシーンは何? と思ったのが、笠智衆。烏が多いなあ、誰か死んだのかなあ、というようなことをぽつりともらすのだが。そのシーン、必要? たぶん、なくても映画は完璧である。しかし、小津は、どうしても笠智衆を撮りたかったんだろうなあ。笠智衆は演技するのではなく、いつも「品性」として、そこに存在するのである。
 「宗方姉妹」は、その笠智衆が娘の高峰秀子のことを「こいつは舌を出すんだ。おや、きょうは出さないか。そろそろ出すかな」とからかう。このときの「口調」がやはり「品性」そのものである。いまは、こんな台詞回しができる役者はいないし、役者だけではなく、現実社会のなかでも、そういう口調で他人をからかうことができるひとはいない。
 人間の「品性」がなくなってしまったのだと思わずにはいられない。
 それにしても、高峰秀子はすごいなあ。この映画のなかでは、「芝居」をする。上原謙を前に、上原謙と田中絹代の「過去の恋」を語って見せるのだが、その語りは「芝居」である。映画そのものが「芝居」なのだが、そのなかでもう一度「演じる」。それが、ちゃんと「演じている」をわからせる演技である。そして「劇中劇」ともいえる「一人芝居」のなかに、一歩控えめの呼吸があり、それが「品」となってあらわれている。主観的だけれど、どこかに客観的な要素を残している。どんなときでも主観に溺れない。
 田中絹代にも、絶対的な「品」がある。それは、「古くならないものが新しい」ということばのなかに結晶しているが、これはやはり「自分のなかにあるかわらないものを愛する、大切にする」ということだろう。田中絹代は原節子と比較すると、不透明である。「実体」がある、という感じがすごい。
 それにしても小津の映画の構造はおもしろい。いつも「遠近感」が独特である。日本の家屋の室内だけではなく、それは外の風景を撮るときでも同じである。田中絹代と高峰秀子が薬師寺で弁当を食べるシーン。スクリーンの右側に松の木が半分だけ映っている。それが半分であることによって、映像の「枠」が強調される。その「枠」は「内側」を強調するのではなく、この「枠」の外には広い世界があると知らせる。そして、その「外」と「内」は呼吸している(通い合っている)ということを教える。
 小津の「室内」が狭いのに広いのは、「遠近感」を通して、「室内」が「屋外」と結びついている。「空気」が「内」と「外」を結んでいる、つながっているということを教えてくれるからだ。
 いま書いた「内と外」の関係を、小津の映画の登場人物の「個人」のなかに見ていくと、また、おもしろいものが見えてくるだろうと思う。笠智衆も原節子も、登場人物の「内と外」を演技のなかでしずかに交錯させている。「内」になるものが「品」、「外」にあたるのが「品行(行動)」かもしれないなあ。
 原節子が、司葉子に対して「それがいいと思う、そうなると思っていた」というようなことを言うときの「内」から「外」へ出て行き、司葉子の「内」を支えるもの。さらに、そういうことを強調するように「私は、いまの私のままでいい」という。「私であること」。それが「品」だろうなあ。

 

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