2024年07月11日の読売新聞(西部版、14版)に、「特ダネ」が載っている。リーク先は「複数の政府関係者」。誰かがリークし、それが本当かどうか確かめるために、別の政府関係者にも確かめたようだ。
政府は、重大なサイバー攻撃を未然に防ぐ「能動的サイバー防御」で、自衛隊の新任務を創設する方向で調整に入った。武力攻撃事態に至らない平時に、発電所などの重要インフラや政府機関を守るため、攻撃元サーバーへの侵入・無害化措置を行う権限を与えることを検討している。
複数の政府関係者が明らかにした。
これを、見出しでは、こう書いている。
自衛隊 平時も無害化権限/能動サイバー防御/新任務検討/対インフラ攻撃
こういう「特ダネ」は何のために書かれるか。以前にも指摘したが、そこにつかわれていることばに対する「読者(市民)」の反応を見るためである。あるいは、読者(市民)に対して、これから政府が発表する「政策」に驚かないようにするためてある。過激な反応をしないようにするためである。「あ、そのニュース、もう知っている」と感じさせるために「特ダネ」記事(リーク記事)は書かれる。
「発電所が中国や北朝鮮からサイバー攻撃され、電気が止まったら生活ができない。なんとかして防いでほしい」と読者は思う。「わかりました。サイバー攻撃される前に、攻撃元のサイバーに侵入し、攻撃できないようにしたいと思います。攻撃元のサイバーを『無害化』するために、自衛隊に、その権限を与えたいと思います」「ああ、それなら安心ですね」。
こういう具合に、読者(市民)が反応するかどうか確認するためである。
で、ここで問題になるのは、その「内容」もさることながら、「表現」である。「政府関係者」は、攻撃元のサイバーに「侵入し、攻撃する」とは言っていない。「侵入はするが、攻撃ではなく、無害化措置を行う」。
「無害化」という聞き慣れないことば(表現)がつかわれている。
しかし、実際は、あるサーバーに侵入し(ハッキングし)、その機能を阻害するわけだから、これは「攻撃」である。「攻撃」なのに、それを「攻撃」とは呼ばずに「無害化」と言う。「無害化」によって、日本の発電所が攻撃されなくなる。
これは対象が「サイバー」だから、実際には何が起こっているか、傍からはわからない。その「攻撃」によって、誰かが死ぬわけではないだろう。だから、たぶん、読者(市民)は、そのまま何の疑問ももたずに記事を読み、「無害化」ということばも受け入れるだろう--たぶん、「政府関係者」も、リークされた記者(書いた記者)も、そう思っている。
ここに、危険性がある。
ことばはいったん「受け入れられる」と、どんどん拡散していく。きっと、この「無害化」は「サイバー」を対象とした表現にだけ限定してつかわれるのではなく、ほかの対象、たとえばミサイルに対してもつかわれるようになるだろう。
中国の(北朝鮮の)ミサイルを「無害化」するために、そのミサイル基地(敵基地)を攻撃する。それは「攻撃」ではなく、「無害化」である。
少し前は、この「敵基地攻撃」を攻撃することを「反撃」と呼んでいた。攻撃されたら、日本国内で「防戦」するだけではなく、その攻撃元に反撃する。「防戦」には限界がある。で、それが「防戦」→「反撃」から、「抑止力(=先制攻撃)の誇示」を含むものへと、じわじわと変わってきている。
でも、この「反撃」にしろ「先制攻撃」にしろ、そこには「撃」という文字が含まれていて、どうしても危険な感じがする。
この印象を、どうやって「消す」か。どうやって「隠す」か。
「攻撃」ではなく「無害化」では、どうだろう。「無害」なら、だれも傷つかない。だれも危険な目にあわない。そう思わせるために、ことばが選択されている。
注意深く読めば、その前段に「武力攻撃事態に至らない平時に」という表現もある。「平時」から、自衛隊は仮想敵国のサイバーに対して「無害化」を掲げて攻撃をするのである。攻撃してきたのが自衛隊であるとわかれば、仮想敵国は自衛隊に対して、あるいはサイバー防衛システムがととのっていないあらゆる企業に対して「反撃」してくるだろう。そういう「危険性」については、記事は何も書かない。「新任務」によって日本は安全になる、と主張するだけである。
この「無害化(権限)」は、これから先、使用頻度が高くなっていくに違いない。
ことばというのはとても奇妙なもので、発した人と、受け止めた人では「意味」が違うことがある。そして、その「違った意味」が暴走していくことがある。
「戦争法」のとき問題になった「集団的自衛権」という表現は、もともとは同盟国であるアメリカが攻撃されたら、それを日本への攻撃と見なし、アメリカといっしょになって自衛隊が戦う権利を指すが、多くの市民が「日本が攻撃されたら日本だけでは守れない。アメリカのほかにフィリピンや台湾、そのほかのアジアの諸国と集団で中国、北朝鮮と戦わなければならない。多くの国と協力するのはいいことだ」と受け止め、「集団的自衛権に賛成」という声が広がった。「集団で日本を守る」と受け止められ、広がった。この「誤解」を自民党(あるいは安倍)は「修正」しようとしたことはないし、私の読んだ限りでは、読売新聞にも「集団的自衛権=集団で日本を守る」という理解が間違っていると指摘する記事は書かれていない。「誤解」をいいことに、「集団的自衛権」を推進したのである。
平成天皇の「生前退位」ということばでは、とてもおもしろいことも起きた。だれが「リーク」したのかまだ明らかになっていないが、美智子皇后(当時)が誕生日の談話で「生前退位ということばは聞いたことがなく、胸を痛めた」というような趣旨のことを言った。これは「リーク元」は宮内庁ではあり得ないことを意味する。なぜなら、天皇・皇后や皇室を含め宮内庁関係者は「生前退位」という表現をつかったことがないからだ。(歴史的にも、そういう表現は出てこない、と美智子皇后は言っていた。)つまり、これは間接的に、「リーク元」が「政府関係者」であることを意味する。この談話の直後(その当日だったか、その翌日だったか)、読売新聞はあわてて(率先して)「生前退位」ではなく「退位」という表現をつかい、それに他のマスコミも追随した。きっと「政府関係者」が「生前退位」という表現をつかうのをやめてくれ、と言ってきたのだろう。
ことばがどうかわっていくか。
新しいことばは何をねらって「発明」されたのか。
ことばの変化の「危険性」に注目してニュースを読む必要がある。今後、あらゆる領域で「無力化(権限)」ということばがつかわれるようになるだろう。その実質は何を指しているか、隠されたことばを掘り起こすことが大切になる。
**********************************************************************
★「詩はどこにあるか」オンライン講座★
メール、googlemeetを使っての「現代詩オンライン講座」です。
メール(宛て先=yachisyuso@gmail.com)で作品を送ってください。
詩への感想、推敲のヒントをメール、ネット会議でお伝えします。
★メール講座★
随時受け付け。
料金は1篇(40字×20行以内、1000円)
(20行を超える場合は、40行まで2000円、60行まで3000円、20行ごとに1000円追加)
1週間以内に、講評を返信します。
講評後の、質問などのやりとりは、1回につき500円。
★ネット会議講座(googlemeetかskype使用)★
随時受け付け。ただし、予約制。
1回30分、1000円。(長い詩の場合は60分まで延長、2000円)
メール送信の際、対話希望日、希望時間をお書きください。折り返し、対話可能日をお知らせします。
費用は月末に 1か月分を指定口座(返信の際、お知らせします)に振り込んでください。
作品は、A判サイズのワード文書でお送りください。
お申し込み・問い合わせは、
yachisyuso@gmail.com
また朝日カルチャーセンター福岡でも、講座を開いています。
毎月第1、第3月曜日13時-14時30分。
〒812-0011 福岡県福岡市博多区博多駅前2-1-1
電話 092-431-7751 / FAX 092-412-8571
*
オンデマンドで以下の本を発売中です。
(1)詩集『誤読』100ページ。1500円(送料別)
嵯峨信之の詩集『時刻表』を批評するという形式で詩を書いています。
https://www.seichoku.com/user_data/booksale.php?id=168072512
(2)評論『中井久夫訳「カヴァフィス全詩集」を読む』396ページ。2500円(送料別)
読売文学賞(翻訳)受賞の中井の訳の魅力を、全編にわたって紹介。
https://www.seichoku.com/user_data/booksale.php?id=168073009
(3)評論『高橋睦郎「つい昨日のこと」を読む』314ページ。2500円(送料別)
2018年の話題の詩集の全編を批評しています。
https://www.seichoku.com/user_data/booksale.php?id=168074804
(4)評論『ことばと沈黙、沈黙と音楽』190ページ。2000円(送料別)
『聴くと聞こえる』についての批評をまとめたものです。
https://www.seichoku.com/user_data/booksale.php?id=168073455
(5)評論『天皇の悲鳴』72ページ。1000円(送料別)
2016年の「象徴としての務め」メッセージにこめられた天皇の真意と、安倍政権の攻防を描く。
https://www.seichoku.com/user_data/booksale.php?id=168072977
問い合わせ先 yachisyuso@gmail.com