採集生活

お菓子作り、ジャム作り、料理などについての記録

シャーナーメあらすじ:7.ザールとルーダーベの話(4/4)

2023-02-10 | +シャー・ナーメあらすじ(挿絵付き)

ようやく4/4になりました。
読んで下さった方、ありがとうございました。興味なかった方、今週はこういうのばっかで失礼しました
このザールとルーダーベの息子が、シャーナーメ中盤の主要な登場人物になります。シャーナーメで一番有名なヒーローかも。
次の章は彼の生誕と幼少時の、短い章です。(まだほとんど準備が出来ていないので、しばらく後になります)

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7.ザールとルーダーベの話(4/4)
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■登場人物
ザール:シスタン、ザブリスタンの若王(跡継ぎ)。生まれつきの白髪。Zal
ミフラーブ:ザールの支配地域にあるカボルの領主(アラブ系で、かつてイラン王位を簒奪した悪王ザハクの子孫)。Mehrab / メフラーブ
シンドゥクト:ミフラーブの妃 Sindukht
ルーダーベ:ミフラーブの娘 Rudaba / Rudabeh / ルーダーバ
サーム:ザブリスタンの先王。ザールの父で、ザールに後を託してマヌチフルの命令でマザンダランとカルガサールに遠征中。Sam / Saam
マヌチフル:ザブリスタンが臣従する、大イラン帝国の王。シャー。Manuchifl

カボル(地名):ミフラーブの治める地域。カーブル / カブル / カブール / Kabol / Kabul。現在のアフガニスタン北東部。
マザンダラン(地名):マヌチフルの命でサームが遠征に行った土地。Mazandaran
カルガサール(地名):マヌチフルの命でサームが遠征に行った土地(または民族)。ゴルグザランとも。Kargasar / Gorgsārān

■概要
マヌチフルによるカボル攻撃命令は、ミフラーブを再び動揺させます。
彼は妻シンドゥクトに怒りをぶつけますが、シンドゥクトは自身の命と全財産を賭けてサームとの交渉に臨みます。
サームは、その正体を知らないまま、女使節とその家族の安泰を誓い、また正体を知ったのちも、カボルとの友好を約束します。
マヌチフルは捨て身の覚悟でやってきたザールに心をうたれ、彼の望みを叶えてやることにします。
ザールは、賢者たちの問う謎に見事にこたえ、また弓矢や騎馬試合にも勝ち、シャーと王宮の皆に能力を見せつけて、褒美の品とともにサームのもとに戻ります。
サームとザールはともにカボルを訪ね、カボルにて、ザールとルーダーベの結婚式が執り行われます。

■ものがたり

□□15.ミフラーブ、シンドゥクトに怒る 

さて、一方カボルでは、マヌチフルの命令でサームが進軍してきたことが伝わるや、ミフラーブは怒り狂いました。
彼はシンドゥクトを呼び出して、怒りを彼女に対してぶつけました。
「私には帝国の君主に立ち向かう力はない。お前とその下劣な娘を公衆の面前で殺して、それで王をなだめるしかない。誰があのサームと闘うというのか。」

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●シンドゥクトに怒りをぶつけるミフラーブ83v

シンドゥクトは彼の前に跪き、考えを巡らせました。ミフラーブは怒りでギラギラと輝くほどです。
「閣下、わたくしがサームのところへ参ります。わたくしは命を賭けて彼に訴えてみますので、あなたは財産を賭けて下さい。私に宝物を預けて頂けますか。」
「よろしい、これが宝物庫の鍵だ。奴隷、馬、王座、王冠、何でも持って行くがいい。いっとき衰えても、国を炎から救えるのならば再び輝かせることができるだろう。」
「我が君、わたくしが出かけている間、ルーダーベを傷つけないことを誓ってください。わたくしは彼女をこの世の何よりも大切に思っています。」
夫が誓うと、彼女は出発する準備をしました。彼女は金襴の錦を身に纏い、真珠と宝石を頭に飾りました。そして数々の贈り物・・・。
30万枚の金貨、黄金の装身具をつけたアラブ馬30頭、銀の馬具をつけたペルシャ馬。黄金の胴着をつけた奴隷60人がそれぞれ、樟脳や麝香、金、トルコ石、あらゆる種類の宝石を詰めたゴブレットを持っています。更に、様々な宝石を縫い付けた金の鎧が40枚、銀や金で細工したインドの太刀が200本―そのうち30本の刃には毒が塗ってあります―、赤毛の雌ラクダ百頭、荷物用ラバ百頭、宝石の冠、腕輪、腕輪、耳輪。
そしてまた、様々な宝石がはめ込まれた夢のように美しい金の玉座―その幅は二十キュビト、高さはりっぱな戦士の身長ほどもあります―、 最後に、4頭の強大なインド象が、衣服や絨毯がぎっしり詰まった梱を運んできました。

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●贈り物の行列84v

このような準備が整うと、彼女はすぐに馬に乗り、サームの野営地に向かいました。

□□15.サーム、シンドゥクトの心を癒す 

彼女は到着すると、自分の名は告げず、衛兵に
「カボルからの使者が、戦士ミフラーブから世界の征服者サームに伝言を持って参りました」
と告げました。
従者が取り次ぐと、シンドゥクトは馬を降りてサームの前で地面に接吻し、サームと将軍たちを称えました。そして、数々の贈り物を一つ一つサームの前に披露し、その列は2マイルにも及びました。

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●サームに挨拶するシンドゥクト84v


サームはその光景に驚き、まるで酔ったかのようにクラクラとしつつも、両腕を組んで考え込みました。
「このように豊かな国から、女性の使節が来るのか? そしてもし私自身がこの女からこれらを受け取れば、私に戦を命じたマヌチフル王は不機嫌になるだろう。もし私がこれらを返せば、ザールはシムルグのように激怒して立ち上がるだろう。」
彼がついに出した結論はこのようなものでした。
「これらの贈り物は、カボルの美しい女使節からとして、ザールの会計係に渡してくれ。」

シンドゥクトは贈り物が受け入れられたことに安堵して言いました。
「閣下のこの度の進軍について、もし非があるとすればそれは領主ミフラーブのみであり、いま彼は血の涙を流しております。カボルの人民には罪はありません。彼らはあなたの足の塵の下にある奴隷であり、町全体があなたのために生きているのです。どうか明星と太陽の創造主を畏れ、流血を避けて下さい。」
サームは言いました。
「私の質問に答えて下さい。あなたはミフラーブの奴隷でしょうか、それとも彼のお妃―ザールが見た姫のお母上ーですか。どうかその娘の背丈、容貌、髪、性格や知恵を教えて下さい。彼女が彼にふさわしいかどうか分かるように。」

シンドゥクトは答えました。
「我が君、最も偉大な君主よ、わたくしには館や財産があり沢山の親族がおります。これらのもの、わたくしやわたくしの愛する者たちを傷つけないと誓ってください。そうすれば質問にお答えいたします。」
サームは彼女の手をとって誓いました。

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●シンドゥクトの手をとって誓うサーム85v

シンドゥクトは地面に接吻し、隠していたことを告げました。
「わたくしは、カボルの領主でありザハクの一族であるミフラーブの妃です。わたくしは、ザール殿が思いを寄せるルーダーベの母親です。我々と我が領民はそもそもシャーと閣下に臣従を誓っておりました。
今、わたくしはあなたの意思を知るために参りました。
もし領主の我々がそこを治めるに値しないのであれば、まずこのわたくしから始めて、殺すに値する者は殺し、投獄すべき者は投獄して下さい。しかしカボルの無実の住民を傷つけないで下さい。」

サームは、相手が明晰で聡明な女性であることを知りました。その顔は春のように美しく、糸杉のようにすらりとして、腰は葦のように細く、雉のように堂々とした足取りでした。
彼は言いました。
「私は、生涯をかけてあなたに誠を尽くし、先程の誓いを守り抜きます。
私はザールがルーダーベ姫を妻に選んだことを認めます。あなたとあなたの大切な人たち、カボルの民が安全に幸せに暮らることを保証します。あなたは我々とは別の民族ですが、王冠と王座にふさわしい方です。
私はマヌチフル王にとりなしの手紙を書き、ザールがそれを彼のもとに持って行きました・・というより飛んでいきました。彼は翼が生えたように素早く出発し、鞍を見ることなく鞍に飛び乗り、馬の蹄は地面を踏んでいないかのようでした。
おそらくシャーは微笑んで寛大に答えて下さることと思います。この鳥の養い子が、心乱れて涙でできた泥の中に立っているのですから。」

シンドゥクトは心から安堵しました。

王座の前から下がったあと、シンドゥクトはミフラーブのもとに使者を送り、良い知らせを伝えました。
「もはや心配はいりません。この手紙の後、わたくしはすぐにカボルに戻ります。」

翌日の朝、シンドゥクトはサームの宮廷に向かい、最高の女王として迎えられました。彼女はサムの前に出て礼をし、カボルに戻る旅のこと、サームを客として迎える準備のことを長い間彼と話していました。
サームは羊毛、絨毯、衣服などの贈り物を授け、シンドゥクトは彼女は幸運の星の下、微笑みをたたえて家路につきました。


□□16.ザール、サームの手紙をマヌチフル王に渡す 
一方で、イラン王宮は。
マヌチフルはザールが近づいていることを知り、宮廷の貴族たちは彼を歓迎するために出迎えに行きました。
宮廷に到着すると、ザールは王の前に出て、地面に顔をつけたまま深く礼をしました。
王は寵愛するザールのその様子に心うたれ、顔の埃を落とし、薔薇水を振りかけるように命じました。
そして長旅をねぎらい、サームの手紙を手に取り、読み上げ、微笑みました。

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●手紙を受け取るマヌチフル王86v

「お前は、異民族によるイラン支配という私の古い畏れを呼び起こした。しかし、お前の老いた父サームからの感動的な手紙のために、私はもうそれを考えないことにした。私はお前の心からの望みを叶えてやりたい。ただし、我々がお前のことを吟味する間、しばらくここにとどまってくれ。」

料理人が金の盆に盛られた料理を運ぶと、マヌチフルはザールと一緒に座り、すべての族長を呼んで、ザールを歓迎する宴を催しました。

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●酒や料理を運ぶ従者たち86v


翌日、王は神官、占星術師、賢者などを玉座の前に呼び寄せ、星を読めと命じました。彼らは3日間、星座盤を手に星を調べ、その秘密を知ろうと努力しました。そして4日目に王の前に出て言いました。

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●星を読む占星術師たち86v

「ザールとルーダーベの息子は永遠に有名な英雄になるでしょう。その命は何世紀にもわたって長らえ、力、名声、恩寵、気力、頭脳、知恵を備え、戦いにおいても宴においても他の追随を許さないでしょう。しかし鷲は彼の兜の上に舞い上がらず、彼は主たる者を見限ったりその権力を奪うことはありません。シャーの僕としての彼は、イラン軍の庇護者となるでしょう。」
王は彼らに言った、
「私に話したことは秘密にしておいてくれ。」
そして、ザールを呼び出して、賢者たちの問う謎に答えさせるようにしました。

□□17.ザールは試される 

賢者たちはザールのそばに座り、彼の知恵を試すために次々に問いかけました。

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●マヌチフル王と賢者たちとザール87v

一人目:「それぞれ三十本の枝を持っている十二本の立派な糸杉がある。」
二人目:「二頭の立派な疾走する馬があり、一頭は漆黒の海のように黒く、もう一頭は澄んだ水晶のように白い。二頭は争っているが、どちらも追い越すことはできない。」
三人目:「三十人の男が王の前に整列し、そなたには29人にしか見えないが、あなたが数えるとその数は完全なものになる。」
四人目:「緑の植物が生い茂り、小川が流れる美しい草原が見える。そこに一人の男が大きな鎌を持ってやってきて、植物が青々していようと枯れかけていようと、決して脇目も振らずに刈り倒し、誰が叫んでも聞き入れない。」 
五人目:「海からそびえる二本の糸杉があり、そこに鳥が巣をつくっている。夜には一本に、昼にはもう一本に巣を作る。一方は常に枯れ、他方は常に新鮮で香り高い。」 
六人目:「山の中に栄えた都を発見したが、人々はそこを離れ、茨の多い荒れ地を好み、そこに月に向かってそびえ立つ家を建てた。彼らは栄えた都を忘れ、それを口にすることもなかった。その時、地震が起こり、彼らの家は消え、彼らは去った都市を恋しがっていた。」
「さあ、これらの言い伝えを説明してください。それができれば、あなたは塵を麝香に変えることになるでしょう。」


□□19.ザールは賢者たちに答える

ザールはしばらく深く考え込んでいましたが、肩を落として深く呼吸をし、賢者たちの質問に答えて言いました。

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●問いに答えるザール87v

「まず、それぞれ三十本の枝がある十二本の木は、一年の十二ヶ月を表します。月は新しい王が玉座に座るように十二回生まれ変わり、各月は三十日で、このように時が流れています。
二つ目。火のように速く走る二頭の馬、白と黒が互いに追い越そうとするのは、天を越えて我々の上を行き交う昼と夜です。
三つ目。三十騎が王子の前を通るが、一人足りず、数えてみるとまた三十人いるのは、月の満ち欠けであり、29日までは満ち欠けを数えることができますが、ある夜、その満ち欠けはみえなくなります。
さて、2本の高い糸杉、鳥と巣によって表現された隠された意味を解き放ちます。
二本の糸杉は天の定める二つの季節で、太陽が牡羊座(春分)から天秤座(秋分)を巡るまでは世界は明るい季節であり、それより後は世界は魚座(次の春分)に入るまで暗い季節となります。季節は、その片方は常に暗く萎れ、もう片方は明るく鮮やかです。鳥は太陽であり、明と暗の世界を巡っています。
山の中の町は永遠の神の世界です。茨の荒野ははかない現世で、ときに愛撫と富を与え、ときに痛みと苦しみを与えるものです。神の定めたところにより、あなたの日を延ばし、あるいは断ち、風が起こり、地は揺れ、世界は叫びと嘆きで満たされます。
鋭利な鎌を持ち、みずみずしい植物も枯れた植物も切り倒し、懇願も聞かないその姿はまさに死神です。人間は刈り倒される芝草であり、祖父も孫も、若さも老いも関わりなく、死神は行く手をすべて切り倒します。これが世の習いであり、人の定めです。
時というもの、私たちはこの扉から到着し、この扉から出発します。これがすべての命を説明するのです。」

ザールが説明を終えると、その場にいた全員がその理解力に驚きました。マヌチフルは喜び、盛んに拍手を送り、満月のような豪華な宴会を催すように命じました。この宴会で、皆は世が暗くなり知恵が衰えるまで酒を飲み続け、廷臣達の叫び声が宮中に響き渡り、二人が帰る時には互いに腕を組んで楽しく酔っ払って帰りました。

□□18.ザールが腕前を見せる 

太陽が山の上に昇り、人々が眠りから覚めると、ザールは勇ましい姿で王の前に現れ、宮廷を出て父と再会する許可を求めました。
王は彼に言いました。
「若き英雄よ、もう一日だけ我らに与えよ。サームに会いたいと? そなたが恋しいのはミフラーブの娘であろう。 」
そして、銅鑼、シンバル、喇叭を広場に鳴らすように命じました。戦士たちは、槍、メイス、矢、弓を携えて、威勢よくそこに集まってきました。広場には、一本の古木がありました。
ザールは弓を握って馬を進め、その木に向かって矢を放つと、その矢は大きな幹の中心を刺し貫きました。
ザールは従者に盾を求め、再び馬を進ませると、弓を投げ捨て、投げ槍を手に取り、積み重ねた3枚の盾に勢いよく投げつけ、盾を貫通させました。
王は尊い戦士達に向かい「お前達の中で誰か彼と一騎打ちをする者はいないか」と言いました。戦士たちは鎧を身につけ、馬の手綱をしならせて、光り輝く槍を手に、広場に乗り込んできました。ザールは馬の蹄から土埃を巻き上げながら突進し、まるで豹のように砂塵の中から抜け出すと一人の戦士に襲いかかり、ベルトを掴み、いとも簡単に鞍から引き落としたので、王と軍勢は驚きの声をあげました。
「このような獅子は見たことがない。どうか彼がいつまでも勇猛であるように」
そして一行は宮殿に戻り、王はザールに栄誉の衣やさまざまな褒美をとらせたのでした。


□□19.マヌチフル、サームの手紙に答える 

マヌチフルは、サームの手紙に返事を書き記しました。
「比類なき勇者よ。そなたの立派な息子が私のもとにやってきて、そなたの願いと彼の切望を知った。私は彼の願いを全て叶える。私は彼を幸せな気持ちでそなたの元へ送り返そう。どうか悪が彼に近づかないように。」

サームは使者からザールの喜ばしい帰還の知らせを受け、歓びで若返るようでした。
そして彼はカボルに使者を派遣して、マヌチフルのザールに対する厚遇と二人の間の幸福をミフラーブに伝え、ザールが帰ったらすぐに一緒にカボルを訪れると告げました。使者は颯爽とカボルに向かい、その知らせを伝えると歓声が空高く上がりました。
カボルの王は、ザボレスタンの支配者と親戚になることを喜び、心は不安から解放され唇にはようやく微笑みが戻ったのでした。

シンドゥクトはルーダーベにも吉報を伝え、それから来客のために宮殿の準備に取り掛かりました。謁見の間を楽園のように飾り、エメラルドや真珠が縫い付けてあって、その一粒一粒が水滴のように輝く絨毯を敷き詰めました。そして豪華な椅子―中国風の模様が描かれ、宝石がちりばめられ、彫刻されたレリーフで縁取られ、その足はルビーで作られている―が置かれました。葡萄酒に麝香と竜涎香を混ぜました。置きました。さらに、

次にルーダーベを楽園のように飾り、肌に呪文を書いて彼女を守りました。そして、ルーダーベを黄金の部屋に閉じ込めて、誰にも近づけないようにしました。

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●黄金の部屋にいるルーダーベ89v

カボルの国中が色彩と香り、そして貴重な品々で美しく飾られました。葡萄酒が運ばれ、象の背にはルームの錦がかぶせられ、その上に黄金の飾り物をつけた楽師たちが座りました。歓迎の宴が催され、奴隷たちが麝香や竜涎香の香る水を撒き、絹や金襴緞子を道々に敷き詰めて進んでいきました。行列には麝香と金貨が撒かれ、地面は薔薇水と葡萄酒でしっとり濡れました。

□□20.ザール、サームの元へ帰る 

その間にザールは、空を飛ぶ鷲のように、あるいは水面を滑る艇のように、全速力で帰途につきました。誰も彼の接近に気づかない程だったので、誰も彼を迎えに出ませんでしたが、突然宮殿からザールが来たという叫び声が上がりました。
サームは嬉しそうに迎えに出て、長い間抱きしめました。ザールは父の抱擁から解き放たれると、地面に口づけをし、見聞きしたことをすべて語り出しました。二人は並んで玉座に座り、シンドゥクトがサームに会いに来たことを笑み交わしながら話しました。サームは言いました。
「シンドゥクトという女性がカボルの使者として来て、 彼女に敵対しないようにと私に約束させたのだ。私は彼女が望んだことをすべて受け入れた。まず、ザブリスタンの将来の君主がカボルの美女を妻とすること、次に、私たちが行って彼女の客となり、すべての傷を癒すことだ。
今、彼女は『すべてのものが準備され、香りと装飾が施されています』と伝えてきた。さて、ミフラーブ殿には何と返答したものだろうかね。」

ザールは頭から足までチューリップのように赤くなり、こう言いました。
「父上、もしあなたが良いと思われるなら、訪問団を派遣してください。そして、私たちも追いかけて参りましょう。いくつか相談することがありますから。」

銅鑼とシンバルの音とともに一行は出発しました。そしてある場所に王室の天幕を張り、ミフラーブに、サームとザール、そして戦士達と象がほどなく到着することを知らせるために先触れを送りました。
知らせを聞くと、ミフラーブは喜びで頬を紅潮させ、そして出迎えの軍勢を送り出しました。太鼓や喇叭、鐘の音楽が鳴り渡り、赤・白・黄・紫の絹で作られた旗がはためき、雄鶏のように着飾った兵隊が並び、鈴をつけた大きな象と吟遊詩人もいて、見渡す限り楽園のようでした。
ミフラーブはこの軍勢とともに進み、サームを見ると馬から降りて歩きました。二人は抱き合い、サームは万事順調か訪ねました。ミフラーブは、サームとザールの両方に丁重な挨拶をすると、新月が山の上に昇るように再び馬に乗りました。そして、ザールの頭に宝石をちりばめた黄金の冠を載せると、一行は昔話に花を咲かせながらカボルに到着しました。

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●カボルに到着したサーム、ザール、ミフラーブ89v

町はインドの鐘、リュート、竪琴、喇叭の音で一杯になり、馬のたてがみは麝香、葡萄酒、サフランに浸され、鼓笛隊やラッパ隊は象に乗り込み、まるで変身したかのように見えました。
そして、300人の着飾った女奴隷が、それぞれ麝香と宝石で満たされた金の杯を持って、シンドゥークトに率いられて近づいてきました。そして、皆がサームを祝福し、宝石を浴びせました。

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●宮殿で出迎えるシンドゥクト89v

サームは微笑みながらシンドクトに言いました。
「いつまでルーダーベを隠しておくつもりですか?」 
同じようにシンドクトも答えました。
「太陽を見たいのなら、私の報酬はどこにありましょうか? 」
サームは答えました。
「貴女が望むもの何でも。私の宝物、王冠、王位、国、すべて貴女のものです。」

二人は黄金の部屋に行き、そこに春の幸福が待っていました。サームはルーダーベを見て驚嘆し、どうすれば彼女を十分に褒めることができるか、どうすれば彼女の輝きに目を奪われずにいられるかわからない程でした。

そして、 サームの願いで、ミフラーブの司祭で、しきたりに従って婚姻が厳粛に執り行われました。ザールとルーダーベは一つの玉座に並んで座り、二人の上には瑪瑙とエメラルドが振りまかれました。ルダベは繊細な金の冠を、ザールは宝石をちりばめた王冠を身に着けていました。
ミフラーブが娘に持たせた持参金の目録が読み上げられると、人の耳はその終わりまで聞くことができないほどでありました。
そこから宴会場へ行き、盃を手に一週間座り続け、宮殿に戻ると、さらに三週間祭りが続きました。

翌月の初め、サームはザール、彼らの象と太鼓、そして同行した軍隊とともにシスタンへの帰路につきました。花嫁ルーダーベはもちろん、ミフラーブとシンドゥクトもです。
ザールはミフラーブの女たちのために象駕籠と担い駕籠を、ルーダーベのために輿を作らせました。
彼らは神の贈り物を讃えながら楽しく旅をし、笑って元気に到着しました。そしてサームはシスタンの主権をザルに与え、瑞旗を広げて再び軍を率いてカルガサールとマザンダランへ向かいました。



■シャー・タフマスプ本の細密画

サムネイル ページ番号 画のタイトル※ タイトル和訳 所蔵館と請求番号 画像リンク先 備考
f083v 83 VERSO  Mihrab vents his anger upon Sindukht  ミフラーブは王妃シンドゥクトに怒りをぶつける MET, 1970.301.11 MET  
f084v 84 VERSO  Sindukht comes to Sam bearing gifts  シンドゥクトが贈り物を持ってサームのところに来る  Aga Khan Museum, AKM496 AgaKhan / flicker  
f085v 85 VERSO  Sam seals his pact with Sindukht  サームはシンドゥクトとの協定を結ぶ  MET, 1970.301.12 MET  
f086v 86 VERSO  The shah's wise men approve of Zal's marriage  国王の賢者はザールの結婚を認める  MET, 1970.301.13 MET  
f087v 87 VERSO  Zal expounds the mysteries of the magi  ザールは賢者の出した謎を解く  MET, 1970.301.14 MET  
f089v 89 VERSO  Sam and Zal welcomed into Kabul / Mihrab’s wife, Sindukht, comes out with slaves carrying gifts to welcome Sam サームとザールはカブールに迎えられる / ミフラーブの妻シンドゥクトはサームを歓迎するために贈り物を持つ奴隷を連れて出迎える The Khalili Collections, MSS 1030, folio 89b Khalili  

※画のタイトルはこの本”A King's Book of Kings: The Shah-nameh of Shah Tahmasp" (Stuart Cary Welch) による

■細密画解説(本や所蔵美術館の解説より適宜抜粋)

●83 VERSO  Mihrab vents his anger upon Sindukht  カブール王ミフラーブは王妃シンドゥークトに怒りをぶつける
カブールのミフラーブは、娘のルーダーベとザールの恋を初めて聞いたとき彼女を殺そうとしたが、彼の妻シンドゥクトは、サームがそれを許可したことを伝え彼を説得した。が、シャー・マヌチフルがサームにカボルへの遠征を命じたことを知ったとき、ミフラーブの怒りは、以前の恐怖を誤って鎮めたためにえ、妻に対して激しくなった。シンドゥクトは、ミフラーブの宝庫から贈り物を持って、サームを訪ねることを提案しました。王国を救おうと必死だったミフラーブは、妻に任務を任せました。彼女の部屋でのシンドゥクトとミフラーブの装飾的な描写は、彼らの交換の激しい感情をほとんど示していない。
〇Fujikaメモ:
常に割と無表情な細密画の人物達ですが、ここでのミフラーブは眉を寄せ、肩をいからせて、(ある程度)怒りを表現しています。
シンドゥクトはややうつむいて、冷静に作戦を練っている様子です。
右上の出窓のような部分、鎧戸が開いていますが、その中は(カーテンも描かれず)真っ白。ここに何か(ルーダーベとか?)を描く予定だったのかも・・?

●84 VERSO  Sindukht comes to Sam bearing gifts  カブール王妃シンドゥークトが贈り物を持ってサムのところに来る 

マヌチフルはサームにカボルへの攻撃を命じたが、この攻撃を回避するため、ミフラーブの妻シンドゥクトは馬、象、絹、金貨、奴隷、宝石を集め、外交使節を装ってサムの宮廷に行った。
この絵は、有名な「カユマールの宮廷」(AKM165 )の画家であるスルタン・ムハンマドの指揮の下、シャー・タフマスプ・シャーナーメに取り組んだギラーンのカディミとカシャーンのアブド・アル・ヴァハブの 2 人の芸術家によるものである 。アブドゥル・アジズによる「f53vサルムとトゥルがファリドゥンとマヌチフルの返事を受け取る」とは異なり 、これはスルタン ムハンマド自身のスタイルの要素を持っていない。代わりに、ギランの 15 世紀後半のトルクメン絵画を思い起こさせる形と形式的な関係を使用しています。人物は人形のようで、大きな頭とやや寸詰まりの体を持っている。さらに、このフォリオの人物は、スルタン・ムハンマドによって考案された場合のように、互いに相互作用しない。隣人の耳元で囁いたり、頭を別の方向に向けたりする人は誰もいない。ウード(リュート)を弾き、左手にダフ(タンバリンの一種)、右手にカスタネットを持った二人の演奏家は、お互いの視線さえ合わず、まるで一緒に演奏していないように見える。

比較的シンプルで保守的なスタイルであるにもかかわらず、この絵には生き生きとしたディテールが含まれている。たとえば、右側の従者の列と絹のロール、金の大皿、貴重な櫃、完全装備の馬、鈴を連ねたの弦で飾られた 3 頭の象などである。玉座への足の役目をする唸り声を上げるドラゴンの頭などの無生物や、いなないたり足を上げたりする灰色の馬や、細かくうねる長い鼻を持つ白い象などの動物は、この画で、人物像では抑えられている躍動感を提供している。王宮の正面図は、タイル張りの表面と雄大な碑文でサファヴィー朝の宮殿を連想させる一方で、シンプルで直接的なトルクメン スタイルを反映している。

〇Fujikaメモ:
ものすごく描き込みが多い、手の込んだ画だと思いました。
このときサームはシンドゥークトを使節だと思っているので、彼が一段高い王座に座り、シンドゥークトは低い位置に座っています。

ところで、このときのサームは、カボルへの遠征途上?。
だとすると野営地にいるような気もしますが、いったん自分の居城(故郷ザブリスタンでないにしても、どこか支配下の居城?)に帰ったのでしょうか。
(野営地でこんな大量の貴重品を貰っても困るので、どこかの居城にいることにしたのかしらん・・)


●85 VERSO  Sam seals his pact with Sindukht  サームはシンドゥークトとの協定を結ぶ 
サムはまだシンドゥクトの正体を知らないため、彼女自身とルダバについて質問をした。シンドゥクトは、サームが彼女と彼女の家族の安全を確保することを約束するまで答えることを拒否し、 彼は彼女の手をとって誓いを封印した。
〇Fujikaメモ:
サムはシンドゥクト自身の正体とルーダーバについて質問しましたが、シンドゥクトは、サームが彼女と彼女の家族の安全を確保することを約束するまで答えることを拒否しました。
で、この場面はその直後、サームが彼女の手をとって誓っているところです。この時点で、サームはシンドゥクトがカボル王妃であることを知りませんでしたが、ここでは二人は同じ平面に座っています。
彼らの前には、金色の飲み物や食べ物の容器が並んでいます。

●86 VERSO  The shah's wise men approve of Zal's marriage  国王の賢者はザールの結婚をに吉兆を読む 
シャー・マヌチフルはサームの願いに応じて、シャーは賢者や占星術師に助言を求めた。幸いなことに、星と賢者は肯定的な評決を下した。「イランの勇者とカボルの王女の結びつきは、最も重要なイランの英雄、ロスタムを産むだろう」と。
これは豪華な王座の場面であり、ペルシャの伝統ではかなり一般的な図像の主題である。芸術家たちはこの機会を利用して、精巧な室内空間を構築した。そのタイル張りの表面と塗装された壁は、おそらく現代の王室の室内によく似ている。また、イランの王室建築の 2 つの重要な要素である噴水と庭園への言及も含まれている。

〇Fujikaメモ:
このときのシャー・マヌチフルは、f80vでサームが訪問したときとは違い、髭のない顔になっています。
マヌチフルはザールが生まれる前に若くして即位して、その後ザールが成人しているので、40歳前後でしょうか。ひげはある方が自然かもしれません。

●87 VERSO  Zal expounds the mysteries of the magi  ザールはマギの謎を説明する 
このシーンの画家はカディミと考えられている。

〇Fujikaメモ:
ザールがマヌチフルの賢者達にいくつかの謎を問われ、それをうまく解き明かず場面です。これによりザールの知恵が証明されました。
場面としては動きのない、静的なシーンですが、タイルや金網、衣服、植物などなど、緻密な書き込みがすごいです。

●89 VERSO  Sam and Zal welcomed into Kabul .  サムとザールはカブールに迎えられる 
(所蔵館によるタイトル:Mihrab’s wife, Sindukht, comes out with slaves carrying gifts to welcome Sam ミブラーブの妻シンドゥークト はサーム を歓迎するために贈り物を運ぶ奴隷を連れて出てくる)
〇Fujikaメモ:
ミフラーブは、迎えの軍勢(象、楽師たち、儀仗兵)と共にサームを出迎えに行き、彼をカボルまで護衛します。騎馬の三人は、手前がサーム、真ん中がザール、奥がミフラーブです。
宮殿の外で彼らを迎えたのはミフラーブの妻シンドゥクトで、300 人の女性奴隷がいて、それぞれが宝石や麝香でいっぱいの金の杯を持っています。
花嫁ルーダーベは美しく装って、鍵のかかった特別な部屋で待機しています。
この画ではルーダーベは窓からザールたちの近づく様子を見ています。
地面が白っぽく描かれているので、人物の色とりどりの衣装や花々の鮮やかさが際立ちます。
このシーンの馬は、目が黒くてくりっと丸くて、割とリアルだし可愛い顔です。
(他の絵での馬の目は、三白眼風に、白目が目立つ描き方の場合もあります)

西アジア~中央アジアの習慣として、客人からの先触れが来たり、もしくは近づく気配が分かり次第、贈り物を持って出迎えるもののようです。(開高健がモンゴルを旅していたTV番組を見たら、遙か遠くから馬にのった人が馬乳酒を持って駆け寄ってきました。おそらく彼の縄張りに取材班が入ったのを察して挨拶に来たのですよね。)
で、客人を出向かえに行き、相互に近づいてきたら、目下の方が馬から降りて歩いてすすむようです。
そして対面したら、目下の方が目上の人の前に跪き、地面に接吻をして敬意を表現します。
その後目上の人が馬に乗るように声をかけたら、目下の人は再度騎馬の状態になります。

サーム一行を迎えに行ったミフラーブが「新月が山の上に昇るように再び馬に乗り」というくだりがあるのですが、どういうニュアンスなのかよく分かりません。すばやく?音もなく?いつのまにか?



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シャーナーメあらすじ:7.ザールとルーダーベの話(3/4)

2023-02-09 | +シャー・ナーメあらすじ(挿絵付き)

 


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7.ザールとルーダーベの話(3/4)
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■登場人物
ザール:シスタン、ザブリスタンの若王(跡継ぎ)。生まれつきの白髪。Zal
ミフラーブ:ザールの支配地域にあるカボルの領主(アラブ系で悪王ザハクの子孫)。Mehrab / メフラーブ
シンドゥクト:ミフラーブの妃 Sindukht
ルーダーベ:ミフラーブの娘 Rudaba / Rudabeh / ルーダーバ
サーム:ザブリスタンの先王。ザールの父で、ザールに後を託してマヌチフルの命令でマザンダランとカルガサールに遠征中。Sam / Saam
マヌチフル:ザブリスタンが臣従する、大イラン帝国の王。シャー。Manuchifl
カボル(地名):アフガニスタン東部。いまの首都カブール一帯。Kabol / Kabul 。(敢えて現代の通称と違う言葉を選んでいます)

■概要
民族の違うふたり、ザールとルーダーベの恋には様々な困難がありました。
ザールは自分の父親の説得には成功しましたが、さらにその上の、イランのシャー、マヌチフルがこの関係を喜びませんでした。ルーダーベの先祖が、イランの仇敵(かつての簒奪者)、悪王ザハクだったからです。
マヌチフルは忠臣サームの訪問を喜びはしましたが、ザールの件は聞こうともせず、ザハクの子孫、ミフラーブとその土地カボルを殲滅するように命じました。
一端居城に帰ったサームのもとに、開戦命令の情報をきいて絶望したザールが来て、カボルを攻めるならば私を伐ってからにしてください、と頼みます。
サームはシャー・マヌチフルに手紙を書き、自分のこれまでの功績と忠誠を強調し、もはや自分は老いており息子ザールが後継者であること、そして彼の切なる望みを叶えてほしいと訴えました。そしてザールはシャーのお気に入りであるため、直接会えばきっと心を和らげてくれる、と、ザールを宮廷に送り出しました。

■ものがたり

□□11.ザールとミフラーブの娘の婚約を知ったマヌチフル 

ミフラーブとザールの友情、そしてその不釣り合いな恋人たちの知らせがイランの王、マヌチフルに届きました。
この問題は、大賢者たちによって彼の前で議論されました。
王は言いました。
「これは我らに災いをもたらすだろう。かつてファリドゥンが命がけでザハクを倒したのに、その子孫ミフラーブの一族が栄えていいものか。
ザールの愛によって、萎れた植物がその昔の活力を取り戻すようなことがあってはならない。ミフラーブの娘とザールが結ばれるなど、毒と解毒剤を混ぜ合わせるようなものではないか。
もし息子が生まれ、彼が母の側についたなたら、彼の頭は我々に対する悪意で満たされるに違いない。彼は王冠と富を取り戻すために復讐と争いでイランを踏みにじるだろう。お前たちの知恵は何だ?私によく助言してくれ。」
 神官たちは皆、彼の演説を認めて、
「陛下は私たちよりも賢く、必要なことを行うことができます。知恵が求めることを行って下さい。」
と言いました。彼は息子ノウザルとその臣下たちを呼び寄せて、
「サームのところに行って、マザンダランとの闘いの戦況を聞いてこい。そして、帰国する前にここに来るように伝えよ」
と言いました。ノウザル一行は象と太鼓を持って出陣しました。丁度マヌチフルの宮廷に向かっているところだったサームの陣営に到着すると、ノウザルは父からの伝言を伝えました。
サームは
「シャーのご命令の通りに。お会いできるのが待ち遠しいです」
と答えました。

□□12.サーム、マヌチフルのもとへ 

サームは宮廷に近づくと馬を降り歩いて進みました。王座に近づくと、サームは地面に口づけをして前に進み出ました。冠を頂いたマヌチフルは象牙の玉座から立ち上がり、サームを隣に座らせました。そして、カルガサールやマザンダランの悪魔との戦いについて尋ねると、サームは激しい戦闘と敵の撃退について、詳しく報告しました。
マヌチフルはそれを聞いて何度も頷き、大層な喜びようでした。そして敵がこの世からいなくなったことを祝って、酒と宴会を命じました。

夜が明け、サームはまた王に謁見しました。
サームは近づき、恭順の意を表して、ザールのことについて話そうとしましたが、不機嫌なマヌチフルに阻まれました。
「軍勢を率いて行って、ミフラーブの城とカボルを焼き払ってこい。彼は竜の一族の残党であり、大地を混乱に陥れる。奴の一族郎党、残らず頭を打ち落とし、ザハクの末裔から世界を浄化するのだ。」

f80v
●ミフラーブはサームにカボルへの進軍を命令する f80v


サームは絶句して、何も言えないまま王座に接吻し、印章にそっと顔を押し付け、ようやく言葉を絞り出しました。
「仰せの通りに。」
そして彼はひとまず自分の居城に向けて出発しました。


□□13.ザールがサームに会いに行く

カボルにいたミフラーブとザールは、シャーとサームの間に起こったことを知りました。カボルは動揺し、ミフラーブの宮殿から叫び声が上がりました。シンドゥクト、ミフラーブ、ルーダーバの命も財産も救えないかもしれないと思ったとき、ザールは激怒し、肩を落とし、唇を震わせました。
「世界を焼き尽くす竜の息吹がカボルに触れる前に、まず私の頭を切り落とさなければならない。」
こう言ってカボルを後にし、怒りに任せて父の陣営に向かいました。
勇者サームの陣営に、「我らが獅子の子がやってきた」という知らせが届き、軍隊は総立ちでザルを歓迎しました。

サームの元に行ったザールは、父の前で地面に接吻し、栄光と正義に賞賛を捧げましたが、彼の目から涙がこぼれ落ち、バラ色の頬を洗いました。
「私は創造主の思し召しで、子供時代を鳥に育てられて生き延び、そしていま一人の友人を得ました。彼は族長の冠をかぶり、勇敢で賢く、思慮深いカボルの君主です。彼の家は私の家でもあります。
私は父上の命令でカボルに滞在し、あなたの助言とあなたの誓約を心に留めていました。父上はこう書いて下さいました。
『私はお前を悩ますことはなく、お前の望みを叶える』と。
しかし、この軍勢を、マザンダランとカルガサールから、友と私の家を破壊するために率いてきました。これが父上のおっしゃる正義ですか。
私はあなたの前に立ち、あなたの怒りに私の体を差し出します。どうぞ私を切り裂いて下さい。そしてカボルには手を出さないで下さい。カボルへの悪意はすなわち私に向けられたものです。」

サームはザールの言葉に耳を傾け、深く頷いて答えました。
「お前の言うことは真実である。
しかし、ことを急いてはならぬ。私には計画があるのだ。私はシャーに手紙を書き、お前にそれを持たせる。お前はシャーのお気に入りであり、お前の顔を見ればシャーのお考えも変わるかもしれない。」

f80v
●野営地で話し合うザールとサーム81v

 

□□14.サーム、マヌチフル王へ手紙を書く 

サームとザールは、書記官を呼び寄せ、詳細な手紙を書き上げました。
サームは、まず神を賛美し、マヌチフル王に神の祝福を求め、次のように続けました。
「陛下の僕として、私は60歳を迎えました。太陽と月が私の頭に樟脳の粉の冠をかぶせました。私は陛下のためにずっと闘ってきました。世界は私のように馬に乗り、棍棒を振るう者を見たことがありません。
かつてカシャフ川に、その唇から出る泡で大地を満たし住人を恐怖に陥れた龍がいました。その吐く息でハゲタカの羽を焼き、唾液の毒は大地を焦がし、水からも空からも大地からも、鳥や獣、人、あらゆる生き物を追いやったのです。
私は神の力で恐怖を追い払い、象のように立派な馬に乗り、牛頭槌を鞍に乗せ、弓を肩にかけ、盾を構えてただひとり立ち向かいました。近づいてみるとそれは大きな山のようで、毛は地面になびき、舌は炭化した木のように黒く、喉は火を噴き、目は血で満たされた椀のようでした。龍は私を見つけると、咆哮し、激しく前進してきました。私は火の熱さを感じ、大地が震えて海のようにゆらぎ、毒煙は雲まで上がってきました。
私も獅子のように咆哮し、アダマントを矢尻につけた矢を放ってまず舌を顎に釘付けにし、次の矢で口の中を貫きました。三本目の矢が喉元に突き刺さると、血が吹き出ました。
そして神の力を借りて馬を駆り立て、牛頭槌で龍の頭を打ち砕きました。龍は崩れ落ち、その傷口からナイル川のように毒が流れ出しました。カシャフ川は胆汁の流れのように黄色くなり、あたりは静かになりました。
人々は私を「一撃のサム」と呼び、金や宝石を浴びせかけました。
私は汚れた鎧も衣服もすべて脱ぎ捨てて旅立ちましたが、毒で何日も苦しみました。その地では何年も収穫がなく、茨を焼いた灰のほかは何もありませんでした。

●龍と闘うザール82v(画像探索中・・・)

そしてこの何年もの間、鞍はわたしの王座であり、馬はわたしの大地でありました。私の槌は、マザンダランとすべてのカルガサールをあなたの支配下に置きました。
しかし今、私の槌の一撃にはかつての力はなく、私の腰はもはや曲がってしまいました。ここにいる私の息子ザールこそあなたのために戦うにふさわしい勇者です。

実は 彼は秘めた望みを陛下にお願いに上がっています。
彼はカボルで、糸杉のように優雅で薔薇のように美しい女性に出会い恋に落ちたのです。彼は陛下の進軍の命令を知り絶望し苦しんでいます。
畏れながら、わが軍勢は、まだここにいて動いていません。偉大な王の意志を待っています。

陛下は、私がアルボルツ山から息子を連れ帰ったとき『ザールの望みは何も拒まない』と私に約束させました。そして彼は今、あの約束にすがり、傷ついた心でひとつの願いを持って参りました。
山で鳥に養われた追放者が、カブールで輝く月―薔薇冠を頂いたすらりとした糸杉―を見て、狂おしい恋に陥っても不思議ではありません。陛下がどうか彼の苦痛を増すことがありませんように。
私がこの世で悲しみを分かち合い、或いは歓びを与えてくれる存在はザールだけです。私は重い心で彼を陛下の前に送ります。陛下の高き玉座の前に彼が来たとき、偉大なるものと最も一致するものを行って下さい。
ナリマンの子サムから、王の王と諸侯の上に千倍の祝福がありますように。」

ザールはこの手紙を受け取ると、喇叭の鳴り響くなか、馬に乗り込みました。
戦士の一団は彼と一緒に急いで宮廷に向かいました。

 

■シャー・タフマスプ本の細密画

 

サムネイル ページ番号 画のタイトル※ タイトル和訳 所蔵館と請求番号 画像リンク先 備考
非公開 79 VERSO  Sam is visited by Prince Nowzar  サームはイランのノウザル王子の訪問を受ける  Tehran Museum of Contemporary Art, Tehran, Iran 非公開  
f080v 80 VERSO  Manuchihr welcomes Sam but orders war upon Mihrab  マヌチフル王はサームを歓迎するが、ミフラーブに戦争を命じる  MET, 1970.301.9 MET  
f081v 81 VERSO  Zal questions Sam's intentions regarding the house of Mihrab  ザールはミフラーブの家についてサームの意図を問う  MET, 1970.301.10 MET  
非公開 82 VERSO  One Blow Sam recounts how he slew a dragon  サームは一撃でドラゴンを倒したことを語る Tehran Museum of Contemporary Art, Tehran, Iran 非公開  

※画のタイトルはこの本”A King's Book of Kings: The Shah-nameh of Shah Tahmasp" (Stuart Cary Welch) による

■細密画解説(本や所蔵美術館の解説より適宜抜粋)

●79 VERSO  Sam is visited by Prince Nowzar  サームはイランのノウザル王子の訪問を受ける 
(画像みつけられませんでした)

●80 VERSO  Manuchihr welcomes Sam but orders war upon Mihrab  マヌチフル王はサームを歓迎するが、ミフラーブに戦争を命じる 
 スルタン・ムハンマドのアシスタントであるアーティストは、しゃがんだトルクマン型の人物が住む標準的な宮廷シーンを魅力的に描いています。
〇Fujikaメモ:
サームは宮廷に到着し、マヌチフルの前で、マザンダランとカルガサール遠征について報告しました。しかし、サームが息子のザールが最愛のルーダーベと結婚したいという話題を持ち出そうとしたとき、シャーはその話をさせず、代わりに、ルーダーベの父であるミフラーブ王に対する絶滅戦争のためにすぐに立ち去るように命じました。
この部分のストーリーのポイントは、
・マヌチフルが、サーム到着前に、(何らかの方法で)ザールとカボルの姫のことを知っていた(スパイ網?伝書鳩?密使??)
・賢者達は王の怒りを忖度し、いいなりになっていた(「一度占ってみましょう」と誰も言わなかった)
・サームが、ザールについての願いを申し出る前に、マヌチフルはカボルへの遠征を命じた
・サームはシャーに口答えせず、ひとまず従順に従った
というところでしょうか。
あと、本筋とは関わらないのですが、
サームによる遠征報告の部分に、(参考資料ふたつとも)ザハクの子孫カクイをサームが倒したくだりがあります。が、カクイは、以前「マヌチフルの復讐の章」で、マヌチフル自身が倒したとありました(これも両方の資料)。矛盾する内容ですが、原典自体がこうなっているのかもしれません。今回の抄訳では、ここにあったカクイとの闘いの部分を省きました。

●81 VERSO  Zal questions Sam's intentions regarding the house of Mihrab  ザールはミフラーブの家についてサムの意図を問う 
〇Fujikaメモ:
サームがまもなくミフラーブと戦争をするという噂がカボルに広まりました。(これも、使節が派遣されたとかそういう記述はないです。スパイとか伝書鳩とか早馬とか、そういう情報網は当たり前だったのでしょうね)
この場面は、ザールがサームの野営地に行き、カボルのために自分は身を投げ出す、と伝えたところではないかと思います。
(サームは、シャーに命令されたものの、本気で進軍するつもりはなかったのではないかと個人的には思います)
背景には、飲み物や食べ物の器を持った人たちがいます。
最前景左側、小川のほとりで髭のおじさんが隣の若者の肩を抱いて指相撲をしている様子ですが、何しているんでしょう? 指相撲を口実に手を握ってる?(手相をみるのを口実に手を握るみたいな感じで・・・)
このあとの84vのシーンで、サームはテントではなく宮殿(建物)でシンドゥクトを迎えています。
この野営地と宮殿の位置関係がよく分かりません。
・イラン王宮からその宮殿に向かう途中に、ザールが訪ねてきた?
・その宮殿からちょっと進軍して野営しており、ザールと話をしたあとまた宮殿に戻った?
どういうことなんでしょうね。

●82 VERSO  One Blow Sam recounts how he slew a dragon  一撃でサムはドラゴンを倒したことを語る。
(画像みつけられませんでした)
〇Fujikaメモ:
サームからマヌチフルの手紙の中で、サームが自身の過去の龍退治の功績を語っているところ。
シャーナーメでは、何人かの英雄が龍を退治しています。
絵もみつからないし、この部分は省こうかと思ったのですが、「龍を倒したあとに全ての衣服を脱ぎ捨てて旅立ったが、浴びた毒により何日も苦しんだ」という下りが興味深くて残しました。絵がみつからないかなあ・・・。

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シャーナーメあらすじ:7.ザールとルーダーベの話(2/4)

2023-02-08 | +シャー・ナーメあらすじ(挿絵付き)

この章の、4分割のうちの2つめです。
燃え上がるような恋の逢瀬のシーンはもう終わってしまって、その3倍の長さ、波瀾万丈な周辺事情と根回し、交渉,、エトセトラが続きます。
今回の部分では、取り持ち女がシンドゥクトの鋭い質問を言い逃れる様子、そしてシンドゥクトの母としての悩みの部分がなかなか読み応えがあると思いました。

ところで、このシャーナーメになると、「いいね」のクリック数がいつもの半分くらい・・・。
あまり面白くないという人も多いかもしれませんが、すみません・・・・。

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7.ザールとルーダーベの話(2/4)
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■登場人物
ザール:シスタン、ザブリスタンの若王(跡継ぎ)。生まれつきの白髪。Zal
ミフラーブ:ザールの支配地域にあるカボルの領主(アラブ系でザハクの子孫)。Mehrab / メフラーブ
シンドゥクト:ミフラーブの妃 Sindukht
ルーダーベ:ミフラーブの娘 Rudaba / Rudabeh / ルーダーバ
サーム:ザブリスタンの先王。ザールの父で、ザールに後を託してマヌチフルの命令でマザンダランとカルガサールに遠征中。Sam / Saam
マヌチフル:ザブリスタンが臣従する、大イラン帝国の王。シャー。Manuchifl
カボル(地名):アフガニスタン東部。いまの首都カブール一帯。Kabol / Kabul 。(敢えて現代の通称と違うカボルを使っています)

■概要
恋の当事者、ザールとルーダーベは愛し愛される関係でしたが、双方の民族は異なり過去の両民族間の禍根もあり、前途は多難です。
ザールはまず自分の父に手紙を書き、以前の「お前の望みはなんでも叶える」という約束を持ち出して、結婚の許可を願い出ます。
父サームは、その約束を違えたくはなく、また占星術師の予言も吉兆だったので、許可の手紙をだしました。
ルーダーベの両親は、大切に閉じ込めておいた娘が勝手に恋をしたことを知り驚愕し激怒しますが、サームからの婚約承諾の手紙を知り、それに望みをつなぎます。


■ものがたり

□□6.ザール、ルーダーベについて神官と相談する 

太陽が山の峰から昇ると、ザールは使いを遣って賢者や神官を自分の天幕に呼び寄せました。彼は訳もなく幸せな気持ちでいっぱいで、微笑みがこぼれるのでした。
彼は賢者たちに向かって言いました。
「偉大なる神に幸いあれ。被造物は神のちからによってのみ生きることができます。そして全ての生き物は神の恵みにより伴侶を得ることで、季節が繰り返し巡るのです。
私について伝えたいことがあります。
私の心は、ミフラーブの娘に奪われています。あなた方はこれにどう答えるでしょうか。父上は同意するだろうか。マヌチフル王は? 若気の至りだと思うだろうか、それとも罪だと思うだろうか?」

f73v
●賢者たちに相談するザール f73v

賢者たちは何も言わず、唇を閉ざしたままでした。ミフラーブの祖父は悪王ザハクだったからです。マヌチフル王はザハクとその一族を憎んでおり、これを解く解毒剤は思いつかなかったのです。

ザールは彼らの沈黙に怒り、別の戦術を試みました。
「あなた方が私の選択を非難するのは当然ですし、私はその責任を引き受けます。それでも、もしあなた方がこの困難な結び目を解く方法を考えてくれたら、私はあなた方に篤く報います。」

賢者たちはようやく答えました。
「私たちは皆、あなたの忠実な臣下です。私たちを黙らせたのは、私たちの驚きです。ミフラーブ殿は貴族であり、戦士であり、立派な人物です。彼は悪王ザハクの子孫ですが、もとはアラブ王家の血筋であり、恥ずべきものではありません。
サーム殿に手紙を書いては如何でしょうか。彼は私たちよりも多くの知恵、思慮深さ、機知を持っています。彼はシャーに自分の見解を説明する手紙を書くかもしれません。」

□□7.ザール、父サームに手紙を書く 

ザールは筆記者を呼び、心の中を書き取らせました。
彼はまず、神への賛辞と父への敬意を美しい韻文で綴りました。そして前半生の苦労、山に捨てられシムルグの巣で育てられたことを書き起こし、そして続けました。
「私はいま、カボルの王ミフラーブの娘への愛の炎に焼かれています。私の心は海のように荒れ狂って、悲しみに我を忘れています。あなたは世界の英雄です。この心の痛みから私を解放してください。私たちの儀式と習慣に従って、ミフラーブの娘と結婚させてください。アルボルズ山脈から私を連れてきたとき、あなたはシャーと廷臣たちの前で『私の望みに決して逆らわない』と誓いました。私には望むことなど何もないと思っていましたが、いま、これこそが私の心の唯一の願いです。」

使者は3頭の替え馬を連れ、カボルを火のように素早く出発した。使者がカルガサールに近づくと、狩りをしていたサームが遠くからその姿に目をとめました。
「カボルの男がザブリスタンの白馬に乗ってやってきた。ザールからの使者に違いない。彼の話を聞いて、ザールや彼の旅先のできごとを聞いてみようではないか。」

使者は手に手紙を握りしめながらサームに近づき、馬を降りて地面に接吻して平伏し、サームに手紙を渡してザールからの挨拶を口上しました。
サームは山を下りながら、のんびりと手紙を開いてザールのメッセージを読みはじめましたが、その途端、驚いてその場に立ちすくんでしまいました。それは予想していたような旅の報告ではなく、切なる要求でした。
もし自分が息子に反対すれば、安易に約束をしてそれを破った者として知られることになるだろうし、もし許可を与えたら、あの野蛮な鳥の養い子と悪王の子孫からどんな子孫が生まれるのか、と彼の心は乱れました。


□□8.サーム、占星術師たちに相談する 

サームは目を覚ますと、神官や賢者たちを呼び寄せて相談しました。彼はまず占星術師に質問し、火と水のように異なる二人が結びついた結果どうなるか、きっとザハクとファリドゥンの戦いのような災いが起こるのではないか、と尋ねました。
占星術師たちは何日もかけて空を見上げ、再び彼の前に現れたとき、彼らは微笑んでこう言いました。
「ザールとミフラーブの娘が結ばれる運命だという良い知らせをお届けします。二人は繁栄し、この二人から偉大な英雄が生まれるでしょう。象の体躯を持つ男で、剣で世界を征服し、重いメイスで地上から悪の種族を排除し、世界を浄化します。彼は苦しむ者の慰めとなり、戦いの門と悪への道を閉じます。帝国のシャーは彼を信頼し、彼の生涯を通じて帝国は繁栄することでしょう。」
サームはこの占星術師の言葉に安堵して微笑み、ザールの使者を呼んで言いました。
「ザールには『約束は約束であり、断る方法を探すのは不当である』と言ってやってくれ。そして私はイランのシャーに伺いを立てるため夜明けとともに宮廷に向かう。」
使者はザールに幸運の知らせを伝え、ザールはその幸福を神に感謝し、貧しい人々に金貨や銀貨を配り、友人たちにも同様に気前よく振る舞いました。

□□9.ルーダーベの行動を知るシンドゥクト 

ザールとルーダーベの仲立ちをするのは、とあるおしゃべりな中年女でした。

f76v
●仲立ちをする中年女 76v

ザールは彼女を呼び出して、サームからの手紙を託しました。
「よい兆しが見えてきました。父は私たちの結婚に同意してくれました」
と。
女は急いでルーダーベのところへ行き、これを伝えました。ルダベはうれしさのあまり、彼女に金貨を浴びせ、金細工の椅子に座らせました。そしてルーダーベはザールへの伝言と、贈り物として、横糸と縦糸が分からないほど精巧に織られたモスリンのターバン―ルーダーベ自身で刺繍を施したもの―と、木星のように輝く貴重な指輪を託して彼女を送り返しました。

この女がルーダーベの居室から宮殿の大広間へ出てきた時、シンドゥクトはその姿を目にとめ、きつい声で呼び止めました。
女は青ざめて女王の前に跪き地面に口づけをしました。
シンドクトは彼女を詰問しました。
「お前はわたくしの目を避けて、しょっちゅうルーダーベの居室に出入りしています。一体何をしているのですか。」
「私は日々の糧を得るために精一杯の貧しい女です。ときに宝飾品の売り買いを仲介することがございます。ルーダーベ様が宝石を買いたいというので、金の髪飾りと宝石をはめた立派な指輪を持って参りました。」
「ではそれらを見せなさい。」
「ルーダーベ様にお渡ししたのですが、他に欲しいものがあるとのことでまた取りに戻るのです。」
「では彼女が払ったお金を見せなさい。」
「ルーダーベ様は明日払うとおっしゃいました。まだ受け取っていないのでお見せできません。」

シンドゥクトはこの女が嘘をついていることを知り、かっとしてこの女の衣服を探りました。そしてルーダーベ自身が刺繍した男物のターバンを見つけると激怒して、娘を自分の前に連れてくるよう命じました。
シンドゥクトは動転して言いました。
「お前は名家の娘にもかかわらず、何の気まぐれで、はしたない下層の女のような振る舞いをしているのでしょう。罪人のようにこそこそして。さあ、あなたが隠している秘密をこの母に話しなさい。なぜこの女があなたのところに出入りしているのですか?このターバンと指輪は誰のためのものですか。
ああ、このような地位と名声のある家にあなたのような娘を産んだ母親がいたでしょうか。」
ルーダーベはじっと下を見つめ、ぽろぽろと涙をこぼしてその美しい頬を濡らしました。彼女は母に言いました。
「生まれてこなければよかった。そうすれば悪い娘にならなくて済んだのに。
愛が私の心を餌食にしてしまいました。私は夜も昼もザボレスタンの王ザールを思い、彼なしでは生きる気力もありません。彼は私のところに来て、私たちは隣に座り手を取り合って、お互いの愛が永遠に続くことを誓い合ったのです。
ザール殿は結婚の許可を得るために使者を父君サームのところへ送り、返事が届きました。サーム殿は承諾して下さったのです。あの女がその手紙を見せてくれました。」

f76v
●母シンドゥクトに告白するルーダーベ f76v

シンドゥクトはその言葉に驚愕し、最初は何も言えませんでした。
実際のところザールは婿にふさわしいとは思いましたが、問題もあります。彼女は言いました。

「確かにザール殿に匹敵するような高貴な戦士はいません。彼は偉大な人物で、英雄の息子で、立派な名声を持ち、知性と明晰な頭脳の持ち主です。
しかしイランの王はこれに怒り、わがカボルの上に戦いのほこりを上げるでしょう。シャーは我が一族の者が統治者の血筋に連なることを望んでいないのです。この結婚は無理です。」

シンドゥクトは使いの女を解放し、今まで隠されていたことを知ったと伝え、そしてこの秘密についてかたく口を閉ざすように念を押しました。
そして、娘の決意が誰からの忠告も聞かないほどのものであるのを考え、涙と悔しさの中で眠りにつきました。

□□10.ミフラーブ、娘の恋を知る 

ザールの野営地から戻ってきたミフラーブは、ザールのもてなしに満足し、上機嫌でした。
彼はシンドゥクトが長椅子の上で青ざめて悩んでいるのを見ました。
「どうした? お前の薔薇色の唇はなぜ色褪せているのか?」
彼女は言いました。
「この世のむなしさについて考えていたのです。今、この宮殿は美しく豊かで家臣は忠実で、欠けるところはありません。しかしいずれ敵が我々のものを受け継ぎ、狭い棺が我々の住処となります。
その果実が我々の癒やしともなり悩みの種ともなる木――私たちが植え、水をやり苦労して育て、その枝に王冠や宝物を掛けた木――は成長し枝を伸ばして木陰を広げますが、遂には切り倒されることになるでしょう。安らぎはどこにあるのでしょう。」


f77v
●長椅子で嘆くシンドゥクトと慰めるミフラーブ f77v

ミフラーブはシンドゥクトをなだめて言いました。
「おまえの苦しみは新しいものではない。かりそめのこの世は常に儚く、天の定めには逆らえないのだ。」

シンドゥクトはうつむいて、頬を涙で濡らしつつ思い切って言いました。
「そうなのです。天の定めはいつも私たちの思い通りになるとは限りません。
実は、サームの息子ザールがルーダーベの心を奪ってしまったのです。彼女はいま心乱れて苦しんでいます。」
ミフラーブはこれを聞くと、飛び上がって剣の柄を握り、体が震え、顔は青ざめ、心臓に血がたぎり、
「今すぐルーダーベの血の川を作ってやる!」
と叫びました。シンドクトは立ち上がり、彼を押しとどめて言いました。
「どうかまずあなたの妻の言うことを聞いて下さい。そしてあなたの魂が理性の助言に従いますように。」
しかし彼は彼女の手を振りほどき、怒った象のように咆哮しながら彼女を突き飛ばして叫びました。 
「あの娘が生まれた時に首を切り落とすべきだった! 私はそうしなかった、祖父ザハクならしたであろうことをしなかった。そして今、彼女は私を滅ぼすためにこの愚行をおかしたのだ。私の名誉は貶められ、そして命までも危ういのだ。サームとマヌチフルが私たちに進軍すれば、カボルは踏みにじられ町も私たちの畑も作物も生き残れない。」 
「落ち着いて下さい。そんなに恐れないで。サーム殿はこのことをもう知っていて、それを伝えるためにカルガサールの地からマヌチフルの宮廷に旅しているのです。」
「それは本当なのか。うまくいくのだろうか。アフバズからカンダハルまで、ザールを婿にしてサームと同盟を結びたくない者はいないのだから。」
「この結婚の見通しはそれほど心配することではありません。土、空気、水だけでは世界は輝かず、火も必要です。元素が混在していなければならないのです。別の種族が家族に加わると、あなたを恨んでいた人たちは落胆します、それがあなたを強くするのですから。」
そして彼女はサームからザールへの返信の一部を読み上げました。
『喜べ!汝の望みは叶った。よそ者と汝が結ばれるとき、汝の敵は青ざめるであろう』

ミフラーブはシンドゥクトの話に耳を傾けましたが、まだ怒り、混乱していました。そして彼女に言いました。
「ルーダーベをここに連れてきなさい。」
シンドゥクトは、彼が怒りにまかせて彼女を傷つけることを恐れ、
「まず、彼女を無事に私のもとに返すと誓ってください。いずれ彼女はカブリスタンのものになるのですから。今のように美しいままでなくてはなりません。」
ミフラーブは娘を傷つけるようなことはしないと誓いましたが、
「マヌチフル王がどんなに激怒することか。王が挙兵した暁には、この国も母も父もルダベも残っていないだろう」
と付け加えました。

シンドゥクトは下がって娘のもとへ向かい、言いました。
「お父様にすべてお話致しました。今度はあなたが行ってしおらしくしていなさい。美しく装って行くのです」
ミフラーブの前に出たルーダーベは春の朝日のように美しく、父親は密かにため息をつき、そして怒鳴りつけました。
「無分別で恥知らずの娘よ!お前のような妖精がどうしてあのアーリマンと結婚できるんだ !」
父親の怒鳴り声に、彼女は青ざめ、目は涙でいっぱいになり息をすることもできませんでした。娘は傷心して部屋に戻ると、母とともに神にものごとがうまく運ぶように祈りました。

 

■シャー・タフマスプ本の細密画

 

サムネイル ページ番号 画のタイトル※ タイトル和訳 所蔵館と請求番号 画像リンク先 備考
f073v 73 VERSO  Zal consults the magi  ザールはマギに相談する  MET, 1970.301.8 MET p133
f074v 74 VERSO  Zal dictates a letter to Sam about Rudabeh  ザールはルーダーベについての手紙をサームに口述筆記する  Tehran Museum of Contemporary Art, Tehran, Iran 詳細画像非公開  
f076v 76 VERSO  Rudabeh confesses to Sindukht  ルーダーベは母シンドゥクトに告白する  Tehran Museum of Contemporary Art, Tehran, Iran io  
f077v 77 VERSO  Mihrab hears of Rudabeh's folly  ルーダーベの愚行を聞いた父ミフラーブ  The Museum of Fine Arts, Houston, Texas, United States(Hossein Afshar Collectionからの貸与) MFAHollis  
f077v 78 VERSO  Rudabeh before Mihrab  ミフラーブの前にいるルーダーベ Tehran Museum of Contemporary Art, Tehran, Iran 詳細画像非公開  


■細密画解説(本や所蔵美術館の解説より適宜抜粋)

●73 VERSO  Zal consults the magi  ザールはマギに相談する 
ここでは、悩めるザールが賢者に助言を求める姿が描かれている(ザールは、ザハクの子孫と結婚することを父やマヌチフルに反対されることを恐れていた)。
賢者たちは、ザルに父への手紙を書くことを提案する。「父上は我々より優れた知恵をお持ちですから」と彼らは助言する。おそらく彼は国王にとりなしてくれるだろう」と。
この細密画は、スルタン・ムハンマドと彼の助手である画家Dとの幸福な共同作業の結果である。スルタン・ムハンマドは、この絵のいくつかの部分、特に前景の人物と王座の左側の若者をデザインし、描いたようである。それ以外の部分は、ほぼDの作品である。
ザールの上にかかる天蓋の不死鳥のような鳥の模様は、幼いザルを育てたシムルグを指している可能性がある。曲がりくねった花木は、タブリーズのトルクメン絵画によく登場する。

〇Fujikaメモ:
ルーダーベと逢った翌日のことで、文章では、ザールは思わず笑みがこぼれる状態だったようです(当然ですね)。絵でも心なしか微笑んでいるように見えます。
賢者たちのターバンは、中心に棒があるのではなく、丸いお椀を伏せたようなものになっています。

●74 VERSO  Zal dictates a letter to Sam about Rudabeh  ザールはルーダーベについての手紙をサムに口述筆記する 
(画像みつけられませんでした)
〇Fujikaメモ:
文章では割と素っ気なく、父親への手紙に「私の願いを全てかなえるという、あのときの約束を守って下さい」と書いているのですが、そのままではあまりに無礼に思えてしまいました。なので「願うことなどないと思っていましたが」というニュアンスを付け足しました。

●76 VERSO  Rudabeh confesses to Sindukht  ルーダーベは母シンドクトに告白する 
〇Fujikaメモ:専門家による解説がないので、私が勝手に感想を書いてしまいます。
シンドゥクトが取り持ち女を問い詰めて、ルーダーベの秘密が露見し、呼び出された彼女がぽろぽろと涙をこぼして「生まれてこなければよかったのに」と母に告白するシーンだと思います。
画面左下に小さく描かれている横顔の中年女性が、件の取り持ち女でしょうか。
建物の左側には、外側が白っぽく中心が濃いピンクの丸い花弁(梅のような五弁)のアーモンドの花(割とよく見ますよね)。建物の右側の木には、白い五弁でやや角張った(ギザギザした)花びらの花。こちらはちょっと珍しいかも。低い位置にはムクゲのような花もあります。

●77 VERSO  Mihrab hears of Rudabeh's folly  ルーダーベの愚行をシンドゥクトから聞く父ミフラーブ 
〇Fujikaメモ:専門家による解説がないので、私が勝手に感想を書いてしまいます。
不鮮明な画像とはいえ、ミフラーブが落ち着いた様子なので、タイトルはこうなっていますが、シンドゥクトが長椅子で憂鬱そうにしているのをミフラーブが慰めたシーンではないかと思います。この直後、シンドゥクトから事情を聞いてミフラーブが激怒することになります。
二階には沢山の女性が描かれています。
中央でうつむき加減で嘆いているのがルーダーベで、その向かいにいるのが取り持ち女でしょうか。
文中には出てこないしストーリーとは関係ないと思うのですが、右奥にはスコップで作業する庭師が描かれています。

●78 VERSO  Rudabeh before Mihrab  ミフラーブの前にいるルーダーベ 
(画像みつけられませんでした)
父ミフラーブにルーダーベが激しく怒られているところ。どんな絵なのでしょう・・・。

コメント
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シャー・ナーメあらすじ:7.ザールとルーダーベの話(1/4)

2023-02-07 | +シャー・ナーメあらすじ(挿絵付き)

おもいのほか時間がかかっていたこの第七章、ようやくめどがついてきました。霊鳥シムルグに育てられたザールの、後日譚です。
この章は21節もあってとても長いので、4分割してみました。
ここまできてようやく、名前のついた女の子の登場人物が出てきますよ!そして燃える恋も☆

場面があちこちに飛び、各地で皆、そのキャラクターが際立つ個性的な行動をとります。
1回目は、一番スイートな部分。Boy meets girl の初々しい恋です。
憧れる相手に、手さえも触れる前、という恋のはじまりって、心震えるみずみずしさがあっていいよねー、と楽しみに訳していたのですが、あれ、なんか、昔みたいに共感できないような。私の心はもうパッサパサ? 年取ったってことかしら!? いや、文章を自分で書きながら共感するのはむずかしいからだな、うん。

====================
7.ザールとルーダーベの話(1/4)
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■登場人物
ザール:シスタン、ザブリスタンの若王(跡継ぎ)。生まれつきの白髪。Zal
ミフラーブ:ザールの支配地域にあるカボルの領主(アラブ系でザハクの子孫)。Mehrab / メフラーブ
シンドゥクト:ミフラーブの妃 Sindukht
ルーダーベ:ミフラーブの娘 Rudaba / Rudabeh / ルーダーバ
サーム:ザブリスタンの先王。ザールの父で、ザールに後を託してマヌチフルの命令でマザンダランとカルガサールに遠征中。Sam / Saam
マヌチフル:ザブリスタンが臣従する、大イラン帝国の王。シャー。Manuchifl
カボル(地名):アフガニスタン東部。いまの首都カブール一帯。Kabol / Kabul 。(敢えて現代の通称と違う言葉を選んでいます)

■概要
ザブリスタンの跡継ぎザールが、自分を知らしめ、見分を広めるため領内を旅していきます。
そしてアラブ系民族のカボルという国で領主ミフラーブと親交を深め、その娘を、見る前に深く恋します。
娘ルーダーベも、父親から彼の話を聞いて、逢う前から恋してしまいます。
侍女たちが恋の仲立ちをして、ふたりはある夜、こっそり逢うことができたのでした。

■ものがたり

□□1.ザール、カボルのミフラーブを訪れる 

ある日、ザールは王国を旅することを決意し、仲間を従えて旅に出ました。ヒンド、ダンバー、モルグ、マイと旅を続けました。行く先々で彼は王座を設けて豪華な祝宴をひらき、酒や楽人を呼んでもてなし、気前よく散財しました。絢爛豪華な旅をして、笑いながら、幸せな気持ちでカボルに着きました。

そこの領主はミフラーブという人で、申し分のない富豪でした。彼は糸杉のように背が高く優雅で、顔は春のように爽やかで、足取りは堂々として雉のようでありました。その心は賢く、その心は思慮深く、その肩は戦士のようであり、その心は神官のようでした。ミフラーブはザハクの子孫でしたが、ザールと争うつもりはなく属国として従っていました。

ザールの接近を知った彼は、宝物や琥珀などの様々な贈り物を持って夜明けと共にカボルを発ちました。ザールは、豪華な歓迎団が自分を迎えに来たと聞いて、前に出て彼らを迎え、あらゆる敬意を払って挨拶しました。

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●ザールの天幕を訪ね歓迎の意を表するミフラーブ f67v

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●ミフラーブからの贈り物の行列 f67v

ミフラーブをトルコ石を敷き詰めた玉座に座らせると、二人の王の前には素晴らしいご馳走が並べられました。侍従が葡萄酒を注いでいる間、ミフラーブは主君ザールを見定め、満足しました。

ザールへの祝福を述べるためミフラーブが玉座から立ち上がったとき、ザールはその姿と肢体を見定め、長老たちに言いました。
「なんと優雅な装いで美しい身のこなしの人物だろうか。かくも見事な体格であれば戦いにかけては右に出る者はいないでしょう。」

ある貴人がザールに言いました。
「高い壁に囲まれたカボルの彼の館には、その顔が太陽よりも美しく、頭から足まで象牙のようで、頬は楽園のようで、背丈はチークのように高くほっそりとした娘がいます。
麝香のように黒い髪の輪が銀色の首を覆って二筋に分かれて落ち、その先端は足首の輪飾りになります。彼女の頬はザクロの花のようで、唇は桜ん坊。彼女の銀色の胸は2つのザクロの粒を持っています。彼女の目は庭の双子の水仙です。月を求めるなら彼女の顔、麝香を求めるなら彼女の髪がその隠し場所でしょう。」

これはザールの心に動揺を引き起こし、休息と理性は失われました。
彼は考えました。この父君の娘であれば、その乙女の美しさはどれほどのことか!

夜になっても、ザールは見たこともないこの娘への強いあこがれで、眠れず、食べられず、また民族の違いを考えると猶更困り果てて思案に暮れました。


□□2.ルーダーベと侍女の娘たち

ある日の明け方、ミフラーブが女部屋に行くと、二つの太陽がありました。一人は妻のシンドゥクト、もう一人は愛娘のルーダーベです。彼らの部屋は、春の庭のように色とりどりに飾られ、甘い香りと気品に満ちていました。シンドゥクトはナツメの唇から真珠の歯を覗かせて微笑み、夫に尋ねました。
「サームの息子、この老人のような髪をした訪問者はどんな人物なのか教えてください。彼は玉座にふさわしいのでしょうか、それとも彼が育った荒野のあの巣に戻るべきでしょうか?」
ミフラーブは答えました。
「銀の胸を持つ我が麗しの糸杉よ。彼のような手綱さばきをする見事な騎手は見たことがない。
彼の心は獅子、力は象、手はナイル川のようだ。彼は王座につくと金貨を散らし、戦いになると首を散らす。彼の頬は花蘇芳のように赤く、聡明で、戦いの中では獰猛な鰐のよう、馬上では鋭い爪のある竜のようである。
どのような難癖屋でもたったひとつの欠点しかみつけられない。彼の髪は白いのだ。
しかし、この白髪が彼を際立たせている。『彼は何と魅力的なのか』と誰もが言うだろう。」

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●ミフラーブがシンドゥクトとルーダーベにザールについて説明する68v


これを聞いたルーダーベは頬をザクロの花のように赤く染め、ザールへのあこがれに心を燃やしました。彼女は食べることも休むこともできず、性格も態度も変わってしまい、情熱が知恵の座を奪ってしまったのです。

ルーダーベには5人のトルクメン人の侍女がいました。みなルーダーベに忠実で思慮深い娘たちでした。彼女はこの少女たちに言いました。
「私の秘密を聞いて。私は恋をしています。私の心はザールを思う気持ちでいっぱいで、寝ても覚めても彼のことが頭から離れないのです。私の魂をこの苦しみから解放するために、何か方法を考えて欲しいの。」

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●侍女たちに打ち明けるルーダーベ f69v

ルーダーベのような身分の者がこのような行動をとることに、侍女たちは驚きました。彼女たちは立ち上がり、率直に彼女に答えました。
「愚かな姫様! あなたは世界中の女性の王冠であり、父君の家の宝石です。肖像画はヒンドからチン、西方まで賞賛され、あなたの背丈を持つ糸杉はなく、神々に嫁いだプレアデスの姉妹たちだって姫様ほど美しくありません。
なのに、老人のように生まれ、父親に疎まれ、山の中で鳥に育てられた者を恋するなんて。
珊瑚の唇、麝香の髪の若い娘が、どうして老人と結婚しようと思うのでしょう。」

この言葉を聞いたルーダーベは、風に煽られた火のように体を震わせ、眉を弓のように曲げて怒鳴りつけました。
「チンの皇帝も西方の王もイランの王子さえもいらない! 獅子のような強さと体格を持つザールこそ、私にふさわしいのです。人が彼を老人といおうが若いといおうが、私にはとっては彼が魂と心の平和を与えてくれる人なのです。」

侍女たちは彼女の返答に驚き、声を揃えて言った。
「私たちはあなたの忠実な召使です。姫様のためになんでもしましょう。魔法を学び、鳥と飛び、鹿と走り、呪文で目を封じてでも、この王子をあなたの側に連れて参りましょう。 」

□□3.ルダベの侍女たちがザールに会いに行く 

侍女たちはどうにかしてルーダーベを助けようと考えました。彼女たちはルームの錦を身にまとい、髪には花飾りをつけて川岸に降りていきました。春も盛りのその日、彼女たちは川辺で薔薇を摘みました。
摘んだ薔薇は膝を満たしていきましたが、それでも彼女たちはあちこちを歩き回って摘み続けます。

f70v
●薔薇を摘み集める侍女たち f70v

ザールの野営地は川の向こう側にありました。侍女たちがザールの天幕のちょうど対岸に来たとき、ザールは彼の高い玉座からそれらを見つけ、尋ねました。
「あの花摘み娘たちは誰だろうか。」
廷臣の一人が言いました。
「ミフラーブ殿の宮殿から来た侍女たちで、人々がカボルの月と呼ぶ彼の娘が、薔薇を集めに行かせたのでしょう。」
ザールの心は高鳴りました。そしてザールは小姓の少年とともにさりげなく川岸を歩き、小姓から弓を受け取ると、一羽の鴨が水面から翼をひろげ飛び立つのを見計らって、矢を放ちました。

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●矢を射たザール f70v

矢は水鳥を仕留め、丁度娘たちのそばの水際に落ちました。ザールは小姓にそれを取りにやらせました。小舟で川を渡ってきた少年に、侍女のひとりが声をかけました。

「あなたのご主人、あの獅子のような体格の射手は誰なの?彼より立派な騎士も、弓の上手な射手も見たことがないわ。」
かわいい少年ははにかんで言いました。
「ぼくのご主人はザブリスタンの王で、サームの息子、名前はザールです。地上でいちばん、美しく逞しい騎士です。」

f70v
●侍女たちと話をする小姓70v

少女たちはその少年をからかうように笑いかけて答えました。
「いいえ、ミフラーブ公の宮殿に、あなたの王よりずっと素敵なお姫様がいます。
その目は物思いにふけり、その眉は弧を描き、その鼻筋は銀の葦のよう、その頬はチューリップのような色で、その髪の先は足首の輪飾りのように巻きついています。彼女は無比の月なのです。
じつは私たちは、ザール殿の唇に姫様の紅玉の唇を触れさせたいのです。」
それを聞いた少年の顔は真っ赤になりました。
「確かに、太陽は月と結ばれるべきです。」
と少年は答えました。

少年はザールのもとに戻ってきました。
ザールは小姓に、少女たちが何を言ってそんなに笑ったのか、なぜ顔を火照らせているのか尋ねました。少年は聞いたことをザルに話すと、ザールの心は喜びに浮き立ちました。
彼は小姓に、侍女たちへの伝言ー薔薇の茂みの中に隠れているように―と姫君への贈り物を持たせ、再度川を渡らせました。

f69v
●川を渡った小舟70v

ザール自身も川を渡り、侍女たちのいる薔薇の茂みに行きました。
そして彼女達に、姫君の背丈や美しさ、話し方や知恵などを質問しました。侍女たちはザールに跪いて挨拶し、ルーダーベの美しさを雄弁に説明しました。

王子は心急いて、しかし平静を装って侍女たちに語りかけました。
「何とか姫君にお逢いするすべはあるでしょうか。私の心と魂は姫君への愛で満たされており、彼女の顔を一目見たいと切望しています。」
侍女たちは答えました。
「お許しを頂ければ、私たちは城に戻ります。そして、閣下の英明、美貌、誠実さ、そして熱い情熱について、姫君にすべてをお伝えします。どうぞ今晩、投げ縄を持って城壁に来て下さい。」

□□4.ルーダーベのもとに帰る侍女たち 

ザールは夜を待ちましたが、まるで一年が過ぎゆくように感じました。
少女達が城に到着したとき、それぞれ花束を2つ持っていました。城壁を守る門衛は眉をひそめて叱りつけました。
「こんなときに、随分と遠出してきたもんだな!」
彼女たちは心に秘密を抱え、むしろはしゃいだ様子で答えました。
「別にいつもと同じよ。だって春なのですもの。ルーダーベ様のために、薔薇とヒヤシンスを摘んできたの。」
「今日はそんなことをしている場合ではない。ザボレスタンの王ザール殿が近くまで来ているのだ。ミフラーブ殿が毎日通っているのを知っているだろう? もしザール殿が花を摘んでいるお前たちに出くわしたら、何をされるかわからないぞ。」

f71v
●守衛に叱られる侍女たち71v

少女たちは館に入り、姫のところへ行き、座って秘密を打ち明けました。ザールからの錦や宝石を見せると、ルーダーベは彼について詳しく知りたがりました。
5人の少女は一斉に話し始め、誰が王女に自分の見たことを伝えるべきかを競い合いました。
「ザール殿は美しい糸杉のようで、身につける衣装の色、香水、すべてが優雅で、王族の栄光を放っています。背丈はすらりとして、腰は細く、胸は高く、肩や腿は隆々として獅子のようです。
目は二輪の黒い水仙のよう、唇は珊瑚のようであり、彼の頬は銀の鎖帷子をまとった花蘇芳のように、薔薇色の肌に銀の産毛があります。
学識があり賢者の思慮深さがあり、威厳があります。髪は真っ白ですが、これによって魅力を欠くものではないのです。」
「ザールは鳥に育てられ、老人の頭をした枯れた若者だという人もいますが、やはり違ったのですね。」
ルーダーベはそう言うと、頬をザクロの花のような色に赤らめて微笑みました。
侍女たちは言いました。
「私たちはザール殿に、姫様に会えると伝えました。彼は希望に満ちた心で自分の野営地に帰っていきました。さあ、お客様をお迎えする準備をしましょう。そしてすべてがうまくいくように祈るのです。」

ルーダーベは自分の館を持っていたため、彼女の親族は何も疑いませんでした。
ルーダーベの部屋は陽気な春のように、偉大な男たちの肖像画で飾られました。
侍女たちは部屋をチンの錦で飾り、瑪瑙やエメラルドを盛った金の盆を置きました。葡萄酒には麝香と龍涎香で香りをつけ、部屋中を水仙、菫、花蘇芳、薔薇、ジャスミンの花で飾りました。
ゴブレットは金とトルコ石でできており、透明な薔薇水に浸されたお菓子もあります。
このようにして、月のかんばせの姫君の部屋から薔薇の香りが立ち上り、太陽の君を待ち受けたのです。

□□5.ザールがルーダーベのもとを訪れる 

日が暮れると、姫の館には外から鍵がかけられましたが、侍女のひとりがザールのもとに忍んで行き、言いました。
「準備が整いましたので、お越しください。」 
ザールは心急いて城に向かいました。
ルーダーベは館の屋上ー城壁の上ーに出てザールを待ちました。その様子は、満月を頂く糸杉のようでした。そしてザールが現れると、彼に声をかけました。
「よく来てくれました、高貴な生まれのお方。あなたは私の侍女たちの説明した通りですね。高貴なあなたを、ここまで騎馬ではなく歩かせてしまってごめんなさい。」
彼はその声を聞き、城壁の上のルーダーベを見ました。その美しさは宝石のようにあたりを輝かせました。
彼は答えたました。
「おお、月のかんばせの姫よ。あなたの顔を見ることができるようにと、幾夜神に願ったことか。今、あなたはその声、その優しい言葉と優しさで私を幸せにしてくれます。
しかしいま、貴女は高い城壁の上にいてわたしは地上にいて、もどかしい思いです。」

ザールの言葉を聞いたルーダーベは緋色の頭巾を脱ぎ、そして、そのすらりとした糸杉の頂きから比類ない麝香の投げ縄ー美しい黒髪ーを解き放ちました。彼女の髪は城壁の上からまっすぐ垂れて地面に達しました。
「勇敢な戦士よ、どうぞこの髪を掴んでください。」

f72v
●胸壁から黒髪を垂らすルーダーベ f72v


ザールは驚いて彼女の髪と顔を交互に見つめました。
彼女は彼がその麝香の投げ縄にしばしば口づけするのを聞きました。
彼は言いました。
「それはいけません。美しい麝香を傷つけたくありませんから。」
そして従者から投げ縄を受け取り、息もつかせぬ早さで軽々と投げつけました。
投げ縄はうまく胸壁に引っかかり、彼は60キュビトの高さを軽々と登ってきました。
ルーダーベは駆け寄って、思わず彼の手をとり、そして愛に酔いしれた二人は手を握り合ったまま、屋根の上からルーダーベの黄金の間へと降りていきました。

二人は並んで座りました。
ルーダーベの姿は、宝石が縫い取られた錦の衣装、金と宝石の腕輪、首飾り、耳飾りに飾られ、花が咲き乱れる春の庭のようです。でも、きらめく宝石よりももっと美しいのは、ジャスミンに囲まれた赤いチューリップのような頬、麝香のような髪の巻き毛、愛らしさと気品のある彼女の表情でした。ザールは感嘆し、魅入られ、見つめ続けました。

ルーダーベは恥じらいに目を伏せながらも、ザールをちらちらと盗み見るように見ました。すらりとしたその体、剣帯をつけた厚い胸、その優雅な首、槌の一振りで岩を砕くその盛り上がった肩、そして心が震えるほど美しいその頬を、見るほどに彼女の心は燃え上がり、彼らは口づけして、愛に酔いしれました。

ザールは月の顔をした乙女に言いました。
「麝香の香りのする銀色の糸杉よ!マヌチフル大王は決して同意しないだろうし、父は声を荒げて反対するかもしれません。しかし神に誓って、私は決してあなたへの忠誠を断ち切ることはなありません。 」
ルーダーベは答えました。
「私も信仰と正義の神に誓って、あなた以外は私の主でないと誓います。」
二人の愛は夜が更けるにつれてますます深まり、知恵は愛の炎の前に逃げ去りました。
空の色が変わり夜明けを告げる太鼓の音が鳴り響いたとき、二人は涙を流し、昇る太陽に願いました。
「世界を照らす太陽よ!どうかもう少しだけ!そんなに早く昇らないで!」

ザールはルーダーベに別れを告げ、最後に、縦糸と横糸が絡み合うように強く彼女を抱きしめました。
そして、ザルは胸壁から投げ縄を落とし、まっすぐ下降して、自分の野営地に帰っていきました。

 

■シャー・タフマスプ本の細密画

サムネイル ページ番号 画のタイトル※ タイトル和訳 所蔵館と請求番号 画像リンク先 備考
f067v 67 VERSO  Zal receives Mihrab's homage at Kabul  ザールはカブールで王ミフラーブの表敬訪問を受ける  個人蔵 Hollis 本※のp129
f068v 68 VERSO  Mihrab describes Zal to Sindukht and Rudabeh  ミフラーブは王妃シンドゥクトと王女ルーダーベにザールを説明する  Tehran Museum of Contemporary Art, Tehran, Iran Hollis  
f069v 69 VERSO  Rudabeh confides in her maids  ルーダーベ、メイドに打ち明ける  Tehran Museum of Contemporary Art, Tehran, Iran Hollis  
f070v 70 VERSO  Rudabeh's maids meet Zal's page at the river  ルーダーベの侍女たちは川でザールの手下と出会う  Tehran Museum of Contemporary Art, Tehran, Iran ioHollis  
f071v 71 VERSO  Rudabeh's maids return to the palace  ルーダーベの侍女が宮殿に戻る  MET, 1970.301.6 MET  
f072v 72 VERSO  Rudabeh makes a ladder of her tresses  ルーダーベは自分の髪で梯子を作る。 MET, 1970.301.7 MET  

■細密画解説(本や所蔵美術館の解説より適宜抜粋)

●67 VERSO  Zal receives Mihrab s homage at Kabul  ザールはカブールで王ミフラーブの謁見を受ける 
この陽光降り注ぐ接待シーンは、まるで園遊会のような雰囲気で、ミール・ムサヴヴィールが、いつものようにハンサムで愛想のよい従者たちを登場させたといえる。
ザールの近くに立っているミール・ムサヴヴィールの小人は、その整った体型で目を楽しませてくれる。ミフラーブ(Mihrab)は、贈り物の行列が通り過ぎるとき、謙虚さを簡単に身にまとっている。右上の丸々とした廷臣は、カルプス・スルタンの別の肖像と思われる。

〇Fujikaメモ:
ものすごく多い人物を描いていて、とても手が込んでいる絵ですよね。
解説にもありますが、ミフラーブは肩をすくめたようにしゃちほこばって、かしこまった様子で描いてあります。
ザールの前のお盆に積み上げられた赤いものはザクロでしょうか。

●68 VERSO  Mihrab describes Zal to Sindukht and Rudabeh  ミフラーブ王は王妃シンドゥクトと王女ルダベにザールを説明する 
〇Fujikaメモ:専門家による解説がないので、私が勝手に感想を書いてしまいます。 
客人ザールの様子を、ミフラーブが妻と娘に説明しています。
この不鮮明な画像でも、娘ルーダーベが物思いにふけって、あらぬ方を見やっている様子が伺えます。
画面手前には、5人の侍女がザクロや花籠を運んで行き来しています。

●69 VERSO  Rudabeh confides in her maids  ルーダーベ、侍女達に打ち明ける 
〇Fujikaメモ:専門家による解説がないので、私が勝手に感想を書いてしまいます。 
画面の右三分の一がハレムの外で、左側が女たちの世界、という構図です。
ここではルーダーベが侍女よりえらく大きく描かれています。重要人物ということと、あと実際背が高い、ということを表現しているのでしょうか。
三か所の窓からは綺麗な庭の花や木が見えています。

●70 VERSO  Rudabeh's maids meet Zal's page at the river  ルーダーベの侍女は川でザールの手下と出会う 
〇Fujikaメモ:専門家による解説がないので、私が勝手に感想を書いてしまいます。 
これは、鮮明な画像のおかげかもしれませんが、とっても綺麗な絵!
このシリーズで(画像がみつかったものの中で)唯一、完全な屋外シーンです。
画面を横切る川。最初はもっと明るい色(青と銀?)だったのかもしれません。
川の向こうには、咲き乱れる花と、カラフルな服を着た侍女5人と、ザールの小姓の少年。
侍女のうち一人は肌が褐色です。
小姓はザールによって射られた水鳥と矢を持っています。
(ザールが水鳥を射たのは、勿論侍女たちに近づくためで、あと未婚女性に近づけるのは少年だけなので小姓が行かされたわけです)
川の中には小舟。
川の手前はザールの野営地側で、ひときわ目立つように弓を射たザールを描いてあって、ほかにも男性が数人います。
川の手前側にも川を背景にして植物がくっきり描かれています。
よく見ると川には波模様や魚も描いてあります。
この章の中でこの絵が一番好きです。

●71 VERSO  Rudabeh's maids return to the palace  ルーダーベの女中が宮殿に戻る 
ルーダーベのメイドは急いで彼女の宮殿に戻りますが、警備員から遅くまで外出していると叱られる。彼女たちは花を摘んでいたと答え、ルーダーベをザールの話で喜ばせる。
〇Fujikaメモ:
侍女たちが門番に叱られるシーンの文章は、私の拙い英語力、そして翻訳ツールで訳された変な日本語にもかかわらず、とてもリアルです。
若い女の子が5人集まって、とある秘密を共有してしまったら、それはもう、クスクス笑ったりはしゃいだり、そのうわずった様子が浮かぶようです。
絵は、割と端正で静的な構図です(ヘラート派?)。
長時間出かけていた割には持ち帰った花が、ちょっと足りないような気もします。

●72 VERSO  Rudabeh makes a ladder of her tresses  ルーダーベは自分の髪で梯子を作る。
ルーダーベの侍女の一人がザールを宮殿から王女のパビリオンに忍び込ませる。ルーダーベは壁を登るために髪の毛を下ろすが、ザールは投げ縄を投げて屋根の銃眼をキャッチし、それから彼の最愛の人に会うために登っていく。
〇Fujikaメモ:
これは、シャーナーメの中でも有名なシーンのひとつ。このシーンの挿絵はおそらく沢山あると思います。
シャータフマスプ本のこの挿絵は、ちょっとさみしい(物足りない)ような気もしますが、夜だし、こんなもんかな?
(METも、ホートン氏と交渉したときこの有名なシーンの絵を希望したのでしょうね)
翻訳の参考にしている本(Ferdowsi, Abolqasem. The Lion and the Throne: Stories from the Shahnameh of Ferdowsi, Volume 1 (p.108). Mage Publishers. Kindle 版. )では、別の絵を採用しています。で、どちらも、髪は(文章の表現とは異なり)地面にまでは達していないです。さすがに何メートルもの長さの髪は描きにくかったのかな。
ザールがのぼった城壁と、ルーダーベの館(部屋)の位置関係が不明です。
門番がいたので、カボルの宮殿を囲む城壁はあるのだと思うのですが、
・ザールが登ったのはAカボルの宮殿を囲む城壁? Bルーダーベの館の壁?
・Aだとすると、ルーダーベの館には、いったん城郭内の地面を歩いて彼女の館まで移動しなくてはいけない?
・Bだとすると、カボルの城壁のどこかをこっそり抜けて城内に入ったということになります。
・今回は、よくわからないながらも、今回は、A城壁を登った、というように解釈し、しかも彼女の館はその壁に接している(階下にある)という設定にしてみました。女達の住む館は、本当は城内の奥深い場所にありそうで、城壁に近いところにあるとは考えにくい気もしますが・・・
お分かりの方、コメント欄で教えて下さい。




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シャーナーメあらすじ:6.サームと霊鳥シムルグの話

2023-01-17 | +シャー・ナーメあらすじ(挿絵付き)

ようやく、物語らしくなってきました。ここから先しばらく、シャーナーメで一番有名かつ面白い部分のひとつではないかと思います。
次は、今回の主人公の恋物語も出てきますよ☆

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6.サームと霊鳥シムルグの話
====================

■登場人物
サーム:シスタン(ザブリスタン)の領主。ナリマンの息子。イラン前王ファリドゥンの信頼する盟友であり現王マヌチフルの後ろ盾を頼まれている。
アノン:サームの子の乳母
ザール:サームの息子。白髪(先天性色素欠乏症)。
霊鳥シムルグ:アルボルツ山に住むという1700年の命を持つとする聖なる鳥。300歳になると卵を産み、その卵は250年かかって孵るという。そして、雛が成長すると親鳥が火に飛び込んで死ぬとされている。Wiki
マヌチフル:イラン王
ノウザー:マヌチフルの息子。イラン王子。
シスタン(地名):イラン東部からとアフガニスタン南部にまたがる低地。ザブリスタンもほぼ同義。ヒンド’(インド)は西にあたる。
アルボルツ山脈(地名):カスピ海の南、テヘランの北に横たわる山脈。シスタンから見ると東に相当する。最高峰は(ザハクが閉じ込められた)ダマーヴァンド山(5610m)。Wiki
シムルグの棲む山とされる。シスタンと実際のアルボルツ山脈は1200kmくらい離れているので、現実的には、ちょっと子供を捨てに行くには遠すぎると思われます。あとサームの夢のお告げにヒンドからの使者的なものが出てくるのだけれど、これはアルボルツ山脈とは逆方向。各種神話が混ざって地理的に不整合なことになったのかなあ。
カレン:イランの戦士。マヌチフルの王位奪還に貢献した。

■概要
シスタンの領主サームの息子は生まれつき白髪でした。これを恥じた王サームは赤子をアルブルズ山に捨てさせますが、霊鳥シムルグが彼を拾い育て上げます(シムルグは、鳳凰/火の鳥/フェニックスを思わせます)。
サームは赤子を捨てたことを悔いて、立派に育った息子ザールを取り戻し、自分の跡継ぎにします。イラン王にもこのザールを認めてもらい、彼に領地を託して出陣していきます。
この部分は絵が6枚。巻頭からずっと、毎見開きの片側が絵というのが続いています。


■ものがたり

□□ザールの誕生 
シスタンにはサームという領主がいました。彼には子供がおらず悲しく思っていました。

f61v
●シスタンの領主サーム61v

彼の妻のひとりに、頬はバラの花びらのよう、髪は麝香のよう、顔は太陽のように美しい女性がいました。彼女はサームに希望を与えました。彼の子を宿していたのです。
彼女が月満ちて生んだ赤ん坊は、美しい男の子でしたがその髪は真っ白でした。家中の女たちがその子のことで泣き、誰もこの美しい女が産んだ子が老人であることをサームに告げませんでした。

f40v
●母親と白い髪の赤ん坊61v


一週間ほど経ったとき、勇気ある乳母アノンがサームの前に申し出ました。
「あなたの女たちの部屋で、あなたの愛する者から立派な男の子が生まれました。その身体は純銀のよう、その顔は楽園のようで、醜いところを見つけることはできません。たったひとつ、この子の欠点は、髪が白いことでございます。」
サームは玉座から下りて女部屋に入りました。彼は息子の白い髪を見てこの世に絶望し、異形の子供を恥じました。そしてこの子を、霊鳥シムルグの棲む遠く離れたアルボルツ山脈へ連れて行くように命じました。従者は赤子を連れて行って山肌に寝かせ、宮中に戻りました。

巣の中にいたシムルグは、雛の食べ物を探すため飛び立ったとき、地面に横たわって泣きじゃくる赤ん坊を見つけました。彼の揺りかごは茨、乳母は土です。裸の乳飲み子の唇を潤す乳はありません。
灼ける黒い大地が彼を取り囲み、彼の頭上には天の頂で照りつける太陽がありました。もしそばに誰かいたら、少なくとも彼を太陽から守ることができたでしょうに・・・。

シムルグは雲間から降り立ち、その爪で灼ける石から彼を持ち上げました。彼を巣に持ち帰り、雛たちに食べ物として与えるつもりでした。
しかし、神様は別の計画をお持ちでした。
シムルグとその雛たちが、激しく泣いて涙を流している小さな子供を見たとき、不思議なことが起こったのです。彼らは可哀想な赤子の愛らしい顔を優しく見つめ、赤子を育てることにしました。

シムルグは、赤ん坊のために獲物の中で最も柔らかな物を選び、乳の代わりにその血を与えました。このようにして幾年も過ぎ、その子は立派な青年に成長しました。

f62v
●雛たちと赤ん坊に獲物を運ぶシムルグ62v



山々を行き交うキャラバンが通りかかり、彼を見つけました。

f40v
●白い髪の不思議な若者を見て驚くキャラバン62v

すらりとした体は糸杉のよう、胸は銀の山、ほっそりした腰は葦のような美しい青年の噂は広まり、シスタンの領主サームにまで届きました。もし息子が生きていたらこの若者くらいかと考えたサームの心は乱れました。

□□ナリマンの息子サームの夢 

ある夜、サームは時の流れに打ちひしがれ、心乱れて眠っていました。そして、西方ヒンドから来た男がアラブ馬に乗って駆けつけ、息子についての良い知らせを持ってくる夢を見ました。彼は目を覚ますと、賢者たちを呼び、この夢と、また先日若者について聞いた噂を告げました。
「これにどう答えるか? 私の息子は加護により生きているのか、それともやはり寒さや暑さに斃れたのか。」
彼は尋ねました。
その場にいた皆がサームに言いました。
「石の巣にいるライオンやヒョウ、魚や海の怪物たちですらみな自分の子供を愛し、養い、神に感謝するものです。『息子は死んだ』とあきらめず、懺悔してその子を探しに行くのです。神が認める者は守られていることでしょう。」

翌日、サームは相談役と軍司令官たちを呼び寄せ、自分が拒絶したものを取り戻すために山へ向かって出発しました。
夜が訪れると野営地で安らかな眠りにつきました。
彼は夢で、ヒンドの山々の上に旗が掲げられ、美しい顔の青年が左右に賢者と神官を従え、強大な軍勢を率いているのを見ました。
片方の賢者がサームのところにやってきて、冷ややかな口調で言いました。
「傲慢で不道徳な男よ、汝は神の前で恥じるべきである。
鳥に自分の息子を養ってもらっておいて、汝のどこが英雄か?
髪が白いのが欠点だというなら、汝こそ身体は日ごとに色合いを変えて、髭と髪は柳の葉のように白黒が混じっているではないか。汝は神からの贈り物を軽んじたのだ。
汝は息子を見捨てたが、神は彼の保護者であり慈しみ育てて下さった。」

サームは罠にかかった獅子のように、寝ながら泣きました。
翌日、彼は漂流者を捜すために山へ向かって旅を続けました。やがて山頂がプレアデス星雲に届く山があり、その上に黒檀と白檀で編んだ大きな巣があるのを彼は見ました。

サームは雲の中にそびえ立つ宮殿のようなその恐ろしい巣を見つめましたが、それは人の手や粘土や水で作られたものではありませんでした。彼方の巣のそばには一人の若者が見えます。
彼は、野生動物の足跡からこの断崖の山に登る道を探そうとしましたが、見つかりません。彼は叫びました。
「全ての場所の上に、太陽と月と輝く虹よりも高いところにおられる方よ、この若者が本当に私の腰から出たもので、悪鬼の子でないなら、私がこの山に登るのを助けてください。」

f40v
●断崖の麓で神に祈るサーム63v

巣にいるシムルグは、人々が若者を探しに来たと知り、サームの息子に言いました。
「今、お前の父、英雄の中の英雄である偉大なサームが息子を探しにこの山に来ています。私はお前を彼の元に返さねばなりません。」
若者の目は涙でいっぱいになりました。この若者は人と交わらず育ちましたが、シムルグの使う言葉を学び多くの知恵と古代の伝承を聞いて聡明に育ったのです。
「この巣は私にとって王座であり、あなたの羽は私にとって輝かしい王冠でした。私は神の次に貴女に感謝を捧げています。」
シムルグは答えました。
「広くすばらしい世界に行って、運命がどうなっているか見てきなさい。そして私のこの羽を持って行くのです。もし、あなたに何か困難が起きたら、私の羽を一枚火の中に投げ入れなさい。そうすればすぐに助けに行きましょう。どうかお前を愛しているこの乳母のことを忘れないでおくれ。」

f63v
●サームの息子を諭すシムルグ63v

こう言って、別れを惜しんで最後にもう一度彼を抱き締め、雲に舞い上がるように彼を持ち上げて、急降下して父の前に降ろしました。
父はこの青年を見ると涙を流し、シムルグの前に頭を下げて敬意を表しました。父はこの若者の頭から足までじっと見て、この子は王冠と王座にふさわしいと思いました。
若者の胸と腕は獅子の如く、顔は太陽の如く、心は王者の如く、腕は剣士の如くでありました。白いまつげですが瞳は漆黒で、珊瑚の唇と血のように赤い頬をしていました。白い髪のほかは、何も欠点がなかったのです。

サームは歓びに満ちて息子に祝福を呼びかけました。そして息子の体に王者のマントをかけ、山を下りて行きました。平原に着くと、彼は息子に王衣を着せ、ザールの名を与えました。
全軍は歓喜の鬨の声をあげ、進軍をはじめました。
太鼓の象が先導し、濛々たる埃の中、太鼓と喇叭、金の銅鑼と鈴の音が鳴り響き、騎馬隊は高らかに声を上げ、こうして彼らは帰路につきました。

f64v
●帰還するサームと息子と軍隊64v

f64v
●養い子との別れを惜しむシムルグ64v

f40v
●巣の雛たちもザールを見送る64v

□□マヌチフル王がサームの遠征について聞く 

イラン王マヌチフルは、サームが山から華々しく帰ってきたことを知りました。そして、息子ノウザーを急いでサムのもとに送り、祝いの言葉と、サームと息子への王の招待を伝えさせました。

ノウザーの伝言を聞いたサームは地面に口づけをすると、王の命令通りすぐに宮中へ向けて出発しました。
サームが到着すると、マヌチフルは王座の片方に戦士カレン、もう片方にサームを座らせました。

f65v
●●王座のマヌチフルと戦士カレン、サーム65v

その時、侍従がサームの息子ザールを案内しました。ザールは立派な服を着て、頭に金の冠をかぶり、金のメース(棍棒)を携えていました。

f65v
●王座の前に出るザール65v

王はザールの立派な体格、そして普通とは違う特別な美しさと生い立ちを大層気に入って、褒め称えました。そして王はサームに約束させました。
「私のために、彼を十分世話してくれ。彼の望みには逆らわないで、よくしてやりなさい。お前の幸福を彼だけに見いだして、この美しい若者に色々と教えてやりなさい。」

サームは王に約束し、そしてまた、自分の子供を捨てた経緯と、霊峰に棲むシムルグとその巣、子供がそこで育てられたこと、彼の後悔、そして息子を見つけるための遅すぎた探求とシムルグによる息子の返還について詳しく語りました。

□□ザールがザブリスタンに戻る

王は賢者、占星術師、神官たちにザールの星回りを調べさせ、星がザールに対して何を定めているかを調べるように命じました。占い師たちは「彼は誇り高く聡明で、優れた騎手、そして偉大な領主となることでしょう。」と言いました。

f65v
●占星術師たち65v

王はこの言葉を聞いて喜び、サームの心も悲しみから解放されました。マヌチフルはサームに、栄誉の衣を与え、沢山の宝を与えました。黄金の鞍をつけたアラブの馬、宝石を散りばめた金襴の錦を着た西方の奴隷達、絹織物や絨毯、エメラルドの盆、トルコ石を嵌めた金銀のゴブレットー麝香や樟脳、サフランが詰められたー、黄金の鞘のインドの太刀や手甲、兜、槍、矢、弓、矛をはじめとした様々な武具などです。そして、カボル、ダンバル、マイ、インド、シナ海からセンド海、ザブリスタンからボストまでの領有権を与えるという、サームに対する天の賛美に満ちた憲章を書き、封印したのです。

勅書とこれらの贈り物を受け取ると、サームは立ち上がり、王を称え王座に接吻しました。
太鼓を象に括り付けさせ、ザールと一緒にザブリスタンに向かうのを、町中の人が見送りました。
サーム自身の領地、シスタンに彼が近づくと、彼の叙任の知らせが先行し、住民たちはシスタンをまるで楽園のように飾り立てて歓迎しました。
貴族達も皆サームの前に出て、「若者のこの地への到着が吉祥でありますように」と言って、ザールを祝福し、金貨を浴びせました。

□□サームはザールに本領を授ける

ほどなくして、サームは国の相談役たちを呼び寄せて話をしました。
「気高く思慮深い助言者たちよ。賢明な王マヌチフルの命令は私が軍を率いてゴルグザランとマザンダランを侵略することだ。しかし、私の心の支えである息子はここに残る。
この若者は私の拠り所であることを忘れないように。そして、私の代理人として彼をお前たちの間に置いておく。彼をよく扱い、よく助言し、高貴な人生への道を示してやってくれ。」

           f66v
f66v
●話をするサームと集められた相談役たち66v


そして向き直って、ザールに言いました。
「正しく、寛大に行動すること。これこそが幸福を求める道だ。ザブリスタンはお前の家であり、この領域はすべてお前の指揮下にある。この国がお前の統治下で繁栄し、臣民の心を喜ばせるようにしなさい。宝物庫の鍵はお前のものだ。お前の繁栄は私の歓びであり、お前の失敗は私の悲しみである」。

f66v
●別れをつげるサームと動揺するザール66v

若いザールはサームに言いました。
「今、私は父上なしでどうやって生きていけばいいのでしょうか? ようやく和解した今、どうしてまた別れなくてはならないのでしょう? 
今の私はかつての保護者からも遠く離れ、ただ運命に身を任せ、茨に包まれているようです。」

サームは言いました。
「占星術師たちは良い星がお前を導くと言っている。お前の家も軍隊も王冠もここにあり、天命に逆らうことはできない。ここでこそ、お前の愛が花開くはずだ。騎士と賢者を集め、知恵ある者を喜び、彼らに耳を傾け、学ぶのだ。人生を楽しみ、寛大になり、知識を求め、公正になりなさい。」

こう話したとき、太鼓の音が鳴り響き、空気は土埃で真っ黒になり、地面は黒檀の色になり、銅鑼とシンバルの音が館の前に聞こえてきました。そしてサームは大軍を率いて出陣しました。
ザールは途中二行程ほど同行しましたが、別れ際、父は彼を強く抱きしめて大粒の涙を流しました。そしてどう生きれば良い名を残せるかを考えながら、帰路につきました。

彼は学問に熱心で、各州から占星術師や賢者、武人や騎士などの知識人を呼び寄せては、あらゆる事柄を話し合いました。
昼も夜も彼らと一緒になって、重要なことから些細なことまで話し合いました。ザールは学問に長け、まるで輝く星のような存在となり、世界中の誰も彼のような知識と理解を持つ人を見たことがありません。こうして天は回り、サームとザールの上に愛の天蓋を広げました。

■シャー・タフマスプ本の細密画

サムネイル ページ番号 画のタイトル※ タイトル和訳 所蔵館と請求番号 画像リンク先 備考
f061v 61 VERSO  The birth of Zal  ザールの誕生  Tehran Museum of Contemporary Art, Tehran, Iran /Hollis  
f062v 62 VERSO  Zal is sighted by a caravan  ザール、キャラバン隊に目撃される  The Museum of Fine Arts, Houston, Texas, United States. LTS1995.2.46 Hollis/flicker  
f062v 63 VERSO  Sam comes to Mount Aiburz  サーム、アイブルズ山へ来る  Tehran Museum of Contemporary Art, Tehran, Iran  Hollis 本※のp125
f064v 64 VERSO  Sam returns with Zal  サムがザールと共に帰還する  The Ebrahimi Family Collection, ELS2010.7.2 Hollis/flicker  
f065v 65 VERSO  Zal before Manuchihr, Sam, and Qaran  ザール、マヌチフル、サム、カランの前に立つ  Tehran Museum of Contemporary Art, Tehran, Iran Hollis  
f066v 66 VERSO  Sam takes leave of Zal  サムがザールと別れる  Tehran Museum of Contemporary Art, Tehran, Iran /Hollis  

※画のタイトルはこの本”A King's Book of Kings: The Shah-nameh of Shah Tahmasp" (Stuart Cary Welch) による

■細密画解説(本や所蔵美術館の解説より適宜抜粋)
●61 VERSO  The birth of Zal  ザールの誕生 
〇Fujikaメモ:専門家による解説がないので、私が勝手に感想を書いてしまいます。 
画面の下4分の1あたりをくっきり分ける塀があり、その上が女達の世界のハレム、下が男達の世界になっています。
画面上部左側には産室があって、白い髪の赤ちゃんを母親に見せています。お母さんは、表情に乏しいペルシャ細密画にかかわらず、あきらかににっこりしています。
この絵では、女達は驚いた様子(口に人差し指をあてたり)はなく、あからさまに嘆いている人もいないようです。
このお母さんは、物語の中で名前も与えられず、可愛い子供を捨てられてしまった後のことも(彼が戻ってきたときのことも)不明です。(この不名誉な出産で、このあと後宮を追われたのでしょうか・・・)あ、もしかして元気でいて、次話に出てくるかな? 次はザールの恋物語なのです。

●62 VERSO  Zal is sighted by a caravan  ザール、キャラバン隊に目撃される 
〇Fujikaメモ:専門家による解説がないので、私が勝手に感想を書いてしまいます。
この62vと次の63vはまるで「間違い探し」のようにとてもよく似た構図です。
画面左側が、枠からはみ出すほどの険しい岩山。
右側の下半分は地面(山の麓)で、上半分は金色の空(昼)です。
この2ページは、一枚めくった同じ側のページになっていて、キャラバンが山に来て、次にサームが迎えに来た、という様子をパラパラ漫画風に見ることが出来るのかもしれません。(あと、作画上の省力もはかってる?)
シムルグは、カラフルで長い尾で、とても中国の鳳凰っぽいです。

●63 VERSO  Sam comes to Mount Aiburz  サム、アイブルズ山へ来る
この見事なデザインのページは、スルタン・ムハンマドの助手の一人である画家Dの作品であると考えられる。この絵はすべて彼によって描かれ、その岩には彼特有のグロテスクなものが生息していますが(岩のごつごつに人の顔や姿が隠れている)、聳え立つ崖のあるこの絵のインスピレーションは、スルタン・ムハンマドの『ガユマールの宮廷』から得たものである。シムルグの豊かな羽毛は、刺繍職人のためのガイドとして描かれたトルクマンの図面を思い起こさせる。モップ状の樹木が唐草模様のリズムで反転しているのは、画家D特有のものである。

〇Fujikaメモ:
62vとほぼ同じ構図。
この場面ではシムルグとザールが話し合っている様子なので、シムルグが父のもとに戻るよう聡し、ザールは手ぶりをして驚き悲しんでいるところだと思います。 
巣の中には二羽のシムルグの雛たちもいます(ほぼ母親と同じ姿形)。
人間には上れない険しい山の麓で、サーム一行が往生しています。
力ずくでは連れ戻せない状態で、ザールが無事父のもとに戻ったのは、ひとえにシムルグの配慮ですよね・・・。

●64 VERSO  Sam returns with Zal  サムがザールと共に帰還する 
〇Fujikaメモ:専門家による解説がないので、私が勝手に感想を書いてしまいます。 
正装したザールを白象の背駕籠に乗せ、サームとその軍勢が帰還するところです。
(文中では両資料ともザールは馬に乗るような記述でしたが)
空にはシムルグが華麗に舞っていて、別れを惜しんでいるようです。
枠からはみ出したところに描いてある巣にはやはり二羽の雛がいて、前の2枚の絵よりもこの絵の雛の方がしゃっきりしています。一羽はザール達を観察しているような。
画像が鮮明なので、軍隊の楽器(まっすぐな喇叭、カーブした喇叭、太鼓など)や装備がよく分かります。

●65 VERSO  Zal before Manuchihr, Sam, and Qaran  ザール、マヌチフル、サム、カランの前に立つ 
〇Fujikaメモ:専門家による解説がないので、私が勝手に感想を書いてしまいます。 
イラン王宮が舞台で、王座を描く、よくある構図になっています。
今回は中央がマヌチフルで、左右がカレンとサームなのですが、どちらがどちらかはよく分かりません。
白い髪のザールは、不鮮明な画像でもよく分かります。
王座の前に座る三人が占星術士達でしょうね。

●66 VERSO  Sam takes leave of Zal  サムがザールと別れる 
〇Fujikaメモ:専門家による解説がないので、私が勝手に感想を書いてしまいます。 
サームが遠征に出陣することになり別れを告げる場面。
前の画面と変化をつけるためかどうか、ここはあづまやの下になっています。
二人とも手振りを添えて、熱く語り合っている様子です。
二人の間のテーブルの上の首の長い容器は、ワインでしょうか。右の戸口から若者がふたつきお盆を運んできますが、食べ物かなあ。
あずまやを囲む金属?の透かしのフェンスが綺麗です。フェンスで透けて見えるものは、最初に全部塗ってしまってあとからフェンスを上から描くのではなく、フェンスを塗り残すように隙間のみ細かく彩色されているように見えます(すごい手間・・)。庭の小川もフェンスの後ろ側を流れていたはずですが、この部分だけは銀のサビがフェンスの手前まで染み出して、灰色の帯となってしまっています。
庭の花も綺麗。

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シャー・ナーメあらすじ:5.マヌチフルの復讐

2022-12-28 | +シャー・ナーメあらすじ(挿絵付き)

前回のイライの事件があって、もう話は読めているかと思いますが、その復讐の戦争です。
これの次から、シャーナーメの英雄編で一番有名で面白いパートに入っていきます。


====================
5.マヌチフルの復讐
====================

■登場人物
ファリドゥン:イラン王。在位500年。
サルム:ファリドゥンの長男。西方(トゥランとルーム/ビザンチン(ローマが語源))の王。 Salm
トゥール:ファリドゥンの次男。東方(チン/中国、トゥラン)の王 Tur
イライ:ファリドゥンの三男。イラン王位を継いだが兄達に殺された Iraj
マ・アファリド:イライの後宮の女奴隷。イライの娘を産む。
パシャン:マ・アファリドの娘の夫。マヌチフルの父。
マヌチフル:イライの娘の子。ファリドゥンの曽孫。
カレン、アンディアン、シルイ、シャプール、サーム、ガルシャスプ、クバド:イランおよび同盟国の武将
サルヴ:ヤマン(イエメン)の王。イランの同盟。

■概要
前回イライが兄二人の嫉妬によって殺されてしまいました。その後、孫にあたるマヌチフルによる復讐の戦争です。
あらすじとしては箇条書き1行くらいなのですが、文学としては戦闘シーンが味わいどころなのでしょうか。
日本でも男子中高生は三国志にはまったりするし、こういう戦闘シーンは男性の読み手には受けるのかな。武将の名前が複数出てきますが、短縮する前でも、役職はともかく各キャラの性格の違いはあまり明確ではありませんでした。原文ではいくつか地名が出てきましたが(日本人には)なくても変わりないなのでだいぶ省きました。
司令官が檄を飛ばし、兵士達が恭順の宣言をする部分も多くありましたが、ほとんど省きました。戦闘シーンでも血なまぐさい表現が沢山あって、現実に戦争が起こっている今なので、どうにもつらかった。。。(人類もそろそろ、武器をもって戦うのは、ゲームとか文学の中のことだけにしてほしいです)
挿絵は、50v~60vの11枚。見開きごとに絵が続きます。

■ものがたり

□□マヌチフルの誕生

時が満ちて、マ・アファリドの娘とパシャンの間に男の子が生まれました。
王冠と王座にふさわしい、そして祖父イライにそっくりなその子はマヌチフルと名付けられました。
曾祖父ファリドゥンはマヌチフルをとても大切に育てさせ、世話係の乳母は、地べたを歩かず、足は麝香の上を歩き、絹の日傘をさしていました。
ファリドゥンは、彼に王としての心得を教え、イライの死後うち沈んでいた彼の心は、マヌチフルの成長とともに蘇りました。
マヌチフルが成年に達したとき、ファリドゥンは王室の宝物庫の武器や宝物をマヌチフルに与えるのが適当と考え、この若者を未来の王として讃え、その冠にエメラルドをかけるために、軍の覇者や国の貴族を自分の前に呼び寄せました。盛大な祝宴が開かれ、鍛冶屋カヴェの子孫、カヴィアニ一族のカレン、軍司令官のシルイ、アンディアンらが集まり、マヌチフルに忠誠を誓いました。

f50v
●亡き祖父イライの跡継ぎ、マヌチフル

f50v
●マヌチフルを歓迎する将軍たち

□□サルムとトゥールがマヌチフルのことを知る

サルムとトゥールのもとに、再びイランの帝冠が輝いたという知らせが届きました。この知らせに、彼らは星が自分達に敵対し、暗雲が立ち込めていることを怖れ、話し合いました。

何とかしてこの状況を打開しなければならないとの結論に達し、ファリドゥンに過去の行いを詫びる使者を送るしかありませんでした。そして贈り物も。
ルームの宝物庫を開き、この古来の蔵から黄金の冠を選びました。象に豪華な鎧を着せ、戦車に麝香や琥珀、金銀の銭、絹、毛皮を満載し、全ての準備が整ったところで使者は旅支度を整えて彼らの前に姿を見せました。

f51v
●贈り物の象や宝物

そして兄弟はファリドゥンへのメッセージを語りました。
「この二人の罪人の目は、父の前で恥辱の涙で満たされ、心は後悔で燃え上がり、許しを請います。しかし、かつて起こったことは運命に書かれたことであり、我々の行動は書かれたことを実現させたに過ぎないのです。あのときは邪悪で大胆な悪魔が、私たちの心から神への恐れを消し去り、私たちの心を住処にしたのです。
しかし、私たちは、たとえ罪が大きくとも、王が私たちを赦し復讐を忘れててくれることを望みます。マヌチフル王子がこちらを訪ねて来てくれれば、我々は父上とマヌチフルの前に、奴隷として跪きます。
この憎しみから育った復讐の木を、私達の目の涙で洗い流すことができますように。
誠意の証として宝物を送ります。」


f51v
●贈り物を携えた使節を送り出すサルムとトゥール


□□サルムとトゥールの手紙が父王ファリドゥンの宮廷に届く

韻も理もない言葉を胸に秘め、象と財宝を従えて、使者は麗々しく宮廷にやってきました。
彼は絢爛豪華な玉座のファリドゥン王に近づき、頭を下げて地面に口づけしました。王は彼に微笑んで歓迎し、使者は嘘で真実を偽るサルムとトゥールの伝言を繰り返しました。
使者はまた、マヌチフルのサルムの元への訪問を提案しました。そうすれば兄弟は奴隷として彼を歓迎し、彼らの王冠と王座を彼に譲り、絹と金、王冠、王帯で彼らの父親に対する血の代償を支払うでしょう、と。

□□ファリドゥンの息子たちへの返信

世界の王は、非道な息子たちのメッセージを聞くと、使者に答えて言いました。
「太陽を隠すことができないように、お前たちの邪悪な企みは明らかだ。
イライを殺し、今度はマヌチフルを始末したいのか?
あのとき、我々はイライのために復讐を行わなかった。それは時が熟さなかったためだ。老いた私が二人の息子と戦うのは適わなかっただろう。しかし今、根こそぎにされた木から立派な枝が芽生え、勇敢な獅子マヌチフルとその武将たちが彼の祖父の死に対する復讐を行う。
『かつての行いは天の仕業だから復讐の念を心から洗い流し許すべきだ』などという要求には呆れる。神の前に恥を知らないのか。人の世でも神の世でも、お前達はこの悪のために罰せられるだろう。
象牙の玉座、戦象、トルコ石をちりばめた王冠の贈り物で私が復讐をあきらめると、老いた父親が息子の命で金貨を購うとでも思うのか?
お前達のこの贈り物は私には必要がなく、これ以上話しても意味がない。この父は生きている限り、復讐の念を絶やすことはない!」
そして、使者に向かって言いました。
「これを一文一文、彼らに綴りなさい。さあ、行け!」。

f50v
●返信を語るファリドゥン

この恐ろしい言葉を聞いた使者は、玉座のマヌチフルをちらりと確認しました。彼は恐怖の余り、震えながら立ち上がり、即座に鞍に飛び乗って出発しました。
この使者は、これから起こるであろう運命の全てを心に刻み、天がトゥールとサルムに牙を剥くまでそう時間はかからないと思いました。彼は風のように疾走し、頭の中は王の答えでいっぱいになり、心は不吉な予感でいっぱいになりました。

f52v
●帰路につく使者

西の方角に着くと、平原に絹の天幕が張られていました。

f52v
●兄弟の天幕と水を汲む従者たち

二人の王が彼を待っていて、王冠と帝位、ファリドゥン王とその軍勢、集まった戦士達、国の様子などを使者に問いかけました。宰相は誰なのか、国庫はどうなっているのか、財務官は誰なのか、騎兵は何人集まっているのか、その指導者は誰か、軍司令官は誰なのかなどを知りたがりました。

f53v
●使者の言葉を聞き議論するサルムとトゥール

使者は言いました。
「ファリドゥン王の宮廷は春のような喜びの場所、天国です。世界中の人々が彼の幸運の前に頭を下げています。
宮廷では、月のように輝くファリドゥン王の右側に、糸杉のように背が高く優雅で、心も言葉も王者のようなマヌチフル王子が座っていました。
戦士のカレンは彼の前に立ち、彼の左側にはイエメンの王で宰相のサルヴがいました。無敵のガルシャスプは彼の会計係であり、彼の宝庫にあるような富を見た者は誰もいない程です。
宮殿の壁には二列の戦士が並び、黄金の棍棒を持ち、黄金の兜をつけています。カレン、アンディアン、獅子の破壊者シルイ、そして怒りに燃える戦象のようなシャプールがその指揮官です。もし彼らが我らを攻めれば、我らの山々は平地のように平らになり、平地は山のように塞がれてしまうでしょう。」

f53v
●ファリドゥンのメッセージを伝える使者

彼は、自分が見たこと、ファリドゥンから聞いたことをすべて話した。二人の罪人の心は苦悩し、顔はラピスラズリのように青くなりました。二人は座り込んで、何か解決策はないかと探しましたが、その言葉には頭も尻尾もありませんでした。

やがてトゥールがサルムに言いました。
「もはや平和はあきらめよう。あの仔獅子の牙が太く鋭く育ってもらっては困る。ファリドゥンが師匠なのだから、才能がないわけがない。祖父と孫が共謀すれば、何かとんでもないことが起こるだろう。我々は戦争の準備を急ごうではないか。」
彼らはチンとルームから軍を集め、騎馬隊を率いて出陣しました。世間は噂で持ちきり、人々は彼らの旗に群がりました。彼らの軍隊は無尽蔵でした。

□□サルムとトゥールがファリドゥンに向かって進軍する

ファリドゥンは、彼らの軍がジフン川を渡りペルシャに近づいているという知らせを受け、マヌチフルに軍を平原に出すように命じました。

戦士達は見渡す限り隊を組んで進み、平野や山々はうねり盛り上がる海の波のようでした。砂塵が太陽を覆い隠し、明るい日差しは暗くなり、鬨の声が四方から聞こえ、アラブ馬が嘶き、太鼓が鳴り響きます。
二列に並んだ象の列は陣地から2マイルに渡って伸び、そのうち60頭の象は宝石をちりばめた黄金のハウダ(象駕籠)を背負い、300頭は荷物を満載し、300頭は目だけが見える鉄の鎧に覆われていました。
王の天幕が打たれ、王旗がはためき、勇猛なカレンを先頭に、三十万の鎧騎兵が、それぞれが荒ぶる獅子のように、イライの死の復讐に燃えて、カヴィアニの旗を掲げ、拳の中に鋼鉄の青い剣を光らせていました。

軍勢は平原に出ました。マヌチフルは軍の左翼をガルシャスプに与え、右翼には勇敢なサームが偵察隊を率いるクバドと共に戦列を整え、カレンと王子そしてサルヴは中央に位置し、そこから月のように、あるいは高い丘の上の太陽のように輝いていました。

サルムとトゥールの軍勢もまた、この平原に現れました。

偵察隊のクバドが前進してきたところ、トゥールはそれを見て風のように出てきて、彼に言いました。 
 「マヌチフルのところに戻って言え。
『私生児がシャーになったようだな。イライの娘だか知らないが、お前に王冠、王座の資格があるのかね?』」

「言葉通りに伝言を伝えましょう。」クバドは答えました。
「しかしあなたはいずれ、我々の軍勢を見てこの愚かな言葉を後悔することでしょう。」

f54v
●トゥール(左)とクバド(右)の応酬

クバドはマヌチフルのもとに戻りこれを伝えました。
マヌチフルは笑い捨て、開戦前夜の宴の用意を進めさせました。

□□マヌチフルがトゥールの軍を攻撃する

日が暮れると、カレンはイエメン王サルヴと共に軍隊の前に立ち、彼らに向かって檄を飛ばしました。
「王に忠実な貴族と獅子たちよ、これはアーリマンとの戦いであることを知り、心の準備をし、神の守護を確信して生きよ!
夜が明け、時を告げる喇叭の音がしたら自分の棍棒と剣を用意するのだ。隊列を組んで、誰も他の者より先に足を進めることのないようにせよ。」
隊長達は王の前に整列して声を揃えて言いました。
「私達はあなたの奴隷です。王のために、この平原を血のオクサス川としましょう」
そして、各自が自分の天幕に戻り、来たるべき戦いに思いを馳せました。

夜が明けると、王子は鎧、剣、ルームの兜を身にまとい、軍勢の中央に陣取りました。
兵士たちは槍を高く掲げて鬨の声を上げ、全軍は進み始めました。
平原は軍勢で覆われ、海原の波のようにうねっています。
笛や太鼓、喇叭の音が響き渡り、これを耳にしたものは「祭りだ!」と言うかもしれません。

f54v
●軍楽隊のラッパと太鼓54

f55v
●総司令官マヌチフルと戦象54

雄たけびを上げる軍隊は、山が動くようにうねり、ぶつかり合います。
やがて平原は血の海になり、赤いチューリップの群落が一面咲いているようになりました。
巨大な象は珊瑚の柱のように血の中に立っていました。
彼らは夜まで戦い、ミヌチフルが勝利を得ました。

□□マヌチフルがトゥールを殺す

トゥールとサルムは策略を巡らせ、夜闇を待って奇襲をかけることにしました。
しかしイランの斥候はその情報を入手し、ミヌチフルのもとへ駆けつけ、兵を配置するよう伝えました。彼は戦士3万人を率いて、自ら待ち伏せした。
トゥールは夜、十万人の兵を率いて密かに戦いに臨みました。
しかし、マヌチフルの軍は旗を翻して戦闘の準備をしており、トゥールはこの戦いが自分の最後の決戦であることを知りました。
鬨の声は軍勢の中心から上がり、騎兵は土埃を巻き上げて空気を塵に変え、鋼鉄の剣は稲妻のように光りました。ぶつかり合う刃の火花はダイヤモンドの炎となり、塵の雲の中には焦げる匂いが漂いました。

トゥールは自軍の絶望的な叫び声の中、手綱を引いて逃げようとしました。
マヌチフルは急いで彼を追いかけ、間合いを詰めると、彼の背中に槍を突き立て、彼を鞍から持ち上げて地面に投げつけました。
その場で彼の首を切り落とし、その体は獣に食わせるために残しておきました。

f55v
●マヌチフルがトゥールを槍で刺して持ち上げる


f55v
●主を失ったトゥールの馬55

□□マヌチフルからのファリドゥンへの手紙

マヌチフルファリドゥン王へ戦況を知らせる手紙を書きました。
そして最後に、
「トゥールの首を送ります。かつて彼がイライ王子の首を黄金の筐に入れて送ったように。そしてこれから私はサルムに対処します」と。

ファリドゥン王のもとに急ぐ使者は、頬を紅潮させ目に涙を溜めて、この首をどうやってペルシャの王に見せたものかと思いました。例えどんな悪人の息子でも、このような有様を見れば父親の心は揺さぶられるからです。しかし、彼は果敢にも王の前に進み出て、トゥールの首を王の前に下ろしました。
ファリドゥンは、手巾を握りしめ、動揺を押し隠して、マヌチフルへの正義の神の加護を呼びかけました。
廷臣の中にも痛々しさに目を伏せるものもいました。

f56v
●マヌチフルからの手紙を受け取り、トゥールの首を見るファリドゥン56

f56v
●トゥールの首を見せる使者56

f56v
●目を伏せる廷臣

□□カランがアラン族の城を占領する

失敗に終わった夜襲と、月を覆い隠す闇の知らせがサルムに届きました。サルム軍の後方には険阻な地形を利用した難攻不落のアラン族の城があり、彼はそこに撤退して様子を見ることにしました。
もしサルム達がこの城に立てこもれば、この城はあらゆる富を蓄え、花崗岩の城壁は海から突き出て雲まで達し、攻め入ることば難しい場所です。
カレンの計略で、トゥールの印章の指輪を携え、戦士ガルシャスプ、シルイらと共にこの城に向かいました。
軍勢は城の近くで待機し、カレンは前に出て城の司令官にトゥールの印章環を見せました。そしてこのように申し立てました。
「私はトゥール王の使いで来ました。王は私に、昼夜を問わず旅を続け、この地にたどり着き、あなた方と共に城の防衛を引き継げと言ったのです。イラン軍が攻めてきたらここで闘えと。」
この言葉を聞いた城の司令官は、トゥールの印章環を見て、その言葉を信じ、何の策略も思い至らずに城門を大きく開けてしまいました。
夜が明けると、カレンは隠し持っていたイラン王旗を広げ、鬨の声をあげてシルイとその軍勢を呼び寄せました。

f57v
●アランの城に入ったカレン

f57v
●堀を渡ってなだれ込むイラン軍

シルイは城門に向かい、守備隊を攻撃して血の冠を授けました。一方はカレン、他方にはシルイ、上は剣の炎、下は海の水、太陽が天の頂に着く頃には城は騒然となり、司令官の姿は見えなくなっていました。このようにしてアランの城は陥ちたのです。
日が落ちる頃には城は焼け落ちて周りの平野と見分けがつかなくなりました。敵は1万2千人殺され、真っ黒な煙が立ち上りました。海はタールのように真っ黒になり、平野は血の川となりました。

□□ザハクの孫カクイによる攻撃、サルムが逃げ、マヌチフルによって殺される

サルムは、ザハクの子孫カクイと同盟を結び、ともに戦うことにしましたが、総大将カクイは死闘の末マヌチフルに討たれてしまいました。

もはやサルムは復讐の念を捨て、敗走していきます。
マヌチフルの軍勢が追いかけていきますが、死傷した戦士で道がふさがれていて、なかなか前に進めません。白い馬に乗った若い王は怒りに燃えて、馬の鞍を投げ捨ててスピードを上げ、裸馬に乗って退却する軍勢の砂塵の中に馬を追い込みました。

彼は西方の王に迫り、
「弟を殺し、弟の冠を欲しがった不届き者よ、その冠を持ってきてやったぞ」
と叫ぶと、剣で首を打ち据えました。

f58v
●マヌチフルがサルムを斬る

剛力によりサルムの首は切断され、その首は槍に刺し天に突き上げて手下共に示されました。
サルムの軍はその腕力に驚き、羊飼いのいない群れのように散り散りになってしまいました。武将達は恭順の意を示して降伏し、マヌチフルは慈悲を示して命を助け彼らをもてなしました。彼らは武器、鎧、兜、矛、インドの太刀、馬用鎧などをマヌチフルの所に持って行き、山のように彼の前に積み上げました。

□□マヌチフルがファリドゥン王に手紙を書く

マヌチフルはサルムの首を持たせて使者を派遣し、ファリドゥンに事の次第を報告しました。
そして戦士シルイに命じて戦利品を一ヶ所に集めさせ、象に積んで全てファリドゥン王のもとに持って行かせました。

行列が祖父の待ち受ける場所に近づくと、太鼓を叩き喇叭を鳴らし、絢爛たる行列が賑々しく進みました。象にはトルコ石の玉座、中国の錦をまとった黄金の象駕籠、旗、高級品などが積まれ、辺りは緋色、金色、紫色に輝いています。馬を連ねた軍勢は動く黒雲のようで、その鞍、盾、帯は金、鐙(あぶみ)は銀でできていました。

f59v
●楽隊と象

f59
●騎馬の軍勢

ファリドゥンが現れると、マヌチフルは馬から降りて地面に接吻しました。
ファリドゥンは彼を立ち上がらせ、優しく抱擁し、口づけをし、手で彼の顔をなでました。

f59v
●マヌチフルを抱擁するファリドゥン

それから顔を天に向けて言いました。
「神よ!あなたは私の望みをすべてかなえてくださいました。さあ、私をあの世へ、この世よりも良い世界へ連れて行ってください。」

またシルイに戦利品を宮中に運ばせ、全て兵士達に惜しみなく分配するよう命じました。
王宮を訪ねてきていたシスタンの領主サームにマヌチフルの支援を頼み、そして最後に、自らの手で若い王子に冠を授けました。

f60v
●マヌチフルの戴冠

これが行われると、偉大な王の木の葉は枯れてゆきました。
ファリドゥンは王位と玉座を辞し、残りの生涯を喪に服し祈りの日々を過ごしました。
偉大な王は泣きながら言いました。
「私の心の喜びであった息子たちが私の昼を終わりのない夜に変えた。
息子たちはの無残な死は、私の行いがもたらしたのだろうか。」 
そして 悲嘆に暮れ 過去を嘆き悲しみ、ついに死が訪れるまで苦しみの中で生きたのです。

 

 

 

■シャー・タフマスプ本の細密画

 

サムネイル ページ番号 画のタイトル※ タイトル和訳 所蔵館と請求番号 画像リンク先 備考
f050v 50 VERSO  Manuchihr at the court of Faridun  ファリドゥン宮廷でのマヌチフル Tehran Museum of Contemporary Art, Tehran, Iran  
f051v 51 VERSO  Faridun and Manuchihr receive an envoy from Salm and Tur  ファリドゥンとマヌチフルはサルムとトゥールから使者を受け取る  Tehran Museum of Contemporary Art, Tehran, Iran  
f052v 52 VERSO  The envoy returns to Salm and Tur  使者、サルムとトゥールのもとに戻る  Tehran Museum of Contemporary Art, Tehran, Iran /  
f053v 53 VERSO  Salm and Tur receive the reply of Faridun and Manuchihr  サルムとトゥール、ファリドゥンとマヌチフルの返事を受け取る  Aga Khan Museum, AKM495  
f054v 54 VERSO  Tur taunts Qubad / Manuchihr leads his army to fight Salm and Tur トゥール、クバドを挑発する  Tehran Museum of Contemporary Art, Tehran, Iran / /  
f055v 55 VERSO  Manuchihr raises Tur on his lance  マヌチフルはトゥールを槍で突き刺す  Tehran Museum of Contemporary Art, Tehran, Iran  
f056v 56 VERSO  Faridun receives the head of Tur  ファリドゥンはトゥールの首を受け取る  Tehran Museum of Contemporary Art, Tehran, Iran /  
f057v 57 VERSO  Qaran captures the castle of the Alans  カランはアラン族の城を占領する  Tehran Museum of Contemporary Art, Tehran, Iran  
f058v 58 VERSO  Manuchihr kills Salm  マヌチフルはサルムを殺す  Tehran Museum of Contemporary Art, Tehran, Iran  
f059v 59 VERSO  Faridun embraces Manuchihr  ファリドゥンはマヌチフルを抱きしめる  MET, 1970.301.5  
f060v 60 VERSO  Manuchihr enthroned  マヌチフルの即位  Farjam Foundation, Dubai, Dubai, United Arab Emirates  

 

 

■細密画解説(本や所蔵美術館の解説より適宜抜粋)

●50 VERSO  Manuchihr at the court of Faridun  ファリドゥン宮廷でのマヌチフル
〇Fujikaメモ:専門家による解説がないので、私が勝手に感想を書いてしまいます。
マヌチフルがファリドゥン王より一段高いところに座っています。
原文では「冠を授ける」というような表現ですが、戴冠ではなく、(成人の)お披露目みたいなものかなと思いました。
マヌチフルは丸くひげのない顔で、いかにも若い王子のように見えます。
これまで読んできて、権力者の財産とは、所有する軍隊および軍備、武器類のことかとようやく分かってきました。子供の頃ヨーロッパのお城博物館で甲冑や剣など武具が沢山あったのを見て「たかが鉄のこういうものより宝石とか金の方が価値がありそうなのに何故かなあ(つまんないの)」と思っていましたが、武器というのは実用的な財産だったのですね。(中には保管している間に時代遅れになってしまった武具もあったかも・・・? でもちゃんとしたお城なら、管理係が買い換えたり鋳造しなおしたりしてアップデートするのか。21世紀の今もそうだものな・・・)


●51 VERSO  Faridun and Manuchihr receive an envoy from Salm and Tur  ファリドゥンとマヌチフルはサルムとトゥールから使者を受け取る 
〇Fujikaメモ:専門家による解説がないので、私が勝手に感想を書いてしまいます。
平原に野営しているサルムとトゥールがファリドゥンへの贈り物(象その他)を準備しているところのようです。象には黒人の象使いが乗っています。
人物はほぼみな髭を蓄えた大人の男性。みんなの来ている服に金色で細かい装飾が描いてあって綺麗です。

●52 VERSO  The envoy returns to Salm and Tur  使者、サルムとトゥールのもとに戻る
〇Fujikaメモ:専門家による解説がないので、私が勝手に感想を書いてしまいます。
徒歩の小姓?に先導されて、ファリドゥンのところから使者一行がてくてくと帰ってくるところ。
珍しく?砂漠が砂漠らしい薄茶色です。
左奥にはサルムとトゥールの天幕が。天幕は、いつも思うのですが、必ずロープがきちんと描かれています。
天幕の手前に水が流れていて、水を汲む人々がいたり、綺麗な草花が咲いていたりします。

 

●53 VERSO  Salm and Tur receive the reply of Faridun and Manuchihr  サルムとトゥール、ファリドゥンとマヌチフルの返事を受け取る 
使者はサルムの野営地に戻り、ファリダンからの拒絶と戦意のメッセージを伝えてサルムとトゥールの顔を「ラピスラズリのように青く」した。
この絵はアブド・アル・アジズAbd al-'Aziz の作とされる。アブド・アル・アジズは、イライの孫であるマヌチフルが祖父の殺害に復讐する準備をしていることをトゥルと兄のサルムが知った瞬間をとらえています。彼は王子たちに青い肌を与えませんが、左の兄弟の手のジェスチャーと彼らの前にひざまずく特使、そして彼らのテントの最も近くに座っている廷臣によって、彼らの議論の激しさを伝えます。Salm と Tur を囲んでいるテントは少し中心から外れて配置されており、背景にある 2 つの小丘とその背後にあるテントと人物は、2 人の兄弟の陣営がこの会議に参加したという感覚を広げています。このテーマは、左側のグループの女性と男の子が、丘の切り欠きで右側の従者に大皿料理を提供することで表現されています。

アブドゥルアジズは、「カユマールの法廷」やその他の記憶に残る絵画をシャータフマースシャーナーメで作成したスルタン ムハンマドの指揮の下、この絵を制作したと考えられています。スルタン・ムハンマドのスタイルに合わせて、このフォリオには構成に付随する多くの小さな人物が含まれています。また、スルタン・ムハンマドの他のシャーナーメの絵画でおなじみの人物も含まれています。たとえば、ページの端に立っているひげを生やした男で、両手を杖の上に置いている人物や、右上に顎が突き出ており、ヒョウの皮の帽子をかぶっている人物などです。

シャーナメのほとんどのイラストと同様にShah Tahmasp のこのフォリオには、16 世紀のイランの物質文化への洞察を与える多くの詳細が含まれています。メインテントは観客用に設計されており、片側が開いているため、青と金の裏地のパネルが見えます。 現存するサファヴィー朝のテント パネルはベルベットで作られていますが、オスマン帝国では綿、麻、絹が使用されており、サファヴィー朝のテントでもそうであった可能性があります。テントの後ろに建てられた日除けは、テントから直射日光を遮断し、時には王や王子を日陰にするために使用された可能性があります. 中央のシーンの左端には、平らな屋根を持つ小さな長方形のテントがあります。これは便所であり、使用者が使用後に自分を洗って乾かすのを助けるために使用人が立っていた. アーティストは、トゥールによって支配されたトゥーランのテントの種類を区別していませんが、そしてルーム、アナトリア、そしてサルムによって支配された西部のものは、地平線に沿っていくつかのバリエーションが現れます. テントのような実用的な物が無傷で残っていることはめったにないため、この絵はサファヴィー朝の野営地の特徴のいくつかを示す有用な資料です。

〇Fujikaメモ:
テントの柱に、ちょっと太くなっている部分があります。
何かで見たのですがこの部分は金属製で、その上下の木製ポールをつなげる接手部分に相当するようです。金属なので考古遺物として残っているものです。
(確かに、移動の際、ポールは長すぎない方が便利ですよね)

●54 VERSO  Tur taunts Qubad  トゥール、クバドをなじる
〇Fujikaメモ:専門家による解説がないので、私が勝手に感想を書いてしまいます。
鮮明な画像があってうれしいです。
このときトゥールが乗っている馬(黒馬?)の鎧が、この後も出てきますのでご注目。
白地にブチのものは、白豹の毛皮ではないでしょうか。それぞれパネル中央にはめ込まれた丸いものは鏡では? 角度によってピカリと輝いて綺麗なのかも。馬の顔部分には、金色の金属製保護部も見えます。
クバドの後ろ、象の左に見えるひげのない若者がマヌチフルではないかと思いました。
太鼓には二種類あって、小さい太鼓は、先端が細いドラムスティック(しかも象嵌つき?)で叩いていて、大きい太鼓は、先端が大きく丸くふくらんだもので叩いています。

●55 VERSO  Manuchihr raises Tur on his lance  マヌチフルはトゥールを槍で突き刺す 
〇Fujikaメモ:専門家による解説がないので、私が勝手に感想を書いてしまいます。
トゥールがやられるシーンなのですが、構図は込み入っていて、トゥールのすぐ後ろでもイラン武将が敵の誰かの首をすぱんと切り落としています(で、首が真後ろに落ちかかっている)。
トゥールの馬は、さきほどと同じ白地にブチの鎧を着ています。前の絵では見えている部分はみな黒かったですが、今回は、喉元や首前面は黒ですが、おしりと後足は茶色です。

この絵ではマヌチフルの馬も黒字に金模様の総鎧で身を固めています。こちらも鏡?がはめ込まれていますね。

●56 VERSO  Faridun receives the head of Tur  ファリドゥンはトゥールの首を受け取る
〇Fujikaメモ:専門家による解説がないので、私が勝手に感想を書いてしまいます。
これも鮮明な画像があって有り難いです。
ファリドゥンの握りしめる布に、動揺が表現されていると思いました。
背後の庭園と花がいっぱいの木が、とても綺麗。

●57 VERSO  Qaran captures the castle of the Alans  カランはアラン族の城を占領する 
〇Fujikaメモ:専門家による解説がないので、私が勝手に感想を書いてしまいます。
ここで、橋の右側の突入するイラン軍の中に、トゥールのものだった白地にブチの鎧をつけた馬が見えます。今度は馬の見えている部分は全部が薄茶色。トゥールをやっつけたあと、馬ごと、もしくは鎧のみ分捕って、イランのものにしたのかも?
なお、このような、馬全体を覆う鎧は、西アジア特有のもので、ヨーロッパ世界では使われなかったものだそうです。

●58 VERSO  Manuchihr kills Salm  マヌチフルはサルムを殺す 
〇Fujikaメモ:専門家による解説がないので、私が勝手に感想を書いてしまいます。
全体図はとても不鮮明な画像しかなかったため、鮮明な部分と全体図を合成しました。
このシーンは、マヌチフルが馬の鞍を捨てて裸馬にまたがり速度をあげてサルムに迫るという、当時のイランの男性読者には手に汗握る名シーンなのではないかと思いますが、この不鮮明な画像では、鞍があるのかないのかはよく分かりません(あるように見えるかも・・)。

●59 VERSO  Faridun embraces Manuchihr  ファリドゥンはマヌチフルを抱きしめている
戦争が終わった今、マヌチフルの軍隊はルームとトゥランからすべての戦利品を集め、イランに向けて出発する前に象に積み込みます. その間、ファリダンは角笛を吹いたり、太鼓を叩いたり、豊かな個性を持った象を運転したりしている大勢の男性を集め、彼とマヌシフルが出会い、抱きしめる場所に向かいます。

〇Fujikaメモ:
実は文章には、マヌチフルを抱きしめるという表現はなかったです。
地面に接吻して挨拶していた彼を立たせ、鞍にのせ、顔をなでる、という感じでした。
鮮明な画像があるので、華麗な凱旋パレードの様子がわかります。
(トゥールとクバドのシーンと近い構図かも)

●60 VERSO  Manuchihr enthroned  マヌチフルの即位 
〇Fujikaメモ:専門家による解説がないので、私が勝手に感想を書いてしまいます。
・右下角の赤いかぼちゃ?帽子の男性は、金属製の盃を逆さに持っています。
ぐいっと飲み干して、杯をあけたところで、給仕が次のお酒を注ごうとしているところでしょうか。
・王座の前には、楽団がいてその反対側にやはり座っている男性陣がいるのですが、座っている方は、これまで音楽を聴く聴衆的なものかと思いこんでいましたが、もしかすると歌い手(詩人)チームかも?王様の前の低いところには、芸をする人達が座るのかも・・。
・楽団の前にいる給仕は、(珍しく)お酒を注ぐ瞬間です。
・楽団の背後に、三人組が2組、立っています。この人たちはなぜか腕を絡ませて、中央の人を支える?羽交い絞め?にしています。
一体何をしているのか・・? こういうダンスがあるのかな?
・庭への出入り口の庭側に、ヒゲの労務者風の人の全身像が見えます。彼は長い柄つきのものを方にかついでいます。
これは何だろうと思ったのですが、先端は、おそらくもとは銀色の三角形(今は黒くてにじみが生じていますが)。
つまり、スコップかなと。庭師、という意味なのでしょうか。それにしても、何故庭師を書き入れる必要が・・・。(文章には庭師への言及はないです)

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シャーナーメあらすじ:4.イライの物語

2022-12-19 | +シャー・ナーメあらすじ(挿絵付き)

年末の掃除とかはうっちゃって、ちまちま書き進めてみました。
楽しんで頂けますかどうか・・・。

====================
3.ファリドゥンと三人の息子達
====================

■登場人物
ファリドゥン:ザハクを倒してイラン王になった。在位500年。
サルム:ファリドゥンの長男。母はイラン王女シャーナーズ。 Salm
トゥール:ファリドゥンの次男。母はイラン王女シャーナーズ。Tur
イライ:ファリドゥンの三男。母はイラン王女アルナヴァズ。 Iraj
マー・アファリド:イライの後宮の女奴隷のひとり。イライの娘を産む。
パシャン:ファリドゥンの兄弟の息子
トゥラン(地名):トルコおよび中央アジアの古称 Turan
ルーム(地名):広義では西方。ビザンチン、もしくは更に西のローマまでを指す。Rum
チン(地名):中国および東方  Chin

■概要
シャーナーメ全体を通じて存在するのが、イランとトゥランの王国間の対立構造(戦争)です。
その因縁の始まりとなったのが、このイライの事件。あらすじにしてしまうと箇条書き4行で終わるのですが、原文はたっぷり長さをとってあり、折角なのでそれに近い感じにしてみました。
(なお、イライの子孫を産むのは、前回ヤマンで貰ってきたお嫁さんではありません。)
この話の中で、何度もメッセージのやりとりが行われますが、手紙を託して本人に渡す(読んでもらう)という場合もありますが、使者が内容を暗記して、相手の前でそれを語る、というのが結構あるようです。そしてメッセージは、冒頭には麗々しい挨拶があり、内容も、今回日本語にしてみた分の2倍くらいの長さで凝った表現が。大仰で「英雄の時代」らしいし、イスラム的文化も感じられるのですが、だいぶ省略しました。(韻文だとくどくどした長い表現もまた耳に快いのかもしれませんが)。
怒りの表現として、日本語だと「頭」に血が上ると言ったりしますが、イランでは「肝臓」を使うようです。日本語の「腸が煮えくり返る」に近いかな。
この部分の挿絵は、見開きごとに1枚ずつあって、7枚。本の冒頭からずっと、ページを繰るごとに挿絵がある形です。(ペルシャ語は横書きですが右から左に進むので、本の構造は日本語の縦書きの本と同じです。そしてこのシャーナーメは、これまでのところ見開きの右側が絵になっています。)


■ものがたり

□□□□

ファリドゥンは息子達の運勢を占い、末息子イライの未来に陰りがあることを知りました。
そのため王国を分割して悲劇を回避しようとしました。

ルームと(ビザンチン)西方一帯は長男サルムのものとしました。
トゥランとチン(中央アジアと東方全体)は次男トゥールに与えられました。
イランとヤマンは末息子イライのものとしました。そして、王冠と剣、印璽と象牙の玉座は、イラン王である彼に与えました。
三人の王子はそれぞれの王座に座り、時は流れました。

□□□□

やがて偉大なファリドゥンは年をとってきました。父が衰えるにつれ、息子達の威勢は増していきます。
サルムは次第に傲慢になり、父から与えられた分与と、輝かしいイランの王座が末弟に与えられたことに不満を募らせるようになりました。
彼は怒りにゆがんだ顔で、拳を震わせて言伝を語り、弟であるチンの王トゥールのもとへ特使を急がせました。
メッセージは、彼の長寿と幸福を祈り、こう続きます。
「我々は受け入れがたい不当な扱いを受けた。
私たちは3人の兄弟で、みな王位にふさわしい者ばかりだったが、その中で何故か一番若い者が幸運に恵まれた。
私が一番知恵にすぐれ、年も上なのだから、その資格は私にあるべきだ。
王冠、王座、王権がもし私から離れたとしても、それは次男であるあなたのものであるべきではないだろうか? 父王は英雄の国ペルシャとヤマンをイライに、西域を私に、そしてトゥランとチンをあなたに与えた。一番若いものがイランを統べるなんて、父は頭がおかしかったにちがいない。私たち二人は、父の決断を悲しむべきなのだ。」

使者から兄の言葉を聞いた勇ましいトゥランは、怒れる獅子のように躍り上がって言いました。
「お前の主君にこう伝えよ。
『正義の主君よ、父は息子たちが若かったのをいいことに我々を欺いたのだ。これは彼の手で植えられた木であり、果実は血で、葉はコロシント(瓜。苦い薬)だ。我々は会ってこのことについて話し合い、行動方針を決め、兵を挙げようではないか。ぐずぐずしている場合ではない!」

使者はこのメッセージを持ち帰りました。
かくして蜜に毒が混ぜられ、東方と西方の2人の兄弟は一緒に会い、どう行動すべきかを議論しました。

□□□□

彼らは、聡明で洞察力があり機転のきく神官を選び出し、使節にしました。
そして父ファリドゥンへのメッセージを覚えさせました。

「聖なる神は父上に世界を授けました。しかし父上は神の命令に耳を貸さず、気まぐれな行動を選び、正義の代わりに軽蔑と詐欺で息子たちに報いたのです。
父上には、かつて賢く、勇敢で、若い三人の息子がいました。どの一人にも他の者がひれ伏すほどの卓越性は見られなかったのに、上の二人を粗末に扱い、末息子に冠を授けました。彼は今、父上の寝椅子に寄り添いますが、彼と同じ程度の生まれである我らは王位に値しないとされたのです。
この世界の公正な裁判官と君主よ。
このような正義が決して祝福されることがありませんように。 
もし、彼の無価値な頭から冠を下ろし、世界が彼の支配から救われ、あなたが彼に、我々が苦悩と忘却の中に座っているような世界の一角を与えるのでなければ、我々はトルクマンの騎兵とルームやチンの勇敢な戦士、メイスの使い手の軍隊を、イランとイライへの復讐のために連れてくるでしょう」。 

この厳しいメッセージを聞いた神官は、地面に口づけをすると、風に乗って火のように素早く出発した。

フェリドゥンの城に近づいてみると、それは山のようにそびえ立ち、頂きは雲間に隠れるほどでした。
門の前には廷臣が座り、幕の向こうには最高位の者、一方にはライオンやヒョウがつながれ、他方には猛々しい戦象がいました。立派な戦士の一団から上がる声は獅子の咆哮のようで、使者は、「ここはまるで宮廷ではなく天国に違いない」と思いました。「周囲の軍隊は妖精の軍勢だ!」


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●ファリドゥンの宮廷のライオンと豹

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●ファリドゥンの宮廷の戦象

 

馬を降りて宮廷に入り、ファリドゥンの顔を見た使者は、シャーに魅了され、ひれ伏して地面に口づけしました。
身体はすらりとして糸杉のよう、その顔は太陽のよう、その白髪は樟脳のよう、その頬はバラ色、その微笑んだ唇、慎ましい表情、そして王家の口は、優雅な言葉を口にします。

王は彼に、立ち上がって彼にふさわしい名誉ある席に座るよう命じ、まず高貴な二人の兄について尋ねました。
「彼らは健康と幸福を楽しんでいますか?」
そして次に使者自身について。
「丘や平地の長旅で疲れたのではないでしょうか?」

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●ファリドゥン


使者は答えました。
「陛下!私は奴隷に過ぎず、この身の主人ではありません。
私が携えた陛下への伝言は、怒りに満ち苛烈なものですが、これは私の落ち度ではありません。もし、陛下が命じるなら、私は2人の無分別な若者が送った伝言をお伝えいたします。」
王は彼に話すように命じ、使節が一語一語伝えるのを聞きました。

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●サームとトゥールからの使節

ファリドゥンは怒りに燃えて言いました。
「 二人の愚か者にこう告げよ。
 『お前達の本性をこうして明らかに知ることができてよかった。そしてそういうお前達にふさわしい挨拶を送ろう。
息子たちよ、お前達は私が与えた忠告を忘れ、知恵の痕跡も残っていないようだ。かつて私の髪は漆黒のごとく、背筋は糸杉のごとく、顔は満月のごとく輝いていた。しかし、空は回り、私の背中を曲げた。時はお前達の背中も曲げるだろうし、またその時すらも永遠ではないのだ。

私は神の名において、大地、太陽、月、王冠、王座に誓う、私がおまえ達にしたことは正当であった。私は、星々を知り空を理解する賢者達を会議に召喚し、長い年月をかけてあなたの価値を測り、地球の国々を割り当てた。公平であり悪意などなかった。なのにアーリマンがお前の心と頭を満たしている。
今、自らに問うてみよ。 神はお前達が立てた計画を受け入れてくれるだろうか?
覚えておきなさい、お前達はいずれ自分がまいた種を刈り取ることになる。このはかない世界は、私たちが永遠に住むように運命づけられている世界ではないのだ。
妄執や野心から解放された心にとっては王の財宝も塵のようなものだ。お前達のように、価値のない塵のために兄弟を売る者はどうなるか分からないのか。
世界はおまえ達のような人を沢山見てきたし、これからも見るだろうが、誰一人報いを免れたものはない。お前達にできるのはただ神に立ち返ることだ。』」

使者はその言葉を聞くと、地面に接吻して背を向け、風のように素早くファリドゥンの宮廷を後にしました。そして帰国し、サルムとトゥールにその言葉を伝えました。

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●戻ってきた使者の話を聞くサルムとトゥール

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●ファリドゥンからの伝言を伝える使者


サルムの使者が去った後、ファリドゥンはイライを呼び寄せ、何が起こったかを告げました。
「地の果てより、我が二人の息子は戦争を宣言した。もし戦う用意があるならば、宝物庫を開き、兵を備えよ。」

イライは、父を見つめながら言いました。
「報復は王の道ではなく、何があろうと私は悪を行いません。 王冠と王座が私にとって何の意味をもちましょうか? 武器を持たずに行って兄達に挨拶し、恨みを忘れるように言いましょう。 穏やかな対話は、怒りや敵意に満ちた報復に勝るでしょうから。」

ファリドゥンは答えた。
「私の賢い息子よ、私は、月が月光を放つことに驚いてはいけないという言葉を思い出す。お前の答えは高潔で心は愛で満たされている。
しかし、わかっていながら竜の口の中に頭を入れる者はどうなるだろうか。きっと毒が彼を滅ぼすだろう。それが龍の性質なのだから。我が子よ、これがあなたの決断なら、覚悟を決めて、あなたの軍隊から数人の仲間を選んで同行させなさい。哀しみの中で私はお前の兄たちに手紙を書こう。お前が安全に帰還し私の目を喜ばせることが出来るように。 」

□□□□

王はルームの王とチンの王に手紙を書きました。彼は、永遠の神への賛美で始まり、こう続けました。
「この手紙は、天を照らす二つの太陽、二つの戦の主、王の中の二つの宝石に助言するもので、世界を経験し、その秘密を解明し、夜を昼に変え、メイスと剣を振り回し、あらゆる困難を克服した者からのものである。
私はもう王冠をかぶることも、財宝を集めることも、王座を占めることも望んでいない。私はもう十分に苦しんだし、ただ3人の息子の幸せだけを願っている。
あなた方の弟は、あなた方への敬意と愛のために王権を辞し、今、玉座ではなく鞍に座って、末の弟として兄たちのもとに駆けつけている。
どうか彼を大切に扱い、数日一緒に過ごしたら、無事に私のもとに返してくれ。」

その手紙に王の印が押されるや、イライは宮殿を飛び出していきました。必要最小限の仲間を連れての旅でした。
イライたちが到着すると、サルムとトゥールの軍勢が出迎え、兄王たちのところに案内しました。
見つめ合った三人のうち、二人の顔は憎しみ満ち、一人の顔は慈愛に満ちていました。
三人は司令官用の天幕へと向かいました。

軍勢の目はイライに注がれ、彼が王位と王冠にふさわしい人物であることを隊員たちは見抜きました。若い皇子の気高い姿に心を動かされた彼らは、「イライ殿こそ皇帝にふさわしい、彼以外が治めてはいけないと」、互いに噂し、賛美し合っていました。

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●(イライを賛美して噂する)サームとトゥールの兵士達

それを盗み見ていたサルムは、兵士たちの反応に腸が煮えくり返る思いでした。憤怒に満ちて馬に乗り、肝臓には血が上り、眉間には深いしわがありました。
彼は自分の天幕にトゥールを呼び、相談しました。
「我ら両軍の兵は、帰ってきたとき、イライを迎えに行ったときとは違って、ずっと奴を見つめている。彼らは今後、イライ以外を王と呼ぶことはないだろう。
今、この成り上がりを根絶やしにしなければ、 イライは私とあなたを王座から引きずり下ろすだろう。」
二人は決心し、夜通しその方法について話し合いました。

□□□□

ベールが太陽から取り除かれ、夜が明けて眠りが過ぎ去ったとき、二人の心は決まっていました。
そして、自分たちの天幕からイライの天幕に向かって大股で歩いて行きました。イライは二人が近づいてくるのを見て、優しさに包まれ、駆け寄って二人を出迎えました。三兄弟はイライの天幕に入り、会話を交わしました。

トゥールは言いました。
「お前は私たちより若いのに、なぜ一番重要な王冠を与えられたのか?お前はイランとその富、王国の王位と王冠を手に入れたのに、私はトゥラン人を支配して苦労し、兄上は西方で苦難を強いられているのだ。」

トゥールの言葉を聞いたイライは、曇りない口調で答えました。
「栄光ある兄上、あなたの心に平安が戻りますように。
私はイランも、ルームも、チンも、世界のどこの国の権威も欲していません。
どのような栄華を極めた人も最後には、煉瓦を枕にすることになるのですから。
私はイランの王位にありましたが、もはや王冠にも王座にも畏れを抱いており、この両方を兄上達に譲ります。どうか私を憎まないで下さい。私は兄上の臣下であること以外には何も望みません。」

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●語り合うトゥールとイライ

トゥールはこの言葉を聞きましたがほとんど気にかけませんでした。
そして叫びながら立ち上がり、突然前進して自分が座っていた金の椅子を掴み、イライの頭上に打ち落としたのです。

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●椅子をふりあげるトゥールとそれを見るサルム


イライは必死で命乞いをしました。
「兄上、あなたは神を恐れず、父上をも敬わないのでしょうか。どうか私を殺さないでください。自分を人殺しにしないでください。私はもう二度と兄上にお会いしませんし、世界の片隅でひっそり暮らしていきます。
弟の血を流し、父上の心を苦しめるような罪を犯してまで、あなたは世界を手に入れたいのでしょうか? 既に全てを持っているのに。これは神に逆らう行いです。」


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●凶事が行われている天幕のそばで咲き乱れる花


トゥールはその言葉を聞きましたが、何も答えません。 彼は隠し持っていた短剣を抜き、イライの頸を切りつけ、その体は血の衣に包まれました。鋭い刃は胸を貫き、すらりとした糸杉は倒れ、花蘇芳の顔に血が流れ、こうして若い王子は死んだのです。

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●トゥールに斬られるイライ

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●驚く家来たち

トゥールは短剣でぐったりした王子の頭を切り落とし、樟脳と麝香を詰めた筺におさめ、老いた父にこのようなメッセージを添えて送りました。

「あんたの愛する者の首を見ろ。先祖の王冠を受け継ぐ者。王冠も王座もお望みのままに。」

そして二人の不義の兄弟は、一人はチンに、一人は西方に、怒りを胸に抱いたままそれぞれの国へ帰っていきました。

□□□□

ファリドゥンは道を見張り、軍隊は彼と一緒に若い王の帰還を待ち望んでいました。父はトルコ石の玉座と宝石をちりばめた王冠を用意し、酒と楽人を用意し、太鼓を象に乗せ、町中を飾り立てて歓迎の用意をしていました。
ファリドゥンたちがその準備に追われていると、道の上に土煙が上がり、その中から一頭のラクダが現れ、そのラクダには嘆き悲しむ使者が乗っていて、その脇には筺が括りつけられていました。この男は、ため息をつきながら、泣きながら、そして灰にまみれた顔でファリドゥンの前に現れました。

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●イライについて報告する従者たち


その言葉と態度に愕然とした王は、筺の蓋を開けて中の絹の布を引き寄せると、そこには切断されたイライの首が現れました。ファリドゥンは砂塵に倒れ、兵士たちは悲しみのあまり服を引き裂きました。このような形で帰って来た皇子のために歓迎の宴は乱れ、旗は破れ、太鼓は逆さになり、貴人達の顔は黒檀の色に変わりました。
象や太鼓には黒い布がかけられ、アラブの馬には深い青が塗られました。 王は悲しみのあまり泣き崩れ、後宮の女たちも自分の髪を引きちぎり悲痛な叫び声をあげました。

f49v
●嘆く後宮の女たち

ファリドゥンは、幼い息子の頭を胸に抱いて、泣きながら庭に入りました。王座、そして二度と王冠を被らない息子の頭、澄んだ水が溢れる庭の池、花咲く木々、そよぐ柳、花梨の木を眺めながら、彼はこの祝宴の場を見ました。
彼は涙にくれて、薔薇の花壇を破壊し、庭に火を放ちました。

f44v
●燃える庭

ファリドゥンは天を仰いで言いました。
「正義の主よ、この屠られた罪なき者、短刀に首を切られ、獅子に胴を食われた者を見よ。
彼の二人の不正な兄弟の心を焼き、彼らの人生には悲しみしかありませんように。内臓を焼き、野獣が哀れむほどの苦しみを味わわせよ。
神よ、私の願いはただ一つ、あと少しの時間だけです。私がイライの種から、復讐のために帯を締める子供を見るまで。それを見ることが出来れば、私は地面にあけた私の身長と同じ長さの穴に横たわりましょう」。



f49v
●嘆くファリドゥン

彼はあまりに長く泣いたので、草は彼の胸まで伸び、地べたは彼の寝床、埃は彼の枕となり、彼の前に明るい世界は薄暗くなりました。

□□□□


時は流れ、ファリドゥンは、イライの後宮でイライがこよなく愛したマー・アファリドという女が身ごもったのを知りました。ファリドゥンは、その子が息子の死に対する復讐の手段になることを願い、喜びました。そして時は満ち彼女は一人の女の子を産み落としました。
その子は皆から大切に育てられました。 成長するにつれ、チューリップの頬をしたその可愛らしい女の子を見た誰もが「頭から足先までイライそのものです」と言うほどでした。

彼女が大人になると、髪は漆黒のようにつややかで、明星のように美しい娘となりました。
祖父は自分の兄弟の息子、パシャンを彼女の配偶者に選びました。パシャンはもちろん偉大なるジャムシードの家系、高貴な血筋の若者でした。
結婚した二人は幸せな時間を過ごしました。




■翻訳の参考資料
(2)をベースに、(1)も見比べつつ、時に混ぜ合わせてなるべく簡潔に短縮しています。
短縮するために原文にない言葉を補う時もあります。また絵と文章が矛盾するときは絵にあわせています。
これらはどうも底本が違うようで、細かい表現で結構違いがあります。

(1)ワーナー&ワーナー ペルシャ語からの全訳 全九巻
Arthur George WARNER and Edmond WARNER. ロンドン、1905
ペルシャ語韻文からの英語韻文への全訳。
Internet Archiveで全巻閲覧できます。
第1巻 第2巻 第3巻 第4巻 第5巻 第6巻 第7巻 第8巻 第9巻
こちらのサイトに前半の一部が転載されていて、htmlになっているのでブラウザ翻訳機能も使えます(改行が多いので翻訳がやや変)。

(2)デイヴィス 全3巻 ペルシャ語からの翻訳で基本散文、部分的に韻文。カラー挿絵多数
Dick Davis. The Lion and the Throne/Fathers and Sons/Sunset of Empire: Stories from the Shahnameh of Ferdowsi. 1998
第1巻:獅子と玉座  The Lion and the Throne  Amazon
第2巻:父と息子たち Fathers and Sons   Amazon
第3巻:帝国の落日  Sunset of Empire   Amazon





■シャー・タフマスプ本の細密画

サムネイル ページ番号 画のタイトル※ タイトル和訳 所蔵館と請求番号 画像リンク先 備考
非公開 43 VERSO  Faridun divides his kingdom  ファリドゥン、王国を分割する  Tehran Museum of Contemporary Art, Tehran, Iran 非公開  
f044v 44 VERSO  Faridun receives a message from Salm and Tur  長男サームと二男トゥールからのメッセージを受け取る父王ファリドゥン  Tehran Museum of Contemporary Art, Tehran, Iran  
f045v 45 VERSO  Faridun replies to the threat of Salm and Tur  ファリドゥンがサームとトゥールへ返信する  個人蔵  
f046v 46 VERSO  Iraj offers to visit his brothers  末弟イライ、兄達を訪ねる  Tehran Museum of Contemporary Art, Tehran, Iran  
f047v 47 VERSO  Iraj begs Tur for mercy  次兄トゥールに慈悲を乞う末弟イライ Tehran Museum of Contemporary Art, Tehran, Iran  
f048v 48 VERSO  Tur decapitates Iraj  トゥール、イライの首を切る  Cincinnati Art Museum, Cincinnati (Hamilton county, Ohio, United States) (inhabited place) 1985.87 / 『私の名は紅』(藤原書店)p482, p542
f049v 49 VERSO  The lamentation of Faridun  ファリドゥン王の嘆き  Tehran Museum of Contemporary Art, Tehran, Iran  


■細密画解説(本や所蔵美術館の解説より適宜抜粋)
●43 VERSO  Faridun divides his kingdom  ファリドゥン、王国を分割する 
〇Fujikaメモ:
これはweb上で見られるようなものがみつかりませんでした。
テヘラン(イラン)の現代美術館に所蔵されているようです。
なぜ古い写本が「現代」美術館に、と思いますよね。この写本のめぼしい絵は所有者ホートン氏が税金対策のためオークションで売りさばいたのですが、彼の死後、文章だけのページや118点の絵など残り部分は一式、行き場を失っていたようです。イスラム圏の富豪に売ろうとしたけれども売れなかったり。
で、1994年、ある画商が、テヘラン近代美術館所蔵の西洋現代絵画(ウィレム・デ・クーニングの絵画「女 III」)とこの写本を交換する交渉をし、話がまとまって、近代美術館に所蔵されたとのこと。 クーニングの絵は現代美術コレクターでもあるイラン皇后が1970年代後半に買ったものですが、1979年のイラン革命後、共和政府の検閲で展示できなかったものだとか。
(クーニングのこの絵は直近(2006年)の取引で1億3750万ドルの値がついたお高い品物らしいですが、私の個人的な見解ですが、こんなゴミ作品よりイランにあるべきは『シャー・ナーメ』だと思います)


●44 VERSO  Faridun receives a message from Salm and Tur  長男サームと二男トゥールからのメッセージを受け取る父王ファリドゥン 
〇Fujikaメモ:専門家による解説がないので、私が勝手に感想を書いてしまいます。 
ファリドゥンの宮廷の様子。使者が感嘆した豪華さが表現されています。ライオンや豹、象もいて、多数の戦士達もいて盛りだくさん。ファリドゥンの玉座は金色の装飾で飾られて、豪華。鷹匠も描かれています。

●45 VERSO  Faridun replies to the threat of Salm and Tur  サームとトゥールの脅しに答えるファリドゥン 
〇Fujikaメモ:専門家による解説がないので、私が勝手に感想を書いてしまいます。
今度は、サルムの側の宮廷の様子。こちらも人物が沢山盛り込まれています。ページ上部も余白に柳のような優雅な枝振りで細い葉の木が描かれていて、木に登っている若者がふたり。物語には関係ない気がしますが、ページ全体の美しさの要素になっていると思います。
食べ物としては、山盛りのザクロが二皿。草地はぺったりした緑色に、花ではなく黄色い葉っぱの草が生えています。

●46 VERSO  Iraj offers to visit his brothers  末弟イライ、兄弟を訪ねる 
〇Fujikaメモ:専門家による解説がないので、私が勝手に感想を書いてしまいます。
これもやはりサルムの陣地で、イライが兄のもとを訪ねてきた場面です。
メインの天幕の後ろには、座っている兵士達、立ち並んだ兵士達が。
45vとは少なくとも地面を描いた画家が違うようで、こちらは草地にいろいろな花が咲いています。
イライと兄が話しているすぐ右側では、髭の兵士が若者にちょっかいを出して手を握ったりしているような・・・。この後に起こることを知らなければ色とりどりでのどかな絵です。

●47 VERSO  Iraj begs Tur for mercy  次兄トゥールに慈悲を乞う末弟イライ
〇Fujikaメモ:専門家による解説がないので、私が勝手に感想を書いてしまいます。
イライの滞在している天幕にて、次兄トゥールが椅子をふりかざしたその瞬間の絵。
空は金色(昼)、地面は(45v、46vとも違って)白(砂もしくは岩)。濃い青の天幕内部に自然に視線が集まるようになっています。
人物の顔や体は44vに近いかな?
44v、45vよりもやや素朴な感じですが、「まさか、何故!」と混乱するイライの表情が印象的です。 

●48 VERSO  Tur decapitates Iraj  トゥール、イライの首を切る 
〇Fujikaメモ:専門家による解説がないので、私が勝手に感想を書いてしまいます。 
遂にクライマックスシーン。イライが次兄トゥールに切られてしまいます。文章では、ブーツからナイフを抜いたとあったのですが、絵をみるとトゥールは裸足!? (この前の椅子をふりかざすシーン47vでは短靴?を履いているみたいだけど) で、この文章では長靴というのを省きました。
背景は薄紫で植物なしの岩山、テントは白が基調で、殺人シーンに視線が集まるようになっています。背景があっさりな分、前景の小川と花の描写がとても緻密で綺麗。

●49 VERSO  The lamentation of Faridun  ファリドゥン王の嘆き 
〇Fujikaメモ:専門家による解説がないので、私が勝手に感想を書いてしまいます。 
ファリドゥン王が、衝撃のあまり冠も落としてイライの首を抱き、天に向かって嘆いているところ。ファリドゥンはもはや玉座にはいなくて、その前の地面に座り込んでいます。手前の、黒い布を方にかけた数人がイライのお供達で、喪服で彼を連れ帰ったのだと思います。右に並ぶひとたちは、本来ならば歓迎の祝いをするはずだった貴人達。
現代のマンガやイラストならば、ファリドゥンの玉座は44vと同じにして現実的に一貫性をはかるのではないかと思いますが、この時代の挿絵は、ページごとに目を楽しませるようにわざと違えているのかもしれません。

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シャーナーメあらすじ:3.ファリドゥンと三人の息子達

2022-11-22 | +シャー・ナーメあらすじ(挿絵付き)

====================
3.ファリドゥンと三人の息子達
====================

■登場人物
ファリドゥン:ザハクを倒してイラン王になった。在位500年。
ファラナク:ファリドゥンの母。
サルヴ:ヤマン(イエメン)の王
サルム:ファリドゥンの長男。母はイラン王女シャーナーズ。 Salm
トゥール:ファリドゥンの次男。母はイラン王女シャーナーズ。
イラジ:ファリドゥンの三男。母はイラン王女アルナヴァズ。 Iraj

■概要
ザハクを倒してイラン王になったファリドゥン。
母親からも沢山の財産を贈られます(ザハクからの逃亡生活で、夫も殺されてしまってたはずなのですが、どこに財宝を隠しておいたのでしょう・・・)。
ファリドゥンは、ザハクの後宮に囚われていたイラン王女シャーナーズとアルナヴァズと結婚し、三人の息子たちにも恵まれます。(が、後に・・・。)
この章はではまだ問題は起こらず、三人息子のお嫁さん探しと、息子たちの性格の違いを描いています。

この部分に関する絵は5枚。やはり見開きごとに一枚(右側ページ)、絵があるような豪華な構成です。
クライマックスはやはり龍の場面かな。
ストーリー的な意味はないですが、豪華な品々を羅列した宝物の描写(ファラナクが息子に贈る場面と、ヤマン王がもてなす場面)が、イスラム文学ぽくて好きです。
例える言葉も、「キジのように飾り立てた兵士」など、あまり聞いたことのない比喩があったりして面白いです。

■ものがたり

ファリドゥンがザハクを倒して戴冠したという知らせが、母ファラナクのもとに届きました。
彼女は沐浴し、神の前でひれ伏して、この最も幸福な運命の転機に感謝しました。そしてはじめの一週間、街に貧乏人がいなくなるまで施しに費やし、別の一週間はすべての貴族を饗応し、沢山の草花で庭のように家を飾り、そこで客人をもてなしました。
彼女は隠された宝物庫の扉を開けて、イラン王族として持っていた全ての宝を息子に贈ることにしました。
豪華な錦織の衣服や王家に伝わる宝石、金細工の頭飾りをつけたアラビア馬、鎧、兜、鏑矢、剣、王冠、ベルトを惜しげもなく取り出し、ラクダに乗せ、賛美の声を上げながら息子のもとへと送り出しました。


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●馬の行列




祝いの日には、天使ソルシュが宝石をばらまいてファリドゥンの戴冠を祝福しました。

f38v
●宝石を蒔くソルシュ

 

f38v
●ファリドゥンの戴冠


彼は正義を貫いて政を行い、人類は再び神に立ち返り、世界は楽園となりました。

やがてファリドゥンは三人の立派な息子に恵まれました。
総領と中の息子はシャーナーズの子で、末息子はアルナヴァズの子です。
三人とも糸杉のようにすらりと背が高く、象のように素早く力強く、春のような頬をした息子たちです。ファリドゥンは、彼らを愛するがゆえに、名前をつけて運命を誘惑することを拒み、息子達には名前がないままでした。

息子達が青年になったとき、ファリドゥンは彼らにふさわしい妻を求めました。
王の相談役である有能なジャンダルを呼び出し、そして言いました。
「世界中を回って、私の息子たちにふさわしい高貴な血統の、同じ父と母から生まれた3人の乙女を見つけ出してくれ。」


ジャンダルは、ヤマンのサルヴ王に、真珠のように美しい三人娘がいることを調べだし、使者としてサルヴ王のものを訪ねました。
彼は雉が薔薇に向かって歩くように堂々と王座に近づき、恭しく地面に口づけしてからファリドゥン王の意向を伝えました。

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●サルヴ王とジャンダル




話を聞いたサルヴ王は、水から摘みとられた睡蓮のようにたちまちうちしおれました。
(もしこれらの月が私から奪われ、私が寝椅子の周りで娘達を見ないならば、私の昼は夜に変わってしまう)
彼は大臣たちに相談し、ひとつの試験を考えることにしました。

そしてジャンダルを呼び、次のように答えました。
「娘達と別れることに比べれば、私の両目、そしてヤマンの王座を差し出す方が遙かに耐えられるほどです。
しかしファリドゥン王の願いであれば私はそれに従うしかありません。
娘達と別れる前に、王子達とお目にかかりたい。立派な王子達に直接娘達を託すことができれば、私の日々の暗闇は明るくなることでしょう。」

ジャンダルは、一旦国に帰りました。
王子達が出立するときに、ファリドゥン王は助言を与えました。
「ヤマン王はもてなしの席に王女達を連れて来させるだろうが、年齢の逆順に並ばせるはずだ」と。

ジャンダルと王子達は、ヤマンで豪華な歓迎を受けました。
道中には雉の羽毛のように着飾った衛兵が並び、楽団が演奏し、サフランと麝香を混ぜた宝石が振りまかれ、馬のたてがみは麝香とワインを塗りつけられ、足先には金貨がばらまかれました。
宮殿は楽園のように飾り付けられました。レンガは金と銀で覆われ、壁にかけられたのは、ルーム(広義のローマ。「西方」)の豪華なつづれ織りでした。

王子達はヤマン王に拝謁しました。

f40v
●王子達

そしてヤマン王の娘が次々に宴の席に入ってきました。
王は、どの娘が年上で、どの娘が真ん中、どの娘が年下か王子達に訪ねました。
王子達はファリドゥンの助言の通り、先頭が末娘、真ん中が中の娘、一番後ろが年上の娘と答え、ヤマン王はたくらみが破れたことを知りました。
そして年上の王子の横に年上の娘、中の王子の横に中の娘、末の王子の横に末の娘が座り、互いに頬を赤らめて語り合いました。

f41v
●王子と王女


三組は婚約し、ともに国に帰ることになりました。

道中で出会ったのが、1匹の龍です。これはファリドゥンが変身したものでした。
龍は砂埃をまき散らし、咆哮して息子達に襲いかかりました。

f41v
●龍

長男は恐怖のあまり後退し背中を見せ、「分別のある人間は龍と戦わない」と言い放ちました。

f41v
●長男


次男は弓を引いて威嚇し、「荒ぶる獅子と戦っても、騎兵と戦っても大差はない」と言い放ちました。

f41v
●次男


次に対峙した末の息子は、「失せろ」と叫びました。
「お前たちはただのワニだ、獅子に気をつけろ。ファリドゥンのことを聞いたことがあるなら、私たちと戦う勇気はないだろう。私たちは彼の息子で、それぞれが彼のような戦士なのだから」。

f41v
●三男


ファリドゥンは人間の姿に戻り、宮殿で息子たちを迎え、ついに名前を授けました。
長男は思慮深く安全な場所を探したので、サルム。
二番目は、その勇気が炎よりも熱いので、トゥル。
そして、中庸の道を選んだ末っ子には、イライと名づけました。






■シャー・タフマスプ本の細密画

サムネイル ページ番号 画のタイトル※ タイトル和訳 所蔵館と請求番号 画像リンク先 備考
f038v 38 VERSO  The court of Faridun  ファリドゥンの宮廷  MSS 1030, folio 38  
  39 VERSO  Faridun’s envoy to King Sarv: the first interview  ファリドゥンのヤマンのサルヴ王への使節:最初の拝謁(ジャンダル) Tehran Museum of Contemporary Art, Tehran, Iran 非公開  
f039v 40 VERSO  Faridun’s envoy to King Sarv: the second interview  ファリドゥンのヤマンのサルヴ王への使節:2回目の拝謁(ファリドゥンの息子たち) Tehran Museum of Contemporary Art, Tehran, Iran  
f040v 41 VERSO  Faridun s sons with the daughters of King Sarv  ヤマンのサルヴ王の娘たちとファリドゥンの息子たち  Tehran Museum of Contemporary Art, Tehran, Iran  
f041v 42 VERSO  Faridun tests his sons  ファリドゥン、息子たちを試す  Aga Khan Museum, AKM903 / 本※のp121

※画のタイトルは”A King's Book of Kings: The Shah-nameh of Shah Tahmasp" (Stuart Cary Welch) による
※画像リンク先は、基本的には所蔵館サイト。より高画質のものが別にあるばあいはそれも併記した


■細密画解説(本や所蔵美術館の解説より適宜抜粋)
●38 VERSO  The court of Faridun  ファリドゥンの宮廷
〇Fujikaメモ:専門家による解説がないので、私が勝手に感想を書いてしまいます。 
豪華な戴冠の祝いの様子です。
所蔵のハリリコレクションでは「母ファラナクがファリドゥンに贈り物をする」というタイトルになっています。
空の天使ソルシュが浅いお皿にのせてばらまいているのは宝石的なものかなと思いますが、字面では綺麗ですが、実際には、砂粒や小石サイズのものをまいたら快適ではないような気も。

f41v

馬の首の下に、ふんわりした長い房のようなものをつけています。
これはタッセルネックストラップ(頸総くびふさ)というもので、西アジア独特の馬具(装飾)で、ヨーロッパにはないものだそうです(参考サイト)。
馬の首を少し下げさせ、騎射をしやすくする機能も考えられるようですが、次第に装飾的な目的が主となっていくようです。要するにおめかしするときの飾り(男性のネクタイみたいな感じかな?)。
Zara先生の動画によると、画家はスルタン・ムハンマドとカディミ。


●39 VERSO  Faridun’s envoy to King Sarv: the first interview  ファリドゥンのヤマンのサルヴ王への使節:最初の拝謁(ジャンダル)
イランの近代美術館所蔵のようですが、画像はみつけられませんでした。
Zara先生の動画によると、画家はスルタン・ムハンマドとカディミ。カディミはフサフサした口ひげ・顎髭が特徴で、「髭の画家」とも。

●40 VERSO  Faridun’s envoy to King Sarv: the second interview  ファリドゥンのヤマンのサルヴ王への使節:2回目の拝謁(ファリドゥンの息子たち)
〇Fujikaメモ:専門家による解説がないので、私が勝手に感想を書いてしまいます。
息子達は、ひげがあるのが長男でしょうが、次男三男はどちらがどちらでしょう。
庭にはカンゾウ(キスゲ?)やアヤメなど、比較的リアルな花もあります。
背の高い木で、葉っぱの茂み部分から花が4本ぴょーんと伸びているのは、マンガみたいですが、きっと何かこれに近い植物があるのでしょうね・・?
Zara先生の動画によると、画家はスルタン・ムハンマドと若手カシム・アリ。

●41 VERSO  Faridun s sons with the daughters of King Sarv  ヤマンのサルヴ王の娘たちとファリドゥンの息子たち 
〇Fujikaメモ:専門家による解説がないので、私が勝手に感想を書いてしまいます。
娘達と王子達が仲良く交互に並んでいて、微笑ましい場面です。
ただし、原文には、並んで座ったという表現はなくて、王女は順番のテストが終わったら部屋を出て行ったようでした。今回の文章では、挿絵優先にして、王女と王子が語り合ったことにしてしまいました。
現代のマンガや挿絵ならば、それぞれの王子たちの服は、40v、41v、42vの三枚の絵で、ある程度同じにする(もしくはテーマカラーを決める)ような気がしますが、バラバラです。なので誰が誰か分かりにくいですが、違っている方がリアルといえばリアルだし美しいものを見る楽しみは多いのかもしれません。
Zara先生の動画によると、画家は、スルタン・ムハンマドと若手カシム・アリ。

●42 VERSO  Faridun tests his sons  ファリドゥン、息子たちを試す 
この絵は、アカ・ミラクの細密画の中で最も美しいものの一つである。
作風は大英博物館所蔵の1539-43年のカムセ細密画と似ているため、1530年代末に描かれたものと思われる。有機的でしなやかな構図、形を隠したガラス質の岩、人物や動物の具体的な描写など、細部の表現もアカ・ミラクの作品であることを裏付けている。

アカ・ミラクのドラゴンはサファヴィー朝美術の中で最も生き生きとしており、彼の熊は最も楽しいものの一つである。"

"アカ ミラークの作とされるこの絵は、絵空間の巧みさを示している[1]。
左側の龍の弧は、馬に乗った 3 人の人物の配置によって相殺され、中央下部から右上へと鑑賞者を導きます。このようにして、鑑賞者は、絵の前景にあるライダーとドラゴンの最初の出会いに焦点を当てるだけでなく、他の 2 人のライダーの反応も探ります。それらの違いは非常に明白です。
ファリダンの息子たちの顔には、年齢と性格が反映されています。サームのあごひげは年月を経て相対的に成熟したことを示し、眉を上げて飛び出る目はドラゴンを見て大きな不安を表しています。薄い口ひげをたくわえたトゥールは前かがみになり、剣を振り回して獣を見つめています。イラジのひげのない顔は彼の若さを示していますが、彼の伸ばした手、直立した姿勢、穏やかな顔は、彼の勇敢でありながら落ち着いた性格の概念を強調しています. 各人物と彼の馬は、岩とカスケードの渓流に囲まれた淡いラベンダー ブルーの地面にシルエットが描かれています。ドラゴンが滑空する色とりどりの突き出た岩と、馬のひづめの下の乾燥した芝生とのコントラストは、飼いならされた馬とそれに乗る男性に対するドラゴンの野生の獰猛さを反映しています。AKM165 )、ここの岩自体は隠されたグロテスクな顔と本物の動物 (アイベックス、ユキヒョウ、クマ、ヤマウズラ、そして前景ではウサギ) であふれています。アカ ミラークは、スルタン ムハンマドの作品の要素を、ヘラートの巨匠ビフザドとその信奉者から集められた調和のとれた構成と合成しているようです。

イスファハーン出身のサイイド(預言者ムハンマドの子孫)の家族の子孫であるアカ・ミラクは、「比類のない画家であり、非常に頭が良く、彼の芸術に夢中になり、生き生きとしており、(シャーの) 親密な人物であり、賢者であった」 おそらく彼は、彼の才能を認められ、最終的に彼を王立図書館の主な資料提供者という重要なポストに任命したシャー・タフマスプと年齢が近かった."

〇Fujikaメモ:
この絵は、ホートンがバラして売却後、おそらく誰かの手を経たあと、コレクターでもあるウェルチ博士によって買い取られたようです。(相当苦労した模様)
そして2008年にウェルチ博士が亡くなったあとに、彼のコレクションがサザビーズにかけられて、この作品は予想額の2倍以上、なんと1200万ドルで落札されました(18億円くらい?)。これはイスラム美術の新記録だったとか(参考情報)。
(METに寄贈したりはしなかったのね・・・)
落札直後は落札者の名前は明らかにならないようですが、結果的にカナダのアカ・カーンコレクションで公開されることになり、研究者やファンは胸をなで下ろしたでしょうね。
(競ったのは、アカ・カーンとMETかしら)

コメント
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シャーナーメあらすじ:2.悪王ザハク

2022-11-07 | +シャー・ナーメあらすじ(挿絵付き)

異形の悪王ザハク(もしくはザッハーク)の物語です。

====================
シャーナーメ 2.悪王ザハク
====================

■登場人物
メルダス:アラビア、デゼルタの王 Merdas
ザハク:メルダスの息子 Zahhak/ザッハーク
アーリマン:悪魔 
シャーナーズとアルナヴァズ:イラン王ジャムシードの娘達 Shahrnāz, Arnavāz
ファリドゥン:イラン王家の血をひく戦士。Faridun/Fereydun/フェレイドゥン
ファラナク:ファリドゥンの母。夫はイラン王族のアブティン。
ビルマイヤ:ファリドゥンの乳母の聖なる牛
カヴェ:鍛冶屋 Kaveh
クンドロー:ザハクの宮殿の大臣
ディジュレ川(地名):チグリス川、アルヴァンド川

■概要
とても個性的な悪王ザハクの栄枯盛衰の話。
アラビア人に生まれイラン王位を簒奪しますが、イラン王家の血筋の戦士ファリドゥンに成敗されます。
常に自信満々の悪者、という訳ではなく、敵討ちを恐れて鬱々としています。最後、敵討ちの登場を告げる大臣クンドローとの会話、そして愛妾を奪われて嫉妬する部分がとても人間的で面白いと思いました。(クンドローがまた食えない奴・・・)。
(私は知りませんでしたが、キャラクターやプロットはゲームや漫画に使われているそうです)
シャー・タフマスプの写本ではページを繰るごとに(見開きごと)に1枚、計13枚もの挿絵がついています。


■ものがたり

アラビアの地に、ベドウィンの頭領が住んでいました。
公正で、高貴で、寛大で、高貴な彼はミルダスといいました。
彼にはとても愛する息子、ザハクがいました。ザハクは賢くまた勇敢でしたが、軽率なところがありました。

若いザハクに悪魔アーリマンが目をつけました。

f25v


口が達者なおべっか使いとしてザハクに近づき、自分の父親を殺し、彼の王国、財宝、軍隊を我が物にするようにそそのかします。

ザハクは父が毎朝祈る庭へ通じる小道に深い穴を掘りました。
メルダスはある朝そこに落ち、背骨を折って死んでしまいました。

f25v


こうしてザハクは王位に就きました。

その後、アーリマンは若く美しい青年に姿を変え、料理人としてザハクに仕えることになります。

f26v


それまで人々は野菜や果実、木の実を食べていましたが、アーリマンがさまざまな肉料理を発明し、ザハクを魅了します。
始めは卵料理、次にヤマウズラやキジ、三日目には子羊と家禽、四日目にはサフランとローズウォーターで風味をつけた仔牛の料理。
ザハクは大いに歓び、褒美に望むものを何でも与えよう、と言いました。

アーリマンは言いました。
「王よ、恐れ多いことです。願わくは貴方の両肩に口づけすることをお許し下さい」

ザハクの両肩に口づけするやいなや、彼の姿がかき消えました。
更に驚異が続きました。
ザハクの両肩から黒い蛇が生えてきたのです。

f26v


ザハクは驚愕し、何人もの医師やまじない師に相談しました。
そのうちのひとりの助言で、蛇を根元から切り落としてみましたが、蛇はまた生えてきました。どのような方法を試しても蛇を取り除くことはできません。

アーリマンが医師に姿を変えて三度ザハクに近づきました。
「この蛇は運命であり、生かしておくしかありません。
それぞれの蛇に、一日にひとつ、若者の脳を食べさせるのです。そうすれば蛇はおとなしくしているでしょう」

その頃イランでは国が乱れ、ジャムシード王は人々に見限られていました。
貴族や騎士たちは、アラビアに強大な蛇の王がいる、と知り、ザハクに忠誠を誓うことにしました。
ザハクは即座に王位につき、ジャムシード王は追放されました。
ジャムシードの二人の娘がザハクの前に連れてこられました。
美しい姉妹、シャーナーズとアルナヴァズは柳の葉のように震えています。

f27v


彼女たちは、黒魔術と死霊のまじないを教え込まれ、後宮に入ることになりました。

さて、ザハクの蛇には、毎日二人の若者の脳を食べさせなくてはいけません。
料理人たちは毎日二人を屠殺して脳を取り出し調理していましたが、料理人たちの肝臓は痛み、目は血の涙でいっぱいになり、心は怒りに満ちていました。
アルマイルとガルマイルという二人の男性はこの事態を憂い、料理を学び、ザハクの調理場に入り込みました。そして犠牲者のひとりを救い、代わりに羊の脳を使うことにしました。
毎月三十人が虐殺から救われ、その数が二百人に達したとき、羊や山羊とともに砂漠に送り出されました。このようにしてクルド人が生まれたのです。


世界に対するザハクの専制政治は何世紀にもわたって続き、世には悪徳がはびこりました。
ある夜、ザハクは 3 人の戦士に襲われる夢を見ました。
最も若い戦士は棍棒でザハクを倒し、剥がした皮で固く縛り、ダマーヴァンド山に引きずっていくのです。
ザハクは宮殿が揺れるほどの大声で叫び、目を覚ましました。

シャーナーズとアルナヴァズがかけつけます。

f28v

宮廷の屋上で護衛していた兵士たちも、後宮の女たちも、ザハクの叫びでみな目を覚ましました。

f28v

f28v


盾にもたれてまだ眠っている兵士もいますが・・・。

f28v


アルナヴァズの助言に従い、ザハクは彼の夢を解釈するために賢者と学者を召喚しました。
賢者たちは恐れのあまり三日間口をつぐんでいましたが、ザハクの怒りに負けてひとりが悪夢を読み解きました。その夢は、イラン王家の血をひくファリドゥンの手によるザハクの治世の終わりを示していると。
これを聞いたザハク王は気を失って王座から崩れ落ちました。

f29v

侍医が気付け薬を嗅がせ、従者は転げ落ちた王冠を持って駆け寄りました。

怒り狂ったザハクは、全てのイラン王族、特にファリドゥンを全国で捜索し、皆殺しにするよう兵士たちに命じました。
彼の心は安らぎを失い、食べることも眠ることもできず、その日々は暗黒に包まれました。

ファリドゥンの父親アブティンは、捕まって殺されてしまいましたが、妻と子供たちは逃げ延びました。
しかしついに兵士たちは、ファリドゥンが特別な牛ビルマイエ の乳で育てられている子どもであることを知ります。
彼らはビルマイエが草を食べている高地の牧草地までたどりつきました。

花咲く野原を、羊、山羊、牛が逃げ惑います。

f30v


ついにはザハクが聖なる牛ビルマイエを殺してしまいました。

f30v


しかしファリドゥンと彼の母親ファルナクはすでに彼らの前から逃げだしていました。

ザハクは次の数年間、ファリドゥンへの恐怖と不安の中で生きていました。
より強い権力、多くの軍勢が必要です。
そこで次のような内容の巻物をつくりました。
「我々の君主は善の種しか蒔かない、彼は常に真実を話し、何も間違いをおかさない」
各国の領主を呼び集めて会合をひらき、この巻物に署名させ、忠誠と、軍勢の提供を誓わせることにしました。
呼び出された領主たちは、自分たちの命を惜しみ皆これに署名しました。

ちょうどそのとき、宮殿の外で何者かが正義を求め叫ぶ声がしました。
ザハクはその人物を、領主たちの集まる宮殿の大広間に連れて来させます。

「誰が汝に不当なことをしたのか申してみよ」

f31v


「私はカヴェ、鍛冶屋でございます」

彼はそう言うと、握りしめた拳で頭を打ちました。
「私が非難するのはあなたです。あなたは7つの王国を支配しているにもかかわらず、なぜ私たちに苦しみと死の運命を与えるのでしょうか。
私には18人の息子がいましたが、いまはたった一人になってしまいました。
そして今朝、最後の一人も連れ去られてしまったのです。
みなあなたの蛇の犠牲になるのです。」

ザハクは最後の息子は解放させると約束し、その代わり、ザハクの徳を証言する巻物に署名させようとしました。
カヴァはその巻物と既に記された多数の署名を読み、居並ぶ長老たちに言いました。
「あなた方は悪魔の手に落ちています。あなた方はザハークを信じ、彼の幸せを願っているようですが、私は決して署名しない」。
彼は怒りに震えながら、巻物を二つに裂き、自分の足元に投げ捨てました。

f31v

ザハクは呑まれたように、立ち去る鍛冶屋を見送りました。

カヴェが法廷を出ると、群衆が彼の周りに集まってきました。
彼は正義を叫び続け、革製の鍛冶屋の前掛けを槍に刺して旗印とし、群衆とともにファリドゥンの居場所に向かいました。

ファリドゥンの陣営ではカヴェたちを歓迎しました。
彼が掲げた革の前掛けは幸運の兆しであると思い、この前掛けに西方の豪華な錦を施し、金地に宝石を散りばめ、紅、黄、紫で房飾りをつけ、矛の先には月のような立派な球を置きました。これをカビアーニの旗と呼び、この時から権力を握って王冠を頭に載せる者は、その鍛冶屋の革製前掛けに新しい宝石を付けていくようになりました。

ファリドゥンはザハクを倒すための旅立ちの準備を始めました。
彼にはキヤヌシュとバルマエという二人の兄がいました。
「勇敢な仲間たちよ、王冠は我々の元に戻ってくるでしょう。
腕の良い鍛冶屋を連れて来て下さい。巨大な棍棒を作らせます」
と言いました。

f32v


鍛冶屋は、ファリドゥンが砂の上に描いたとおり、牛の頭の形をした、輝く重い棍棒を鍛え上げました。

吉兆の星の日、ファリドゥンと兄たち、そして軍勢は、何頭もの象や牛に物資を積み、アラビア馬にまたがって出発しました。

 彼らはアルヴァンド川(アラビア語で「デジュレ」、チグリス川)に辿り着き、渡し守に、川を渡って軍を運ぶための舟が必要だと告げました。 
しかし渡し守は何の船も寄越さず、ファリドゥンとも話をしません。
「世界の王が、許可証を持たないものは、この川を蚊一匹たりとも渡してはならないと告げたのです」と。

f33v


この返答に激怒したファリドゥンは、川の深さにもめげず、勇敢な馬ゴルランにまたがり、水の中に突入させました。
家来達も、馬を川に進ませ、水は馬の鞍の上まで上がってきました。

f33v

王子とその軍隊は向こう岸にたどり着き、パフラヴィー語で「Gang Dezh Hukht」と呼ばれるエルサレムに向かって進みました。ザハクはここに、星に届きそうなほど高い城壁を持つ宮殿を建てたのです。

ファリドゥンは、魔術師やディヴをやっつけ、偶像を破壊し、宮廷を占拠しました。
後宮の女たちは偶像崇拝を強制されていましたが、正しい道を教え、偶像礼拝をやめさせました。
シャーナーズとアルナヴァズもまた助け出されました。
そして、「彼はインドに行って、そこで罪のない人々を千人単位で殺戮しています」とファリドゥンに伝えました。
「彼は運命を恐れるあまり、男や女、獣や野獣を殺し、その血を桶に混ぜ、そこで頭と体を洗えば占師達の予言を回避できるかも知れないと信じています。それでも肩から生えた蛇に苦しめられ、国から国へ逃げてもこの苦しみは止むことがありません。しかし、どこにも長くはいられないので、もうすぐ彼は帰ってくるでしょう」

ザハクが不在の間、クンドローという大臣が宮殿の城代を勤めていました。

f35v

 

騒乱が静まったのを見計らってクンドローが謁見の間に入っていくと、新月に戴く糸杉のような美男子が王座につき、その片側にシャーナーズ、もう片側にアルナヴァズが座っていました。 クンドローは何の感情も見せず、質問もせず、謙虚に前に出て礼をしました。
「王よ、あなたは永遠に生きることができますように。あなたから輝くファール(君主の格を示すオーラ的なもの)は、あなたが主権を持つに値することを宣言しています。七つの国があなたの奴隷となり、あなたの頭が雲の上に上がりますように」。

ファリドゥンは彼を王座に近づけさせ、「酒、そして詩人と楽師を連れてきて私の幸運にふさわしい祝宴を開かせよ」と命じました。
クンドローは命じられたとおりにし、ファリドゥンと貴族、楽師たちは夜を徹して祝宴に興じました。

f35v

 

しかし、夜が明けるとクンドローはその場を離れて馬に乗り、ザハクのもとに向かいました。

「誇り高き王よ、あなたの運命の陰る日が来ました。三人の武士が軍隊を率いて攻めてきました。一番若いものは、糸杉のようにすらりとして、顔には王者の輝きがあます。彼は山のかけらのような槌を持ち、あなたの偶像を破壊し、廷臣、ディヴも殺して城壁から投げ捨て、あなたの玉座につきました。」

ザハクは虚ろな顔をして言いました。
「問題ない、彼は私の客人だ。何事も起こっていないのだ。」

クンドローは続けて言います。
「一体どのような客が牛の頭の棍棒を振りかざしてやってくるというのでしょうか? そして王座に就いて王冠と王帯から名前を消し、民を自分の信仰に改宗させるのでしょうか?」

ザハクは苦し気に応えました。
「たわごとで私を煩わせないでくれ。 要求の多い客は縁起のいいものだというではないか。」

クンドローはまた言いました。
「この男があなたの客人なら、あなたのハーレムに何の用があるのでしょうか?
彼は玉座に座り、ジャムシードの姉妹を両隣に置いて語り合っています。一方の手はシャーナーズの頬を撫で、もう一方の手はアルナヴァズの紅玉髄の唇を玩んでいるのです。そして夜の帳が下りると、麝香の上に寝るのです。麝香とは、あなたが寵愛した二人の女性の髪のことです。」

この言葉を聞いたザハクは惨めな運命を呪い、獣のように咆哮しました。
「お前はもはやわしの城代ではない。解任する!」
クンドローは答えていいました。
「恐れながら陛下、陛下はもう二度と玉座にお着きになることはないと思います。ですからわたくしを城代にすることも、やめさせることもできません。むしろ自分の身を守るために行動なさっては如何でしょうか」

激高したザハクは、自分の軍を率いて宮殿に向かいました。
宮殿の城門や屋根に飛びついて城に入ろうとしましたが、ファリドゥンの軍が激しく攻撃してきます。更に、町の住民は皆ザハクを憎んでいたため、戦えるものは皆、それに加勢しました。黒雲から降る雨あられのように城壁や屋根から煉瓦や石が降り注ぎ、狭い路地には剣や矢が入り乱れました。

鉄の鎧兜で身を固めたザハクは、ひとりこっそりと、60キュビト(26m)の長い鈎縄を使って城の屋根に上ることができました。
その場所からは、美しいシャーナーズーその頬は昼のように明るく、髪は夜のように黒いーがファリドゥンにしなだれかかり、ザハクへの罵りを口にしているのが見えました。

彼はその時、もはや自分の運命から逃れることはできないことを知りました。嫉妬の炎が彼の心に燃え上がり、王位も命の危険も忘れて、搦手を使って宮殿に降り立ちました。
彼は名乗りも上げず、シャーナーズの血を流そうと、光り輝く短剣を引き抜いたのです。

ザハクの足が地に着いたとき、ファリドゥンは風のように飛び出し、牛頭の棍棒をザハクの頭に打ちつけ、兜は粉々に砕けました。

もう一度振りかぶろうとしたその時、天使ソルシュが現れました。

f32v

f32v

 

ソルシュはファリドゥンに、今殺さずに、山に連れて行って幽閉するように言いました。

縛られたザハクは無念にも荷馬車用の駄馬の背に乗せられ、ダマーヴァンド山に連れて行かれました。

馬たちは山のふもとにおいておきました。そこは澄んだ小川が流れ花の咲く美しい場所でした。

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ファリドゥンと縛られたザハク、兵士たちはダマ―ヴァンド山を登っていきました。
山は上るにつれ次第に険しくなっていきます。

f37v

 

ついにザハクは、鎖をかけられ、果てのないような暗い洞穴に閉じ込められました。
胴体には、臓器を避けて重い釘が打たれ、血で地面を染めながら、長い長い間苦しみながら放置されたのです。

f37v

 

 

 

 



■シャー・タフマスプ本の細密画

サムネイル ページ番号 画のタイトル※ タイトル和訳 所蔵館と請求番号 画像リンク先 備考
f025v 25 VERSO  The death of King Mirdas  ミルダス王の死 The Khalili Collections, MSS 1030, folio 25 『私の名は紅』(藤原書店)p579-580
f026v 26 VERSO  The snakes of King Zahhak  ザハク王のヘビ  Tehran Museum of Contemporary Art, Tehran, Iran  
f027v 27 VERSO  Zahhak receives the daughters of Jamshid  ジャムシドの娘たちを迎えるザハク  The Khalili Collections, MSS 1030, folio 27  
f028v 28 VERSO  The nightmare of Zahhak  ザハクの悪夢  The Museum of Islamic Art, Doha, Qatar,  MS.41 本のp.101
f029v 29 VERSO  Zahhak is told his fate  ザハク、自分の運命を知らされる  MET, 1970.301.4 p.105
f030v 30 VERSO  Zahhak slays Birmayeh  ザハク、ファリドゥンの乳母の牛ビルマイヤを殺す  The Khalili Collections, MSS 1030, folio 30  
f031v 31 VERSO  Kaveh tears Zahhak's scroll  鍛冶屋カヴェはザハクの巻物を引き裂く  Tehran Museum of Contemporary Art, Tehran, Iran  
f031v 32 VERSO  Faridun orders the ox-head mace  ファリドゥンは牛の頭の棍棒を注文する  個人蔵  
f032v 33 VERSO  Faridun crosses the river Dijleh  ファリドゥン、ディジュレ川を渡る  The Museum of Islamic Art, Doha, Qatar, MS.40.2007  『私の名は紅』(藤原書店)p482
非公開 34 VERSO  Faridun enthroned in the palace of Zahhak as Kundrow blunders in  ザハクの宮殿に祀られるファリドゥン、クンドローが迷い込んでくる。 Tehran Museum of Contemporary Art, Tehran, Iran 非公開  
f035v 35 RECTO  The feast of Faridun and Kundrow  ファリドゥンとクンドローの祝宴  Tehran Museum of Contemporary Art, Tehran, Iran  
f036v 36 VERSO  Faridun strikes down Zahhak(with the ox-headed mace)  ファリドゥン、(牛頭の棍棒で)ザハクを打ちのめす  Freer Gallery of Art, F1996.2 p.113
f037v 37 VERSO  The death of Zahhak  ザハクの死  Aga Khan Museum, AKM155 / p.117

※画のタイトルは”A King's Book of Kings: The Shah-nameh of Shah Tahmasp" (Stuart Cary Welch) による
※画像リンク先は、基本的には所蔵館サイト。より高画質のものが別にあるばあいはそちらとした

■細密画解説(本や所蔵美術館の解説より適宜抜粋)
●f25 VERSO ミルダス王の死
〇Fujikaメモ:専門家による解説がないので、私が勝手に感想を書いてしまいます。
左側三分の二が庭で、草や木に沢山の花が咲き乱れていて綺麗・・。
そこに穴があって、文字の帯をはさんで穴の中の断面図、という構図もすごくうまい気がします。
右三分の一は、庭とは対照的な、緻密なタイル模様(これはヘラート風?)の建物。
空は青色。真昼などは金色で表現されたりするけれど、これは朝か夕方の意味なのかな?
穴を覗き込んでいるのが殺人犯ザハクかと思っていましたが、建物の二階の窓から見える人物の方が服が金がつかってあって豪華なので、こちらがザハクかも?? (穴を覗き込んでいるのはミルダス王の従者?)

●f26 VERSO  ザハク王のヘビ 
〇Fujikaメモ:専門家による解説がないので、私が勝手に感想を書いてしまいます。
ザハク周囲の建築物の装飾が豪華!
幾何学模様タイルだけではなく、天使が一対描かれています。
幾人かは口にひとさし指をあてて、驚きを表現しています。
ザハクの左側の青い服の若者が全く驚いていないようなので、これがアーリマンではないかと思いました。
画面右側の、川にかがみこんでいる髭のおじさんと、その背後の赤い服の若者は、いったい何をしているのでしょうか。
同一画面に別の時点の同じ人物を描いてしまう絵巻物みたいに、これが別の時点のザハクとアーリマンの様子かしらとも思いましたが・・・。
空は金色。

●f27 VERSO  ジャムシドの娘たちを迎えるザハク 
〇Fujikaメモ:専門家による解説がないので、私が勝手に感想を書いてしまいます。
美人姉妹は、最初ザハクのいる段の手前側の低くなっているところにいる人物のどれか、かと思っていましたが、よく見ると女性二人という人物像はないです。
なのでザハクと同じ高い位置の左端にいるこのふたりが姉妹ではないかと思いました。
ザハク周辺の建築物は、f26vと同様豪華。こちらでは、垂れ布的な装飾もみられます。
空は金色。

●f28 VERSO  ザハクの悪夢 
〇Fujikaメモ:専門家による解説がないので、私が勝手に感想を書いてしまいます。
この絵ではザハクは白髪、白髭になっています。
驚く兵士達や後宮の女たち、数人の眠りこける衛兵など、いろいろな人物が登場して、見ていて楽しい絵です。
夜のシーンで、渡り廊下の上の部分に、藍色の夜空と雲、三日月が見えますが、他は、宮殿が枠からはみ出して描かれていることもあって夜空はなし。
枠がほとんど分からないくらい、上も右もはみ出しているので、チマチマした感じがなくて、ゆったりして見ごたえがある作品です。

●f29 VERSO  ザハク、自分の運命を知らされる
スルタン・ムハンマドによるもの。
おそらくタフマスプ公の側近としてタブリーズにやってきたティムール朝の巨匠ビフザドの影響を強く感じさせる絵である。
空間内に論理的に配置された建築物や人物、細かな筆致で描かれた小さな人物、自然主義的な人物描写、抑制された色調など、ヘラートの巨匠に勝とうとするタブリーズの才気あふれる画家の作品である。
右側の曲がりくねったバラの木やカタツムリのような雲は、タブリーズで実践されていたトルクメンの絵画に由来している。
塀の上の人物(右)は、23v「タフムラスはディヴを破る」に見られるような土俗的なユーモアと写実性をもって描かれている。このような明らかな指摘がなければ、この絵はビフザド自身によるものと思えたかもしれない。  
〇Fujikaメモ:画像の解像度のせいかもしれませんが、f28vより、ちょっとぼやけた、暗い印象の絵です。
この場面での主人公ザハクは、ずいぶん小さく描かれていて(まあ、ほかの人物と同じ大きさな訳ですが)、なんだか普通の弱々しい老人に見えてしまいます。
あと、よく見ると、玉座の間の壁はf36vと同様白いです。豪華な玉座をわかりやすくするためかな。
  
●f30 VERSO  ザハク、ファリドゥンの乳母の牛ビルマイヤを殺す 
同じくスルタン・ムハンマド作のこの細密画には、彼の最も美しい樹木のひとつである、優雅に尖った葉と、龍のように勢いよく伸びる白い枝を持つ、とりわけ詩的なプラタナスが描かれている。  
〇Fujikaメモ:
画面の大半が、花の咲き乱れる野原で、なんとなく柔らかい雰囲気で、好きな絵のひとつです。
(動物たちの殺戮がなかったらもっといいのに・・・)
空は金色。
緑の草地の中にある濃いグレーは、もとは銀色で表現された小川でした。さぞかしきれいだったと思います。

●f31 VERSO  Kaveh tears Zahhak's scroll  鍛冶屋カヴェはザハクの巻物を引き裂く 
〇Fujikaメモ:専門家による解説がないので、私が勝手に感想を書いてしまいます。
いろいろ検索してみましたが、とてもけばけばしい色に画像加工されたものしかネット上ではみつかりませんでした(黄色が強いような)。本物はどんな色なのかな・・・。
鍛冶屋カヴェが巻物を引きちぎるシーンですが、ザハクと領主たち、家臣たち、ディヴたち、空にはソルシュ達、と訳がわからない位大勢登場しています。
花をつけた草木、テントや絨毯のアラベスク模様もとても豪華。
よく見ると、右下にいる人たちは、大鍋のピラフ?を大きなシャモジで平たいお盆に盛り付けているのでしょうか。

●f32 VERSO  Faridun orders the ox-head mace  ファリドゥンは牛の頭の棍棒を注文する
〇Fujikaメモ:専門家による解説がないので、私が勝手に感想を書いてしまいます。
これは、写真うつりのせいかもしれませんが、地味めに見えてしまいます。もっといい画像で見てみたいな・・・。
空は金色なので昼のシーン。
テントの中は、ファリドゥンと兄達だと思います。
手前には、小川と草花。テントと小川の位置関係は遠近法的にはちょっとアレですが、テントを張る縄は、人物にかぶさっているにもかかわらず、本数も省略せず写実的に描かれていますね。
 
●f33 VERSO  Faridun crosses the river Dijleh  ファリドゥン、ディジュレ川を渡る 
〇Fujikaメモ:専門家による解説がないので、私が勝手に感想を書いてしまいます。
画面を斜めに区切る川岸があって、左側がダークな川。この川は、もともとは青と銀が混ざったような色だったのかな。そして魚や水鳥、波模様がもっと鮮明だったはずと思います。
右側の陸地から川に向かって、極彩色の軍団がなだれるように移動している様子が伝わってきます。
川の色の変色で、制作当時とは印象が違うのかもしれませんが、現状のままでも、暗い川と軍団の対比が美しく、なんとも綺麗で好きな絵です。

●f34 VERSO  Faridun enthroned in the palace of Zahhak as Kundrow blunders in  ザハクの宮殿に祀られるファリドゥン、クンドローが迷い込んでくる。
〇Fujikaメモ:
検索してみましたが、この絵は全体像がわかるものはネット上にはみつかりませんでした。
部分はこちらで見られます。
このストーリーで、クンドローは、神話にしてはリアルな人物像ですよね。

●f35 RECTO  The feast of Faridun and Kundrow  ファリドゥンとクンドローの祝宴 
〇Fujikaメモ:専門家による解説がないので、私が勝手に感想を書いてしまいます。
花の咲き乱れる野原での、昼の祝宴の様子。
酒の容器は、おそらく首の細い金属製のボトルで、杯は、脚のない、浅いタイプのもの。
ファリドゥンに若い給仕?がザクロの皿を差し出しています。
ファリドゥンの右手側手前には楽師達が。奥から、竪琴、おそらくカーヌーン(爪弾く琴のようなもの)、タンバリンのようなリック、小さな琵琶みたいなセタール、縦笛のナイ(参考サイト)。
立って鷹やハヤブサを持っている、鷹匠のような人が二人います(他の絵にも)。
宴会の場面で、鷹匠が鷹を使って何か芸をするような習慣があったのでしょうか・・・。

この中のどれかが城代の大臣クンドローだと思うのですが、定かではありません。
キャラクターから、(武具をもっていない)文人で、若くはない(ひげのある)人物を選んでみました。

●f36 VERSO  Faridun strikes down Zahhak  ファリドゥン、ザハクを打ちのめす 
この絵が描かれたとき、スルタン・ムハンマドは、タブリーズとヘラートの伝統の統合である新しい様式に身を置いていたのである。この絵では、ファリドゥンの槌の一撃が、建築物の「重さ」、金の玉座の重厚さ、さらには天使の配置によって強調され、その曲がりくねった線が暴君の頭まで辿れるようなリズムを生み出している、劇的な構成になっている。
天使ソルシュは、ジラクが予言した結末のためにザーハークを救うために介入する。
ジャムシードの娘の一人は、圧制者が倒されるのを驚きながら見ている。

この大胆で緻密に描かれた絵画は、エレガントでしなやかな線と鮮やかなパレットを備え、精巧なディテールによって活力を与えられ、その瞬間の興奮と緊張を見事に捉えています。構図全体に反響する螺旋状のアラベスクは、中心からずれた重い玉座と建築の「重み」によって釣り合いがとれ、ザハクに対するフェリドゥンの勝利のドラマ、ひいては悪に対する善のドラマを強調している。
〇Fujikaメモ:
きっちり長方形の枠があって、その枠から何もはみ出さないタイプの構図。
そのせいか、ちょっとチマチマと狭苦しい印象もあります。
折角の、ヒーローによる悪者退治なのに・・・。
(絵の左上の天使ソルシュを、枠からはみ出させたらどうだったかな~。)
でも、天使の声で、はっと振り返った瞬間がとてもよく表現できていますよね。
あと、模様も何もない白い壁がわりと沢山あるのも、他と違うと思いました。

●f37 VERSO  The death of Zahhak  ザハクの死 
「ガユマールの宮廷」が、シャ・ナーメ計画初期の傑作であるのに対し、この絵は、同じくスルタン・ムハンマドによる、1530年代後半に描かれた彼の最高傑作である。大英博物館所蔵の1539年から43年のニザーミのカムセ(63ページ)のように、限りなく細密で、より自然な様式で描かれている。この絵の中の重要でない顔は、若い画家の一人であるミール・サイード・アリによって描かれたようである。
この雲に描かれた龍は、タブリーズのトルクマン様式を思い起こさせる。一方、岩に描かれた顔は、18世紀のイギリスの肖像画を思わせるほど自然なものになっている。
このクライマックスの瞬間にも、小川のほとりでリュートの音楽が流れる場所がある。
〇Fujikaメモ:
文章では、磔にされるザハクはかなり血まみれな感じですが、絵は流血を省略しています。
(牛ビルマイエの虐殺では血を描いているのに)
そのせいか、陰惨さはなくて、どこかほの明るい印象の絵になっています。
川縁で楽器を奏でてのんびりしている様子もいいですよね。



コメント (2)
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シャーナーメあらすじ:1.最初の王達

2022-10-18 | +シャー・ナーメあらすじ(挿絵付き)

以前、シャータフマスプのシャーナーメの解説本を翻訳してみました。
本の後半に、いくつかの絵についての解説があったのですが、ものがたりの全貌は分かりにくいです。
折角の本の挿絵なので、絵本のように、またはアニメ(まんが日本むかし話とか)のように、ストーリーとセットで絵を見ていきたいです。
200枚も挿絵があるのだから、並べればストーリーが見えてくるかと表に整理してみましたが、全然。
原書は6万語近くの韻文なのですって。
6万語ってどれくらい?
ペルシャ語からの全文英訳の書物があるのですが、なんと全9巻。
うー。
もしかして目次だけ並べれば結構ストーリーが見えるかな?ブログにそのまま使えるかも?
とコピペして、デジタル化された際の誤字を、なんか中々終わらないなあと思いつつ、ちまちま直してみました。
やっと終わって見てみたら、A4の紙で20ページ分も。
しかも、各章のタイトルは、たとえば、「如何にしてファリドゥンはジャンダルをヤマンに送り込んだか」
という感じで、ストーリーを知っている人ならばこの章題で、ふむ、あの話ね、と分かりますが知らない人には分からないです。これではブログに使えない・・・。
そもそも神話や叙事詩って、登場人物が多いし、あらすじにしてしまうと無味乾燥。細部があってこその面白さですよね。

仕方がないので、自分で作るか・・・。
絵を切り貼りして並べる感じで、ストーリーをかいつまんで添えて、絵本みたくしてみました。
とりあえず神話のはじまりの部分。
あといくつかは、割と面白い話が続くのでやってみたいとは思いますが・・・。
(読んで下さるみなさん、こういうの、どうでしょう?つまんないかな・・)

====================
シャーナーメ 1.最初の王達
====================


■登場人物
ガユマール:イランの初代の王 Gaiumart/Kayumars
シヤマク:ガユマールの息子 シアマック/Siyamak
アーリマン:ガユマールの邪悪な敵(悪魔)
ブラック・ディブ:アーリマンの息子の黒鬼
フーシャン:シヤマクの息子 Hushang
タフムラス:フーシャンの息子 Tahmuras
ジャムシード:タフムラスの息子 Jamshid 

■概要
歴史のはじまりにあたる、神話時代の数人の王の話。
何しろ神話なので実際の歴史とは無関係。治世も、数十年という場合もあれば、三百年という場合もあり神話的。
挿絵は美しいが、超古代をリアルに表現するのではなく、絵画作成時の同時代の風俗を描いている場合が多い。
この部分の挿絵は5枚で、ページを繰るごとに(見開きごとに)1枚、絵があるような構成になっています。本づくりへの気合が感じられます。

■ものがたり

イランの初代の王ガユマールは、山頂から世界を支配していました。王権というものはこのガユマール王から始まったのです。
この王朝をピシュダディアン王朝といいました。

f20v


彼の治世は30年続きました。
この時代、人々は豹の皮で衣服を作りました。またこの時代に耕作が始まり、さまざまな人々が争いもなく豊かに暮らしていました。

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牛や野獣は人間と争うことなく、互いに助け合っていました。
全ての人も獣も、ガユマールのごつごつした玉座の前に、敬虔な気持ちでかしずいたのでした。

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ガユマール王には、息子シヤマクがいました。

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勇敢で志が高く、武勇にすぐれた人物でした。
父王は彼をとても愛するあまり、いつか別れの日がくることを思うと涙ぐむのでした。

ガユマール王には邪悪な敵、アーリマンがいました。アーリマンは、ガユマールをひどく妬んでいました。
アーリマンには凶暴で狼のような息子のブラック・ディヴがいました。
この二人は協力して、ガユマールの王位を狙っていました。

至高の天使ソルシュは妖精に姿を変え、ガユマールにその陰謀を警告しました。
シヤマクはそれを聞き、怒りで胸が熱くなりました。
彼は兵を集め、(この時代にはまだ鉄の鎧はなかったため)豹の皮で身を固め、戦いに出かけました。

彼は勇敢にアーリマンの息子に立ち向かいました。
しかし恐ろしいブラック・ディヴは、王子を強く握り締め、折り曲げて、引き裂いてしまいました。
こうしてシヤマクはその汚れた手にかかって死んだのです。

シヤマクの死の知らせを聞いたガユマール王と臣下たちは、みな血の涙を流し、頬はワインの色に染まりました。


シヤマクには息子、フーシャンがいました。
ガユマール王の宮廷で大臣をつとめる聡明な青年でした。

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ガユマール王とフーシャンは復讐の戦いに向かいました。
総大将は勿論ガユマール王です。

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軍隊には、ガユマールに忠実な妖精、獅子、鳥、狼、虎たちが加わり、若いフーシャンが先陣を切りました。

勇敢なフーシャンはブラック・ディヴを締め上げます。

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兵士たちもまた、(この時代にはまだ鉄の武器がなかったため)木の枝を持って戦います。

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獅子や豹、狼たちは、ブラック・ディヴの手下の鬼たちにとびかかり、鋭い爪をたてます。

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空からは、妖精たちが、岩を投げつけて加勢しています。

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こうしてシヤマクの敵を討つことができましたが、ガユマール王の時は終わりに近づいていました。
彼は厄介な時代をすばらしくおさめる道筋をつくりましたが、それを楽しむ時間はありませんでした。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

フーシャンが祖父の王位を継ぎ、40年間国を治めました。
彼は公正で賢明な王でした。
彼は世界を文明化し、地表を正義で満たしました。

ある日、フーシャンは岩の後ろに潜むドラゴンの恐ろしい姿をみつけました。フーシャンが石を投げつけると、その怪物は消えてしまいました。
石が大きな岩にぶつかり、火花が散ったとき、聡明なフーシャンはこの現象の意味をいち早く察知しました。
これが火の源なのだと。
善良なフーシャンは、神の贈り物として火を祀るようになりました。
その夜、臣下と家畜を集め、火の持つ可能性を説き、サデ(Sadeh)の祝宴を開きました。

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また彼の治世には鉱業、鍛冶、農業、灌漑が発展しました。
山羊や羊の群れを飼う牧畜も、この時代に発展したのです。

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◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

フーシャンは賢い息子タフムラスを授かりました。
彼が王位を継ぎ、30年の治世の間にいくつもの技術を発展させました。
羊の毛から糸を紡いで布をつくること、足の速い四足獣をつかまえて大麦、草、干し草を食べさせて飼いならすこと、鷹とハヤブサを従わせること、などです。

彼の最大の功績は、ディヴと魔術師達の軍団と闘い、打ち負かしたことです。
タフムラスは彼の巨大なメイス(棍棒)をディヴに打ち下ろしたのです。

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縛られ、打ちのめされた捕虜たちは、命を乞いました。
"我らを滅ぼさぬなら" "新たな術を授けよう "と。
タフムラスは彼らの秘密を知るために慈悲を与えました。
彼らは解放されると、彼に仕え、彼の心を知識で照らし、ルーマン語、ペルシャ語、アラビア語、スフディ語、チニ語、パフラヴィ語、ギリシャ語、中国語など、おそろしいほどに分裂した30ほどの言語と文字の取り合わせを教えました。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

タフムラスの偉大な息子ジャムシードは、父の教えをよく守り、栄光ある父の王位を継承しました。

f24v


彼の治世は300年続き、栄光ある日々でした。
この時代、さまざまな技術が発展しました。

彼はまず武器を作りました。
大きなふいごで炉を熱くして鉄を加工し、それを兜、腰当て、胸当て、人馬の鎧に仕立てたのです。
武具は、鏨(たがね)で打ったり彫金を施して美しく仕上げられました。

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毛や綿で糸を紡ぎ、それを織って、毛織物、豪華な錦を作り、そして縫って衣服にする方法を人々に教えました。

f24v f24v



地面を掘り、水路を作って農業の助けとしました。

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divを支配し、彼らに土と水を混ぜ、煉瓦を作る仕事をさせました。
彼らはまず石と石灰で基礎を築き、その上に芸術の規則によって、浴場、高いホール、聖堂などの建造物を建てました。

建物を建てるための木材も、木を加工して作るようになったのです。

f24v

 

また彼は岩の中から光沢のある石を探し出し、ルビー、琥珀、銀、金などの多くの宝石を手に入れました。
樟脳、麝香、龍涎香、ローズウォーターなど、人が好む香りを紹介しました。

薬学や医術もジャムシードによって開かれた秘密でありました。
彼はまた船をつくり海を渡ったりもしました。
ファーヴァルディンの最初の日 (3 月 21 日) にNow-ruz (新しい日) をさだめ、労働から体を休め、争いから心を休める日としました。

ジャムシード王の治世には国は大変に栄え、人々はディヴを召使にして、病や死を忘れるほどに安楽に暮らしていました。

しかしある日、ジャムシードは道を外れてしまったのです。
自分の業績についてあまりに傲慢になり、自分は誰よりも、神よりもなお優れていると考えるようになります。
臣下の心は王から離れていき、神の恩寵も彼を見捨てることになります。


■細密画リスト

サムネイル ページ番号 画のタイトル※ タイトル和訳 所蔵館と請求番号 画像リンク先 備考
f020v 20 VERSO  The court of Gayumars  ガユマールの宮廷  Aga Khan Museum, AKM165 本※のp89
f021v 21 VERSO  Hushang slays the Black Div  フーシャンが黒いディヴ(鬼)を殺す  個人蔵  
f022v 22 VERSO  The feast of Sadeh  サデの饗宴  MET, 1970.301.2 p93
f023v 23 VERSO  Tahmuras defeats the divs  タフムラス、ディヴを倒す  MET, 1970.301.3 p97
f024v 24 VERSO   The court of Jamshid ジャムシードの宮廷   Tehran Museum of Contemporary Art, Tehran, Iran p97

※画のタイトルは”A King's Book of Kings: The Shah-nameh of Shah Tahmasp" (Stuart Cary Welch) による
※本:”A King's Book of Kings: The Shah-nameh of Shah Tahmasp" (Stuart Cary Welch) 


■細密画解説(本や所蔵美術館の解説より適宜抜粋)
●f20 VERSO ガユマールの宮廷
この作品は、サファヴィー朝の王立図書館で働き、1522 年にヘラートから戻ったシャー タフマースプに絵画を教えるために雇われた、タブリーズ出身のサファヴィー朝の巨匠スルタン ムハンマドの作であるとされる。
画家で作家のダスト・ムハンマドによると、この細密画を前にして仲間の芸術家たちは恥ずかしさのあまり頭を下げたという。
「ガユマールの宮廷」は、その複雑さ、色彩の巧みさ、細部の緻密さ、そしてメッセージの感情的な強さで際立っている。
金色の空と、絵の三方の余白に広がるそびえ立つ風景は、見る人の目と精神を高めていく。
描かれる世界は動物と人間が共生する理想郷。
スルタン・ムハンマドの熟練と創造性は、コートの裏地や帽子の柔らかい毛皮などのテクスチャーの表現を通して示されている。岩から小川へと流れる、当初は銀色で、今や黒くなった水しぶき。青い岩から緑への変化。ごつごつした岩の先端には多数の人間と動物の顔が隠れていて、絵に活気を与えている。
この絵の素晴らしさは、熊、鹿、ライオンのペアを通しても伝えられる。はしゃぐサル、 寄り添う牛と雄牛。画面中央の二頭のライオンは、1480年頃のトルクマンの細密画と相似している(本の図6参照)。
このようなインスピレーションに満ちた作品は、物語を説明するという単純な必要性をはるかに超えている。それは、人間、動物、植物、鉱物を通しての精神性と自然とのまれなつながりを反映しており、ペルシャの絵画ではめったにみられないものである。

(参考情報)
カーン・アカデミーによるこの絵の解説

〇Fujikaメモ
ガユマール王の左下の若い人物は、未来を告げる天使ソルシュという説と、王の孫フーシャンという説がありました。私は、ほかの人間と同じ毛皮の衣を着ているので、天使ではなくフーシャンという説をとりました。

専門家がみんな褒めている絵ですが、私はそんなに好きじゃないかな・・・。(象徴的というよりは具体的な画が好きなので・・・)
岩の感じとか、中国の絵をほうふつとさせます。

1980-85頃、ホートン氏とAga Khanの間の個人的売買(オークションではなく)で取引されたようで、価格は当時、おそらく2万ドル。(参考動画



●21 VERSO フーシャンが黒いディヴ(鬼)を殺す
専門家による解説がみつからなかったので、私が勝手に感想を書いてしまいます。

画面の上半分が空にもかかわらず、全体に木の枝や鳥、渦巻く雲が描かれて、しかも金箔が貼ってあるので、余白、という感じは全くないです。これは、使われなかったという絵「眠れるルスタム」に似て、息詰まるような濃ゆい描き方のように見えます。タブリーズ様式、になるのかしらん。
木に咲く花は、みな梅の花のような様式化された五弁の花(かわいい)。
木や草の葉っぱは、様式化されつつも、いろいろな種類があります(好み)。
空に飛ぶ鳥は、比較的写実的(ペルシャ細密画の鳥の描き方には中国絵画の影響があるのだそう)。
葉っぱと豹やライオンのあたり、『エルマーの冒険』シリーズの挿絵を思い起こさせます。


●22 VERSO サデの饗宴
これはスルタン・ムハンマドが15世紀のタブリーズのトルクマン様式を変化させたもので、素早く描かれた見事な絵の一つである。この絵は、15世紀のタブリーズのトルクマン様式をアレンジしたもので、技巧よりもスピードに重点が置かれているが、人物や動物の機知に富んだ深い描写により、『シャー・ナーメ』の中で最も生き生きとした作品のひとつとなっている。
この絵は、牧草地の中央に座ってワインのカップを持っているフシャンが、ザクロを差し出す部下の 1 人の方を向く様子を描いている。左側の 3 番目の人物は、敷物の上に座ってワインを飲んでいる。彼らは饗宴を祝うためにフシャンが燃やした火を前にしている。

縁にそびえ立つ人物像と岩の露頭のこの特定の構図は、スルタン・ムハンマドの典型であり、この写本の彼の傑作「ガユマールの宮廷」で最も見事に実現されている。ここでの細部のレベルはガユマールのイメージよりもはるかに複雑ではないが、この絵には、このアーティストの特徴である他の特徴、極彩色の岩、なども示されている。

〇Fujikaメモ:
画面枠外の右上、クマが岩を持ち上げて豹を狙っています。何故か悪意があるようには見えず、遊びのようにほのぼのとユーモラスに見えます。



●f23 VERSO タフムラス、ディヴを倒す

この作品は、マスターペインターであり、この原稿の第一世代の芸術家の主任管理者であるスルタン・ムハンマドによるものである。
ここではフーシャンの息子タフムラス王が草原を疾走し、牛頭棍で黒い悪魔(ディヴ)を打ちのめす様子がテンポよく描かれている。ディヴの醜い顔とユーモラスな身振り(手前の木陰のディヴが仲間のしっぽをつかんでいる)、ぶちのある皮膚の絵画的な扱いは、スルタン・ムハンマドの典型的なスタイルである。

中央上部の様式的な赤い花が咲いた草は、トルクマンの宮廷で長く愛されてきた中国の観賞用花からインスピレーションを得たものであり、真正面や完全に後ろを向いた馬の描き方はヨーロッパ美術に由来するものである。

右上に描かれた白馬が空中を歩いているように見える空間的な非論理性は、スルタン・ムハンマドの作風がトルクメンに根ざしていることを想起させる。タブリーズの王立図書館に参加したヘラートの芸術家たちの影響を受けて、このような魅力的な過剰表現は、《シャフナーマ》の制作期間中に抑制されることになる。

〇Fujikaメモ:
解説にもありますが、馬を走らせ棍棒を振り下ろす、スピードや疾走感を感じさせるところがすばらしいと思いました。
そして主人公の美男子は、常にクールな無表情なのに比べ、ディヴたちは表情豊かでユーモラス。
画面右上のアヤメの花は結構写実的。左端の木の花(梅のようですが、概してアーモンドのつもりなのだとか)は、様式化されているとはいえ、まだ絵に調和しています。画面中央の赤い花は、妙に大きくテカテカして、どうみても現実の花がイメージできず、造花よりも更に作り物めいていますよね。なのに葉が結構写実的というのも面白い・・・。
花に比べて2組の鳥は、ポーズも比較的自然で写実的ですよね。
右上の白馬と騎士が空中にいるよう、と解説にありましたが、私は特に気にならないです。

●f24 VERSO ジャムシードの宮廷

この絵では豪華な 16 世紀の衣装を身にまとったジャムシッドの背後に 2 人のディヴがおり、男たちが絹を織り、布を切り、木を切り、巨大なふいごで鉄を鍛造するにぎやかな宮廷を描いている。細部にまでこだわった表面と豊かな植生は、ジャムシードの業績の興奮を反映しているようである。

〇Fujikaメモ:
鍛冶や機織りなどの工芸の様子が描かれて、楽しい画です。
ジャムシード王の下にある、お皿にのった白いものはなんだろう・・・。
飲み物のボトルのそばにあるし、食べ物だとは思うのだけれど。白地にぽつぽつとブチが入っている食べもの・・・・。


■■参考情報
●アトキンソン 抄訳
James Atkinson, Soordb. カルカッタ、1814/ロンドン、1832

全文かどうかは分かりませんが、Wikiソースで読めます。ブラウザ翻訳機能が使えるので便利。
Internet Archive にも。

●ワーナー&ワーナー ペルシャ語からの全訳 全九巻
Arthur George WARNER and Edmond WARNER. ロンドン、1905
ペルシャ語韻文からの英語韻文への全訳は、いつか誰かがしなくてはいけない仕事なのでしょうが、それにしても大変そう。
どんなに大変だったか愚痴めいたことが書いてあるかと前書きをちら見してみたら、
「この作品の出版を心待ちにしていた私は、その準備に数え切れないほどの幸せな時間を過ごすことができました・・」
え、「幸せ」?
ヴィクトリア朝に育ったイギリス文化人の自虐ユーモアかな?(出版年1905年はエドワード王の時代ですが)

Internet Archiveで全巻閲覧できます。テキストも拾えますが、発音記号がついたアナログ原稿の文字化なので誤変換が大量にあり、綺麗にするのはとても手間がかかります。
(例:正: Iran 誤: Irdn)
第1巻 第2巻 第3巻 第4巻 第5巻 第6巻 第7巻 第8巻 第9巻

こちらのサイトで、前半の一部が読めます。htmlになっているのでブラウザ翻訳機能も使えますが、改行が多いので翻訳がおかしくなります。全ての改行をなくしてDeepl翻訳などで訳しなおした方が分かりやすいです。


●デイヴィス 全3巻 ペルシャ語からの翻訳。カラー挿絵多数
Dick Davis.  The Lion and the Throne/Fathers and Sons/Sunset of Empire: Stories from the Shahnameh of Ferdowsi.   1998
カラー挿絵たっぷり。こういうのが欲しかったのよ~。
これを知ったのはこの記事を描き終わったときでした。
これがあれば、私が記事を作る必要はないな・・・・。
第1巻:獅子と玉座  The Lion and the Throne  Amazon
第2巻:父と息子たち Fathers and Sons   Amazon
第3巻:帝国の落日  Sunset of Empire   Amazon


●デイヴィス 全一巻
Dick Davis.  Shahnameh, The Persian Book of Kings.   2006
上記全3巻からカラー挿絵を抜いた抜粋と思われます。ペーパーバック版の出版社はペンギンブックス。
amazon
Internet Archive (全文閲覧可。テキストも拾える)

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