ようやく4/4になりました。
読んで下さった方、ありがとうございました。興味なかった方、今週はこういうのばっかで失礼しました
このザールとルーダーベの息子が、シャーナーメ中盤の主要な登場人物になります。シャーナーメで一番有名なヒーローかも。
次の章は彼の生誕と幼少時の、短い章です。(まだほとんど準備が出来ていないので、しばらく後になります)
====================
7.ザールとルーダーベの話(4/4)
====================
■登場人物
ザール:シスタン、ザブリスタンの若王(跡継ぎ)。生まれつきの白髪。Zal
ミフラーブ:ザールの支配地域にあるカボルの領主(アラブ系で、かつてイラン王位を簒奪した悪王ザハクの子孫)。Mehrab / メフラーブ
シンドゥクト:ミフラーブの妃 Sindukht
ルーダーベ:ミフラーブの娘 Rudaba / Rudabeh / ルーダーバ
サーム:ザブリスタンの先王。ザールの父で、ザールに後を託してマヌチフルの命令でマザンダランとカルガサールに遠征中。Sam / Saam
マヌチフル:ザブリスタンが臣従する、大イラン帝国の王。シャー。Manuchifl
カボル(地名):ミフラーブの治める地域。カーブル / カブル / カブール / Kabol / Kabul。現在のアフガニスタン北東部。
マザンダラン(地名):マヌチフルの命でサームが遠征に行った土地。Mazandaran
カルガサール(地名):マヌチフルの命でサームが遠征に行った土地(または民族)。ゴルグザランとも。Kargasar / Gorgsārān
■概要
マヌチフルによるカボル攻撃命令は、ミフラーブを再び動揺させます。
彼は妻シンドゥクトに怒りをぶつけますが、シンドゥクトは自身の命と全財産を賭けてサームとの交渉に臨みます。
サームは、その正体を知らないまま、女使節とその家族の安泰を誓い、また正体を知ったのちも、カボルとの友好を約束します。
マヌチフルは捨て身の覚悟でやってきたザールに心をうたれ、彼の望みを叶えてやることにします。
ザールは、賢者たちの問う謎に見事にこたえ、また弓矢や騎馬試合にも勝ち、シャーと王宮の皆に能力を見せつけて、褒美の品とともにサームのもとに戻ります。
サームとザールはともにカボルを訪ね、カボルにて、ザールとルーダーベの結婚式が執り行われます。
■ものがたり
□□15.ミフラーブ、シンドゥクトに怒る
さて、一方カボルでは、マヌチフルの命令でサームが進軍してきたことが伝わるや、ミフラーブは怒り狂いました。
彼はシンドゥクトを呼び出して、怒りを彼女に対してぶつけました。
「私には帝国の君主に立ち向かう力はない。お前とその下劣な娘を公衆の面前で殺して、それで王をなだめるしかない。誰があのサームと闘うというのか。」
●シンドゥクトに怒りをぶつけるミフラーブ83v
シンドゥクトは彼の前に跪き、考えを巡らせました。ミフラーブは怒りでギラギラと輝くほどです。
「閣下、わたくしがサームのところへ参ります。わたくしは命を賭けて彼に訴えてみますので、あなたは財産を賭けて下さい。私に宝物を預けて頂けますか。」
「よろしい、これが宝物庫の鍵だ。奴隷、馬、王座、王冠、何でも持って行くがいい。いっとき衰えても、国を炎から救えるのならば再び輝かせることができるだろう。」
「我が君、わたくしが出かけている間、ルーダーベを傷つけないことを誓ってください。わたくしは彼女をこの世の何よりも大切に思っています。」
夫が誓うと、彼女は出発する準備をしました。彼女は金襴の錦を身に纏い、真珠と宝石を頭に飾りました。そして数々の贈り物・・・。
30万枚の金貨、黄金の装身具をつけたアラブ馬30頭、銀の馬具をつけたペルシャ馬。黄金の胴着をつけた奴隷60人がそれぞれ、樟脳や麝香、金、トルコ石、あらゆる種類の宝石を詰めたゴブレットを持っています。更に、様々な宝石を縫い付けた金の鎧が40枚、銀や金で細工したインドの太刀が200本―そのうち30本の刃には毒が塗ってあります―、赤毛の雌ラクダ百頭、荷物用ラバ百頭、宝石の冠、腕輪、腕輪、耳輪。
そしてまた、様々な宝石がはめ込まれた夢のように美しい金の玉座―その幅は二十キュビト、高さはりっぱな戦士の身長ほどもあります―、 最後に、4頭の強大なインド象が、衣服や絨毯がぎっしり詰まった梱を運んできました。
●贈り物の行列84v
このような準備が整うと、彼女はすぐに馬に乗り、サームの野営地に向かいました。
□□15.サーム、シンドゥクトの心を癒す
彼女は到着すると、自分の名は告げず、衛兵に
「カボルからの使者が、戦士ミフラーブから世界の征服者サームに伝言を持って参りました」
と告げました。
従者が取り次ぐと、シンドゥクトは馬を降りてサームの前で地面に接吻し、サームと将軍たちを称えました。そして、数々の贈り物を一つ一つサームの前に披露し、その列は2マイルにも及びました。
●サームに挨拶するシンドゥクト84v
サームはその光景に驚き、まるで酔ったかのようにクラクラとしつつも、両腕を組んで考え込みました。
「このように豊かな国から、女性の使節が来るのか? そしてもし私自身がこの女からこれらを受け取れば、私に戦を命じたマヌチフル王は不機嫌になるだろう。もし私がこれらを返せば、ザールはシムルグのように激怒して立ち上がるだろう。」
彼がついに出した結論はこのようなものでした。
「これらの贈り物は、カボルの美しい女使節からとして、ザールの会計係に渡してくれ。」
シンドゥクトは贈り物が受け入れられたことに安堵して言いました。
「閣下のこの度の進軍について、もし非があるとすればそれは領主ミフラーブのみであり、いま彼は血の涙を流しております。カボルの人民には罪はありません。彼らはあなたの足の塵の下にある奴隷であり、町全体があなたのために生きているのです。どうか明星と太陽の創造主を畏れ、流血を避けて下さい。」
サームは言いました。
「私の質問に答えて下さい。あなたはミフラーブの奴隷でしょうか、それとも彼のお妃―ザールが見た姫のお母上ーですか。どうかその娘の背丈、容貌、髪、性格や知恵を教えて下さい。彼女が彼にふさわしいかどうか分かるように。」
シンドゥクトは答えました。
「我が君、最も偉大な君主よ、わたくしには館や財産があり沢山の親族がおります。これらのもの、わたくしやわたくしの愛する者たちを傷つけないと誓ってください。そうすれば質問にお答えいたします。」
サームは彼女の手をとって誓いました。
●シンドゥクトの手をとって誓うサーム85v
シンドゥクトは地面に接吻し、隠していたことを告げました。
「わたくしは、カボルの領主でありザハクの一族であるミフラーブの妃です。わたくしは、ザール殿が思いを寄せるルーダーベの母親です。我々と我が領民はそもそもシャーと閣下に臣従を誓っておりました。
今、わたくしはあなたの意思を知るために参りました。
もし領主の我々がそこを治めるに値しないのであれば、まずこのわたくしから始めて、殺すに値する者は殺し、投獄すべき者は投獄して下さい。しかしカボルの無実の住民を傷つけないで下さい。」
サームは、相手が明晰で聡明な女性であることを知りました。その顔は春のように美しく、糸杉のようにすらりとして、腰は葦のように細く、雉のように堂々とした足取りでした。
彼は言いました。
「私は、生涯をかけてあなたに誠を尽くし、先程の誓いを守り抜きます。
私はザールがルーダーベ姫を妻に選んだことを認めます。あなたとあなたの大切な人たち、カボルの民が安全に幸せに暮らることを保証します。あなたは我々とは別の民族ですが、王冠と王座にふさわしい方です。
私はマヌチフル王にとりなしの手紙を書き、ザールがそれを彼のもとに持って行きました・・というより飛んでいきました。彼は翼が生えたように素早く出発し、鞍を見ることなく鞍に飛び乗り、馬の蹄は地面を踏んでいないかのようでした。
おそらくシャーは微笑んで寛大に答えて下さることと思います。この鳥の養い子が、心乱れて涙でできた泥の中に立っているのですから。」
シンドゥクトは心から安堵しました。
王座の前から下がったあと、シンドゥクトはミフラーブのもとに使者を送り、良い知らせを伝えました。
「もはや心配はいりません。この手紙の後、わたくしはすぐにカボルに戻ります。」
翌日の朝、シンドゥクトはサームの宮廷に向かい、最高の女王として迎えられました。彼女はサムの前に出て礼をし、カボルに戻る旅のこと、サームを客として迎える準備のことを長い間彼と話していました。
サームは羊毛、絨毯、衣服などの贈り物を授け、シンドゥクトは彼女は幸運の星の下、微笑みをたたえて家路につきました。
□□16.ザール、サームの手紙をマヌチフル王に渡す
一方で、イラン王宮は。
マヌチフルはザールが近づいていることを知り、宮廷の貴族たちは彼を歓迎するために出迎えに行きました。
宮廷に到着すると、ザールは王の前に出て、地面に顔をつけたまま深く礼をしました。
王は寵愛するザールのその様子に心うたれ、顔の埃を落とし、薔薇水を振りかけるように命じました。
そして長旅をねぎらい、サームの手紙を手に取り、読み上げ、微笑みました。
●手紙を受け取るマヌチフル王86v
「お前は、異民族によるイラン支配という私の古い畏れを呼び起こした。しかし、お前の老いた父サームからの感動的な手紙のために、私はもうそれを考えないことにした。私はお前の心からの望みを叶えてやりたい。ただし、我々がお前のことを吟味する間、しばらくここにとどまってくれ。」
料理人が金の盆に盛られた料理を運ぶと、マヌチフルはザールと一緒に座り、すべての族長を呼んで、ザールを歓迎する宴を催しました。
●酒や料理を運ぶ従者たち86v
翌日、王は神官、占星術師、賢者などを玉座の前に呼び寄せ、星を読めと命じました。彼らは3日間、星座盤を手に星を調べ、その秘密を知ろうと努力しました。そして4日目に王の前に出て言いました。
●星を読む占星術師たち86v
「ザールとルーダーベの息子は永遠に有名な英雄になるでしょう。その命は何世紀にもわたって長らえ、力、名声、恩寵、気力、頭脳、知恵を備え、戦いにおいても宴においても他の追随を許さないでしょう。しかし鷲は彼の兜の上に舞い上がらず、彼は主たる者を見限ったりその権力を奪うことはありません。シャーの僕としての彼は、イラン軍の庇護者となるでしょう。」
王は彼らに言った、
「私に話したことは秘密にしておいてくれ。」
そして、ザールを呼び出して、賢者たちの問う謎に答えさせるようにしました。
□□17.ザールは試される
賢者たちはザールのそばに座り、彼の知恵を試すために次々に問いかけました。
●マヌチフル王と賢者たちとザール87v
一人目:「それぞれ三十本の枝を持っている十二本の立派な糸杉がある。」
二人目:「二頭の立派な疾走する馬があり、一頭は漆黒の海のように黒く、もう一頭は澄んだ水晶のように白い。二頭は争っているが、どちらも追い越すことはできない。」
三人目:「三十人の男が王の前に整列し、そなたには29人にしか見えないが、あなたが数えるとその数は完全なものになる。」
四人目:「緑の植物が生い茂り、小川が流れる美しい草原が見える。そこに一人の男が大きな鎌を持ってやってきて、植物が青々していようと枯れかけていようと、決して脇目も振らずに刈り倒し、誰が叫んでも聞き入れない。」
五人目:「海からそびえる二本の糸杉があり、そこに鳥が巣をつくっている。夜には一本に、昼にはもう一本に巣を作る。一方は常に枯れ、他方は常に新鮮で香り高い。」
六人目:「山の中に栄えた都を発見したが、人々はそこを離れ、茨の多い荒れ地を好み、そこに月に向かってそびえ立つ家を建てた。彼らは栄えた都を忘れ、それを口にすることもなかった。その時、地震が起こり、彼らの家は消え、彼らは去った都市を恋しがっていた。」
「さあ、これらの言い伝えを説明してください。それができれば、あなたは塵を麝香に変えることになるでしょう。」
□□19.ザールは賢者たちに答える
ザールはしばらく深く考え込んでいましたが、肩を落として深く呼吸をし、賢者たちの質問に答えて言いました。
●問いに答えるザール87v
「まず、それぞれ三十本の枝がある十二本の木は、一年の十二ヶ月を表します。月は新しい王が玉座に座るように十二回生まれ変わり、各月は三十日で、このように時が流れています。
二つ目。火のように速く走る二頭の馬、白と黒が互いに追い越そうとするのは、天を越えて我々の上を行き交う昼と夜です。
三つ目。三十騎が王子の前を通るが、一人足りず、数えてみるとまた三十人いるのは、月の満ち欠けであり、29日までは満ち欠けを数えることができますが、ある夜、その満ち欠けはみえなくなります。
さて、2本の高い糸杉、鳥と巣によって表現された隠された意味を解き放ちます。
二本の糸杉は天の定める二つの季節で、太陽が牡羊座(春分)から天秤座(秋分)を巡るまでは世界は明るい季節であり、それより後は世界は魚座(次の春分)に入るまで暗い季節となります。季節は、その片方は常に暗く萎れ、もう片方は明るく鮮やかです。鳥は太陽であり、明と暗の世界を巡っています。
山の中の町は永遠の神の世界です。茨の荒野ははかない現世で、ときに愛撫と富を与え、ときに痛みと苦しみを与えるものです。神の定めたところにより、あなたの日を延ばし、あるいは断ち、風が起こり、地は揺れ、世界は叫びと嘆きで満たされます。
鋭利な鎌を持ち、みずみずしい植物も枯れた植物も切り倒し、懇願も聞かないその姿はまさに死神です。人間は刈り倒される芝草であり、祖父も孫も、若さも老いも関わりなく、死神は行く手をすべて切り倒します。これが世の習いであり、人の定めです。
時というもの、私たちはこの扉から到着し、この扉から出発します。これがすべての命を説明するのです。」
ザールが説明を終えると、その場にいた全員がその理解力に驚きました。マヌチフルは喜び、盛んに拍手を送り、満月のような豪華な宴会を催すように命じました。この宴会で、皆は世が暗くなり知恵が衰えるまで酒を飲み続け、廷臣達の叫び声が宮中に響き渡り、二人が帰る時には互いに腕を組んで楽しく酔っ払って帰りました。
□□18.ザールが腕前を見せる
太陽が山の上に昇り、人々が眠りから覚めると、ザールは勇ましい姿で王の前に現れ、宮廷を出て父と再会する許可を求めました。
王は彼に言いました。
「若き英雄よ、もう一日だけ我らに与えよ。サームに会いたいと? そなたが恋しいのはミフラーブの娘であろう。 」
そして、銅鑼、シンバル、喇叭を広場に鳴らすように命じました。戦士たちは、槍、メイス、矢、弓を携えて、威勢よくそこに集まってきました。広場には、一本の古木がありました。
ザールは弓を握って馬を進め、その木に向かって矢を放つと、その矢は大きな幹の中心を刺し貫きました。
ザールは従者に盾を求め、再び馬を進ませると、弓を投げ捨て、投げ槍を手に取り、積み重ねた3枚の盾に勢いよく投げつけ、盾を貫通させました。
王は尊い戦士達に向かい「お前達の中で誰か彼と一騎打ちをする者はいないか」と言いました。戦士たちは鎧を身につけ、馬の手綱をしならせて、光り輝く槍を手に、広場に乗り込んできました。ザールは馬の蹄から土埃を巻き上げながら突進し、まるで豹のように砂塵の中から抜け出すと一人の戦士に襲いかかり、ベルトを掴み、いとも簡単に鞍から引き落としたので、王と軍勢は驚きの声をあげました。
「このような獅子は見たことがない。どうか彼がいつまでも勇猛であるように」
そして一行は宮殿に戻り、王はザールに栄誉の衣やさまざまな褒美をとらせたのでした。
□□19.マヌチフル、サームの手紙に答える
マヌチフルは、サームの手紙に返事を書き記しました。
「比類なき勇者よ。そなたの立派な息子が私のもとにやってきて、そなたの願いと彼の切望を知った。私は彼の願いを全て叶える。私は彼を幸せな気持ちでそなたの元へ送り返そう。どうか悪が彼に近づかないように。」
サームは使者からザールの喜ばしい帰還の知らせを受け、歓びで若返るようでした。
そして彼はカボルに使者を派遣して、マヌチフルのザールに対する厚遇と二人の間の幸福をミフラーブに伝え、ザールが帰ったらすぐに一緒にカボルを訪れると告げました。使者は颯爽とカボルに向かい、その知らせを伝えると歓声が空高く上がりました。
カボルの王は、ザボレスタンの支配者と親戚になることを喜び、心は不安から解放され唇にはようやく微笑みが戻ったのでした。
シンドゥクトはルーダーベにも吉報を伝え、それから来客のために宮殿の準備に取り掛かりました。謁見の間を楽園のように飾り、エメラルドや真珠が縫い付けてあって、その一粒一粒が水滴のように輝く絨毯を敷き詰めました。そして豪華な椅子―中国風の模様が描かれ、宝石がちりばめられ、彫刻されたレリーフで縁取られ、その足はルビーで作られている―が置かれました。葡萄酒に麝香と竜涎香を混ぜました。置きました。さらに、
次にルーダーベを楽園のように飾り、肌に呪文を書いて彼女を守りました。そして、ルーダーベを黄金の部屋に閉じ込めて、誰にも近づけないようにしました。
●黄金の部屋にいるルーダーベ89v
カボルの国中が色彩と香り、そして貴重な品々で美しく飾られました。葡萄酒が運ばれ、象の背にはルームの錦がかぶせられ、その上に黄金の飾り物をつけた楽師たちが座りました。歓迎の宴が催され、奴隷たちが麝香や竜涎香の香る水を撒き、絹や金襴緞子を道々に敷き詰めて進んでいきました。行列には麝香と金貨が撒かれ、地面は薔薇水と葡萄酒でしっとり濡れました。
□□20.ザール、サームの元へ帰る
その間にザールは、空を飛ぶ鷲のように、あるいは水面を滑る艇のように、全速力で帰途につきました。誰も彼の接近に気づかない程だったので、誰も彼を迎えに出ませんでしたが、突然宮殿からザールが来たという叫び声が上がりました。
サームは嬉しそうに迎えに出て、長い間抱きしめました。ザールは父の抱擁から解き放たれると、地面に口づけをし、見聞きしたことをすべて語り出しました。二人は並んで玉座に座り、シンドゥクトがサームに会いに来たことを笑み交わしながら話しました。サームは言いました。
「シンドゥクトという女性がカボルの使者として来て、 彼女に敵対しないようにと私に約束させたのだ。私は彼女が望んだことをすべて受け入れた。まず、ザブリスタンの将来の君主がカボルの美女を妻とすること、次に、私たちが行って彼女の客となり、すべての傷を癒すことだ。
今、彼女は『すべてのものが準備され、香りと装飾が施されています』と伝えてきた。さて、ミフラーブ殿には何と返答したものだろうかね。」
ザールは頭から足までチューリップのように赤くなり、こう言いました。
「父上、もしあなたが良いと思われるなら、訪問団を派遣してください。そして、私たちも追いかけて参りましょう。いくつか相談することがありますから。」
銅鑼とシンバルの音とともに一行は出発しました。そしてある場所に王室の天幕を張り、ミフラーブに、サームとザール、そして戦士達と象がほどなく到着することを知らせるために先触れを送りました。
知らせを聞くと、ミフラーブは喜びで頬を紅潮させ、そして出迎えの軍勢を送り出しました。太鼓や喇叭、鐘の音楽が鳴り渡り、赤・白・黄・紫の絹で作られた旗がはためき、雄鶏のように着飾った兵隊が並び、鈴をつけた大きな象と吟遊詩人もいて、見渡す限り楽園のようでした。
ミフラーブはこの軍勢とともに進み、サームを見ると馬から降りて歩きました。二人は抱き合い、サームは万事順調か訪ねました。ミフラーブは、サームとザールの両方に丁重な挨拶をすると、新月が山の上に昇るように再び馬に乗りました。そして、ザールの頭に宝石をちりばめた黄金の冠を載せると、一行は昔話に花を咲かせながらカボルに到着しました。
●カボルに到着したサーム、ザール、ミフラーブ89v
町はインドの鐘、リュート、竪琴、喇叭の音で一杯になり、馬のたてがみは麝香、葡萄酒、サフランに浸され、鼓笛隊やラッパ隊は象に乗り込み、まるで変身したかのように見えました。
そして、300人の着飾った女奴隷が、それぞれ麝香と宝石で満たされた金の杯を持って、シンドゥークトに率いられて近づいてきました。そして、皆がサームを祝福し、宝石を浴びせました。
●宮殿で出迎えるシンドゥクト89v
サームは微笑みながらシンドクトに言いました。
「いつまでルーダーベを隠しておくつもりですか?」
同じようにシンドクトも答えました。
「太陽を見たいのなら、私の報酬はどこにありましょうか? 」
サームは答えました。
「貴女が望むもの何でも。私の宝物、王冠、王位、国、すべて貴女のものです。」
二人は黄金の部屋に行き、そこに春の幸福が待っていました。サームはルーダーベを見て驚嘆し、どうすれば彼女を十分に褒めることができるか、どうすれば彼女の輝きに目を奪われずにいられるかわからない程でした。
そして、 サームの願いで、ミフラーブの司祭で、しきたりに従って婚姻が厳粛に執り行われました。ザールとルーダーベは一つの玉座に並んで座り、二人の上には瑪瑙とエメラルドが振りまかれました。ルダベは繊細な金の冠を、ザールは宝石をちりばめた王冠を身に着けていました。
ミフラーブが娘に持たせた持参金の目録が読み上げられると、人の耳はその終わりまで聞くことができないほどでありました。
そこから宴会場へ行き、盃を手に一週間座り続け、宮殿に戻ると、さらに三週間祭りが続きました。
翌月の初め、サームはザール、彼らの象と太鼓、そして同行した軍隊とともにシスタンへの帰路につきました。花嫁ルーダーベはもちろん、ミフラーブとシンドゥクトもです。
ザールはミフラーブの女たちのために象駕籠と担い駕籠を、ルーダーベのために輿を作らせました。
彼らは神の贈り物を讃えながら楽しく旅をし、笑って元気に到着しました。そしてサームはシスタンの主権をザルに与え、瑞旗を広げて再び軍を率いてカルガサールとマザンダランへ向かいました。
■シャー・タフマスプ本の細密画
サムネイル | ページ番号 | 画のタイトル※ | タイトル和訳 | 所蔵館と請求番号 | 画像リンク先 | 備考 |
![]() |
83 VERSO | Mihrab vents his anger upon Sindukht | ミフラーブは王妃シンドゥクトに怒りをぶつける | MET, 1970.301.11 | MET | |
![]() |
84 VERSO | Sindukht comes to Sam bearing gifts | シンドゥクトが贈り物を持ってサームのところに来る | Aga Khan Museum, AKM496 | AgaKhan / flicker | |
![]() |
85 VERSO | Sam seals his pact with Sindukht | サームはシンドゥクトとの協定を結ぶ | MET, 1970.301.12 | MET | |
![]() |
86 VERSO | The shah's wise men approve of Zal's marriage | 国王の賢者はザールの結婚を認める | MET, 1970.301.13 | MET | |
![]() |
87 VERSO | Zal expounds the mysteries of the magi | ザールは賢者の出した謎を解く | MET, 1970.301.14 | MET | |
![]() |
89 VERSO | Sam and Zal welcomed into Kabul / Mihrab’s wife, Sindukht, comes out with slaves carrying gifts to welcome Sam | サームとザールはカブールに迎えられる / ミフラーブの妻シンドゥクトはサームを歓迎するために贈り物を持つ奴隷を連れて出迎える | The Khalili Collections, MSS 1030, folio 89b | Khalili |
※画のタイトルはこの本”A King's Book of Kings: The Shah-nameh of Shah Tahmasp" (Stuart Cary Welch) による
■細密画解説(本や所蔵美術館の解説より適宜抜粋)
●83 VERSO Mihrab vents his anger upon Sindukht カブール王ミフラーブは王妃シンドゥークトに怒りをぶつける
カブールのミフラーブは、娘のルーダーベとザールの恋を初めて聞いたとき彼女を殺そうとしたが、彼の妻シンドゥクトは、サームがそれを許可したことを伝え彼を説得した。が、シャー・マヌチフルがサームにカボルへの遠征を命じたことを知ったとき、ミフラーブの怒りは、以前の恐怖を誤って鎮めたためにえ、妻に対して激しくなった。シンドゥクトは、ミフラーブの宝庫から贈り物を持って、サームを訪ねることを提案しました。王国を救おうと必死だったミフラーブは、妻に任務を任せました。彼女の部屋でのシンドゥクトとミフラーブの装飾的な描写は、彼らの交換の激しい感情をほとんど示していない。
〇Fujikaメモ:
常に割と無表情な細密画の人物達ですが、ここでのミフラーブは眉を寄せ、肩をいからせて、(ある程度)怒りを表現しています。
シンドゥクトはややうつむいて、冷静に作戦を練っている様子です。
右上の出窓のような部分、鎧戸が開いていますが、その中は(カーテンも描かれず)真っ白。ここに何か(ルーダーベとか?)を描く予定だったのかも・・?
●84 VERSO Sindukht comes to Sam bearing gifts カブール王妃シンドゥークトが贈り物を持ってサムのところに来る
マヌチフルはサームにカボルへの攻撃を命じたが、この攻撃を回避するため、ミフラーブの妻シンドゥクトは馬、象、絹、金貨、奴隷、宝石を集め、外交使節を装ってサムの宮廷に行った。
この絵は、有名な「カユマールの宮廷」(AKM165 )の画家であるスルタン・ムハンマドの指揮の下、シャー・タフマスプ・シャーナーメに取り組んだギラーンのカディミとカシャーンのアブド・アル・ヴァハブの 2 人の芸術家によるものである 。アブドゥル・アジズによる「f53vサルムとトゥルがファリドゥンとマヌチフルの返事を受け取る」とは異なり 、これはスルタン ムハンマド自身のスタイルの要素を持っていない。代わりに、ギランの 15 世紀後半のトルクメン絵画を思い起こさせる形と形式的な関係を使用しています。人物は人形のようで、大きな頭とやや寸詰まりの体を持っている。さらに、このフォリオの人物は、スルタン・ムハンマドによって考案された場合のように、互いに相互作用しない。隣人の耳元で囁いたり、頭を別の方向に向けたりする人は誰もいない。ウード(リュート)を弾き、左手にダフ(タンバリンの一種)、右手にカスタネットを持った二人の演奏家は、お互いの視線さえ合わず、まるで一緒に演奏していないように見える。
比較的シンプルで保守的なスタイルであるにもかかわらず、この絵には生き生きとしたディテールが含まれている。たとえば、右側の従者の列と絹のロール、金の大皿、貴重な櫃、完全装備の馬、鈴を連ねたの弦で飾られた 3 頭の象などである。玉座への足の役目をする唸り声を上げるドラゴンの頭などの無生物や、いなないたり足を上げたりする灰色の馬や、細かくうねる長い鼻を持つ白い象などの動物は、この画で、人物像では抑えられている躍動感を提供している。王宮の正面図は、タイル張りの表面と雄大な碑文でサファヴィー朝の宮殿を連想させる一方で、シンプルで直接的なトルクメン スタイルを反映している。
〇Fujikaメモ:
ものすごく描き込みが多い、手の込んだ画だと思いました。
このときサームはシンドゥークトを使節だと思っているので、彼が一段高い王座に座り、シンドゥークトは低い位置に座っています。
ところで、このときのサームは、カボルへの遠征途上?。
だとすると野営地にいるような気もしますが、いったん自分の居城(故郷ザブリスタンでないにしても、どこか支配下の居城?)に帰ったのでしょうか。
(野営地でこんな大量の貴重品を貰っても困るので、どこかの居城にいることにしたのかしらん・・)
●85 VERSO Sam seals his pact with Sindukht サームはシンドゥークトとの協定を結ぶ
サムはまだシンドゥクトの正体を知らないため、彼女自身とルダバについて質問をした。シンドゥクトは、サームが彼女と彼女の家族の安全を確保することを約束するまで答えることを拒否し、 彼は彼女の手をとって誓いを封印した。
〇Fujikaメモ:
サムはシンドゥクト自身の正体とルーダーバについて質問しましたが、シンドゥクトは、サームが彼女と彼女の家族の安全を確保することを約束するまで答えることを拒否しました。
で、この場面はその直後、サームが彼女の手をとって誓っているところです。この時点で、サームはシンドゥクトがカボル王妃であることを知りませんでしたが、ここでは二人は同じ平面に座っています。
彼らの前には、金色の飲み物や食べ物の容器が並んでいます。
●86 VERSO The shah's wise men approve of Zal's marriage 国王の賢者はザールの結婚をに吉兆を読む
シャー・マヌチフルはサームの願いに応じて、シャーは賢者や占星術師に助言を求めた。幸いなことに、星と賢者は肯定的な評決を下した。「イランの勇者とカボルの王女の結びつきは、最も重要なイランの英雄、ロスタムを産むだろう」と。
これは豪華な王座の場面であり、ペルシャの伝統ではかなり一般的な図像の主題である。芸術家たちはこの機会を利用して、精巧な室内空間を構築した。そのタイル張りの表面と塗装された壁は、おそらく現代の王室の室内によく似ている。また、イランの王室建築の 2 つの重要な要素である噴水と庭園への言及も含まれている。
〇Fujikaメモ:
このときのシャー・マヌチフルは、f80vでサームが訪問したときとは違い、髭のない顔になっています。
マヌチフルはザールが生まれる前に若くして即位して、その後ザールが成人しているので、40歳前後でしょうか。ひげはある方が自然かもしれません。
●87 VERSO Zal expounds the mysteries of the magi ザールはマギの謎を説明する
このシーンの画家はカディミと考えられている。
〇Fujikaメモ:
ザールがマヌチフルの賢者達にいくつかの謎を問われ、それをうまく解き明かず場面です。これによりザールの知恵が証明されました。
場面としては動きのない、静的なシーンですが、タイルや金網、衣服、植物などなど、緻密な書き込みがすごいです。
●89 VERSO Sam and Zal welcomed into Kabul . サムとザールはカブールに迎えられる
(所蔵館によるタイトル:Mihrab’s wife, Sindukht, comes out with slaves carrying gifts to welcome Sam ミブラーブの妻シンドゥークト はサーム を歓迎するために贈り物を運ぶ奴隷を連れて出てくる)
〇Fujikaメモ:
ミフラーブは、迎えの軍勢(象、楽師たち、儀仗兵)と共にサームを出迎えに行き、彼をカボルまで護衛します。騎馬の三人は、手前がサーム、真ん中がザール、奥がミフラーブです。
宮殿の外で彼らを迎えたのはミフラーブの妻シンドゥクトで、300 人の女性奴隷がいて、それぞれが宝石や麝香でいっぱいの金の杯を持っています。
花嫁ルーダーベは美しく装って、鍵のかかった特別な部屋で待機しています。
この画ではルーダーベは窓からザールたちの近づく様子を見ています。
地面が白っぽく描かれているので、人物の色とりどりの衣装や花々の鮮やかさが際立ちます。
このシーンの馬は、目が黒くてくりっと丸くて、割とリアルだし可愛い顔です。
(他の絵での馬の目は、三白眼風に、白目が目立つ描き方の場合もあります)
西アジア~中央アジアの習慣として、客人からの先触れが来たり、もしくは近づく気配が分かり次第、贈り物を持って出迎えるもののようです。(開高健がモンゴルを旅していたTV番組を見たら、遙か遠くから馬にのった人が馬乳酒を持って駆け寄ってきました。おそらく彼の縄張りに取材班が入ったのを察して挨拶に来たのですよね。)
で、客人を出向かえに行き、相互に近づいてきたら、目下の方が馬から降りて歩いてすすむようです。
そして対面したら、目下の方が目上の人の前に跪き、地面に接吻をして敬意を表現します。
その後目上の人が馬に乗るように声をかけたら、目下の人は再度騎馬の状態になります。
サーム一行を迎えに行ったミフラーブが「新月が山の上に昇るように再び馬に乗り」というくだりがあるのですが、どういうニュアンスなのかよく分かりません。すばやく?音もなく?いつのまにか?