因縁の間柄、イランとトゥランの間にとうとう戦争が起こります。
結構複雑で込み入った状況で、(戦記物が得意ではない私でも)読みながらなるほど~、とは思いました。
でも、挿絵が少ないのよね・・・。面白いかというと・・・。
せめて分かり易さだけでもと、地図を描いてみました。
(この地図がまた曲者で・・・)
上・下に2編わたる長さですが、読んでくれる人いるかなあ。
この章は、何週間もネチネチと直し続けて(なるべくテンポよく読めるように刈り込んだりとか)本当に時間がかかりました。これ以上いじくり回していても仕方がないので、ひとまずアップして次にいきたいと重います。
ほかの写本の挿絵とかがみつかれば足したいです。
(イグリラスは結構印象的なキャラだと思うのだけど絵がないのよね・・・)
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9.イランとトゥランの戦いの始まり(上)
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■登場人物
《イラン側》
マヌチフル:イラン王ファリドゥンのひ孫、イライの孫。兄達(サルムとトゥール)がイライを殺した敵をとってイラン王位を継いだ。Manuchehr
ノウザル:マヌチフルの息子 Nozar / Nowzar/ Naudar
サーム:マヌチフルに忠誠を誓ったシスタンの前王であり、息子(ザール)に国を譲り辺境のゴルグザランを統治。
カレン:イラン軍最高司令官
クバド:武将。カレンの兄弟。ここでは兄とした。
トゥースとゴスタハム:武将。ノウザルの息子。Tus Gostaham/Guzhdaham
ガルシャスプ:武将。王族。
《トゥラン側》
パシャン:トゥールの孫で、トゥランの将軍。Pashang。父はザドシャム/ ザダシュム/ Zadashm(トゥールの子)。兄弟に、ヴィセViseh がいる。
アフラシヤブ:パシャンの息子。ここでは長男とした。Afrasiab / Afrasyab
アグリラス:パシャンの息子。ここではアフラシヤブの弟とした。Agriras 。
ガルシワズ:パシャンの息子。ここではアフラシヤブの弟とした。Garshivaz / Garsivaz 。
ヴィセ:トゥランの武将。パシャンの弟。Viseh
バルマン:トゥランの武将。ヴィセの息子。兄弟にピラン、ホウマンがいる。
■概要
かつてイラジの仇トゥールを討ったマヌチフル王が亡くなります。
後継者はノウザル。このノウザルの未熟な統治を好機とみて、トゥールの恨みを晴らすべく、トゥラン軍が侵攻してきます。
トゥラン軍の最高司令官は勇猛かつ冷酷な王子アフラシヤブ。
3度の会戦で、イラン軍は窮地に立たされ、デヘスタン城塞に籠城することになります。
ノウザルは覚悟を決め、せめてイラン王統の血筋を守ろうと別の場所(パース)にいる王族の子女を救うため二人の戦士を遣わしますが、最高司令官を含むほかの武将も女子供を守るためノウザル王には告げずそちらに向かってしまいます。
これを知ったノウザル王は動顛して、将兵らと共に彼らを追ってデヘスタンを脱出しますがアフラシヤブに捉えられてしまいます。
■地図
今回、戦がメインの物語で、戦場が複数箇所あったりすることもあって、結構沢山地名が出てきます。
これまでは見て見ぬふりができた地名ですが、今回ばかりはこの地名の羅列を何も分からず読むのはあまりにもつらい・・。
いくつかの資料を見つつ、ざっくりとした位置関係が分かるようなマップを作ってみました。実際の地名とは対応できないし距離感もちぐはぐのため、架空の地図と思って下さい。
「アフラシヤブ×ノウザル」など対戦者名がある場合は、先に書いた方が北側、後に書いた方が南側のイメージです。

※イラン王族の女子供を連れて超えたというアルボルツ山脈の位置がどうにも合わないです。パースに彼女たちがいて、それを連れて逃げるので、比較的近く、敵からは遠ざかる方向のはず、ということでパースの南西に山脈を置きました。でも現実のアルボルツ山脈は、カスピ海南岸沿い・・・・。でもパースからまた北を目指すのは違う気がする・・・。
■ものがたり
□□1マヌチフルの最期の日々□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
120年の治世の後、占星術師たちはマヌチフルのもとにやってきて、空のしるしを告げました。王の日々はもう続かない、という苦い知らせです。
「彼岸に発つときが参りました。旅立ちの前に必要なことをなさって下さい。」
占星術師の言葉を聞いたマヌチフルは、宮中の堅苦しい慣例を変え、神官や賢者に心の裡を打ち明けました。そして息子ノウザルを呼んで最後の話をしました。
マヌチフル王は言いました。
「この王座は幻影であり、永遠に心を縛るようなものではないと知りなさい。私がかつて満月の頬だった頃、ファリドゥンの栄光が私を奮い立たせ、サルム、トゥールと戦い、祖父イラジの死に対する復讐を果たした。即位してのち百二十年もの間、危険や困難と闘い、地上から不幸を取り除き、都市と要塞を築いた。
しかし、今、私は何事もなしえなかった気持ちであり、審判の日が過ぎて闇の中にいる。生とは葉も果実も毒の木のようであり、今の私は痛みと悲しみに耐えるばかりである。
今、王位と王冠をお前に授ける。曽祖父フェリドゥンが私に与えたように。
お前が世界を経験し、それが過ぎ去ったとき、お前はより良い場所に戻ることになるが、お前の残す痕跡は長い年月続くことを知りなさい。決して神の道から外れないように。
私が去った後、汝の前には困難が立ちはだかるだろう。トゥールの孫のパシャンとトゥランの軍勢は汝の悩みの種となるだろう。問題が起こったときは、わが息子よ、ザールやサーム、そしてザールの根から芽生えた新しい木(ロスタム)に助けを求めるがよい。」
ノウザルはそばについて永訣を嘆き悲しみました。
そしてシャーは、病からも痛みからも解き放たれ、最後の冷たいため息をついて目を閉じ、息を引き取ったのです。
□□2ノウザル王の治世□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
父の喪が明けると、ノウザルはマヌチフルの玉座に座り、民を呼び寄せ、富を分配しました。しかし、彼の心が不正に傾くのにそれほど長い日数はかかりませんでした。
世間は、この新しい王が富と金にのみ心を奪われ、神官や助言者に残酷な仕打ちをし、すべての人を蔑ろにしていることに嫌気がさし、各所で不平不満が噴出しました。
農民の反乱が起こり、王位継承を主張する者たちが現れ、抗議の声が広がって世の中が混乱すると、この不義の王は恐れて、ゴルグザラン遠征中のサームに使者を送り、お世辞を並べて助けを求めました。
この手紙がサームに届くと、彼は冷たい溜息をつきました。それでもサームはゴルグザランの国から、緑の海を凌駕するほどの大軍を率いてきました。サームが都に近づくと、貴族たちが彼を出迎え、サームにノウザルの不義を長々と語りました。
「彼の圧政によって世界は破滅しました。彼は知恵の道に従わず、王威(ファール。王たるものに備わる威光)も失せました。
お願いでございます、閣下。英雄サームが王座に就けば何の問題もなくなります。イランとその国民は閣下を支持し、我々は皆、閣下の意志に従います。」
しかし、サームは彼らに答えました。
「神はお認めになるだろうか? 王家の血筋を引くノウザルが王座にいるのに、私が王冠をかぶるなどということはあり得ない。
ノウザルの専横は長く続いてはいない。鉄はまだ、その輝きを取り戻せないほど錆びついてはいない。私は彼の神々しいファールを復元し、世界を再び彼の愛に目を向けさせよう。
このような考えを捨て、王への忠誠を再確認せよ。神の慈悲と王の愛を得なければ、ノウザルの怒りが世界を炎に包んでしまう。」
貴族たちは自分の言ったことを悔い、ノウザルに再び従うことにしました。
そしてサームは国王の前に着くと、地面に口づけして挨拶をしました。
シャーは王座から降りて勇者サームを抱き、王座に座らせ、挨拶と限りない賛辞を送りました。

●ノウザル王、サームを歓迎する 96v
サームは道を踏み外した君主に理非を説き、族長たちの心を彼に向けさせ、秩序と平和な統治が戻りました。各州からは、怒れる戦士サームを恐れて、税や貢ぎ物がやってきました。
ノウザルは栄光に満ちて王座に座り、そして心乱されることなく眠れるようになりました。
そしてサームはノウザルからさまざまな褒美を授けられ、ゴルグザランに戻りました。
□□3トゥラン王パシャンがマヌチフルの死を知り出兵する□□□□□□□□□□□
しかし運命は転回しつつありました。
マヌチフルの死の知らせはトゥランに届き、ノウザルの乱れた治世が噂されました。
これを聞いたトゥランの王パシャンは、イランへの侵攻を決意しました。彼は、祖父トゥールがマヌチフルに討たれたこと、そして父ザドシャムの不遇について恨みを募らせていたのです。
彼は、弟のヴィセ、息子のアフラシヤブとイグリラス、ガルシワズ、そしてアクヴァスト、バルマン、ゴールドバッドといった国の司令官や貴族、戦士を招集しました。
パシャンは戦士たちに向かって言いました。
「イランに対する復讐心を衣の下に隠してはならない。彼らのかつての行いについて、心が騒がない者はいない。今こそ、復讐、反抗、そして容赦ない戦争の時だ!」
父のお気に入りの勇猛なアフラシヤブは奮い立ち、叫びました。
「私はノウザルを必ずや斃す!
もし先王ザドシャムが戦いの剣を抜いていたら、世界はイランの君主に支配されることはなかっただろう。しかし、孫である私がいま、復讐を行うのだ。混乱の時こそ好機である!」
獅子の肩と象の力、どこまでも続く影、鋭い舌鋒、泡立つ海のような心を持つアフラシヤブを見て、パシャンの戦意は燃え上がりました。
彼は息子に、剣を抜いてイランに対抗する軍を率いるよう命じました。彼は、アフラシヤブは立派な指揮官であり、自分の死後、王国を継承して父の名声を守り続けてくれると考えたのです。
アフラシヤブは復讐に燃え、出陣して国庫を開き、戦士たちに豊富な装備を与えました。
戦いの準備が整う頃、アフラシヤブの弟アグリラスが懸念を抱いて父のもとにやって来ました。
「父上、偉大なトゥラン人の王よ。あなたはトゥールとサルムが、マヌチフルやその軍勢にどんな目にあわされたかをおっしゃいました。
しかし、先王のザドシャムは、その兜が月に触れるほどの名君でありましたが、そのような戦争について一言も語らず、平和の時に復讐の書物を読んだことはありませんでした。
このような狂気は国を混乱させます。私たちは自制した方がよいのではないでしょうか。」
パシャンは言いました。
「あの獰猛なクロコダイル、アフラシヤブを見よ。狩りの日のライオンのようであり、戦いの時の象のようではないか。それに比べ、祖父の恥辱を晴らそうとしない孫は、その血統にふさわしくない。お前もすぐに出発して、大小の問題でアフラシヤブを助けてやれ。
雨が荒野を濡らし、山の斜面や砂漠が馬のための良い牧草地に変わり、植物が英雄の高さまで成長し、世界が春の植物で緑色に変わるとき、それは平野に陣を敷く時だ。
そして軍を率いてオクサス川に向い、デヘスタンとゴルグザランを騎馬隊の蹄で踏み潰し、その川の水を血で赤く染めるのだ。そこはマヌチフルが我が祖父トゥールに復讐するために旅立った場所なのだ。
イラン軍の拠り所はマヌチフルであり、彼亡き今、イラン軍は一つまみの塵にも値しない。若くて未熟なノウザルは恐るるに足りぬ。カレンやガルシャスプは手ごわい敵となろうが。
お前たちの勝利で父祖の魂を喜ばせ、敵の心を屈辱の炎で燃やしてくれ。」
アグリラスはうつむいて答えました。
「彼らの川を復讐の血で染めましょう。」
□□ 4アフラシヤブのイラン侵攻□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
春の新緑が平原に絹のような表情を見せる頃、トゥラン軍は戦いの準備を整えました。トゥランとチンから軍隊が集まり、西方からはメイスで武装した戦士が加わりました。あまりの大軍に中央も端もありません。
トゥラン軍がオクサス川に接近しているという知らせが届き、イラン軍はカレンの指揮の下、デヘスタンを目指して出発し、ノウザルが後方を追いました。
世間は戦の噂でもちきりで、軍勢がデヘスタンに近づくと、太陽は彼らの塵で見えなくなってしまいました。一行はしばしの滞在の後、デヘスタンを出て、郊外の平原に陣を構えました。
アフラシヤブはアルマンで部隊を分け、シャマサスとカズバランという二人の武将を選び、三万騎の軍勢を与えて[ゴルグザランと]ザヴォレスタン方面を侵攻させました。
使者が来て、[ゴルグザランでの]戦闘の最中サームが死に、ザールが墓を建てていると伝え、アフラシヤブは大いに喜びました。
アフラシヤブはオクサス川を渡って進軍し、デヘスタンの町から2里ほどのところに陣を構えました。その軍勢は40万、山そのものが彼らの存在で沸き立つようで、砂漠はすべて戦士で埋め尽くされていました。
ノウザル王は14万人の軍勢を擁し、騎乗して戦いに備えていました。アフラシヤブは敵軍を見渡し、日暮れ時に使者を遣わしてパシャンに書簡を送りました。
「もはや勝利は我々の手の届くところにあります。ノウザルの戦力をみると、彼らは我々にとって容易い獲物です。
何よりサームはもはや王のために戦うことはできません。息子のザールは父を弔い墓を作るのに忙しく、我々に対抗する力はありません。将軍シャマサスはすでにザヴォレスタンの北、ニムルズを陥落させました。この好機を逃さず攻撃を続けます。」
使者は翼が生えたようにトゥランの王に向かって疾走しました。
□□5バルマンと老クバドの一騎打ち、そして一回目の両軍の会戦□□□□□□□□□
夜明けが山の端に見えた頃、両軍は総ての装備を固め、2里離れたところに位置していました。 偵察に出たトゥラン軍のバルマンは司令官のところに戻り、報告したのちに申し立てました。
「いつまで待機しているのでしょうか。もしお許しを頂ければ、私は彼らの一人に一騎打ちを挑みます。」
慎重なアグリラスは兄に進言しました。
「バルマンが敗れれば、我が前線軍は意気消沈してしまいます。我々は、無名の戦士を選ばなければならない。そうすれば結果に歯噛みすることもないでしょう。」
これを聞いたアフラシヤブの顔は恥辱で紅潮し、憤激してバルマンに命じました。
「鎧をつけ、弓を張れ!歯の出番などない!」
バルマンは戦場に戻るとカレンに向かって叫んだ。
「ノウザル軍の戦士よ、誰か、私と一騎打ちをしようではないか!」
カレンは部下を見回し募りましたが、名乗りを挙げたのは古参の戦士コバド―カレンの兄 ― だけでした。
カレンはコバドの行動に動揺し、軍勢に向かって怒鳴りました。
「若い戦士の大軍がいて、老人に戦わせるのか!」
そして皆の前でコバドに向かって言いました。
「バルマンは若く屈強な戦士です。兄上はこの軍の重要な指導者であり、王の助言者でもある。もしあなたの白い髭が血で赤く染まるようなことがあれば、我が戦士はみな動揺し絶望してしまいます。」
コバドは兄に答えました。
「運命は私にもう十分なものを与えてくれた。弟よ、私は戦士だ。偉大なるマヌチフル王のために戦っていたときから覚悟は出来ていた。戦場で、自分の寝台で、人は必ず死ぬのだ。
もし私がこの世を去ったとしても、剛健な弟が残る。どうか私の頭を樟脳と麝香と薔薇水で包み、立派な墓で永遠の眠りにつかせてくれ。
許してくれ。さらばだ、君が世界で活躍するように。」
彼は話し終わると、槍を握りしめ、狂った象のように戦場へ駆けて行きました。
バルマンは彼をみとめて大呼しました。
「さてさて、ようやく来たのは老人か!
そろそろ寿命なんだからおとなしく待っていたらどうだ!」
コバドは応えました。
「私はとうに天命を全うした。いつでも死ぬ準備は出来ている!」
こう言って彼は黒い馬を走らせ、戦いの魂に休息を与えることはありませんでした。
夜明けから影が長くなるまで、2人は死闘を続けました。
ついにバルマンの投げた長槍がコバドの背中に突き刺さり、コバドの背骨を砕きました。彼はゆっくりと、鞍から地面に落ち、動かなくなりました。
老いた英雄はこうして死んだのです。
(画像なし)
●トゥラン軍のバルマン、老クバドを斃す 100r
バルマンは顔を輝かせてアフラシヤブのもとに戻り、誰も見たことがないような栄誉の衣を授けられました。
コバドが討たれたその時、カレンは全軍を率いて出撃しました。
両軍はまるで二つの大海が交わるように出会い、大地が揺れ動くような勢いでした。
カレンは突進し、トゥランの側からはガルシワズが同じく突進してきました。馬の嘶きと舞い上がる砂埃が日月を遮り渦を巻き、燦めく鋼鉄の武器は血に染まりました。
カレンは馬を駆り、剣を火のように振り回したので、まるでダイヤモンドが珊瑚の雨を降らせるかのようでした。
アフラシヤブはその腕前を見て、部下を率いて彼のもとに向かい、二人は山々に夜が明けるまで戦い続けましたが、彼らの復讐心は満たされることはありませんでした。

●イラン軍とトゥラン軍のごっちゃごちゃの激闘 98v
夜になると一旦の休息が得られました。
カレンは軍勢を率いてデヘスタンに向かい、兄の死に心を痛めながらノウザルの陣にやって来ました。ノウザルは彼を見て、眠れぬ目から涙を流して言いました。
「戦士サームの死以来、私の魂はかくも嘆くことはなかった。コバドの魂が太陽のように輝くように。そして、そなたが永遠にこの世にとどまる運命であるように。」
カレンは答えました。
「ファリドゥン王がこの頭に 兜をかぶせて以来、私は帯を緩めず、剣を脇に置くこともなく戦ってきました。
今、威厳と知恵に満ちた兄が死に、この戦が私の最期となるでしょう。
今日、アフラシヤブが牛頭槌を持った私を見て、追いかけてきました。私は彼と目が合うほど近づいて闘いましたが、彼は魔法の呪文を唱え、私の目はかすみ、すべてが昏くなりました。もはや槌を振るう力は残っていませんでした。私たちは塵と闇の中で戦いから引き下がらなければなりませんでした。」
6□□ 2回目の会戦、ノウザルがトゥースとゴスタハムを送り出す□□□□
両軍とも休息し、二日目の朝、戦闘が再開しました。□□両軍とも隊列を組んで進み、太鼓の轟きと喇叭の音で大地は揺らめき太陽が砂塵に曇りました。
鬨の声がこだまするなか両軍の応酬が始まり、戦士たちは組み合い、カランが突き進む場所には血の川が流れました。
アフラシヤブが他を引き離して先頭を駆けていたところにノウザルが迫り、その槍を互いにぶつけあって、蛇のように絡み合って争いました。
戦いは日暮れまで続き、トゥランが優勢になりました。
イラン将兵の多くが負傷しましたが、トゥランの攻撃は止まず、彼らは前線の野営地を踏み捨ててなすすべもなく敗走しました。
戦場に太鼓の音が聞こえなくなると、本陣にいたノウザルは、息子たち、戦士トゥースとグスタハムを呼びました。
ノウザルは沈痛な面持ちで言いました。
「父王マヌチフルが臨終のときにおっしゃったのだ。『トゥランとチンから強大な軍隊がイランに侵攻してくる。お前の軍隊は敗れるだろう』と。今、父上の言葉は現実のものとなった。これほどの大軍勢のことを記した書物は誰も読んだことがない。
トゥースよ、お前は密かにパースに行ってくれ。そしてそこで宮殿や後宮の女子供―王族や武将たちの妻子―を集めてアルボルズ山脈のラベクーに連れて行ってくれないか。この退避を傷ついた兵士達が知れば、更に消沈してしまうだろう。しかし、そうすることでファリドゥンの血筋の誰かがこの無数の敵の群れから救われるかもしれない。
この企てのために、我らが再び相まみえることはないかもしれない。
偵察を欠かさないようにせよ。もし我が軍の、そして私についての悪い知らせを聞いても悲しまないでくれ。天はいつも、ある人を塵に帰し、別の人に幸福と冠を与えてきたのだ。」
そして、息子たちを抱きしめて泣きました。
トゥースとゴスタハムも頬を涙で濡らし、魂を不安で満たしたまま、出立しました。
7□□3回目の会戦、イラン軍のデヘスタンへの籠城、カレンの脱出□□□□□□
2日間の休戦ののち、3日目の夜明けとともに事態が動きました。
トゥラン軍はこの間、昼も夜も休まず、軍備を整え剣や槍を研いで備えていました。そしてこの朝、陣幕の中には喇叭やインディアンベルが鳴り響き、闘いの鬨の声が上がりました。本陣の天幕の前でシンバルが鳴り響き、兵士たちは鉄兜を被って待機しました。
闘志が漲り沸き立つようなアフラシヤブは、怒濤の軍勢を率いてノウザルの軍に襲いかかっていったのです。
谷間は重いメイスを持って進む兵で埋め尽くされ、山の斜面も平原も消えました。
カレンは王を守るために軍の中央に位置し、タリマンは左翼を、ナストゥレの子シャプールは右翼を指揮しました。夜明けから日暮れまで、山も海も平原も見えません。しかし、槍の影が長くなる頃にはイラン軍は崩れていき、トゥラン軍が優勢になりました。シャプールの軍隊は敗走し、シャプール自身は討たれてしまいました。
イラン軍は後退しデヘスタンの城塞に立てこもりました。城塞への進入路はわずかであったため、昼夜を問わず懸命に防御することで、彼らはしばらくの休息を得ることが出来ました。
イラン軍が籠城しているためトゥラン軍は攻めあぐね、将兵に余裕がありました。そこでアフラシヤブは、カラカンというトゥラン人に一隊を率いさせ、砂漠の道を通ってパースに行って、王族やイラン武将たちの子女を襲うように命じました。
これを知ったカレンは、怒りが収まらず、豹のようにノウザルのもとにやってきて言いました。
「卑怯者のアフラシヤブめ!彼は我々の妻子のもとに軍勢を送り込みました。もし彼女たちが捕らわれるようなことがあれば、我々の面目は丸潰れです。私はこのカラカンを追いかけなければならない。ここには食料があり、水も流れていて、兵は陛下に忠実です。この城塞でお待ち下さい。」
しかし、ノウザルは反対しました。
「それはならぬ。汝が第一の司令官だ。トゥースとゴスタハムが夜明けにすでに出発した。彼らは女性たちに追いつき、適切に世話をしてくれるだろう」。
カレンと指揮官たちはシャーの寝所に招かれ、しばし、悲しみを紛らわすために葡萄酒を飲み交わしました。
宮廷を後にした勇者たちの目は、冬の雲が雨を降らせるように涙で満たされていました。そしてカレンの宿舎に皆集まり、議論を重ね、合意に至りました。
「やはりパースに行かなければならない、王の決定は受け入れられない。もし私たちが戦うことなく妻子を捕虜にされたら、誰がこの平原で再び槍を振るう勇気があるだろうか、誰が休んだり眠ったりすることができるだろう。」
カレン、シルイ、キシュワドの3人が、この企てについて協議し、夜半過ぎ頃、彼らは出撃の準備を整えました。夜明けになって城塞を出る道のひとつ、人々が "白い城"と呼んでいる場所に到着しました。そこでは、城主グズダハムが、包囲軍に悩まされていました。
城塞を包囲して道を塞いでいたのは、カレンの兄クバドを一騎打ちで倒したバルマンとその隊でした。
カレン達が脱出すると、バルマンの隊は砂漠までずっと追ってきました。
イラン軍は夜の砂漠で追手を待ち受けました。

●デヘスタンを脱出したカレンの隊 f102v
兄クバドの復讐を切望していたカレンはバルマンに狙いを定めました。カレンの槍はバルマンの鎧と腰帯を貫き、彼の背骨は砕け、バルマンは馬の背から真っ逆さまに落ちていきました。

●カレンがバルマンを槍で突く f102v
シルイ、キシュワドも追手に痛手を負わせました。

●槍で突かれるバルマンの将兵 f102v
バルマン軍が混乱して逃げ惑うなか、カレンとその軍はパースに向かって突き進んだのです。
□□8ノウザル、アフラシヤブに捕らえられる□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
ノウザルはカレンらの出発を知ると、動顛してカレンを追いかけました。
アフラシヤブは包囲が破られたことを知ると、兵を集めて本陣から追撃に出ました。夜を徹して追撃し、ついにノウザルが千二百人の兵と共に捕らえられました。捕虜たちは鎖につながれてアフラシヤブの前に連れて行かれました。
アフラシヤブは[ノウザルとカレンが同行していたと思い]カレンを捕まえるため、近くの洞窟、山、砂漠、川をくまなく捜索するように命じましたが、捕虜の証言により、カレンはイランの女たちを案じ、ノウザルに先んじて出発したのだと告げられました。そして追撃したバルマンと包囲軍を打ち破ったと。
アフラシヤブは息子の死を嘆くバルマンの父ヴィセに言いました。
「豹でさえカレンを襲うのをためらうが、追いかけて息子の仇を取ってやれ。」
(下に続く)
■シャー・タフマスプ本の細密画
サムネイル |
ページ番号 |
画のタイトル※ |
タイトル和訳 |
所蔵館と請求番号 |
画像リンク先 |
備考 |
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96 VERSO |
Shah Nowzar embraces Sam |
(イラン王)ノウザール王、サムを歓迎する |
Tehran Museum of Contemporary Art, Tehran, Iran |
Hollis |
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98 VERSO |
The first clash with the invading Turanians |
侵略者トゥラン人との最初の衝突 |
Tehran Museum of Contemporary Art, Tehran, Iran |
Hollis |
|
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100 RECTO |
Barman slays old Qubad |
トゥラン軍のバルマン、老クバドを斃す |
Tehran Museum of Contemporary Art, Tehran, Iran |
非公開 |
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102 VERSO |
Qaran slays Barman |
カランがバルマンを斃す |
The Sarikhani Collection |
fitz / Hollis / Wiki |
本のp137 |
■細密画解説(本や所蔵美術館の解説より適宜抜粋)
●96 VERSO Shah Nowzar embraces Sam イランのノウザル王、サームを歓迎する
〇Fujikaメモ:専門家による解説がないので、私が勝手に感想を書いてしまいます。
ひげのないノウザル王が玉座から降りて半白髭のサームを抱擁して迎えています。
とりまきの従者たちは、それぞれの集団ごとに顔を見合わせていて、ノウザルへの反感を表現しているのかもしれません。
●98 VERSO The first clash with the invading Turanians 侵略者トゥラン人との最初の衝突
〇Fujikaメモ:専門家による解説がないので、私が勝手に感想を書いてしまいます。
この絵は、たぶんものすごく手間暇はかかっているのだと思います。
数えきれないくらいの人物・馬が、ごっちゃごちゃに入り乱れて戦っています。
メインキャラどころか、イラン、トゥランもよくわからないくらい・・・。
象に乗っているのが総大将だとすると、左の白象の上がひげのある人物=アフラシヤブ、右の普通の象の上はひげのない人物=若いノウザル、でしょうか。
(贔屓チーム(イラン)に聖なる白象をもってきそうな気もするけど・・・)自身ありません。
●100 RECTO Barman slays old Qubad バルマン、老クバドを斃す
〇Fujikaメモ:
詳細画像がみつかりません。
クバドは白髪・白髭で描かれていることが多いようです。
兄弟のカレンの髪は白くない絵があったので、ここではクバドは兄としました。
●102 VERSO Qaran slays Barman (イラン軍の指揮官)カランが(トゥラン軍の)バルマンを斃す
この戦闘シーンは、不気味な夜色の色調で、写本の一連の絵の中でスルタン・ムハンマドのものと断定できる最後の絵であり、彩色には、第二世代の巨匠の一人である若い画家ミール・サイード・アリが協力したようである。多くの人物の顔や、馬やその装具の扱いには、若い画家の手が加わっていることがわかる。スルタン・ムハマンドが登場人物に必ず生命を与えるのに対し、優れたデザイナーであり、奇跡的ともいえるほど優れた職人であった若い男は、人物や動物を静物画として描いている。その後、ミール・サイード・アリーはインドに渡り、ムガル派絵画の創始者のひとりとなった。
太鼓が鳴り、トランペットが鳴り響く中、イラン軍とツラン軍が激突する。
3人のトゥラニア人が戦場から追い出される。彼らの服装はイラン軍と同様同時代化されており、サファヴィー朝時代の敵であるオスマン・トルコの頭飾りをつけている。
〇Fujikaメモ:
空には星と月。そして地面の色がほかにはない、明るい青緑色です。一度見たら忘れられない印象的な色です。
かぶりものから見て、左がイラン側、右がトゥラン側。
画面中央の、上(奥)でも下(手前)でも槍で突くシーンです。手前がカランがバルマンを突いているところ。奥側で逃げているまだらの馬二頭がとてもきれいで印象的です。こういう白茶や白黒の二色の大柄の斑のことをパイボールドpieboldというようです(ホルスタインとかも)。
■参考情報
ペルシャ絨毯産地の各都市
シャーナーメとは直接に関係はありませんが、全くなじみのないイランの都市名とその土地土地のすてきな絨毯が結びついて出てくるので、興味深いです。
まだ全部は見ていませんが、シャーナーメに関係ある地名も少しはありそう。
メトロポリタン美術館のイスラムの武器と鎧
本文は英語ですが写真が多数あります。
このシャーナーメに描かれている時代(16世紀)の武器、武具の実物が見られます。
やはり遺物として残りやすい金属製のものが多いですが、細工が綺麗・・。
布・革などの素材であまり残っていない弓矢や馬の鎧もきっと綺麗だったのだろうと思います。
シャーナーメの地図
19世紀のイランとトゥランの地図
19世紀のイランとトゥランの地図