熟年の文化徒然雑記帳

徒然なるままに、クラシックや歌舞伎・文楽鑑賞、海外生活と旅、読書、生活随想、経済、経営、政治等々万の随想を書こうと思う。

パリのテロは文明の衝突なのであろうか

2015年11月23日 | 政治・経済・社会
   ジェブ・ブッシュが、パリのテロを 西洋文明を破壊しようとする組織的な試みだ“this is an organized attempt to destroy Western civilization.” と言ったことに対して、クルーグマンは、 違う、パニックを起こそうとした組織的な試みであって、同類ではない” No, it isn’t. It’s an organized attempt to sow panic, which isn’t at all the same thing. と言って、ニューヨークタイムズに、「Fearing Fear Itself」と言うタイトルのコラムを書いている。

   非常に深刻な問題なので、このクルーグマンの記事とは、全く関係なく、私自身の感想を綴ってみたいと思う。
   まず、ISは、サラフィー主義の復古主義的な思想を信奉しカリフ制を志向するなどイスラム教に根差した独自の国家を樹立すべく戦っているとしており、形の上では、文明の衝突ではあるろうが、これまでの推移を見ておれば、今のところは、テロ集団であろう。
   アメリカが、フセイン政権を倒してイラクを荒廃させて、中途半端な状態にして撤退したので、イラクの残党が、ISを生み出したのだと言われているのだが、イラク戦争後のイラクの惨状やシリアの阿鼻叫喚のような地獄的な内乱を考えれば、むしろ、ISのような既存のエスタブリッシュ破壊型の政治組織が起こらないことの方が、むしろ、不思議だとは思えないであろうか。

   アメリカは、イラクを民主主義国家にしようと考えてイラクへ侵攻し終戦処理を図ったのであろう。
   しかし、アラブの春で花開いた筈の北アフリカや中東のイスラム国家の民主化が頓挫して、相変わらずの騒乱や不安定な国情にあることを考えれば、これこそ、文明の衝突であって、イスラム教が支配する政治経済社会を、欧米流の民主主義体制に変革しようとする試みなど、近未来に成功するなどとは考えられない。
   また、一方、経済は市場経済制度を踏襲しつつも、政治的には共産党一党独裁制の共産主義体制を維持しながら躍進を続けている中国の独特な国家体制が一方の旗頭だとするならば、必ずしも、欧米型の民主主義体制が、現代の世界において、唯一正当な一枚岩ではないことを物語っている。

   ISの場合には、プーチンがいみじくも述べたように、G20国を含めて40ヵ国の国家なり組織が、ISを支援していると言う事実が正しいとすれば、正に、欧米なりロシアなどのエスタブリッシュに対するイスラム陣営の挑戦と言う性格を帯びていると言えるであろう。
   こう考えれば、ISの胎動は、正に、文明の衝突と言う側面を持っていると考えるべきであり、今回のパリのテロ行為は、その戦略の一環だと考えられないこともない。
   尤も、実際には、そのような意図を持ってISが、パリでテロを行使したのではなく、空爆などの攻撃に対する報復であったと考えた方が、現実的であろう。

   さて、以前に、このブログで、”アラン・B・クルーガー著「テロの経済学」・・・テロリストは貧しく教育なしはウソ”と言う記事を書いた。
   ブッシュ大統領やブレア首相を筆頭に世界中の指導者や識者は、口々に、経済的貧困と教育の欠如がテロリストの発生と結びついていると説き、この考え方が常識かつ通説のようなになっているのだが、テロリストは、貧困層の出身ではなく、十分教育を受けた中産階級または高所得家庭の出身である傾向が見出される。と言うのである。

   クルーガー教授の研究による結論を再説すると、ほぼ、次のとおり。
   政治的暴力やテロリズムに対する支持が、教育水準が高く世帯収入も高い人々の間で多くなっている。
   テロリストは、出身母体の人口全体に比べ、教育水準が高く富裕階層で、貧困家庭の出身である傾向はない。
   国際テロ活動では、市民的自由が抑圧され、かつ政治的権利もあまり与えられていない国の出身者である傾向が強い。
   テロリストは、全体主義体制で抑圧的な貧しい国を攻撃するよりも、市民的自由や政治的権利が多く与えられている富裕な国を攻撃する可能性が高い。
   距離が重要で、国際テロリストや外国人反乱者は近隣諸国出身者が多い。
   テロリストは、テロ活動に対する恐怖感を広げ、彼らの望む効果を得るためには、メディアを必要としている。
   
   この説で、ISを考えてみれば、中枢にいる幹部や戦略戦術家などテクノクラートは、極めて教育水準の高い有能な人物で構成されていて、これに対して、実際に、テロの現場で事件を起こす活動家や兵士たちは、かなり差別化され抑圧された若い人々を徹底的に洗脳して戦士に仕立て上げた人物たちで、正に、ジハード(聖戦)は天国への一本道だと教宣されているのであるから、情け容赦なく命令に従って行動する。
   今回のパリのケースでは、テロリストたちの多くは、ブラッセルやパリの郊外の下層のイスラム教徒たちの住む地域出身者たちであったと言うから、徹頭徹尾、彼ら彼女らにとっては、フランス社会に敵意を抱いての聖戦(?)であったのであろう。
   ISの動きを見ていると、活動戦略やメンバーの洗脳教育やメディア宣伝活動の卓抜さなど欧米の最先端の経営手法や知識やテクニックを駆使しており、アドホックなテロ集団の域をはるかに超えている。

   しかし、クルーガーの説で最も気になるのは、「政治的暴力やテロリズムに対する支持が、教育水準が高く世帯収入も高い人々の間で多くなっている。」と言う傾向で、最早、ならずものだけの存在ではなくなっており、こうなれば、文明の衝突などと言う前に、政治経済社会が、何かのはずみによって、簡単に転覆してしまう恐れが出てくる。

   現在社会は、トマ・ピケティが火をつけたように経済格差の拡大は、異常な水準にまで達して、先進国経済は、危機的な状態にあり、また、アメリカの政治のみならず、覇権国家の弱体によって国際体制の分極化が進み過ぎて、危機や紛争地域が拡大拡散して、収拾がつかないような状態になって来ている。
   独裁体制の専制国家ゆえに見せかけの安定が維持されていた中近東の情勢を、一気に、イラク戦争やメディの民主化などによって、タガを外してしまって、丁度、ジャングルを触ったばっかりに眠っていたエイズ病原菌を起こしてしまったように、ならず者集団やテロ集団を野放しにして泳がせてしまった。
   国際秩序の維持が難しくなってくると、どんどん、雨後の筍のように、第二、第三のISが、生まれ台頭してくる。

   フランスのオランド大統領は、オバマ大統領とプーチン大統領を糾合して、米ソ共闘で空爆を強化して、ISを壊滅すると息巻いているのだが、果たして、問題の解決になるのであろうか。
   文明の衝突に加えて、エスタブリッシュメントへの挑戦と言う色彩を帯びたISだとするならば、タリバンからオサマ・ビン・ラディン、ISへと、次から次へと登場してくるイスラム過激派の脅威を抑え込めるかどうかは、大いに疑問であろう。
   まして、トマ・ピケティのお膝元のフランスが、現状のような格差拡大による深刻な社会問題を野放しにして、イスラム教徒たちの生活を貧困や抑圧状態から解放するなど、抜本的な政治経済社会改革に乗り出さない限り、中々、解決は難しい筈である。

   IS台頭の本質は、一体、何であったのか、その本質を正しく見据えて、現代社会の根本的な問題の解決を図らなければならない。
   第二次世界大戦のような、あるいは、29年の大恐慌のような、極端な大惨事や大不況が起こらずに、比較的、平穏な国際情勢が続いてきた結果であろうか、幸か不幸か、行きつくところまで不均衡が蔓延して、今、我々は、文明の岐路に立っている。
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