一昨日は、久しぶりに、歌舞伎をはしごして、一日中歌舞伎座で過ごした。
普通は、歌舞伎鑑賞は、時間も長くて、昼夜通して観るのは、やや重いので、はしごしても、能・狂言や落語と組み合わせるのだが、今回は、「見取り」形式だとしても、演目自体が、それ程、重くなくて、興味深かったので、通したのである。
まず、昼の部は、吉川英治原作の『新書太閤記』の歌舞伎バージョンの通し狂言であるから、古典歌舞伎ではない分、普通の芝居を観るようなもので、それに、ストーリーは、殆ど知りすぎているものばかりである。
木下藤吉郎から羽柴秀吉、サル、サルと呼ばれながらも実名で登場すのだが、秀吉は、これまで、随分多くの名優が演じ続けており、イメージも様々なので、菊五郎が、どのような秀吉像を紡ぎ出すのか、その一点に興味があった。
私の秀吉のイメージには、菊五郎の秀吉はなかったし、その意味では、中村梅玉の織田信長、中村時蔵の寧子も同様で、私の頭の中にあるこれらのキャラクターが、どのように変わって行くのか、そんな視点で、興味深く見せてもらった。
夜の部は、河竹新七の「籠釣瓶花街酔醒」を観るのが楽しみであった。
吉右衛門の佐野次郎左衛門は、決定版とも言うべき評価を取っているが、今回は、菊之助が兵庫屋八ッ橋を、菊五郎が築山栄之丞を演じると言うので、期待して出かけた。
これまで、吉右衛門と福助、幸四郎と福助、勘三郎と玉三郎と言ったコンビの籠釣瓶を、何度か見ているのだが、夫々に、楽しませてもらった。
そして、今回同様に、又五郎の下男治六、彌十郎の釣鐘権八、魁春の立花屋女房おきつと言った脇役陣の素晴らしい演技も忘れられないほど、印象的であった。
夜の部の最初の演目は、ひらかな盛衰記の「源太勘當」。
宇治川の合戦で佐々木高綱との先陣争いに敗れた梶原源太景季が、鎌倉の館へ戻り、責任をとって切腹を命ぜられたので、母の延寿が、命を助けるために、勘当して追い出し、その母の愛情に感謝し、源太は、許嫁の千鳥とともに落ち延びて行くと言う話である。
私は、大学の教養部の1年間、宇治分校に通っていたので、宇治に下宿して、宇治川河畔や平等院のあたりを散歩道にしていたので、天ヶ瀬のあたりから急峻な崖っぷちを一気に流れ落ちてくる宇治川の流れが、如何に激しいかをよく知っているので、平家物語のこの逸話は、よく覚えている。
特に、舞台展開にメリハリのある芝居ではなく、心理劇的な要素が強いのだが、梶原源太景季の梅玉、腰元千鳥の孝太郎、梶原平次景高の錦之助が好演しており、特に、母延寿の秀太郎の品格と貫禄は格別であった。
最後の「小ふじ此兵衛 浜松風恋歌」は、謡曲「松風」の歌舞伎舞踊だが、当然、能「松風」からの脚色である。
この能「松風」は、昨秋、各流派によって異なっている3つの舞台を3か月連続で楽しませてもらったので、よく覚えている。
都に帰って行った在原行平に恋い焦がれて死んだ海女松風までは同じだが、この松風の霊が海女小ふじに乗り移って、行平が残した烏帽子と狩衣をまとって舞う。その小ふじに思いを寄せる船頭此兵衛が、靡かないので刀を抜いて追い回すのだが、これをいなす。
そんな、全く違った歌舞伎になっていて、軽快な音曲に乗って踊る時蔵の小ふじと、松緑の此兵衛の舞台を楽しめばよいと言うことであろうか。
一日歌舞伎座にいると、休憩時間を適当に過ごすことが必要なので、時々外に出る。
昼食は、決めているレストランの出かけるのだが、それ程時間もないので、大通りの向こう側に、群馬県と岩手県の物産を販売しているパイロットショップがあるので、時々時間つぶしに訪れる。
品物にもよるのだが、ふるさと創生の一環か、物産を30%引きで販売しており、気が向いたら、日本酒や食品などを買うことがある。
少しずつ、展示商品が変っているのだが、もう少し、上等な民芸品など、価値の高い特産品を並べてはどうかと思っている。
普通は、歌舞伎鑑賞は、時間も長くて、昼夜通して観るのは、やや重いので、はしごしても、能・狂言や落語と組み合わせるのだが、今回は、「見取り」形式だとしても、演目自体が、それ程、重くなくて、興味深かったので、通したのである。
まず、昼の部は、吉川英治原作の『新書太閤記』の歌舞伎バージョンの通し狂言であるから、古典歌舞伎ではない分、普通の芝居を観るようなもので、それに、ストーリーは、殆ど知りすぎているものばかりである。
木下藤吉郎から羽柴秀吉、サル、サルと呼ばれながらも実名で登場すのだが、秀吉は、これまで、随分多くの名優が演じ続けており、イメージも様々なので、菊五郎が、どのような秀吉像を紡ぎ出すのか、その一点に興味があった。
私の秀吉のイメージには、菊五郎の秀吉はなかったし、その意味では、中村梅玉の織田信長、中村時蔵の寧子も同様で、私の頭の中にあるこれらのキャラクターが、どのように変わって行くのか、そんな視点で、興味深く見せてもらった。
夜の部は、河竹新七の「籠釣瓶花街酔醒」を観るのが楽しみであった。
吉右衛門の佐野次郎左衛門は、決定版とも言うべき評価を取っているが、今回は、菊之助が兵庫屋八ッ橋を、菊五郎が築山栄之丞を演じると言うので、期待して出かけた。
これまで、吉右衛門と福助、幸四郎と福助、勘三郎と玉三郎と言ったコンビの籠釣瓶を、何度か見ているのだが、夫々に、楽しませてもらった。
そして、今回同様に、又五郎の下男治六、彌十郎の釣鐘権八、魁春の立花屋女房おきつと言った脇役陣の素晴らしい演技も忘れられないほど、印象的であった。
夜の部の最初の演目は、ひらかな盛衰記の「源太勘當」。
宇治川の合戦で佐々木高綱との先陣争いに敗れた梶原源太景季が、鎌倉の館へ戻り、責任をとって切腹を命ぜられたので、母の延寿が、命を助けるために、勘当して追い出し、その母の愛情に感謝し、源太は、許嫁の千鳥とともに落ち延びて行くと言う話である。
私は、大学の教養部の1年間、宇治分校に通っていたので、宇治に下宿して、宇治川河畔や平等院のあたりを散歩道にしていたので、天ヶ瀬のあたりから急峻な崖っぷちを一気に流れ落ちてくる宇治川の流れが、如何に激しいかをよく知っているので、平家物語のこの逸話は、よく覚えている。
特に、舞台展開にメリハリのある芝居ではなく、心理劇的な要素が強いのだが、梶原源太景季の梅玉、腰元千鳥の孝太郎、梶原平次景高の錦之助が好演しており、特に、母延寿の秀太郎の品格と貫禄は格別であった。
最後の「小ふじ此兵衛 浜松風恋歌」は、謡曲「松風」の歌舞伎舞踊だが、当然、能「松風」からの脚色である。
この能「松風」は、昨秋、各流派によって異なっている3つの舞台を3か月連続で楽しませてもらったので、よく覚えている。
都に帰って行った在原行平に恋い焦がれて死んだ海女松風までは同じだが、この松風の霊が海女小ふじに乗り移って、行平が残した烏帽子と狩衣をまとって舞う。その小ふじに思いを寄せる船頭此兵衛が、靡かないので刀を抜いて追い回すのだが、これをいなす。
そんな、全く違った歌舞伎になっていて、軽快な音曲に乗って踊る時蔵の小ふじと、松緑の此兵衛の舞台を楽しめばよいと言うことであろうか。
一日歌舞伎座にいると、休憩時間を適当に過ごすことが必要なので、時々外に出る。
昼食は、決めているレストランの出かけるのだが、それ程時間もないので、大通りの向こう側に、群馬県と岩手県の物産を販売しているパイロットショップがあるので、時々時間つぶしに訪れる。
品物にもよるのだが、ふるさと創生の一環か、物産を30%引きで販売しており、気が向いたら、日本酒や食品などを買うことがある。
少しずつ、展示商品が変っているのだが、もう少し、上等な民芸品など、価値の高い特産品を並べてはどうかと思っている。